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神隠しに遭ったら、異世界に居ました。  作者: 神無月夕
第十章 魔神召喚陣
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第七十話 タニア、暴走する

タイトル修正

本文は何も変更しておりません

 

「これが証拠かしら――あ、勿論これは、コウヤ様からお預かりした大事な物ですわよ」


 デイローウ大樹林に踏み入れようとした矢先、突然目の前に現れたドレス姿の天族――ディド、と名乗る彼女は、セレナたちに見覚えのあるネックレスを差し出してきた。

 そのネックレスは、紛れもなく『コウヤと頼りになる愉快な仲間たち』のパーティーの証である。


(……敵意も、感じないし……このネックレスを持っているってことは……少なくとも敵じゃ……ない?)


 セレナはディドの差し出すネックレスを見てから、マジマジとディドの容姿を見詰める。

 本人の宣言通り、ディドからは敵意の類は一切感じず、戦意もまったくないようだ。タニアの強烈な威圧を前に、隙だらけで無防備に振舞っている。


(……それにしても、信じられないくらいの美女……キリア様より、綺麗かも……)


 敵意のない無抵抗なディドの態度を前に、セレナはつい気が緩んで、ディドの容姿に目を奪われてしまった。知らず知らずのうちに息を呑んでしまう。

 それほどまでに、近くで見たディドの相貌は美麗だった。同性のセレナから見ても、思わず絶句してしまう程度には美しい。美の女神を名乗ってさえ違和感はないだろう。

 月明かりを浴びて、キラキラと煌めく縦ロールの白金髪。

 陶磁器を思わせるほど滑らかで、きめ細かな雪色の素肌。

 背丈はセレナより少しだけ高い程度だが、腰の位置が高く脚が長いからか、パッと見では、タニアと並び立つほど高身長に思える。

 タニアも殺したくなるくらいにスタイル抜群だが、ディドはそんなタニアよりも、完璧という表現こそ妥当に思えるほど黄金比のスタイルをしていた。

 そして、そんな完璧なスタイルと美貌がまた、そのお姫様じみたドレス姿に似合っていた。

 滲み出ている風格と、一つ一つの流麗な仕草が、まさに一国の王女様にしか見えない。


(あ……王女って言えば、そういやタニアは、これでも獣族の王女様なんだっけ?)


 ディドの美貌に意識を奪われていたセレナは、ふとそんな下らないことに気付いて、傍らのタニアに視線を向けた。

 美貌だけならばなんら遜色はないが、立ち居振る舞いや言動を鑑みると、とても王女には思えないタニアである。


「……これ、あちしたちの、パーティの徽章にゃ……お前、まさか――コウヤを、どうしたにゃ!?」


 さて、セレナがそんなことを思いつつタニアを見たとき、突然、タニアは驚愕と共に声を張り上げる。しかも同時に、全身の毛を逆立てながら、怒りをあらわに本気の魔力を解き放った。


「――――は?」


 ディドがきょとんとした顔で、呆けたような声を漏らす。けれど、それは当然な反応だろう。

 タニアの性格をある程度理解しているセレナでさえも、今回のタニアの行動は理解できず、一瞬、完全に思考停止してしまった。

 だが、激昂状態で【魔装衣】を展開したタニアを見て、セレナはハッと我を取り戻した。


「ちょ――タニア、アンタ正気!?」


 セレナは慌てて、タニアがやろうとしている馬鹿げた破壊行為に気付いて、信じられない、と叫びを上げた。しかしその叫びは、当然のように一蹴された。


「あちしは、どこからどう見ても正気にゃっ!! 変態天族のお前、よくもコウヤから、これを盗んだにゃあ!! 制裁を加えてやるにゃ!!」


 タニアは流れる動作で【魔槍窮】の構えをして、その射線上に停車中の魔動列車があるにも関わらず、一瞬の躊躇もなく右拳を振り抜いた。


「――【魔槍窮(まそうきゅう)】にゃ!!」 


 セレナは舌打ちしつつ、巻き込まれないよう咄嗟に、その場から大きく飛び退いた。タニアの魔槍窮の威力は、軽く見積もっても聖級魔術以上である。


「この――クソ馬鹿、狂猫っ!」


 セレナはグッと瞳を閉じて頭を抱えて、来る衝撃に備えつつ、忌々しげに口の中で呟いた。誰にも届いていないほど小さな囁き。思わず口を突いて出てしまったセレナの本音だった。


(なんでこの狂猫は、地頭が良いくせに……こういう時に、冷静な思考が出来ないのよっ!?)


 セレナは心の中で嘆かずにはいられなかった。これだから【大災害】なる不名誉極まりない通り名を付けられるのだろう。

 これは完全にタニアの暴走だ。無意味すぎる破壊行動である。

 ディドという天族は、確かに胡散臭い。味方であると断言できる要素はない。だが、初対面であるセレナとタニアの名前を知っているのみならず、別行動している煌夜の仲間だと理解しているうえ、パーティ徽章のネックレスまで持っているのだ。少なくとも、煌夜の関係者であることは間違いない。

 そして、敵かどうかを見定めるならば、ここまで無防備にタニアたちの前に姿を曝せる時点で、敵ではないだろう。


(……というか……タニアの心配は有り得ないでしょ……コウヤからネックレスを盗んだとしたら、それはヤンフィ様から盗んだってことよ……それが出来るとしたら、むしろ無策に噛み付くべきじゃないわよ……)


