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黒の守護者  作者: K-JI
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慎二の見解

 四時間目が終わると、誰がどう見てもあなた体育教師だろうと言いたくなるような体躯と顔つきの現国教師は、武斗に「転校生に変なマネするなよ」と言って教室を出ていった。この言葉が呼び水となって、教室のそこかしこでこそこそと喋ったり笑ったりする声が漏れだした。しかも、決して出来が良いとは言えない、クラスのわりと親しい友人数名が寄ってきて、「やっぱシャバはいいだろ?」などと、御子杜紗夜に目を配りながら言ってくるものだから、武斗のこめかみはあっという間にひくひくとくっきり浮き上がっていた。

 その様子をつぶさに観察していた慎二は、周囲に及ぶ危険を危惧し、とりあえず犠牲者が寄ってきた友人三人のうちの二人で済んでいる間に、「さて、飯でも食いに行こうぜ」と言って、あからさまに不機嫌な武斗を教室から連れ出した。

 二人は、混み合う購買部の中において悠々とパンと飲み物を買うと、彼らの指定席となって久しい、三階建ての体育館の屋上に上がり、雑談しながらの食事を始めた。

「しかし、お前のあんな顔、初めて見たぜ」と慎二。

「だろうな……。俺も初めてだ」

「ほほう。つまり、あれがお前の初恋ってわけか?」

「いい加減にしとけよ?」

 右手にパン、左手に缶コーヒーでは、いくら手の早い武斗でも拳を出すことは不可能。あぐらをかいて座っているので足を出すことも不可能。ということで、武斗は慎二をぎろりと睨むだけ。それが分かっているから、慎二もこうして、やっと寝てくれそうになった子に油と火を掛けて起こすようなマネをしていたりする。

「まあそういきり立つなって。でも、真面目な話、あの子すげー可愛いと思わないか?」

「どうだかな」

 にやけながら尋ねる慎二に、武斗は素っ気なく応える。その反応に、慎二は愕然とした表情で声を震わせる。

「お、おま、お前……、この学校で確実に三本の指に入るほどの逸材だぞ?」

 慎二の言うように、御子杜紗夜の容姿には三本の指に入るだけのものが揃っている。少し色白な肌、穏やかな瞳、すうっと通った鼻筋、整った顔立ち、艶やかに光るミディアム・ストレートの黒髪、きれいな首筋、少し控えめなプロポーション、身長一六〇センチ、などなど、転校初日にして注目の的になるのも当然と言えるものを備えている。

 だというのに――。

「そ……、それでも駄目だっていうのか! てめ、どんだけメンショクだ! ああん!」

「そうは言ってねえだろ。つか、面食いっつうんだ。アホ」

「んなこたあいい!」

「たく、なに一人で興奮してんだ」

「するに決まってるだろ! あんだけ可愛くて、大人しくて優しくて礼儀正しくて、そんな女の子に対して『どうだかな』だと? 男としておかしいだろ! 絶対に! それともなにか! お前は女じゃなくて、やっぱり男の方が好きな――」と言いかけたところで、ぼぐっという鈍い音と、ぐはあっという短い悲鳴とともに、慎二の声が途切れた。もの凄い勢いで飛んできたコーヒーの缶が、顔面を直撃したのだ。武斗は手も足も出せないと安心し、まさか缶が飛んでくるとは思ってもいなかったのが敗因。慎二はその衝撃で背中から倒れた。

