第4話
イルが騎士団の扉をノックする。
…………
反応がない。
「おかしいですね? 魔王様との謁見の後シューイチ様をお連れするとお伝えしておいたはずなのですが?」
どうやら誰もいないようだ。
なんだろう…
ものすごく出鼻をくじかれた気分だ。
「どうやら皆さん出られてしまったようですね」
「出るって言っても誰もいなくなることなんてあるのか?」
「頻繁にではありませんが、訓練等で誰もいないという事はありますね」
まぁ魔王城内にあるのだから防犯の事は心配ないのだろうが、それでも緊急の時などはどうするのだろうか?
「それにしても来るってわかっているはずなのに誰もいないなんて無責任すぎるだろ…」
「仕方ありませんよ、騎士団長は真面目な方なので訓練に穴を開けるのは嫌だったのでしょう。おそらく中庭に居ると思うのでそちらへ行ってみましょう」
そう言って歩き出すイル。
「中庭まであるのか、城って言うからには広いとは思っていたが…迷いそうだな…」
地理には強い方だが、今まで通ってきた廊下がどこも作りが一緒なので、今一人で応接室まで戻れと言われても道に迷う自信しかない。
「そうですね、慣れるまでは大変でしょうが、基本的には私がご一緒いたしますし、よろしければ後日城内を案内いたしましょうか?」
それはとてもありがたい。
「是非お願いするよ」
そんな話をしながら修一達は中庭へと向かった。
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しばらく廊下を歩いていると声が聞こえてきた。
「そんなものでへばってどうする!! それでも誇り高き魔王軍騎士団の一員か!!」
どうやら中庭までもうすぐのようだ。
「やっぱり、中庭で訓練をしてらっしゃったみたいですね」
どうやらイルの予想は当たったらしい。
しかし、騎士団の訓練とはどういうものだろう?
模擬戦とかするのかな?
そんな事を考えているとイルが中庭への扉を開いてくれた。
広!?
野球のグラウンドくらいあるじゃん…
中庭と言うくらいだから小ぢんまりしている物を想像していたのだが、城というものを軽く見ていた。
中庭には入って直ぐの所に鎧の人物と奥の方で走っている騎士団員と思わしき集団がいた。
どうやら鎧の人物が団員達に激を飛ばしているようだ。
「貴様ら! まだ70周目だと言うのになんたる醜態だ!! あと10秒以内に私の前まで来なければ150周追加だ!!」
めっちゃスパルタやん…
てか、あの人首ないんだけど…
鎧の人物には首がなく左手に鎧の頭部分を抱えていた。
その鎧の人物にイルが話しかける。
「お疲れ様ですゲイルさん。今日も精が出ますね」
ゲイルと呼ばれた鎧は、イルの声に振り返る。
「おぉイルか、遅かったではないか。あまりに遅いので申し訳ないが訓練に戻らせてもらったぞ」
「申し訳ございませんでした。出来うる限り急ぎで来たのですが」
「まぁそれは良い。それで、その男が例の架け橋役か?」
そう言って左手に抱えた頭を修一に向けるゲイル。
めっちゃ怖い…
なにこれ?
デュラハンってやつ?
どっから声出てんのこれ?
修一が呆然とゲイルを眺めている横でイルが説明を続ける。
「はい、こちらが異世界より来てくださいましたシューイチ様です」
「まだ若造と聞いていたが…なるほど、これは鍛え甲斐がありそうだ」
そんな事を話していると騎士団員たちが戻ってきた。
「隊長、お客さんですか?」
「あ! イルミナス様だ!」
「イルミナス様お疲れ様です!!」
口々にイルに挨拶をする団員。
鳥人に獣人、リザードマンに骸骨まで様々な見た目をしている。
団員達がイルを囲みワイワイやっていると、いきなりゲイルの怒鳴り声がした。
「貴様等!! 誰が休んでいいと言った!貴様等はあと50周残っているだろ! とっとと行かんと200周追加で走らせるぞ!!」
その声を聞き団員は慌ててマラソンに戻る。
「すまなかったなイル」
「いえ、気にしてませんよ」
そう言って微笑むイル。
淫魔族ではなく天使族なのではないだろうか?
