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神隠しに遭ったら、異世界に居ました。  作者: 神無月夕
第十章 魔神召喚陣
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第六十八話 脱出計画

 

 そこは湖の街クダラークの中にあって、唯一、木々に囲まれた半径200メートルほどの一角だった。

 見渡す限り周囲は緑で溢れていて、まさに森という表現が相応しいほどの別世界である。


 クダラークの街外れにあるそんな森の中にポツンと、四階建てをした巨大な洋館が建っていた。

 中級以上の部屋では、一泊アドニス金貨一枚は下らないと言われるほどの超高級宿屋――月明樹亭である。


 ヤンフィたちはウェスタの案内に従って、月明樹亭の前までやってきていた。


「……スゲェ、大正浪漫溢れるって感じだ……」


 煌夜はその巨大な洋館を見上げて、思わずそんな感想を呟いていた。某シミュレーションゲームの名作、サ○ラ大戦シリーズで見かけるような洋館が、キリアの泊まっている宿屋のようだった。


「ウェスタよ。案内ご苦労じゃったのぅ――もう用はない、疾く去ね」


 煌夜が洋館を見上げて感心している傍ら、洋館に先んじて入ろうとしたウェスタの首筋に、仕込み杖のような刀を突きつけたヤンフィが冷酷な口調で告げる。

 ウェスタは、え、と驚き顔でヤンフィに振り返り、瞬間、その頬を刀で撫でられていた。見ればヤンフィは、愉しそうな笑みを浮かべたまま、刀の切っ先で優しく心臓の上辺りをなぞっていた。

 いつでも突き刺せるぞ、と無言のままに語っている。まったく恐ろしい幼女だ、と煌夜は身震いした。


「え、あ、は、はい……じゃ、じゃあ、俺はこれで――――ヒィ!?」

「――――ウェスタ。今回だけは、コウヤ様の顔を立てて見逃すけれど、次はないかしら。もし次、ワタクシたちを貶める意図で近付いたなら、容赦はしないかしら?」


 ヤンフィに脅されたウェスタは、すごすごとその場から逃げようとした。そのとき、ディドが目の前に立ちはだかり、脅し文句と共に無数の光剣を展開した。

 中空に現れた光剣は、その切っ先をウェスタの全身に向けており、逃げ場など皆無だ。

 それらはディドの号令一つで、ウェスタを瞬く間に串刺しにするだろう。


「は、はい――わ、わかって、ます……すいませんっ!!!」


 ウェスタは可哀想になるほど顔面を蒼白にさせて、震える声で謝っていた。全身を緊張させて、ビシッと直立不動である。

 流石にこれはイジメ以外のなんでもない。煌夜は、それくらいで、とディドの肩を叩いた。


「……コウヤ様に感謝なさい」


 煌夜の制止に頷いて、ディドは仕方ないと溜息混じりに光剣を霧散させた。

 眼前に展開していた光剣がパッと消え去ると同時に、ディドの凄まじい殺気も消えた。

 ウェスタは緊張の糸が解けたか、その場に尻餅をついていた。腰が抜けた様子で、すぐに立ち上がれずにいる。

 それを眺めて、ヤンフィがやれやれと肩を竦めていた。


「――貴様らは、いったい何を遊んでいる?」


 ディドとウェスタがそんなやり取りをしていると、洋館の扉が開いて、仮面を付けた緑髪の女性――キリアが現れた。

 途端に、ヤンフィは不意を突かれたとばかりに驚愕した顔で振り返った。

 その驚きはディドやクレウサも同様で、ビクッと一瞬だけ身体を震わせて、慌ててキリアに視線を集中させていた。


「……ようもそこまで、気配も音も消せるのぅ」


 ヤンフィがボソリと呟くが、そんな言葉は無視して、キリアはそのまま煌夜の前まで歩いてきた。煌夜の目から見ても、キリアに敵意がないのは理解できる。


「コウヤよ。わたしはもう時間がない――貴様らを待っている間に、書状をしたためておいた。これをギルドに持って行けば、とりあえず誤解は解けるだろう」


 キリアは筒状になった茶色の紙を煌夜に差し出した。茶色の紙は蔦のような紐で結ばれていて、緑色の蝋で封緘が為されていた。

 煌夜はそれを素直に受け取る。するとキリアはそのまま煌夜を通り過ぎて、腰砕けのウェスタに近付いた。


「おい、貴様。冒険者か?」


 キリアはウェスタを片手で助け起こすと、そんなことを聞いていた。一方で、突然話し掛けられたウェスタは動転した様子で、きょとんとした表情を浮かべている。


「……貴様は冒険者か? コウヤたちを捕らえるのが目的か?」


 反応の鈍いウェスタに、しかしキリアは苛立った様子もなく、淡々とした口調で再度問い掛けた。


「え、あ……ぅ、お、俺は……そうです。冒険者です……ギルドから、ソーンの仲間を捕らえろ、って指令を請けて……まさか、コウヤが、そうだとは思ってなかったけど……」

「――ならば、話が早い。コウヤはソーン・ヒュードの仲間ではない。この連中は、ソーン・ヒュードに脅されていただけだ」


 ビクビクとした態度で言い訳がましく話すウェスタに、キリアは満足げな頷きを返す。そして、トントン、と親しげにウェスタの肩を叩きながら、煌夜に振り返った。


「コウヤよ。わたしは、貴様らと一緒にギルドまで向かっている時間がない。悪いが、自分たちでギルドの誤解を解いてくれ――とはいえ、この青年がわたしとの関係を証言し、わたしの書状を見せれば、それで指名手配は解けるはずだ」


