第5話
不安と自己嫌悪と筋肉痛で目覚めは最悪だった。
別に俺は悪くない…
むしろ被害者だ…
そう何度も自分に言い聞かせ、しかし心のモヤが晴れる事はなかった。
部屋の中を見渡すとテーブルの上にサンドイッチと手紙が置いてあることに気がついた。
手紙はイルからで、どうやら眠っている間に食事を持ってきてくれたようだ。
修一は置いてあるサンドイッチを食べながら手紙を読んだ。
『シューイチ様へ、国の危機で焦っていたとは言え私の勝手で無理やりお連れしてしまい申し訳ありません。謝って許されることではないのは承知しております。シューイチ様の事は、私が命に代えても元の世界にお返し致します。私の事は卑怯者と蔑んでいただいて構いません。ですが、どうかこの国の未来を救っていただけないでしょうか?都合のいい話だとは思いますが、何卒よろしくお願いいたします。 イルミナス』
何だよこれ…
あんな顔されて、こんな手紙見ちゃったら強く言えないじゃないか…
修一は残っているサンドイッチを頬張るとイルを探すため、筋肉痛でガタガタになった体に鞭を打って部屋から駆け出した。
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どれくらい城を駆け回ったか、途中ゲイルに見つかり騎士団に連行されそうになるもなんとか逃げ切った。
逃げ切る時、後ろから『貴様は後で特別メニューだ!!』ち叫び声が聞こえた気がするが、今はそれどころではない。
城中探しても見つからず息を切らして休んでいると声をかけられる。
「兄様、訓練中ですか? 精が出ますね」
顔を上げ声の主に挨拶をする。
「やぁシロナちゃんか、おはよう」
「おはようございます、兄様♥」
元気に返事をするシロナ。
その影に隠れる形で不安そうにこちらを見つめている人物に気づく。
「クロエちゃんもおはよう」
クロエは声をかけられると嬉しそうに顔をほころばせ挨拶をする。
「おはようございますお兄様」
本当に傍から見ると女の子にしか見えない。
「それで兄様、随分お疲れのようですがどうかなされたのですか?」
「あぁそうだ、二人共、イルを見なかったか?」
「姉様ですか? 姉様ならきっと…」
そこまで言いかけた所で、不意にクロエが口を挟む。
「お兄様、お姉様と喧嘩でもなされましたか?」
その言葉に俺はぎょっとする。
「ちょっとクロエ、それホント?」
「わからない…けど、お兄様の目悲しい色をしている」
参ったな、クロエちゃんにはそういった不思議な力があるのか…
「本当なんですか? 兄様」
「う、うん、ちょっと昨日ね…」
「ははーん、だから姉様を探してたってわけですね」
困った子供を見るような顔をするシロナ。
面目ない限りです…
「大丈夫お兄様、お姉様は優しいからきっともう怒ってない」
そうだろう、きっと最初から怒ってはいない。
むしろ悲しませてしまった事が問題なのだ。
「仕方ない兄様ですね。姉様はこの時間 中庭に居ると思うので早く行って謝っちゃってください」
困り顔で微笑むシロナ。
「ありがとう二人共、行ってくる!」
修一は二人にお礼を言うと中庭に向かい駆け出した。
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「お兄様達大丈夫だよね?」
「大丈夫でしょ、兄様、優しそうな顔されているもの」
そう言って駆けていく修一の後ろ姿を見送った。
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中庭の扉を開け辺りを見渡すと花壇で花に水をあげているイルを見つけた。
「はぁはぁ…やっと…見つけた…」
肩で息をする修一を見てイルは驚いた表情で駆け寄ってくる。
「シューイチ様! どうなされたのですか? そんなに汗ダクで息を切らして…」
心配そうに顔を覗き込むイルの肩を掴み修一は叫んだ。
