閑話Ⅺ 緑髪の悪魔/顛末
無理やりまとめたので、めっちゃ長くなった。
セレナは、ようやく一件落着できた、と胸を撫で下ろす。
その場にペタリと座り込んで、安堵の吐息を漏らせば、途端に全身を疲労が襲い掛かってくる。同時に、緊張の糸と集中が途切れたことで、無視していたダメージもぶり返してきて、ズキズキと身体中が痛みを訴えだした。
「――さすがスーパールーキー『コウヤと頼りになる愉快な仲間たち』だな。まさか、たった二人だけで、魔貴族二体を殺しきっちまうなんざ。目の当たりにした今でも信じられねぇや」
セレナが疲労と戦っているところに、その時、なんとも気軽な調子でアジェンダが近寄ってきた。また、生き残ったほかの冒険者たちも、セレナとタニアの近くにゾロゾロと集まってくる。
気付けばいつの間にか、セレナとタニアを中心にした円陣が出来上がっていた。
「……にゃんで集まってくるにゃ? 暑苦しいにゃぁ」
タニアが鬱陶しそうな表情で、空気も読まずにそう発言する。その発言に、セレナ以外の全員が相変わらずだ、と苦笑していた。
セレナはとりあえず、見下ろされる感覚が不愉快なので、タニアに手を借りて起き上がった。
「ねぇ、タニア。アンタが相手にしてた魔貴族って、結局何だったの?」
「ああ、アイツにゃ? 個体名称は読めにゃかったけど、種類的にゃあ【吸魔鬼】にゃ。グールと同格の魔貴族――鬼種にゃ。しかも【屍操術師】にゃ」
「……そういや、そんなこと言ってたわね。けど、そのネクロマンサーって、何よ? 聞いたことない魔族……っく」
立ち上がったセレナは、一瞬だけ眩暈に襲われてよろけた。咄嗟にタニアの肩に掴まると、タニアが苦笑しながら、情けにゃいにゃぁ、と笑う。
しかしその苦笑は、甚だ遺憾である。魔貴族とほぼ一騎打ちしたのだから、むしろこの程度の消耗で済んだことを褒めて欲しい。
セレナは内心でそんな非難をタニアに向けながら、けれど口にはせず、深呼吸しながら体調を整える。思っていたより、随分と魔力を消費してしまっていた。さすがに聖級魔術を形質変化させたのは、やりすぎだったらしい。
「にゃんだ、知らにゃいのか? って、まぁ、知らにゃくても仕方にゃいかにゃ? あちしも、実家で遭遇してにゃかったら、きっと知らにゃかったにゃ」
タニアがどこか勝ち誇った笑みでセレナを見下した。極めて不愉快な態度だが、タニアに文句を言っても無駄である。
セレナは、はぁ、とこれ見よがしにため息を漏らしてから、説明の先を促す。
「禁術に【屍操術】って魔術があるにゃ。その魔術は、死骸に魂だけを残留させて、術者の意のままに操る外道の魔術にゃ。これで操る死骸には、自らの意思もあるにゃ。つまり生前習得してた技術が全て使用できるにゃ。挙句、身体能力は倍加。肉体は限界を超えた能力を発揮できるって代物にゃ。そんにゃ禁術を操り、使役する魔術師のことを【屍操術師】って言うにゃ」
ババン、と自信満々に豊満な胸を張って、タニアは腰に両手を当てる。
セレナはそんなタニアに、心底胡散臭い顔を向けた。正直そんな禁術自体、名前さえ聞いたことがない。実在する魔術なのかどうか怪しい限りだ。
「アイツは、魔力値の表示が二つあったにゃ――あんにゃ表示がされるのは、屍操術師だけにゃ。二つの表示のうち、一つがアイツの魔力値で、もう一つが、操作している死骸の魔力値にゃ。そして死骸の魔力値は、ちょうどグールと一致してたにゃ」
どうにゃ、とドヤ顔を見せるタニアに、セレナは一歩引いて曖昧に頷いた。
「あちしほどの経験がにゃければ、看破できにゃかったに違いにゃい――あちし、凄いにゃ?」
誇らしげに胸を反らして自慢してくるタニアに、セレナだけではなく、周囲の冒険者たちも全員、怪訝な表情で顔を見合わせていた。
この場の誰一人として、その禁術を知らない様子である。
経験豊富なSランク冒険者のアジェンダでさえ、きょとん顔で首を傾げているのだ。ここまで誰も知らないとなると、そもそもそんな禁術は、タニアの創作か妄想ではなかろうかと、セレナは思わず勘ぐってしまう。
(……まぁ、妄想の類だとしても、魔貴族が居た事実は覆らないか……)
しかしそれが実在の魔術かどうか疑ったところで、事態が変わることはない。セレナは静かにそう思考して、改めてタニアのドヤ顔を見詰める。
「ええ、凄い凄い、まさに化物ね、タニアは――あ、ちなみにさ、ヴァンパイアって、詳しく知らないんだけど、グールと同格って、魔貴族の上位種なの?」
セレナはとりあえず話題を変えて、耳慣れない魔貴族の件について質問する。タニアはそんなセレナの言葉に、呆れたように鼻を鳴らしてから、仕方にゃいにゃ、と説明した。
「吸魔鬼――鬼種の中でも、身体能力じゃにゃくて、魔術能力に特化した種にゃ。竜種並の知能と魔術耐性を持ってて、全属性の聖級魔術と、古代魔術を扱う魔貴族にゃ。手強さだけにゃらグールが上にゃけど、魔術一辺倒のセレナじゃ、相性が悪すぎにゃ」
「……全属性の聖級、って簡単に言うわね、タニア……アンタそんな化物を……あんな軽々と倒したっての?」
「相性の問題もあるにゃけど、そもそもあちし相手に、意識が片手間だったにゃ。にゃので、あの結果ににゃるのは必然にゃ。まぁ多少、セレナのおかげもあるにゃ」
さも当然のように言い放つタニアに、セレナは色々と突っ込みたい衝動に駆られる。魔貴族と獣族、いったいどちらが格上なのか、タニアと話していると時折よく分からなくなる。
ちなみに世間一般の常識的には、魔貴族とは全生態系の上位に位置する存在だ。
天族を含むあらゆる人族と比べて、確実に存在の格が上である。だからこそ【天災】と呼ばれるのだ。だというのに、タニアを前にしては、どうやらその常識は当てはまらないようだ。
(まぁ、タニアは一部の例外か――キリア様と同じ規格外のね)
セレナは内心でそう納得しつつ、なるほどね、とタニアに頷きを返して、周囲の人垣を見渡した。円陣を組んで囲んでいる冒険者たちは、全員が畏怖の視線でタニアを見ていた。
「あ、ところで、グールは完全に死んだのよね? それにしては、この異空間、崩れる気配ないけど……どうやって外に出るの?」
「そう言えば、そうにゃ。変にゃ。普通、作成者が死んだにゃら、異空間は崩れるはずにゃ」
セレナの疑問に、タニアもハッとした様子で、うんうん、と頷いていた。その疑問はすぐさま周囲に波及して、円陣を囲む冒険者たちがざわめき出す。
その時突如、アジェンダが瓦解している玉座の方に勢いよく視線を向けた。
「――何者だっ!!」
アジェンダの叫びが響き渡る。なんだなんだ、とセレナとタニアも含めて、冒険者たち全員が反応した。しかし残念ながら、セレナの背丈では囲まれた冒険者たちの身長に満たず、玉座の方に何があるのか見えなかった。
