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黒の守護者  作者: K-JI
33/62

チャーリー・バグス

 待ち合わせ場所となったファミリーレストランに入ると、紗夜を含めたいつもの四人がいた。武斗は彼女らのいる席へと行くと、他の三人にとってはここが一番歓迎されるだろうと、三人から一番遠い紗夜の隣に腰を下ろした。

 ちなみに、六人席の奥にまさみと里子、武斗の右隣に紗夜、右斜め前にちとせという配置になっている。武斗の座るであろう位置を考えた場合、この配置が一番落ち着くだろうということで、事前に決められたものだった。

 紗夜とちとせに比べると、まさみと里子の武斗に対するイメージは、隣に座られてまだまだ落ち着けるものではないのだから、当然の配慮であろう。

 それはともかく、武斗が隣に座ると紗夜は間髪入れずに尋ねた。

「怪我とか、してませんか?」

「怪我のしようがねえよ。相手がいねえんだから」

「喧嘩はしてないのですか?」

「相手がいねえで、どうやって喧嘩しろっつんだ?」武斗はおどけたように言うと、注文を取りに来たウェイトレスを追い返し、置いていった水に口を付けた。

「本当に?」

「本当だ。だからそんな顔するな」

 その言葉に、紗夜は苦笑混じりにほっと胸をなで下ろした。

「でも、ラッキーだったね。そういった連中の待ち伏せとか、ばったり会っちゃったとかなかったんでしょ?」とちとせ。

「馬鹿どもには会った。どいつもこいつも、喧嘩売る前に逃げちまったけどな」

「逃げた? だって、そいつらみんな、楯村くんのことを狙ってたんでしょ?」

 昨日今日と、退院明けの武斗を狙う輩は五万といるだろうと思っていた者は非常に多い。実際、退院を知った者たちは皆、今こそ復讐のときと胸を高鳴らせていた。だが昨日一日でその高鳴りは静まりかえり、封印されている。その事実を知らない彼女らに、というよりも紗夜に教えるために、武斗はここに来た。ということで、その説明を極限まで要約して説明した。

「どうやら、イカレた俺に挑戦しようっていう物好きはいないらしい」

「それ、どういう意味?」

 あまりにも説明が足りないため、言葉の意味を理解できないちとせは思わず問いただした。紗夜や残り二人も理解できておらず、説明を求める目を向けている。そして武斗は、薄笑いを浮かべ、小馬鹿にするかのように言った。

「俺は頭がイカレて、相手を血まみれにするのが大好きになって、そんな俺とは金輪際関わりたくないんだそうだ」

 その言い方が紗夜には気に入らなかったようで、あからさまに眉間にしわを寄せて「そういう言い方する楯村くん、大嫌いです」と怒った。

「知ってるよ」そう答える武斗は、どこか楽しんでいるようだった。

「でしたら、もっと違う言い方をしてください」

「これが性分だって、前にも言っただろ。とまあ、そういうわけで、これからは馬鹿どもの相手をしなくて良くなったわけだ」そう言って武斗は水を飲み干すと席を立ち、出入り口へと歩きながら「じゃあな」と手を振った。

 来てすぐに帰ると思っていなかった一同は呆気に取られてしまったが、いち早くはたと我に返った紗夜が「ま、待ってください」と武斗の後を追う為に席を立った。どうせそうくるだろうと思っていた武斗は、「俺と同類に見られたくなきゃ、そこに座ってることだな」と、紗夜の反応を想像しつつ笑っていた。

「ですからどうしてそういう言い方を!」

「だから性分だって言ってんだろ? いい加減覚えろ」

「覚えたくありません!」

 紗夜はそう言いながらテーブルにお金を置き、三人にごめんなさいと一言謝ってから、武斗の後を追って店から出て行ってしまった。残された三人はしばし呆然とし、我に返ると、感慨深いため息をもらしていた。

「御子杜さんって、楯村くん相手だと、なんだかキャラ変わるよね……」とまさみ。里子も「同感」と頷き、ちとせは「なんかさあ……、当てつけられっぱなしって感じじゃない? 私ら」と少し羨ましそうに嘆いていた。