 セレナは冷静にそんなことを思いながら、いまだにやってこない衝撃に疑問符を浮かべて、チラと片目を開けて状況を眺めた。


 果たして目の前には、セレナが想像したような悲惨な光景はなかった。


「――お前、よくもあの距離で、あちしの魔槍窮を逸らせたにゃぁ」

「ハッキリ……言わせて貰おうかしら……貴女、頭、おかしいですわよ? 話し合いさえせず、いきなり辺り一面を灰燼に帰そうとするなんて――ワタクシも人界の常識はあまり知りませんけれど、それにしてもこれは、信じられない所業かしら」


 セレナの前には、フーフーと鼻息荒く呼吸するタニアと、困ったように眉根を寄せて頭を抱えている無表情のディドがいた。ディドの後方に停車している魔動列車も無傷である。

 セレナは目を見開いて状況を再度確認する。

 まさかタニアが本気で放った魔槍窮を、あの近距離で防いだのか――と、そう思った瞬間、夜空に盛大な爆音が鳴り響く。


「え――あ、そういうこと?」


 見上げれば、魔力の粒子がパラパラと散っている。なるほど、どうやらディドは魔槍窮を防いだのではなく、その軌道を変えて夜空に逸らせたらしい。

 防ぐよりかは、幾分か現実的な方法だろう。だが、そう考えたとき、ふとセレナは首を傾げた。

 超高速で真っ直ぐと飛び掛ってくる槍状の魔術塊を、どうやったら逸らせるというのか。少なくとも、セレナではどうしたって不可能だろう。

 そんな思考の最中、ディドが冷静な声音でタニアに語りかける。


「タニア、貴女……満足に会話すら出来ないのでしたら、コウヤ様に相応しくないかしら。確かにその戦闘力だけならば、ヤンフィ様にも匹敵するやも知れませんけれど――」

「――にゃにぃを!! にゃんでお前如きに、値踏みされにゃいといけにゃいにゃ!? 調子に、乗るにゃぁあっ!!!」


 激昂しているタニアは、全身を【魔装衣】で包み込んで、完全に心も身体も戦闘態勢になった。ちなみに、その叫び声と共に、先ほどと変わらぬ動作で、ふたたび魔槍窮の構えを取っている。

 一方で、対峙しているディドは、いつの間に着替えたのか、黄金色のドレス姿になっていた。そのドレスは淡く金色の光を放っており、表面から光の粒子を零している。

 また、どこから取り出したのか、その左手には巨大な長弓を構えていた。しかも、長弓を引き絞っている右腕には銀色の籠手が装備されており、その籠手からは光り輝く矢が生成されている。


(……何、あれ? あんな弓で、魔槍窮をどうにか――っ!?)


 タニアは迷いなく、先ほどと同じ――否、より強力な魔力を篭めた魔槍窮を放った。それは、ディドを呑み込み、背後に停車する魔動列車を吹き飛ばさん勢いの攻撃である。

 けれど、そんな死神の鎌に等しいタニアの魔槍窮を前に、ディドは静かに弓に番えた光の矢で迎撃しようとした。

 ディドの番えた光の矢も、恐らくは上級以上、もしかしたら聖級に匹敵する威力かも知れない。しかしそれでタニアの魔槍窮は相殺できない。

 セレナはそう確信していたが、次の瞬間、我が目を疑ってしまった。


「……まったく……本当に、戦闘力だけならば……ヤンフィ様並、かしら」


 ディドは溜息混じりにそう漏らしつつ、番えた光の矢を凄まじい速度で連続に射たのである。それこそ番える瞬間など見えないほどの高速で、放たれる矢はまさに驟雨である。

 一撃一撃が上級だったとしても、それが千も万も束ねられれば、威力は容易に聖級を超えるだろう。

 実際、一矢二矢ではまるで応えなかった魔槍窮も、数万を超えるその連続射撃に、どんどんと軌道をズラされていき、結果、夜空の彼方へと逸れていった。

 セレナはその一部始終を目の当たりにして、それでも信じられないと目を擦る。


「ヤバイ……あの天族も、異常に強い……」


 セレナは無意識に、ディドのその強さに身震いしながら感想を口にしていた。

 これがセレナならば、どんな防御魔術を多重展開しようと、タニアの魔槍窮を防ぐことなど出来はしない。そもそも、逸らす、なんて発想さえ持てずに終わるだろう。

 戦闘センスもさることながら、ディドはセレナよりも圧倒的強者であるようだ。


「セレナ、お前は隠れてるにゃ――コイツは、あちしが殺す!!」


 すると、ディドの強さに戦慄しているセレナに、タニアが力強い言葉を告げる。それを耳にして、ディドはいっそう眉根を寄せた困り顔になった。


「…………ワタクシ、貴女たちと話をする為にここに居るのですけれど……少しだけ、冷静になってくれないかしら?」

「あちしは冷静にゃっ!! いくにゃ――【魔槌牙(まついが)】っ!!」


 これほど場が張り詰めているにも関わらず、ディドはまだ話し合いを口にする。

 けれどそれを聞き入れるタニアではない。ことここに至ってしまったら、もはやタニアは止まらない。


 セレナが瞬きした一瞬に、タニアはディドの背後まで移動していた。

 そして足音さえ鳴らさず、軽やかな跳躍でディドの頭上に飛び上がり、右拳を高く高く振り上げた。その右拳には、暗闇が歪むほどの極大な魔力が篭められている。

 あれは対象の半円範囲を圧殺させる強力な重力技――【魔槌牙】と呼ばれるタニアの魔闘術の一つである。牙状の魔力が、対象に噛み付き、瞬間、爆発する魔力が辺り一面をぺしゃんこに押し潰す。