「何者か――その問は、我が貴様らに問いたい。グール討伐だけでも信じがたいというのに、ヴァンパイアとヒュドラまでもを屠るなぞ、およそSランク冒険者の範疇を超えているぞ?」
張りのある低音の声が響いてくる。声の調子からは、壮年の男性に聞こえた。
セレナにはその姿は見えないが、人垣を越えて肌に突き刺さってくる鋭い殺気から、明らかに強者であることが分かる。
「……クッ」
最初に声を上げたアジェンダが、ゴクリ、と喉を鳴らして言葉を呑み込んでいた。恐怖で黙らされた様子である。そんな恐怖は周囲に伝播して、セレナたちを取り囲む円陣が一歩後退した。
けれどその円陣は見事にセレナを目隠ししており、おかげ様で、現れた何者かの姿は依然として見えなかった。
「おい、お前。まさか、この異空間の術者にゃ? つまり、あちしたちの敵にゃ?」
現れた何者かを視認できないセレナとは違って、タニアは何者かを認識できている。身長の問題だとは思うが、少しだけ腹が立った。
セレナはタニアに小声で、何が起きたのよ、と問いかける。それに対して返事はせず、タニアは正面の人垣を割って、何者かと向かい合った。
ぐい、と腕を引っ張られて、セレナもタニアと並んで前に出る。
瓦解して見る影もなくなっている玉座の椅子辺りに居たのは、痩身白髪で唐草模様の甚平を着た猫背の男だった。
その猫背の男は、長い前髪で目元を隠しており、腰ほどまである後ろ髪を一本に束ねて下ろしている。身長はタニアより少し大きいくらいで、およそ180センチと言ったところだろう。鞘に納まった長大な片手剣を右手に握り、荷物を背負うような気軽さで肩に置いていた。
「早く我の問いに答えよ、愚者ども。貴様らは、しがないAランクパーティではないのか? 【S】ランクに該当しているのは【青の聖騎士】アジェンダ・ラ・ドーンだけと聞き及んでいるが、それは誤情報だったのか?」
「にゃぁ、お前。人の話を聞くにゃ――お前、あちしたちの敵で、この異空間の術者かにゃ?」
猫背の男はタニアの質問には答えず、鋭い刃のような殺気を放ちながら、左手で前髪を掻き上げる。前髪に隠されていた双眸は、切れ長で鋭く美しい緑色をしており、燃える炎のような魔力を灯していた。
何らかの魔眼の類だろう。
それを眼にして、同じく魔眼持ちのタニアがさりげなくセレナを庇いつつ、少しだけ腰を落として身構える。
セレナも警戒して視線を逸らしつつ、意識が奪われないよう、なけなしの魔力で全身を包み込む。
「もう一度問うぞ、愚者ども。貴様ら、何者だ?」
しかし猫背の男は、警戒するタニアとセレナなど眼中にないとばかりに、視線をアジェンダたちに向けていた。殺意の矛先もアジェンダであり、タニアの戦意はどこ吹く風と受け流している。
「……チッ、調子乗ってんじゃねえぞ。俺らが何者だろうと、てめぇには関係ねぇ――」
「――確かに、関係ないか。よくよく考えれば、ここで死に逝く者たちなぞ、知る必要がない」
「ぁあん!? 死ぬのはてめぇだろう!! おい、タニア、セレナ! コイツは俺ら『アジェンダの夜明け団』が仕留めるっ!! ここの見せ場は、俺らに譲ってくれっ!!」
タニアが投げた質問を無視して、猫背の男とアジェンダがいきなりハイテンションで口論を始めていた。しかもその空気は一触即発であり、タニアとセレナが間に立っているおかげで、かろうじて戦闘が始まっていないだけという状況になる。
異様に空気が白熱しており、それが当然の緊張感が漂っている。もしや魔眼の特性だろうか、とセレナが思考した瞬間、傍らのタニアの怒りが爆発した。
「黙るにゃッ!!! いま、質問してるの、あちしにゃっ!!! おい『リュウ・ライザ』――お前、あちしの質問に答えるにゃ!! 答えにゃいと殺す――勿論、敵にゃら殺すし、嘘を喋っても殺すにゃ!」
タニアが激昂して叫びを上げる。同時に、威嚇のつもりで【魔槍窮】をぶっ放していた。凄まじい轟音と共に、玉座の間がいっそう崩壊する。
一瞬で辺りは静まり返った。
辺りに満ちていた一触即発の空気は綺麗に消え去り、その代わり圧倒的なタニアの圧力がこの場を支配する。
そうしてたっぷり五秒ほど経ってから、静まり返った玉座の間に、セレナのため息が響いた。緊張した空気が少しだけ緩む。
「……ちなみにタニア、アンタの発言、理不尽極まりないわよ?」
「にゃにがにゃ? あちしは当然のことを――おい、リュウ・ライザ! お前の魔眼が、何かも教えるにゃ! 隠し立ては許さにゃっ!!」
セレナはタニアの剣幕に半ば呆れつつ、チラとアジェンダたちの様子を窺う。
アジェンダたちはタニアの威圧に怖気付いて、いまやもう猫背の男ではなく、タニアだけに意識と視線を向けていた。
洗脳系の魔眼ではないのか。それとも、魔眼のレベルが低いからタニアの一喝で解除されたのか。いやそもそも、先ほどの言い争いは魔眼の特性など関係ないのか――
セレナの頭の中であらゆる可能性が渦巻いた。未知の魔眼に対する警戒は、どれほどしても、し過ぎることがない。
「おや? 獣臭い、と思ったら……よもや、獣人族がいたのか? ん? よく見れば、高級娼婦として価値の高い妖精族も居るなぁ――これは、困ったもんだ。まさかこの戦場に、性処理道具を連れて来る馬鹿が相手とは……」
ふとその時、猫背の男が視線をタニアとセレナに合わせた。そして、いま気付いたとばかりに驚いた表情を浮かべて、露骨な侮蔑の言葉を吐いてきた。
さすがのセレナも、その台詞にカチンと来る。タニアにおいては、あまりにも酷過ぎる台詞だったからか、きょとんと眼を瞬かせていた。
「獣人族の娘、我の言葉が理解できるかは知らんが、頭が高いぞ? 獣人族は獣人族らしく、四つん這いで尻を振って、男にでも媚びていろ。獣人族なんぞ、発情して、尻尾を振って、股を開いているのがお似合いだろう? おっと、そこの妖精族はまだ処女だったか……仕方ない。我が後日、評判の良い娼館を紹介してやる。有難く思え」
「…………にゃあ、セレナ。あちし、いま馬鹿にされてるにゃ?」
タニアが拳を握り締めながら、囁くようにセレナに問いかける。だが、それにどう答えてよいのか分からず、セレナは曖昧に頷くことしか出来なかった。
いま猫背の男が吐いたタニアへの挑発は、爆薬庫に油を撒いてから煙草を吸うことに等しい自殺行為である。それほど死にたいのか、セレナは他人事ながら空恐ろしくなった。
巻き込まれたら死ぬ――それくらい大規模の怒りが巻き起こることが、目に見えていた。
唯一幸いなのは、ここまで露骨に面と向かって馬鹿にされたことがないからか、タニアがまだ台詞を咀嚼できていないことだ。怒りが爆発するのに少しだけ時間が掛かっている。
