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黒の守護者  作者: K-JI
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綻ぶ糸

「まったく、あのような面白い見せ物が見れるとは。やはり、人間の世界というものは本当に飽きない場所だ。いや、人間という生き物は見てて飽きない、と言った方がよいか」

 薄暗い部屋の中、狼の如きモノがくくっと笑いながら一人の男に向けて喋っていた。その狼の如きモノは、武斗が見た化け物。

「しかし、お前もなかなかに面白いことを考えるな。あれには我も大いに笑わせてもらったぞ。人間の知恵というものは、余興を楽しむのには最高の料理だ。クハハハ!」

「……」

「それで、お前はあの小僧に、このまま何も教えぬまま終わらせるつもりか?」

「お主には関係なかろう」

「そうとも言えんな。まだ確認はしておらんが、どうやら雑魚どもだけで勝手に動いているわけではなさそうだ。場合によっては、相当に面倒なことになるかもしれん」

「どういう意味だ……?」

「すぐに分かるだろうよ。とにかくだ、我は我で好きにやらせてもらう」

「待て、お主の役目は――」

「狩りはしっかりやってやる。それ以外については、お前に従う義理はない」

「待て!」

 男は闇に溶けようとする狼の如きモノを止めようとする。しかし狼の如きモノは、目を細めて「自惚れるなよ、人間。貴様をこの場で食い殺すことぐらい、造作もないことなのだぞ?」と威嚇し、男は何も言えなくなってしまった。

「自分の立場は常に理解しておくべきだな」

「……どこへ行くつもりだ」

「今宵は特別だ。我だけで楽しんで来よう。本当は、お前もその方が良いのだろう?」

 男は再び黙る。

「まったく人間とは面白いものだ。生け贄を受け入れながら、出来れば生け贄は使いたくないと言うのだから」狼の如きモノは心底楽しげにそう言うと、闇に溶けていった。

 部屋に一人となった男は、苦渋の顔を浮かべ、窓から見える闇に沈む風景を見ながらぼそりと呟いた。

「早々に終わってくれればよいのだがな……」


 翌朝、学校へと向かう途中ずっと憂鬱な気分だった。週末を挟めば、少しは事態は沈静化しているかもしれない、という微かな希望は見事に打ち砕かれ、先週同様の冷たい視線は依然としてある。また今週も馬鹿な勇者やゲスな挑戦者を相手にしなければいけないのかと「俺の平穏な日常は、いったい何処へ行っちまったんだ」とため息混じりに武斗はぼやくと、そんな武斗に「お前に平穏な日常なんてあったっけ?」と背後から声をかけてきた男がいた。それが誰かは声で分かる。

「俺にとっては、あれが平穏な日常なんだよ」

「なるほど。住めば都ってやつだな」

 背後から声をかけた男、つまり内原慎二は、納得顔で横に並んだ。

「ところで楯村。お前、昨日はどうしたんだ?」

 どうした、聞かれて洗いざらい事実を話すほど馬鹿ではない。加えて、実際のところ話せない事実と話したくない事実しかない。ということで、適当に誤魔化すことにした。

「日曜のバイトがマジできつくてな。しかも家に帰ったのがなんだかんだで一時過ぎで、さすがに起きれなかった」

 嘘は言っていない。色々と端折っただけだ。

「バイトって引っ越しのだろ? そんなに遅くまでやるものなのか?」

「ああ。客が馬鹿だと希にそうなんだよ。荷造り終わってねえし、道に迷うし――」

 武斗は、バイトの話でこの場を乗り切ろうと、なるべく時間をかけて話した。あまり話題があちこちに行くと、ボロが出てしまいそうで正直怖かったからだ。特に紗夜関連の話題になったら、うまく平静を保てるかあまり自信がない。

 なにぶん、昨日一日で紗夜に対する印象が変わり、彼女に対する意識もがらりと変わったからだ。疑心の対象でしかなかったのが、とても魅力的な女の子として見るようにった。しかもお互いに悪い雰囲気ではない。それどころか極めて良好と言える。

