第2話
「きて…さい…起きて…さい」
誰かに体を揺さぶられる。
うるさいな、せっかくの大型連休なんだからゆっくり眠らせてくれよ…
「起きてください、着きましたよ」
あまりにしつこいので、修一は不機嫌に言葉を返す。
「着いたってどこに…?」
重い瞼を開きつつ、ボーっとする頭で辺りを見渡した。
「どこ…ここ…?」
目に入ったのは薄暗い部屋に煉瓦造りの壁と蝋燭台。
「あ! やっと起きてくださいましたね」
後ろから嬉しそうな声がする。
その声を聞き、修一はさっきまで自分に起こっていたことを思い出した。
「おいクソ猫! お前なんて事をしてくれたんだ!!」
そう言いつつ振り返ると、そこには猫の姿は無く。
「申し訳ありません、多少強引に連れてきてしまったことは謝ります。ですがこうでもしないとあなた様が付いてきてくださらないと思いまして…」
そこには紅味かかった髪に黒いローブを羽織った美少女が申し訳なさそうに頭を下げていた。
「え? いや…うん…君誰?」
さっきの黒猫がいると思い込んでいた修一は、予想外の人物に戸惑ってしまう。
「誰と言われましても…?」
不思議そうな顔をする少女。
1テンポ遅れてハッと何かに気づき慌てて自己紹介をする少女。
「この姿でお会いするのは初めてでしたね、先ほどの猫は仮の姿でこっちが本来の姿なんですよ」
どこか誇らしげに胸を張る少女。
「名前はイルミナス。イルとお呼び下さい」
そう言うとイルは優しく微笑んだ。
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それから修一は、イルの案内で地下にあった部屋から応接室へと移動した。
「それじゃあ、俺を拉致した事と、こっちに来る直前に言っていた言葉の意味について詳しく説明してもらおうか?」
流石に色々と起こりすぎて頭が追いつかなくなってきた修一は、とりあえず現状を整理するために話を聞くことにした。
「はい、それでは一から説明させていただきます、いま私達の国は人間によって攻め込まれています」
いきなりとんでもない事を言い出した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! それって戦争をしているって事か?」
「正確には侵略されていると言うのが正しいでしょうか。私達に戦う意思はありません。ですが、人間達は私達の領土が欲しいようで一方的に攻め込まれている現状です」
マジかよ…
そんな危険なところに連れてこられたのかよ…
「それで俺に救って欲しいと…」
「はい、貴方様には侵略を止める手助けをして頂ければと」
無理だ!!
一般の高校生の俺に侵略を止めるために戦えとか、死にに行けと言ってるのと同じである。
「人探しや物探しの手伝いをしろってならわかるけど、戦いに行けってのは俺には無理だよ!」
これはアニメやゲームではない、現実なのだ。
現実的に考えて、一般人が異世界に召喚されて勇者になりますとか出来る訳がない。
そんな事を考えている修一にイルは慌てて応える。
「いえ! 貴方様に人間と戦えとは言いません。ただ、私達と人間達を繋ぐ架け橋役になっていただきたいと思いお連れしました」
「架け橋役? それはつまり俺を差し出すから侵略はやめてくれっていう人柱的な?」
もしそうだとしたらたまったものではない。
「人柱なんてとんでもない! 架け橋役と言うのは私達と人間達との友好関係を築き上げるための請負人になってもらいたくと思いまして」
つまり仲裁人になれって事か。
「でもそれなら別に俺じゃなくても…例えばこっちの世界の誰かに頼むっていうのはダメだったのか?」
仲裁人になるだけならわざわざ異世界から連れてくる必要はないんじゃないだろうか?
「この世界の人間は私達を毛嫌いしている方が大半でして…それと人間側の代表者というのがその…多少問題があるもので、皆さん請負いたがらないのです…」
なるほど、俺がいた世界でも人種差別問題とかあるんだしこっちでも色々と問題があるんだろうな。
それにしてもなんだろう…
さっきからイルの言葉に違和感を感じる。
イルの言葉を思い返してみる。
『いま私達の国は人間によって攻め込まれています』
人間?
[他国]では無く[人間]と言った。
それはつまりイル達は…
「な、なあ、なんでイルはさっきから他国じゃなくて人間って言ってるんだ? それだとイル達は人間じゃないみたいじゃないか…」
俺の質問にイルはさも当然のように答える。
「はい、私達は人間ではありません」
人間じゃないだって!?