セレナはそそくさと後退りながら、回避に全力を注げるよう魔力を全身に漲らせた。
アジェンダたちも静かに後退を選択しており、もはや現れた謎の猫背の男など興味すらなくなっていた。タニアの纏う空気が少しずつヒリついてくる。
果たして、点火の合図はあっけなかった。
「獣人族の娘、貴様、随分と発育が良い身体つきだが、尻尾が見えないな? ああ、なるほど、尻尾が小さいから本国に捨てられたのか? だから奴隷になるより他に――」
「――理解したにゃ。お前、死ぬにゃ」
猫背の男の言葉に、ブチン、と堪忍袋の緒が切れる音が響いた。タニアの身体が小さく震える。
(ああ、なるほど……タニアは尻尾が小さいのを気にしてるのね……)
セレナは遠い目をしながら、即座にその場から撤退した。それは我ながらビックリするほど俊敏な動きで、いまだけは身体を襲う激痛も無視出来た。
瞬間、タニアの全身から爆風に等しい魔力が迸っていた。
その魔力波は、暴食鬼が放った極大の魔力球さえ見劣りするほど強力で強烈な勢いだった。巻き込まれたら、いまのセレナでは致命傷を負うかも知れない。
「……強者が冷静さを失ったとき、付け入る隙が出来る。我の勝ちだ」
猫背の男がそんな呟きをしながら、激昂するタニアを見て不敵な笑みを浮かべた。思い描いた展開とでも言わんばかりの表情である。
猫背の男は、すかさず肩に置いていた片手剣を正中線に構えて、流れる動作で鞘を外す。長大な片手剣は、緩く反った片刃の刀で、長さはおよそ2メートル、身の丈を越えるほどの大きさをしていた。
それほど長い刀を眼に見えない速さで素振りしながら、タニアの魔力になんら臆せず、ドシンと待ち構える姿勢を取る――が、それは極めつけの悪手だ。
「殺す――にゃ!!」
タニアの短い怒気が空気に溶ける。刹那、自らの声さえ置き去りにして、一直線に猫背の男へと飛び掛かっていた。
その速度はもはや光だ。
タニアは当然のように【魔装衣】を纏い、拳にすべてを篭めて、一撃必殺とばかりに猫背の男に肉薄する。戦略も戦術も何もない原始的な突撃。
遠目から眺めるセレナでさえも、その攻撃が単調で単純で、どこに着弾するのか、どんな技なのか理解できた。おそらくそれは、猫背の男も同じだろう。まさに想定通りだったに違いない。
けれど猫背の男は、一つだけ致命的な思い違いをしていた。それはタニアの動きを、技術でどうにか出来ると思っていたことだ。タニアをそこらの強者と同一視してはいけない。
タニアが本気で動いたとき、その動きは三英雄キリアにさえ匹敵するだろう。
「――っ、ぐぅ!? ぁ、な、に……」
「塵に、にゃれ!!」
果たして、勝負は一秒に満たず決着する。瞬きの極々僅かな一瞬に、あっけなく終わる。
結果として、受けに徹した猫背の男は、想定を超える速度に対応できず、タニアの拳に心臓を潰されて胴体を貫通されていた。
猫背の男は全神経をタニアに集中させて、万全の状況で受けの構えをしていたのだが、その反応が致命的に遅かったのだ。
「……は、疾、過ぎ――」
猫背の男は、タニアに胴体を貫かれたことを意識した瞬間、風船が割れるみたいに、内側から膨らみ爆散した。
ビチャリと、血と汚物と肉片が周囲に飛び散り、しかしそれだけでは終わらない。
「消滅にゃ!!!」
もし傍らにセレナが居たなら、やりすぎだ、と制止の声を掛けただろう。
けれど、そんな声は誰も発することがない。セレナはとっくに玉座の間など抜けており、城壁の外、森のところに退避している。当然、アジェンダたち他の冒険者も全員退避済みだった。
「にゃぁああ――!!」
さて、そんなタニアの絶叫と共に、ポン、と気の抜けた音が聞こえて、凄まじく眩い白色光が放たれる。白色光はあらゆる物体を貫き、穴を穿ち、爆心地を光で包み込んだ。
それにやや遅れて発生した台風じみた爆風が、100メートル以上離れている城外の森の木々を揺らす。細く弱々しい枝が、次々と風圧で圧し折れていった。
セレナを含めて退避したアジェンダたちは、そんな光景を見てゾッとしていた。巻き込まれていたら間違いなく、跡形も残らず消滅していただろう――
◆◇◆◇◆◇◆◇
結局、突如現れた猫背の男については、何者か、その意図も目的も、何一つ分からず仕舞いとなってしまった。死体も何も残らず爆散している。
ただ分かったことは少しだけ、タニアの【鑑定の魔眼】から判明している『リュウ・ライザ』という名前と、純粋な人族であることだけである。
「『リュウ・ライザ』って、もしかして……【剣王】リュウ・ライザか?」
「ああ、確かに……身の丈を超える長刀を振るう白髪の剣士、噂で聞いたリュウ・ライザの容姿と一致する……だが、だとしたらどうして、あの【剣神会】がここに?」
タニアが共有した情報に、アジェンダと一部の冒険者がざわめき出す。どうやら彼らは『リュウ・ライザ』に心当たりがあるようだ。
しきりに、あの、とか、まさか、と驚きを口にしている。
「んにゃ? 剣王? 剣神、会? にゃんか聞き覚えが……」
すると、アジェンダたちの喋る単語に、タニアの耳がピクンと反応を示していた。セレナは、知ってるの、と首を傾げながら、小声で問い掛ける。
「んん? んにゃぁ……知ってる、ってか……あ! 【剣神会】、【剣王】って、そうにゃ!!」
その時、タニアがいかにも今思い出したとばかりに大声を上げて、ポンポンと手を叩いた。思わずドヤ顔してくるタニアに、セレナは呆れた表情を向けて、良かったわね、と冷たく返す。
「――知り合いなの?」
「知り合い、じゃにゃいにゃ。けど、知ってるにゃ。【剣神会】は、アレにゃ……種族差別が激しい実力至上主義の馬鹿にゃ剣客集団にゃ。アイツら、あちしに昔、喧嘩売ってきたことがあるにゃ。そんとき、確か【剣王】を名乗る馬鹿を殺したにゃ」
「剣客集団ね……【世界蛇】みたいな連中ってこと? タニア、アンタ、今も昔も変わらず、喧嘩売られたら、迷わず買うのね……」
「当然にゃ――にしても、思い出したら腹立ってきたにゃ。にゃんで、あんにゃ雑魚に、あちしは馬鹿にされにゃきゃいけにゃいにゃ!?」
タニアは吐き捨てるように言いながら、先ほどの侮蔑の言葉を思い出して、苛立ちを足元にぶつける。凄まじい威力の地団駄を踏んで、石床にクッキリと足跡を残った。
そんなタニアの怒りを宥めつつ、セレナは、ところでさ、と話題を変える。
「この異空間、全然閉じる気配がないわね。ってことは、さっきのお馬鹿さんは、黒幕じゃなかったってことか……」
タニアの一撃で跡形もなく散っていった猫背の男――リュウ・ライザが現れたところに視線を向けて、セレナは疲れた様子で吐息を漏らす。
