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黒の守護者  作者: K-JI
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ラスト・ピース

 電話を切り、紗夜がちとせに「ありがとうございました」と礼を言いながら携帯を返すと、ちとせやまさみ、里子は苦笑していた。なぜ苦笑しているのか分からない紗夜は、

「どうかしましたか?」と尋ねる。

「だってさあ。すっかり楯村くんの彼女って感じだからねえ」とまさみ。ちとせも「いや、今のはお母さんって感じじゃない?」と笑い、里子も「楯村くん相手に『学校休んだら怒りますからね』なんて言えるの、御子杜さんぐらいだよ」とけたけたと笑っていた。

 そのことを帰宅後に照臣に話したところ、照臣も苦笑していた。

「どうして叔父様まで」

 年の近い女の子に怒られる武斗の図、というものがどれだけ珍しくおかしいものかまったく実感のない紗夜だけが、理解に苦しんでいた。


 夜も更けた頃、武斗は布団からむくりと起き上がった。依然として偏頭痛は続いているが、少しだけマシになったような気がしていた。また自分でこしらえた傷の痛みも、少し我慢すれば普通に歩ける程度に軽くなっている。

 この傷の回復力に武斗は感謝すると同時に、人間の体から遠く離れていくような気がしていた。もともと人間の体と言えるものなのだろうかと自嘲しながら。

 そして学校の屋上へと向かった。この日はヤナガと何も約束していなかったが、なんとなくそこを自分の訓練場所と思うようになっており、なんとなく、ヤナガが遅れてやって来るような気がしたからこうしてやって来たのだった。 

 今回も途中で飲み物を買ってから学校の屋上にやって来ると、やはりヤナガの姿はなかった。

「ま、だろうと思ってたけど」

 武斗は屋上に腰を下ろすと、一人で力を引き出すための訓練を始めた。と言っても、昨日の武具がないので再び修行僧の瞑想のようなものとなったが。

 力を引き出すコツは、昨日血まみれになりながら耐えた甲斐があり、だいぶ掴めていた。その最大のヒントとなったのが、ヤナガの言ったイメージという一言。どう引っ張り出すかではなく、何を引っ張り出したいかを強くイメージし、それを構成する一つ一つを積み上げていけば、ある程度までは時間をかけずに構築することが出来ると分かったのだ。

 ただ、頭で分かってもそれを実戦するのは容易ではない。まずはイメージするものが見えてこなければイメージしようがない。そこで武斗は、昨日武具の力を借りたときの感覚をイメージすることから始めた。だが、昨日同様それは遅々とした作業。もどかしさに思わず「くっそ」と吐き捨てた。

「やっぱイメージトレーニングだけじゃ時間がかかるばっかりだな。なんて言ってるところに、たいがいあのヤローが来るんだよな」

「よく分かったな。小僧」と、予想どおりヤナガがあらわれた。

「マンネリなんだよ」

「ふむ。なら今度からは趣向を変えるか」

「めんどくせーから変えるな。んなことより、昨日のアレはどうしたんだ?」

「あの男に渡した。受け取ってないのか?」

「初耳だ」

 照臣からは一言も聞かされていない。

「なら後で取り返せばよい。それより、今日はこれを持ってきてやったぞ」

 ヤナガはそう言うと、昨日と同じように体の中から三つの武具を吐き出した。昨日も同じような光景を目にし、便利な体だなと実は思っていた。

「また盗んできたのか……」

「拝借してきたのだ」

「同じだ。んで、それも夜狩人やしゅびとのものなのか?」

「いや。貴様があれを使うのはまだ早いと思ってな。夜狩人ではない一ノ関の者が使っていたものを適当に選んできた。好きなのを使え」

 ヤナガが持ってきた武具の一つは、二メートル近くある、持ち手部分以外無数のトゲで埋め尽くされた棍棒のようなもの。もう一つは、肩から指の先まで隠れるプロテクターに、まるで着物のたもとのようにして布がついたもの。一見するとただの防具のよう。そして三つめは、グリップ付きの大きなクローナイフ。そのグリップの両端には長さ二十センチほどの両刃の剣がついている。拳から先に刃物が突き出ているという点で昨日の武具に似ていた。

 一見して使い方が分かるのは三番目のクローナイフ。次にトゲ付きの棍棒。そして三つめが不明。試しに、ヤナガにこれはただの防具かと聞くと、我が知るわけなかろうと言ってきたので、適当にもほどがあるだろうと文句を付けた。

「ならば自分で堂禅寺の蔵から取ってくればよかろう。蔵から持ち出せたらの話だがな」

 ヤナガはそう勝ち誇ったように言い返してきた。そんなヤナガに口で対抗するのが馬鹿馬鹿しくなった武斗は、三つめは無視して一番自分が扱いやすそうなクローナイフを選んだ。

