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神隠しに遭ったら、異世界に居ました。  作者: 神無月夕
第十一章 原点回帰
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第七十六話 厄介な依頼

 2メートル前後の長大な石棒をテーブルのうえに置いてから、エーデルフェルトは、咳払いと共に話を切り出した。


「さて、今から話す内容が断れない類の依頼とご理解頂いたうえで、念のため確認いたしますが――断らずに聞いて頂けますでしょうか?」


 エーデルフェルトが不思議な言い回しをしながら、煌夜、タニア、セレナの順番で視線を巡らせた。

 断れない依頼なのに、断るという選択肢があるのだろうか――と、煌夜が疑問を浮かべた時、ヤンフィが口を挟んだ。


「【S】ランクであれば断れぬ依頼じゃが、そも【S】ランクでなければ受注出来ぬのじゃろぅ? ならば、今の妾たちは受注自体出来ぬのぅ……それに面倒ごとに巻き込まれることが判っておるのに、わざわざ【S】ランクの申請なぞせぬ。もう一度だけ云うが、妾たちは先を急いでおるのじゃ」


 ヤンフィの強い拒否の言葉に、煌夜は、ああ、と納得する。

 どうやら【S】ランクになってしまうと断れないが、そもそも【S】ランクにならないという選択をすれば断れるようだ。

 そういうことか、と納得する煌夜の横で、冷静な口調のディドがヤンフィの意見に追従する。


「ヤンフィ様の仰る通りかしら。ワタクシたち、正直申しまして、いま急いで【S】ランクに昇格する必要がありませんかしら――ですから【S】ランクになることで、煩わしい依頼を受けざるを得ないのであれば、あえて昇格する意味がありませんわ」


 ディドとヤンフィはそのまま視線を煌夜に向けた。二人とも断固否定しつつも、決定権は煌夜に持たせてくれるらしい。

 とはいえ、この状況でヤンフィたちの意見を覆せるほど、煌夜も【S】ランクに昇格することに意味を見出していなかった。

 煌夜は悩ましい顔になりながらも、しっかりとした口調でエーデルフェルトを見ながら言う。


「……断れるなら、断りたいな。俺ら、さして【S】ランクに固執してないから、その依頼を受けないと【S】ランクになれないって言うなら、Sランクを諦めるよ」


 煌夜の言葉に、ローブ姿のセリエンティアが眼を見開いて驚いていた。まさか断られるとは思わなかったと、その表情にありありと浮かんでいる。

 一方で、エーデルフェルトは半ば予想していたのか、はぁ、と疲れたような溜息を漏らしながら、その場の全員を一瞥しながら口を開く。


「――であれば、仕方ありません。【S】ランクの申請手続きに関しては、見送らせて頂きます」


 エーデルフェルトはそう告げて、一呼吸置いてから、ふざけた台詞を続けた。


「そうなると、()()、という形で『コウヤと頼りになる愉快な仲間たち』に依頼を発注いたしましょう。内容をお伝えして宜しいでしょうか?」


 王命という響きに、タニアがガバっと起き上がって、にゃにぃ、と口を挟む。


「そんにゃ理不尽、通るわけにゃいにゃ!! 調子に乗るにゃよ!?」


 いきなり憤慨するタニアに、しかしエーデルフェルト以外の誰も付いてきていない。なぜ憤慨しているのか、そもそも()()とは何なのか。

 煌夜は全員に目配せするが、セレナも含めて、誰も知らないと首を振っている。


「調子に乗ってなどいませんよ。理不尽でもありません。ギルドマスターとして、至極当然の対応をしているだけです」


 エーデルフェルトは冷静にそう言いながら、ゆっくりと傍らのセリエンティアに視線を向けて一歩引く。すると、セリエンティアが言葉を引き継いで話し始める。


「……あ、あの! 今からお伝えする依頼は、既に冒険者ギルド本部でも受理されており、正式に聖王国テラ・セケル国王【三英雄】アイテル・ヒュペリオン様が認可して下さった依頼です。依頼主は私、公主セリエンティアです。この依頼は相応の実力がなければ受注できない依頼ですが、魔貴族を打倒出来るほど強い『愉快な仲間たち』であれば、充分に受注資格を認められます」


 セリエンティアのたどたどしくも一生懸命な言葉に、けれどタニアは喰い付いた。


「認めてもらう必要にゃんかにゃいし、そんにゃの知ったことじゃにゃい!! これは職権乱用にゃ!! あちしたちをハメるつもりにゃ!?」

「ヒッ――そ、そんなつもりは……」

「ハメるつもりなどありませんよ。だから、お聞きしています。断らずに聞いてくれますか、と」


 タニアの剣幕に圧されてセリエンティアは息を呑んで怯える。そんなセリエンティアを庇うように、エーデルフェルトが毅然とした態度でタニアを睨んだ。

 タニアは全身の毛を逆立てて、今にも暴れ出しそうな勢いでエーデルフェルトと対峙する。

 そんな混迷とする状況を見かねた煌夜は、取り敢えず仲裁すべく声を上げた。


「ちょ、落ち着いてくれよ、タニア……えと、俺らにも分かるように説明してくれないか?」

「……チッ、お前、命拾いしたにゃぁ……」


 タニアはギリギリと歯軋りしながら、そんな捨て台詞を吐くとエーデルフェルトから視線を切った。


「――王命は、三大大国に数えられる【聖王国テラ・セケル】、【魔法国家イグナイト】、【竜騎士帝国ドラグネス】の王族の血統を持つ誰かが、個別で冒険者に発注する特別依頼にゃ。ただし、発注するにも条件があって、依頼主以外の王族の認可と、中立の存在である冒険者ギルド本部の認可を必要とするにゃ……そして、指名された冒険者は断れにゃいにゃ。冒険者にとって王命は、拒否権のにゃい命令にゃ。断るか、無視すれば、冒険者資格剥奪ににゃるし、莫大にゃ罰金が科せられるにゃ」