結局、異空間を形成している術者は【暴食鬼】ではなかったし、ましてや二体目の魔貴族【吸魔鬼】でもなかった。
となれば必然、まだ黒幕が居るということになるわけだが――
(……監視されてる気配もない。そもそも敵意が全く感じない。ってなると、もうあたしじゃ、お手上げね……)
セレナは疲労で鈍る感覚に活を入れて、周囲の気配に集中する。しかし、ここに生き残っている冒険者たち以外には、何の気配も感じなかった。
一秒でも早く、こんな臭く汚い場所から脱出したいのに、残念ながら脱出の方法が分からない。
「そうにゃ……まぁよく考えれば、あんにゃ雑魚じゃ、土台この広大にゃ時空魔術は展開出来にゃいにゃぁ。この異空間を維持してる奴は、きっと魔王属並みに強いに決まってるにゃ」
「ねぇ、タニア。そんなのと連戦になったら、後は任せるわよ? あたしじゃ、もう無理だから」
「にゃははは――セレナ、体力にゃいにゃぁ」
セレナの弱音を聞いて、タニアがゲラゲラと笑った。
周りのアジェンダたちが深刻な空気を放つ中、二人だけが場違いに普段通りである。
「アンタたち、本当に大物だな……さっきの奴が【剣神会】の【剣王】だったとしたら、実力的には上位の【S】ランカーだぜ? それを軽々一蹴、驚き通り越して、もう恐怖でしかねぇ」
アジェンダが畏怖と尊敬が混じった視線をタニアに向けていた。そんな呟きを耳にして、セレナは、納得したような頷きを見せる。
なるほど、あの程度で【S】ランク上位ランカーか。思っていたよりも【S】ランクのハードルは低いらしい。
「……おいアジェンダ、ちょっと来てくれないか? ここ、転移魔法陣があるぞ?」
ふいに、アジェンダの仲間の一人が声を張り上げる。
見れば、長髪の美形剣士が、玉座の椅子付近で手を挙げていた。ちょうど、リュウ・ライザが現れた辺りだ。
「どういうことだ、アールボール?」
アジェンダが呼び掛けに応じて、小走りで長髪美形剣士の元に向かう。
転移魔法陣、という単語に反応して、セレナは傍らのタニアに目配せした。タニアも猫耳をピクンと動かしてから、セレナに頷きを返すと、すぐさまアジェンダの後に続いた。
「ここ……よく見たら、足元に隠蔽の幻視魔術が施されてて、転移魔法陣が……」
「……確かに、これは……双方向、転移魔法陣か」
アールボールが指し示したのは、玉座の椅子近くにある何もない石床である。その石床に目を凝らしたアジェンダが、神妙な顔で口元に手を当てながら頷いていた。
ふむ、とセレナもアールボールが示す場所を注視する。
そこには言う通り、隠蔽の魔術が施されており、転移魔法陣が刻まれているのが分かる。
「にゃあ、アジェンダ……この転移魔法陣、どうして双方向にゃ?」
タニアが転移魔法陣を覗き込みながら、そんな疑問をアジェンダに投げる。その疑問はセレナも同様に思っていたことだ。
訝しげな顔を向ける二人に、アジェンダは驚愕の表情を浮かべながら口を開いた。
「まさか、知らないのか? 転移魔法陣は、陣形の大外部分に帰還印があるかどうかで、双方向か一方通行か分かる構造になってんだ。これは帰還印があるから、双方向陣だ」
「……へぇ」
アジェンダの回答に、セレナは思わず感心の声を上げる。そんな見分け方があるなど、初めて知った。これにはタニアも頷いている。
「だが、これ……どこに繋がってる転移魔法陣なのか……」
アジェンダとアールボールが神妙な顔で転移魔法陣を眺めている。怖気づいているのか、双方向と分かっているのに、踏み出す勇気はないようだ。
「双方向陣にゃら、とりあえず転移してみるのが正解じゃにゃいのか? にゃにを怖がってるにゃ? 嫌にゃら、あちしとセレナが先に行くにゃ」
タニアがセレナの肩を掴んで、さも当然のように転移魔法陣に足を掛けた。セレナの了承や、心の準備など一切考慮せず、途端に転移魔法陣は起動する。
あ、という気の抜けた声が、アジェンダとアールボール、そのほか生き残った冒険者たちの口から漏れた。
「ちょ、タニア、アンタ少しは躊躇――」
セレナの抗議は最後まで言えずに、二人は転移魔法陣の光に包まれて、気付けば周囲の景色は、玉座の間とはまったく異なる場所に変わっていた。
そんな周囲を見渡して、セレナは、はぁ、と疲れたように溜息を漏らした。
「――してくれるわけ、ないわよね……はぁ」
「にゃんにゃ、ここ?」
セレナと同様に、周囲を見渡したタニアが首を傾げる。
転移魔法陣の先はだだっ広い空洞であり、岩肌が露出した薄暗く黴臭い場所だった。
タニアとセレナ以外に気配はなく、生暖かい風が流れている。低い天井はところどころ穴が開いており、そこが天窓のようになっていて、微かな光が差し込んできている。
「にゃんか、戦闘の形跡があるにゃ……つい最近出来た血の跡も――」
「――ここ、西坑道の奥ね」
タニアが岩肌に触れながらそんなことを呟くが、それに被せるようにして、セレナは答える。辺りを注意深く観察すると、非常に見覚えのある場所だった。
ここは、セレナが煌夜と一緒に冒険者としてデビューした場所、オーガゴブリンの討伐を行った西坑道内で間違いなかった。タニアが指摘している戦闘跡というのがまさに、セレナの攻撃魔術により刻まれた跡である。
「にゃ? 西坑道、にゃ?」
「ええ。入口は、こっちよ」
勝手知ったる何とやら。セレナは迷わず入口側に向って足を踏み出した。
西坑道内はそれほど入り組んでおらず、奥深くともすぐに戻れる程度の広さだ。ゆっくり歩いたところで、十数分も掛からず外に出ることに成功する。
「おぉ――外にゃ。にゃかにゃかやるにゃ、セレナ」
「ええ、お褒めに預かり光栄ね……ん? 何これ?」
西坑道の入口を出ると、タニアがパチパチと拍手して見せる。セレナはそれを軽くあしらって、ふと入口脇に浮かんだ巨大な次元の揺らぎを見つけた。
グネグネと揺れている空間の歪み。
それが球体のまま、まるで風船みたいに中空でプカプカ浮かんでいる。
「――ああ、にゃるほど。これが異空間入口にゃ?」
タニアが浮かんでいる空間の歪みを見て、うんうん、と頷いている。セレナも興味深げに歪みを覗き込む。
異空間の入口は、暴食鬼の巨躯くらいは余裕で通り抜けられそうなほど巨大で、外からでは中がどうなっているか分からなかった。
「よし、確認するにゃ」
「は? 何――ちょ、タニア、やめ――」
異空間を覗き込むセレナの背中をその時、タニアが愉しそうな声と共に思い切り押し出す。またもや強引に、セレナを道連れにして、タニアは異空間の中に飛び込んだ。
次の瞬間、気付いた時には景色が変わっていた。
「タニア、アンタちょっと、何がしたいの? せっかく脱出したのに……」
周囲は見覚えのある深い森。
空はどこまでも澄み渡る蒼天。
目の前には巨大な古城がそびえていた。