「やっぱりってなんだ。シバクぞ」

 しばし呻いていた慎二は、「……、もう、してんじゃねえか」と、顔面の痛みに涙を浮かべながらよろよろと上体を起こし抗議する。

「俺が言いたいのは、よく顔を見てないってことだ」

「てて……、よく言うぜ。あれだけガン見しておいて。それに、その後だってちらちら見てたじゃねえか」

「だから、そういうんじゃねえって言ってるだろ」

「じゃあどう言うってんだ」

「それは、だな……」と、武斗の様子が変わる。なにか神妙な面持ちのその表情に、慎二は訝しげに眉を細めた。

「なんか、変だったんだ」

「そりゃあ、知らない間に知らないヤツがいたんだからな」

「じゃなくて、なんつーか……、マジでこええって、感じたんだ」

 話が見えない慎二は「何が怖いって?」と聞く。武斗は、その時のことを思い起こし、心底悔しげに「あの女がだよ」と言った。

「はあ? 駒井沢の虎が、御子杜紗夜にびびったっていうのか? あの子はどう見てもうさぎだぞ? 勝負にならんだろ。夢でも見てたんじゃないのか?」

「俺も、そう思いてえよ……。けど、あの感覚は……、夢じゃねえ。絶対にだ」

 険しくなる武斗の表情と、強く握られている拳に、冗談半分で聞いていた慎二の表情も真面目なものに変わっていく。

「ん〜、つまりお前は、御子杜紗夜に脅威を感じたわけだな?」

「そんなとこだ」

「野生の感ってやつか? まあ、可愛い顔して恐ろしいことするヤツなんて何処にでもいるからな」

 慎二は、一般的な見解を述べるにとどめる。正直なところ、紗夜の本性が武斗をも震え上がらせるような強者だとは到底思えない。だが、武斗が嘘を言ったりからかっていたりしているとも思えない。

 すると、慎二の言わんとすることに武斗は異議を唱えた。

「そういうモンじゃないと思う。あの女がこええと思ったのは最初だけで、その後は、お前が言ううさぎみたいな感じなんだ」

「最初ガン飛ばして、今は猫被ってるってことか?」

「そうじゃなくて……、くそっ、なんて説明すればいいか分かんねえ。とにかくだ、あの女、何か変なんだ。なにモンなんだ、あいつ」

 うまく説明できないもどかしさに苛立ちを見せる武斗に、慎二は気付いたことを指摘することで答えた。

「一昨日転校してきたばっかなんだから、俺だってよく知らねえけど……、それよりお前の焼きそばパン、悲惨なことになってるぞ?」

「ん?」

 武斗は慎二の指摘を受けて自分の右手を見る。そこに握られていた焼きそばパンは、確かに悲惨な状態になってた。パンは握り潰され、具はにゅるりとはみ出している。

「う……」

「まあ、お前がそこまで言うんなら、彼女には何かあんだろうな。それが何かは俺だってわからんけど。何せお前は、俺らには見えないものが見えるんだからな。うし、じゃあちょっとばかし手伝ってやるか。まずは俺が持っている情報だな。彼女のスリーサイズは、上から――」

「馬鹿にしてんのか?」

「冗談だ、冗談。それより、食べ物を粗末にするのは良くないと思うぞ?」

 飛んできた潰れた焼きそばパンを受け止めてそう言うと、それをもぐもぐと食べ始めた。その様子を不機嫌そうに睨むと、武斗はそこから見える自分の教室へと視線を移す。

「御子杜紗夜……。人間じゃないとでもいうのか? まさか……」ふと、そんな台詞がこぼれた。そんな独り言に、慎二が「しあへへひへあいいあお」と言ってきた。当然、何を言っているのか理解できるはずがない。

「何言ってんだ?」

「ははらあ!」

「食い終わってから喋れ」

 慎二は言われたとおり、口の中のものをジュースと一緒に一気に飲み込み、ぷはあと一息入れると、再び喋った。

「だから、調べてみりゃいいだろ」

「調べるっつったって、どうやって。喧嘩売って確かめろってのか?」

「この喧嘩馬鹿が」

「お前に馬鹿呼ばわりされたかねえ」

「まずはお友達としてお近づきになってだな、そんで、二人の距離を縮めて、少しずつ色んな事を教えてもらえるようにするんだよ。そうすれば……、いずれ、いずれ、紗夜ちゃんの何もかもが、あ、明らかにいっ!」

「駄目だこいつ……。だいたい、んなマネ俺が出来るわけねえだろ」

「誰がお前にそうしろと言った。俺がそうするんだ」つい今し方の興奮した様相はがらりと変わり、半分呆れたような顔で慎二が言う。

「意味わかんねえ」

「だあかあらあ、俺が紗夜ちゃんのこと調べてやるって言ってるんだよ」

「……」

「んだよその反応」

「いや、なんて幸せなヤツだと思ってな」

 武斗は、呆れ果てたように階下のベランダに目を向けた。すると、そのベランダへと通じる鉄製のドアががちゃりと開き、女子生徒が4人、ベランダに出てきた。その女子生徒は皆武斗と同じクラスの生徒。

 そして、その中に御子杜紗夜の姿があった。

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