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神隠しに遭ったら、異世界に居ました。  作者: 神無月夕
第十章 魔神召喚陣
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第六十六話 再会

 ソーンが戻り次第、タニア、セレナと合流して、魔神召喚の破壊を手伝う――そんな話がひと段落したとき、ふとヤンフィが、思い出した、とばかりに手を叩いた。


「そう云えば、そうじゃった――汝らに、妾たち、ひいてはコウヤの最終目的を話しておらんかったわ」

「……最終目的? 【魔神召喚】の儀式を防いで、世界を救うこと、ではないのかしら?」

「違うぞ。ソレはついで――コウヤのお人好しが招いた寄り道の一つじゃ」


 ヤンフィの発言に、ディドがすかさず首を傾げて疑問を呈した。ヤンフィは苦笑しながら、それをキッパリと否定する。

 その否定の言葉に、ディドと同じ勘違いをしていたらしいクレウサは、驚いた表情を浮かべて、煌夜とヤンフィを交互に見詰めた。

 二人のそんな反応を見てから、煌夜は、ああなるほど、と静かに納得していた。


 煌夜が気絶している間のことは分からないが、確かに記憶にある限り、タニアとセレナ以外には、弟妹を見つけ出すという目的を話してはいない。

 しかも、煌夜は異世界人である、ということも伝えていないではないか――


「――あ、その……実は、俺、異世界から来たんだ……」


 煌夜は、申し訳なさそうに挙手しながら、割と衝撃的なつもりの告白をした。途端に、時間が止まったかのような沈黙が下りる。


「――――は、ぁ? 異、世界? あ……え、ええ、そうだったの、ですか……」


 だがその沈黙は重いわけではなく、また驚いたような空気でもない。

 ディドとクレウサの反応は、ひどくキョトンとしたものだった。ちなみにヤンフィは、呆れた顔で盛大に溜息を漏らしている。


「――コウヤよ。以前にも話したと思うが、異世界人なぞ、さして珍しくもない。とりあえず汝は、妾の説明を最後まで黙って聴いておれ」


 ヤンフィはそう言って、煌夜に、喋るな、と釘を刺してきた。その強い非難の視線に、うっ、とたじろいで押し黙る。

 ヤンフィは、キョトンとしているディドとクレウサに視線を向けると、心して聞け、と念押ししてから口を開いた。


「コウヤは――妾たちが認識しておる六世界ではなく、その理外、魔力とは無縁の外世界から召喚されたらしい。まぁ、それ自体も、さほど珍しくはないがのぅ」


 ヤンフィの言葉に、ああそういうことですか、と二人は納得の表情を浮かべた。よくあることね、とクレウサは小さく呟いていた。


 なるほど、どうやら煌夜の想像以上に、この世界では異世界からやってくる流れ者の存在というのは、常識の範疇であるらしい。

 煌夜は少しだけ、先ほどの発言が恥かしくなった。


「さて、それはさておき……実はのぅ……コウヤの弟妹も、このテオゴニア大陸のどこかにおるのじゃ。コウヤはその弟妹を見つけ出して、元の世界に連れ戻すために、旅をしておる」

「――なっ!?」


 ヤンフィのその発言に、ディドが目を見開いて驚きの反応をする。

 え、まさか、と煌夜の様子を見てくるので、煌夜は力強く頷く。ディドはその反応を見て、何かを察したように瞳を細めると、途端、悲しげな表情に変わった。


「……コウヤ様の、その、弟妹って……お幾つで、何人、なんですか?」


 一方、クレウサは渋面を浮かべて、口元に手を当てながら、いい難そうに質問する。


「歳は十じゃ。弟が二人、妹が一人――じゃったかのぅ?」


 ヤンフィが煌夜に、間違いないか、と確認してくる。それにも強く頷き、煌夜は話を引き継いだ。


「ああ、そうだよ。弟の、天見竜也、谷地虎太朗。妹の月ヶ瀬サラの三人。全員、十歳だよ」

「――コウヤ様、お答え難いかも知れませんけれど、いつ頃、どこで逸れてしまったのかしら?」

「ん? いや、逸れたんじゃなくて――」


 ディドがひどく悲しげな表情のまま、そんな質問してくる。煌夜はそれに答えようとして、しかしヤンフィに手で制された。


「ディドよ――理解が疾いのは、時として美徳にはならぬぞ? コウヤは、弟妹がこの世界に意図せず来てしまったことを知り、矢も盾もたまらずこちらにやって来たのじゃ。別段、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なぞと云うことはない。汝らとは違うぞ?」


 ヤンフィが薄笑いを浮かべながら、ディドに教え諭すように指摘する。その発言があまりにも物騒で、煌夜は目を点にして絶句した。

 ディドはヤンフィに指摘されて、恥かしげに目を伏せたが、すぐさま顔を上げて煌夜に頭を下げた。


「――コウヤ様、失礼いたしましたわ。ワタクシやクレウサを含めて、奴隷として囚われた者たちを、命懸けで助けて下さったので、てっきり……失礼ながらも、ワタクシと同じような境遇だと、勘違いしてしまいましたわ」

「あ――え? あ、ああ……いや、別に謝られることじゃ……」

「先入観なぞ持たず、まずは話を最後まで聴け。ちゃんと懇切丁寧に説明してやるわ」


 ディドの謝罪に、煌夜は面食らった。そんな煌夜を横目に、ヤンフィが続ける。


「コウヤの捜し人は、この(わらし)たちじゃ。コウヤがこちらの世界に来る一日前に、この世界にやって来たらしいが、その形跡はおろか、手掛かりさえ見付かっておらぬ…………見覚えなぞない、とは思うが、見覚えか、心当たりはあるかのぅ?」