 キリアは一方的にそう告げると、ウェスタの脇を通り過ぎて、立ち尽くすディドに視線も向けず、自然な足取りでその場から去って行く。


「え、ちょ――キリアさん!?」


 あまりにも一方的すぎるその行動に、煌夜は慌ててキリアを呼び止めていた。

 実際のところ、呼び止める意味はないし、そもそも用事もなかったが、ついつい呼び止めてしまった。

 するとキリアは、ああそういえば、と呟きながら振り返った。


「忘れるところだった――コウヤよ。預けていた連絡玉を返せ」


 キリアは立ち止まって、煌夜に手を差し出す。

 煌夜はその言葉に肩透かしを食らわされて、ガクンと脱力した。


「まったく勝手じゃのぅ――ほれ、受け取れ」


 そのとき、舌打ち混じりに、ヤンフィが連絡玉を投げ付けた。

 ビュゥ――と、凄まじい風切音を響かせて、連絡玉は弾丸もかくやという速度でキリアの仮面に迫った。

 けれど、その剛速球をさも当然のようにパシッと受け取り、キリアは呆れ声で返す。


「……この連絡玉は、特別製だ。壊れたら、代えは利かない。もう少し丁寧に扱ってくれないか?」

「ほぅ? そうじゃったか――まぁ、次があったら覚えておこう」

「まぁいい――縁があれば、またいずれな」


 キリアは軽口を叩いたヤンフィにそれだけ告げると、一瞬だけ空を見上げてから、急ぎ足でその場から去って行った。


「引き止める必要はないぞ、コウヤ」


 去って行くキリアの背中に、あ、と煌夜が声を上げようとしたとき、ヤンフィがそれを止める。


「妾たちの用向きは、キリアに逢うことではなく、【ソーンの仲間】と云う不名誉な誤解を解くことじゃ。そしてソレは、キリアから受け取った書簡と、ウェスタの証言で果たせるじゃろぅ? なれば、キリアと話すことなんぞ一つもない」


 違うかのぅ、と首を傾げながら、ヤンフィは煌夜の隣まで歩いてくる。


「――さて、ちょいと癪じゃが、キリアに云われた通り、妾たちはギルドに向かうとしようかのぅ」


 ヤンフィはそう言いながら、煌夜の背中を軽く小突いた。

 確かにヤンフィの言う通りである。ともすれば、正面にデーンと構えている大正浪漫全開の洋館『月明樹亭』に寄る理由さえもなくなった。


「キリア様は、噂通りに疾風のような方ですね……捉えられない性格とは、まさに、です」

「――彼奴は、ただただ自分勝手なだけじゃ。じゃが厄介なのは、その勝手を押し通すことが出来るほどに、圧倒的な強さを持っておることじゃろぅ。彼奴とは、一緒に旅はしたくないのぅ」


 キリアの背中を見送ったクレウサが、感心した風に呟くと、ヤンフィが鼻で笑いながら吐き捨てた。


「往くぞ、コウヤ――ほれ、ウェスタよ。汝も呆けておらんで、サッサとせよ」

「ぐぁ!? あぅ――は、はいっ!!」


 ヤンフィは呆然と立ち尽くすウェスタの脛を蹴り飛ばす。突然の激痛にウェスタはハッと我に返って、すぐさま来た道を引き返す。

 逃げるようなウェスタのその足取りは、ぴょこぴょこと片足を引き摺っていた。


「……おい、ヤンフィ。少しは手加減してやれよ」

「心外じゃよ。ちゃんと、これ以上ないほど手加減したぞ?」

「アレで、か?」


 煌夜はウェスタが引き摺る脚を指差す。見れば、ウェスタの装備していた鉄製の脛当は、ヤンフィの軽い蹴り一撃で割れて拉げている。

 手加減してこれか、と煌夜はヤンフィに畏怖の視線を向ける。そんな視線を受け流して、ヤンフィはウェスタの後に従い歩き出した。クレウサもそれに追従する。


「さぁ、コウヤ様、参りましょう」


 そんな三人の背中を見ながら、ディドが煌夜に腕を絡めてきた。わざと胸を押し当てるほど密着はしていないが、それでもプニプニとした柔らかい感触が、煌夜の腕を刺激してくる。

