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黒の守護者  作者: K-JI
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語られる過去

 武斗の退院は、午前中の診察の結果が出ると同時に決まった。その旨を約束どおり照臣が紗夜に連絡すると、紗夜は今から行くと言ってきかなかった。だが、武斗がこのまま堂本の所属していたジムに行くからと断ると、紗夜は諦め、照臣も病院で別れた。

 ジムへ向かう途中、武斗は照臣の語ったことを反芻し、整理していた。照臣の言ったことは、大きく分けて四つになる。

 一つは、この世界と闇の世界の関係。

 この世界と闇の世界は繋がっていて、希に人を喰らう輩がこちらにやって来るという。

 二つめは、屋倉という存在。

 昔、その輩を退治などしたりするために屋倉という集団が生まれた。やがて集団は二つに分かれ、その一つが紗夜の名字と同じ御子杜だということ。そして紗夜は力が非常に弱く、闇の世界の住人が見えないということ。

 三つめはここ最近の死体なき大量血痕事件。

 中には悪質な悪戯もあるが、それ以外はまず間違いなく闇の世界の住人による仕業だということ。そして堂本を殺したのも、間違いなく闇の世界の住人だということ。

 そして四つめはヤナガの立ち位置。

 ヤナガは闇の世界の住人であるにもかかわらず、契約により人間を喰らう同族を殺している。過去のことは知らないが、近年に関して言えば、人間を喰らっていないらしい。それと、昨夜の武斗へのヤナガの行動は、照臣曰く、恐らく武斗の力を計るためのものだったのだろうといのこと。

 その力がどういったものかは武斗には分からなかったが、屋倉から派生したものであることは、照臣の説明から推測することは簡単だ。そしてヤナガは、武斗にこう言っていた。貴様には失望したぞ、と。また、己の無力さを知れとも。

「好き勝手言いやがって……」

 武斗は悔しさに舌を打つ。だが、ヤナガの言ったことは正しい。あれだけ相手にされなければ、好き勝手言われても仕方のないこと。それに、堂本を殺したのが本当にヤナガでないとして、真犯人となる化け物は存在し、まだ生きているとしても、武斗が敵討ちを果たせるかは極めて疑わしいと言わざるを得ない。

 ならばどうすれば、敵討ちが出来るぐらいの力を得られる?

 そんなことを思っているうちに、海江多キックボクシングジムへとやって来た。ジムの前では、事件の被害者となった堂本に関する取材の一つとして、無神経な報道関係者たちが舌なめずりをしながら待機していた。その光景に嫌な予感をしながらジムの前まで来ると、待ってましたとばかりに一斉に押し寄せてきた。インタビュアーはマイクを突きつけながら、カメラマンは良い場所を確保しようと走りながらの陣取り合戦をしながら。あっという間に囲まれてしまった武斗は、全員殴り倒して静かにさせてやろうかと本気で思ったが、そうするまでもなかった。

「失せろっつってんだろ! この野次馬どもがっ! ここは見せ物小屋じゃねえんだ!」

 そう怒鳴ったのは、入り口の扉を開いた滝。そして、その迫力に報道陣の動きが一瞬止まった隙に、滝は武斗を引っ掴むとそのまま中に引っ張り込み、すぐさま扉を閉めた。

「くそ野郎どもが……」

「なんか、スゲーことになってるな」

「ああ。昨日からずっとだ。油と火でも撒いてやろうか」

「それはさすがにヤバイだろ」

「ふん。人の心に平気で土足で上がってくるような奴らなど、それでも足りないぐらいだ」滝はそう言って不機嫌に鼻を鳴らすと、「それより」と表情を変えて武斗を見た。

「その顔だと、少しは心の整理は出来たみたいだな」

「少しだけ、な……。でも、やっぱここに来ると……」

 様々な思い出が、どうしても昨日のことのように鮮明に溢れ出してしまう。そんな武斗に、滝は配慮してしばらく一人にさせていた。

 その後、武斗は滝から警察が話した内容を聞かされ、物的証拠から堂本の死は間違いないが、死体がないため警察としては行方不明事件として取り扱うということを知った。これは、身元は判明しているが遺体がない同様のケースと同じだという。

