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神隠しに遭ったら、異世界に居ました。  作者: 神無月夕
外伝 英雄譚
66/113

閑話Ⅶ 三英雄譚

本編作中でエイルが語った英雄譚

一部表現変更

 

 エイルが語るその物語は、神話として語り継がれる遥か過去の話でもなければ、吟遊詩人が創り上げた架空の創作でもなく、何の誇張も虚構も存在しない事実である。

 ほんの一昔前に、実際に起きた驚愕の史実であり、真実の出来事――少なくとも、誰もがそう共通認識している物語で、いまや大陸中で知らぬ者はいないほど流通している英雄譚でもある。


 さて、事の始まりの始まり――三英雄譚と呼ばれている物語の冒頭、序章部分は、十七年前のとある事件にまで遡る。


 その事件は、歴史上でも指折りで数えられるほどの大災害である。

 当時、大陸に住まうあらゆる種族を恐怖で慄かせた大事件――【キリアの天災】。三英雄譚は、その事件から全てが始まった。


 広大なテオゴニア大陸には、魔族を含めて多くの種族が住んでいる。その中で、月桂樹の民、または妖精族、と呼ばれる種族がいる。

 彼女らは基本的に、妖精族の聖地【キリア大樹海】にのみ、生息する種族である。

 キリア大樹海は、別名を世界樹の森とも呼び、全ての妖精族が生まれて、やがて死して還る場所だった。

 そこは、妖精族以外の何人も足を踏み入れること叶わず、また妖精族以外に誰も知らない隠された秘境である。ほとんどの妖精族は、その生涯を聖地から出ることなく過ごすのだ。