 恋人みたいなその腕組みに、少しだけ気恥ずかしくなったが、煌夜は振り解かずに歩き出した。


 そうして、ウェスタの先導に従って、クダラークの冒険者ギルドに向かった。


 ところが、冒険者ギルドに辿り着く直前、ギルド前の大通りで、三十人から編成した騎士たちが待ち構えていた。

 彼らは煌夜たちを見つけるが否や、問答無用に襲い掛かってきた。

 とはいえ当然ながら、キリア不在の騎士たちなんぞ、何十人集まろうとも脅威にもならない。ヤンフィたちを相手に、敵う道理は存在しない。


 果たして、結果は語るまでもなくあっけない決着だった。

 三十人の騎士たちはわずか数十秒で、ディドとヤンフィの二人によって制圧された。


「うぅぅ……ぅっ……ぁ」

「ば、ばけもの……め」


 呻き声を上げる騎士たちが、死屍累々と大通りに寝転がる。彼らは誰一人起き上がることが出来ず、また半数以上は気絶してしまっていた。

 一応、ヤンフィたちは手加減していたようだが、それでも彼らは、最低でも全治数ヶ月の大怪我を負っており、少なくとも今はもう動くことさえままならないだろう。


「……まったく、不甲斐ないのぅ」


 もはや意識もない瀕死の騎士を踏み付けながら、ヤンフィは呆れた声で呟いた。それを見て、戦闘に巻き込まれないよう避難していたウェスタが身震いしている。

 気持ちは非常に良く分かる、と煌夜は無言のままでウェスタに同情の眼差しを向けた。


「満足な連携も出来ず、無策でワタクシたちに挑もうなんて、身の程知らずにも程があるかしら? 数の暴力で勝てる相手なのか否か、それくらいは理解して欲しいですわね」


 一方、足元でビクビクと痙攣している騎士を見下ろしながら、ディドもヤンフィと同様、呆れたような声で呟いていた。

 そんな二人に、遠巻きで事の成り行きを眺めていたクレウサが挙手しながら提案してくる。


「ヤンフィ様、ディド姉様……とりあえず、もう周囲に追手はいないようですよ。今のうちに、冒険者ギルドに入りませんか?」


 クレウサは溜息混じりにそう言うと、50メートルほど先にある冒険者ギルドを指差した。

 煌夜はクレウサに、そうだそうだ、と賛同しながら、冒険者ギルドの扉に向かう。そんな煌夜を見て、震えていたウェスタも、ギルド入り口に向かった。


「ふむ――それもそうじゃのぅ」

「コウヤ様、罠かも知れませんわ。ワタクシが先に入って、建物内の安全を確保いたしますわ」


 クレウサの言葉には、ヤンフィは頷き返して、ディドは慌てた様子で煌夜の隣に駆け寄った。


「……安全も何も、さすがに建物内なら、大丈夫だろ……」

「それはどうかしら? ここの連中は、こんな公共の道路で、これほどの待ち伏せをするような性質なのだから、警戒するに越したことはないかしら」


 ディドは煌夜をそう嗜めながら、さりげなくウェスタを先行させて、先に冒険者ギルドに入らせる。

 そして、ウェスタに続いてディドが入り、大丈夫ですわ、という合図に、煌夜が入った。それにやや遅れて、ヤンフィ、クレウサもギルドに入ってくる。


 果たして、冒険者ギルド内は至って平和だった。


 いつぞやに顔を出したときと何一つ変わった様子はなく、ギルド内に待機している冒険者たちは、思い思いに寛いでいた。ちなみに、ギルドカウンターに立っている受付の女性は、以前逢ったことのある気だるそうなおばちゃんだった。


「……コウヤ、こっちだ。ギルドマスターはもう居ないけど……サブマスターが居るから、会わせるよ」


 煌夜がキョロキョロとギルド内を見渡していたとき、ウェスタが案内を買って出て、上階への階段に向かって歩き出した。

 ウェスタのそんな行動にさして口は挟まず、皆が揃ったのを確認してから、煌夜は後を追って階段を登っていく。

 クダラークの冒険者ギルドの上階は、長い廊下と閉じられた部屋が幾つも並んでおり、一見すると宿屋のような構造をしていた。

 そんな幾つも並んでいるうちの一部屋――煌夜には読めない文字が書かれたネームプレートがぶら下がっている部屋の前で立ち止まり、ウェスタは深呼吸をしてからノックする。


「――誰だ?」

「あ、と……ウェスタ・キュプロス、冒険者です。えと……コウヤ……じゃなくて、キリア様の知り合いをお連れしました」

「キリア様の? 分かった。入れ」


 部屋の内側から、老人のようなしゃがれた声で許可が出る。ウェスタは、失礼します、と頭を下げてから扉を開いた。


「――ギルドマスターの部屋、と書いてあるのぅ」


 室内に入っていったウェスタを見送ってから、ヤンフィがネームプレートの文字を読み上げた。なるほど、とヤンフィの言葉を聞いてから、煌夜もウェスタに続いて室内に足を踏み入れる。


「キミたちが、キリア様の知り合い、とやらか?」


 その室内は、いかにも社長室という雰囲気をした部屋だった。

 扉の正面奥には執務机が一つあり、部屋の中央には硝子テーブルとソファが一つずつ、部屋の壁側には本棚と衣装掛けが並んであった。

 そして、執務机には仏頂面をした白髪の男性が腕を組んで座っており、部屋に入ってきた煌夜たちを鋭い視線で見詰めている。

 白髪の男性は、老人のようなしゃがれ声の割りに、随分と若く見えた。その外見は、三十代から四十代前半くらいで、壮年と呼ぶに相応しい容姿である。

 その全身からは鋭い覇気が放たれており、体格はソーンほどではないにしろ、がっちりとした筋肉質だった。そして何よりも、身に纏った装備が歴戦の戦士を思わせる。執務机の横には、身の丈を超える大剣も立て掛けてあった。

 そんな彼の雰囲気は、この部屋にまったくそぐわないものだ。執務机に座っているのが、違和感でしかなかった。


「いかにもそうじゃが、汝は誰じゃ?」


 白髪の男性の鋭い視線に、より強烈な睨みをぶつけて、ヤンフィが一歩前に踏み出す。ぶつかり合う二人の視線は、バチバチと火花が飛び散っていた。


「常識的には、問うより先に、名乗るものだ」

「ほぅ、そうなのか? それは勉強になったのぅ――で? 汝は誰じゃ?」

「――キミたちは、本当にキリア様の知り合い、か?」


 白髪の男性の問いに、ヤンフィは小馬鹿にした風な物言いで返した。室内には途端、一触即発のキナ臭い空気が漂い始める。


「俺は煌夜。隣に居る金髪美女がディドで、黒髪美女がクレウサだ――偉そうな子供が、ヤンフィだよ」


 重苦しい空気を払拭するかのように、煌夜が挙手しながら、簡単な紹介を口にする。その言葉に毒気を抜かれたのか、白髪の男性はキョトンとした表情を浮かべて、煌夜をジッと眺める。


