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黒の守護者  作者: K-JI
30/62

ヒトに似て非なる者

 子供の頃から、黒い虫が見えるという時点で、自分は他の人と違うという認識は持っていた。ただしそれは、他人と少し違う、という程度のものでしかなく、その認識は変わることはなかった。

 線路下のトンネルで闇の世界の住人同士の戦いを見たときも、病室で照臣から屋倉や御子杜、堂禅寺の話を聞いたときも、人という範疇にある、違いの一つに過ぎないと思っていた。

 しかし全てを聞かされたとき、それが間違いだと知った。

 ヤナガが同席する本殿の中、中腰で身構える武斗を座らせ、照臣はゆっくりと語り出した。

「御子杜一派は、今話したようにして対抗してきた。そして堂禅寺一派は、既に話したとおり体術の強化と武具の研究に努力を重ねていった。道を塞ぐことは不可能であり、唯一の対抗策は迎え撃って殲滅するのみだと主張してな。

 そして彼らは、体術と武具を強化していった。体術は体術、武具は武具と分けて考えて。その成果は、彼らが思っていたよりも早くに出た。それ以前に比べ、被害が格段に減り、これに喜んだ彼らは、さらに強くと研究を重ねていった。

 だが、どれだけ武具を強力にしようと、それを扱う者の人間としての運動能力以上のことは出来ない。この能力の限界をどう克服すべきか彼らは考えた。

 その中で、とても恐ろしい考えを持つ者たちがあらわれた……。交配による人体の改良ではなく、人間の手で直接、その者の力を強化するという案だ」

 武斗の背筋がぞくりとし、血の気が一気に引き始めた。

「まさか……」

「手術と薬物による、人体の改造だ……。さすがにその案は、堂禅寺派内部でもそれは非人道的すぎるという批判が多数を占めて、すぐに棄却された。もし肉体の限界が訪れたときは、武具の強化に特化して続けていく他ないだろうということになったそうだ。この時点では、ほとんどの者がこの案は廃棄されたものだと信じて疑わなかった」

 この言い回しに、武斗は言葉を挟みたかった。だがうまく口を動かすことが出来ず、タイミングを逸していた。

「やがて堂禅寺派は、体術の限界に到達した。それでも武具の開発は進められたが、新しく作られる武具に耐えられる者は少なくなっていった。彼らの作る武具はそれを使う者に大きな負荷をかける。そして負荷の大きさは、武具の強さに比例していたからだ。これで、実質的に頭打ちとなった。

 しかも、堂禅寺派も免れることは出来なかった。御子杜派と同じ運命からはな……。彼らは交配を重ねる中でその数を減らしていった。加えて、以前に比べればはるかに戦いにおける損害が減ったとはいえ、確実に仲間は失われてゆき、やがて、対応しきれないほどの規模になってしまった。

 彼らは焦った。このままでは、自分たちがやろうとしてきたことが間違っていたと、御子杜派に証明するようなものだと。その時、彼らがあらわれた……」

 その彼らこそ、武斗が聞きたいと思っていながら言えなかったこと。照臣は、案が棄却されたと信じて疑わなかった、と言った。しかしそれは、実際は破棄されていなかった、という意味でもある。

「やっぱり……」武斗が絞り出すように言葉を落とし、照臣は頷く。

「人体実験による強化は破棄されていなかった。彼らは秘密裏に着々と行っていたのだ。そして、その実験は成功していた。

 彼らの登場に、初めは多くの者が激しく批難し、糾弾した。だが、背に腹は代えられない状況にやむなく、彼らの成果である造られし者を実戦に使うことにした。その結果、彼らのあまりにも優れたその能力に、糾弾していた多くの者が途端に旗向きを変えた。これなら今後も対抗していけるぞと。そして、これなら御子杜派にとやかく言われる心配がなくなると。

 実験の成果は認めるが、これ以上の人体実験は控えるべきだと主張する者もいた。しかしその数は少なく、結局人体実験は認められ、それにあわせて武具の研究もさらに進められるようになっていった。