 タニアはそれをディドに向かって振り下ろした。

 セレナも直接味わったことがあるから分かるが、アレは防ぎようがない技だ。一度受けに回れば、凄まじい重力に拘束されて、身動き取れずに地面にめり込むことになるだろう。

 それゆえに、何があろうとアレは回避しなければならない。かといって、そのことに気付いたところで、結局、タニアの反応速度から逃れる術はないだろう。


「――チッ!」


 実際ディドは、タニアの素早さを目の当たりにして回避するのを諦めたようで、舌打ち混じりに長弓を頭上に構えていた。迫り来る牙状の魔力に、先ほどの魔力矢の雨を中てるつもりのようだった。

 確かに、回避できないから防ぐのではなく、同程度の攻撃をぶつけて相殺を狙うのは英断だろう。

 ディドのそれは、魔槍窮を逸らすことにも成功するほどの威力がある。魔槌牙を打ち消せる可能性は充分にある。

 タニアはそんなディドの行動に、驚愕の表情を浮かべて目を見開いていた。タニアからすると、だいぶ想定外の動きだったらしい。咄嗟に、空中で姿勢を変えてディドから距離を取っている。


 そして次の瞬間――タニアの魔槌牙は、ディドの魔力矢の連射によって、凄まじい爆発を発生させつつ掻き消された。

 まったく信じ難いことだが、あの至近距離から切り返して、相殺させたのである。

 セレナはその結果に、ほぅ、と思わず溜息を漏らしていた。


「にゃるほど。お前、そこそこ手強いにゃぁ」

「……誉めて頂き、恐縮かしら……けれどそれよりも、ワタクシと話をしてくれないかしら? ワタクシ――」

「――あちしに勝てたら、話を聞いてやるにゃっ!!」


 華麗なバック転で距離を取りながら、タニアは楽しそうな声でディドに返事をしていた。まるで話など聞く気はないようだ。

 セレナは、肩を落として溜息を漏らすディドに心底同情した。ディドはこの状況に至ってさえ、まったく戦意を感じさせなかった。


「…………まさか、ここまで話が出来ないとは……」


 タニアは20メートルほどディドから距離を取ると、ふたたび魔槍窮の構えを見せる。その構えを前にして、ディドは天を仰ぎ見ながらそんな台詞を吐露していた。


「あ、ちょ、ちょっと、タニア!! その位置じゃ、あたしも巻き込まれる――って、馬鹿っ!!」

「今度は、打ち消させにゃいっ!!」


 タニアの構えの直線上には、森側に退避していたセレナがいる。これではディドが避けたら、セレナに直撃するコースである。

 セレナは慌てて、タニアに制止の声を掛けるが、しかしタニアはそんな掛け声程度で暴走を止めるような繊細な生物ではなかった。


「――――ヤ、ヤバッ!!」

「仲間さえも巻き込む非道……会話も成り立たない知性――コウヤ様には、相応しくありませんわ」


 タニアはセレナなど気にせず、渾身の全力を篭めた魔槍窮を迷わずに振り抜いた。

 それは先ほどの魔槍窮より疾く、より巨大で、より破壊的な威力を持っていた。避けなければ、セレナは間違いなく死ぬだろう。

 ゴゥ、と風を切って、死神の一撃がディドの正面、ひいてはその背後にいるセレナ目掛けて迫ってくる。セレナは、全魔力を集中させて防御魔術を展開しつつも、射線から少しでも逃れようと全力で横跳びする。

 セレナの身体能力では、タニアの魔槍窮を見てから避けるなんて芸当は出来ない。たかだか数十メートル程度の距離では、完全な回避行動は間に合わない。


「にゃにぃ――っ!?」


 そのとき、タニアの驚きの声が辺りに響き渡る。

 果たして、超ド級の魔槍窮は、セレナまでも到達していなかった。


「――――え? まさか、あれ……ミリイの、【多重位相式魔牢結界】?」


 セレナはその光景に目を見開いた。そこには、悠然と無傷で立っているディドと、そのディドを包み込む分厚い魔力の球体があった。

 球体は、軽く1メートルはあろう厚みを持った超高密度の魔力であり、タニアの纏っている【魔装衣】にどことなく似ていた。

 そしてそれは、直撃した魔槍窮を軽々と受け止めており、次の瞬間、空間を歪ませながら全てを飲み込んで相殺させた。


「見たことにゃい、魔術にゃ……何にゃ、今の?」


 信じられない、とタニアが驚愕の表情を浮かべている。しかしそれは当然だろう。

 タニアの渾身の魔槍窮を、ディドはその魔術で完璧に防ぎきったのだ。あの魔槍窮の威力は、最低でも聖級以上あった。それを相殺させる魔力の壁、つまりそれは、同様に冠級に匹敵するやも知れない魔術である証左だろう。

 一方で、セレナも驚愕していたが、それはタニアとはまったく別のところであった。セレナの驚きは、ディドの展開した魔術が、見覚えのあるものだったからである。


 セレナの脳裏に、懐かしい同胞の顔が浮かび上がる。


 その魔術は、セレナと同郷の妖精族――ミリイが編み出したオリジナル魔術だった。

 ミリイは、同郷の中でも類稀な魔力操作技術を誇り、天才的な戦闘勘を持っていた。セレナの幼少期の教育係でもあり、セレナが育った郷の中では最強の妖精族だった。けれど或る日、キリアの目覚しい活躍に触発されて、突如、冒険者になりたいと郷から旅立ってしまった。