古城は背の高い城壁に囲まれており、見渡す限り入口の大扉は見付からない。
セレナはタニアにジト目を向ける。そんな非難をタニアはどこ吹く風と無視して、あれれにゃ、と馬鹿みたいに左右を見渡している。
「……異空間への出口は一方通行みたいね。ここからじゃ戻れないわ」
セレナは何度目になるか分からない溜息を漏らして、いい加減休みたいのに、と奥歯を噛んだ。精神的疲労のおかげで、いっそう身体が重く感じる。
どうやら西坑道から繋がる異空間は、玉座の間に通じる正面扉の前ではなく、ちょうど真裏の城壁辺りに繋がっているらしい。
なんとも面倒だが、正面扉まで回り込まないと、この異空間からは出られないようだ。
「タニア……アンタのせいで戻ってきたんだから、周囲のゾンビは頼むわよ?」
「んにゃ? ああ、コイツらにゃ? はいはいにゃ」
ちょうどその時、森の中からわらわらとゾンビの大群が現れた。その数は、森を埋め尽くさんばかりの大群で、アジェンダたちがこの場に居れば、きっと顔面蒼白になっていたことだろう。
まあ、タニアとセレナを相手にするには、あまりにも役不足であるが――
「さて、と――戻れることが分かったからにゃぁ。お前ら、遊んでやるにゃ!」
戦闘狂の如き台詞を吐いて、タニアは嬉々としてゾンビの群れに飛び込んだ。
それを横目に、はぁ、と今一度疲れた吐息を漏らして、セレナは城壁を背にその場に座り込んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
無傷でゾンビの大群を全滅させたセレナとタニアは、城壁を伝い、正門に回り込んでアジェンダたちと合流を果たす。ちなみに、アジェンダたちは律儀なのか馬鹿なのか、玉座の間から動かず、セレナとタニアが戻ってくるのを待っていた。
戻ってきたセレナとタニアから、双方向の転移魔法陣がどこに繋がっているのか説明を受けたアジェンダたちは、心底一安心した様子になり、セレナとタニアともども異空間から脱出、ベクラルの西坑道に戻った。
そうしてセレナたちは、アジェンダの生き残りを引き連れて、冒険者ギルドに帰還したのである。
「にゃにゃにゃ……やぁっと終わったにゃ。案外、時間潰しちゃったにゃぁ」
冒険者ギルドの受付で報酬の受取を待っていたタニアは、背伸びしながら大あくびした。そんなタニアに賛同しつつ、セレナは疲労が色濃い溜息を漏らした。
「ええ、そうね……意味もなく異空間を出たり入ったり、タニアに付き合ってあげたせいで、もうくたくたよ」
「にゃんと! セレナは団体行動出来にゃい人にゃ? にゃんて勝手にゃ!」
「……勝手、って台詞、タニアにだけは言われたくないわ」
タニアの自己中心的な論理に辟易しながら、セレナはボソリとそんな軽口を口にする。何気なく外を眺めると、ギルドの外は既に真っ暗で、日は沈み切っていた。
時刻はそろそろ十九時を回る。当初の想定よりも確かに、時間が掛かっている。
セレナはもはや、サッサと報酬を受け取って、宿屋で休みたい気持ちしかなかった。
「あらあら、お疲れ様。タニア、セレナ。貴女たち、やっぱり凄いわねぇ。リーダーのコウヤくん不在なのに、魔貴族【暴食鬼】を倒しちゃうなんて――もうギルド内騒然よ?」
「あちしたちを馬鹿にしにゃいで欲しいにゃぁ、これくらいにゃんでもにゃいことにゃ」
受付に現れたガチムチ巨漢が、満面の笑みでタニアたちを称賛する。その称賛を当然のように受け止めてタニアは胸を張った。セレナはそんなタニアに、早く手続きしなさいよ、と脇を突いた。
「はいはい、せっかちにゃセレナにゃ――にゃあ、サッサと報酬くれにゃ?」
タニアは別の受付に並んでいるアジェンダたちを横目に、トントン、と受付を指で叩いた。アジェンダたちは報酬の袋を受け取り、みなで喜びを分かち合っている。
ガチムチ巨漢は、分かってるわよぉ、と腰をくねらせながら、青い布と依頼書を提出するように言ってきた。セレナとタニアはすかさず、それらを受付のカウンターに置いた。
「は~い、ちょっと待ってねぇ」
タニアから依頼書と布を受け取ると、ガチムチ巨漢は見事な足運びで奥へと下がっていく。
「……タニア。これであたしたち、条件を満たしたから、パーティランク【S】になるのよね?」
「多分、そうだと思うにゃぁ。にゃけど、あちしも【S】への昇格手続きは、詳しく知らにゃいから、もしかしたら時間が掛かるかも知れにゃいにゃ」
「え? 時間が掛かる、って……これ以上、遠回りは出来ないわよ?」
タニアとそんな話をしながら、セレナはガチムチ巨漢の戻りを待っていた。すると、手持無沙汰な二人に、ほくほく顔のアジェンダが寄ってくる。
「おう、お二人さん。今回の緊急依頼、本当に助かったぜ! アンタたちが居なきゃ、正直、生還出来なかった……しかもアンタたちのおかげで、俺ら『アジェンダの夜明け団』も、とうとう念願の【S】ランクパーティだ――まぁ、手続きの関係上、【S】ランクとして認められるのは、十日ほど掛かるけどな」
「……ねぇ、ちょっと待って。手続きって、そんな時間が掛かるの?」
「あん? なんだ、知らねぇのか?」
気心の知れた戦友みたいな気安い口調でアジェンダが首を傾げる。その気安さを不快に思いつつも、セレナはタニアをチラと見た。
「あちしたち、昇格手続きについて詳しくにゃいにゃ。分かり易く丁寧に説明するにゃ」
タニアが脅すような威圧をぶつけながら問いかける。一瞬その威圧にたじろぐも、アジェンダは特に反発することもなく、ああ、と頷いた。
「つっても、煩雑な手続き自体は、ギルドがやってくれるから、俺らで何かすることはねぇぜ? 長期間拘束されるってこともないし……だがまぁ、そうだな。手続きに最低限必要なものが、いくつかあるな――」
アジェンダはそこで言葉を切ると、傍らの仲間たちに、先に始めててくれ、と伝えた。仲間たちは親指を立てて、いつものところに居るぜ、と言いながら、ギルドを出て行った。
「――手続きをするうえで必要なものとして、メンバーの通称だな。パーティランク【S】になると、ギルド発行の冒険者番付『百傑』に、パーティ名が載るのは知ってるか?」
「当然にゃ。冒険者にゃら常識にゃ」
「んじゃあ、その『百傑』を見たことはあるか?」
「あるわけにゃいにゃ」
アジェンダの質問に、タニアは自信満々に胸を張った。セレナはそんなタニアの受け答えに、呆れた視線を向ける。
「――え、あ、ないのか? そっか……あー、と。その『百傑』には、パーティ名だけじゃなくて、パーティを構成しているメンバーの一覧が記載されるんだが……リーダー以外のメンバーは、通称を併記する決まりなんだ。通称は、例えばタニアなら、【大災害】だし、セレナだったら、今回の悪魔的所業を思えば、【悪魔の如き妖精族】とか、【緑髪の悪魔】とか、だな――ちなみに『百傑』に記載する通称は、ギルドで審査されるから、適当な名称は却下されるぜ?」