「ワタクシが、ご紹介に与りましたディドですわ」


 煌夜の言葉にすぐさま追従したのはディドだった。優雅な身のこなしで、ドレスの裾を掴んでペコリとお辞儀をしてみせた。


「……あ、私はクレウサ、です」


 ディドが挨拶したのを見て、クレウサも仕方なしに追従する。面倒臭そうに、少しだけ頭を下げる。

 そんな煌夜たちに振り返って、ヤンフィが不愉快そうに眉根を寄せていた。何故こちらから名乗るのか、とその視線は訴えていた。


「――コウヤ、ディド、クレウサ、か。それで、キミがヤンフィ……なるほど。儂はディーノット・クライン。この【湖の街クダラーク】の冒険者ギルドを預かるサブギルドマスターだ。生憎、ギルドマスターはソーンの変態に殺されてしまったからな」


 ディーノット・クラインと名乗った白髪の男性は、はぁ、と溜息を漏らしつつ、空いているソファに座るようジェスチャーをした。

 お言葉に甘えて、煌夜はすかさずソファに腰を下ろした。ソファは非常に高級感があり、ふかふかで腰が沈んでしまった。


「それで、キミたちは、本当にキリア様の――」

「――コウヤよ。キリアからの書状を出せ」


 煌夜がソファに座った瞬間、ディーノットはそんな質問を口にするが、それは最後まで言わせず、ヤンフィが被せて言った。

 ヤンフィは無礼にも、ソファではなく硝子テーブルに腰を下ろしていた。

 ちなみに、ディドは煌夜の真横に密着状態で腰を下ろし、その背後にクレウサが控えている。ウェスタは一人、関係ない第三者の体で、壁際の衣装掛け近くで直立不動で立っていた。


「ああ、これだよな? あ、その……ディーノットさん? 俺らは正真正銘、キリアさんの知り合いで――」

「――ほれ、確かめよ」


 煌夜は、先ほどキリアから預かった書状を取り出して、ヤンフィに差し出す。すると、ヤンフィが目にも留まらぬスピードでそれを奪い去って、ディーノットの顔面に矢のような勢いで投げ付けた。

 ディーノットはその弓矢の如き書状を、見事な反射神経で持って受け止めて、自然な流れで封蝋を解いた。


『……わたしはキリアだ。これが証拠だ』


 ディーノットが封蝋を解いた瞬間、執務机にキリアの仮面顔だけが浮かび上がり、一言それだけ告げて雲散霧消した。魔力による記録映像である。

 それを見たディーノットは困惑顔を浮かべて、煌夜たちを連れてきたウェスタに視線を向ける。ウェスタはディーノットと視線を合わせると、本当です、と力強く頷いた。


「――――ふむ。確かにこれはキリア様の直筆だ。なるほど、なるほど……キミたちは、ソーンに巻き込まれただけ……儂らと同様に、被害者か」


 ディーノットは書状を一読して、疲れたように息を吐きながら納得した。何が書かれていたのかは分からないが、兎に角これで誤解は解けたようだ。


「のぅ、ディーノットよ。妾たちがソーンの仲間でないことが理解できたのであれば、相応の詫びをすべきではないかのぅ? 問答無用に妾たちに襲い掛かってきた連中のせいで、随分と迷惑を被ったぞ?」


 煌夜が、ひとまず解決だ、と小さく安堵の吐息を漏らしたとき、ヤンフィが突然そんな要求を口にしてくる。いきなりの吹っかけに、煌夜は思考を停止させた。


「……キミたちに迷惑を掛けたことは謝ろう。だが、儂らもソーンの被害者である。全ての罪悪は、ソーンが原因だろう? そもそもキミたちに襲い掛かった者は、全員返り討ちに遭ったと報告を受けている。迷惑を被った詫びも何も、被害額や規模は、儂らギルド側の方が圧倒的に甚大だぞ? それについては、キミたちは何か補償してくれるのか?」

「補償なぞ出すわけがあるまい、汝らの行いは自業自得じゃろぅ? まぁ、諸悪の根源がソーンであることは疑いようもないし、汝らが被害者と云うのも事実じゃろぅ。じゃが、だからと云って妾たちが被った迷惑を帳消しにするのは、また別の話じゃ」


 ディーノットは言外に、お互い様だからこれまでのことは水に流そう、と告げていた。しかしそんな和解案をヤンフィは一蹴して、強気の態度でさらに続ける。


「――そうじゃのぅ。とりあえず詫びとして、この街で一番高級な宿屋を妾たちに斡旋せよ。それと魔動列車の運賃を無料にして、街の出入りを妾たちの自由にさせよ」

「…………それは、無理だ」

「ついでに、慰謝料としてアドニス金貨100枚ほど戴きたいのぅ」


 当然の顔で云うヤンフィに、ディーノットは渋面を浮かべて、話にならないとばかりに首を横に振る。


「儂が出来ることは、キミたちの指名手配を取り下げることだけだ。キミたちが、この街で自由に動き回ることを許可することしか出来ない」

「ふざけるなよ? 勝手に妾たちをソーンの仲間だと決め付けて、おかげでどれだけの被害を――」

「――被害など、キミたちは被っていないだろう? 情けない話だが、儂らの精鋭は誰一人、キミたちに掠り傷さえ負わせられなかったと報告を受けたぞ」


 理不尽な要求をするヤンフィに、ディーノットが頭を抱えながら答えた。その言葉に、チッ、とヤンフィは舌打ちして、さらに理不尽な台詞を吐いた。


「当然じゃろぅ? 汝らのような雑魚では、妾たちに傷を負わせることなぞ出来ぬわ。じゃが、汝らが襲ってきたせいで、妾たちの貴重な時間が浪費された。時間は有限じゃ。それを返せ、とまでは流石に云わぬが、相応の対価は払ってしかるべきじゃ」