 ――時が止まった世界。

 ――伝説にのみ謳われる幻の楽園。

 それがキリア大樹海だった。


 そんな妖精族の聖地に、突如、黒い巨魁が飛来した。空を覆うほどのそれは、竜種の魔族である。


 魔族の名は、黒竜ヴリトラ――生まれてから、まだ四百年に満たない若き魔貴族である。

 生きた年数が、イコール実力に直結すると言われる竜種の中で、最も若輩に数えられる魔貴族でありながらも、既に魔族最強と恐れられていた魔族の中の異端分子だった。

 黒竜ヴリトラは、歴代最強、傍若無人、残虐非道、気紛れの死神、などなど数多くの異名を持ち、魔族の中でも恐怖の存在とされていた。

 ヴリトラはどんな魔王属にも従わず、気に食わない存在は問答無用に虐殺する。それゆえに、天災――抗うことの出来ない災害と呼ばれていた。


 そんな黒竜ヴリトラは、聖地を覆っていた結界を破壊して、あらゆる生物を死滅させて、キリア大樹海の全てを焼き尽くしたのである。

 キリア大樹海は、たった一日にして草一つない焦土と化した。

 結果、大樹海で生活していた妖精族は、ただ一人を残して全滅した。

 生き残ったのは、妖精族にとっての現人神、唯一無二の絶対女王『世界樹の守り手』――後に、三英雄と称えられる『キリア』だけだった。


 生き残ったキリアは、黒竜ヴリトラへの復讐を心に誓い、生まれて初めて人里に下りた。

 妖精族最強と謳われるキリアでも、自分ひとりの力では黒竜ヴリトラには太刀打ちできないことを理解していた。それゆえに仲間を求めたのである。

 まあそれは、妖精族の性質と言っても過言ではないだろう。

 妖精族は元来、チームを組んで連携して敵と戦う種族である。個々の強さもさることながら、役割分担された複数人の完璧な連携が、種族として最大の強みでもあった。

 しかしこの時、キリアは外界の常識を何一つ知らず、妖精族が人族に、どのような扱いを受けているかまったく理解していなかった。

 当時――否、これはいつの時代もそうだが、妖精族は人族にとって、非常に希少価値のある性奴隷という認識である。

 そんな事情など露知らず、キリアは【独立帝国ゼログランド】で、運悪く、人買いを生業としているランクS冒険者のパーティに目を付けられてしまう。


 キリアも初めての人里で浮かれていたのだろう。

 心細かったこともあったかも知れない。

 油断から、全面的に彼らを信用してしまった。

 そんなキリアの心の隙を突いて、彼らは言葉巧みにキリアを騙すと、その身体に隷属の呪いを施すことに成功した。

 隷属の呪いは、発動すれば主人に絶対服従を強いる呪いである。

 呪いの発動条件は、貞操を失うこと――つまりは、キリアの処女を奪うことである。

 そんな呪いに掛かってしまったキリアは、ようやく自らが騙されたことを知る。また、人族が妖精族をどう扱っているのかを理解して、人族に対する認識を改めた。

 そして、陵辱される寸前で何とか逃げ出して、騙した冒険者たち全員を鏖殺せしめた。

 けれど、ランクSの冒険者たちを殺したことで、帝国ゼログランドの皇帝の目に留まってしまい、キリアは高額の賞金を懸けられる。


 そこからキリアは四色の月一巡ほど逃亡の日々を送ることになる。連日、帝国ゼログランドの正規騎士団が、執拗にキリアを追い詰めた。

 最初こそキリアは騎士団を軽く蹴散らしていたが、月桂樹のほとんどない人里では満足に休めず、やがて体力はおろか魔力をも回復できなくなる。

 キリアの身体は疲弊し、心は擦り切れ、魔力さえ希薄になり、とうとう不意の一撃で致命傷を負ってしまう。

 心身ともにボロボロとなったキリアは、ゴブリンの巣と呼ばれていた魔性の森、その最奥の洞窟に身を隠した。


 さて、一方その頃、のちに三英雄に数えられる冒険者――ウィズ・クロフィードが、ゴブリン退治の依頼を受諾していた。

 当時のウィズ・クロフィードはまだまだ一人前とは言い難いランクB冒険者だった。

 実力はランク相応であり、突出した才能は特段持ちえていない平凡な冒険者だったと言われる。

 そんなウィズは、図らずもゴブリンの巣に足を踏み入れた。

 けれどそこには、ゴブリンの死体だけが転がっていたと言う。不審に思ったウィズは、魔性の森をくまなく探索して、最奥の洞窟に足を踏み込む。


 そうしてそこで、ウィズとキリアの二人は、運命的な出逢いを果たすことになる。


 ウィズが踏み込んだ洞窟の奥では、次々と沸いて出てくる無数のゴブリンを相手に、キリアが剣舞を披露していたと言う。

 ウィズはその凄惨な光景に息を呑み、その凄まじいまでの剣の実力に目を見張り、流麗に踊るそのキリアの美しさに心奪われたと語られている。


 しばらく経ち、無数に思えたゴブリンを全て屍に変えたとき、キリアはガクリと膝を突いた。その様を見たウィズは、慌ててキリアに駆け寄り、その身を案じたらしい。

 しかし、ウィズの心配に対して返ってきた反応は、問答無用な殺意の一撃だった。


 人族に裏切られて、追われる身のキリアは、ウィズを敵だと思ったのである。


 キリアはウィズを殺そうと斬りかかり、けれど疲労困憊状態で仕留めきれなかった。

