第四十二話 出発/タニア・セレナSide
2020/10/17 魔神召喚の設置数は七つが正解です。九つは誤り。修正済み。
魔動列車の乗り場に辿り着くと、遠目からでもハッキリ分かるほど、明らかにおかしい格好をした変態が仁王立ちしていた。その姿を視認した瞬間、タニアは大きく舌打ちを響かせる。その音を聞いて、フードで顔を隠したセレナが、疲れたように吐息を漏らした。同時に、サッと視線を逸らすあたり、セレナもタニアと同様にウンザリしているのだろう。
仁王立ちして待っているのは、ブーメランパンツ姿の半裸の巨漢だ。太い首には黒いチョーカー、両の眼には竜族にでも付けられたのか鉤爪状の傷、汚いドレッドヘアをして、鎧のような筋肉を纏う――待ち合わせ相手のソーン・ヒュード、その人である。
ソーンは、タニアたちが自分に気付いた事に気付いて、ヤンフィに向かって笑顔で手を振ってくる。それを見て、ヤンフィはひどく鬱陶しそうに表情を曇らせた。
「ヤンフィ様、ヤンフィ様、おはよう!! 待ってたぜぇ――」
「――やかましいぞ、ソーン。黙れ」
大声で挨拶してくるソーンに、ヤンフィは一喝する。途端、ソーンは、シュン、と肩を落として沈んだ顔を見せた。相変わらず気持ち悪い反応だった。
タニアはソーンになど近寄りたくはなかったが、ヤンフィが向かって行くので、慌てて先回りすると二人の間に入った。そしてソーンの一挙一動を警戒しながら、ヤンフィの盾となるべく構える。
ヤンフィは、回り込んできたタニアを見て苦笑する。
「大丈夫じゃ、タニアよ。さて、それではここらで二手に別れるとしよう」
ヤンフィはそう言いながら、タニアの肩を掴み、グイっと押し退ける。ソーンはキョトンとした表情を浮かべた。
「タニア、セレナ――魔神召喚の件、頼んだぞ」
ソーンと対峙したヤンフィは、ソーンを背にしてタニアとセレナに振り返る。自然、二人の視線はヤンフィの双眸に注目した。すると、魔力の篭められた鋭い視線が、二人の双眸を射抜くように捉えた。
「にゃにゃ、にゃ――にゃ!?」
「へぇ――――なるほど、ね」
タニアとセレナはヤンフィの瞳に見詰められた瞬間、脳内に情報が流し込まれる感覚を味わう。それはまるで、忘れていた夢を唐突に思い出すかのような感覚に近かかった。知らない情報が、次々と記憶に根付いていく。
タニアは驚きに目を見開き、セレナはしきりに感嘆の吐息を漏らした。
そうして、ヤンフィはしばし二人を見詰めた後、フッと視線を逸らす。伝えるべきことは、これで伝え終わったようだ。
「……今のが解除方法じゃ。念の為、汝らに教えておく。ついでに、瘴気の繭についても最低限の知識は伝授しておいたわ。宜しく頼むぞ?」
ヤンフィはニヤッと笑い顔を見せると、ソーンに向き直る。そしてソーンに、ちょいちょい、と手招きしていた。
ソーンは怪訝な顔を一転、笑顔になってから頷き、ヤンフィのすぐ傍まで駆け寄ってきた。
「ソーンよ。妾たちは二手に別れることにした。汝と一緒に行動するのは、妾のみじゃ。さて、それでは早速じゃが、異世界人を集めておると云う【霧の街インデイン・アグディ】の神殿まで案内せよ」
「え? んん? オレと、ヤンフィ様の二人旅、か!?」
「……いちいち、気持ちの悪い反応をするでないわ」
ソーンはヤンフィの言葉に驚愕してから、立ち竦んでいるタニアとセレナに顔を向ける。その顔には、信じられない、という言葉が張り付いていた。だが、すぐに喜色満面の笑みを浮かべると、ヤンフィにグッと握り拳を見せ付ける。
「へへへ……やっぱ、旅ってのは、気色悪い露出狂発情猫や、得体の知れない格好の妖精族なんかとするより、オレみたいな如何にも男らしい――」