 ファミリーレストランを出ると、紗夜は武斗に追い返されたり邪魔にされるようなことはなく、それが武斗の答えと取ると、当たり前のように武斗の横を歩いた。そんな紗夜を、武斗は心の中で苦笑していた。

 なお慎二たちは、ここに来る前に、野暮な真似して殺されたくないからと言って笑いながら、武斗と別れていた。

「楯村くんは、これからどこか行かれるのですか?」しばらく二人で歩いていると、それまで黙っていた紗夜がおもむろに尋ねてきた。

「いや、別に。せいぜい家に帰るぐらいだな」

「でしたら、少し私におつきあい願えますか?」

 武斗はどうしようかと思ったが、ファミリーレストランから出てきた紗夜を追い返さなかった時点で拒否権を失っていることに気づき、まあいいかと承諾した。

「で、どこに行くんだ?」

「駅前でお買い物です」

「つまり、俺に荷物持ちになれってことか」

「そういうことになりますね」

 そして二人は色々な店に入っていったわけだが、当然、入る店を選ぶのは紗夜。しかも彼女が選ぶ店のほとんどが若い女性向けの洋服店。そこで紗夜はあれこれと服を見たり試着したりし、武斗は店内でも居心地の悪さに顔をしかめてばかりだった。そんな武斗にとっての唯一の救いが、楽しそうな紗夜の姿だった。

 ただし、楽しそうな顔で手に取った服を自分に当てたり試着したりして、武斗に「これ、どう思いますか?」と品評を求めてくるときは別だったが。

「だから俺に聞くな。俺が分かるわけねえだろ」

「楯村くんがどう思うか聞いてるんです。どうですか?」

 内心では、どきりとしてしまいそうなほどとても良いという評価がほとんどだったが、ことごとく「いちいちと……。いいんじゃねえのか」と、努めてぶっきらぼうに答えていた。そんな素直ではない武斗の胸の内を察していた紗夜は、そうですかと笑顔で答えていた。

 そうして、洋服店を中心に一時間以上過ごした後、一休みとなった。結局紗夜が買ったものは、控えめなデザインのイヤリング二点と、可愛くデフォルメされたライオンのぬいぐるみ一点。イヤリングを買ったのは生まれて初めてらしく、まるで玩具を前に目を輝かせる子供のように選んでいた姿が武斗にはとても印象的だった。

 これだけの買い物では、荷物持ちの出番はない。この状況に、俺は何をしに来たんだと武斗は不平を訴えていた。ただし悪い気はしていない。それどころか、居心地の悪さを除けばとても有意義で満足できる時間だったと言えた。そのようなことを武斗が口に出すことは絶対にないが。

 不満を言う武斗に、紗夜は「楯村くんの行きたい場所とかは、ないんですか?」と聞いてみた。だが、こういう場所で時間を使う習慣のない武斗には、行きたい場所と聞かれても困ってしまう。

 武斗の行きたい場所がない以上、再び紗夜の行きたい場所を巡り歩くこととなったのだが、その途中で、ようやく決まった。

 それはたまたま視界に入った映画館だった。ただしこれから映画を見るとなると、帰りが遅くなることは確実。それに武斗が観ようとしている映画は、紗夜の好きそうな映画ではないし、一人で観たいという気持ちもあった。

 そこで武斗は、用事を思い出したから、今日はここまでだと告げた。

「あの、どのような用事なんですか?」

「たいした用じゃない。てわけだ。悪いな。余計な買い物しないで、まっすぐ気をつけて帰れよ」武斗はそう言うと、一人ですたすたと歩き出した。後を追う足音も声もないので、紗夜は不承不承帰ったと思い、すっかり油断していたのだが、上映されている映画の看板を見上げ、券売機の前で時間的にちょうど良いなと思いながらチケットを一枚買うと、私の分もお願いします、という紗夜の声が後ろから飛んできた。