「よくご存じで――その通りです」


 タニアの説明に、エーデルフェルトは当然のように頷く。


「その王命の発注先に、私は『コウヤと頼りになる愉快な仲間たち』を指名いたします。ご存じとは思いますが、指名するうえでの条件は、貴方たちは全て満たしています。なので、何の心配もありません」

「ふざけるにゃよっ!!」


 憤慨した様子のタニアと、冷静な表情のエーデルフェルトを見て、煌夜は取り敢えず納得する。現時点で話に付いていけていないが、結論、依頼が断れない類であることだけは理解できた。

 一方、納得できた煌夜と違って、ヤンフィは少しも納得できない表情のまま、しかし声を荒げることなく声を上げた。


「――のぅ、エーデルフェルトよ。汝がどうしても妾たちに依頼したい気持ちは、理解してやらんでもない。そこまで云うからには、一考してやろう。じゃから、ひとまず依頼内容を云うが好い。断るか否か、内容を聴いてから判断してやる」


 ヤンフィのそれはだいぶ上から目線の物言いだったが、相手の都合に譲歩している点で、煌夜たちは仰天していた。普段のヤンフィならば、問答無用に断るだろう。

 エーデルフェルトは、偉そうな態度のヤンフィを一瞥してから、煌夜、タニア、セレナと順番に視線を向ける。

 とりあえず煌夜は、ああ、と頷いた。タニア、セレナは無言で睨み付けている。


「――それでは、セリエンティア様に代わり、私からお伝えさせて頂きます」


 エーデルフェルトは傍らのセリエンティアに、宜しいですね、と声を掛けてから、やたらとタメを作ってから口を開いた。


「依頼内容は二つ。一つ目は、竜騎士帝国ドラグネスの内情調査――具体的には、宰相ダーダム・イグディエルが【世界蛇】であることの動かぬ証拠を見つけて下さい。二つ目は、この【王剣ロードドラグネス】の封印を解くこと」


 この、と言いながら、テーブルに置かれている長大な石棒の表面を指でなぞる。

 神妙な表情のエーデルフェルトに、申し訳なさそうな顔をしたセリエンティア。その二人の顔を眺めながら、煌夜は、内情調査、という響きに拍子抜けした表情を浮かべる。

 改まって言う割には、そこまで重たい依頼ではなさそうだ。

 調査依頼、いわゆる諜報活動――スパイになれということだ。煌夜が出来るか出来ないかは考えずに、そこまで危険そうには感じない。

 また、もう一つの内容――封印を解く、という依頼も、こと破壊することに長けたヤンフィたちならばさして難しくない依頼に思える。

 しかし、そんな楽観的な煌夜の考えを否定するように、難しい表情を浮かべてタニアが指摘した。


「にゃあ、お前ら……内情調査って簡単に言うにゃが、政権騒動で内乱状態のドラグネス領に潜入して、あまつさえ、実質の頂点である宰相のことを探るにゃんて、つまり、あちしたちに国家の反乱分子ににゃれって言ってると同じにゃ、高難度過ぎるにゃ。そもそも、内情調査にゃんて冒険者への依頼じゃにゃいし」

「事情をよくご存じで――」

「――にゃぁ、あちしを馬鹿にするにゃよ!?」


 タニアの言葉に、煌夜は目を点にしながら、やはりとんでもない依頼だったのか、と痛感した。こうして場所を変えて改まって告げられるからには、相応の理由があったようだ。

 少しだけ残念な気持ちになった煌夜に構わず、タニアは続ける。


「しかも【王剣ロードドラグネス】の封印を解く、にゃか? それって、竜騎士帝国ドラグネスの歴代王位継承者が受け継いできた国宝【守護竜の(なみだ)】を盗むってことにゃ?」

「――あら? 本当に、よくご存じですね」

「さっきから、お前、ふざけるにゃよ!? 大体にゃ。宰相って、あの【ドラグネスの雷帝】――民思いの賢人の誉れ高き、宰相ダーダム・イグディエルにゃ? そのダーダム・イグディエルが、【世界蛇】だにゃんて、いったいどこからの誤情報にゃ? そんにゃ与太話、流石に鵜呑みににゃんか出来にゃいし、そんにゃこと吹聴しようものにゃら、国家侮辱罪で処罰されるにゃ」


 タニアの猛然とした勢いの主張に、エーデルフェルトは冷めた視線で応じていた。煌夜には事情がまったく分からなかったが、どうやらエーデルフェルトの発言は、酷く嘘くさいようだ。


「……与太話、ですか? まぁ、そう思うのも無理はありません。それほど、ヤツは巧妙に素性を隠して成り上がったということですから――ですが、真実は違います。ヤツは、世界蛇の幹部であり、レベル4【洗礼の長】、天族バルバトロス――それが宰相ダーダム・イグディエルの正体です」


 キッパリ断言するエーデルフェルトに、タニアが不愉快そうな顔を浮かべる。んにゃわけあるか、と吐き捨てながら、疑いの眼差しを向けていた。

 一方、バルバトロスという単語を聞いた瞬間、クレウサとディドが驚いた表情をして、同時に声を上げた。


「天族、バル、バトロス!? って――まさか!?」

「反逆者、バルバトロス――」


 突然のその声に、誰もが二人に注目する。

 見れば、クレウサは下唇を噛んで必死に己の感情を抑えるようにしながら、全身から凄まじい殺意と憤怒の空気を放っていた。普段無表情のディドに至っては、珍しくも露骨に眉を顰めており、見て分かるほどの怒りの感情を露わにして、口元を手で覆っていた。

