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黒の守護者  作者: K-JI
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そして挑戦者はいなくなった

 照臣との話を終え、一足遅れて武斗は本殿を出た。夜空には多くの星が光っている。その星々を見上げ、その光が自分を励ましているのか、それとも哀れと悲しんでいるのか、そんなことを何となく考えた。

 そして、父はどんな思いでこの空を見上げて生きてきたのか。

 父親は、生まれたときからから多くの者に忌み嫌われていた。その理由も教えられていたという。それがどれだけ辛いことだったか。

 そして、母親が惨殺される光景をただ眺めることしか出来ず、そのときどれほど恐ろしく、悔しかったことだろう。

 逃げるように父親と遠くの地へ旅立ったとき、どんな気持ちだったのだろう。

 父は、どれほど辛い過去を背負って生きていたのだろう。

 父親の生きてきたその道に、武斗はまるで自分のことのようにとても悔しく、とても悲しくなった。そして同時に、自分の今の苦しみが、それらに比べたらどれだけちっぽけなものかと強く感じていた。

「親父が生きてたら……、今の俺に何て言うかな。って、考えるまでもねえか。理由とか聞く前に、ぜってえ怒り狂うだろうな。こんな情けないツラしてたら」

 父親の教えは単純なものだった。どんな理由があろうと負けは許さない。泣いたりうじうじしている暇があったら、負けない力と勝つ手段を身につけろ、というもの。

 父親の過去を知った今、その言葉の重さが改めてずしりとのしかかる。

「負けない力と、勝つ手段……か」

 つまりそれは、真実を受け入れ、力を手に入れろということか、と武斗はため息を一つ落とした。すると、本殿に顔を出さなかったヤナガが、ここでいつものように憎まれ口を言いにやってきた。

「少しはその気になったか? 小僧」

「やっぱ出やがったか……」

「我を待っていたのか?」

「いちいちうるせえんだよ! なんでてめえは、そうやっていらねえ時にツラを出す!」

「そのような大声を出していいのか? 女が目を覚ますぞ?」

「うっ……。用がねえなら、とっとと失せろ」

「ククッ。明日の夜、学校とやらの屋上へ来い」

「学校?」

「前にお前の相手をしてやった場所だ。待っているぞ」ヤナガはそれだけ言って、すぐに姿を消した。

「何なんだ、あのヤローは」

 言いたいこと言ってさっさといなくなったヤナガに武斗は不平を言いながら、ヤナガの目的を考えた。そしてその目的は、なんとなく分かっていた。


 翌朝の風景に、武斗は動じなかった。というのもここ数日、それまで経験したことのない光景をいくつも目の当たりにしてきたので、今さら、武斗と紗夜と照臣の三人で朝食を取るという光景に、驚くほどのもの珍しさを感じなくなってしまっていたからだった。

「楯村くん、おかわりはいりませんか?」

「そんぐらい、てめえでやる」

「遠慮しなくていいですよ」

「遠慮じゃねえ」

 などという会話を紗夜としていても、あまり動揺しない。そんな自分に、それだけ御子杜紗夜という存在が自分にとって自然なものになったのだろうかと思いつつ、その件に関しあまり深く考えないようにしていた。

 朝食を食べ終わると、二人は一緒に学校に登校すべく、十分ほど歩いた場所にあるバス停に向かった。途中、二人は他愛ない会話をしていた。昨日の件については、本殿で照臣と話す前に一応「悪かったな」という簡単な言葉での謝罪はしていたが、ちゃんと謝り、礼を言ったのは、朝風呂から上がりズボンをはき終えた武斗が、顔を洗おうと脱衣所に入ってきた紗夜と顔を合わせた時にしていた。ただし、紗夜がびっくりして思わずきゃあと悲鳴を上げた後にだが。

 そのときのことを、紗夜はバスに揺られながら「あの時は、本当にびっくりしたんですよ」と、隣で一緒に揺られている武斗に訴えていた。そして、バスに乗り込んでからずっとお喋りをしている二人に、乗り合わせた男性の三分の二が心の中で泣き、さらにその中の武斗を知る者の涙は血の色をしていた。

