第3話
謁見の間で魔王様と顔を合わせた修一達は、応接室へと戻ってきた。
ずっと我慢してきたが、どうしても我慢ができなくなった。
「なぁイル、魔王様の事なんだが…」
「魔王様がどうかなさいましたか?」
キョトンとするイル。
そんなイルを見て言い出そうか迷ったが、意を決して尋ねた。
「その…見た目が…」
そこまで言って修一が何を聞きたいかわかったのか、イルはニコリと微笑む。
「とても愛くるしいお方でしたでしょ? それに、とてもお優しく人望も厚いんですよ」
楽しげに話すイル。
本当に魔王様の事を慕っているんだなと思う。
ただ、俺が聞きたいことはそこじゃない!
「確かに可愛かったけど…魔王ってもっと威厳があって怖いものじゃないの? 俺の感性がおかしいの?」
「確かに、前魔王様はお顔が怖く部下に怖がられているのを気にしてましたが…現魔王様はとても人気なんですよ!」
力説してくるイル。
「だからってあんな子供が魔王だなんて…」
その言葉にイルが反応する。
「その点は大丈夫ですよ! 魔力は全魔族の中で一番ですし、年齢もおそらくシューイチ様よりもずっと上ですし」
なるほど、魔力が一番高いから魔王を任されているのか…
「って! 魔王様俺より年上かよ!?」
なんてこったい!
あの幼女が俺より年上だって…
確かにアニメとかの設定だと魔族は長寿だから見た目より若く見えるとかあるが、あれって本当のことだったのか…
…という事は。
「もしかしてイルの年齢も…」
「内緒です」
即答ですか…
ニコニコ笑っているが、目が全く笑っていない…
この話題は二度と触れないようにしようと誓う修一であった。
「それではシューイチ様、そろそろ行きましょうか?」
「行くってどこへ?」
突然どこかに誘い出そうとするイル。
話の流れが全く見えない…
「もちろん、騎士団にですよ」
そう言って笑顔で返してきた。
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騎士団へ向かう途中、蝙蝠の羽のような物が生えたメイド服のお姉さんや、どう見ても中身が空っぽの甲冑騎士など様々な魔族を目撃した。
そして、皆が皆、修一達にお辞儀をしながら道を譲ってくれた辺り、もしかしてイルは魔王城の中でも相当くらいが高いのかもしれない。
「なぁ、イルってもしかして偉い地位の人なのか?」
「一応、魔王軍の最高幹部の一人をやらせていただいてます」
まるで普通の事のように応えた。
いやいやいや、最高幹部って魔王の次に偉いよね?
やべー…俺そんな偉い人を呼び捨てにしてたの?
下手したら処刑とかされててもおかしくないんじゃないか…?
そんな修一の考えを悟ったのか
「シューイチ様は我が国を救ってくださる大事な架け橋役です。国での地位は最高幹部と何らかわりないので私への対応も今までどおりで大丈夫ですよ」
と優しく言ってくれた。
マジかよ…
この国での俺の立ち位置って最高幹部と一緒なのかよ…
それだけでこの国に連れてこられたのも悪くはなかったと思った。
「ところでイル、俺たちはなんで騎士団なんかに向かっているんだ? 俺の仕事は仲裁人であって、別に戦わなくていいんだろ?」
「もちろんシューイチ様に戦っていただく事はありません。ですが、架け橋役といっても騎士団員の皆さんと一緒に最前線に行ってもらい人間達と交渉していただかなくてはいけません。その場合、魔王軍は全力でシューイチ様をお守りいたしますが、万が一という事もあります。ですので、シューイチ様には必要最低限の剣術を学んでいただこうと考えた次第です」
ちょっと待て、最前線に行くなんて聞いてないぞ!!
「それに、これから共に行動をする仲間となるのですから、親睦を深めるという意味合いも兼ねています」
流石に抗議しようと口を開きかけたその時、前方からの呼び声で遮られた。
「イル姉さまーお久しぶりでーす!」
やたら白い中学生くらいの少女が手を振りながら笑顔でこちらに駆け寄ってくる。
「あら、シロナちゃんお久しぶりです。今日も元気ですね」
「はい! 元気が私の特徴ですから!」
シロナと呼ばれた少女はニコニコと答えた。
白い長髪に青い瞳、へそ出しルックにミニスカートといったとても眩しい服装で、名前は体を表すと言わんかのように白を基調にしているようだ。
「姉さま、この方が架け橋役として連れてきた人間ですか?とても美味しそうですね」
そう言ってジュルリとヨダレを垂らすシロナ。
何やら物騒なことを言い出したぞこの子…
「コラ! はしたないですよ。それにシューイチ様は私達と人間達を繋ぐ大事な架け橋役なのですからむやみに食してはいけません!」
そう言って叱咤するイル。
今、食すって言ったよね?