 そして堂本の両親は、息子が生きていることを願い葬式は出さないと言っているというのが現状だった。

 事実を知らなければ、武斗も最後まで儚い希望にすがりついていたかもしれない。そう思うと、何とも複雑な気持ちになっていた。

 八城神社にやって来たのは、夜の十一時頃だった。それまで武斗はジムで過ごしていた。

 鳥居をくぐり、まっすぐ本殿へと向かう。途中母屋が目に入り、見える範囲で明かりを確認したが、紗夜の部屋の明かりまでは確認できなかった。

 本殿の扉を少し開け、武斗はそのまま中に入ると、中はろうそくの光で薄気味悪くオレンジ色に照らし出されていた。

「遅かったな」

「ジムに寄ってきたからな……」

「そうか……。それで、お前はどこまで私の話を思えている?」

「全部に決まってんだろ」

「なら……。まずは御子杜の話から進めれば良いか」

 照臣はそう言うと、長くなるだろうからお前も座れと促し、武斗が腰を下ろすのを確認してから話を続ける。

「御子杜に関しては、術者の霊力と術の強化に励み、神社を建てることによって封印を強固なものにし、その輪を広げようとした、というところまでは説明したな。そうやって御子杜派は、三百年にわたり尽力を尽くしてきた。その結果、ある程度の成果を出すことが出来るようになった。この世界と向こうの世界とを結ぶ道を、細くすることに成功したのだ」

「道を細く?」

「道が狭くなったことで、人間を喰らう闇の世界の住人が極端に通りづらくなったとだけ理解していればいい。そうして、御子杜派は多くの被害を未然に防いできた。数十年前まではな」

「までって、つまり、防げなくなってきたってことか? だから最近……」

「そうだ。その最大の要因は、霊力の高い術者が減り、ついに支えきれなくなってしまったことだ」

「どうして」

「先天的に霊力の高い者を生み出す為、御子杜一族は同族同士の交配や、同族以外の霊力の高い者との交配を繰り返し、優秀な術者を作ってきた。それは屋倉が分裂するずっと以前からな。だが、代を重ねるごとに、極めて短命な者や霊力を持たない者、霊力が微力しかない者が多く生まれるようになった。それと――」と言いかけたところで、武斗の様子に照臣が気付いた。

「どうした?」

「あ、いや……。同族結婚を繰り返して、そいつらの血を濃くするとか、何かを守るとかって話はよく耳にするけどよ、実際に聞くと、な」

「お前も、その歴史の中から生まれてきているのだぞ」

「そう……だよな。俺も、元を辿ればそうなるんだよな」

「屋倉にまつわる者の多くは、そうした繰り返しの中で存在してきた。私とて例外ではない。ただし近年に至っては、全ての者が必ずしもそうしているとは言えなくなってきたがな。……少し休むか?」

 正直なところ、武斗はショックを隠せなかった。人々を守る為とはいえ、自分がその歴史の末端に位置する存在の一人であることに。だが、ここで話を終わらせる気にはなれない。

「誰が。それより、御子杜が化け物たちを見れないのは、やっぱりそういう理由なのか?」

「あの子は、御子杜の遠縁となる分家の娘。あの子の祖父母の代から闇のモノすら見えなくなってしまっている。だからだろう、闇の世界の存在は誰からも教えられていない。以前のお前のようにな」