 ヤンフィは、この童、と言いながら、リュウ、コタ、サラが写った記憶紙を見せた。ディドとクレウサはそれを覗き込んで、少し残念そうに首を振った。


「ワタクシに、心当たりはありませんわ……クレウサは、あるかしら?」

「私も見覚えはありませんね。ちなみに、ご家族――コウヤ様たちは、いつ頃、こちらの世界に召喚されたのでしょうか? それに、どれくらいの期間、旅をなさっているのです?」

「そうさのぅ――今日で都合、十四日ほどか?」


 クレウサの質問に、ヤンフィは首を傾げながら答えた。意識を失っていた煌夜では正確な期間は分からないが、体感ではもっと長く滞在している気がする。


「……まだこちらの世界に来て、間もないのですわね。であれば、無事である可能性のほうが高い、かしら?」


 ディドが思案顔で首を傾げた。その質問に続くように、クレウサが恐る恐るとヤンフィに挙手する。


「あの……テオゴニア大陸のどこかに――ということは、コウヤ様とは別の場所に召喚された、のでしょうか? それとも、召喚されてから行方不明に?」

「形跡はおろか手掛かりもない、と云うたじゃろぅ? こちらの世界に召喚されたのは確かじゃが、それ以上の情報は、今のところ存在しない。じゃから妾たちは各地を巡り、コウヤの弟妹の情報を探る為に旅をしておるのじゃ」


 クレウサの質問に対して、ヤンフィは断言した。シン、としばらく沈黙が下りた。


『――始まりの街に、手掛かりがある』


 小屋の中を重たい空気が支配した最中、ふと煌夜の脳裏にエイルの神託が浮かんでくる。


「あ、あのさ……それで、今後なんだけど……タニアとセレナに合流して、魔神召喚の阻止をしたら……いったん、最初の街に戻ろうと思うんだ……」


 煌夜はそれがエイルの遺言であることを伏せて、そんな提案を口にした。

 すると、ヤンフィもそれに賛同のようで強く頷いた。


「うむ。妾もそれが最善と思う。アベリンに戻って、アールーに依頼したコウヤの装備を回収せんといかんし……あの狐耳獣(ラガム)族の娘も、回収せんとのぅ?」


 ヤンフィの流し目に、煌夜は、アッ、と今更ながら思い出した。

 そういえばそんなこともあったな、と手をポンと叩く。怒涛の日々に翻弄され過ぎて、そんな事情は忘れ去っていた。

 ディドとクレウサは反対する理由などないようで、ヤンフィのその提案に異論なく、ただ黙って頷いていた。


「ああ、ちなみにのぅ――妾たちが汝らを解放したのも、魔神召喚を阻止しようと云うのも、どちらも成り往きじゃ。そも初めは、【子供攫い】なる奴隷商人に、コウヤの弟妹が攫われたかも知れぬと思うて、遠路はるばる【湖の街クダラーク】にやってきたのじゃ。ところがその過程で、異世界人を攫っておる世界蛇のこと、また、魔神召喚の儀式のことを知ってのぅ――よもやコウヤの弟妹が巻き込まれておるやも知れぬと駆け回って、結果、いまここにおるわけじゃ」

「…………ついで、みたいな理由で、私たちは助けられた、わけですか?」

「クレウサ、無礼が過ぎますわよ!! いかなる理由だろうと、コウヤ様が、ワタクシたちを助けて下さった事実は、揺らぐことはないでしょう!? ヤンフィ様、コウヤ様――改めて感謝いたしますわ」


 クレウサがなんともいえない表情でボソリと呟くと、ディドが烈火の如く叱責して、すかさず申し訳ない、と煌夜に頭を下げた。

 そんなディドの鋭い睨みにたじろいで、クレウサは慌てて口を押さえると、追従して頭を下げる。

 ヤンフィはディドとクレウサのその態度を見て、カラカラと笑いながら何度も頷いた。


「そうじゃ――じゃからこそ、感謝するが好い。汝らは幸運だったのじゃ。まぁ、それもこれも、コウヤのお人好しのおかげでもあるがのぅ」

「ええ、本当に――どれほど感謝しても、したりませんわ。コウヤ様の優しさがなければ、ワタクシたちは助からなかったのですから」


 煌夜は少し照れくさくなって、頬をポリポリと掻いた。助けたのは事実ではあるが、そこまで感謝されると居心地悪くなってしまう。

 そもそも、助けることが出来たのは、それこそ結果論である。

 クレウサの言う通り、ついで、のようなものだ。しかも、ヤンフィの協力なくしては、何一つ成し遂げられなかったわけだから、正直、感謝されることが見当違いに等しい。


「いや、恩を売るつもりで助けたわけじゃないから……ディドもクレウサも、そんな気にしないで欲しいな」


 ――とはいえ、感謝の気持ちを否定するのもお門違いなので、俺は気にしてないよ、と続けてこの話を終わらせようとした。

 そんな煌夜の態度に、ディドは感極まったように潤んだ瞳を向けて、もう一度深く頭を下げる。


「ふむふむ……さて、掻い摘んで云えば、妾たちの事情はこんなところかのぅ? で、何か質問はあるかのぅ?」


 小屋の中がちょっとだけ不思議な空気になったところで、ヤンフィが軽い調子で見渡す。その質問に対して、クレウサは、特にない、と首を横に振ったが、ディドがサッと挙手した。