 そんなミリイが、一度だけセレナに見せてくれた究極にも思える結界魔術――名称を【多重位相式魔牢結界】と名付けていた。

 それは、中級魔術の魔牢を、何百、何千、何万と幾重にも重ね掛けしつつ、その魔牢の表面部分を、高圧縮した魔力の膜で包み込むことで、あらゆる攻撃を防ぎ、物理的質量を持たせた魔力の球体である。


「……どうして、それを……?」


 セレナは平然とした表情のディドに質問する。けれどディドは、そんなセレナを一瞥すると、すぐさま正面のタニアと向かい合い、今一度、口を開いた。


「タニア……ワタクシ、もはや、貴女と話し合うのは、諦めるかしら――かと言って、任務放棄するわけにも参りませんので……恥かしながら、逃げたいと思いますわ」


 ディドはわざわざ逃亡すると宣言して、タニアにこれ見よがしな溜息を吐いた。すると当然、タニアは逃がさないとばかりに、グッと脚に力を篭めて、刹那、瞬間移動にしか思えない速度で、ディドの背後を取っていた。


「逃がすわけにゃいにゃ――【魔突掌】っ!!!」


 タニアは叫び声と同時に、ディドの背中――ドレスから露出している素肌に掌を押し当てる。それは零距離から放たれる必殺の魔闘術だ。

 避けることも受けることも出来ないその致死の一撃は、しかし炸裂できずに不発で終わった。


「――へっ!? え……き、えた?」

「にゃ――っ!? ど、どこに、消えたにゃ!?」


 タニアの掌が素肌に触れたと思った瞬間、スゥ、と煙が空気にたなびくように空間が歪んで、ディドの姿はその場から綺麗サッパリ消え去っていた。

 タニアは勿論、セレナも何が起きたのか分からず、混乱しつつ周囲を見渡す。


「……どこにも、居ない?」

「くっ――に、逃がした、にゃぁ!!」


 注意深く辺りを見渡すが、ディドの姿はおろか気配さえまったく感じない。それはタニアも同じようで、魔装衣は解かずに全神経を集中して索敵していたが、見つけられなかったようだ。

 タニアは心底悔しそうに地団太を踏んでいた。


「くそ……コウヤからネックレスを盗んで、あちしたちに交渉に来るにゃんて……アイツ、タイヨウの手先かにゃにかにゃ?」


 ひとしきり悔しがったタニアは、ギリギリと歯噛みしながらそんなことをのたまった。そんなタニアの台詞を聞いて、セレナはハッと我に返る。


「――って、そうよ、この狂猫っ!! いきなり何を喰い付いてんのよっ!! いまの天族――ディド、だっけ? あの天族、明らかにコウヤの関係者でしょ!?」

「にゃ、にゃっ!? セレナ、にゃにを興奮してるにゃっ?」

「興奮も、何も――チッ、この……本当に……はぁ」


 セレナはタニアの胸倉を掴んで、怒り心頭に怒鳴りつけるが、タニアはキョトンとして首を傾げた。そのあまりの見当違いの反応に毒気を抜かれて、舌打ちと共に諦観の溜息を吐いた。


「あのさ、タニア……コウヤからパーティ徽章の刻まれたネックレスを盗むってのが、どれだけ不可能に近いか、分かってるの?」

「にゃにゃ? どういうことにゃ?」

「コウヤの身体には、ヤンフィ様が宿ってんのよ? つまり、コウヤが首に掛けてたはずのそれを盗むってことは、必然、ヤンフィ様から奪うってことよ? アンタ、出来るの?」

「……そういや、そうにゃぁ。ボスから奪うにゃんて、あの程度の実力じゃあ無理にゃぁ」


 セレナは冷静に事実を口にすると、ようやく気付いたとばかりに、タニアは手をポンと叩いていた。思い込むと、想像以上に短絡思考になるようだ。


「そうにゃると……アイツ、ボスからの伝令か、何かにゃ?」

「あのさ……あの天族、自分のこと『伝言役』って、ハッキリ言ってたわよ? それをどうして、殺そうとするのよ?」


 タニアにジト目を向けると、タニアは明後日の方向を向いて、誤魔化すように口笛を鳴らした。


「あ――それにしても、にゃ。アイツ、どうやって逃げたにゃ? 突然、消えるにゃんて……それに、見たことにゃい魔術まで使ってたにゃ……」


 強引な話題転換に、セレナは呆れ顔を向けつつ、さあ、と興味なさげに首を傾げる。


「大方、天族特有の異能じゃないの? 珍しい幻視魔術を使ってたとこを思えば、姿とか気配を隠遁する類の異能じゃないの?」

「ああ、そうにゃ。天族ってそうだったにゃ。特殊な異能持ちにゃ……にゃるほど、ありえるにゃ」

「はぁ……で、どうする? このまま先に進む? それとも、ここで少し待機しておく?」


 セレナは肩を竦めつつ問い掛けると、タニアは悩ましげに眉根を寄せて、どうするかにゃ、と空を仰ぎ見ている。

 到着してから何だかんだと、そろそろ一時間ほどが経とうとしていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 リビングの空間が一瞬だけ歪んで、何もない闇の中から、光り輝くドレスを纏ったディドがパッと現れた。あまりにも不思議な光景だったが、そこには誰もいなかったので、驚く声は上がらない。