「時間、て――ヤンフィ、それは流石に……」


 煌夜はヤンフィの言い掛かりに、思わずツッコミの声を上げてしまった。ヤンフィのその絡み方は、まるでヤクザだ。意味が分からない。


「なぁ、ヤンフィ。もういいじゃん。とりあえず指名手配を取り下げてくれれば、充分だろ?」


 煌夜が宥めるように言うと、ヤンフィは、はいはい、とおざなりに頷きながら素直に引き下がった。


「――さて、キミたち。もう用事は済んだだろうか? 儂はこう見えても忙しい。用事がないなら、サッサと退室して欲しいのだが?」


 ヤンフィが引き下がったのを見て、ディーノットは疲れたように息を吐いていた。それに対して、煌夜は、これで用事は済んだ、とソファから立ち上がる。

 ところが、立ち上がった煌夜をヤンフィが再びソファに座らせた。


「まだ用事は終わっておらぬ。訊きたいことがあるのじゃが、好いかのぅ?」


 ヤンフィは有無を言わせぬ威圧をディーノットにぶつけながら、言葉だけで問い掛ける。ディーノットは明らかに苛立った顔を浮かべたが、とりあえず聞くだけは聞いてくれるようで、何だ、と呟いた。


「ソーンは、いったい何をしたのじゃ? 一介のギルドマスターを殺したとしても、ここまで指名手配されて、大騒動にはなるまい」

「――【聖王の鍵】と呼ばれる秘宝がある。ソーン・ヒュードはソレを奪って逃亡している。正直、ソーン・ヒュードの生死などよりも、ソレを回収することのほうが大事なのだ」

「【聖王の鍵】? なんじゃ、ソレは?」

「聖王行路を踏破した証であり、勇者と認められた者にのみ授与する秘宝だ。それがなければ、【聖王の試練】最下層に隠されている異界に辿り着けない」


 致し方ないとばかりに、ディーノットはヤンフィの質問に答えた。

『最下層』『異界』という単語に、煌夜もヤンフィも同じ光景を思い出していた。


【聖王の試練】の最下層120階の深部に巣食っていた四大竜【ホワイトレイン】――まさか、あの空間に至る為の鍵、ということなのだろうか。


「……のぅ、その最下層に隠された異界とは、何なのじゃ?」

「試練が待ち受けている、とだけ語られている。だが、その内容は不明だ。今まで幾多の勇者が挑戦してきたが、誰一人生還できた者がいない」

「…………なるほど、のぅ」


 ディーノットの言葉に、ヤンフィは納得とばかりに頷いていた。


(誰一人生還できていないってことは――俺とヤンフィが、唯一の生還者ってことか)


 煌夜は心の中でそう呟いて、あれ、と首を傾げる。だとすると、どうして煌夜とヤンフィは鍵もなく、そこまで辿り着けたのだろうか。

 煌夜の疑問は、ヤンフィも等しく思ったようで、質問は続いた。


「ところで、鍵がないと、その異界には絶対に辿り着けぬのか?」

「そう語られている。まあ例外として、聖王の血を引く者か、勇者の資格を持つ猛者、あるいは魔王属を屠った強者には、扉は解き放たれるとも語られている」


 そこまで語って、ディーノットは傍らのウェスタに目配せした。


「キミ。今すぐ受付のジョセフィンに、指名手配を解くよう伝えてくれ」


 ディーノットの指示に、ウェスタはハッとして、ビシッと敬礼したかと思うと部屋から出て行った。それを見送ってから、他に質問は、とヤンフィを見た。

 ヤンフィは先の説明でとりあえず納得したようで、次の質問を口にする。


「キリアの用事とは何じゃ? ひどく焦っておったが、どこに向かったのじゃ?」

「王都セイクリッド経由で竜騎士帝国ドラグネスに向かう、とだけ仰られていた。理由は知らんがな」

「……竜騎士帝国ドラグネス、とはどこにある?」


 淡々と答えたディーノットに、ヤンフィが困った顔で首を傾げていた。その反応を見て、やれやれ、とディーノットは続ける。


「聖王国テラ・セケル領しか知らぬ田舎者か……竜騎士帝国ドラグネスは、テオゴニア大陸北部に位置する大帝国の一つだ。最果ての街――【城塞都市アベリン】の北門を抜けた先に、Aランク、Sランクの魔族が跋扈する【龍神山脈】があるが、それを越えた更に先にある領土が、ドラグネス領だ」

「ほぅ? それではキリアは、アベリンに向かったのか? じゃが、何を焦っておったのじゃ?」


 ヤンフィの疑問に、ディーノットは眉を顰めて、はぁ、と疲れたように溜息を漏らしていた。ヤンフィを馬鹿にしている空気を感じる。

 だが珍しくも、そんなディーノットの反応にヤンフィは文句を言わなかった。

 ディーノットは、理解力が乏しい子供に教え諭すような口調で続けた。


「……おそらく、貨物運搬用の【陸戦魔動艇(りくせんまどうてい)】が出発する時間が迫っていたからだろうな。先ほど出発したが、それに乗り遅れたら次の発車はおよそ10時間後だ。現状、クダラークの封鎖は解除されておらず、魔動列車は発着していない。なので、この街の結界の外側に出る方法は、そもそもない」