「これから合流するお二人――コウヤ様のお仲間で、『タニア』、『セレナ』、とは、どのような方なのかしら? コウヤ様とは、どのような関係なのかしら?」


 どうしてかディドは、探るような表情を浮かべて、ジッと煌夜を見詰めてきた。煌夜は思わず、その眼力に気圧された。

 ヤンフィは愉しそうな表情で即答する。


「タニアは、彼の有名な猫耳獣(ガルム)族の王女じゃ。タニア・ガルム・ラタトニアと云う。コウヤの()()、かのぅ? セレナは、妖精族の治癒術師じゃよ。コウヤとは、()()()()()()()()()()()()()()じゃのぅ」

「おい、ヤンフィ。何、デタラメを――」

「――――獣人族(ガルム)? それに妖精族……月桂樹の使徒、かしら?」


 ヤンフィのふざけた台詞に、煌夜はすぐさま否定しようとしたが、ディドから漂ってきた鋭い殺気に中てられて、つい絶句してしまう。

 ディドは怜悧な無表情をいっそう冷たくさせて、全身から凄まじい冷気を放っていた。そんな反応に、ヤンフィだけが楽しそうだった。


「そうじゃ。二人とも、コウヤには並々ならぬ感情を抱いておるからのぅ。ちなみにのぅ、二人とも汝に負けず劣らぬ美女じゃよ」

「――――へぇ? 左様ですか?」

「うむ、左様じゃ」


 ヤンフィの頷きに、ディドは重々しい沈黙で答えた。何が気に食わないのか、凄まじい殺気を感じる。


「……獣人族、月桂樹の使徒、如き……コウヤ様に相応しいか、見極めなければならないかしら?」


 ディドがボソリとそんなことを呟いた。煌夜は思わずその底冷えするような呟きに身震いして、クレウサとヤンフィに視線を向ける。

 すると、クレウサが呆れたように口を開く。


「ディド姉様、種族差別は良くないのではありませんか? 一応、コウヤ様とヤンフィ様が選んだ旅の仲間――」

「――クレウサ、人聞きの悪い発言は止めてくれないかしら? ワタクシ、種族差別でこんなことを言っているわけではありませんわよ? けれど、獣欲に忠実な獣人族が、コウヤ様と旅するに相応しいとは思えませんし、ましてや、月桂樹の使徒のように、狭量な世界でのみ生きてきた偏屈者が、コウヤ様に利するとも思えないだけですわ」

「…………その発想こそが、種族差別です、ディド姉様」


 クレウサの発言を真っ向から完全否定して、ディドは何やら思いつめた表情を浮かべる。そんなディドを見て、ヤンフィは思惑通りとばかりに満足げに頷いていた。

 煌夜には細かい事情は分からなかったが、少なくとも、またヤンフィが状況を掻き回して愉しんでいることだけは分かった。

 いまさら注意しても無駄なので、口にはしないが――


「おっと、そうじゃそうじゃ。肝心なことを云い忘れておったわ――ところでのぅ。いま話したコウヤの目的じゃが、ソーンには決して漏らすでないぞ」


 ディドが何やら勝手に決意した一方で、ヤンフィがパンと手を鳴らして、その場の全員に告げる。


「いまはソーンの飛竜が必要なので、一時的に手を組んだが、正直なところ、一刻も早く手を切りたいと思うておる。ソーンは己の欲望にだけ忠実じゃ。我欲を満たす為ならば、仲間を仲間とも思わず、裏切ることに躊躇もせん変態じゃ。おそらく、隙あらばコウヤを攫って逃げるじゃろぅ」


 ヤンフィの断言に、その場の全員が力強く頷いた。煌夜もその意見には同意である。


「じゃから――タニアとセレナに合流した後は、コウヤの安全を確保したうえで、ソーンを殺すことにする。反論はあるかのぅ?」


 一応は質問の形だったが、ヤンフィのそれは有無を言わせぬ宣言だった。反論を口にする者は誰もいないが、口に出来る空気でもなかった。

 煌夜としては、殺すほどではないのではないか、と一瞬気後れしてしまったが、冷静になれば、生かしておくと死ぬまで貞操の危機があるとも感じる。

 そもそもよくよく考えれば、ソーンに対しては、恩義もなければ、負い目も感じない。正直、無関係を装いたいレベルの他人である。

 殺す選択こそ、最善かも知れない。


「ふむ……それでは、今後の方針は定まったのぅ。認識の共有も出来たことじゃし、出発の準備は好いかのぅ?」

「俺は大丈夫だよ」

「ええ、ワタクシも問題ありませんわ」

「私も――というか、ソーンが戻るまで動けないのではないのですか?」


 煌夜を含めて、その場の全員が頷きながら立ち上がる。

 ヤンフィはクレウサの疑問に、うむそうじゃ、と頷くと、パチン、と一つ指を鳴らした。

 途端に、フッと小屋の中の気圧が緩んで、硝子の割れるような音が鳴る。小屋に満ちていたヤンフィの魔力が掻き消えた。

 すると、バン、と勢いよく扉が吹っ飛んで、半裸の巨漢――ソーンが入り口に突っ立っていた。


「お、ようやく開いたぜ――ヤンフィ様、お待たせしやした。もろもろ準備が整いましたぜ?」

「うむ。ちょうど妾たちも準備が出来たわ。では、飛竜のところまで案内せよ」

「うっす。かしこまり、だぜ!!」


 ソーンは気持ち悪いくらいのテンションでビシッと敬礼してから、こっちだぜ、と先立って歩き出す。


「ほれ、往くぞ」


 ヤンフィは煌夜に視線を合わせてから、ソーンの後に付いて小屋を出て行く。

 それに続いてクレウサが出て行き、煌夜も慌てて後を追った。そんな煌夜の三歩後ろを、ディドが恭しく付き従う。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 煌夜たち一行は、ソーンが操る飛竜グレンに騎乗して、湖の街クダラークがある【聖王湖】――その端に浮かんでいる孤島に戻ってきた。


