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黒の守護者  作者: K-JI
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初陣

 三時間目の体育の授業が終わり、二組の教室で着替え終えた紗夜が教室に戻ってくると、目を覚ましている武斗を見て、体操着の入った袋を持ったまま一直線に武斗の席へとやってきた。

「楯村くん、授業中寝ていたら、学校に来たことにはならないんですよ?」

「しょうがねえだろ。ほとんど寝てねえんだから」

 武斗のこの答えに、今朝の武斗の表情の理由が、ちとせたちが言ってたとおり、ただ単に眠かっただけなのかと思い、昨日休んだ理由も武斗の言ったとおりなのだと判断したようで、紗夜は少し怒っていた。

「それは理由になりません。早く寝ればいいことです」

「それができりゃ苦労しねえよ」

「どうしてですか」

 武斗はその質問に、わざと含み笑いを浮かべ意味ありげな答えで返した。

「俺が男だからだ」

「それは、どういう意味ですか?」

「男の秘密だ。川村たちに相談してみたらどうだ? あいつらなら、正解を教えてくれるんじゃねえか?」

 いつもは紗夜に押され気味の武斗だが、それは単に紗夜の精神状態を考慮してのこと。今の紗夜なら、このぐらいなら問題ないだろうということで、少し意地悪く言っていた。そして武斗のこの応戦に、紗夜は「こういうときは意地悪になるんですね」と恨めしそうに言い返していた。

 その後の昼休みや五時間目の休み時間は、紗夜はちとせたちと一緒に武斗が言った言葉の意味を考えていた。そしてその最中、実は紗夜はほっとしていた。

 ここのところの武斗の様子からは、親しい人を失った悲しみもそうだが、悲壮感さえ感じるほど何かに酷く苦しみ、悩みんでいることがはっきりと見て取れていた。だから紗夜の不安はずっと消えずにいたのだ。

 だが、三時間目の休み時間の武斗には、何か吹っ切ったような印象さえ感じられ、少なくとも、自分を化け物と笑っていた武斗の姿は今は見えない。そしてそれが一番、紗夜をほっとさせていた。

 一方武斗は、頭の悪い友人相手に無為に時間を使っていた。そうして六時間目が終わり下校となると、武斗はさっさと教室から出て行ってしまった。三時間目の授業中に得たものをもう一度確認する為に。

「なんか、まんまと逃げられたって感じだね」とはまさみの言葉。そしてちとせは、まさみとは対照的に「なに悠長にしてんの」と紗夜をはやし立てる。

「え?」

「恋人を逃がしちゃだめでしょっ」

「あ、の……」

「ほら! 走る走る!」

 紗夜はちとせに急き立てられ、訳も分からず、といった顔で武斗を追って走っていった。そんな紗夜の後ろ姿を見送りながら、ちとせは「なあんかズレてんだよねえ」と呟く。

「ん? 何が?」と里子。

「積極的になるタイミングがよ」

 その言葉に、二人は首を縦に振り同意した。

 武斗に追いついた紗夜は、何も考えずに走ってきたので、思わず「一緒に帰りませんか?」と言ってしまった。何を言ってるんだと言わんばかりに武斗は呆れるような顔で「バス停までか?」と答えた。

「え?」

「え?じゃねえだろ」

「あ、その、違うんです」

 紗夜はどう答えればいいか困ってしまった。これ以上の意地悪はやめておいた方がいいかと思った武斗は、表情を緩めて苦笑しながら「ひょっとして、また荷物持ちになれってのか?」と聞いてみた。実は紗夜が追ってきた時、今夜のことを考え、武斗は最終的に紗夜を追い返そうと考えていた。しかし、だからこそ彼女を追い返すのではなく、彼女が希望するのであれば、時間をともにした方が良いという考えも急浮上し、出した結論は後者のものとなった。

「そ、そうです。今日こそは、服を買おうかなと、思って……」

「……しゃあねえなあ。また荷物持ちになってやるか。今度こそ、それなりの買い物しろよ?」

「いいんですか?」

「お前が嫌だってんなら――」

「そんなことないです!」

「んじゃ決まりだな」

 ということで、二人は銀行で軍資金を引き出すと、三日前にしたように色々な店をまわった。前回同様、紗夜が選ぶ若い女性向けの洋服店を中心に。そして店内で紗夜は色々な服を身に当てたり試着したりしながら、やはり武斗に品評してもらっていた。前回の武斗は照れを隠そうとするばかりだったが、今回は前回に比べてかなり素直に品評していた。といっても、端から見たらまだまだ素直さが足りないだろうが、紗夜には十分すぎるほどだった。