 そんなことが周囲に知れたら、武斗の環境が更に悪化するのは目に見えている。そしてその心配を、紗夜が無惨に打ち砕いた。

 慎二は違うが、武斗は教室に入るとき「おはよう」と言わない。黙って入り黙って座る。もしくは、先に来ている友人数人が武斗に「おっす」などと声を掛け、武斗がそれに応えるだけ。

 つまり、ほとんどのクラスメートは声を掛けない。ましてや、女子が武斗に挨拶するなどあり得ない。はずなのだが、この日は例外がいた。武斗の姿を目にすると、にこやかに「おはよう、楯村くん」と紗夜が挨拶してきたのだ。

 これにはクラス中の生徒が驚き、ついでに武斗も驚いた。昨日のことを考えれば、彼女のこの行動は驚くものでもないはずなのだが、それだけ武斗にとっても衝撃的なものだったようだ。その衝撃の大きさに武斗は何も返せず、そんな武斗を不思議そうに見ながら、紗夜は「どうかしたのですか?」と首をかしげた。するとちとせが「ちょっと、なんで挨拶なんてするのよ」と慌てて耳打ちしてきた。ただし、その声は内密に出来るほど小さくはなかったため、しっかり周囲の者の耳にも届いていた。武斗と慎二も含めて。

「気を許しちゃ駄目だって言ったでしょ? どうなってもいいの?」

 とそこで、すぐ側に座っていた西山まさみが慌てて「聞こえてるよ」とちとせに注意し、しまったといった顔でちらりと武斗の様子を伺う。そして周囲の生徒も息を飲んで同じく様子を伺った。

 武斗の表情に別段怒っている様子はない。ひとまず暴れ出すことはないだろうと皆がほっとすると、わざと慎二は余計なことを言った。

「壁に目あり障子に耳あり、ってな」

 これで場の空気は一層重くなった。ただし、武斗と慎二を除いてだが。

「お前、そんなんでよく高校は入れたな」

「なんで」

「いや、いい。これ以上お前と話すと、マジで馬鹿がうつりそうだ」武斗はそう言って席に着き、慎二「馬鹿に馬鹿と言われたくないね」などと言いながら席に着く。

 二人が馬鹿を言いながら席に着いたことで、多少緊張しかけた空気は弱まり、多くの者がほっと胸をなで下ろし、ちとせもほんの少しだけ安堵のため息をもらすことができた。ただ、紗夜だけは違っていた。

 朝の挨拶をしたら周りが騒ぎ、結局武斗から言葉を返してもらえなかったという寂しさもあるが、何より、武斗に対するみんなの目を変えたいと思っているにも関わらず、ちとせの言葉をすぐに否定できなかった自分への情けない気持ちがあった。

 故に、紗夜は意を決してちとせに「あの……、川村さん……」と声を掛けた。ちとせは、紗夜まで怖い思いをさせてしまったと「あ、いや、ごめんね。これからは気をつけるから」と、今度こそ武斗らに聞こえないように注意して言った。

「そうではなくて……、あの、楯村くんは……、そのようなことする人では、ないんです」

「あのねえ……、あいつがどんなヤツか見たことないからそう言えるのよ。ホントにあいつは――」

 と言いかけたところで、紗夜がうつむき加減に目を閉じ、ありったけの勇気を振り絞って言った。

「楯村くんは、とっても優しい人なんです!」

 教室中に聞こえた紗夜の言葉は、再び皆を驚かせた。中でもちとせが一番驚き、慌てて「わ……、分かったから、落ち着いて?」と紗夜をなだめる。先ほどのこともあり、これ以上武斗の話題をしては、後で自分が何されるかと思うとぞっとしたからだ。

「本当に、優しい人なんです……」

「う、うん。わかった。だから、ね?」

「……」

 勇気を絞り出し尽くした紗夜は、それきり黙ってしまった。そして、教室のあちらこちらで密談が始まり、すぐに熱を帯び始めた密談は密談ではなくなり、いろいろな会話がごちゃまぜになって武斗の耳にも届いていた。

 それはそうだろう。先週までは確かに、他の者たちほどではなかったが紗夜も武斗を怖がっていた。それが、週が明けた途端、紗夜が武斗を優しい人などと公然と発言したのだから。青天の霹靂どころの騒ぎではない。