「――無駄口を叩くな、廃人にするぞ。サッサと飛竜の場所まで往け」
笑顔のソーンはヤンフィに擦り寄らんばかりに身体を近付けて、どこか勝ち誇ったような顔をタニアたちに向けてくる。しかしそんな挑発など相手にせず、タニアはもはや関わりたくないとばかりの態度で、セレナに目配せしてから、魔動列車の乗り場に向かった。ちなみに、ヤンフィはそんなソーンの態度に舌打ちしつつ、露骨に何歩か距離を取っていた。
「にゃあ、ボス。それじゃ、行って来るにゃ」
「――大丈夫とは思うけど、気を付けて行ってらっしゃい」
「ああ、互いにのぅ」
魔動列車の乗り場から離れて行くヤンフィの背中を見送ってから、タニアとセレナは同時に疲れたような溜息を漏らす。ソーンという存在は、関わるだけでも疲れる。
さて、ヤンフィの後姿が見えなくなると、タニアはとりあえず魔動列車の乗車手続きを済ませた。出発まではまだ余裕があるが、乗り込んで待っていた方が良いだろう。セレナも魔動列車で待つことに異論はなく、二人は居住箱で寛ぐことに決める。
「ところで――ねぇ、タニア。魔神召喚の立体魔法陣って、全部で幾つくらいあるの?」
窓際で椅子に座ってなんとなく外の景色を眺めていたセレナが、ふとそんな疑問を口にした。セレナはリビングの床でゴロゴロと転がっているタニアに顔を向けて、ねぇ、と首を傾げる。
「さぁ、分からにゃいにゃぁ……設置図から読み取ると、七つくらいかにゃ? にゃけど、ボスが言うには、設置済みかどうか、そもそも怪しいにゃ」
「あたしさ、その設置図ってヤツを見ても、縮尺から何から全然分からないんだけど……本当に、このクダラーク周辺の地図なの? それも、デイローウ側に抜けた先で合ってるの?」
セレナは見下すような視線で、床に大の字になっているタニアを見つめる。タニアは面倒臭そうに上半身を起こして、頭を掻きながら設置図を床に広げる。それからもう一つ何やら古びた地図を取り出して、それを設置図と横並びに広げた。
「……立ち寄った冒険者ギルドで、周辺の地図を貰うのは冒険者の鉄則にゃ。で、クダラークで貰った地図がこれにゃ。どうにゃ?」
タニアが広げた地図と、横並びの設置図は、まったく同じ地図だった。それを見て、セレナは疑いの眼差しから、申し訳なさそうな表情に変わり、それきり黙り込む。
「赤丸が恐らくは設置箇所にゃ。そうじゃにゃくても、何らか【子供攫い】が関わってた場所に違いにゃいにゃ。つまり、コウヤの為にぶっ潰すべきにゃ」
「――まぁ、任されたからにはアンタと二人でも、やり遂げるわよ。それにもしかしたら、魔神召喚云々が、キリア様の伝言にあった『蛇が不穏な動きを見せている』って事に関連してるかも知れないし。調べておくに越したことはないわ」
セレナの台詞に、にゃ、とタニアは頷いて、またパタリと床に寝そべった。その不恰好を眺めてから、ふぅ、と呆れた風な溜息を漏らして、セレナは窓の外に意識を向ける。遊戯箱で退屈凌ぎをしたいところではあるが、いかんせん魔動列車が発車していないので、居住箱から別の箱に移動は出来ない。
そうしてしばらくの間、車内に緩やかな沈黙が流れた。
「――あ、そうにゃセレナ。お前に、一つだけ宣言しておくにゃ」
そんな折、ふとタニアが思い出したようにガバッと身体を起こす。セレナは、何よ、と煩わしそうに顔を向けた。
「コウヤは、あちしの伴侶ににゃる予定にゃ。にゃので、先に手を出したら殺すにゃ」
「――――――は?」
タニアは真剣な表情で、ジッとセレナを見詰めていた。一方、セレナはキョトンと呆けて、言葉に詰まってしまう。