 二人は普段の冷静さが嘘のように怒りの感情を溢れさせており、煌夜はその怒気に中てられて、無意識に身震いしてしまう。

 広い室内が、二人の殺意と怒気で支配された。一瞬にして、重苦しい空気で満ちる。

 ふと見れば、タニアとセレナ、ヤンフィでさえもその二人の剣幕にビックリした様子で、さりげなく居住まいを正していた。


「バルバトロスを……ご存じなのですか?」


 クレウサとディドの剣幕に驚きつつも、セリエンティアが恐る恐ると問い掛けた。セリエンティアの問いに、ディドが反応して、クレウサとアイコンタクトをする。

 ディドとアイコンタクトを交わしたクレウサは、こくん、と一つ頷き、回答役は自らであると言わんばかりに胸を張り、一歩前に出て口を開いた。


「……天族バルバトロスなら、私たちは嫌というほど存じています。私が人界に来ることになった理由であり、ディド姉様が全てを失うことになった原因――天界セラフィエル王家に謀叛を起こし、人界に逃げてきた反逆者です。その容姿は、腰まで届く白銀の長髪、金色の双眸を持つ見目麗しい青年で、魔力量はタニアを凌駕していて、戦闘力もディド姉様に匹敵するでしょう。けれど何よりも、厄介で危険な異能を持っています」


 クレウサは喋りながらいっそう怒りが込み上げてきたのか、ふと瞼を閉じて、心を落ち着かせるように長く深呼吸をした。

 しばしの間、沈黙が下りる。誰もが話の続きを押し黙って待った。

 そして、何度か深呼吸して声と心の調子を整えると、クレウサは改まった様子で、エーデルフェルトとセリエンティアを真っ直ぐと見詰めながら続けた。


「バルバトロスの異能は、洗脳――魔力や術式を用いない類の超能力で、対象の精神防御さえ崩せれば、あらゆる人間を己の好きなように操ることが出来ます。また、時間を掛けて洗脳を施すことで、対象の記憶、感情、人格に至るまでを作り変えることも出来て、意思を持たない傀儡に出来ます。実際に、バルバトロスはこの異能を使い、天界の王族、御三家が一つ、イグディエル王家を内部から破滅させています」


 クレウサの拳が物凄い力で握られているのが見えた。握り締められた拳からは血が滲んで見える。それほどまで怒りが込み上げている様子だった。


「……お察し、いたします……」


 そんなクレウサの態度に、セリエンティアが言葉少なに頷いた。すると、すかさず傍らのエーデルフェルトが言葉を引き継ぐ。


「その容姿と能力、間違いなくバルバトロス――宰相ダーダム・イグディエルに相違ありません。彼は二年前、突如ドラグネス王家に現れて、瞬く間に王族たちの信頼を勝ち取りました。それから、凄まじい速さで実績を積み上げ、気付けば軍部を掌握、宰相の地位にまで至りました。宰相となった以降は、王族内で揉めていた王位継承問題に意見するようになり、血統を度外視する異端派まで立ち上げて、その急先鋒となりました……そして、血統を重んじている正統派の王侯貴族を次々と謀殺……私がそれに気付いた時には既に遅く、国内に正統派は生き残っておらず……もはや私は、正統後継者の血統でありながらも、唯一国外で生活しておられるベクラル家を護る為、国外逃亡するしか――」

「――のぅ、エーデルフェルト。汝の事情はどうでも好いし、そのバルバトロスだか、ダーダム何某だかが厄介だろうと構わぬ。【守護竜の(なみだ)】とやらを奪取することも別に好かろう。じゃが、問題は内情調査の依頼について、じゃが――汝の云うところの『動かぬ証拠』とは、具体的に何を見付ければ好いのじゃ?」


 エーデルフェルトの悔しそうな声に被せて、ヤンフィが冷めた口調で口を挟んだ。その台詞に対して、エーデルフェルトは困った表情で曖昧な言い回しをする。


「……具体的、と言うと……そうですね……例えば【世界蛇】との交信記録……本人の自白や、【世界蛇】を示す何らかの証が手に入れば……」

「例えば、とはなんじゃ? 具体性に欠けるではないか――そも、タニアの云う通り、大前提としてダーダム何某が、バルバトロスと云う人物でない場合はどうするのじゃ? 世界蛇の幹部でなければ、証拠なぞ見つけられるはずがないじゃろぅ?」


 ヤンフィは、馬鹿にしてるのか、とでも言いたげな口調で一笑に付す。その言葉に、エーデルフェルトはすかさず反論する。


「ダーダム・イグディエルが、バルバトロスであることは間違いありません。私は確信を持っております……なのですが、物的な確証がありません。ですから、こうして依頼を出す以外、方法がない状況となっています」


 エーデルフェルトの力強い言葉に、しかしヤンフィが冷静に言い返す。


「のぅ、エーデルフェルトよ。疑問なのじゃが、ダーダム何某が、世界蛇の幹部、バルバトロスであると汝は如何なる理由から確信したのじゃ? 確信するに足る証拠が何かあるのではないか?」


 その鋭い指摘に、タニアとセレナが、そうだそうだ、と頷いていた。

 煌夜もそう聞いて、そりゃそうだ、と納得する。証拠がないから探してくれ、と言っているのに、確信を持っているというのは違和感がある。

 すると、セレナがヤンフィに追従して口を挟んできた。


「口を挟んで申し訳ないけど……確証がないのに、確信してるってどういうこと? 間違いないって断言してるのもどうして? 偶然だけど、ディドとクレウサが、その『バルバトロス』を知ってるっぽいから、まぁ、実際は事実かも知れないけどさ……貴女、何か隠してるでしょ? 知ってる情報をしっかり教えてくれないと信用できないわよ?」