 一方でウィズは、体力、気力、魔力ともに万全状態だったが、瀕死のキリアと互角に切り結ぶことが精一杯だった。

 やがて、勝負はあっけなく決まった。

 勝者は、瀕死のキリア――当然ながら、根本的に実力が劣っているウィズが、瀕死とはいえ、妖精族最強のキリアに勝てる道理などなかった。


 ウィズはこのとき、自らの死を覚悟したそうだ。もはや覆せない状況だと悟って、命を諦めたという。

 すると不思議なことに、運命はウィズを助ける。キリアに寿命が訪れてしまった。


 魔力を補給できずにずっと戦い続けたキリアは、既に身体を維持できないまでに追い詰められていたのである。

 寸でのところで助かったウィズは、死に逝く定めのキリアをそのまま看取ろうとした。


 ところがキリアは、黒竜ヴリトラを倒す為に、こんなところで無意味に死ぬわけにはいかなかった。黒竜ヴリトラを倒す為ならば、己の貞操など何の価値もないと結論付けた。

 キリアはウィズに、魔力共有を提案する。

 それはすなわち、自らを犯すよう懇願したのだ。キリアの命が助かる為には、それしか術が残されていなかった。キリアからすると、まさに断腸の決断だったろう。


 ――まあ、そうしてキリアとウィズは、ゴブリンの洞窟で結ばれたわけである。

 こうして二人は、やむを得ずの展開であるが、誰よりも強い魔力の絆で結ばれた運命共同体となる。

 そんな人族と妖精族の歪な二人組は、打倒黒竜を掲げて旅を始めた。


 ここまでが序章。伝説の始まる前段、英雄の卵が出逢う冒頭である。


 さて、そんな果てない旅を始めた二人に、最初の試練が襲いかかる。

 キリアを手中の収めようと、帝国ゼログランドが次々と刺客を送り込んできたのだ。キリアは帝国に逆らった大罪人として、高額の賞金を掛けられていた。

 帝国の領土から逃れることも叶わず、二人は襲い来る刺客を撃退する日々を過ごす。

 そんな折、帝国最強――否、テオゴニア大陸最強と謳われる英傑【魔貴族殺し(アールキラー)】の異名を持つ帝国の大将軍カロンが、キリアとウィズを捕らえるべく兵を率いる。

 三百人から成る騎兵を操り、一騎当千の猛将カロンが迫る。それに対するは、キリアとウィズのたった二人だ。

 結果は、火を見るよりも明らかだろう。

 誰もがキリアは捕まり、ウィズは殺されると予想した。

 果たして――予想は覆される。

 まったく信じがたいことに、キリアとウィズは迫り来る大軍を前に、たった二人で立ち向かい、そのほとんど、およそ二百五十人を打倒した。

 地力が違うこともあろう。だがそれにしても、単純計算、一人で百二十人強を相手に、生き残るだけでなく倒しきったのだ。そこに立ち会っていた騎士たちでさえ、何の冗談かと思ったという。


 そんな信じ難い光景を前にして、ようやく大将軍カロンが動き出す。

 満身創痍のキリアとウィズ対、大将軍カロンという図式。

 ――そして、死闘が始まる。

 死闘はおよそ四時間に亘り、遂にキリアとウィズは大半の予想を裏切って、カロンを殺してみせた。

 最強と信じていた指揮官を失い、残りの騎士たちは散り散りになって逃げる。その後、帝国はキリアたちを追うことを諦めた。

 帝国が保有する最強戦力が潰されて、騎士団の大半を失って、もはやこれ以上、たかだか二人の犯罪者を追うためだけに手間を割けないと悟ったのである。


 さて、ようやく刺客を振り切ったウィズとキリアは、帝国の領土では碌な仲間を集められないと考えて、大陸の中心、聖王国テラ・セケル領を目指した。


 それが運命の導きだとは知らずに――


 時を同じく、聖王国テラ・セケルの王都セイクリッドで、国王から或る御触れが発布された。

 それは、平和を享受していた誰もが絶望を覚える内容であり、大陸全土が震撼するほど衝撃的な通達であった。


 ――【狂獣ゴルディア】と呼ばれる若き魔王属が、六百年以上、永らく空位だった魔族の頂点【魔王】の玉座を手に入れて、大陸全ての人族に宣戦布告してきた。見せしめに、聖王国領内にあった三つの自由都市が魔族に蹂躙されて、一夜にして生物の住めない廃墟と化したという。

 そんな【魔王】を倒す有志を募る。報酬は、聖王国テラ・セケルが支払える限りのあらゆる望み。それこそ国王の座さえも望むまま――


 これは特別依頼であり、参加資格は冒険者であること。参加条件は、国王軍の精鋭と互角以上に戦う実力があることを示すこと。

 晴れて有志に選定された者には、聖王国が保有する宝物を一つだけ貸与される。


 このお触れの発布により大陸中から、我こそはと腕に覚えのある猛者が、王都セイクリッドに集まってきていた。


 さて、そんな情報など露知らず、王都セイクリッドに到達したウィズとキリアは、アイテル・ヒュペリオンという青年と出逢った。

 このアイテルこそは、三英雄最後の一人――のちに聖王国の国王になる英雄王、光の勇者、聖王ランドルフの再来、などの二つ名を戴く最強の剣士である。


 しかし当時の彼は、奴隷階層出身の青年で、王女が同情から雇っていた王女付き従者の一人だった。

 アイテルは拾ってくれた大恩を王女に感じており、同時に、王女のことを強く想っていた。王女の為ならば命を賭けるのなど惜しくは無かったし、その為の努力も惜しまない青年だった。