 洋服店以外にもいくつか行ったが、前回と違い、武斗も個人的な買い物をするためにいくつか店を選んでいた。具体的に言うと、ジーンズショップ二店とCDショップ、それと、プラモデル屋。

 ジーンズは、すぐにボロボロになるだろうことを考えると、予備を数本買っておく必要があると感じていたから。CDショップはお気に入りのアーティストの新譜を買うため。そしてプラモデル屋は、ふと懐かしむように思い立って。

 プラモデル屋に足を踏み入れるなど、小学生以来だった。そしてこのての店に来たことのない紗夜は、棚に並ぶ様々なプラモデルを不思議そうな目で眺め、日本のお城シリーズに一番興味を示していた。そんな紗夜の姿に、武斗は「……お前、それがいいのか?」と失笑していた。

 そうして二時間以上過ごした二人は、ファーストフード店に入り、休憩しつつ買った物を確かめた。この日紗夜が購入したのは、ワンピース一着、ブラウス二着、スカート一着。結局、今回も荷物持ちの出番はなかった。そして武斗が購入したのは、ジーンズ二本にTシャツ一枚、CD一枚、それとバイクのプラモデルを一つ。そのプラモデルに、紗夜は「オートバイ、好きなんですか?」と言いながら興味津々といった目を向けていた。

「ああ。金があれば、バイクの免許取りたいんだけどな。貧乏学生にはこれが限界だ」

 武斗はそう笑って箱を開けてみた。武斗からしたら、パーツの数はあまり多く感じなかったのだが、生まれて初めて見る紗夜には驚きのパーツ数で、「難しそうですね」と真剣な眼差しで息を飲んでいた。

 この表情に、武斗は帰り際の自分の選択が間違っていなかったことを実感していた。こうして、また新しい紗夜の表情に出会えたのだからと。

 その後、ファーストフード店を出ると、家に帰るべく二人はまず八城神社へと向かった。そうして家まで武斗に送ってもらった紗夜は、鳥居の前で「今日はありがとうございました」と礼を言って頭を下げた。

「いや、こっちこそ悪かったな。荷物持ちになれなくて」

「もうっ。それは言わないでください」

「ははっ。まあ、お互い苦学生の身だからな。しょうがねえか。んじゃあな」

「はい、また明日」

 笑顔で言うその言葉は、紗夜にとっては何と言うこともないもの。しかし、武斗にはそう軽いものではなく、思わず、ほんの一瞬言葉を詰まらせてしまった。それが気になった紗夜は「あの、どうかしました?」と小首を傾げ、すぐに、体育の授業が終わったあとに武斗と話した内容を思い出した。

「まさか、また夜更かしとかして、明日学校をお休みするつもりじゃないですよね」

 紗夜のこの問いに、武斗は自ら地雷を踏んだ。

「男には男の事情っていうものがあんだよ」

「またそういうことを……。分かりました。武斗さんが遅刻したり寝坊したり、ズル休みしたりしないように、明日の朝、お家に電話します」

「は? お、お前なあ!」

「それが嫌なら、事情に関係なく、ちゃんと学校に来てください。いいですね?」

「……たく、なんでそうくそ真面目なん――」

「いいですねっ! だいたい、今のままで進級できると思っているのですか?」

「なモンどうでも――」

「い・い・で・す・ねっ!」

 口答えを許さない紗夜の口調に、武斗は深い深いため息を落とした。

「……お前さ」

「なんですか」

「どんどん俺には容赦なくなってくな」

「それは楯村くんが素直で真面目じゃないからです」

「言い返せなねえところがスゲー悔しいんだが……。ま、泣かれるよりはマシか」

「容赦して欲しいのでしたら、少しは――」

「素直で真面目になれってんだろ?」

「分かっていらっしゃるのなら、もう少し実践しようという気になって下さい」

「難しい注文だな。この捻くれた性格は、そう簡単に直せるモンじゃねえからなあ」

 武斗はそう言って苦笑いすると、紗夜も「それは分かってます」と言って表情を崩し、二人は笑った。

「それでは、また明日です」

「ああ、また明日。学校でな」

 そして武斗は家に帰るべくその場を立ち去ろうとした。すると、紗夜が「楯村くん」と呼んだ。まだ小言を言い足りないのかと思いながら武斗は振り返ると、紗夜の表情は小言を言おうとするものではなく、とても穏やかで、嬉しそうで、楽しそうで、少しだけ恥ずかしそうなものだった。