セレナが、勝手に決めるな、と小声で呟く。そんなセレナの呟きを無視して、タニアが疑問を投げた。
「にゃんで通称を記載するにゃ? しかも、にゃんでギルド審査があるにゃ?」
「パーティリーダー以外の実績を、明確に喧伝する為さ。基本的に【S】ランクパーティに所属するメンバーは相応の実力者だろうが――中には、偶然【S】ランクに所属しただけで、実力不相応な輩ってのが居る。そういう輩の実力を区別する為の通称さ。だから通称は、冒険者ギルドで実力に相応しいもので、且つ、本人の通称で間違いないか、過去使用されていないか、とかを審査するんだ」
「……面倒にゃぁ」
「……面倒ね」
アジェンダの説明に、セレナとタニアは面倒くさそうな顔で頷いた。いかにも不思議な仕組みである。なんとも納得は出来ないが、しかしそれが決まりであるならば仕方ない。
セレナは、【悪魔の如き妖精族】とか【緑髪の悪魔】などという不愉快極まる通称以外で、どう名乗ろうかを考え始める。
是非とも格好良い通称を決めなければ――と、思考する傍ら、アジェンダが説明を続けた。
「あと、通称以外には、パーティの活動実績が必要だ。直近のもの、四色の月三巡以内で受注した依頼履歴の一覧を提出する必要があるぜ。履歴は、達成、未達成に関わらずだ。こなした依頼数が多いと、それだけ履歴照会に時間が掛かるが、報告漏れが一つでもあると、手続きが長引くから注意だな。履歴は受注した冒険者ギルドで照会できる……ちなみに、複数の街で活動してると、いちいちその街の冒険者ギルドまで行かなきゃいけないから面倒だ」
それを聞いて、セレナはホッと胸を撫で下ろした。幸いにも、冒険者になってから、依頼はベクラルでしか受注していない。履歴照会は簡単だろう。
「それと、活動拠点の設定だな。パーティランク【S】は、様々な方面から直接依頼が届くことがある。だから、直接の依頼連絡をいつでも受け取れるよう、拠点を用意しておかないと――」
「――拠点にゃら、当てがあるにゃ」
「お、そうか? なら、あとは特にないと思うぜ――っと、んじゃそろそろ俺は行くかな。あ、もし俺らの手が必要なことがあれば、気軽に声掛けてくれな」
その時、ガチムチ巨漢が戻ってきたのを見て、アジェンダは話を切り上げると冒険者ギルドを出て行った。アジェンダの背中に、分かったにゃ、と言葉を投げて、受付に向き直る。
タニアとセレナは、いざ報酬とばかりに目を輝かせて、ガチムチ巨漢を見た。しかしその手には報酬の袋はなく、なぜか依頼書が突き返される。
「……報酬は、どこにゃ?」
タニアが途端に険しい顔でガチムチ巨漢を睨み付けた。同時に、射殺さんばかりの威圧を放つ。
その剣幕と殺気に、ガチムチ巨漢は見た目にそぐわない可愛らしい悲鳴を上げて、ビクリと巨躯を硬直させた。
「……え、えと、申し訳ないのだけど……報酬は、渡せないわ……貴女たち、まだ依頼を達成できていないのよ」
「にゃにぃ!? どういうことにゃ!?」
「――ちょ、どういうことよ!?」
タニアの威圧に怖気ながらも、ガチムチ巨漢がキッパリとそう言った。それに対して、タニアだけではなく、セレナも当然聞き返す。
依頼を達成できていない――そんなはずはない。依頼通り、暴食鬼は退治している。
「ど、どういうことも、何も……まだ、異空間が閉じていないもの……だから、その……これ上の詳細に関しては、ギルドマスターに聞いてちょうだい。ギルドマスターは二階別室に居るから……じゃ、じゃあね」
ガチムチ巨漢は怯えた表情で、もはや何も伝えることはないと首を横に振りながら、逃げるように奥に引っ込んでしまう。
「どういうことにゃっ!!! ふ、ふざけるにゃ!!」
ガチムチ巨漢が逃げたのを見て、タニアが怒鳴りながら、受付カウンターを一撃で破壊した。けれどそんな怒声も破壊行為も、ギルド内に虚しく響いたのみで、誰も反応しなかった。
「……タニア。どういうことよ? 依頼内容は、暴食鬼を退治することでしょ?」
「あちしが知りたいにゃっ! クソッ……エーデルフェルトの奴、何を企んでるにゃ!!」
セレナはタニアに非難の視線を向ける。
依頼書の内容に関しては、タニアがサッサと記入して終わらせていたので、詳細は把握していない。とはいえ、いま手元に戻された依頼書を見るに、達成条件は満たしているように思える。
「問い詰めるにゃ!!」
激昂した様子のタニアは、セレナの視線を尻目に、二階の別室に駆け出した。その剣幕は、今にもエーデルフェルトを殺しかねないほど苛烈なものだった。
「はぁ……もう」
風のようにいなくなったタニアの後ろ姿を見送って、セレナは深い溜息を漏らしてから、二階の別室に向かう。
このまま放置したいが、そうすると【S】ランクにも成れず、きっとタニアには、ギルドマスター殺しの不名誉が授与されるだろう。
「――エーデルフェルト!! お前、ふざけるにゃよっ!!」
セレナが二階まで到達すると、ドガン、と轟音が響いて、別室の中から凄まじい魔力の衝撃が発生した。既にタニアが爆発している様子である。
ふぅ、と小さく息を吐いてから、セレナも別室の鉄扉を開けて中に入った。
別室の中は、殺風景なのは相変わらずだったが、壁のあちこちに、頭部がすっぽり収まるサイズの大穴が穿たれていた。タニアが感情のままに暴れ回った結果だろう。
「黙ってにゃいで、説明しろにゃ!!!」
タニアの怒号が響く。
セレナは、怒り心頭のタニアに胸倉を掴まれて持ち上げられているエーデルフェルトに、冷ややかな視線を向けた。
エーデルフェルトの身体は、何やら爆発に巻き込まれたようにボロボロで、今まさに首を絞められてひどく苦しそうな表情を浮かべている。
「……部屋に闖入するなり……先制攻撃を喰らわせて……何を、説明しろ、というのですか……?」
「にゃんで、あちしたちに報酬を出さにゃい!? あちしたちは、依頼達成したにゃっ!!」
「あ……ああ、そのこと……でしたか……」
「そのこと、じゃにゃい!! お前、調子に乗るにゃよ!!」
苦し気に答えるエーデルフェルトの顔面を、タニアは情け容赦なくグーパンチした。エーデルフェルトは咄嗟に顔を庇ったが、それでタニアの攻撃を防ぎきることなど不可能だ。
ドガン、と爆音を響かせて、エーデルフェルトが勢いよく部屋の奥に吹っ飛んだ。ボールみたいにゴロゴロと転がり、執務机に激突してそのまま崩れ落ちた。
エーデルフェルトの顔面からは盛大に鼻血が噴き出ている。また、タニアが先ほどまで掴んでいた胸倉部分は、ビリビリに破けて、胸元がだらしなく開けていた。