 極彩色の街ヒールロンドから、湖の街クダラークまでは、陸路を使うと、およそ三十日は覚悟しなければならない距離がある。しかしそれほどの長距離でも、飛竜を用いた空路であれば、たかだか二日ほどに短縮できた。

 この移動時間の短縮こそ、ソーンの最大にして唯一の利用価値だろう。


 道中は、ソーンが煌夜に夜這いを掛けようとして、ヤンフィとディドにタコ殴りにされたこと以外、何の問題も発生せず、平和な旅路だった。

 煌夜たちは、飛竜に備え付けられた時空魔術の居住空間で二日間、そんな空の旅を満喫しつつ、ゆっくりと英気を養うことが出来たのである。


 ちなみに、飛竜で移動したメンバーは合計五人。

 それ以外のメンバーとは、極彩色の街ヒールロンドで別れていた。


 紅蓮の外套に身を包んで、いかにも歴戦の冒険者らしい外見をした青年――天見煌夜。

 金色の蓮と青い鳥の描かれた和服姿をして、王者の貫禄を放つ幼女――ヤンフィ。

 相変わらず半裸でブーメランパンツ、両眼に傷があるドレッドヘアの変態巨漢――ソーン・ヒュード。

 どこから見ても貴族の令嬢、もしくはお姫様にしか思えない豪華なドレス姿をした天族――ディド。

 皮鎧に白地の外套を纏って、長剣を脇に携えた騎士のように凛々しい姿をした天族――クレウサ。


 まるで統一感のないそんな異色の格好をした五人は、孤島に降り立ち、暗闇に閉ざされた洞窟の中を歩いて、湖の街クダラークと繋がる時空魔術の扉を目指した。


 時空魔術の扉に向かう途中、聖王湖に棲まう魔貴族【ギガンドレッドプワソン】に気付いて、クレウサが驚愕する一幕があったが、特段問題は起きずに、煌夜たちは無事、湖の街クダラークに辿り着く。


 果たしてそのまま、無事にタニアたちと合流できるかと思えば、やはりそんなことはなかった。


 煌夜一行がクダラークの尖塔から出たところで、大問題が勃発する。

 煌夜たちの旅は、常に苦境の連続である。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



「…………おい、ソーンよ。何故にいま、妾たちは囲まれておるのじゃ?」

「さあ? オレにそれを問われても、分からねぇ、としか答えられねえぜ? つうかコイツら、本当に性懲りもなく群がってきやがって――殺すしかねぇよなぁ」


 頭を抱えて呆れているヤンフィ。

 その横で、ギラリ、と周囲を見渡して威嚇しているソーン。

 そんな二人の背後で呆然と周囲を見渡す煌夜。

 煌夜を護るべく、その前後で庇うように身構えているディドとクレウサ。

 そして、煌夜たち五人を取り囲む、総勢百人近くいる武装した騎士たち。


 どうしてこうなった――と、ヤンフィも煌夜も、声もなく嘆いていた。

 一方で、突然の急展開に思考が追いつかないディドとクレウサは、とりあえず煌夜を護る為だけに全神経を集中させていた。


「ソーン・ヒュード。貴様の命運もここまでだっ!! 今日こそ逃がさないぞっ!!」


 武装した騎士たちを統べる黄金甲冑を纏った男が、わざわざそんな宣言をする。それに呼応するように、集まった騎士たちが、おお、と気合の声を上げていた。

 彼らはどうやら、この湖の街クダラークを守護する護衛騎士団であるらしい。

 先ほど聞いてもいないのに、そう名乗りを挙げていた。


 ちなみに絡まれたのは、煌夜たちがクダラークの中央市街、その広場に足を踏み入れたときである。

 ソーンの容姿を知る何者かが、その姿を見つけて突然絶叫を上げた。その叫びに面食らっているうちに、当然ながら周囲が騒然となって、次の瞬間、気付けば煌夜たちの行く手は阻まれていた。

 そして、何が何やら意味不明で混乱しているうちに、あっという間に騎士たちが集まり、見事に囲まれたのである。

 彼らの目的は、まさにいま宣言した通り、ソーン・ヒュードという変態を殺すことにあった。


 ソーンが狙われているのは、元より承知していたが、まさかまたこうして襲われるとは想定していなかった。というか、巻き込まれる可能性を想定していなかったのは、ヤンフィの落ち度かも知れない。

 ともかく現状、事実として煌夜たちは大勢の騎士たちに囲まれている。


「……俺ら、関係ないよね? これ、ソーン一人が狙われてるんだよね?」


 煌夜は恐る恐ると疑問を口にした。正直、異様なほどの殺意に曝されて、気が気ではなかった。

 とはいえ――まぁ実際のところは、ヤンフィとソーンのみならず、ディドやクレウサという面子を相手にするのに、たかだか百人程度の騎士たちでは歯が立たないだろう。

 いやそもそもこの規模では、ソーン一人さえ抑えられないと思われる。

 それでも、万が一さえもないと分かっていても、屈強な騎士百人に囲まれたうえで、殺気をぶつけられる恐怖は、煌夜にはハードルが高い。


「コウヤ様は、オレがコイツらを瞬殺する雄姿を、その目に焼き付けてて下さい。こんな雑魚共、どんだけ集まろうともオレに敵うはずが――」

「――ソーン・ヒュードの仲間は、生け捕りにして薬漬けにするっ!! 出来る限り殺すなっ!!」


 ソーンの発言を遮って、黄金甲冑の男は空恐ろしいことを宣言する。


「…………おいおい、マジかよ」

「ふざけてますわ――調子に乗らないで欲しいかしら」


 煌夜は思わず頭を抱えた。煌夜を庇って立つディドは、陽炎のような殺気を滲ませた。


「おいおいおい、この糞雑魚共!! 生け捕りにして薬漬け、だと? オレを甘くみてんのか!? そんな暴挙、オレが許すわきゃねぇだろうがっ!!」

「甘くなど見ていない。だからこそ、貴様を葬るためだけに、わざわざ高額な賞金まで懸けて、大英雄様を御呼びしたんだっ!! いかに貴様が化物じみていようとも、この方には決して勝てないぞ! もはや貴様は終わりだ――お通ししろっ!!」