身の危険を感じる修一を気にする事なく『はーい』と軽い返事を返すシロナ。
しかし、その返事とは裏腹に修一を見る目は怪しく光ったままである。
どうしよう…
本当に怖い…
シロナとイルの発言にビビっていると、また前方から声が聞こえてきた。
「待ってよーシロナちゃーん!!」
「もう! 遅いよクロエー! 折角久しぶりに姉さまに会えたのに」
シロナと全く同じ顔をしたクロエと呼ばれた少女が走ってくる。
どうやら双子のようだ。
クロエは修一達のところまで来ると、息を切らしながらイルに挨拶する。
「はぁはぁ…イル…お姉さま…お久し…ぶり…です…」
見ていて痛々しくなるな…
クロエはシロナとは対照で黒い長髪に赤い瞳をしており、黒いローブ張のコートを着ている。
「大丈夫ですか? そんなに慌てなくても良かったのに…」
「大丈夫…です…」
「まったく! クロエは何をするにも遅いんだから」
「シロナちゃんが…先に…行っちゃうから…」
深呼吸をして息を整えるクロエ。
「それにしたってクロエは魔族のくせに体力無さすぎなのよ!」
「そんなこと言ったってボクだって…!?」
そこまで言って修一に気づいたクロエはシロナの背中に逃げるように隠れる。
「またなの? いい加減その人見知り治しなって言ってるじゃん!」
「そんなこと言ったって…」
ボソボソと消え入りそうな声で訴えるクロエ。
どうやら見た目だけではなく性格も対極のようだ。
「大丈夫ですよクロエちゃん。こちらは架け橋役でいらっしゃってくださいましたシューイチ様です」
「中村修一です」
ここに来てやっと自己紹介をする修一。
「よろしくね! シューイチ兄様!!」
「よろしく…お願いします…」
元気に返してくれたシロナとは対に顔を赤らめながらギリギリ聞こえるかどうかの大きさで返してくれるクロエ。
しかし、シロナは言わずもながら、修一を見つめるクロエの目にも怪しい光が宿っていた。
「シューイチ様、こちら私の従姉妹にあたります、シロナちゃんとクロエちゃんです。二人はサキュバスとインキュバスの姉弟なんですよ」
と、説明をしてくれるイル。
へぇ、サキュバスと…
インキュバス…?
「え? でも二人はどう見ても…?」
「私は女の子ですよ! クロエは見た目と仕草からよく女の子に間違われるんですけどね」
そう言われたクロエは顔を更に赤らめ顔を伏せ上目遣いで修一を見てくる。
すごく可愛い…
これが噂で聞く男の娘ってやつか!?
驚愕しているのが顔に出ていたのか、クロエは目を伏せ目の端に涙を浮かべる。
「やっぱり…気持ち悪いですよね…?」
!?!?!?!?!?
こんなん反則だろ…
「全然気持ち悪くないよ! むしろ個性があって良いんじゃないかな!!」
そんな修一の言葉を聞き、パァっと顔を明るくさせるクロエ。
「ありがとうシューイチお兄様!」
そう言って笑顔になるクロエ。
これはまずい…
何かに目覚めそうだ…
いやいや、自分はノーマルだ!
そんな葛藤をしている事を露知らず、イルは二人に尋ねた。
「そう言えば、お二人はどこかに向かう途中じゃなかたのですか?」
その言葉にクロエが反応する。
「そうだよシロナちゃん! 早く魔王様のところに報告に行かなくちゃ!!」
「あぁそう言えば任務報告の途中だったわね…ねぇクロエ」
「な、何かな?」
「私ちょっと姉様と兄様に用事があるから、クロエだけで行ってきてもらえない?」
「えぇ!?」
シロナの言葉に困った顔をするクロエ。
「いけませんよシロナちゃん。報告はちゃんと自分で行かないと、クロエちゃんも困ってるじゃないですか」
イルに注意されるシロナ。
「はーい」
仕方がないと返事するシロナと、その姿を見てホッとするクロエ。
「それでは姉様、兄様、失礼します」
そう言ってお辞儀するシロナとペコリと頭を下げるクロエ。
「お二人共、くれぐれも魔王様には粗相の無いようにね」
『はい』と二人して返事をし、謁見の間へ向かう二人の後ろ姿を見送った。
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二人と別れ再び騎士団に向かう途中、修一はある疑問をイルに問いかけていた。
「なぁイル」
「なんでしょうかシューイチ様?」
「あの二人ってサキュバスとインキュバスの姉弟って言ってたよね」
「そうですよ、それに淫魔の双子っていうのはとても珍しいんですよ」
優しく答えるイル。
「それでイルの従姉妹って言ってたよね?」
そこまで聞いて何を聞きたいのかわかったのか、イルは気まずそうに答える。
「え、えぇ、一応私の従姉妹という間柄になりますね…」
「という事はさ、イルの種族って…」
そこまで言ってイルの顔を見てみる。
イルは顔を耳まで真っ赤にしたまま俯いて黙っている。
やっぱりそうなのか!
清楚な美少女に見えて中身はそうなのかー
修一が何を考えているのか悟ったイルは未だ赤い顔のまま反論する。
「確かに私の種族はあの二人と同じ淫魔です。ですが私は、あの二人と違って人間とのハーフなので純粋な淫魔ではありませんしシューイチ様が想像されているような行為も行ったことはありません!」
そう言って頬を膨らませ拗ねるイル。
可愛い。
「へー、イルって人間とのハーフだっんだ」
修一は自分が考えていた事を悟られた恥ずかしさと、イルの機嫌を逸らすために話題を変える。
「そうですよ! ですからシューイチ様の世界に架け橋人を探しに行ったり、シューイチ様のお世話をお受け司っているんですよ。純粋な魔族だと人間の生活に馴染めず粗相を犯すのではないかと言う魔王様の配慮です!」
そう言って胸を張るイル。
良かった、機嫌が直ったようだ。
「そっか、魔王様はそこまで配慮してくれてたんだな」
見た目はアレだが中々しっかりした人物のようだ。
「それと、私自身が魔族と人間との希望そのものと言うのも理由の一つですね」
人間と魔族の共存。
その際に経つのが人と魔族のハーフという訳か。
「それを聞いたからには頑張らないとな」
「期待しております」
そう言って微笑むイル。
「ささ、着きましたよ。ここが騎士団の入口です」
イルの話を聞いて俄然やる気になった修一は騎士団の扉へと対峙する。
その先に地獄が待っているとも知らずに。