突然の宣言過ぎて、セレナは思考が追いついていなかった。その宣言は100パーセントタニアの願望だが、同時に揺ぎ無い決意でもあり、叶えるべき夢のようだった。
「コウヤは一途にゃ。初めての相手に、きっと感情移入しちゃうにゃ。にゃので、如何にゃる理由だろうとあちしが先に、コウヤと結ばれるにゃ」
煌夜の気持ちなどまったく考慮せず、ただただタニアの都合でセレナにそう釘を刺す。セレナは真剣なタニアの表情に気圧されたように、困った表情で戸惑いながら頷いた。
「え、ええ!? あ、そう、なの? それは、別に構わないと思うわよ? というか、あたしは、別に……コウヤのことはなんとも……」
「嘘にゃ。にゃんか、お前、コウヤを意識してるにゃ――それがどんにゃ感情かは知らにゃいし、どうでもいいにゃけど、手を出すにゃよ?」
「――わ、分かってるわよ」
タニアの眼力に、セレナは頷く以外の所作が取れなかった。とはいえ、頷く以外に選択肢もない。タニア相手に対抗するつもりなどないし、そもそも煌夜に対してそういう感情も持ち得ていない。
確かに指摘通り、セレナは煌夜を意識している。その自覚もあるが、それは一種の憧れに近い感情だ。
妖精族に語られる英雄譚――敬愛する妖精族の頂点キリアと、どこにでもいそうな凡人だった人族のウィズが、紆余曲折を経て夫婦となった冒険譚。そんな運命の物語を、今のセレナと煌夜の状況と重ねているだけである。実のところ、セレナはかなりのロマンチストだった。
「コウヤがどんにゃに迫っても、あちしと結ばれる前に手を出したら、絶対許さにゃいぞ」
有無を言わせぬ迫力で、最後通牒とばかりの駄目押しをするタニアに、セレナは少しだけ蒼白になりつつ力強く頷く。
タニアはしばらくそんなセレナを睨んでいたが、嘘ではないことを認識して満足そうに頷いた。
煌夜と出逢い、服従させられたあの瞬間から、タニアは煌夜を運命の相手と決めていた。結婚相手を探していた矢先に出会った理想の相手――タニアを倒す為にあらゆる手段を使う気性と、倒せるだけの実力を秘めており、タニア好みの愚直なまでに一途な性格。尚且つ、どこにでもいそうな平凡な顔立ちにも関わらず、どこか人を惹きつける魅力。
そして何より、煌夜に屈服させられた瞬間、タニアは、この人間こそ伴侶である、と直感したのだ。直感こそ、獣人族が一番大事にすべき理由である。
「まあでも……あちしの伴侶ににゃった後にゃら、遊びでいくらでも交尾していいにゃ」
「――どういうこと!? ちょっと、それ、意味がわからないんだけど!?」
「んにゃ? 意味もにゃにもそのままにゃ。セレナと交われば、結局あちしの身体の方が良いって分かるはずにゃし、コウヤの魔力も跳ね上がるにゃ。あちしはそれくらいにゃら許せる度量があるにゃ」
にゃは、と胸を見せつけるように反らすタニアに、セレナは怒りをあらわに睨みつける。明らかに馬鹿にされていた。
しかしセレナは、言っても無駄だとグッと堪えて、力を抜くように息を吐く。
「……まあ、アンタの宣言は了解したわ。応援してるから、出来るだけあたしを巻き込まないでよ?」
セレナは納得したとばかりに話を切り上げて、再び沈黙して窓の外を眺める。それを見てタニアもまた、バタリと床に寝転がる。するとちょうど、魔動列車の警笛が鳴り響き、出発の時間になった。
緩やかに動き出す魔動列車。
次の停車場所、タニアたちが降車する地点までは、およそ十二時間後である。
◆◇◆◇◆◇◆◇
にゃにゃにゃ、と上機嫌の声が聞こえて、セレナの意識は暗闇から浮上した。
「今戻ったにゃ」
ふと見れば、タニアがそう言いながら、居住箱の入り口から姿を現わす。セレナは伏せていた顔を上げて、乱れていたサイドテールを整えてから、ヒラヒラと手を振る。