 揺らめく殺気を放つソーン相手に、黄金甲冑の男は自信満々でそんなことを叫ぶと、バッと背後の人垣を振り返った。

 何者か知らないが、英雄と呼ばれる助っ人を呼んでいるらしい。

 途端、百人からなる騎士たちの囲いが割れて、その奥から堂々と胸を張った仮面の女が現れた。辺りは、緊張と静寂に包まれた。

 煌夜とヤンフィはその仮面の女を見た瞬間、ビクリと身体を震わせて、本気で恐怖を感じた。冷や汗が止めどなく吹き出してきた。


 妖精族特有の深緑の長髪、弓使い風のいでたちをして、枝のように細長い刺突用の片手剣(レイピア)を持ち、何よりも特徴的なその仮面――煌夜とヤンフィには、嫌と言うほど見覚えがあった。


「おや? 貴様、確か……コウヤ、だったか? こんなところで会うとは奇縁だな」


 仮面の女は、涼しげな声音で首を傾げつつ、射殺すような威圧を全身から放っていた。


 その仮面の女は間違いなく、三英雄と呼ばれる生ける伝説の一人――妖精族キリア。


 多勢に無勢だったとはいえ、ヤンフィとタニアの二人でもってして、なす術もなかった化物だ。

 あのタニアが無様に地面に這い蹲り、ヤンフィでさえも死を覚悟したほど追い詰められた――


 そんなオーガ山岳での戦闘の光景、キリアに圧倒されていた記憶が、煌夜の脳裏に甦った。

 ヤンフィも同様のようで、クッ、と唇を噛み締めて、顔色を蒼白にさせている。


「あん? テメェが、大英雄? あぁ――アレか? 仮面をつけた妖精族っつうと、三英雄キリア、のつもりか? 確かに、その容姿は噂通りだが、どうせ偽物だろ?」


 何を根拠に言っているのか分からないが、ソーンは目の前のキリアを偽者と断じて、馬鹿にした風に鼻で笑った。

 偽者だったならばどれほど良かったか――と、声に出さずに、煌夜とヤンフィは同じ思いで、平然と歩いてくるキリアを見詰めていた。


「多いんだよなぁ。テメェのような自称【三英雄】様はよぉ――オレは少なくとも、テメェみたいな三英雄を自称する馬鹿を、何人も返り討ちにしてるぜ?」


 ソーンは見せ付けるように厚い胸板を張りながら、キリアに向かってメンチを切っている。

 それは傍目から見れば弱者に威嚇する強者の図だが、キリアの実力を知っている煌夜とヤンフィからすれば、圧倒的強者に一蹴される直前の弱者の強がりにしか見えない。


 さて、そんなソーンに仮面を向けながら、キリアが冷めた声で続けた。


「ところでコウヤ、貴様はこの変態と知り合いなのか?」

「あ、いや……勿論知り合いじゃ――」

「――おいおい、おいおい! オレを無視してんじゃねぇぞ、仮面勘違い女!! ちなみに、オレとコウヤ様、ひいてはヤンフィ様は知り合いなんて浅い関係じゃねぇんだよ!! オレらはもはや一蓮托生、切ってもきれない硬い絆で結ばれてんだっ!」