 セレナの冷静なツッコミに対して、煌夜とヤンフィ、タニアが深く頷いた。

 エーデルフェルトを疑うわけではないが、あまりにも根拠のないことしか話されていない現状、何一つ信憑性がない。何かを隠していて、裏があるようにしか思えない。

 すると、エーデルフェルトは落ち着き払った態度で、テーブルの上に載せている石棒に触れながら、過去を思い返すように遠い目をした。


「……私はドラグネスを脱出する際に、直接【雷帝】と剣を交えて戦っております。その際、彼はドラグネスの軍属ではない手練れの戦士たち――【世界蛇】の構成員と思しき連中を指揮しており、味方のはずのドラグネス王家親衛隊、ドラグネス軍所属の冒険者たちごと、躊躇なく虐殺しました。そして、『余の野望の為、ひいては【破滅の魔女】の為に……』と、発言したのを聞いています」


 重苦しい空気で、エーデルフェルトは語った。辺りが静まり返る。

 だが、その話のいったいどこに、ダーダム・イグディエルが【世界蛇】だと、確信を持てるフレーズがあったのか、煌夜とヤンフィは全く理解できなかった。


 ところが、セレナとタニアはそれだけで理解できたようで、ふと見れば、納得した様子で頷いている。


「意味が分からぬ――今の話は、つまり何じゃ?」

「……ごめん。俺も、ちょっと意味が分からない……」


 煌夜は会話に付いていけないことを恥ずかしがりつつ、ヤンフィの疑問の声と同時に、遠慮がちに声を上げた。すると、タニアが説明してくれる。


「にゃにゃ――コウヤとヤンフィ様は、分からにゃいかもにゃ。説明するにゃ。まず、【破滅の魔女】って単語が出たにゃ? この単語自体、世界蛇所属じゃにゃいと口走らにゃいし、それが『破滅の魔女の為』とまで言うにゃら、ソイツは間違いにゃく世界蛇にゃ」


 タニアの説明に、けれど煌夜もヤンフィも首を傾げる。申し訳ないが、やはり意味が分からない。


「んー、そのにゃぁ……【世界蛇】って、狂信者たちの集まりにゃって説明したと思うにゃけど、その中心には、【破滅の魔女】と呼ばれる人族の天才が居るにゃ。世界蛇は、その破滅の魔女が唱える教義、理念、破滅思想を信条にして、破滅の魔女を、神のように祭り上げてる組織にゃのにゃ。にゃので、世界蛇の連中は、絶対的に【破滅の魔女】の為に行動するにゃ」

「しかし、タニアよ。だとして、破滅の魔女と口走っただけで、世界蛇だと断じる理屈は、おかしいのではないか?」

「おかしくにゃいにゃ。【破滅の魔女】は、このテオゴニア大陸だけじゃにゃくて、六世界全土に恐怖の具現、絶対の死神として轟くほどの冠名にゃ。それこそ【魔王(アビス)】より恐れられる存在にゃ。人族でありにゃがらも、魔王を屠り、神の座に届いた存在にゃ。古の神々が直接封印するまでに、ありとあらゆる生物を滅ぼした悪魔にゃ」


 タニアの言葉に、ヤンフィが珍しくも目を丸くして驚いていた。

 ヤンフィは、絶句状態になり小声で、馬鹿な、在り得ぬ、と唇を動かしている。

 煌夜には何がそこまで衝撃的か分からず、そこそこの驚きを浮かべながら、適当に頷いた。それを見て、タニアが話を続ける。


「【破滅の魔女】はしばしば【三英雄】の対比で語られるにゃ。【三英雄】は希望の象徴、【破滅の魔女】は絶望の象徴――にゃので、【破滅の魔女】って安易に口走ろうものにゃら、世界蛇の構成員と疑われるし、勘違いされたら指名手配されるのも常識にゃ」


 うんうん、と頷きながら語るタニアの台詞に、エーデルフェルトは、その通りです、と言葉を継いだ。


「特に、私の国――竜騎士帝国ドラグネスは、【破滅の魔女】に滅ぼされかけた国でもあります。国民の中で、その忌み名を口走る者はおりません。また、確信した理由としては、もう一つ。【雷帝】に敗れた私は――それでも何とか逃げ延びた訳ですが、その戦闘中に、【魔力吸収】を行使されました。その禁術は、私の魔力核から直接、保有する魔力を根こそぎ奪うものです。かろうじて生命維持に必要な分だけは確保しましたが、それ以外の奪われた魔力は二度と戻ってきません。おかげさまで、今の私はCランク程度の実力しか持ち得ません。先ほど【赤の聖騎士】と名乗りましたが、もはやその号は分不相応です」

「……【魔力吸収(マジックドレイン)】って、何?」


 セレナが疑問符を浮かべながら、話の腰を折るような質問を呟いた。すると、エーデルフェルトが、ええ、と頷きながら説明を続ける。


「【破滅の魔女】が復活させた禁術であり、【世界蛇】のレベル5【魔道元帥】の祝福と、禁忌の儀式を経てようやく詠唱出来る魔術です。呪術の類に近い術式で、その効果は、対象の魔力核から魔力を吸い取り、己の生命力や魔力を回復するというものです――正直、その禁術を公衆の面前で行使させることが出来れば、世界蛇の証拠になるやも知れませんね……」

「ふぅん――恐ろしい魔術ね」


 セレナはそれを想像したのか、ブルリと身震いしていた。


「……魔力核から、魔力を吸い取る、のぅ……【暴虐鬼シーア・アグル】が使用していた厄介なアレか……人族の身で、よくも習得出来たのぅ……」


 ヤンフィがボソボソと何やら独り言ちていたが、それには触れずに、エーデルフェルトは続ける。


「しかしながら、これらは全て、私の証言でしかありません。確証として提示出来ない――そして、私はいまや、竜騎士帝国ドラグネスの国宝【王剣ロードドラグネス】を強奪して、逃亡している反乱分子です。なので、私のこの証言は誰にも認められることがありません」