 ――とはいえ、どう頑張ろうとも、身分が違いすぎるが故に結ばれることはない。


 そんな折に、今回のお触れは渡りに船だった。

 アイテルは一縷の望みを賭けて、魔王討伐に名乗りを挙げたのである。


 はたして、のちの三英雄はここで出逢い、パーティ無所属だったソロ冒険者のウィズをリーダーにして、パーティ名『堕落させた責任取って、黒竜を狩る者』――通称『狩る者』を結成する。

『狩る者』は当初ランクDだったが、有志の選定試験で、国王軍の精鋭ランクAの戦士たちを圧倒してみせて、その場でランクA認定を受けると同時に、当然のように魔王討伐隊に選ばれた。


 そうして、大陸全土から選りすぐりの強者が集まった魔王討伐隊は、都合十二人の精鋭チームとなった。

 時代を代表する最強冒険者集団、ランクSS『デッドエンド』の六人。

 獣族至上主義を掲げ、狐耳獣人の再興を目的として集まった『獣神団』の三人。

 そして『堕落させた責任取って、黒竜を狩る者』の三人である。


 こうして結成された魔王討伐隊は、ひとまずは聖王行路を辿り、聖王ランドルフが各地に隠した遺産を探す旅に出た。また、攻略されていない迷宮を踏破して、実戦の経験値を稼いでいく。