セレナはそんなエーデルフェルトの姿を眺めながら、とりあえずタニアの代わりに冷静でいようと、無事なソファに腰を下ろした。
「タニア、ちょっと落ち着いて――ねぇ、質問なんだけどさ……さっき受付で、依頼がまだ達成されていないって言われたんだけど、どういうこと?」
タニアが追撃の拳を握り締めたのを見て、セレナは制止の言葉を掛けながら、ぐったりとしているエーデルフェルトに質問する。
エーデルフェルトは悲痛な顔で、けれどしっかり意思を持った瞳で、セレナとタニアに視線を合わせた。
「どういうことも何も、そのままの意味です。貴女たちとの契約内容は、『西坑道に出現した異空間に巣食う魔貴族【暴食鬼】を討伐して、異空間を閉じる』こと……現時点で、暴食鬼討伐は確認できておりますが、異空間は閉じておりませんでした。閉じていないのであれば、依頼達成とは認められません」
それが何か、とエーデルフェルトは続けた。その説明に、セレナは呆然と、タニアは憤慨の表情で固まる。
まるで金縛りにあったように、空気が凍り付いて一瞬だけ静まり返った。
「……よく分からにゃいにゃ、もう一度、言えにゃ」
そんな中で、タニアが我が耳を疑ったように問い返した。すると、エーデルフェルトはこれ見よがしに溜息を漏らして、ゆっくりと立ち上がる。
「ですから、貴女たちとの契約内容――ッ!?」
無様な顔のままエーデルフェルトが口を開いた瞬間、一陣の疾風がタニアの背中を直撃する。それに遅れて凄まじい爆音が鳴り響き、無防備なタニアが吹っ飛んだ。
「――は? なに?」
ソファに座っていたセレナは、思わず素っ頓狂な声を出す。タニアを吹き飛ばしたそれは、高々密度に圧縮された風弾だった。
風弾は速度重視の術式をしており、セレナの反応速度よりも疾かった。だがその代わり威力は、甘く見積もっても上級以下だろう。この程度では、不意打ちでもタニアを傷付けることは出来ない。
とはいえ、完全に油断していたので、タニアは風圧の勢いに圧されて部屋の隅まで転がっていた。
「――イリス、お止めなさいっ!!」
「この化物め、セリエンティア様から離れろッ!!」
驚愕の表情を浮かべたエーデルフェルトが、部屋の入口に向って制止の声を投げた。セレナは慌てて振り返り、風弾を放った術者を見つける。
部屋の入口には、お嬢様風の華麗な洋装をした受付嬢イリスが立っていた。必死の表情で両手を突き出して、全力で魔力を集中させていた。
そういえばイリスは、エーデルフェルトの直属の部下と聞いた覚えがある。
恐らくイリスは、ボロボロになったエーデルフェルトと、対峙するタニアの光景を見て、襲われているとでも思ったに違いない。だから助けようとして、攻撃したのだろう。間違いではないが、勘違いでもある。
タニアには、エーデルフェルトを害する気などない。
(……けど、これでタニアに火が点いたら、あたしじゃ止められないわよ……)
セレナはひやひやしながら、吹っ飛んだタニアを見た。
転がってうつ伏せになっているタニアは、どう反応するべきか迷っている様子で、とりあえず出鼻を挫かれた感を出している。
良かった。イリスに対する怒りは、まだないようだ。
「このまま、死に失せろぉ!!!!」
ところが、セレナがホッとしたのも束の間、何をとち狂ったのか、イリスが大声を張り上げながら、巨大な炎の竜を顕現させた。
炎属性の上級攻撃魔術【炎竜】である。
直撃すれば火傷では済まない威力のそれを、イリスは一瞬も躊躇わずに別室の中へと解き放つ。タニア目掛けて――ではなく、エーデルフェルトも巻き添えに、別室ごと消滅させんばかりの規模と勢いだった。
「……意味不明ね」
セレナは首を傾げつつ、すかさず水属性の中級結界魔術【水壁】を展開して【炎竜】を相殺させた。魔術の位階は一段階違えども、圧倒的な実力、魔力精度の差で【炎竜】は容易く霧散する。
ジュアァ――という音と共に、別室の中には蒸発した水分が湯気となり立ち込めた。一瞬にして、まるでサウナの如く、別室内の温度が上昇した。
「な――チィッ!! この計画外の化物ども――ぁ、ぐぁっ!?」
「死ぬのは、お前にゃ」
湯気で白く煙る別室内に、悔しそうなイリスの声と、タニアの吐き捨てるような声が聞こえた。
それを耳にして、セレナは、遅かったか、と現況を少しだけ嘆いた。
「ぐぁ……ご、ほっ……ぁ、ぅ……」
次いで、ゴホゴホ、と苦しそうに咳き込むイリスの声が聞こえて、バタリと倒れ込む音が続いた。室内に血の臭いが充満する。
「……イリス……どうして?」
しばらく経って湯気が失せた後には、ぐちゃぐちゃになって水浸しの室内と、胸元を貫かれて絶命しているイリスの姿があった。
物言わぬイリスを見て、エーデルフェルトが悲痛な表情を浮かべていた。
そんなイリスの亡骸の前には、右手を血塗れにしたタニアが涼し気な表情で立っている。罪悪感など欠片も感じていない様子で、不思議そうに首を傾げていた。
――とはいえ、罪悪感も何も、タニアからすれば完全に正当防衛だ。
実際に【炎竜】が直撃してダメージを負ったかどうかは置いておいて、イリスは間違いなくタニアに殺意を向けていた。殺意を向けたうえで攻撃魔術を放ったのだから、反撃で殺されても文句など言えるはずはない。
(……まぁ、過剰防衛だけどね)
セレナはチラとそう思ったが、口には出さなかった。
「にゃぁ、エーデルフェルト……コイツ、何だったにゃ? いきにゃり攻撃してきたにゃ」
イリスの胸を貫いたタニアが、悲し気な様子のエーデルフェルトに問いかけた。エーデルフェルトは沈んだ声で答えた。
「……彼女はイリス……私の部下です……恐らく、私を助けようとしたのでしょう」
「助ける? にゃにから助けるにゃ? あちしを攻撃した理由は何にゃ?」
「――タニアから助けようとしたんでしょ? アンタ、やりすぎよ」
心底不思議そうに首を傾げるタニアに、セレナがソファから身体を起こして突っ込んだ。その台詞には、心痛の表情でエーデルフェルトも同意した。
タニアは納得いかないとばかりに難しい顔をして、しかしすぐさま気持ちを切り替えた。
「よく分からにゃいけど、もういいにゃ――で、さっきの話の続きにゃ。にゃんで、あちしたちに報酬を渡さにゃいにゃ。依頼が未達成ってどういうことにゃ?」
イリス殺害にまったく頓着せず、何事もなかったように話を蒸し返すタニアに、エーデルフェルトは恨めしい視線を向けつつ、先ほどと同様の答えを返した。
「契約内容――貴女たちが受注した緊急依頼の内容は、『西坑道に出現した異空間に巣食う魔貴族【暴食鬼】を討伐して、異空間を閉じる』こと。現時点で、異空間は閉じておりません。異空間が閉じていないので、依頼達成とは認められません――つまり貴女たちの依頼はまだ終わっていません。異空間を操作している術者を見つけて、殺すまでが依頼内容となります」