タニアは先程、腹が減ったにゃ、とか叫びながら、一人で食堂箱に夕食を摂りに向かっていた。
「美味かったにゃ。やっぱり、魔動列車の旅は快適にゃあ……こんにゃ旅ができるようににゃるにゃんて、昔からは考えられにゃいにゃ。まさにヤンフィ様様にゃ」
空腹が満たされて非常にご満悦の様子で、タニアは勢いよく上半身裸になる。露わになる凶悪な胸に、思わずセレナは舌打ちをした。不愉快な光景である。
セレナはチラと自分の身体を眺めた。タニアと比べて、身長もそうだが、あらゆる部位が小さい。特に胸周りなどは比べたくもないほどである。それを自覚してから、もう一度タニアをチラ見して、忌々しげに舌打ちをした。
あそこまで巨大でなくともいいが、もっと女性らしい身体つきになりたい思いはある。無論、理想の女性はキリアである。
「あちしはもう寝るにゃ。あと四時間くらいで、デイローウ大森林の入り口に辿り着くにゃ。そしたら声を掛けるにゃ」
タニアはそう言いながら、セレナの返事も待たずに寝室に移動しようとする。飯を食って満足したら、すぐさま寝る。なんとも好き勝手な生き方だ。まさに野生児、王位を剥奪されるのも納得の暴れ姫ぶりだ。
「――あ、ちょっと待ってよ。ねぇ、タニア。そういえば、少し質問があるんだけど?」
だが、そんな半裸のタニアをセレナは呼び止めた。にゃにゃ、とタニアは立ち止まり、首を傾げる。
「タニアと、コウヤの関係って何なの? アンタが惚れた腫れたは、理解したけど……それにしても、ここまで指示に従う理由はないでしょ? それに、コウヤは異世界人、アンタは元だけど、獣人族の王女だったわけでしょ? それが、どうして一緒に旅してるのよ? なんか利害の一致でもあるの?」
そういえば初めて会った時から、タニアとコウヤは当然のように一緒だったが、どんな出逢いの末そうなったのか、馴れ初めを聞いたことはなかった。コウヤとヤンフィの関係も謎だったが、それよりもタニアとの関係が、セレナは今気になっていた。
セレナのその質問に、タニアは一瞬悩んだ顔を見せたが、すぐに軽い口調で語り出す。
「あちしとコウヤの関係、にゃぁ……そりゃあ、単純にゃ。あちしはコウヤに絶対服従してるにゃ。出逢いは、最果ての迷宮――【聖魔神殿】だったにゃ。そこであちしたちは運命の出逢いを果たして、コウヤに、これ以上にゃいほど屈服させられたにゃ」
「絶対服従って――え? もしかして、服従の誓いとか、してたりするの?」
タニアの言葉に、セレナは恐る恐ると問い掛けた。獣族が絶対服従などと口にするのが信じられなかった。それも、同種族に対してではなく、他種族――しかも異世界から来た人間に対して、である。
しかし、セレナの問いに、タニアは何の躊躇も恥じらいもなく、コクリと頷いた。
「出逢ってすぐさま、誓いは果たしたにゃ。と言うか、誓わにゃかったら、あちしはとっくに死んでたにゃぁ――ついこの間の出来事にゃけど、懐かしいにゃあ」
「…………アンタ、王族だったわよね?」
「だからにゃんにゃ? 王族だろうと、平民だろうと、負けを認めた相手ににゃら服従する。それが当然にゃ」
ドーンとタニアはそのあらわな胸を張って、腰に手を当てる。セレナは眩しいものを見るように目を細めてから、スッと顔を背けた。
「獣族……というか、ガルム族は、そんな簡単に服従するもんなの? 命と誇りを天秤に掛けたら、誇りを選ぶんじゃないの?」
セレナはそっぽを向いたまま、断定するように強く問い掛ける。しかし、タニアは不思議そうな表情で首を振った。
「誇りにゃんかで腹は膨れにゃいし、人の強さに貴賎にゃんかにゃいにゃ。強さこそ全てにゃ」