「…………何? どういう意味じゃ?」


 ディーノットの説明に、ヤンフィは声のトーンを下げて聞き返した。煌夜も思わず、え、と驚きを口にしてしまう。


「現状、クダラークの封鎖は解除されていない。外界とのやり取りは制限されていて、特に、人の出入りは全面禁止だ。それゆえに魔動列車は、クダラークを通過して停車はしない。ただし、一日二回から三回だけ、貨物運搬用の【陸戦魔動艇(りくせんまどうてい)】が物資を運んでくるので、キリア様はそれに便乗した」


 その台詞に、ヤンフィは不愉快そうな顔に眉根を寄せて喰い付いた。


「な――まだこの街を封鎖しておるのか? ソーンは単独犯で、しかもキリアが仕留めたのじゃろぅ? 何故に、封鎖が解除されぬ?」

「儂らがソーン・ヒュードを指名手配しているのは、奪われた秘宝を回収する為だ。回収できていない以上、街の封鎖を解除するわけにはいかない。まぁ、とはいえ、後は死体を見つけ出すだけだから、回収するのに苦労はないだろう――儂らが危惧しているのは、秘宝が他国に流出することだ。それだけは、万が一にも避けなければならない」


 そんなにも大事な物を盗まれるなよ、と言いたいところを、煌夜はグッと飲み込んだ。それを言ったところで詮無きことである。もう盗まれてしまった事実は覆せないのだ。

 まだ回収できていないというのならば、確かに封鎖を解かないのは道理だろう。

 とはいえ、その大事な秘宝が他国へ流出することを危惧しているのに、貨物運搬での行き来を許している意味が分からないが――


「……では、封鎖はいつ解除されるのじゃ?」

「当面、未定だ。だが最短でも、四色の月一巡の間は、人の出入りを拘束するつもりだ」

「一巡、じゃと――っ!?」


 ディーノットの台詞にヤンフィは驚愕していた。それは煌夜も同様で、当然の反応だろう。

 この世界で『四色の月一巡』と言えば、三十日間を指している。そんな長い間、ずっとこの街で滞在していなければならないのか――骨休めとして何泊かクダラークに滞在するくらいなら別段構わないが、流石に三十日間は長期すぎる。

 ヤンフィは全身から殺気を放ちながら、ディーノットに脅しを掛けた。


「――貨物運搬用の……なんじゃ? 陸戦魔動艇(りくせんまどうてい)か? 次の便は、10時間後と云うておったのぅ? それに乗せろ」


 ヤンフィの脅しに、しかしディーノットは溜息を漏らして首を横に振った。


「駄目だ。キリア様は【自由騎士】の称号を持っているが故に特例を出したが、キミたちは一介の冒険者だろう? 王族か、もしくは勇者でもない限り、キミたちに特例は出せない」


 ディーノットのキッパリとした断言に、ヤンフィは舌打ち一つで言葉を飲み込んだ。これ以上は問答しても無駄と悟ったのだろう。

 そうなると、次に採るであろう手段は、力尽くに他ならない。


「ヤンフィ、とりあえず落ち着けって――状況は分かったから、一旦、宿屋で作戦会議しようぜ」

「……チッ……まぁ、そうじゃのぅ……ここで苛立っても、仕方あるまいか……」


 先手でヤンフィの気勢を削いだ煌夜は、もうこれで聞くことはない、とソファから立ち上がり、傍らのディドを引っ張り起こした。


「じゃあ、俺らはもう行きます。あ、そうそう――ちなみにですが、この写真の子供たちに見覚えないッスか?」


 煌夜はそのまま退室しようとして、ふと思い出したように立ち止まり、ヤンフィから三枚の記憶紙を受け取った。

 記憶紙には、煌夜の目的である掛け替えのない弟妹、竜也、虎太朗、サラが写っている。それをディーノットの机に置いた。


「シャ、シン? ああ、この記憶紙のことか? ……見覚えはないな」

「一つお願いですけど……この子供たちを見つけたら、保護してくれませんかね? 俺の弟妹なんです」

「…………考えておこう」


 あざーす、と適当に頭を下げて、煌夜は部屋から出て行った。それに付き従う形で、ディド、ヤンフィ、クレウサも部屋を後にした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 ヤンフィたちはギルドを出てからとりあえず、魔動列車の発着場のすぐ近くにある十階建ての高層ホテルにやってきた。ここは以前、タニア、セレナと宿泊したギルド指定宿屋である。

 一応、合流場所として決めていたのもこの宿屋である。


「タニア様、セレナ様……ですか? いえ、宿泊なさっておりませんね」


 宿泊するついでに、受付で現在の宿泊客の情報を確認したところ、やはりタニアたちは戻ってきていなかった。想定通りではあるが、ヤンフィはその事実に溜息を漏らす。


「ふむ……であれば、とりあえず四人部屋を一つじゃ。空いておるかのぅ?」

「四人部屋ですか――ええ、上級、もしくは最上級が空いておりますが、いかがいたしますか?」

「上級で充分じゃ」


 ヤンフィはそつなく受付を済ませて、傍らで黙って待たせていた煌夜に向き直った。煌夜は、ありがとう、と頭を下げるが、その隣でディドが冷めた視線を向けてくる。


「ヤンフィ様……文句を言う訳ではありませんが、潤沢な予算があるのに、どうして最上級ではないのかしら? コウヤ様、ヤンフィ様が宿泊なさるのでしたら、当然、最上級だと思うのですけれど?」