 キリアの問いに、すかさず否定の言葉を口にする煌夜だったが、その言葉を大声で遮って、ソーンは唾を飛ばしながら断言した。

 傍らのヤンフィは、はぁ、と言葉なく空を見上げて、ため息を漏らしていた。


「ほぅ? そうか――それは、困ったな。コウヤたちがこの変態の仲間だとすると、わたしは本気を出さなければならない」


 疑うということをしないのか、キリアはソーンの発言を素直に鵜呑みにして、煌夜の一挙一動に意識を集中し始める。

 キリアの纏う空気が、完全に戦闘モードに切り替わった。


「セレナと、暴れ姫の姿が見えないな……」


 キリアは言いながら、緩く周囲を見渡して、隠れた気配を探っていた。今この場にいないタニアを警戒しているのだろう。

 目の前のソーンを無視した振る舞いをするキリアに、ソーンは怪訝な顔を浮かべた。


「おい、仮面勘違い女。テメェ、随分とコウヤ様に気安いなぁ? まさか、知り合いか?」

「これからわたしに殺される予定の貴様と問答するつもりなどない」

「――――あ? んだと!?」


 ソーンが常識的な質問を口にした瞬間、キリアは冷水のような台詞で返す。一切の会話を拒絶するその言い方に、当然ソーンの怒りは最大に跳ね上がった。


「良い度胸だぜっ!! 問答無用で、殺してや――」

「――ソーン、待て! のぅ、キリアよ。少し話をさせてくれないかのぅ?」


 ソーンが拳を握り締めて、いまにもキリアに飛び掛ろうとした瞬間、ヤンフィが制止の声を掛ける。同時に、両手を上げて無抵抗をアピールしながら、交渉を切り出した。

 そんなヤンフィに一瞥だけくれて、キリアは煌夜に語り掛ける。


「子供攫いの件は、無事に片付いたようだな。そこの令嬢と女剣士が何者かは知らんが、この少女が貴様の助けたかった子供か?」


 涼しげな口調で言いながら、キリアは一歩ソーンとの間合いを詰める。途端に煌夜を中心として、キリアの凄まじい威圧が襲い掛かった。

 その威圧を浴びた瞬間、煌夜を庇うディドは慌てて、バッと両手を上げた。まるでVIPを護るSPのような動作だった。

 また、煌夜の背後を護るクレウサは、蒼白になりながらも長剣を抜いてキリアに構えた。


「コウヤ――わたしは今回、ソーン・ヒュードと、その仲間を殺す為に呼び出されている。貴様たちの関係は詳しく分からないが、仲間というならば、逃がすわけにはいかない」

「――妾たちは、ソーンの仲間などではない!!」

「どうかな? 本当に仲間でないかどうか、これで確認させてもらおう」


 ヤンフィが強く否定の言葉を叫んだが、キリアはそれを一笑に付して、緩やかな動きでレイピアの切っ先をソーンに向ける。


「威力は抑えるが、直撃すれば即死だろう。だが、貴様ならば反らすことくらいは可能だ」


 キリアは煌夜に視線を合わせながら、淡々とそう告げる。すると、レイピアの切っ先から輝く光が溢れた。

 その光を見たソーンは驚愕に目を見開き、先ほどまでの態度とは一変した様子で、慌てて腕を十字に構えた。グッと腰を落として、ゆらゆらと身体を揺らす。


「なっ!? なに、あれ――!?」

「――コウヤ様、失礼いたしますわ! クレウサ、避けなさいっ!!」


 キリアの行動を目にしたクレウサは、その光が持つ圧倒的な魔力量に驚愕して思わず硬直する。一方で、煌夜を庇っていたディドは、咄嗟に背後を振り返って、煌夜の身体を抱き締める。