 エーデルフェルトの台詞に、ふとセレナがハッとした表情で声を上げる。


「――ねぇ、もしかしてだけど……反乱分子である貴女から依頼を引き受けたら、あたしたちも竜騎士帝国ドラグネスの反乱分子になるの?」

「にゃにを聞いてたにゃ、セレナ。そんにゃの当然にゃ。あちしが最初に言ったじゃにゃいか!」

「聞いてたけど……アレは、依頼を遂行する都合上、やむを得ずに、そうなる可能性がある程度にしか思ってなかったわよ。調査してることに気付かれなければ、反乱分子にはならないと思ったのよ」

「考えが浅いにゃぁ、セレナ」


 うっさいわね、と軽口で文句を言うセレナを横目に、我に返った様子のヤンフィが冷静な口調で話に切り込んだ。


「――まぁ、好い。どちらにしろ肝要なことは一つじゃ。如何なる証拠で、世界蛇と証明するか、じゃ。具体性がないままでは、雲を掴むような話で妾たちも対応できぬ」

「そう、ですね……とはいえ、私も、先ほど例えたこと以外に、具体的な案が……」


 困った表情で言い淀むエーデルフェルトだったが、瞬間、何かを思い付いて、ハッとする。


「……そういえば、確かタニアは、【鑑定】の魔眼をお持ちでしたね? その魔眼で、宰相ダーダム・イグディエルを看破して頂き、バルバトロスであることを証明して頂けませんか? バルバトロスと言う人物が【世界蛇】幹部であることは、周知の事実ですので、ダーダム・イグディエルが偽りの名であることを公表出来れば、動かぬ証拠と言えるでしょう」


 我ながら妙案だ、と嬉しそうに言いながら、エーデルフェルトは続けて、そうだ、と手を叩いた。


「また同時に、冒険者ギルドで一般的に使用しているこの登録水晶を用いて、公衆の面前でバルバトロスの名前を証明して頂ければ――もはや言い逃れも出来ないでしょう」


 言いながら、傍らのセリエンティアに視線を向けていた。セリエンティアはエーデルフェルトの視線を受けて、同じくハッとした表情になってから、棚の中をゴソゴソと漁る。そして、掌サイズの水晶玉を取り出して、それをテーブルの上に置いた。

 テーブルに置かれた水晶は、どこか見覚えのある水晶だった。


「盲点でした。宰相ダーダム・イグディエルの身元を再確認する――それが出来れば、バルバトロスであることの証拠になります」


 エーデルフェルトは、そうして登録水晶を煌夜に差し出しながら、一転、神妙な顔付きになり注意を口にする。


「ちなみにこの登録水晶は、本来、冒険者ギルド職員以外の使用を禁じられている魔道具となっています。ですので、これを譲渡していることが知られれば、私は冒険者ギルドから、横領の罪科で指名手配されるでしょう。また、ギルド職員でもない貴方たちが持っていることが知られても、不要な尋問が発生すると思われます。なので、あまり軽々しく扱わないように。また、扱う際には、充分に注意をお願いいたします」


 突き付けられるように差し出された登録水晶を前にしながら、しかし煌夜は受け取らず、難しい表情で首を傾げた。

 この登録水晶を受け取ったら、なし崩し的に依頼を引き受ける流れになるだろう。まだ一言も、引き受けるとは言っていないのに――


 登録水晶を受け取らず、しかも押し黙ったままの煌夜を見て、エーデルフェルトが最後の一押しとばかりに強い口調で言った。


「それで――この依頼、引き受けて頂けますね? ここまで説明したからには、依頼を受けて頂きたいのですが?」


 頷くこと以外認めていない空気を放ちながら、エーデルフェルトが煌夜を威圧してくる。煌夜はその威圧に怖気つつも、一呼吸置いてから、しかしキッパリとした口調で告げた。


「――だが、断る」


 ババーン、と効果音が聞こえそうな勢いで、一度は言ってみたかったその台詞を断言する。思わずドヤ顔になったのはご愛敬だろう。

 さて、それはそれとして。

 正直、この依頼は熟考する意味さえないほど、引き受けるメリットがない。引き受けた先に待っているのは、どれほど楽観的に考えても厄介な展開である。


「ふむ、好かろう。引き受けてやろう」


 ところが、煌夜の会心の台詞をまるで無視して、ヤンフィが真逆の回答を口にした。それは、煌夜の発言で静まり返った場によく響いた。

 え――と、一瞬だけその場が混乱するが、すぐにヤンフィは繰り返す。


「好かろう。この依頼、引き受けてやろう――その代わり、引き受けるのじゃから、妾たちは【S】ランクになれるのじゃろぅ?」


 煌夜の拒否の言葉は、ヤンフィの快い承諾に上書きされて、なかったことになる。

 そしてそのまま、話は引き受ける流れで突き進んだ。


「あ、ありがとうございます――ええ、もちろん。手続きは、私がしっかりと行わせて頂きます」

「……あ、れ……ちょ、ヤンフィ? な、なんで……?」


 煌夜は何が何やらと、弱々しい訴えでヤンフィを見た。すると、ヤンフィは無言のまま鋭い一瞥を向けてくる。

 刃物みたいなその威圧に、煌夜は、うっ、と口を噤んだ。


「感謝します。この依頼、是非、完遂頂きますようお願いいたします」


 エーデルフェルトは煌夜の台詞をなかったことにして、ヤンフィの承諾に感謝すると、煌夜、タニア、セレナ、ディド、クレウサ、ヤンフィの順に頭を下げた。


「あぁ――そうそう、タニアよ。ところで、確か、竜騎士帝国ドラグネス、じゃったか?」


 煌夜に代わり登録水晶を受け取ったヤンフィは、含みのある言い回しで、タニアに不思議な質問していた。それは主語が足りな過ぎて、煌夜には何を聞いているのか意味不明だったが、問われたタニアはすぐさまピンと来たようで、ブンブンと力強く頷いた。