「……はぁ――っ、ぅ……はぁ、まったく……あれほど、(たが)が外れているとは……想定外でしたわ……」


 ディドはそんな独り言を呟きながら、フラフラとした足取りでソファに倒れ込む。珍しくも無表情を疲労で歪めて、その息も切らせていた。

 それほどまでに、タニアとの戦闘は厳しかった――というよりも、一手間違えば、逃げる間もなく死ぬところだった。

 逃げることが出来たのは、ひとえにタニアが余裕を見せていたからである。

 会話が成立しないほど狂っているくせに、戦闘に関してタニアは、これ以上ないほど正気だった。ディドも今まで多くの強敵と対峙してきたが、あれほど何をしても勝てないと思ったのは初めてである。


「嗚呼……気に食わないけれど、タニアのような方を、天才、と呼ぶのかしら……」


 ディドは誰に言うでもなくそんな感想を漏らしつつ、疲れたように瞳を閉じる。途端、金色のドレスが光の粒子となって霧散した。また同時に、召喚していた銀腕も掻き消えて、ディドの姿は、普段のどことなく薄い青混じりの白いドレス姿に変わる。


「……それにしても……この人界は、化物しかいないのかしら……ワタクシ、本当に、自信がなくなってしまいますわ」


 タニアとの戦闘を思い返して、ディドは己の実力不足を痛感する。タニアは先ほどの戦闘で、あえて実力を小出しにして、ディドの実力を測っていた。ディドを殺すつもりだったのは間違いないが、ギリギリ瀕死になるよう手抜きをしつつ戦っていた。

 これでもディドは、天界では王族直属の騎士団に所属しており、序列三位にまで成り上がった経歴を持っている。しかしそんな実力は、タニアの前では赤子に等しかった。

 あれほどの実力差を見せ付けられたら、もはや悔しいという感情は湧き出なかった。


「ワタクシ、悲しくなりましたわ……『あまねく星々をも射落とす黄金弓姫』が、聞いて呆れる結果でしたわよ?」


 ディドは言いながら、ソファからゆっくりと身体を起こした。ディドの視線は、リビングの入り口に向いている。

 そこには、圧倒的な存在感を持つ紅蓮の着物を身に着けた幼女――ヤンフィが立っていた。

 ヤンフィは明かりのないリビングで、ソファに座るディドと向かい合っていた。


「ディドよ、随分と疾い帰還じゃのぅ? 何か想定外が発生したのか?」

「……ええ。本当に不本意でしたが、やむを得ず、戻りましたわ……遅い時分ですけれど、経過のご報告をしても、宜しいかしら?」


 嫌みったらしく問うヤンフィに、ディドは非難めいた視線を向けつつ応えた。ヤンフィは、うむ、と一つ頷いてから、リビングの明かりを点ける。


「順を追って報告せよ――ああ、ちなみにのぅ。妾は、好い報告を期待しておるが、はてさて、いったいどうしたのじゃ?」

「ええ、ご説明いたしますわ。まずこの宿を出てからすぐ――陸戦魔動艇を発見いたしましたわ。けれどディーノットが語っていた発車予定時刻はかなり早まっており、十八時頃にはここを出ることになりましたわ。それからおよそ五時間ほど陸戦魔動艇に乗った後、ちょうど同じ方角に進む魔動列車を見付けたので、乗り移りました――それからつい一時間ほど前になるかしら? デイローウ大樹林の入り口で、ちょうど魔動列車を降りてきたタニア、セレナと接触できましたわ」


 そこまで説明したとき、ガチャ、と部屋のドアが開いて、クレウサが部屋に入ってきた。

 クレウサは宿屋の入り口で寝ずの番をしていたようだが、ディドの気配を感じて様子を見ようと戻ってきたのである。ディドもクレウサも双子ゆえか、お互いの魔力が近くにあると、それを感じ取れる性質を持っている。

 クレウサはディドの姿を認めると、静かに部屋のドアを閉めて、ペコリ、と頭を下げた。ヤンフィはそんなクレウサをチラと一瞥してから、ディドに質問を投げてくる。


「のぅ、ディドよ。何故に『デイローウ大樹林』なのじゃ? 陸戦魔動艇は、ベクラルに向かったはずではなかったのかのぅ?」

「……ワタクシが乗った陸戦魔動艇ですけれど、実はベクラル行きではなく、デイローウ行きだったようですわ。だから必然、デイローウ大樹林に到達いたしましたわ」


 ディドはヤンフィの質問に応えて、一旦、そこで話を切った。すると、ヤンフィは続けて質問を投げてきた。


「――タニアたちは、何故、デイローウ大樹林入り口なぞにおった? いや、そもそも、何故、魔動列車から降りてきたのじゃ?」

「存じ上げませんかしら」


 ヤンフィの問いに、ディドはすかさず吐き捨てた。すると、その即答に対して、ヤンフィは不愉快そうに眉根を寄せた。


「どういうことじゃ? タニアたちと合流したのではないのかのぅ?」

「――タニアとは、会話が成立いたしませんでしたわ」

「……何じゃと?」

「ハッキリ申し上げますわ。タニアは戦力として見れば、確かに素晴らしいですけれど、コウヤ様と旅をするのにまったく相応しくないかしら。誰彼構わずあそこまで噛み付いてくる野蛮な人種は、いずれ間違いなく、コウヤ様の足を引っ張って、コウヤ様を危険に巻き込むに違いありませんわ」