「……ああ、アンタって古臭い思想なのね。その考え方、何百年前よ?」
「失敬にゃ! こんにゃのは、古き良きガルム族の常識にゃ、先人に謝るにゃ!」
プンスカと憤慨するタニアに、セレナは、分かった分かった、とおざなりに手を振った。
つまり今の話を要約すれば、タニアは煌夜とヤンフィに出会い頭闘いを挑んで、返り討ちに遭ったようである。そして無様に負けて屈服させられた、と。
ふむ、非常に納得できる理由だった。獣人族は絶対服従した相手には、死ぬまで仕える律儀な種族だ。だから、煌夜に付き従って一緒にいるのだろう。
タニアと煌夜の関係に納得したセレナは、もはやタニアに興味をなくし、別の思考に没頭して沈黙する。
「それじゃ、あちしは今度こそ寝るにゃ。ちゃんと着いたら起こしてにゃ」
タニアのそんな台詞を聞き流しながら、セレナは独り考える。煌夜は、ヤンフィとどこで出逢い、そして従属させることに成功したのか――それは答えの出ない難題ではあるが、時間潰しにはもってこいの議題だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
気付けば、夜もだいぶ更けてきて、そろそろ降車地点が近付いた頃――寝室のベッドで爆睡していたタニアを、面倒臭そうなセレナが起こしに来た。
「タニア。そろそろ着くわよ。起きて着替えなさいよ」
「ん、にゃぁ……にゃにゃ? 着きそうかにゃ?」
タニアは大欠伸しつつ、全身をグッと伸ばしてベッドから起き上がる。寝起きだが、その動きは俊敏である。
首をグルグルと回して、ピョンピョンとその場で飛び跳ねて身体をほぐす。上半身裸でそんな動作をするものだから、ブルンブルンと胸が踊った。その光景を前に、セレナが忌々しげな視線を向けてくる。
「サッサと着替えなさいよ。もう十数分したら着くわ。さっきそんな案内があったから」
セレナはそれだけ告げて、またリビングに戻っていった。そんなセレナを見送ってから、タニアは窓の外を見る。
魔動列車の外は明かり一つない暗闇と、暗澹とした森が広がっており、雲ひとつない夜空には四色の月のうち二つが煌々と浮かんでいた。
スッと視線を時計に移すと、到着予定時刻の二十四時に差し掛かっている。
さて、とタニアは脱ぎ捨てていた黒いベストとアンダーシャツを拾い、身に付ける。ホットパンツと下着は変えずにそのまま、新調した瑠璃色の指貫グローブをはめて、ブーツを履いた。腕には銀色の手甲を装備して、旅支度は整った。
「これで準備完了にゃ」
独りで、うにゃ、と頷いて、忘れ物がないことを確認する。今装備していない荷物は全て、煌夜から預かった腕輪型の道具鞄に収納されていた。今まではリュックを背負っていたのが、この時空魔術のおかげで手ぶらになれる。ひと昔と比べると、格段に旅しやすく快適だった。
リビングに行くと、娼婦の如き衣装を纏ったセレナが立っていた。
セレナのその衣装は【娼姫の魔装】と呼ばれる防具だ。背中が大きく開いているドレスで、裾のスリットからは大胆に脚が露出している。セレナのような凹凸の少ない身体でも、少し幼い顔立ちでも、非常に魅力的に見える衣装である。
タニアはそんなセレナに声を掛けた。
「セレナ、あの異常者みたいにゃローブは着にゃいのかにゃ?」
あの、と言いつつ、椅子の背もたれに掛かっているローブを指差す。それはセレナが人混みでよく身につけているフード付きローブである。妖精族であることを隠す為の装備だ。
「ああ、今なら大丈夫でしょ。外はこんな暗いし、人の気配もなさそうだし……それとも人のいる集落にでも行くの?」