「そんなに驚くことじゃねえだろ」と武斗が素っ気なく返しているときも。

「驚きます! それに、やっぱり楯村くんは、デリカシーがなさ過ぎです」

「俺にンなもん求める方が間違ってんだ。それに、初めて見られたわけでもねえだろ」

 見られた、というのは、寝起きの顔のことで、武斗の付き添い、というか監視のために病院に泊まった時のことを言っている。

「そ、それはっ! ……完全に油断しているときに見られるのは、別なんです」紗夜は少々機嫌を悪くしたのか、ぷいと横を向いてしまった。ただ、内心ではこのようなやり取りを楽しんでいた。

 昨日紗夜は、武斗の手当をしたあと数度顔を合わせていたが会話は一切しておらず、ずっと心配していた。しかし、一夜明けた今日の武斗はずいぶんと元気になっており、その雰囲気も、昨日の分厚い暗雲に覆われているような重苦しさが感じられない。その証拠に、昨日は紗夜を避けるようにしていた武斗が、今朝脱衣所で紗夜と顔を合わせたとき、照れくさそうに苦笑いしながらそのことを謝り、冗談を言っていた。そして今も、こうしてお喋りをしている。

 きっと、もう大丈夫。紗夜はそう思っていたが、やはり心配は消えなかった。

「油断ねえ。しかしまあ、お前があんな声出せるとはな。初めて聞いたけど、まだ耳鳴りが止まらねえぞ?」

 それは、脱衣所で上げた紗夜の悲鳴のこと。

「私、女の子なんですよ? 楯村くん、意地悪です」

「俺の意地が悪いのは、今に始まったことじゃねえ」

「そうですね。素直な人じゃないですものね」

 などという会話が楽しげに繰り広げられた。そうして駒井沢高校近くのバス停で二人が降りる頃には、打ちひしがれた多くの男性が一日を陰鬱な朝から始めることとなり、乗り合わせた女子生徒は、あまりの光景に一日中遠い目をすることとなった。

 二人並んでの登校風景に、バスに乗り合わせていない他の生徒も、驚きの声を上げていた。だが、ここ数日の二人を見れば、今さら何をという者もそれなりに多くなっているのも事実で、二人揃って教室に入った時も、紗夜を見た瞬間に「おはよう」と言いかけた声が、直後に武斗が入ってきて最後まで言えなくなってしまった者が多かったが、驚きはしたものの最後まで言えた者もゼロではなかった。

 そしてその一人であるちとせは、紗夜におはようと言い、武斗にもおはようと声を掛けていた。そして武斗も「おお。昨日は、また迷惑かけたな」と答えた。

「ううん。それより、もう平気なの?」

「ああ」武斗はそう言って小さく笑みを漏らす。

 たったこれだけのやり取りだったが、ちとせが武斗と自然に会話していることに驚いた者は非常に多かった。御子杜紗夜に続いて、今度は、あれほどボロクソに酷評していた川村ちとせが、と。そしてその驚きは慎二にもあり、武斗が席に着くと、あとできっちり話せと要求していた。

 このように、登校時の武斗への視線は今までと多少変化していたのだが、休み時間が終わるたびに昨日の喧嘩三昧な一日の噂が広まっていくと、武斗を以前のように見る者も出ていた。しかし、だからと言って紗夜にああだこうだという者はもはや誰一人いなかった。

 武斗を敵に回すようなことは絶対にしてはならないという恐れが、それだけあったわけだが、何より、商店街での一件に居合わせながらも、紗夜は以前よりも武斗との距離を自ら近づけているような気がしてならず、武斗の暴力的な部分を目の当たりにしながらも、武斗に対する感情を変えないのであれば、外野がどれだけ言っても無駄なのだから、という判断があったからだ。

 そうして午前中の授業が終わり、土曜日ということで、部活のない生徒はそのまま帰宅の時間となった。

「さあて、今日も元気に暴れるか」そう声を出して言ったのは慎二。武斗の退院祝いをしたいという連中が、今日もやってくると踏んでの発言だった。

 いつもであれば、懲りずにやってくる挑戦者たちに対し、めんどくさいと言わんばかりにため息を漏らす武斗なのだが、このときの武斗は、どこか神妙な面持ちだった。教室に入ってきたときからいつもと少し感じが違う武斗が少し気になっており、昨日の様子もあって、このリアクションには、思わず「体調でも悪いのか?」と聞いていた。