「そうにゃ。距離感的には、竜騎士帝国ドラグネス領内……多分、帝都オーラドーンか、軍都ペンタゴン付近、かにゃ?」

「ふむ。ならばやはり、これは引き受けておいた方が無難かのぅ。どうせ巻き込まれることになるじゃろぅし」

「あぁ――にゃるほどにゃ。確かにそうにゃ」


 ヤンフィの言葉に、タニアがどこか困り顔のまま納得していた。そんな二人を見て、セレナが疑問を口にした。


「……ねぇ、どういうことよ? 話が見えないわ」

「後で説明するにゃ――コウヤにも、もちろん説明するにゃ?」


 タニアは、チラとヤンフィを見ながら首を傾げる。

 ヤンフィは、うむ、とタニアに頷いて見せてから、セレナと同じ疑問を浮かべる煌夜を真っ直ぐと見詰めて答えた。


「詳しくは、後でゆっくり説明するが、一つだけ云うておくと、【竜騎士帝国ドラグネス】には、結局、向かわざるを得なくなると云うことじゃ――どうせ往くのならば、端から依頼を引き受けた方が無難じゃろぅ?」

「いや、なんで向かうことになるんだよ? 俺たちはアベリンに戻るんじゃないのか?」

「……その後の話じゃ。説明は、取り敢えず後にせよ」


 ヤンフィは、煌夜の至極まっとうな疑問をはぐらかしつつ、エーデルフェルトに向き直る。

 エーデルフェルトはセリエンティアと頷き合い、テーブルの上に契約書らしき紙を広げて、羽ペンを煌夜に手渡してきた。


「それでは、依頼書を確認のうえ署名をお願いいたします」


 強引に促してくるエーデルフェルトに対して、煌夜は納得できないとヤンフィを睨み付けた。すると、煌夜の手から羽ペンを奪い、ヤンフィが紙面にペンを走らせる。


「ところで、依頼の確認をするが――ここに記載された通り、依頼の期日が一年と云うのは、いまこの瞬間から数えて、一年で相違ないかのぅ?」

「――その通りです」

「ふむ。で、達成条件は二つ。一つが、竜騎士帝国ドラグネスの内情を調査し、宰相ダーダム何某の正体を暴くこと。具体的には、ダーダム何某が【世界蛇】である証拠を公表すること。もう一つが、国宝【王剣ロードドラグネス】の封印を解く為に、同じく、国宝【守護竜の(なみだ)】を奪取し、依頼主に届けること。以上、二つの条件を満たせば、依頼達成。相違ないかのぅ?」

「ええ。相違ありません」


 文字の読めない煌夜の為に、ヤンフィは依頼書の文面を指でなぞりながら、一つ一つ丁寧にエーデルフェルトに確認する。


「ちなみに、依頼期限が超過した場合を含めて、失敗した場合の罰則が記載されておらぬが、依頼未達成となった場合には、どうなるのじゃ?」

「何も、ありません――強いて言えば、『コウヤと頼りになる愉快な仲間たち』の冒険者としての評価が下がる程度でしょう。ですので、達成条件のどちらか、もしくはどちらも満たせなかったとしても、致し方ない、と思っております」


 エーデルフェルトはそう言って、セリエンティアと眼を合わせる。すると、セリエンティアが少しだけバツの悪そうな表情を浮かべていた。

 それを目敏く認めて、セレナが訝しげな声で質問を挟む。


「……じゃあ、引き受けるだけ引き受けて、何もしない、って選択肢もありってこと?」


 確かにその通りだ――煌夜は賛同するように頷き、エーデルフェルトに目で問い掛ける。


「ええ、もちろんです。とはいえ、そうはならないでしょう。貴方たちは、引き受けたならば、依頼を達成してくれるはず――私は、そう見込んでおります」

「――そりゃそうにゃ。引き受けたら、やり切るしかにゃいにゃ。セレナ、その選択肢は、ありえにゃいにゃ。この依頼、未達成で罰則にゃいけど、代わりに受注条件が厳しいにゃ。受注者は、本依頼が、成功もしくは失敗するまで別依頼を受注出来にゃい。また受注者は、冒険者ギルドに懸賞金を懸けられるにゃ。同時に、受注者が依頼を達成するまでの期間、別途、受注者の暗殺依頼が発注されるにゃ。つまりあちしたちがこれを引き受けた場合、依頼達成するまでの間ずっと、賞金稼ぎに狙われて、暗殺される危険性が発生するにゃ――挙句、成功報酬がにゃいにゃ」


 タニアが全員に聴こえるように大声で言った。その内容があまりにも衝撃的過ぎて、煌夜は口をあんぐりさせて唖然となった。

 ふと見れば、タニアの指摘を受けて、セリエンティアが顔を伏せている。

 なるほど、全て承知の上なのだろう。彼女は理不尽な依頼であることも理解している様子だ。


「え――ちょ、なんでよ!? 引き受けただけで、どうして賞金首になったり、暗殺依頼が発注されないといけないの? おかしいでしょ!?」


 セレナが憤然と抗議の声を上げる。けれど、それをタニアが冷静にあしらった。


「おかしくにゃいにゃ。この依頼、そもそも難度が【SS】ランクに認定されてるにゃ。王命、もしくは【SS】ランクの依頼は、受注条件として、依頼達成を阻害する為の依頼が同時に発生するもんにゃ。そうしにゃいと、自作自演で名声を得る輩が発生するから、だそうにゃ。とは言っても、賞金まで懸けられて、しかも報酬がにゃいのは、確かに、ちょっとおかしいかにゃぁ」