タニアの疑問に、セレナは逆に聞き返してきた。タニアは一瞬、うにゃ、と言葉に詰まるも、すぐに設置図を道具鞄から出して見て、首を横に振った。
「いや、行かにゃいにゃ。設置図だと、目的の場所は森の中にあるはずにゃ」
「なら、ローブは着なくていいわ。防御力があるわけじゃないし、動きずらいもの」
「にゃら、それどうするにゃ? 置いてくにゃ?」
「……アンタ、分かってて言ってるでしょ。持ってくわよ、仕舞っておいてくれない?」
タニアは、仕方にゃいにゃぁ、と呟きながら、ローブを道具鞄に収納する。
「じゃあ、これで準備完了かにゃ?」
「ええ、あたしはね。タニアも……問題なさそうね」
セレナとタニアはお互いの姿を見て、うむ、と頷き合う。すると、ちょうど魔動列車内にアナウンスが響いた。
「――ご乗車の皆様、お待たせいたしました。当列車は、デイローウ大樹林入り口に到着いたします」
着いたにゃ、とタニアは窓の外を眺める。先ほどと何一つ変わらぬ光景、どこまでも広がる暗澹とした森が広がっている。
「ねぇ、タニア。あたし、デイローウ大樹林って場所のこと詳しく知らないんだけど……どんな場所なの? 注意しなきゃいけないこととかある?」
タニアの視線を追って外を見たセレナが、ふとそんな心配を口にする。それをタニアは、フッと一笑に付して首を横に振る。
「何もにゃいにゃ。デイローウ大樹林は、ただ広いだけで特徴のにゃい森にゃ。棲息する魔族は下級しかいにゃいし、動植物も豊富――あえて注意するにゃら、広すぎて迷うことがあるから、気をつけることくらいにゃ」
「……下級の魔族って、何がいるのよ?」
セレナは、森に棲息する類の魔族を何種類か頭に思い浮かべながら、念の為タニアに問い掛けた。何が出て来ようと、二人の脅威になる可能性は皆無だが、その種類によっては相手をしないで逃げた方が得策な魔族もいる。
「んにゃぁ、確か……【リキッドスライム】と【バジリスク】にゃ。あと、極稀に【オーク】が出るって聞いてるにゃ」
「ふぅん――なるほど。平和な森なのね」
セレナはそれを聞いて頷き、スッと視線を部屋の入り口に向ける。タニアは部屋の中をキョロキョロと見渡して、忘れ物がないかの最終確認をした。置き忘れはない様子だ。
ほどなくして、魔動列車は再び、パアァ――ッ、と警笛を鳴らす。すると、流れていた窓の外の景色がピタリと停止して、入り口の扉が自動で開いた。
扉の先に広がっているのは、明かりのない夜闇と、暗澹とした広大な森である。居住箱と他の箱を繋いでいた時空魔術が解除されたので、ようやく外に出られるのだ。
タニアとセレナは迷わずに外に出た。外の空気はひんやりと冷たく、どこか湿り気を帯びていた。
「――当列車は、ここで二時間停車して、補給と調整を行います。外出なさるお客様は、停車時間にご注意願います。また、次に停車する地点は、デイローウ中心部【森林王の広場】です」
魔動列車からそんなアナウンスが流れた。途端にゾロゾロと、他の居住箱から人が出てくる。しかし、彼らはタニアたちと違って、ここで降車するのではなく、ただ単に外の空気を吸いに出てきただけのようだった。当然ながら、この【デイローウ大森林】に用事がある酔狂な輩など、タニアたち以外には他にいないらしい。
「尚――こちらで降車なさるお客様におかれましては、次のデイローウ行きの便は、二十三時間後となっておりますのでご注意下さい」
魔動列車の外に出た全員に対して、今度はそんなアナウンスが流れた。それを聞き流しながら、タニアはセレナに振り返る。
「さて、グズグズしてにゃいで、サッサと行くにゃ。サクサクと潰して、次の便でクダラークまで戻りたいにゃぁ」