「私達は魔族です」
魔族、RPGとか冒険物につきものの敵キャラ…
「いやいやいや、可笑しいだろ! 魔族ってのはもっとこう人間と敵対…はしてるか…じゃなくって! 世界を征服しようとかそんな感じなんじゃ!! それなのに人間に攻められてるって…それにイルはどう見ても人間にしか見えないし…」
その言葉にイルはムッとして応える。
「それは偏見です!! 私達はそんな事はしません! 何代も前の魔王様は確かにその様な事を考えていた方もいらっしゃいましたが、今の私達はむしろ人間達と友好関係を目指しています! それと私の見た目が貴方様に近いのは私がそうゆう種類の魔族だからです!」
そう言って興奮したのか、紅い眼を更に紅く光らせるイル。
正直怖いです…
「そ、そうか、それは悪かった」
イルに圧倒されてしまう修一。
「事情はわかった、別に人間と戦えっていう訳でもないみたいだし協力するよ」
その言葉を聞いてイルは、パァっと顔を明るくさせ言った。
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
深々と頭を下げるイル。
しかし、ここでまた軽はずみな発言をた事を、この時の修一は気づいていなかった。
「それでは、魔王様にご紹介いたしますので謁見の間に参りましょう」
魔王様。
その言葉に内心ビビる修一。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、イルは修一を宥めるように言う。
「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。魔王様はお優しい方ですし」
別に緊張してるわけじゃない。
ただ少しだけ、本当に少しだけ怖いだけだ。
そんな内心を知ってか知らずか、イルは笑顔で続ける。
「それに魔王様も、きっと貴方様を気にいると思いますよ」
「その、貴方様っていうのやめないか? なんかこそばゆいんだよ。まぁ自己紹介してなかった俺も悪いんだけどさ」
「では、なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「俺の名前は中村修一って言うんだ。呼び方はイルに任せるよ」
「では、シューイチ様とお呼びいたしますね」
そう言ってイルは微笑んだ。
「それでは改めましてシューイチ様、謁見の間へと参りましょう」
その様というのもやめて欲しかったが、嬉しそうなイルの顔を見ていると言い出せなかった。
まぁ可愛い子に様付されるのも悪い気はしないので別にこのままでもいいかと思った。
そんな事を考えながらイルの後ろをついて行くのであった。
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デカイ…
「こちらが謁見の間となっております」
イルに案内されたのは、とてつもなく大きな扉の前だった。
なにこれ?
軽く7~8メートルはあるよ?
こんなサイズ必要?
魔王様、このサイズなの?
正直逃げ出したいんだけど…
「それでは、中にご案内いたしますね。あ! 決して粗相の無いようお願いいたします」
そう言ってイルは馬鹿デカイ扉をノックした。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!
まだ心の準備が出来てない!
「魔王様、イルミナスでございます。異世界よりお越ししてくださいましたナカムラシューイチ様をお連れしました」
「うむ、入るがよい」
中から声が返ってくると同時に扉がゴゴゴゴゴと大きな音を立てて内側に開いた。
扉の先にはこれまた広い部屋があり、部屋の奥は大幕で遮られていた。
呆然と立ち尽くす修一にイルが声をかける。
「シューイチ様、どうぞ中へ」
その声でハッと我に返る。
「お、おう…」
どうしよう…
すごく帰りたくなってきた…
重い足を引きずりながら中へと進む、部屋の中央辺りまで進むといるが歩を止めた。
修一もそれに倣って足止める。
跪いたりした方がいいのだろうか?
そんな事を考えていると、大幕の向こう側から声が聞こえてきた。
「お前がナカムラシューイチか? わかいな…まだ子供ではないか…イルよ、本当にコヤツが魔族と人間の架け橋になり得ると思っておるのか?」
確かに普通の高校生だし頼りなく見えるよな…
しかしイルはそんな魔王様の言葉に対し自信満々に返す。
「はい! シューイチ様はあちらの世界で人間に襲われている私を一切の暴力も加えずに救ってくださいました! 彼ならきっと良い架け橋になっていただけるはずです!」
子供に虐待されていた猫を助けただけです…
「それに、事情を説明したところ、ぜひ協力させて欲しいとおっしゃって下さいました」
是非とは言ってません…
「おぉ! それは誠かシューイチ!」
「え、えぇ、まぁ大方合っています…」
雰囲気に圧倒されて否定できない自分が情けない…
「それは心強い! おっとそうであった、国を救ってくれる御仁に姿を見せないのは失礼であったな! おい!!」
魔王様のその声で大幕が開かれる。
一体どんな怪物が出てくるのか固唾を飲んで見守る。
そこに座っていたのは、長い澄んだ水色の髪をした見た目小学校低学年くらいの幼女であった。
「…はぁ!?」
修一の驚く声にイルはビクッと修一の方を見て驚き、魔王様は下賎そうな顔をした。
「なんじゃ大声を出しおって?」
そして何かを悟った魔王様。
「ははーん。さてはワシが余りにも強大なオーラを放っておるから驚いたのじゃな!」
そう言って胸を張る幼女。
いやいやいや、可笑しいでしょ?
魔王様ってもっとこう威厳があって怖いものじゃないの?
仮にも魔族を束ねる王様なんだよ?
そんな困惑からの沈黙を肯定と受け取ったのか、魔王さまは屈託のない満遍な笑顔で言う。
「うむ! さすがはイルが見つけてきた逸材じゃな! ワシの威厳もよく理解しておる様じゃし、ソナタに改めて架け橋役をお願いしたいと思う。請け負ってもらえるかの? シューイチ」
魔王様の容姿に色々とツッコミたかったが、しかし、屈託のない笑顔でお願いされて、嫌だと言える雰囲気ではないこの現状。
「よ、喜んでお受けします…」
と、言うことしかできなかった。