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黒の守護者  作者: K-JI
35/62

それぞれの日曜日

 日曜日の朝、紗夜は目を覚ますと、すぐに昨日のことを思い出していた。

 映画館を出たあと、紗夜は家まで武斗に送ってもらったのだが、その間、一言も喋らなかった。それは武斗も同じだったが、武斗の場合、紗夜の心境をなんとなく感じて、無理に話をするのは止めておこうと黙っていただけ。しかし紗夜の場合、心の整理がままならず、口を開くと感情が湧き出てきそうで喋るに喋れなかったから。

 自分を化け物と笑った武斗と映画の主人公の苦悩を、どうしても重ねてしまう。映画が作り物だと頭では理解しているのに。だから映画が終わったあと、武斗が自分もこうなるのかなと言ったとき、とても悲しく、とても切なくなり、思わず怒ってしまったのだ。

 そして家の前で、武斗が「それじゃな」と言ったときも、「おやすみなさい」と小さな声で答えるだけで、すぐに神社の敷地内へと歩き出そうとした。

 すると、呼び止めるように武斗が「御子杜」と声をかけた。その声に紗夜が立ち止まると、武斗は「ありがとな。もう、大丈夫だ」と礼を言い、紗夜が振り返るとすぐに歩き去ってしまった。

 その言葉に、紗夜は少しだけほっとすることが出来たのだが、切なさはまだそこに残ったままだった。

「私、どうしたら楯村くんの力になれるのかな……」

 もしこの言葉を武斗が聞いていたら、十分力になっていると即答するだろう。実際のところ、武斗は紗夜に救われている部分があると思っているのだから。

 そんな気持ちで午前中を過ごしていると、ちとせから電話がかかってきた。どうやら、昨日ファミリーレストランを出たあとの紗夜の行動が気になって、こうして電話してきたようで、「で、二人でどこに行ったの?」と早々に質問してきた。

 紗夜は二人で立ち寄った店をいくつか挙げ、どんな風に店を回ったかをかいつまんで説明していると、最初は驚きながら聞いていたちとせが、途中で笑い出した。

「そんなにおかしいですか?」と、なぜ笑っているのか理解できない紗夜は不思議そうに聞いてみると、ちとせはそりゃそうでしょうと、笑いを止められぬままに返した。

「だって、御子杜さんにとっては違うみたいだけど、私とかにとってはねえ。楯村くんが女の子向けのお店にいるって光景だけでも、違和感ありまくりでおかしいのに、可愛い服を試着した女の子に――、だあっはっはっ!」

「……そんなに笑うことないと思います」

「ご、ごめんごめん、でもさ――。はーおかしー。楯村くんって、女っ気ゼロじゃない? だから、すっごいミスマッチって感じなんだよねー」

 ちとせの言うように、武斗には浮いた話が一つもない。耳にするのは喧嘩がらみのことばかり。そこでふと、紗夜は疑問に思ったことがあった。

「あの、楯村くんって、昔付き合ってた人とかいるのでしょうか」

「さあ、聞いたことないわね。だいたい、あいつが女子と口聞いてるとこなんて、御子杜さんが来るまで見たことなかったし。ああでも、事務連絡的なみじっかい会話は何度か耳にしたことあるけどそれは別よ? まあそれはともかく、あれじゃあ彼女なんて出来ないでしょ。女の子に対して無愛想すぎるもの」

 武斗が無愛想というのは同感だった。ただ、紗夜にも異論はあった。

「確かに、楯村くんはあまり愛想の良い方ではないですが、でも、楯村くんの優しいところを知れば、好きになる人もいると思います」

 この異論に、ちとせは正しい返答をしてきた。

「御子杜さんのようにね」

「……」

「なに今さら照れてるのよ。昨日二人でデートした仲なのに」

「デートだなんて」

「誰がどう聞いてもデートでしょ。で、最後はどうなったの? もちろん、ロマンチックな夜にしたんでしょ? って、相手が楯村くんじゃ難しいか」

 ちとせにそう聞かれて、紗夜は映画を見終えた時のことを話そうかと少し考えたが、それだけは胸の内にしまっておくことにして、二人で映画を見たとだけ話した。その映画のタイトルに、ちとせは複雑な心境になっていたようだった。