「そうか……」

 そう聞いて、武斗はなんとなく安堵のため息をついていた。

 照臣は、言いかけていたことを飲み込むと、先を続けた。

「そうして、術者そのものの数が大きく減ってしまった。弱い霊力を術で強めて対応したこともあったが、所詮は焼け石に水。大きな力になることはなかった」

「ちょっと待て。それじゃこの先どうなんだよ。そのうちヤツらに好き放題されるだけじゃねえか」

「その為に、我々はヤナガと契約を結んだのだ」

「信用できんのかよ。あいつを」

「彼をアテにするしかないのが、現在の我々の状況だ」

「けどよ……」

「お前の気持ちは分かる。だがな、お前が信用しようがしまいが、彼との契約を決めるのはお前ではない」

「んなこたあ分かってる! だけどあの野郎は!」

 ヤナガは武斗の前で、幻であったにしろ慎二と紗夜を殺した。嬉々として、紗夜を弄ぶように殺した。だがそれをここで声高に叫んだところで、何も変わらない。そのことも分かっている。だから武斗は悔しい気持ちで奥歯を噛むしかなかった。

「これが、我々の歴史と、現状だ」

 照臣はそう言うと、一度目を閉じて深く息をし、鋭い眼差しを武斗に向けた。

「さて、お前に尋ねるが、これからお前はどうする」

「堂本さんの仇をとるに決まってんだろ!」

「己の身が滅ぶとしてもか?」

「誰が死ぬかよ!」

 武斗はそう吠えるが、この数日の間に幾度となく己の死を感じてきた彼には、この言葉の意味がよく理解できた。これから先の世界は、今までの喧嘩などでの勝った負けたの話ではない。本当に、命を賭けることになる。そして負けは死に直結する。ヤナガが二度も見逃してくれたからこうして生きていられるのであって、もしヤナガが本気で武斗を殺そうと思えば、何度でもそうできた。

「お前が選ぶ道は、そういう道だ。そのことをよく考えろ。残りの話はそれからだ」

「考えるまでもねえよ……! 俺は誓ったんだ! 堂本さんに誓ったんだ! 堂本さんの仇を討たないまま知らねえ振りするぐらいなら、今すぐ殺された方がマシだ!」

 すると、ヤナガの耳障りな声が聞こえた。

「ならば、今度こそ殺してやろうか?」

「ヤナガ!」武斗は本殿の隅の物陰からゆっくりと出てきたヤナガに、膝を立てて身構える。そして照臣は、ヤナガに「今は彼と話をしている最中。邪魔はしないで欲しい」と言った。

「邪魔をしているのは貴様の方ではないか?」

「どういう意味だ」

「この小僧がせっかくその気になっているのだ。全てを話し、歓迎すればよかろう。その方が貴様らにっても有益であろう? なのに何故、小僧を遠ざけようとする」

「お主に関係のないことだ」

「関係あると以前言ったであろう。それと、我の邪魔をすれば、容赦なく貴様を殺してやるともな」

 照臣は苦悶の表情でヤナガを睨む。照臣は、武斗を関わらせたくなかった。何も知らないまま、ごく普通に生活し、ごく普通に生き、ごく普通にその生涯を終える人生を歩んで欲しかった。だからこそ、今回の件には極力関わらせたくなかったし、教えたくもなかった。

 だが武斗は関わってしまい、知ろうとしている。そしてそれをヤナガは歓迎している。

「小僧。仇を討ちたいと言ったな」

「それがどうした」馬鹿にされていると思い、武斗はヤナガを睨み付ける。

「もしもそれを叶えられる力が手に入るとしたら、貴様はどうする?」

「手に入れるに決まってんだろ! 何があっても!」

「何があってもか。ククッ。なら話は早い。我が貴様にそれを与えてやろう」

「信じられるかよ……」

「なら、ここで先日の続きをして、そのまま貴様を殺してやろうか?」ヤナガはそう言うと、足を一歩前に出す。武斗も中腰で身構える。その様子に、照臣は諦めたように声を上げた。

「分かった……。話してやろう、お前の全てをな……」

 照臣のこの言葉にヤナガは満足そうに笑みを浮かべ、武斗はヤナガへの警戒を解くことなく耳を傾ける。

「先にいっておくが、武斗。聞き終えたあと、後悔するもしないもお前次第だ。そして、どうするか決めるのもお前次第だ」

「後悔するかよ」

「そうか……」照臣は沈痛な面持ちで言うと、厳しい表情に変え、武斗を真っ直ぐ見据えながら話し始めた。

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