「それは同感だけど――だからって、焦って道に迷わないでよ? 設置図を読めるタニアだけが頼りなんだからね?」
「安心するにゃ。あちしは、セレナと違って迷わにゃいにゃ」
タニアはセレナに軽口を叩いてから、手元で広げた設置図に視線を落とす。セレナは一瞬だけムッと口元を結ぶが、自覚がある為、反論はしなかった。
「えーと、まずは……こっちにゃ」
設置図の赤い丸は合計七つ。そのうち、現在地から最も近い場所に向かって、タニアは歩き出した。その方角は、空に浮かぶ青色をした第二の月がある方位――つまりは東である。
自信を持って歩き出すタニアに従って、セレナもその少し後ろを歩き出した。
「『――光よ』」
暗澹たる森の中に入ってしばらく進んでから、セレナは光を放つ魔力の玉を五つばかり展開する。それは松明代わりの魔術である。
光の玉はセレナの周囲を揺ら揺らと浮遊して、その周囲を眩く照らした。
「……ねぇ、タニア。アンタ、この暗闇でよくもそこまで動けるわね?」
森の中は満足に月明かりも届かず、足元なぞ何も見えない状況である。恥ずかしながらセレナは、先ほどから何度か木の根に足を取られていた。一方で、タニアは明かりもないのに、足元を完全に把握している様子だった。
「あちしは、夜目が利くにゃ――と言うか、セレナの運動神経がにゃいだけにゃ。セレナはそれでも、森に生きる妖精族にゃのか?」
「……運動神経のせいじゃないわよ、これ。何かここら辺、空気がおかしいでしょ?」
「空気がおかしい? にゃんにゃ、その言い訳? 運動神経がにゃいのを誤魔化すのに、そんにゃ下らにゃい理由付け要らにゃいにゃ」
「言い訳、って――違うわよ! アンタ、魔眼持ちの癖に、魔力濃度とか読み取れないの!?」
はぁ、と呆れ声で言うタニアに、セレナは猛然と喰い付く――瞬間、背後の闇から、凄まじい殺意と敵意が、二人に向かって叩きつけられた。その強烈な気配に、タニアの毛はぞわりと逆立つ。
タニアは真剣な表情になって、バッと背後を振り返った。しかし背後には、光の玉を浮遊させるセレナ以外には何も見えない。ただただ森の暗闇が広がっているだけだった。
「――ちょっと、何よ、今の?」
今の今まで憤慨していたセレナも、タニアと同じ威圧に中てられて、困惑気味に表情を曇らせる。恐る恐ると自身の背後を振り向くが、やはり誰の姿も見えない。
「分からにゃいにゃ。けど、今のはヤバイにゃ。ヤンフィ様の本気と同じくらい強烈だったにゃ」
「ねぇ、タニア。もしかして、と思うんだけどさ――【魔神召喚】の立体魔法陣って、この付近だったりするの?」
セレナが身震いしながら問い掛ける。若干、声のトーンは下がり、どことなく震えているが、それは決して寒さのせいではないだろう。
タニアはハッとした。セレナの問いにその意図を察して、すかさず設置図に注視する。そして夜空を見上げて、第二の月の位置と、ここまでの歩数を計算した。
「にゃにゃにゃ……付近、ではあるにゃ。けど、もうちょっと先にゃ」
タニアは渋い顔をして、セレナに視線を向ける。計算した結果として、赤い丸印が付いている地点は、まだ200メートル以上先である。果たして、その距離感を『付近』と表現するか否かは人に寄るところだが、少なくともさっきの気配は、それほど遠い位置からのものではなかった。
「じゃあ、最悪の事態の可能性もあるのね?」
セレナが恐る恐ると口にした。タニアはそれに無言で頷いた。可能性は零ではない。
最悪の事態とは、既に魔神召喚が成功していて、魔神が顕現していることである。ヤンフィ曰く、その可能性は限りなく零だと聞いていたが、決して零ではないのだ。それ故に、タニアとセレナはその可能性も考慮して、最大級の警戒をする。