 どんな結果が待っているか、多くの者が想像できたであろうに……。まことに、愚かな選択をしたものだ」

 照臣はそこで一息つき、武斗の様子をうかがった。彼がこれ以上話を聞ける状態かどうかを確認する為に。

 そんな照臣の意図を悟ったのか、武斗は「結果は……、最悪だったんだろ」と、必死に自分を抑えるように声を震わせながら言った。

「必ずしも最悪、とは言い切れないが……。皆が喜ぶ結果ではないことは、間違いないな……。どうする。今夜はここまでにしておくか?」

「……ここまで聞いて、ここで、止められるかよ」

「ならば、少し時間をおくか」

「いいから話せ! 俺のことはかまうな!」

 武斗がこの状態にあって、このまま話を続けるのは彼にとって酷なことだと、照臣は強く思っていた。だが、時間をかけて話すことが彼にとって良いことかどうか、正直なところ照臣にも分からなくなっていた。時間をかければ、それだけ武斗が悩み、苦しむ時間が長くなるだけなのでは、と。

 そして、照臣はこのまま話を続けることを選んだ。ただし、武斗がもういいと言うまでか、完全に聞ける状態でなくなるまで。

「造られし者たちが活躍するようになると、人体の改造と武具の開発が飛躍的に進められていった。このまま進めていけば、やがて闇の世界の住人たちをたやすく迎え撃てるようになると喜んでいた。

 人体改造の対象者は、身体能力の優れた一ノ関一族の中から選ばれていった。強い者をさらに強くすれば、より少数の人員で賄っていけると考えたのだろう。そうして、およそ二十年経った頃、ある事実が発覚した。それは、秘密裏に行われていた人体実験の内容だった。

 実行した者たちは、実験の被験者となる者として、力を極端に失い遠縁となっていった末端の者たちを選んでいった。彼らは自分たちが再び日の目を見れられるのであればと、その肉体を提供していった。しかし、その過程で多くの者が死んでいった。その骸は、あまりにもむごたらしいものだったらしい。

 実験体となった男の妻がこう言って泣いていたそうだ。せめて人の姿と人の心を持って、最後のときを迎えさせてあげたかったと……。

 この事実が白日の下にさらされたとき、直ちに人体の改造は中止すべきだという意見は出た。だがそれでも、多くの者は続けるべきだと主張し、さらに十年近く続いた。

 そして、破綻が始まった。

 造られし者たちは、次々と死に始めたのだ。戦いにおいてではなく、戦い以外の場で」

「あれはなかなかの見物だったな。自分で自分を喰らい始めたり――」と、ヤナガが楽しげに言葉を挟んできた。

「その話はよい! お主は黙っておれ!」

「ふん。ならばあとで、我がこいつに教えてやるだけだ。どんな死に様だったのかをな。我はたくさん見てきたから、一昼夜では終わらぬぞ? ククッ」

 ヤナガはそう言うと、口を閉ざした。照臣はヤナガを一瞥すると、武斗を見る。武斗はすっかり血の気を失っており、表情は怯え、必死に何かを自分に言い聞かせているよう。だが、完全に聞けなくなったわけではなさそうだと、照臣は先を続ける。

「それまで戦力の要として重宝されていたが、造られし者たちの姿に、やがて堂禅寺らは彼らを恐れ、畏怖するようになっていった。そしてその目は、一ノ関一族の者すべてに向けられるようになっていった」

「なんで、だよ……」

「造られし者を称える者は多かったが、彼らの子を宿そうという者は、一ノ関の女以外、誰もいなかった。その一ノ関の女たちとて、自らの意志で子を宿した者はいない。全て一族の女の務めとして宿された……。皆、忌まわしき子が生まれてくるに違いないと思ってな……。

 その結果、一ノ関一族すべてが畏怖の対象になってしまったのだ。彼らは誰からも恐れられ、迫害されていった。

 そして堂禅寺派は、彼らの力に多くを頼っていたために、彼らがいなくなることで戦う力を急激に失い、細々とやっていくしかなくなり、今では、僅かに残っているのみとなっている」

「そ、れで……、俺は、どうなんだよ。俺は……、俺の先祖ってやつは……」

 武斗は、すでに自分の中で見つけたその答えを否定してもらいたい一心で、照臣に問いただした。だがそれは、無情にもその答えを後押しするものだった。

「……そうだ。一ノ関だ」

 心臓が握りつぶされそうな感覚に襲われ、頭の中はがんがんと鳴りだし、全身が震え出した。それでも武斗は、微かな希望にすがりつくように「で、でも、全員じゃ、ねえんだろ? 全員が、造られたってヤツらの子孫ってわけじゃ……」とさらに尋ねる。