「イル!」
「ひゃい!」
「昨日はすまなかった! 色々気が動転していて酷い言い方しちゃって…」
「そんな…謝らなければいけないのは私の方です…無理矢理こちらの世界に連れて来てしまってシューイチ様の人生を滅茶苦茶にしてしまって…」
段々と涙声になるイル。
「いいんだ! いや、良くはないけど…過ぎてしまったことはどうしようもない! それよりもこれからの事を考えよう」
「安心してくださいシューイチ様。シューイチ様の事は私が命に代えましてでも…」
「だからそうゆうのはいいんだって! 確かに帰りたくはあるけど、それは誰かの命を犠牲にしてまで叶えたい事じゃない! だからイル、俺はこの世界のことは何も知らないし、ものすごく頼りないけど…仲介人としての仕事を全力でやる! だから俺のことを支えて欲しい!」
「はい…」
「それと…」
「?」
「サンドイッチ美味しかった、ありがとう ご馳走様」
照れ隠しで勢いのまま伝えた感謝の言葉。
その言葉を聞いたイルは涙を流しながら
「お粗末さまでした」
と微笑んだ。
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午前中をイル探しに費やした修一は、午後になり律儀にも騎士団に顔を出しに行った。
「いい度胸だな小僧! 我から逃げ切った貴様には褒美として特別メニューをくれてやる」
午前中逃げ切られたのが相当頭にきていたのか、修一を見るなりプルプルと震えながらも勝ち誇った声で言ってくるゲイル。
正直、筋肉痛の体で午前中なんなにダッシュしたのだからお手柔らかにお願いしたい…
そんな修一の顔を見て何かに気づいたゲイル。
「ほぉ、何か吹っ切れた顔をしておるな小僧」
と言ってきた。
その言葉に修一は顔を上げ、胸を張る。
「ゲイル団長、御指導御鞭撻の程よろしくお願いします!」
その言葉に満足したのか
「ふむ、その心意気やよし! ならば早速中庭200周走ってこい!!」
と、どこか楽しげに言った。
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「駄目だ…やっぱり死ぬ…」
イルにあれだけの事を言った手前、心機一転本気で頑張ろうと思っていたのだが…
「早くも心が折れそう…」
重い体を引きずり部屋へと戻った。
部屋へ戻るとイルが待っていた。
「お帰りなさいシューイチ様、お疲れ様です」
そう言って出迎えてくれるイル。
「ただいま、どうしたんだ? 俺のことを待っていてくれたのか?」
そんな事を冗談交じりで言ってみる。
するとイルは顔を赤らめ目を伏せなる。
「はい…」
あ、あれ?
予想外の反応だぞ???
そんなイルにドギマギしていると。
「そ、その、昼間私を探して下さるのに城中を駆け回ってくださったとか…」
「お、おう」
「それで、午後はゲイルさんと特別メニューをなさったとの事で…」
そこで口ごもるイル。
あれ?
これってもしかして?
「なぁ、イル」
「は、はい!」
「もしかして…汗臭い?」
するとイルは顔を赤らめながらギリギリ聞き取れる声で
「す、少しだけ…」
うわあああああ
変な勘違いと、汗臭いと言われたショックで二重に恥ずかしい…
なにこれ? 消えてなくなりたい…
そんな表情に気づいたのか、イルは慌ててフォローを入れる。
「い、いえ、その、たくさん汗をかいていらっしゃると思い、お風呂にご案内しようかと」
「そ、そうだね!昨日も疲れきって眠っちゃったし、俺もそろそろお風呂に入りたいなーっと…」
そんな照れ隠しをする修一。
なんだろう、凄く情けない気がしてきた…
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「魔王城には大浴場もあるんですよ」
そう説明してくれたイル。
大浴場か…風呂好きの日本人としてはこれは期待しちゃうぞ!