 なら何を言うつもりなのだろうと武斗が「まだ何かあんのか?」と尋ねると、紗夜はこう言って、その場から逃げるように神社の中に入っていった。

「今の楯村くんが、私……、今までで一番好きです」

 今の武斗は、見ていてこちらも不安になるような、そんな雰囲気はない。しかも武斗の紗夜に接する様子が、利根林や巻野などの親しい人に接するときのような印象があり、それが紗夜にはとても嬉しかった。

 同じ年頃の女の子に「好き」と言われた経験が今まで生きてきた中で一度もない武斗には、しかも武斗が異性として友人以上の感情を抱いている相手に言われては、この言葉の破壊力は想像を絶するもの。

 まるで、試合開始のゴングが鳴り、コーナーから立ち上がった瞬間に相手のアッパーをまともに喰らってしまったような、そんな衝撃の中で、武斗はしばし呆然と立ち尽くすこととなった。

 どうにか意識を取り戻させたのは、嫌味な笑い声だった。

「て、てめ……。悪趣味にも程があんぞ」

「クカカカ。人間の強さというのは、色々な形があるのだな。実に興味深い。実に愉快だ!」

「俺は愉快じゃねえ!」

 顔を真っ赤にしてそう怒鳴ると、これ以上ヤナガにからかわれてたまるかと紗夜のことはひとまず置き、今夜のことだけを考えながら家路に就いた。

 その後武斗は、家で夜食を済ませ、買ったばかりのCDを聞き、明日の朝食となるおにぎりをこしらえたりしながらしばしだらだらと時間を潰すと、学校の屋上でウォーミングアップをし、そうして再び八城神社へと戻ってきた。

 時間は夜の十二時過ぎ。武斗は母屋へは寄らず本殿に入った。そして数分後、照臣がやって来た。武斗の来訪をヤナガが伝えてくれたのだ。

 照臣の表情はとても厳しいもの。出来ることなら武斗を一喝して帰したいところではあった。だが、今となっては武斗の要請を受け入れるしかない。武斗に知られてしまったからには。それがとても歯痒かった。

 昨日の夜中、武斗が八城神社へとやって来た。その表情は険しく、怒りに満ちあふれていた。そして照臣は説明を求められ、もはや隠すことは不可能とわかると、その件に関し説明した。

 武斗は照臣を責めた。殴りたい衝動を必死に抑えながら。

 明け方になってようやく武斗は帰り、そして今、復讐の為に自分を餌役にしろと言っている。

「本当に良いのだな」

「たりめえだ。それに、あんたにとっちゃ、造作もねえことだろうが」

「それはもう言ってくれるな。私とて、辛いのだ」

「けっ。とにかく、さっさとしてくれ。こっちにも事情があんだから」

「分かった……」

 照臣はそう言うと、武斗に上着を脱ぐように指示する。言われたとおりに武斗は上半身裸になると、照臣はそこに墨と筆で呪詛を書いていく。不思議とくすぐったくはなく、武斗はそれが書き終わるのを黙って待った。

 やがてびっしりと書き終えると、何やら呪文を唱え始めた。そして短い詠唱が終わると、呪詛が肌に染みこんでいくように消え始め、同時に武斗の体を激痛が襲い始めた。体の中心が握り潰されていくようなその激痛は、呪詛が完全に消えるまで続いた。

「これで終わりだ。服を着なさい」

 少しばかり休まなければ動けないだろうと思いながらそう言うと、荒い息をしている武斗はかまわず「で、武具はどこだ?」と聞いてきた。

幣殿へいでんにある。それと、この法着を持って行きなさい。その呪詛をかなり弱めてくれる。帰り道や寝るときに使うといい」

 照臣はそう言って武斗に手渡す。

「よいか、武斗。その呪詛のせいで本当に身の危険を感じたら、いつでもいいから私のところに来なさい。よいな」

「そのつもりだ」

 そして武斗は、深呼吸を数回して息をある程度整えると、本殿から出て行った。残った照臣は、自分もこの場から去ろうとするヤナガに声をかけ、頭を下げて頼んだ。どうか武斗を助けてやってくれと。その願いに、ヤナガは笑いながら「簡単に失うには惜しいヤツだからな」と答えていた。

 簡単に失うには惜しい道具であり、簡単に失うには惜しい暇つぶしの玩具だから、という意味で。

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