 ディドは苛立ちを隠さず、ヤンフィに力強く進言する。そんなディドの珍しい剣幕に、クレウサが目を点にして驚きを見せている。


「ふむ、そうか――それで? コウヤに相応しくないから、何じゃ?」


 しかし、ディドの言葉に対して、ヤンフィは冷めた表情で首を傾げた。ディドは、ええ、と頷きつつ要望を口にした。


「タニアは、ここで切り捨てるべきかしら。あれはいずれ、ソーンよりも厄介な存在に――」

「――却下じゃ。汝の態度で何があったのかは察するが、アレは、妾とコウヤであれば、充分にコントロールできる。確かに、聞き分けは悪いうえに、目を離すとすぐに暴走しそうになるが……ソーンと違って信頼ができる」

「な――っ!?」


 ディドの要望は、即座に否定された。ヤンフィのその否定は反論を許さない威圧が篭められており、ディドはそれ以上何も言えなくなる。


「……じゃがまぁ、ディドがそう云うのは、よくよく考えれば自然じゃ。初対面で、タニアと会話を成立させようとするのは、確かにかなり骨じゃろぅからのぅ……妾の思慮が足らなかった。許せ」


 ヤンフィは、うむうむ、と訳知り顔で頷きながら、申し訳なさそうにペコリと頭を下げる。ディドは若干不満だったが、簡単であるが謝罪までされたので、苛立ちを静めて文句を飲み込む。


「――とにかくワタクシ、タニアたちに事情を説明しようとしたところ、どうしてか噛み付かれて、危うく殺されそうになりましたわ。何とか【次元跳躍(テレポート)】できましたので、命からがら、戻ってきたというわけかしら」


 経緯の報告は以上かしら、と話を切ると、ヤンフィがディドの目の前までやってくる。


「これは重畳じゃ、好い報告じゃよ。ちなみに、タニアたちと遭遇したデイローウ大樹林の入り口は、ちゃんと座標登録したかのぅ?」

「当然かしら」

「好くやった」


 ディドの即答に、ヤンフィは嬉しそうに頷いていた。そして、ディドに向けて手を差し出すと、さも当然のように無茶振りを口にする。


「――それでは早速じゃが、タニアたちが移動せぬうちに、妾を連れてそこまで【次元跳躍(テレポート)】せよ。妾が居れば、何の心配もない」


 ディドの【次元跳躍(テレポート)】は、二十時間に一度、最大移動人数は二人である。連続使用は出来ない。仮に連続使用した場合には、それこそ命に関わるほど魔力を消費してしまうだろう。

 ディドは溜息を漏らしつつ、フルフル、と首を横に振った。


「ヤンフィ様、申し訳ありませんが、ワタクシの異能には使用制限が――」

「――クレウサと同期して、【共振増幅(ランクアップ)】を使えば好かろう? 以前、それをすれば使用上限がなくなると云っておったはずじゃ」

「…………ええ、左様ですわ」


 正直、そこまでしてタニアの元に戻りたくなどないが、ヤンフィに命じられては断れない。

 ディドは話の展開に追いついていないクレウサに顔を向けて、アイコンタクトだけで頷いた。クレウサも断れないのを理解しているようで、渋い表情を浮かべつつも、文句の一つもなく同期の準備をする。


「さて、ディドよ。妾がここを離れると、コウヤを護るのがクレウサだけになる。それでは少しだけ心許ないからのぅ――タニアたちの状況次第じゃが、汝だけここに戻って来て好いぞ?」

「畏まりましたわ、お任せ下さいませ」


 ヤンフィのその言葉を聞いた瞬間、ディドは疲労が全部吹っ飛んで、すかさずクレウサと同期を始める。煌夜の傍に居られるという御褒美は、何よりディドの癒しである。


「クレウサ、対象はワタクシですわよ? 間違えないようにしなさい」

「ええ、分かっています、ディド姉様」

「「――対象、補足」」


 今まで幾度となくクレウサと繰り返してきた同期を行い、【共振増幅(ランクアップ)】の異能を発動させる。瞬間、ディドの身体に魔力が漲り、自覚できるほど身体能力が向上した。


「あの、お気をつけて下さい、ディド姉様」

「ええ――ヤンフィ様、ワタクシにお掴まり下さいませ」


 ディドは傍らのヤンフィに右手を差し出す。ヤンフィはそれをギュッと握った。すると途端に、リビングの空間が揺らぎ、煙のようにディドとヤンフィの身体が掻き消える。


 そして次の瞬間、ディドの周囲は一変する。

 時間にして、零コンマ一秒にも満たないほど短い一瞬で、そこは、クダラークの宿屋ではなく、つい先ほどディドが死に掛けたデイローウ大樹林の入り口に変わっていた。


「にゃにゃにゃ――っ!?」

「え? 嘘でしょ!?」


 突然現れたディドの姿に、すぐ傍で驚愕する声が上がっていた。

 ふと見れば、デイローウ大樹林の入り口付近の地べたで、タニアとセレナが何やら座り込んで話している姿が見える。二人は、現れたディドとヤンフィの姿を見て、目を見開いて驚いていた。


