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黒の守護者  作者: K-JI
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転校生

 二年一組の教室は現代国語の授業中で、後ろの戸が凄まじい勢いで開き、凄まじい音を立てて跳ね返った時、御子杜(みこもり)紗夜(さや)が声を出して教科書を読んでいる最中だった。

 その音に、教室内の誰もが身をすくめて驚き、残響音が消える間際になってようやく、全員が発生源へと顔を向けた。

 そこにいたのは、目を大きく見開いて突っ立っている楯村武斗。

 突然のことに、誰もが武斗を凝視することしかできなかったが、言うべき事を言えずにいた教師がしばしの間を置いて「静かに開けんか!」と一喝すると、一斉にひそひそ話が始まった。ざわめきだした生徒たちに、私語を慎めと教師が注意すると、次いで、武斗に向かって「早く席に着け」と言い、授業を再開させようとする。だが、武斗は言うことを聞かず、やはり目を見開いて突っ立ったままでいる。

 教師は、武斗が自分を馬鹿にしているのかと思い、「邪魔したいだけなら帰れ」と言い捨てた。それでもぴくりとも動かない武斗に、ようやく訝しげに眉を寄せた。武斗の様子から、自分の声を無視しているのではなく、耳に届いていないからなのではと思ったからだ。確認の意味で「楯村、聞いてるのか」と声を掛けるが、やはり反応はない。一体どうしたというんだと、武斗の視線を追ってみると、その先には、動悸を押さえようとしているのか、強く教科書を握り胸に押し当て、驚きの表情で武斗を見つめながら呆然と立ちすくむ女子生徒、御子杜紗夜がいた。

 この光景に、教師は大きな勘違いをした。いや、この教師だけではなく、実のところ全員が勘違いをしていた。

「そこまで驚くことないだろう。お前がいない間に転校してきた、御子杜紗夜くんだ」と教師は紗夜を紹介し、再び教室内がざわつき始めた。

 自己紹介してもらった格好となった紗夜は、「あ、あの……、御子杜紗夜です……。よろしく……お願いします」と、少しばかり涙目になりながらもどうにか言葉を発し、小さくお辞儀をした。それに対し何の反応も示さなかった武斗だったが、続く教師の声に、ようやく我に返った。ただし、ほんの少しだけ。

「楯村。いつまで驚いてるつもりだ」

「え……」

「えじゃない。さっさと席に着け」

「あ、ああ……」

 武斗はそう返事するものの、上の空といった様子で、体は一向に動かず、視線も紗夜から離れず、口を開いた以外何も変わっていないように見受けられた。しかし、内原慎二だけは気付いていた。武斗の表情はつい先ほどのものと違い、愕然としたそれから、信じられないモノを見たような表情になっていたことに。ただ、表情の変化に気付いたところで、それが意味するものを正確に汲み取れていたわけではなく、慎二もまた大きな勘違いをしたままだった。

 業を煮やした教師は、思わず「楯村!」と大声で怒鳴った。すると、ようやくと完全に我に返ったようで、武斗は周囲をきょろきょろと見回した。

「早く座れと言ってるんだ!」

「ああ?」

「早く座らんか!」

「うるせえよ」

「お前がとっとと座らんからだろうが!」

「だからうるせえって」教師とのやりとりの間、適当に相手しながら周囲を見ることで、僅かながら状況を理解し始めた武斗は、「へいへい」と、窓際最後尾の自分の席へと向かい、椅子に腰を下ろしたのだが、途中、目を細めて何度も紗夜をちらりと見ていた。

 これでようやく授業が再開できると教師は一息ついたのだが、休む暇なく、隣の教室から教師が駆け込んできた。理由は説明するまでもないだろう。

 事の経緯やら何やらを二人の教師で話している間、武斗は別のことでも少々驚いていた。

「ずいぶんと派手な出勤風景だな」と、隣に座っている慎二が声を掛けてきた。

「大きなお世話だ。それより、何でお前がそこに座ってんだよ」

 そう。武斗の記憶では、慎二の席は武斗の隣ではなかったはず。しかし、その答えは呆れるほど簡単なものだった。

「転校生の登場で、玉突き的に俺の席がお前の隣になったわけだ」

「よく認められたな」

「そこはそれ。ジツリキってやつ?」

「力ずく、だろ」

「細かいことは気にするな。それより」

「なんだよ」

 意味ありげに顔をにやけさせている慎二に、武斗は眉間にしわを寄せる。

「さすがのお前も、御子杜紗夜に一目惚れか?」

「馬鹿言ってんじゃねえ。殴るぞ」

「お前、そう言いながら殴りかかってるじゃねえか」

 顔面めがけて放たれた武斗の右拳を受け止めた慎二は、やれやれとため息をもらす。手が早いのは慎二もよく知るところ。しかも付き合いが長ければ対応しやすい。のだが、たまに対応しきれないときもあり、油断しているとよけるのはまず不可能で、お前の手の早さは何とかならんかとよく注文を付けていた。

「まあ、あれだけ可愛いんだから、駒井沢の虎と言えど例外じゃないってことか」

「だからそういうんじゃねえって言ってるだろ。蹴り殺すぞ」

「って言いながら、既に足が出てるんですけど」

 そんなやりとりを二人がしている間に、教師同士の話し合いは終わり、隣の教室の教師は、武斗に向けて目を細めて帰っていった。これで安心して再開できるとほっとした現国教師は、「静かにしろ! 授業を再開するぞ」という声を響いた。慎二としてはもっとこの話題を引っ張りたいところではあったのだが、もうすぐ昼休みだしと、大人しくすることにした。そして武斗もまた、慎二に聞きたいことがあったのだが、昼休みに聞けばいいかと窓の外に目を向けた。

 聞きたいこととは、御子杜紗夜について。たいした情報は得られないだろうが、とにかく今は、なんでもいいから彼女に関する情報が欲しかった。

 御子杜紗夜を見た瞬間、正直、恐怖を感じた。今まで経験したことのないほどの恐怖を。しかし、窓ガラスに映る彼女からは、もうそのようなものは感じない。それどころか、か弱い存在にしか見えない。

 いったい、あれは何だったのか。

 四時間目の授業の終了を告げるチャイムが鳴るまでの間、武斗の視線と意識は、初めて見る転校生に向けられ続けていた。

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