 世界を巡り、魔族を倒す旅は苛烈を極めた。だが、魔王討伐隊は危なげなく活躍を続ける。


 或る街では、吸血鬼と呼ばれる魔貴族の支配から、住民を助け出して街を解放した。

 或る街では、定期的に住民を喰らう幻想魔(イリュージョンロード)の魔貴族を倒した。

 或る国では、魔族の脅威を理由に戦争をしている両国の関係を取り成して、和平条約を締結した。

 或る国では、魔族の瘴気により発生した未知の病気を解明して、特効薬を作り、病人を助けた。


 そんな人助けを繰り返していると、いつしか魔王討伐隊は、勇者一行と呼ばれるようになった。

 誰もが魔王討伐隊に期待をして、誰もが魔王討伐隊ならば魔王打倒を成し遂げられると考えていた。


 ――ところが、このまま物語は順調に進んだりはしない。


 魔王討伐隊が、勇者一行と呼ばれるようになってしばらく経った頃、【帝国ゼログランド】が一体の魔王属に滅ぼされた。

 また時を同じく、【竜騎士帝国ドラグネス】の街が次々と氷漬けにされる事件が発生する。

 魔王軍の侵攻が活発になったのだ。人々は恐怖して、同時に勇者一行を望む声が高まった。


 さて一方、魔王討伐隊は、聖王行路の半ば、獣族が住まう【獣王国ラタトニア】に辿り着いていた。

 ラタトニアでは、鎖国気質であった国王を説得して、人族と力を合わせる条約を締結させる。


 そんな折、突如、魔王討伐隊の前に【魔王ゴルディア】が単身で姿を現した。


 部下の魔族を誰も連れずに、その身一つでいきなり現れた【魔王】に、魔王討伐隊は千載一遇の好機と戦いを挑む。

 そのとき、誰も無謀とは思っていなかったし、誰もがこれで平和が訪れると思っていた。

 しかし、蓋を開けてみればひどくあっけなく、その結果は惨憺たるものだった。


 魔王討伐隊は、単身の魔王ゴルディアに手も足も出ず、ウィズ、キリア、アイテル以外、わずか一時間ほどで全滅したのである。

 魔王ゴルディアはあまりにも拍子抜けの【勇者】に嘲笑して、ひとしきり暴れた後、獣王国は滅ぼさずに去っていった。


 魔王討伐隊が全滅した報は、瞬く間に大陸全土に流布された。

 人々の希望は、魔王のお遊びで簡単に潰えて、より深い絶望に大陸は包まれた。


 ところで、かろうじて生き残った三人は、魔王に対抗しうる力を求めて、旅を続けることを決意する。

 三人は獣王国ラタトニアを後にすると、ただひたすら聖王行路を辿って、その終着点、幻の大迷宮【異次元洞】に辿り着いた。

 異次元洞の正確な位置は、辿り着いた三人は詳しく語っていないが、ともかく大陸の果てだったと伝えられている。

 聖王ランドルフ一行以外、誰も攻略したことのない伝説の大迷宮――三人は力を求めて、攻略に挑んだ。


 果たして、攻略は難なく為された。いや、死ぬほどの危機は幾度となく味わったらしいが、攻略自体は、四色の月一巡ほどの短期間で攻略できたと伝わっている。

 そして、大迷宮を攻略する過程で、三人は一足飛びに人間の限界を超えて、三英雄と呼ばれる超人へと成長する。


 ウィズ・クロフィードはこの大迷宮で、神話級の道具を創造できる鍛冶技術を習得したとされる。また同時に、聖王の装備を凌駕する武具をも手に入れたようだ。

 キリアはこの大迷宮で、妖精族の秘奥義を習得して、同時に、体内の魔力を最大効率で操る技術を磨き上げたとされる。

 アイテル・ヒュペリオンはこの大迷宮で、神から【光の勇者】の資格を賜り、神剣【光神聖剣(ライトブリンガー)】を授かったとされる。

 ちなみにその神剣は、あらゆる魔王属、魔王に対しての絶対の弱点であり、どんな異能を持つ魔族にも、問答無用に効果を与える究極の武器とされる。


 こうして三人が人知れず成長した頃――王都セイクリッドでは、侵略してくる魔王軍との全面戦争を余儀なくされていた。

 この頃はもはや、聖王国テラ・セケルの領土が、三分の一近く滅ぼされていた。


 魔王討伐隊という希望がなくなってから、四色の月は六巡。

 魔王討伐隊が、王都セイクリッドを出発してから、丸一年が経っていた。

 このままの調子で魔王軍が侵略を続ければ、わずか数年で人族は滅び去るだろう。


 そんな状況を覆そうと、無謀にも王都セイクリッドは、総力を挙げて魔王軍に挑んだのだ。


 果たして、王都セイクリッドの総力は、あっけなく敗戦を繰り返す。一矢報いることはおろか、魔王軍の幹部一匹さえ殺せずに、ただただ人死にが増えていった。


 さて一方で、世界がそんな未曾有の事態になっていることなどお構いなく、ウィズ、キリア、アイテルは、龍神山脈という大連峰を踏破して、頂上に巣食っていた【黒竜ヴリトラ】を討伐していた。

 黒竜ヴリトラとの戦いは熾烈を極めて、三日三晩続いたと語られている。けれど、最後はアイテルの光神聖剣の一振りで首を切断されて、黒竜ヴリトラは絶命したとされる。

 キリアにとっての悲願は叶った。

 ウィズにとっては魔王討伐の為の貴重な材料が確保できた。

 アイテルにとっては、自身の腕試しができた。

 これで、魔王に反旗を翻す準備は整った。


 そしてウィズ、キリア、アイテルの三人は、黒竜ヴリトラの屍骸を持ち帰り、三英雄として持て囃されるようになる。

 魔王討伐隊ではなく、三英雄として、ウィズ、キリア、アイテルの名が、にわかに大陸中を席巻し始める。


 三英雄の名が轟くにつれて、魔王軍の侵略は緩慢なものとなっていった。それは図らずも、魔王軍の目的が、領土を蹂躙することから、三英雄と呼ばれる三人に代わったことを意味していた。