「ほぅ――次元跳躍は、こういう感覚なのか。悪くないのぅ」


 ヤンフィはそう言いながら、ディドの手を離してタニアたちと向かい合う。ディドは一応、タニアの動向を警戒しつつ、ヤンフィに問い掛けた。


「ヤンフィ様。それで、ワタクシはどうすれば宜しいのかしら? ヤンフィ様がタニアとセレナを説得するまで待っていれば宜しいのかしら?」

「……少しだけ待っておれ」


 ディドは、はい、と返事をして、一歩、タニアたちと距離を取った。

 一方でタニアとセレナは、慌てた様子で立ち上がり、警戒あらわに構えた。だが、すぐさまヤンフィの姿を認めて、あ、と呆けた声を上げる。


「え、え? どうして、ヤンフィ様の本体が、ここに?」

「にゃ、にゃんで、ヤンフィ様、その天族と一緒に居るにゃ!?」


 セレナの疑問に被せて、タニアが声を張り上げる。しかしそんな二人の問いなど無視して、ヤンフィは殺意を篭めた威圧を放ちながら問う。


「のぅ、タニア、セレナ――【魔神召喚】の立体魔法陣は、破壊し終わったのか?」


 はい、か、いいえ、以外の言葉を認めない迫力でもって、ヤンフィは問い掛けていた。直接ディドに向けられたわけでもないのに、ディドは恐怖からブルリと震えてしまった。

 ヤンフィのその威圧に中てられて、セレナはゴクリと息を呑んで沈黙する。叱責される、と怯えている様子がありありと分かる。それはタニアも同様だった。

 タニアは、にゃぁ、と困ったような声を出しながら、渋面になって顔を逸らしていた。


「まさか――まだ、破壊し終わっていないのかのぅ?」

「あ、あぅ……そ、それは……」

「にゃ、にゃぁ――確かに、終わってにゃいけど……」

「――それは、言い訳か?」


 ビク、とタニアとセレナが怯えた表情で、身体を硬直させる。ヤンフィの一言で、嘘みたいに恐怖しているその様を見て、ディドは少しだけ溜飲を下げた。

 また同時に、ヤンフィが言っていた通り、煌夜とヤンフィならばタニアのコントロールは可能な様子である。コントロール可能ならば、確かにあの戦力は魅力的か――と、ディドは納得する。


「ディドよ。どうやら彼奴らは、妾が託した仕事をまだ終えておらぬようじゃ。となれば、妾が協力したほうが疾い。汝は一旦、クダラークに戻り、コウヤの護衛を頼む。そして丸一日経ったら、ふたたびここにやってこい。妾たちも、一日後のここに集まることにする」

「――畏まりました」


 ヤンフィの指示に、ディドは嬉しさを滲ませた声で頷いた。知らず知らずに、喜びで口角が緩んでしまう。

 しばらくの間、煌夜と離れて行動しなければならないと思っていたが、予期せぬ展開で煌夜の傍仕えが出来ることになったのだ。

 ディドはもはやタニアとセレナのことなど一瞥さえせず、ヤンフィに言われるがまま、その場で次元跳躍を発動させる。

 現れたときと同じように、まるで煙の如く、ディドの姿だけがその場から掻き消えた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 ヤンフィは、ディドの姿がその場から消えたのを確認してから、怯えた様子のタニアとセレナに近付いた。

 二人は、ヤンフィの本体を前にして、本能的な死の恐怖を感じているようだった。


「さて、魔神召喚の魔法陣――生贄の柱が、破壊し終わっていないのは分かったが、その進捗はどうじゃ? 残り幾つくらいじゃ?」

「…………ひ、一つ、目が……まだ、にゃ……」

「ん? 残り一つか?」


 タニアが視線を逸らしたまま、モゴモゴと何やら呟いた。ヤンフィはよく聞き取れずに、首を傾げつつタニアの顔を覗き込む。

 すると、傍らのセレナが諦めた顔でハッキリと告げる。


「生贄の柱は、まだ一つも破壊できてないわよ。いつまでに終わらせるって、期限は設けられてなかったでしょ? まぁ勿論、あたしたちも遊んでたわけじゃないわよ?」

「……ほぅ? 確かに、期限なぞ設けてはおらんかったが――別行動して、何日経ったか解っておるのか? これだけ時間を与えて、一つも、破壊できておらぬ、と?」


 セレナは小刻みに足元を震わせながら、しかしそれを必死に隠しつつ、言い訳じみたことを云う。その台詞があまりにも想定外すぎた為、ヤンフィは思わず声を硬くして全身から殺意の篭った冷気を放った。

 タニアとセレナが揃っていて、よもや一つとして破壊できていないとは予想外である。当然、遊んでいたとは思わないが、だとしても、理由如何によっては許すことは出来ないだろう。


「え、ええ……だ、だって、タイヨウとか名乗る化物が現れたり……タニアでさえ苦戦するような、竜種の魔貴族がいて――」

「――()()()()、じゃと?」


 セレナがヤンフィの態度にビクつきながら反論したとき、聞き逃せない単語にヤンフィは反応した。まさか、という思いと共に、タニアに鋭い視線を向ける。

 タニアはセレナにジト目を向けつつ、ヤンフィの威圧にたじろぎながらもコクリと頷いた。


「……タイヨウ、と名乗ってたにゃ。【鑑定】で視たとこ、読めにゃい文字だったにゃ。異世界人に間違いにゃいにゃ……黒髪の変な青年で、異常にゃ魔力だったにゃ」

「彼奴と、闘ったのか?」

「にゃ? ヤンフィ様は、タイヨウを、知ってるにゃか?」


 ヤンフィの質問に対して、タニアも質問で返した。それに力強く頷いて、感心した風な視線でタニアを眺める。


「よもや――タニアが、タイヨウを撃退させたのか?」

「そう……にゃけど、結局、殺せにゃかったにゃ……」

「まぁ、殺せぬのは、仕方あるまい――タイヨウの持つ能力を看破せぬことには、恐らく殺すのは困難じゃろぅしのぅ」


 ヤンフィは云いながら、タニア、セレナを交互に見て、正面に広がる森へと顔を向ける。背後では、そろそろ魔動列車の出発時刻なのか、デイローウ行き発車します、というアナウンスが響いていた。