 タニアは含みを持たせた言い回しをしながら、流し目でエーデルフェルトを見やる。その視線は言外に、何か報酬をよこせ、と訴えていた。

 しかしエーデルフェルトは涼しげな表情のまま、ふむ、と何やら考える素振りをするだけで、何も言わずに煌夜を眺めている。


「……タニア、アンタねぇ? これ、ちょっとどころの話じゃないわよ? 聞いた限りじゃ、引き受ける意味がないじゃない? ねぇ、ヤンフィ様――コウヤも乗り気じゃないから、この依頼、断るべきじゃないでしょうか?」


 一方で、納得できない様子のセレナが、珍しくもヤンフィに意見していた。

 その意見は煌夜も全く同意見であり、物凄い勢いで頷きながら、そうだそうだ、とセレナに追従する。

 煌夜にとってこの依頼は、何をどう考えても了承出来ないし、そもそも人捜しの片手間で引き受けるべき内容でもない。成功報酬もないのだから、受注するメリットがないだろう。

 もしこれを拒否して、冒険者資格剥奪のうえ罰金を支払うことになっても、恐らくその方が万倍マシに思える。


「ヤンフィ。セレナの言う通りだよ。この依頼は駄目だ。絶対に、引き受け――」

「――引き受けるぞ、コウヤ。ほれ、署名したから確認せよ」


 果たして、セレナと煌夜の意見は完全に無視された。

 ヤンフィは、煌夜の制止に被せて断言すると、エーデルフェルトに依頼書を差し出した。そこには既に、煌夜の名前らしき文字が記入されていた。


「な、なんで、だよ? ヤンフィ、おい――」

「――先刻も云うたが、後で詳しく説明してやる。今は取り敢えず、黙って妾たちに任せよ」


 なんでだ、と抗議する煌夜を横目に、ヤンフィから依頼書を受け取ったエーデルフェルトは、満足気に頷きながら、それをセリエンティアに手渡す。

 煌夜の意向を蔑ろにするようなヤンフィの言動に、同じく抗議したセレナも怪訝な表情を浮かべていた。ちなみに、煌夜の傍らに居るディドも、無表情ながら不本意そうな空気を漂わせていた。


「おぉ、そうじゃ。のぅ、エーデルフェルトよ? 一つ問うが、ドラグネスに向かうには、どう往けば最短かのぅ?」

「最短の経路、ですか? そうですね……現実的には、王都セイクリッド経由で向かう経路でしょう。ここから魔動列車に乗ってデイローウに向かい、デイローウからエフェマを経由して――」


 ヤンフィの質問に答えるエーデルフェルトを遮って、タニアが挙手しながら言った。


「――ヤンフィ様。それは、一般的にゃ経路にゃ。その経路だとこのベクラルから、魔動列車と馬と飛竜を使って、二十日から二十五日は掛かるにゃ。それよりも、行程は困難にゃけど、アベリンの北にある龍神山脈を踏破した方が早いにゃ。踏破すれば、およそ七日で到着にゃ」


 タニアの横やりに、エーデルフェルトはため息交じりに頷いた。


「まぁ、確かに……可能か不可能かを議論しなければ、タニアが提案する経路が、事実上、最短でしょうね。ただし、無事に龍神山脈を踏破出来れば、ですが……経路としては、貴方たちが向かう予定の、最果ての街と呼ばれる【城塞都市アベリン】。その北門から先に広がる荒漠たる砂漠地帯を進むと、壁の如く聳え立っている急峻な山脈があります。それが【龍神山脈】――Sランク、Aランクの魔族が跋扈する獣道さえない山脈です。そこを越えればドラグネス領ですね」


 エーデルフェルトの説明を耳にして、ヤンフィが、ふむふむ、と満足気に頷いた。

 

「ならば、妾たちの進路は決まったのぅ。アベリンに戻るのは変わらず。その後、龍神山脈とやらを越える――どうじゃ?」

「お言葉ですが、ヤンフィ様――ワタクシとクレウサは、此度の依頼に関して反論はいたしませんし、微力ながらも全面的に協力したいと思っておりますわ。けれども、コウヤ様の事情を考えると、そのような寄り道は、あまり好ましくないと存じますかしら?」

「――ほぅ? ディドよ。妾がコウヤの都合を考えていないと思うのか?」

「思いませんかしら――けれども、こう強引では、コウヤ様が安心できませんかしら?」

「分かっておる。じゃが、今この場で説明できぬ事情もある」


 不貞腐れ顔を浮かべる煌夜を見かねたか、ディドが優しい口調でヤンフィに意見した。だがその言葉を予定調和とばかりに、ヤンフィは頷きながらも返す。


「コウヤよ、兎も角、妾を信用せよ。妾のこの決断は、間違いなくコウヤの為のものじゃ」

「……本当か? まぁ、言っても仕方ないのは、理解したから……後で、納得できるよう説明してくれよ?」


 煌夜はヤンフィの言葉を一旦信じて、文句を呑み込み押し黙った。煌夜が黙ったのを見て、ディドも一応引き下がり、それ以上口を出すことはなかった。


(納得できない、とはいえ、か……俺の自己都合、だもんな)


 文句を呑み込み消化不良気味の煌夜だったが、よくよく冷静に考えれば、ヤンフィたちはそもそも、一から十まで煌夜の都合に無償で付き合ってくれている。煌夜からの見返りもないのに、命まで懸けてくれているのだ。

 そんな中で、多少寄り道を希望している程度、叶えてあげるべきかも知れない。


(……それに、俺の為とか言ってるから、何か合理的な判断があるのか……しかも、今説明できないってことは、裏事情がある、ってことだよなぁ……)