「別段、どちらでも寝食に困ることはないじゃろぅ? それに資金は無限ではない。無駄遣いは控えるのが吉じゃ」

「――ではせめて、ワタクシとコウヤ様、ヤンフィ様お一人で、二部屋を頼んでくだされば宜しかったのに……そのほうが四人部屋よりも、若干、低予算ですわ」


 非難がましい口調で、ディドがむくれてそんな文句を付けて来る。その台詞を聞いて、傍らのクレウサが呆れ顔で口を開いた。


「ディド姉様。そうなりますと、私はどうすれば?」

「クレウサはロビーで寝ずの番をすれば良いかしら。もしくは自腹で部屋を借りたらどうかしら?」

「……とりあえず、部屋まで行きましょう。ディド姉様」


 ディドの辛らつな台詞をスルーしつつ、クレウサはヤンフィに視線を向ける。ヤンフィはそんな二人のやり取りを微笑ましく眺めてから、うむ、と歩き出した。


 受付で手渡された部屋の鍵は905号室、この豪華ホテルの9階角部屋だった。

 室内は非常に広く綺麗で、寝室二つのほかに、鍵の閉まる部屋が三つもある。これで四人部屋とは、まったく信じられない間取りだ。


 ヤンフィは室内に入ると、真っ先にリビングに向かって、三人掛けのソファに腰を下ろした。座り心地は悪くはなかったが、ソファというのが気に食わない。


「広いなぁ――凄い豪華だし」

「コウヤよ。こっちじゃ」


 ヤンフィは部屋に入ってきた煌夜を手招きして、リビングに置かれた椅子の一つを指差す。そこに座れという意味である。

 煌夜は、ああ、とただ頷き、ヤンフィの指示通りに椅子に腰掛けた。一緒に腕を組んで歩いていたディドは、椅子に腰掛けた煌夜の隣に立ち止まる。

 一方でクレウサは、各部屋に顔を突っ込んで物珍しげに覗き見してから、リビングの端で壁にもたれ掛かり、ヤンフィと向かい合った。


「さて、それでは作戦会議じゃ――まずは、コウヤの意見を訊こうかのぅ?」

「え、俺!?」


 ヤンフィは全員が揃って、意識が自分に向いたのを確認してから、煌夜に話の矛先を振る。いきなり話を振られて煌夜は驚いていた。


「そうじゃ――せっかく妾がコウヤの為を考えて、ディーノットと交渉しておったと云うに、面倒じゃからと切り上げおって……」

「いやいや、面倒だったわけじゃないし……つかそもそも、あれは交渉じゃないって……」


 ヤンフィはいじけるような態度で、非難がましい視線を向けた。そんなヤンフィの珍しい物言いに、煌夜はブツブツと文句を云いつつも、申し訳なさそうに頭を下げる。


「……まあとりあえずは、どうやってタニア、セレナと合流するかが問題、だよな? 二人がどこに居るのかも分からないが、少なくとも今はこの街に居ないわけだし……街が封鎖されてて、出入りも出来ない状況だから――」

「コウヤ様、ヤンフィ様、そのことですが――街に入るときに利用した時空魔術の通り道を使えば宜しいのではないかしら? あれを利用すれば、聖王湖の外に出ることが出来ますわ」


 煌夜の現状確認しつつの問題提起に、ディドが首を傾げながら問い掛ける。それに対して煌夜は、どうなんだ、とヤンフィに視線で問い掛けた。


「生憎じゃが、あの時空魔術の扉を開く鍵を妾は持っておらぬ。こじ開けることは不可能ではないが、ソーンと云う道案内が居らぬと、目的の場所に辿り着けるか自信はないのぅ」


 ヤンフィは、そもそもそれが出来れば困っておらぬ、と続けて呟いた。


「じゃあ、どうするか……携帯電話とかないから、タニアたちと連絡も取れないし……」


 煌夜は口元に手を当てて困り顔を浮かべていた。

 携帯電話、とやらが何かは分からないが、ヤンフィは煌夜の悩みに頷きつつ、クレウサ、ディドの表情を窺う。

しかし二人は特に案はないようで、押し黙ってジッとヤンフィの発言を待っていた。


「ふむ……確かに、コウヤの云う通り、妾たちが真っ先に考えるべきなのは、タニア、セレナとの合流方法じゃ――彼奴らが今、どこに居るのか。それが分からぬと、何も出来ぬ」


 ヤンフィは煌夜の悩みを引き継いで、話のまとめ役として司会進行を請け負った。


「タニアたちの現状で、想定される状況は三つじゃ。一番目は、まだ魔神召喚陣を潰し終わっていない。この場合は、速やかに合流して魔神召喚陣を叩き潰す必要があるじゃろぅ。二番目は、魔神召喚陣を潰し終えたうえで、【森林都市デイローウ】に滞在していることじゃ。妾たちの目的地としては、逆方向の【鉱山都市ベクラル】に向かいたいのじゃから、合流し次第、引き返さねばならぬ。三番目は、これが一番最良の状況じゃが、既に【鉱山都市ベクラル】で待機しておること、じゃ」


 立てた三本指を順番に下ろしつつ、ヤンフィは一つ一つを説明した。それを聞いて、煌夜がなるほどとばかりに頷いている。


「さて、可能性としては、二番目か三番目、どちらかが濃厚じゃろぅ。妾たちがタニアたちと別行動を取ってから、およそ六日ほども経っておる。タニアならば、既にことを終わらせておるはずじゃ――とはいえ、そもそもの話、現在妾たちは、この街を出る術がない」