そんな事を考えてると、ゲイルが修一に向き直り話す。
「シューイチと言ったな。本来なら走り込み120周なのだが、初日で更に人間ということもある。なので、とりあえずは他の団員と一緒にまずは50周走り込んでこい」
急に何を言い出すんだ…
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 確かに体を鍛える為に来たが、着いて早々50周走ってこいってのは流石に…」
「黙れ小僧! 貴様には我が国と人間達との未来が掛かっているのだ! 弱音は聞かん!!」
そんな事を言われても…
「我が名は魔王軍最高幹部の一人にして魔王軍騎士団長デュラハンのゲイル! 我が名に掛けて貴様を一端の騎士に育て上げる! わかったらとっとと走りに行け!!」
そう言われて助けを求めるようにイルの方を見る。
「シューイチ様、頑張ってください!」
そう言って期待で目を輝かせている。
そんな目で見られては行かない訳にもいかず、修一は渋々走り込みに参加するのであった。
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「ダメだ…死ぬ…」
走り込みが終わった後は筋トレ、剣術稽古、模擬戦と進み、ゲイルから開放されたのは日が沈んだ後だった。
イルの迎えを受け、用意された部屋へと案内される。
「お疲れ様です。まだここに来て1日もたっていらっしゃらないのに大変頑張られたようで、ゲイルさんも喜んでましたよ」
頑張りたくて頑張ったわけではない…
本当に殺されるかと思った…
修一はベッドに仰向けで倒れる。
「あいつ絶対人間のこと嫌いだろ? 俺の事殺す気満々だったぞ…」
そんな修一の愚痴を聞いてイルはクスクスと笑う。
「ああ見えてゲイルさんは人間が大好きなんですよ。人間達との交友を誰よりも望んでいるんです」
「そんな風には見えなかったけどな…」
あの血走った眼は人間が憎くて憎くて堪らないっていう眼だ。
「あんな活き活きとしたゲイルさんを見るのは久しぶりでした。シューイチ様の事を凄く気に入られたのでしょうね」
イルの楽しげな声を聞いていると、ふと大事なことを思い出した。
「そう言えばイル」
「なんでしょうか?」
「いや、俺っていつ元の世界に帰れるのかなって」
その言葉に心なしかイルの顔が暗くなる。
しかしその事に気付かなかった修一はさらに続ける。
「ほら、今俺の世界は大型連休だけど、いくら大型連休たって何十日も休みじゃないし、それに、急に居なくなったから父さんも母さんも心配してるかなって、そして何より今晩の夕食がすき焼きだから、出来れば今すぐにでも帰ってまた明日こっちに来るって感じにしたいんだけど…」
そこまで話してようやくイルが俯いている事に気が付く。
イルは落ち込んだ声で話す。
「帰れません…」
「帰れないって事はないだろ? ほら、またあの魔法でパッと俺の部屋へ…」
「帰れないんです…あの魔法は術者の願いを叶えるために異世界から人、或いは物を召喚する魔法なのです 召喚された人は術者の願いが叶った時に初めて元の世界に帰る事ができます…」
そんな…
じゃあ俺は、人間と魔族の友好関係を築けない限り元の世界に帰れないって事かよ…
絶望と同時に怒りがこみ上げてくる。
「ふざけるな!! どうしてくるんだよ!! 俺の生活滅茶苦茶にしやがって!!」
修一の怒鳴り声にイルは頭を下げ震えながら何度も謝る。
その姿を見て更に怒りがこみ上げる。
「もういい…出てってくれ…」
修一の言葉にイルはビクッと震える。
「で、でも…」
何かを伝えようとした所で遮るように叫ぶ。
「出てけって言ってるだろ!!」
イルは目に涙を浮かべながら、最後にもう一度『ごめんなさい』と言って頭を下げ、部屋を出ていった。
修一はベッドに横になりながら両親の事、学校の事、これからの生活の事、すき焼きの事、しすて最後に目に涙を浮かべたイルの顔を思い浮かべ、絶望と自己嫌悪と不安でモヤモヤとした感情のまま、目を閉じた。