 武斗は思わず「え!?」と驚いて振り返る。すると、紗夜が不満そうに「一人で観ようだなんて、ずるいです」と訴えてきた。

「なんでお前が……?」

「私が映画を観るのが、そんなに変ですか?」

「そういうわけじゃねえ、けど……」

「でしたら、二人で観ましょう?」紗夜はにこりと笑って言うと、自分のぶんを買い、武斗の手を引いて館内に入っていった。

 二人が観る映画は、『チャーリー・バグス』という洋画。内容は、軍事目的だといって極秘裏に手術や薬物などにより勝手に肉体を改造されてしまい、しかもそれが失敗し、化け物となってしまった主人公チャーリーが、変わってしまった自分、そしてさらに変わっていく自分に悩み苦しみながら、生き延びるために追っ手と戦うというもの。

 だからこそ、武斗はこの映画を観ようと思い、だからこそ、紗夜も武斗を一人にさせなかったのだ。

 武斗がこの映画の看板を目にしたときの表情から、急に用事が出来たと言った時点で、この映画を観るつもりだということは察していた。それは、やっぱり自分は化け物だと笑った武斗を、紗夜が忘れられないでいるから。

 ただ、察していたからといって無理についていこうとすれば、絶対にあとで一人で観ることを選ぶだろうと思っていた。でなければ、用事が出来たなどと嘘をつく必要はない。紗夜としては、そうはさせたくなかったので、こっそり様子をうかがい、武斗が券を買った後に自分も買うという行動に出たのであった。

 そうして二人は、およそ一時間半の映画を観た。B級アクションと銘打たれているとおり、作りとしては決して派手なものではなかったが、ストーリー的にはなかなかよく出来た作品で、涙を流しながら席を立つ客がわりと多かった。

 そして紗夜は、エンドロールが終わったあとも泣いていた。そんな紗夜が泣きやむまでの間、武斗は映画の結末を思い返していた。

 体がすっかり変わり果てしまった主人公チャーリーは、それがチャーリーだと知らなかった恋人のサラによって殺されてしまう。その死体が身につけていたネックレスによってその正体を知ったサラは、遺体からネックレスを取り、ラストシーンで彼のお墓にそれをかけて、もうどこにも行かないよね、と言って終わる。

 なんとも切ない終わり方に、紗夜が泣くもの無理はないと思いながら、武斗は自分を主人公に置き換えて考えていた。

 主人公は、自分は人間だと訴えながら、人でなくなってしまった自分の力によって追っ手の命を奪いながら逃げ続ける。そこには、自分の力を否定する自分と、自分の力に頼る自分がおり、対局する二つの狭間にある自我は、消耗しながら一つの答えを見いだす。

 そして武斗も、自分は人間だと心の中で叫び、一方で、造られし者の末裔としての力を使ってでも仇を討つんだと叫んでいる。

 そういう意味でも、劇中の主人公と自分と重なるところがあり、ただなんとなく、武斗はぽつりと呟いた。

「俺も、サラみたいなヤツに殺されるのかな」

 本当に大意はなかった。冗談交じりに言ってみただけのものだった。しかし紗夜にはそうは思えなかったようで、ようやく泣きやんだところだった紗夜が「そんなわけないじゃないですか!」ともの凄い剣幕で怒ってきた。

 この声に驚いたのは、武斗だけでなく他の客のほとんどが視線を向けてきた。

「な、なにでかい声だしてんだよ」

「なんでそんなこと言うんですか! そんなこと、言わないでください!」

「言ってみただけだろが。なにムキになってんだ」

「だって昨日……!」

 昨日、と言われて、武斗は紗夜の気持ちをようやく理解した。どうして、今こうしてまた泣き出しそうな顔で怒っているのか。

「楯村くんは楯村くんです! いつだって、楯村くんは楯村くんなんです! だから、そんなこと、言わないで……! そんな風に、思わないで……」

 そう言って肘掛けの武斗の手を握り、泣き顔を押しつける紗夜に、事情を知らない周囲の客たちの多くが、そこまで映画の世界に入り込むなよという意味で失笑したり完全に引いたりしていたが、映画の世界から帰り切れていない一部の者は、密かに映画の余韻として受け入れていた。そして武斗は、失笑等に腹を立てるよりも先に、とりあえずこの場を去ることを優先させていた。

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