「とりあえず、魔神召喚陣のある場所に案内せよ。一つ目を破壊して浄化させたら、妾の経緯を話してやろう」


 タニアとセレナの間を通り抜けて、ヤンフィは独り森の中に足を踏み入れた。

 先行したヤンフィに遅れないよう、慌てた様子でタニアがそんなヤンフィを追い抜く。タニアが駆け出したのを見て、セレナも駆け足で後を追ってくる。


「か、畏まりました、にゃ――こ、こっちにゃ」

「……ところでのぅ、セレナよ。汝、いつの間に【緑髪の悪魔】と呼ばれるようになったのじゃ? そも、このデイローウ大樹林から離れて、何をしておったのじゃ?」


 セレナが近寄ってきたのを気配で感じて、ヤンフィは顔も向けずに声だけで問い掛ける。その問いには嫌味が含まれており、言外に非難めいた響きがあった。

 そんなヤンフィの言葉責めを受けて、セレナは、うっ、と言葉に詰まっていた。


「あ、それはにゃぁ――――かくかくしかじか、にゃ」


 言葉に詰まったセレナをフォローするように、珍しくタニアが説明を引き継いだ。

 タニアは暗闇に支配されたデイローウ大樹林の中を迷いなく進みながら、戻ってくるまでの紆余曲折の経緯を話し始める。時折、話の途中をセレナが補足しつつ、大筋はタニアが説明した。


 そんなタニアとセレナの経緯は、想像以上にぶっ飛んだ内容だった。その経緯を聴いていると、やはりタニアが問題を引き寄せる体質――疫病神とも云うべき災厄を引き起こす運命を背負っていると確信できた。

 なるほど【大災害】とは、云い得て妙な二つ名だろう。ヤンフィは非常に納得した。


 そうしてヤンフィは、別行動していたタニアとセレナの数日間の出来事を聴きながら、森の奥にポツンと存在していた怪しい廃屋に向かった。

 道中、戦闘の爪跡と思しき巨大なクレーターや、掘削工事されたように抉られた地面、蹂躙されたかの如き薙ぎ倒された大木の数々が、タイヨウとの激戦の苛烈さを物語っていた。


「かくかくしかじか――――で、あちしたちは、ここに戻ってこれたにゃ。そんで、森に入ろうと思った矢先にゃ……視線を感じて空を見上げたら、にゃんか下着も着けてにゃい、変態天族が居たにゃ」

「その天族――ディド、だっけ? ディドが、パーティの徽章が刻まれたコウヤのネックレスを差し出して、話し合いたいって、交渉してきたのよ。そしたら突然、タニアが、暴走して……」

「にゃにぃ!? 暴走、ってにゃんにゃ!? あちしは、不審者に対して制裁を――」


 ちょうど、目的地の廃屋に到達したところで、タニアとセレナの物語は終わり、話はディドとの無意味な戦闘に繋がる。

 ヤンフィは呆れ気味に溜息を漏らしてから、タニアとセレナの口論を一刀両断する。


「事情は理解した。妾の知りたいことは、もはやない。タニア、セレナよ、もう黙れ」

「にゃっ!? にゃぁ!?」

「ヒッ――は、はいぃ……失礼、しました」


 ヤンフィはギラリと鋭い視線で二人を睨んで、同時に、凄まじい重圧と殺気をぶつける。途端、タニアとセレナは異常なまでに喉を震わせて、冷や汗を流しながら押し黙った。

 ヤンフィはそんな二人を一瞥してから、廃屋の扉を開ける。


 廃屋の中は狭く、あちこち埃が積もっており、不衛生で汚かった。一脚の椅子、ひび割れたテーブル、薄汚れた小さなベッドが一つあった。また、床板の一部に穴が開いており、地下への梯子が見えている。


 ふむ、とヤンフィは室内を見渡してから、薄汚いベッドに腰を下ろした。タニアとセレナも室内に入ってきて、ゆっくりと廃屋の扉を閉じた。


「タニア、セレナよ。そこから降りた先に、【魔神召喚】の立体魔法陣が設置された祭壇があったのか?」


 ヤンフィはタニアたちが入ってきたのを見計らって、威圧を霧散させると同時に、そんな確認をする。


「祭壇……ってのは、ちょっと分からにゃいけど……時空魔術で拡張された部屋に、生贄の柱があったのは間違いにゃいにゃ。そこに【瘴気の繭】と、紫色の鱗をした竜種の魔貴族が居たにゃ」


 タニアは首を傾げつつも頷くと、セレナに視線を投げて同意を求めた。セレナは、ええ、と賛同する。


「なるほどのぅ――やはりタニアは、厄介ごとを引き当てる才能があるようじゃ」

「にゃにゃ? どういう意味にゃ?」

「どうもこうも――覚悟を決めて先に進むぞ、という意味じゃ」


 ヤンフィは嘲笑しながらそう云って、無音で右手に七星剣を顕現させた。

 床下から漏れ出てくる禍々しい瘴気が、ゆく手に立ちはだかるであろう障害の険しさを予感させていた。

次回は外伝の予定。セレナとタニアが別行動していたときの話。

一話で終わるか……現状、微妙かも。

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