 のぅ、と呟きながら、煌夜、ディド、クレウサに視線を向ける。何らか打開案を提供してくれないか、と期待を込めた視線である。

 だが誰も発言せず、虚しい沈黙だけが流れた。

 案がないなら、致し方なかろう――ヤンフィは、煌夜をチラと見ながら、ディドに話し掛ける。


「ディドよ。汝はコウヤの為ならば、何が出来るかのぅ?」

「コウヤ様の為ならば、この命を投げ出すことさえ厭わないかしら」

「……即答とは心強いのぅ。じゃがそれならば、汝の特殊能力が必要じゃ」


 ヤンフィの言葉に、あ、とディドとクレウサが、何かに気付いたように声を出す。一方で煌夜は、ディドの能力と云われてもピンと来ていない。

 ディドの保有する天族特有の異能【次元跳躍(テレポート)】――ディド曰く、距離に影響されず、目印を刻んだ地点に一瞬で移動できる異能である。


「なるほど、確かにワタクシの次元跳躍(テレポート)でしたら、登録した場所に一瞬で移動できますわ。いま登録されている地点は、天界と――」

「――登録できるのは三箇所じゃったな? 少なくとも二箇所は、新しい地点を登録することになるが、好いかのぅ?」


 煌夜に向けて自信満々に喋るディドを遮り、ヤンフィは、肯定の言葉以外、決して認めない口調で云い切った。

 ディドは少しだけ目を眇めたが、文句一つ口にせず頷いた。


「一箇所目は、ここじゃ。クダラークのこの宿にせよ。当面、()()()()()()宿()()()()()()()()


 待機、という単語に、全員がヤンフィの意図を図りかねて、疑問符を浮かべた。ヤンフィは薄笑いを口元に湛えたまま続ける。


「二箇所目は、【鉱山都市ベクラル】じゃ。ディドは先行してベクラルに往き、そこを地点登録せよ」

「……先行して、と仰いますが、どうやってかしら? この街から出る術、ないのではないかしら?」

「強攻策じゃが、汝だけであれば不可能ではない脱出方法がある。汝が先ほど見せた幻視の魔術――アレで姿を隠して、数時間後に発車する貨物運搬用の陸戦魔動艇(りくせんまどうてい)に乗り込め」


 ヤンフィのその言葉に、ああ、とディドは納得気味に頷いた。ところが、クレウサが信じられないとばかりに驚きの声を上げる。


「ちょ――え? ディド姉様、独りで、ですか!?」

「むろん、そうじゃ。逆に、ディド以外には任せられぬ」

「それは、そうでしょうけど――ぜ、全員で向かえば、そのほうが早いのではありませんか?」


 クレウサの台詞に、ヤンフィは溜息混じりに首を横に振った。


「移動に危険が伴う可能性があるじゃろぅ? ましてや辿り着いた先でも、予期せぬ問題に巻き込まれる可能性がある。コウヤを危険に曝すのは極力避けるべきじゃ。それにディド単独であれば、何が起きても対応できるじゃろぅ?」

「いや、そうですけれど――」

「――クレウサ。ワタクシを信用できないのかしら?」


 ヤンフィの説明に、クレウサは食い下がるが、それをディドが制した。


「……い、いえ……信用、できないわけでは……」

「ワタクシ独りのほうが、身軽で便利かしら。確かにコウヤ様のお傍から離れたくはありませんけれど、コウヤ様を護る為には仕方ないかしら」


 ディドがそう断言して、クレウサに鋭い視線を向ける。クレウサはその剣幕に圧されて、不承不承と引き下がり、黙り込んだ。


「クレウサ、汝は何を危惧しておるのじゃ? ディドと別行動するのが、それほど嫌なのかのぅ?」

「いや、そういうことでは……」

「ヤンフィ様。クレウサはきっと、ワタクシがいなくなることを不安視しているかしら。失礼ながらおそらく、ヤンフィ様とコウヤ様をまだ信頼できていないのですわ」

「そ、そんなことは……」


 クレウサはディドの言葉に動揺した様子で、慌てて違うと首を横に振っていた。ヤンフィはそんなクレウサの反応に溜息を漏らしてから、煌夜に顔を向ける。


「まぁ、信用も信頼も不要ではあるがのぅ。クレウサには何も期待してはおらぬし、そもそもコウヤが頷いてくれれば、もはやそれで決定事項じゃ」


 のぅ、と問い掛けると、煌夜は一瞬だけクレウサを見たが、それほど逡巡せずに頷いていた。


「……確かに、俺は足手纏いだしな……うん。ディドが良ければ、ヤンフィの言う通りに、一人で別行動してくれないか?」

「もちろんかしら――むしろ、ぜひワタクシにお任せ下さいませ。お仲間の獣人族(ガルム)と、月桂樹の使徒も、見事見付け出して、コウヤ様の下にお連れすることを約束いたしますわ」


 ディドは云って、それなりに豊満な胸元を強調しながら、煌夜に微笑んだ。ヤンフィには決して向けないその笑顔に、煌夜は少し恥かしそうに視線を逸らしている。


「さて、コウヤの了解も得たわけじゃし、ディドには早速向かって欲しいのぅ……ちなみに、この記憶紙に写っておるのが、タニアとセレナじゃ」


 ヤンフィはその場で記憶紙を作成して、そこに写ったタニアとセレナを紹介した。その記憶紙を受け取ったディドは瞬間、ギラつく視線を記憶紙に向ける。


「ディドよ。まずはベクラルに赴き、妾たちを召喚するのじゃ。そして、もしもその道中でタニアたちを見付けたのならば、事情を説明しておけ」

「畏まりました――つきましては、一つだけお願いしたいことがあるかしら」

「なんじゃ?」

「コウヤ様のパーティに、ワタクシを加えて下さらないかしら? ワタクシも、コウヤ様とパーティを組みたいかしら」


 ディドのその他愛もないお願いに、ヤンフィは、むろんじゃ、と二つ返事で了承した。

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