「で、これからどうすんだ?」

「それは貴様が決めろ。今回はこれを持ってきただけだ」

「持ってきただけって……。他の二つはどうすんだよ」

「好きに処分しろ」

「出来るかこんな代物! だったら返してこい!」

「ふん。素手では何も出来ぬ貴様に、わざわざ我が持ってきてやったというのにその言い様か」

「ぐ……。わかったよ! どうにかすりゃいいんだろ! 俺が!」

「最初からそう言え」ヤナガは不機嫌にそう言うと、姿を消してしまった。

 どうにかするとは言ったものの、これらを部屋に持ち込むのは不可能。捨ててしまうというのもどうだかと思う。そこで思いついたのが、八城神社。あそこなら保管しておく場所はいくらでもあるだろう。問題は照臣が承知するかどうかだが、「まあ、いざとなればバレないように勝手に隠せばいいだろ」と気楽に考えていた。

「さて、んじゃあどんなモンか、試してみっか……」

 武斗は昨日と同様にまずは軽く触れ、次に二組あるクローナイフの一方を、今度は右手で握る。そして、慎重に意識を集中した。

 やはり武具に引っ張られていく感じはしたが、それは昨日の武具ほどではなく、自分を傷つけなくともどうにか耐えられるものだった。そのことを確認すると、武斗は武具から意識を引き離し、手から外した。

「なるほど……。そういやじじいが言ってたもんな。一ノ関の武具より夜狩人の武具の方が強いけど、その分負荷が遙かに高いような話を。ま、ヤナガの言うとおりってのは気にくわねえけど、今の俺にはこっちの方がちょうどいいみたいだな」

 そう言って納得すると、再び武具を握って意識を集中させ、体の中にある感覚のイメージをよりはっきりと認識しようとした。そうして、二時間ほど続けた。その間、数回武具を外し、その度に自力でより大きな力を引き出すという作業を繰り返していた。

 その結果、昨日に比べてより大きな力を引き出すことが出来るようになっていた。ただし、どうしてもあのときの感覚には届かなかった。

「どうもイメージがあれとちょっと違っちまうんだよなあ。つっても、あの感覚が一番良いなんて誰も言ってねえんだけど……」

 武斗はぶつぶつと独り言を言いながら、休憩を入れた。そしてふと、他の武具に目がいった。ヤナガはこれらを好きに処分しろと言っていた。武斗も使う気はなかった。だが、ヤナガが武斗のためにとわざわざ盗んで持ってきてくれたのは認めなければいけない事実。その事実に対して、お仕着せの迷惑だとでも言うように扱ってよいのだろうかという思いがひょっこりとあらわれると、一度も使わずに終わらせるなら、少しは使ってみるべきだという考えになった。

 ということで、まずはトゲ付きの棍棒を手に取り、意識を集中させてみた。クローナイフと同じように、引っ張られる感覚はあったが耐えられないものではなかった。そしてその感覚が、クローナイフとは少し違っていることに気付いた。

 それはつまり、武具によって感覚が異なるということなのかと、武斗は棍棒を離し、プロテクターのようなものを装着し、意識を集中させる。

「やっぱ、一つ一つ特性があるってことか」

 とそこで、あることに気付く。

「あんとき俺が持ってた武器って、ただのダガーナイフとクローナイフだよな……。んで、途中からヤナガを切れるようになった……。それってつまり……。どういうことだ?」

 武斗はしばしそのまま座り込んで悩む。だが偏頭痛が邪魔をして深く考えることが出来ない。ならば考えても仕方がない、体を動かしてみるかと棍棒を持ち、まずは意識を集中させずに適当に振り回し、次いで意識を集中させて振り回してみた。しかし棍棒自体に変化は見えない。

 次に、集中せずにコンクリートを軽く叩いたあと、集中して軽く叩く。その結果、後者の方が破壊力があった。今さらだからどうだということはなかったが、ならばさらに集中したらどうなるかと試す。武具に引っ張られる感覚はより強くなり、偏頭痛も酷くなり、気分も少し悪くなったが、構わず棍棒を振り回しコンクリートを軽く叩く。その破壊力は、さらに増していた。

 この結果から得られる答えが、武斗には一瞬見えた気がした。だがそれは頭痛により消えてしまい、思い出すことが出来なかった。

「この頭イテえのをどうにかしねえと……。ちっときついな」

 やむなく、武斗は屋上に大の字になって休むことにした。そうして三十分ほど休んでいると、ヤナガが戻ってきた。

「なんだ? 飽きたのか?」

「うるせえ。小休止してるだけだ。それより、一つ教えてくれないか? 初めてここでお前と戦ったとき、俺が手にしていたのはただのナイフだ。一ノ関の物でもなければ夜狩人の物でもねえ。なのに、途中からその武器でお前に傷を付けることができた。それって、どういうことなんだ?」