 そうしてデートの話が終わると、ちとせはこのときを待ってましたと、興味津々と言った声色で切り出してきた。

「ところでさ、御子杜さんの方はどうなの?」

「どう、というと?」

「恋愛話よ」

「私のですか……?」

「そうそう。御子杜さんなら、今まで付き合った人なんかいっぱいいるでしょ? 黙っていても男どもが放っておかなさそうだもんね」

「私は、そういうのは一度も……。それに、父が厳しい人なので」

「え〜! もったいない〜。それじゃ、好きになった人とかは?」

「それも……」

「うっそお! じゃあなに? ひょっとしなくても、これが御子杜さんの初恋ってこと? この年になって? 今時ありなの?」

 ちとせの驚きっぷりに、紗夜は動揺した声で「変ですか?」と尋ねる。

「いやまあ……、そういう人が世の中にいてもおかしくないとは思ってたけど……、まさか本当にいるとは……」

「……私、子供の頃はずっと人と接するのが怖くて、一人でいることが多かったんです。こうやってお話しできるようになったのも、中学に入ってからなんです」

「はあ……。なんかさあ、箱入り娘っていうか、箱入りお嬢様って感じだね」

「ですから、私そんなんじゃないです」

 紗夜は電話越しに否定したが、最後までちとせの耳には届かなかったようだった。

 午後になると、もやもやするここ数日の気分を晴らそうと思い、紗夜は汗を流すことにした。ただ、以前武斗と剣道場で汗を流したようにスポーツで、というわけにはいかなかったので、大々的にお掃除をすることで気分転換することにした。自分の部屋だけではなく、居間や台所、風呂に便所と、片っ端からきれいに掃除すればいい汗をかけるだろうし、きれいになれば必然的に気分も良くなるという算段のもとで。

 その思惑は見事に当たり、慣れない掃除を数時間かけて一通り終えたときには、全身から大粒の汗を滴らせ、気分も晴れ晴れしていた。そして最後の仕上げは、大汗をかいた自分をきれいに洗うこと。これを見越して最初にお風呂を洗い、湯船に水を張り、温めに沸くようにしておいたので、仕上げの段階になったときには、ぴかぴかに洗ったばかりのお風呂にすぐに入れるようになっており、心地よい汗と少しばかりの疲労感を洗い流し、湯船でささやかな幸せの時間を送った。


 全試合が終了したイベントホールの二階席で、武斗は一人、誰もいないリングを眺めていた。二階席の他の観客はほとんど席を立ち、出て行ってしまっている。一階席の観客もほとんど姿がない。

 もうじき、リングの解体などの撤収作業が始まるだろう。

 この日武斗は、第一試合から最後の第十一試合までこの席で観戦していた。本来であればセコンドとして眼下のリング脇に立ちっていたはず。言うまでもなく、引退試合をする堂本のセコンドとして。だがその試合は、事情が事情なので中止とされていた。

 ゆえに、この会場には堂本の最後の試合を応援しようとしていた人たちの姿も、海江多ジムの関係者の姿も、武斗を除いてずっと誰もいなかった。

 武斗はずっと、リングの上で戦う選手たちに堂本を重ねるようにして試合を見ていた。まだあまり経験を積んでいない選手同士の試合では、ライセンステストに受かったばかりの堂本の姿を重ね、ランキング中位の選手の試合では、同じ中位だった頃の姿を重ね、ランキング上位の選手の試合では、一番強かった頃の姿を重ね、まるで、思いでのフィルムを順に追って見ていくように、リングの上で強くなっていく堂本の姿を思い出しながら。