 しかし、照臣の答えが全てを打ち砕いた。

「確かに、一ノ関の中には造られし者の血を継いでいない者もいる。それと、お前の母親は屋倉とは一切関係はない。しかし、お前の父親は……、その血を継いだ者の一人だ」

「親……父、が……? それじゃあ……、俺は……」

 それきり、武斗は譫言のようにぶつぶつと独り言を呟くだけとなった。これ以上は無理だということは明らか。照臣は悲痛な面持ちで握り拳を作ると、静かに立ち上がり、武斗に「今宵はここで過ごせ」とだけ言葉を残し、ヤナガには「武斗をそっとしておいて欲しい。頼む。このとおりだ」と頭を下げ、本殿から出て行った。

 本殿には、呆然とする武斗とヤナガだけとなった。

 照臣に頭を下げられたこともあり、何も言わずに自分も消えようかと思ったヤナガだったが、虚ろな瞳の武斗を見ると、これを楽しまずに帰れるわけなかろうと、嬉々とした声で武斗に言った。

「良かったな。小僧」

 その言葉に、武斗の体がぴくりと動く。だがそれだけ。「仇を討つ力が、貴様にもあるかもしれないということが分かったのだからな。どうした。なぜ喜ばん」と言われても、言葉を返すことは出来ない。そんな武斗に、ヤナガは鼻を鳴らすと「この程度のことで潰れてくれるなよ?」と言い残し、闇の中へと消えていった。

 

 惨状となった喧嘩の現場を見回したとき、何人もの男が路上で血を流しているその光景に、その中心にいる自分が、紗夜と慎二を殺したヤナガの姿と重なり、異形の化け物となった自分を呆然と感じていた。

 そんな武斗を、この場から早急に移動させるために、紗夜は必死に声をかけた。その甲斐あって、虚ろだった武斗の瞳がほんの少しだけ精気を取り戻し始めると、ぼんやりとだが紗夜を認識することが出来るようになり、「御子杜……」と力のない声を出した。

「楯村くん! お願い、しっかりして!」

 紗夜は顔を近づけてそう言うと、早くここから離れようと武斗の腕を引っ張る。だが紗夜の力では動かすことが出来ない。すると、ちとせが駆け寄ってきた。まさみと里子は紗夜と武斗の鞄を拾い上げただけで、近づけずにいる。

 そして武斗は二人がかりで引っ張ると、この二人は何をしているんだろうと半分思いながら従うように腰を上げ、引っ張られるままに足を動かし、走ってくる武斗らから逃げるように通り道を作った人垣を通り過ぎ、とにかく人のいない場所へと走っていった。

 そうして五分ほど走ったところで、一緒に走っている里子が「ちょ、ちょっとタンマ」と訴え、ようやく全員足を止めた。

 周りを見れば、繁華街からすっかり離れており、人の姿はない。ただ、道の真ん中で休憩するというのも具合が悪いということで、ちとせがもうちょっと休めそうな場所まで歩こうと提案し、まさみは携帯でこの辺りの地図を見て調べると、近くに公園があることを突き止めると、そこへと歩いていった。

 その間、紗夜は武斗の腕をぎゅっと抱きしめながら、数度声をかけただけだった。とても答えられる状態でないことは紗夜にも分かっていながら。そして武斗は、やはり何も答えなかった。

 そんな様子を、先を歩く三人は気にしながら、振り返ることも声をかけることも出来ずにいた。そうして公園にやってくると、紗夜は武斗をベンチに座らせ、自分のハンカチを水飲み場で水に濡らし、武斗の額を伝い流れる血や、唇の乾いた血を丁寧に拭き取る。

 ハンカチは瞬く間に血に染まり、紗夜はそれを一度水で洗って、武斗の拳にこびり付いている血を拭き取り始めた。

 献身的に尽くすそんな紗夜の姿に、どれだけ紗夜が武斗を想っているのかを三人は実感し、自分のハンカチを濡らし、これも使ってと紗夜に渡した。

 そうして一通り拭き終えると、ちとせが「これから、どうする?」と紗夜に尋ねた。

「私の家に、楯村くんを連れて行きます。今の楯村くんを、一人にできませんから」

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