 それを承知のうえで、三人は各地の魔王軍を各個撃破しつつ、確実にその数を減らしていった。

 また同時期、【参王魔(トリオロード)】と恐れられていた最古参の魔王属三体を、三人は、手分けして単独で倒したのである。


 帝国ゼログランドを滅ぼした魔王属【炎帝ポイクス】を、キリアが単独で討伐。

 竜騎士帝国ドラグネスの街を氷漬けにした魔王属【氷姫フローラ】を、ウィズが単独で封印。

 聖王国テラ・セケルの領土を侵略していた魔王軍本隊、それを束ねる魔王属【蹂躙王ダスト】を、アイテルが単独で撃退した。


 ちなみに、炎帝ポイクスは黒竜ヴリトラと同格の竜種【赤竜ラド】を使役していたが、キリアは二体まとめて討伐した。

 同様に、氷姫フローラも【青竜ブルーレイク】という竜種を使役していたが、ウィズもその竜種ごと倒すことに成功する。

 そんな二人も充分に化物だろうが、アイテルはもっと規格外である。魔王軍本隊、その数、およそ十万を数える魔族の軍勢を前にして、単身で全て撃退したのだ。


 こうして、三人の獅子奮迅の活躍により、魔族と人族の均衡はあっという間に逆転する。 


 圧倒的劣勢となった魔王軍は、ようやく侵略の手を止めた。しかし諸悪の根源である魔王ゴルディアが討伐できなければ、いずれまた人族は脅威に曝される。


 三人は魔族との決着をつけるべく、魔王ゴルディアの根城に乗り込むことを決意する。

 ところが、そう簡単に事は運ばない。

 魔王の根城はそもそも、神の領域と呼ばれる異次元に存在している。そしてその空間は、いかに時空魔術を極めようとも到達できない領域にあり、魔王属の中でも選ばれた存在しか足を踏み入れられない場所だった。


 つまり、三人では魔王の根城に辿り着くのは不可能である。


 しかし――ウィズは、その不可能を可能に変える。


 ウィズは持てる全ての技術、あらゆる魔術を駆使して、一振りの魔剣を生み出す。

 その魔剣は、ウィズの全身全霊を注ぎ込んだ渾身の刀であり、生涯で最高傑作だと喧伝するほどの魔道具となる。

 銘を【ロードアウラ】と名付けた究極の魔剣。後には、三英雄ウィズの代名詞ともなる武器である。


 ウィズは完成した魔剣ロードアウラを振るって、封印された氷姫フローラを魔剣に取り込むことに成功した。

 取り込んだ氷姫フローラは、ウィズの使役する従魔となり、同時にウィズは、人族の身でありながらも、魔王属としての氷姫フローラの能力を手に入れた。


 こうして魔王属の能力を手に入れたウィズは、キリアとアイテルを引き連れて、魔王ゴルディアの隠れている根城、異次元空間に存在する魔王城に乗り込んだ。


 果たして魔王城には、万全の態勢で魔王ゴルディアが三英雄と呼ばれる三人を待ち構えていたという。


 魔王ゴルディアは、【百獣を統べる狂獣】の異名を轟かせる魔王属だった。その能力は、自らが従属させた百匹の魔獣を召喚する能力だった。


 魔王ゴルディアと対峙した三人の前に、天空竜、地竜、雷竜、巨魁鬼、吸血鬼、大死霊、屍獣などの魔貴族が次々と現れた。それらの魔貴族は一匹一匹が、そもそも魔王属に匹敵するほど強力な存在だったという。少なくとも、どの魔貴族だろうと一匹もいれば、国が一つ傾くに違いない。