 煌夜に抱き付いたディドはそのまま、クレウサに注意の言葉を叫びつつ、背中に巨大な風翼を生み出して空に飛び上がった。

 迅速なディドのその回避行動に、周囲の騎士たちが一斉に驚いていた。


「天族、か――厄介だな」


 迷わず回避行動を採ったディドを眺めて、キリアが溜息交じりに呟く。同時に、レイピアから輝く閃光を解き放つ。

 その輝く白光は、ソーン目掛けて一直線に伸びていく。

 それは随分とゆっくりとした一条の光線だった。直径十センチにも満たない光だ。だが、魔力を感じ取れない煌夜でさえも、その光が危険だと直感していた。

 キリアの宣言通り、直撃すれば即死に違いない。根拠なくそう確信できる。

 そんな煌夜の直感は間違いないようで、ソーンも同様に恐怖を感じているようだった。

 ソーンは光線の軌道を確認してから、十字受けの構えのまま、すかさず回避行動をとる。

 普段のソーンならば、何が来ようと避けることはない。けれど今回は珍しく、ソーンは慌てふためいた無様な動きで、光線を避けるべく横っ飛びしていた。


「――まったく、化物じゃのぅ」


 その時、ヤンフィがふと呟いた。どうしてかその呟きは、場違いに嬉しそうな響きだった。


 さて、そうしてキリアの放った光は、誰もいなくなった空間を通り過ぎる――かと思いきや、勢い激しく射線上に飛んで戻ってきたソーンに直撃した。

 瞬間、景色を掻き消すような白光が辺り一面を真っ白に染め上げる。一切の音がなくなり、ただただ視界が白くなった。


 何が起きた――と、煌夜が絶句した時、ディドが強く煌夜を抱き締めて、耳元で何が起きたか教えてくれた。


「ヤンフィ様が……ソーンを回し蹴りで蹴り飛ばして、あの即死級の光線に直撃させましたわ」


 煌夜はディドのその説明を聞いて、おいおい、と思わず呆れてしまった。同時に、ヤンフィの意図を察して、なるほど、と感心もした。

 ヤンフィはこの機会に、キリアと協力して、ソーンを亡き者にしようとしたらしい。それはまさに一石二鳥の妙案だろう。

 キリアに対して、ソーンの仲間ではないというアピールが出来るし、何より用済みのソーンを労せず、確実に片付けられる。


「ほぅ、その体術は――少女、貴様はもしや、コウヤの内に宿っていた魔王属か?」

「うむ、そうじゃ。この姿こそが、妾本来の姿じゃ。可憐であろう?」

「ああ、外見だけ見れば、可愛らしい子供にしか見えないな――貴様、名前を何と言う?」


 白い閃光が収まり、被弾したソーンが、ドォンとその場に顔面から倒れ伏した。

 大量の血液がソーンの身体を中心に広がり始める。傷口は見えないが、その出血量から推測するに致命傷だろう。

 ヤンフィとキリアは、そんなソーンを間に挟みながら対峙して、世間話でもしているかのような気安さで話を続けた。


「妾の名は、ヤンフィ、じゃ。コウヤに使役されておる魔王属じゃ」

「……使役、ね……ウィズと同じか――ああ、そういえば、コウヤは異世界人だったな。なるほど、そういう特殊能力か」

「ところでのぅ、キリアよ。いまのこれで、妾たちがソーンとは仲間でないことを理解できたかのぅ?」


 ヤンフィの言葉に、キリアは、ふむ、とレイピアを一振りしながら、ディドに抱き締められて空中に浮かんだ煌夜を眺めた。


「……ソーンを殺す為ならば、妾たちは喜んで協力できるぞ?」


 ヤンフィは倒れているソーンを足蹴にしつつ、煌夜に顔を向けているキリアに問い掛けた。


「貴様たちが仲間でない――と言うのなら、ソーンを完全に仕留めるまでは、逃げずにこの場で傍観していろ」


 キリアはゆるりとレイピアを横に振るう。途端、その剣から風が巻き起こり、次の瞬間、上空に浮かんでいたディドの風翼が掻き消えた。


「――――ぇ!? くっ!!」

「うぉ――っ!?」


 突然浮力を失ったディドは、当然ながら重力に逆らえず、地面に向けて落下する。咄嗟に、煌夜をいっそう強く掻き抱いて、自らを下に入れ替えた。


「ディド姉様っ!?」


 クレウサが心配そうに叫んだ。ドン、とディドが背中から地面に叩きつけられる。

 そうして落下したディドと煌夜は、そのまま地面に這いつくばった。まるで縫い付けられたように、凄まじい圧が上からのし掛かっていて、身体を起こすことさえできない。


「コウヤ様……お身体は、大丈夫、かしら?」

「……あ、ああ。大丈夫、だけど……ぐぅ――ごめん、身体を起こせない」

「それは構いませんわ。むしろ、もっと強く抱き締めてくれても結構ですわ」


 まさに煌夜がディドを押し倒したような図式で、二人は至近距離で見つめ合っていた。ディドの身体とこれ以上ないほど密着しているために、その吐息と体温、心音を感じる。

 恥ずかしいうえに照れ臭くて、煌夜は顔を真っ赤にさせていた。

 一方、照れている煌夜とは裏腹に、ディドはこれ幸いとその背中に腕を回して、より強く密着しようと足まで絡ませてくる。

 そんな二人を横目に、ヤンフィがキリアと周囲の騎士たちに大声で宣言した。


「妾たちは、ソーンに脅されて一緒に居るだけじゃ。被害者じゃ! 故に、この変態の首は差し出すし、抵抗もしない。じゃから、見逃してくれないかのぅ?」


 見た目幼女のヤンフィが、大きく両手を上げて、全面降参の意思を伝える。

 ――それほどまでに、ヤンフィはキリアと敵対することを避けていた。敵対すれば、煌夜を護りきれないことが明白だったからである。


「何を言ってるんだ? ソーンが出した被害を補填するために、ソーンの仲間は全員、薬漬けで逆らえなくしてから、奴隷として売り飛ばすことが確定してる」


 しかしヤンフィの宣言虚しく、黄金甲冑の男がサラッと答える。その表情には好色そうな笑みが浮かんでいた。


「無抵抗だろうと、油断はするなよ! 当初の予定通り、我々はキリア様のフォローに徹して、誰もこの包囲網から逃がさないっ!!」


 黄金甲冑の男と並んでいる褐色肌の美青年が、周囲の騎士たちにそんな注意を促した。それに対して、応、と全員が頷きを返し、一歩だけ煌夜たちを囲んでいる人垣が狭まる。

 だが、そんな周囲の状況には頓着せず、ヤンフィはキリアにだけ集中していた。

 正直な話、キリアさえどうにかできれば、この状況は窮地でもなんでもない。


「……畜生……なんで、ヤンフィ、様……オレを……」

「っ!? まだ、意識があるのか? なんとも、しぶといのぅ」


 ふとヤンフィが足蹴にしているソーンが呻いた。

 その声を聞いて、周囲の騎士たちはざわめき、同様に、ヤンフィとキリアも驚いていた。


「――いい加減、死ぬがよいっ!!」


 ヤンフィはすかさず、躊躇なくソーンの顔面を蹴り上げた。それは首をへし折るつもりの全力の蹴りである。ドガン、と爆発じみた音が響く。

 同時に、キリアも様子見などするつもりはないようで、レイピアを高く振りかざして、再びその切っ先に光を溢れさせた。


「ぐぉ――ぅ、っ……チッ――って、本気に、こりゃ、ヤベェ……」


 ヤンフィに蹴られたソーンは、しかしそれでも意識さえ失わず、フラフラとした様子で立ち上がった。そして、キリアの構えを見て、弱々しく呟く。

 見れば、ソーンの厚い胸板は心臓辺りの肉が削れて血塗れになっており、控えめに言っても致命傷に思えた。その両腕に至っては、肉が弾けて骨が露出していて、挙句、関節ではない部分で折れ曲がっていた。

 よくもあれほど重傷で、平然と立ち上がれるものだ。煌夜は横目でそれを見て思わず寒心する。


 しぶとすぎるな――とは、煌夜、ディド、クレウサ、ヤンフィの総意だった。


「しぶといな。だが今度は、仕留め――――まさか、それは!? くっ――散開しろっ!!」


 キリアはトドメとばかりに、ソーン目掛けてレイピアを振り下ろして、切っ先に宿った光を解き放つ――と突然、切羽詰まった声で叫んで、その場から飛び退いていた。

 何だ、と煌夜が疑問を持った瞬間、キリアの放った光が、ソーンの構えていた黒い水晶球にあっけなく吸い込まれた。

 ちなみにその黒い水晶球は、股間のブーメランパンツから取り出されたものである。


「飲み込まれる――光に触れたら、消滅するぞ!」


 キリアは慌てた様子で、周囲の騎士たちにそんな警告を発する。そのキリアの剣幕に驚き、騎士たちは固まった。

 一方で、キリアの驚きを正しく理解したヤンフィは、忌々しげにソーンをチラ見してから、重なって伏せている煌夜とディドに駆け寄る。そして、二人を地面に押し付けているキリアの魔術を掻き消した。