 この状況に困ってしまったのは武斗だった。昨日、紗夜は武斗に「みんなにも知って欲しい」とは言っていたが、本当にあのような発言をするとは思っていなかったので驚いてはいたが、この発言が今後色々と面倒を引き起こす要因になることは、目の前の光景で立証済み。

 しかも、皆を驚かせる紗夜の行動はこれで終わりではなかった。一時間目が終わると紗夜は席を立ち、大勢がじっと見守る中、武斗へと歩み寄り、「あの、二人きりでお話したいことがあるのですけど、いいですか?」と尋ねる。

「ああ……。かまわねえけど」武斗はそう言うと席を立ち歩き出し、紗夜は武斗の袖をちょこんと握って後を付いていった。

 そして、二人きりで話せそうな場所ということで屋上へ向かう途中、勇者が武斗の前に立ちはだかったが、紗夜がやや遠慮がちに「邪魔をしないでください」と言って退けるという一幕と、続いて同じように立ちはだかった教師をも退けるという一幕もあり、学校内は更なるパニックに襲われることとなった。

 屋上に着き、ようやく二人きりになれると、紗夜は袖を握ったまま深呼吸を始めた。

「大丈夫か?」

「はい、どうにか。……でも、すごく怖かったです」紗夜はそう言ってにこりと笑う。その笑顔に、武斗はとても不思議で、同時にとても暖かいものを感じていた。

「そうか。がんばったな」

「はい。がんばりました」

「んで、話ってなんだ?」

 紗夜の話というのは、昨日家に帰り、叔父に、自分が誰とコンサートに行くと言っていたのか、それとなく聞いてみたところ、そこまでは聞いていないと言われたということ。それと、登校してすぐに、一緒に行ったという友達はクラスにはいないことがはっきりしたこと。

 結局、紗夜は何一つ事実を知ることは出来ず、この件については、あまり考えないようにすると武斗に告げた。武斗も、今はそれがいいと同意した。

 休み時間の終了を知らせるチャイムが鳴ると、教室に戻ろうと屋上のドアを開け、慌てて散っていく大勢の生徒の姿に呆れ、二人で笑いながら教室に戻っていった。

 その後の休み時間は、紗夜はちとせらに強制連行されて事情聴取を受けることとなり、武斗はそんな紗夜を横目で見送り、教室で慎二や頭の悪い友人らの質問を拳で黙らせつつ過ごした。そして三時間目が終わった後の休み時間。やはり紗夜は強制連行され、武斗は懲りない慎二らの相手をすることとなった。

「しかしなんだな。万年女日照りの不健康少年が、まさか俺より先に御子杜紗夜と仲良くなるとはな」と慎二。

「お前、よっぽど死にたいらしいな」

「まあそう照れるな。これでも祝福してるんだぜ? ぶっちゃけ悔しくはあるがな。それで、何か分かったのか?」

「何かって、なに言ってんだ?」

「おいおい楯村くん? 彼女には何かあるって言ってたの、お前だろ?」

 言われてみればそうだったのだが、紗夜に対しあまりにも普通の女の子という印象が付いてしまったので、彼女自身に向ける疑念はすっかり薄らいでいたのだ。

「んで?」

「いや……。何も」

「なわけないだろ。談笑しながら廊下を歩く仲なんだ――」

「それ以上喋ると、お前の顔面を陥没させるぞ?」

「させる気満々だったじゃん」そう言って、際どいタイミングで拳をかわし冷や汗を流す慎二が言う。そして慎二に代わり別の友人が「でも、住所とか電話番号とかは聞いたんだろ?」と話をつなげた。すると、武斗は間の抜けた声を出した。

「あ……」

「お前まさか……、そんな最低限のことも聞いてないのか?」と、信じられないという面持ちで慎二が言う。

「う、うるせえ。だからそういうんじゃねえって言ってんだろ」

「何やってんだか……。ったく、しゃあねえなあ」

 慎二は心底呆れた顔で言うと、顔を寄せて「それじゃあ特別俺が教えてやる。彼女の住んでいる場所をな」と耳打ちした。

「お前、知ってるのか? つうか、どうやって」

「ふふん。俺様を甘く見るなよ?」

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