「そんなんじゃねえよ」

「そうか……。ま、どうせ何かあっても、誰かさんが優しく介抱してくれるんだろうからな。いいよなあ、お前は」

 誰が、とは言わずもがな御子杜紗夜。そして実際、武斗は紗夜に優しく包んでもらったことはある。何よりも、堂本の死を電話で聞かされたときに。

「馬鹿言ってねえで、行くぞ」

「お? なんだ? 今さら照れ――」

「ここで俺と一暴れしとくか?」

「……すでに暴れ始めてるだろが」

 武斗の拳をかわした慎二が、冷や汗を一つ流しながら訴える。そして、昨日と同じメンバーで昼食を食べて挑戦者を迎え撃とうと教室から出て行った。

 慎二の言った言葉の意味を、さすがに紗夜も理解していた。昨日一日、武斗が慎二たちと一緒に喧嘩していたという話を休み時間に耳に入れており、今日も多くの者が退院明けの武斗を狙ってくるだろう話も耳に入れいているのだから、当然だろう。そしてその喧嘩を、紗夜は止めさせたかった。

 昨日の、自分を化け物だと言って笑った武斗の顔が、頭から片時も離れないからだ。絶望にも近い悲しみの顔が。

 武斗は喧嘩を望んでいない。しかし、相手が望んで喧嘩を仕掛けてくる。ならば、喧嘩せずに逃げればいいのだが、昨日の商店街では、大勢がいきなり武斗を取り囲んできた。 どのみち、相手に喧嘩の意志があれば避けられないのかもしれない。そして、それを止める術は紗夜にはない。自分の無力さに、紗夜の気持ちは落ち込んでいった。

 だが、紗夜の心配は結局徒労に終わることとなった。

 校門を出ると、昨日と同様に多くの挑戦者が待機していると思っていた武斗らを裏切って、そのような輩は誰一人いなかった。これは珍しいこともあるものだと笑いつつ、ひとまず昼飯を食べようと定食屋に入ると、そこに、以前武斗に喧嘩を売ったはいいが病院送りとなり、復讐を誓った連中がいた。

 これは喧嘩になるだろうと思っていた武斗らだったが、彼らは喧嘩を売ってくることはなく、そそくさと店から出て行ってしまった。

 その後、武斗への復讐を誓った連中と何度か遭遇したが、一様に喧嘩を売ってくることはなく、目を合わさないようにしたり、定食屋のとき同様、そそくさと道を変えるなどしていた。

 この状況に、頭の悪い友人の一人が「どうなってんだ?」と首を捻ると、もう一人が、ならば適当なヤツをとっつかまえて、直接聞いてみようということになった。

 そして、ほどなくして適当な連中と遭遇し、逃げるその連中の一人を捕まえると、極めて平和的な取り調べが行われた。その結果、三つの情報が広く流布されていることが判明した。

 その一つは、入院はデマというというもの。二つめは、武斗が以前よりも遙かに強くなっているということ。そして三つめが、楯村武斗はとうとう頭がおかしくなり、血に飢えた危ないヤツになってしまったということ。この三つ目は、昨日の商店街での喧嘩によって生み出された噂だった。

 これらの情報により、挑戦者のほとんどが、色々な意味で武斗には関わらない方がいいだろうという判断を下しているらしく、武斗としては不満の残るところだが、いちいち挑戦者の相手をしなく済むということはとても喜ばしいことだったので、これはこれで良しとすることにしていた。

 それに、これで紗夜の余計な心配が一つ減ったのだから。

 武斗の携帯に紗夜が電話したのは、それから少し経ってからのことだった。武斗の身を案じて電話してきたらしく、外野の野次を黙らせると、紗夜に散々心配させていることを考えると安心させてやらねばなるまいと思い、別の場所で紗夜と待ち合わせることにしたのだった。

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