「――ソーンめ、奥の手を隠しておった!! 逃げるぞ!!」


 ヤンフィは叫びながら、目線でクレウサにも、急げ、と指示をして、動けるようになった煌夜とディドを助け起こした。

 ディドは状況を察して、煌夜の身体を改めて抱き締めると、再び風翼を広げて空を舞う。


「コウヤ様、全速を出しますわ。舌を噛まないように――」

「――ぅ、おっ!?」


 煌夜はディドに抱き締められたまま、騎士たちの頭上を飛び越えて、その包囲網を突破した。

 それに追従して、その小柄な体躯からは考えられないほどの跳躍で、ヤンフィもその場から逃げる。


「――――おい、魔王属!!」


 その時、跳躍したヤンフィに、キリアが何かを投げ付けた。ヤンフィは投げ付けられたそれを受け取って、速度を落とすことなく騎士たちを飛び越える。

 そんなヤンフィに一瞬遅れて、慌てた様子のクレウサが、ディドと同様、風翼を羽ばたかせながら飛翔した。


「っ!? くそ、おい! 逃すな――」

「――ぉおおおおおおおおおお!!!」


 黄金甲冑の男が、騎士たちの包囲網を突破したヤンフィたちを見て、大声で叫んだ。しかしそのとき、黄金甲冑の男の叫びに被せてソーンの怒号が響き渡り、黒い水晶球が地面に叩きつけられた。


 音も無く黒い水晶球は地面で弾けた。

 途端、ソーンを中心にして放射状に白光が溢れた。

 白光は緩やかに広がり、囲んでいる騎士たちに迫る。


「何だ、この光――――」


 ソーンの近くにいた騎士の一人が、迫りきた光を見ながら、不思議そうな声を上げた。そして直後、光に接触したその騎士は、触れた側から溶けて消えていく。


「――ぁ」


 その騎士は、そんな呆然とした声を最期に、全身を光に飲み込まれて跡形もなく消滅する。

 そんな光景を目にした騎士たちは、一瞬だけ絶句した後、すぐさま光から遠ざかろうと逃げ始めた。だがそれは、もはや致命的に遅かった。


 光は中心に凄まじい引力を発生させており、周囲のあらゆるものを引き寄せる。

 光が放つその引力に捕まった騎士たちは、気付いたときには踏ん張りさえ利かず、蒼白な顔を浮かべて光に吸い込まれていく。

 そうしてソーンを囲んでいた騎士たちは、次々と光に飲み込まれて消えていく。


「…………まるで、白いブラックホールじゃん」


 煌夜はディドに抱えられたまま、その光景を見送ってボソリと呟いた。

 ちなみにキリアは、煌夜たちとは逆方向に逃げており、もうその姿はどこにも見えなくなっていた。 


「ディドよ、ひとまず歓楽街に避難するぞ! そっちじゃ――」


 ふと、飛ぶように駆けるヤンフィが、中空を飛ぶディドに叫んだ。ディドはチラと視線だけ地上に向けて、コクリと頷いたと同時に、ヤンフィの指差す方角に曲がる。

 ――瞬間、ソーンを中心に広がっていた光が爆発して、広場の周囲に建ち並んでいた家々が轟音を立てながら崩れていく様が目に入った。


「うぉ――え? マジか……」

「もしやあれが、【世界樹の灯】(エルフショット)、かしら? 恐ろしいほどの威力かしら……」


 煌夜が驚きを口にすると、ディドもブルリと身体を震わせて、しみじみとそう呟いていた。


「――おい、コウヤの使役する魔王属よ。わたしは、ソーンを仕留めた後しばらくは、街外れの宿に逗留する。その間に、セレナとタニアを連れてこの状況の説明に来い」


 そのとき唐突に、すぐ傍からキリアの声が響いた。

 煌夜は当然、ディドも慌てて辺りを見渡すが、ディドの真下を併走するヤンフィと、少し背後を飛ぶクレウサしか周囲にはいない。


「……これが、連絡玉、とやらか……」


 すると、ヤンフィがそんな呟きを漏らしながら、ディドに向けて片手を掲げる。その手には、ゴルフボール大の小さな玉があった。

 キリアの声はどうも、その連絡玉から聞こえてきている。


「そうだ、一般的な連絡玉だ――――おっと、ひとまずわたしは、これからソーンを仕留める。貴様らは一旦見逃しておこう」


 キリアは一方的にそれだけ言って、ブツ、と会話を終了した。

 ふむ、とヤンフィは頷き、チラと周囲を見渡してから、ディドに向かって手招きする。

 目立つから降りて来い、という意図である。

 凄まじい勢いで走るヤンフィ、煌夜を抱えて空を飛ぶディド、追従するクレウサの三人は、周囲の注目を集めており、非常に目立っていた。


「クレウサ――姿を消しなさい」


 ディドはヤンフィの意図を即座に察して、しかしヤンフィの元に降りることなく、クレウサに振り返って叫んだ。クレウサはその指示に、ハッとした表情を浮かべて、すかさず大きく頷いた。


 そうして次の瞬間、煌夜とディドの姿は透明になり、クレウサの姿も空に溶けるように見えなくなった。


「ふむ、幻視の魔術か……よもや幻視まで扱えるとはのぅ――重畳じゃ。二人とも、妾について来い」


 ヤンフィは姿が見えなくなったディドたちに満足げに頷いて、唐突に走る速度を落とすと、裏路地に駆け込んだ。


 それからヤンフィは、まるで尾行を撒くかのように、グルグルとあちこちの路地に入って、遠回りしながら歓楽街へと向かったのだった。



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