 見る限り、雑魚といえる魔族はどこにもいなかったという。


 それほど強力な魔貴族が――百匹。


 魔王の玉座がある場所は、壁のない果てしない異空間だったが、そんな異空間が、見渡す限りの魔貴族で埋め尽くされているのだ。まさに圧巻の光景であろう。


 さて、そんな百匹の魔貴族は、三人を見事に取り囲んでおり、もはや逃げることも叶わない状況だった。いかに三英雄といえども、これはあまりにも絶望的である。

 しかし、三人も魔王ゴルディアが一筋縄ではいかないことは理解していた。それゆえに、この程度の逆境で諦めるほど潔くはなかった。


 三人は意を決して、百匹の魔貴族と全面衝突をする。


 その死闘は、時間の概念を置き去りにしたような異空間内において、二日とも三日とも言われるほどの激戦だったらしい。


 果たして三人は、誰一人失うことなく、百匹の魔貴族を倒しきった。


 満身創痍で青息吐息、魔力残量もほとんど残っておらず、とっくに貴重な回復薬は尽きた状況。けれども三人は見事に、百匹もいた魔貴族を倒しきり、魔王ゴルディアと改めて対峙したとされる。


 魔王ゴルディアは、そんな人間離れした化物の如き三英雄の強さを称えて、四体の天使を降臨させたと伝わる。

 その降臨した四体の天使は、正確には天使ではなく、天族の亜種で、天魔種と呼ばれる魔族――端的に言えば、天族の魔王属だったという。

 百匹の魔貴族を倒した直後に、今度は未知数の力を持った魔王属が四体。

 さすがにここまでの逆境は、三人でさえも絶望したという。


 誰もが冷静に、このままではどう足掻いても魔王ゴルディアには届かないと悟ったとされる。


 そんなとき、ウィズは一つの決意をした。

 それは、自らを犠牲にして、四体の魔王属を別の異次元に封印することだった。

 ウィズは三英雄になってから時空魔術を極めており、実際に氷姫フローラという最古参の魔王属を単独で封印もしていた。

 その氷姫フローラを封印したときの術式を応用して、さらに冠級の時空魔術をも併用して、四体の魔王属をこの場から取り除く手段を思いついていたのだ。

 けれどそれは、自己犠牲のうえでしか成り立たない博打であることも理解していた。

 それを成す為には、ウィズの魔力を全て費やして、その命を全て擲って、誰も到達できない次元に片道切符で飛ばなければならない。

 片道切符ということはすなわち、行った先でもし生き残っても、永遠に戻れないということだ。


 とはいえ、たった一人の犠牲で大陸全ての住民が救われるのならば、安いものだろう――彼の三英雄はそう思ったに違いない。


 ウィズは一瞬も躊躇せずに、四体の魔王属を相手にして、その場で冠級の合成魔術を創造したとされる。

 一度きりの大博打。失敗すれば、ただの無駄死に。だが成功しても、自らは必ず死ぬ。

 それが分かっていて、何一つ躊躇わなかったという。


 果たして、ウィズは博打に勝った。


 魔王ゴルディアの切り札だった四体の魔王属は、ウィズと共に、別の異次元に飲み込まれていき、その場には、キリア、アイテル、魔王ゴルディアのみとなった。


 こうして最後の死闘が幕を開ける――のだが、魔王ゴルディアとの死闘は、あっけなく終わる。


 切り札を出し切った魔王ゴルディアでは、満身創痍といえども三英雄を二人相手にするには、力不足も甚だしかった。

 地力の差で負けて、隠し玉も既になくなり、しかも二対一という状況。【魔王】を戴く存在だが、ゴルディア単体の実力は、魔王属の中では決して強者ではない。

 魔王ゴルディアは、アイテルの振るう光神聖剣に首を両断されて絶命する。


 ――魔王が人の手により討たれた。

 それは聖女を通して、大陸全土に速やかに伝わった。


 さてそれから、アイテルとキリアは、ウィズが残した魔剣ロードアウラを用いて、魔王城から王都セイクリッドに凱旋した。


 魔王を見事、討伐しきった三英雄たちは、その功績を称えられて、冒険者としても、パーティとしても、最高ランクSSを授与された。同時に、三英雄たちには、通行証なしで国境を越える権利、【自由騎士】の称号も授与された。