エーデルフェルトはキッパリと断言した。その言い切り様にタニアは露骨に苛立ち、舌打ちと同時に、ダン、と壁に拳大の穴を穿つ。
「にゃらどうして、あちしたち以外は報酬を受け取ってたにゃ!? 報酬を受け取れるってことは、依頼達成じゃにゃいかっ!!」
「――非常に残念ですが、タニア。彼らの受注した依頼内容は『ベクラルを脅かす魔貴族【暴食鬼】の討伐』です。そちらは達成できていますので、当然報酬はお支払いします」
「にゃ――に!? グールの討伐、だけにゃ!? にゃんで、あちしたちと条件が違うにゃっ!!」
タニアが全身から凄まじい殺気を放った。けれどエーデルフェルトは冷静に返す。
「――タニアたちが受注した依頼書は、緊急依頼内容を盛り込んだ別件の契約です。もちろん緊急依頼としての側面もありますが、緊急依頼とは異なる内容となっておりました」
「詐欺にゃっ!! ふざけるにゃっ!!」
「どう喚かれようとも、契約は契約です。仮に私を殺したところで、覆ることはありません」
エーデルフェルトの言葉に、タニアが殺気だけではなく、極大な魔力を放った。それは冒険者ギルド全体を崩壊させかねないほどの魔力量だった。
癇癪で建物を破壊する気か――と、セレナは慌てる。
「ちょ、タニア。落ち着きなさいよ! ねぇ、確認だけど……じゃあ、異空間を閉じさえすれば、依頼は達成になるのよね?」
セレナの問いに、エーデルフェルトは無感情な表情で頷く。
「ええ、達成となりますが――急いだほうが宜しいかと存じます。依頼期限は明日の十時迄です。それまでに達成出来なければ、貴女たちの受注した緊急依頼は未達成で登録されます。当然、報酬は出ませんし、逆に指名手配させて頂きます」
「「――はぁ?」」
ピシャリと言い切るエーデルフェルトに、タニアとセレナは同時に疑問を口にした。指名手配とは穏やかではないし、その理由が分からない。
「先ほどのイリス殺害により、私が貴女たちを指名手配いたします。貴女たちは、私怨によりギルド職員を殺害した無法者ですので――」
「にゃ!? さっきのは正当防衛にゃ!!」
「正当防衛? どこが、でしょうか? タニアはあの程度の火力で、ダメージを負ったのでしょうか? そもそも、セレナが魔術を打ち消していたので、その時点で、防衛には当てはまらない状況だったと思われます」
「にゃにゃにゃにゃ!!!」
「なっ――何よ、それっ!?」
脅すような交渉の仕方に、タニアのみならず、セレナも怒り心頭になった。イリスを殺したことに対して確かに負い目はあるが、それにしたって酷い言い草である。
「貴女たちは、私の大切な部下を、弁解の余地なく殺したのです。当然、恨みがあります――とはいえ、私の方も半ば騙すような契約を結ばせてしまった負い目があります。ですので、貴女たちが契約を果たして、依頼達成できれば――【S】ランクの手続きも含めて、イリスの件は不問とさせて頂きましょう。これが最大の譲歩です」
「詐欺にゃ、詐欺!! お前、死にたくにゃければ、いますぐ契約を書き直すにゃっ!!」
「これ以上の譲歩は出来ません。また仮に私が死んでも、締結した契約は覆りません」
タニアがギリギリと奥歯を噛んで、血が滲むほど拳を握り締めていた。
もはやエーデルフェルトには、駄々をこねても、脅しても、何を言っても無駄であることを悟ったのだろう。当たり散らすことなく、必死に怒りを堪えている。
やり場のない怒りは、タニアの全身から凄まじい魔力となって放出されていた。ビリビリと肌に痛いほどの、空気を痺れさせる魔力が部屋を満たしている。
「――止めなさいよ、タニア」
そんなタニアを見かねて、セレナはタニアの後頭部を殴りつけると、行くわよ、と腕を引いた。
「納得は出来ないけど、分かったわ。要は明日の十時迄に、異空間を閉じればいいんでしょ?」
「ええ、そうです。異空間が閉じていることを確認すれば――『コウヤと頼りになる愉快な仲間たち』が受注した緊急依頼は、見事に達成とさせて頂きますし、指名手配も取り消しましょう。むろん、報酬もお渡しいたしますし、【S】ランク手続きも行います」
「タニア、もう用はないでしょ。サッサと黒幕を仕留めるわよ」
その言葉に、タニアはいかにも納得いかない表情だったが、嫌々ながらも頷いた。放っている凄まじい魔力もいったん抑えて、無言のままセレナの誘導に従う。
こうしてとりあえず、セレナは冒険者ギルドを後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
セレナとタニアは、少しだけ宿屋で頭を冷やしてから、西坑道奥にある双方向転移魔法陣を使用して、異空間とベクラルを行ったり来たりしていた。
異空間を閉じる方法、もしくは黒幕である異空間の術者を探す為、休憩など一切挟まずに徹夜でずっと調査を繰り返した。だが結局、それらしき手掛かりは見付からず仕舞いとなる。
――まあ、それもそのはずだろう。
実は宿屋で頭を冷やしていた時点で、既に西坑道の異空間は閉じていたのだ。
しかし残念なことに、二人は視野が狭くなっていて、それに気付けなかったのである。
それに気付かなかった二人は、そうして異空間を閉じる為に奔走して、結果、時間と体力を浪費していしまう。さらには、結局、依頼未達成で終わったと勘違いした二人は、意気消沈した状態で、約束の十時に冒険者ギルドに顔を出した。
そしてそこで、依頼達成していることを知るのである。
二人は思わぬ僥倖に喜んだ。そして、報酬を受け取れたことに満足して、精神的にも体力的にも疲れていたことから、その日、クダラーク行きの魔動列車に乗ることは断念する。
もはや一日くらいなら影響がないだろうという判断と、ついでに【S】ランク手続きを終わらせようという思いで、ベクラルの滞在延長を決断したのだ。
けれど実際、前者の判断は間違っていなかったが、後者の判断は誤りだった。
【S】ランク手続きは、結局、手続きできなかった。実は手続きに必要なものとして、リーダーの持つパーティの徽章と、リーダーの存在自体が必要だったのである。
つまり、セレナたちだけでは何の手続きもできなかった。
こうして、一日余分に無駄な滞在をして、都合、丸二日、ベクラルで時間を潰す羽目になってしまったのである。
ちなみに余談だが、生還したアジェンダたちが酒場であることないこと語ったこと、イリス殺害がどうしてかセレナの魔術によるものだと誤解されたことで、いつの間にか預かり知らぬうちに、セレナの異名が【緑髪の悪魔】で浸透していた。