 その間、涙は出なかった。きっと流し尽くしたのだろう。武斗の瞳にあったのは、懐かしさと誓いだった。

 そうして一人観客席で過ごし、席には客がほとんどいなくなった頃、武斗は席を立った。するとすぐ近くから「気は済んだか」と声をかけられた。

 振り向くと、ここにはいなかったはずの滝が声をかけてきた。

「滝さん……。ずっといたのか?」

「ジムにな。こっちにはさっき来たところだ。お前がいると思ってな」滝はどこか寂しそうにそう言うと、観客席から出る二階ゲートの前で武斗を待ち、武斗が来ると、下に降りようかと提案した。断る理由もなかったので武斗はそれに従い、一階席に降りるとリングサイドに向かった。

 途中、警備員が二人を止めようとしたが、滝を知る関係者が間に入り、リングサイドに立つことが出来た。

「なあ、楯村」滝は、並んでリングを見上げる武斗に、自分もリングを見上げたまましっかりとした声で話しかけてきた。

「なんスか」

「お前、本格的にキックボクシングやってみないか? キックボクシング一本に絞れば、お前なら上を目指せる。世界ランカーになることだって夢ではないと思うんだ」

「……悪い」

「他にやりたいことでもあるのか?」

 やりたいことと聞かれて真っ先に思うことは、堂本の仇討ちであるが、滝が質問しているのは、キックボクシング以外の格闘技、例えば武斗が通って学んでいる柔術などに絞るつもりでいるのかということ。

 堂本の姿を見て、プロのキックボクサーになろうかと思ったことも昔はあった。だが、武斗が求めたのは総合格闘家のようなオールラウンドな強さ。しかもプロの総合格闘家を目指しているわけではなく、将来どうするかも考えていない。

 それに、今の武斗には一つの懸念があった。人間の域を超えた力を持つ夜狩人やしゅびとの末裔が、プロとしてリングに上がって試合をしてよいのだろうか、ということ。これはキックボクシングに限らず、どのプロスポーツにも共通すること。

 という意味で「今は……、わかんねえ」と答えた。だが滝は、堂本のことでまだ心の整理がつかず、どうするか考えるどころではない、という意味の答えだと受け取り、そうだな、と言ってこの話を終わらせ、それからしばらく二人とも黙ってリングを見上げ、解体作業が始まるとその場から立ち去った。

 武斗は心の中で、仇を討ち、堂本の無念を晴らすことで、天国に行く為の花道を作ってやると呟いていた。


 料理の出来ない紗夜の出る幕と言えば、食器を出したりテーブルに運んだりする程度。つまり最後の方にならないと出番はない。ということで、お風呂ですっきりしたあと、昨日武斗と一緒に買い物をしたときに購入したイヤリングを、自室の引き出しから取り出した。

 このイヤリングを袋から出すのは今が初めて。映画館での武斗のこともあって、袋から出す気持ちになれなかったからだ。だが今は、変なわだかまりは消えており、卓上の鏡を前に耳に当てている。

 紗夜がイヤリングを買ったのは生まれて初めてで、着けるのも生まれて初めて。そもそもイヤリングや指輪やネックレスなどの装飾品を身に着けること自体なかった。御子杜の家では、大人になるまで許されないからだ。なので、紗夜は買うつもりなどなかったのだが、店員に「とっても可愛らしいですよ」「きっと彼も喜びますよ」などと言葉巧みに勧められ、二点も買ってしまったのだ。

 ただし、もともとアクセサリーに多少興味があったので、店員の接客術がすべてというわけではなかった。そして武斗はその評価を、ぶっきらぼうな言葉ではあったが、実にわかりやすい顔で答えていた。

「やっぱり、女の子がこういうのするのって、男の子も好きなのかな」

 紗夜はそのときの武斗の表情を思い出しながら嬉しそうに微笑み、一緒に買ったライオンのぬいぐるみに目を向けると、今度は服を買おうかしらと考えていた。

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