 煌夜はヤンフィたちが隠している何かを推測して、独り憂鬱な気持ちになっていた。

 きっとまた、死ぬことはないが、死ぬほど苦しい目に遭うに違いない――そんな諦観の気持ちと、直面するであろう苦しみの覚悟をしてから、煌夜はソファに身体を預けて脱力した。


「それでは、これで受理いたします。『コウヤと頼りになる愉快な仲間たち』の皆様、依頼を快諾して下さり、本当に、本当にありがとうございます。私セリエンティアが、ドラグネス王家を代表して、御礼申し上げます。無事に依頼が達成できるよう、心よりお祈りいたします」


 依頼書の署名欄を確認したセリエンティアが、涙を浮かべながら深く頭を下げる。それを横目に、エーデルフェルトもその場に跪き、忠臣が王を敬うように深々と頭を垂れた。

 そんな姿勢の二人を、ヤンフィは見下すような視線で見ながら、ニヤリとほくそ笑んで口を開いた。


「感謝をするのに言葉は要らぬ――のぅ、セリエンティア。報酬がないのは理解したが、金銭以外で何か貰えないかのぅ?」


 ヤンフィが試すような視線をセリエンティアに向けた。セリエンティアは顔を上げて、もちろん、と頷きながら即答した。


「私たちで御用意出来るモノであれば、すぐに御用意いたします」


 いいわよねエーデルフェルト、と続けると、エーデルフェルトは心底嫌そうな顔になりながらも、おざなりに何度も頷いた。


()()()()()で、御用意出来れば――何が御所望ですか?」

「ふむ。念押しせずとも、無理なことは云わぬ――妾たちのリーダー『アマミコウヤ』が、『アマミリュウヤ』『ヤチコタロウ』『ツキガセサラ』と云う名前の童を探している、と云う情報を、テオゴニア大陸中に流布して欲しい。それくらいは容易いじゃろぅ?」


 ヤンフィが不敵な笑みを浮かべて煌夜を流し見ながら、エーデルフェルトたちにそう告げる。すると、セリエンティアが、もちろん、と輝く笑顔で頷いた。


「『アマミリュウヤ』様、『ヤチコタロウ』様、『ツキガセサラ』様、ですね? 承知いたしました。依頼書の手続きに際して、冒険者ギルドの本部と、各地ギルド、また【聖王国テラ・セケル】にも通達いたします」

「重畳じゃ。それと――汝が身に付けておるその指輪が欲しいのぅ」


 ヤンフィは、その指輪、とエーデルフェルトの右手に視線を落とした。見れば、視線の先、その右手の小指には、赤い宝石が埋められた指輪が嵌まっていた。

 エーデルフェルトは驚いた顔になりながら、これですか、と右手を上げて見せる。


「そうじゃ。その魔貴族の化石が付いた指輪じゃ」

「これは、私が【赤の聖騎士】である証…………いえ、そうですね」

「ふん? 嫌なのかのぅ?」

「……いえ、もはや無用の長物ですので、問題ありません。差し上げましょう」


 エーデルフェルトは一瞬だけ躊躇したが、しばし物思いに耽った後、首を横に振った。何か迷いを断ち切るような所作をしてから、グッと小指から指輪を引き抜いてヤンフィに手渡す。

 ヤンフィは指輪を受け取ると、赤い宝石部分を特に注視してから、その表面を撫でて満足気に頷いた。


「他には――」

「――妾は好い。コウヤは何かあるか?」


 セリエンティアの台詞を最後まで言わせず、ヤンフィが煌夜に問い掛ける。煌夜は、ないよ、と首を横に振り、タニア、セレナ、ディド、クレウサと視線を向けた。

 煌夜のその視線に、四人とも、大丈夫、と頷いて返す。


「大丈夫、特に何もない――で? これにて、依頼は引き受けました、ってことになるのか? 俺らは他に、何かやることあるのか?」


 煌夜は若干投げやりな言い方で、エーデルフェルトとセリエンティアを見やる。二人はしばし視線だけで会話してから、大丈夫です、と口にする。


「ありがとうございました。大丈夫です。後の手続きなどは、全てこちらで対応いたします」

「――にゃら、あちしたちはもう解散にゃ? 部屋に戻って良いにゃ?」


 セリエンティアがペコリと頭を下げると、すかさずタニアがそう聞きながら立ち上がった。タニアは、ヤンフィ、煌夜の順で視線を向けて、サッサと行こうと訴えてくる。

 確かにタニアの主張通り、方針が決まった今、もはやこの部屋に居る意味はない。これ以上、何か厄介なことを任されるのも御免である。


「御足労頂きありがとうございます。御武運をお祈りいたします」

「……アベリンに向かう予定であれば、ギルドで馬車の手配と、道中の集落での早馬を準備いたしますが、如何いたしますか?」


 親切心からか、エーデルフェルトがそんな提案をしてくれた。だが、ヤンフィはその提案に首を振りながら、吐き捨てるように言った。


「妾たちは最短で往く。馬車の手配などは不要じゃ」


 ヤンフィの口にした『最短』という単語に、煌夜はすぐさまルートを察した。


 この街に辿り着いた時に進んだ道――セレナと共に、飛び降りた崖の景色を思い出す。セレナの故郷である森を通り抜けて、雪山の不思議空間を走り抜けた記憶が脳裏に蘇る。

 ヤンフィはきっと、あの山越えの道を行くつもりだろう。


 煌夜は小さく溜息を漏らしてから、さて、と気持ちを切り替えて、ソファから立ち上がった。

 道中ゆっくり出来ないのは毎度のことで織り込み済みだ。なので、今一番気になるのは、ヤンフィが執拗に隠していた依頼を引き受けた事情である。

 サッサと部屋に戻って、それらの事情を詳しく説明してもらうとしよう――煌夜は、だいぶ慣れてきた全身痛を堪えながら、タニアの後に部屋を出た。


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