「自分で考えろ」

「頭痛がひどくて考えられねえから聞いてんだよ。それって、スゲー重要なことなんだろ? たぶん……。それが分かれば、武具をうまく使えるようになるような気がすんだ」

「……ふむ。ならば特別に教えてやろう。夜狩人の力は、武器として認識したものに影響を与えることができる。ただし、認識されたものの力を越えることは出来ない」

「だから夜狩人専用の武器があるってことか」

「そういうことだ。武具は使い手の力を与えられて、初めてその力を発揮する。使い手の力で威力は異なるが、武具そのものの上限は存在するということだ」

「与えられて……、か。くそっ、この頭痛がなけりゃもうちっと考えられるってのに」

「どうやら、今日はここまでのようだな」

「冗談言うな。あと少し休めばこの頭痛もどうにかなんだろうから、続きはそれからだ」

「昨日のように飲み込まれる寸前になっても、今度は助けんぞ?」

 そう言われ、武斗は意識を失う寸前の自分を、ぼんやりとだが思い出した。もしヤナガが戻ってこなかったら、正直自分がどうなっていたか分からない。

「わあったよ。くそ。頭痛薬でも持って来るんだった」

「今宵は届けてやらんぞ?」

「ハナから期待してねえよ」

 武斗は仕方がないと諦め、もう少し休んでから帰ろうと夜空を眺める。星一つ見えない空は漆黒に染まり、なぜがそれが、闇の世界の入り口のように思えた。そして、その向こうに仇がいるはずだと。

 そして、漆黒の空が手に届かないように、仇も遙か遠くにいて手が届かないような気さえしてくる。このまま続けて、本当に自分は仇を討てるだけの力を得られるのだろうか、それはいつになるのかという不安へと変わっていく。だが、それでも前に進むしかない。仇を討つ力を得て、仇を見つけ出し、そして――。

 とここで、武斗は初めて根本的な問題に考え至った。

 武斗は仇が誰か知らない。ヤナガがその仇かもしれないと考えたことはあったが、今はその考えはない。

 さらに、仇が誰かを知ったところで、どうやって探し出せばいいのか分からない。

 力を得たところで、相手が行方不明では討ちようがない。

「ヤナガ、まだいるか?」

「なんだ」

「お前、堂本さんを殺したヤツがどいつか知ってるか?」

「さあな」

「真面目に答えろ。……、いや、答えてくれ。頼む。殺したヤツが分からなけりゃ、仇の討ちようがねえんだ。だから頼む」

 武斗がそう真剣に頼むと、珍しいことにヤナガが真面目に答えた。

「ふっ。我も随分と人間に感化されたものだ……。いいだろう。お前の言っている人間を殺したヤツの臭いなら分かる。人間がよく判別するのに使うDNAとかいうのと同じように、我々にもそれぞれの臭いがある。だがらそいつと会えば、その時点で分かる」

 この答えに、武斗は少しだけ希望を持つことができた。ただ、もう一つの問題がある。

「それじゃ、そいつとどうやったら会える?」

「待つしかなかろう」

「……それじゃ会えないのと一緒じゃねえか」それはヤナガへの文句ではなく、現実に対する愚痴。絶望感が武斗をじわじわと浸食していく。そんな武斗に、ヤナガは「そう悲観することもない。方法はあるぞ?」と言ってきた。

「方法?」

「簡単なことだ。例えば、人間が釣りというものをするとき、餌を吊すであろう? それと同じことだ。そいつの餌場に餌を吊せばいいだけのこと」

 しかしその方法には、二つの問題がある。餌場の広さと、餌に食いつくまでの時間。だが、無計画に待つだけというよりは遙かに期待できる。その極めてシンプルな方法に、武斗は「なるほどな……」と納得し、気持ちをどうにか持ち直すと「で、餌には何を使うんだ?」と尋ねた。

 そしてヤナガの答えは、尋ねてすぐ武斗が考えついたものと同じものだった。

「人間に決まっているだろう。他に何がある」

 しかもここで、突然高圧な電流が体を貫いたようなショックとともに、今の今まですっかり忘れていたことを思い出した。

「待て……よ、それって……」衝撃のあまりうまく口を動かせない武斗の脳裏には、一つの光景が映し出されている。

「どうした? そんなに顔色を悪くして。驚くようなことは言ってはいまい?」

「……お前、どうやって、相手を見つけているんだ? そうだ……、面倒になったとも言ってたよな……」

「何が言いたい」

「だから……、面倒になる前は、どうやって相手を……」

「餌を使ってに決まっている。生け贄とも言ってたがな。それを取り上げられてしまったから、我は余計な面倒をさせられているのだ」

「その……餌って……」

 武斗の口は、それ以上動かなかった。それ以上言いたくなかったのだ。

 それが間違いないという確信があったから。

 残っていたパズルのピースが、ぴたりとはまっていったから。

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