「他にも、食堂や図書館、後はリラクゼーションルームなどもあるんですよ!」
楽しげに説明してくれるイル。
「流石魔王城、本当に色々あるんだな」
「魔族によって快適な空間は様々ですからね、それら全てに対応…とまではいきませんが、出来うる限り対応したいっていうのが魔王様のお考えでして」
「なるほど…それが魔王様の人気の理由か」
「大浴場や食堂は魔王さまもよくご利用なさいますしね」
そんなことをニコニコと話すイル。
部下と接する機会が多いのも人気の理由なのかもしれない。
そんなとめどない話をしていると不意にイルが足を止める。
「着きました! ここが魔王城の大浴場です!!」
と、大袈裟に紹介しえくれた。
大浴場と紹介された場所にはご丁寧に『魔王の湯』と看板が掲げられ、入口には赤と紺の暖簾が掛かっていた。
「赤い方が女性用で、紺の方が男性用なんですよ」
そう説明してくれるイル。
どうやら、赤と紺の暖簾と言うのはどこの世界でも共通のようだ。
「それでは、ごゆっくりとお寛ぎ下さい」
そう言って見送ってくれるイルを残し、修一は紺の暖簾をくぐった。
なるほど、これはまるで温泉の脱衣所だな…
脱いだ衣服はカゴに入れておくシステムとはまるっきり日本そのものである。
修一は空いているカゴに脱いだ衣服をしまっていく。
隣のカゴに入っている物が鎧ではなく、周りに居る人が骸骨やトカゲじゃなければここが異世界だと忘れてしまいそうである。
浴室の扉を開けて中へと入る。
「うお! 広!?」
大小様々な湯船が目の前に広がっていた。
辺りをキョロキョロと見回しながら浴室内を歩いていると、その一つに見知った姿を発見する。
「ゲイル団長!?」
「お! なんだ、小僧も来ていたのか」
なんとゲイル団長が湯船に浸かっていたのである。
鎧姿のままで…
「ゲイル団長…鎧脱ぎましょうよ…」
流石に鎧だけの種族とは違い、肉体が存在するのであるから鎧は脱ぐべきなのではないだろうか。
そんな修一の言葉にゲイルは
「馬鹿者! この鎧こそが我が体そのものだ!」
と言い出した。
何を言っているんだ、この人は…
「じゃあゲイル団長は普段から全裸で訓練しているんですか?」
流石にドン引きである。
「全裸ではない! 貴様の目は節穴か? ちゃんと鎧を着込んでいるではないか!!」
もう訳がわからない。
「まぁいいや、ご一緒してもよろしいですよね」
そう言って湯船に入ろうとする修一をゲイルは慌てて止める。
「ば、馬鹿者! 入ってはいかん!!」
「なんですか? 部下とは一緒には入れないって言うんですか? パワハラですか?」
文句を言う修一にゲイルは説明する。
「この湯船はアンデット種専用の毒湯だ! 貴様のような人間がこの湯船に浸かってみろ、一瞬で骨になるぞ!!」
何それ怖い…
一瞬で背筋がゾッと冷えた。
「なんでそんな危険な風呂があるんですか!!」
「アンデットは水に弱い特性があるからな、それでも湯浴みをしたいと言う要望に魔王様が応えてくれたのだ」
出来うる限り要望に応える。
なるほどーこれは魔王様人気になるわー
「でも、そういう事なら危険な浴槽ってこれだけじゃないんですよね?」
修一の質問にゲイルは答える。
「あぁ、他にも入るだけで一瞬で氷漬けになる氷風呂や逆に全身が燃え上がる熱風呂、それに強酸性の酸風呂などがあるな…」
怖!
そんなの入ったら即死じゃないか!
「なんでそんな危険な風呂があるんですか!」
「魔族にも色々な種族がいるからな! 魔王様の寛大な処置のおかげだ!」
ハッハッハと笑うゲイル。
何だか物凄く腹が立つ…
「普通の風呂はないんですか…」
疲れきった様子で言う修一にゲイルは
「入口に各風呂の説明図が貼ってあっただろ? それを確認しないと駄目だぞ」
と答える。
まったく気付かなかった…
絶句している修一にゲイルはやれやれとした素振りを見せ
「そんなんでは最前線で真っ先に命を落とすぞ? もっと周囲に気を配るよう意識するのだな」
と言う。
それを守るのがアンタの役目だろ…
そう言いたい気持ちを抑え、修一は入口の説明図を観に戻った。
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「ふぅ、気持ちよかったー」
風呂から出てホクホクな体に満足していると、イルが出迎えてくれた。
「お加減はいかがでしたか?」
「最高だったよ」
「それは良かったです」
そう言って微笑んでくれるイル。
「もしかして、ずっと待っていてくれたの?」
「いえ、私もお風呂を堪能しましたよ」
イルのお風呂姿…
「あ! 今エッチな想像しましたね!」
急な推測に焦る修一。
そんな修一をクスクス笑いながら
「冗談ですよ、それよりもお腹空いていませんか?」
と、聞いてくる。
正直、午前中のダッシュに午後の訓練でお腹はペコペコである。
「物凄く空いています…」
「それでしたら食堂の方にご案内しますね」
そう言って食堂に案内してくれるイルの後ろを追いながら『何かいいな、こういうの…』と、思う修一であった。