 さらにそのうえで国王は、三英雄が望むままの報酬を授ける、と言った。


 三英雄アイテル・ヒュペリオンは、望むままの報酬として、一人娘である王女との結婚を申し出た。それはつまり、国王の座を戴くということだ。

 しかし、それを快く思わない国民は誰もいなかった。

 聖王国だけではなく、大陸全土のあらゆる民草が祝福する中、【英雄王】アイテル・ヒュペリオンが誕生する。

 アイテルはこうして、聖王国テラ・セケル建国以来初めて、奴隷出身で国王にまで上り詰めたのである。


 三英雄キリアは、望むままの報酬として、妖精族たちの集落を人族の不可侵領域とする条約を結ばせた。もはや故郷は失われて久しいが、大陸中に散った同族に手を出せないようにしたのである。

 また、国庫にある貴重な宝物を全てと、国家予算の三分の一を報酬として受け取った。それは以前、ウィズが望んでいた報酬でもあったとされる。

 キリアはそして数日、聖王国テラ・セケルで歓待された後、ふらりとその姿を消した。


 三英雄ウィズは、その自己犠牲の精神と、創り上げた素晴らしい武具の数々から、歴史に名を刻んだだけではなく、鍛冶の神として敬われるようになり、あらゆる国々で崇められる存在となった。

 また同時に、彼の冒険者時代の運気にあやかろうと『堕落させた責任取って、黒竜を狩る者』をもじったパーティ名が流行することになる。


 こうして三英雄の活躍により、大陸は魔王という脅威から救われた。大陸はいっそう平和になった。


 ――三英雄譚というこの物語は、ここで大団円を迎える。物語はこれで終わりである。


 さて、そんな史実は、やがて口伝で大陸中を駆け巡り、また読み物として書き起こされて、誰もが知るところの伝説として語られる。



 ところで、実はこの三英雄譚、数年後に一つの逸話が追記されることになる。それは、三英雄ウィズのその後の物語である。

 以下の物語が、それである。



 四体の魔王属と共に、自らを犠牲にして異次元に消えた三英雄ウィズ――しかし彼は、その異次元で不思議な経験をしたらしい。


 気付けばそこは、まるで水の中のような異次元空間で、見目麗しく神々しい妖精族が独りで佇んでいたという。ウィズは、その光景を最後に意識を失う。

 けれど次に目覚めたとき、満身創痍で死に体だったはずのウィズは完全に回復しており、一緒に飛んできたはずの四体の魔王属は、周囲に姿かたちもなかったという。

 ウィズは混乱した。だがそのとき、見目麗しい妖精族が優しく教えてくれたという。


 ――曰く、ここは無数に存在する魔王城の一つであり、自身は神に至った魔王属だという。


 その話が嘘か本当か、それはウィズには分からなかった。だが一つだけはっきりもしていたという。

 自称神であるその妖精族の許可がなければ、この空間から出ることは叶わないということ。


 ウィズは何とかその妖精族を説得しようと試みるが、結局説得は叶わず、その代わりとある賭けをしたらしい。

 その賭けに勝つことが出来れば、ウィズは解放される。だが負ければ、ウィズは永遠に閉じ込められる。


 賭けの内容については語られていないが、結果としてウィズは賭けに勝った。


 ウィズは約束通りに異次元空間から解放されて、ふと気付けば、妖精族の聖地【キリア大樹海】の跡地で倒れていたという。

 それから――これはもはや運命だろう。


 偶然、その場にはキリアが、仲間たちの弔いに訪れており、二人は劇的な再会を果たすのだ。


 それからすぐに、三英雄ウィズは、三英雄キリアを伴って王都セイクリッドに凱旋する。


 三英雄ウィズは、望むままの報酬として、荒地となっている妖精族の聖地【キリア大樹海】を元に戻せるよう、植樹することを提案した。

 また、種族違いの結婚――特に、妖精族と結ばれることは禁忌とされていた国法を改めさせて、その場でキリアに結婚を申し込んだという。


 キリアの返事は、憮然とした表情で小さく肯定しただけだったが、ハッキリとした受諾だったとされる。


 こうして三英雄ウィズと三英雄キリアは、運命に祝福された二人として、大陸中から羨望の眼差しを受けながらも結ばれたのである。


 三英雄譚の蛇足はこれで終わり。

 これにて物語は一旦幕を閉じて、時代を超えて今に至る。

 

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