「ただにゃ……あの気配、魔族っぽくにゃかったにゃ」
タニアは全神経を周囲の警戒に割きながら、独り言を呟くように口にする。それに対して、セレナは難しい顔のまま、確かに、と頷く。
「……魔族が放つ殺気や敵意とは、どこか違う感じだったわね。どこ、とは説明できないけど」
二人はその場で立ち止まり、鋭い視線で周囲を見渡していた。けれど、一向に何の変化も起きない。森の中には風もなく、周囲には生物の気配も感じられない。
しばらくそうしてから、タニアはふいに大声を上げる。
「――お前、何者にゃ!! 姿を見せるにゃ!!」
その大音声に、深閑とした空気がビリビリと震えて、周囲の木々がザワザワと揺れた。セレナも思わず顔を顰めて耳を押さえる。
「あちしたちに殺気をぶつけたお前にゃ!! 出てこにゃいにゃら、この一帯を吹き飛ばすにゃ!!」
タニアは言いながら右拳を握り締めて、グッと空に突きつける。その拳には、見て分かるほどの迸る魔力が篭められており、今にも極大魔術を放とうとしている様子が窺えた。そしてそれは脅しではない。
タニアのその行動が本気だと理解して、セレナはすかさず防御魔術を展開していた。
「――東方語は理解できるか、ガルム族の娘よ」
ぞわっと、タニアの背中を怖気が走った。その声は、すぐ真後ろから聞こえてきた。タニアは瞬間的にその場から飛び退いて、何の躊躇もなく突き上げていた拳を振り下ろした。
刹那、上空に展開する巨大な槌型の魔力塊、それは魔闘術の一つ【魔槌牙】である。
巨大な魔力の槌は、つい一瞬前までタニアが立っていた位置を目掛けて、容赦なく振り下ろされた。その威力は、聖級の魔術と同程度の破壊力であり、円状の攻撃範囲を全て無慈悲に押し潰す。
果たして、振り下ろされた槌は、ドガ――ッン、と凄まじい重低音を響かせて、その一帯にクレーターを穿った。地面は衝撃で波打ち、巻き込まれた木々は軒並み圧し折れた。
タニアはすぐさま魔槌牙の爆心地に意識を向けて、グッと右拳を引き絞る。状況はサッパリ分からないし、相手が何者かも知らない。けれど追撃の手を緩めるつもりなどなかった。
「これで、決め――にゃにゃ!?」
「避けなさいよ、馬鹿!!」
タニアは一拍だけ息を吐いてから、引き絞った右拳を突き出そうとした。それは追撃の【魔槍窮】である。
しかしタニアが拳を打ち抜く姿勢になった時、セレナが叫びながら腰元に飛び掛ってきた。油断していたわけではないが、セレナからの横槍など考慮しておらず、タニアは体勢を崩して転がった。予期せぬその不意打ちで、魔槍窮の魔力も霧散して、放とうとした追撃は不発に終わる。
「にゃにする――」
タニアは無様に転がりながら、飛び付いてきたセレナを振り払い、怒鳴りつけようとして――今の今まで立っていた位置に、巨大な赤い魔力の槌が振り下ろされるのを見た。
直後、ドォ――ン、と凄まじい重低音が轟き、衝撃が地面を波立たせる。そして一瞬で、地面には巨大なクレーターが完成していた。
見覚えのある攻撃――否、つい先ほどタニアが放った攻撃を焼き直したような魔術だった。
セレナのおかげでなんとか避けることができたが、タニアは何故か、その攻撃が全く見えていなかった。セレナが助けてくれなければ、間違いなく直撃を食らっていただろう。そうなったらきっと、無事では済まなかった。
直撃した時のことを想像して、タニアはゴクリと唾を呑んだ。ツーと冷や汗も流れる。
一体何が起きたのか、何故今、自分は反応出来なかったのか――タニアは混乱した。
魔槌牙が跳ね返されたのか。いや、それにしてはおかしい。先ほどの魔槌牙に手応えはあったし、そもそも穿たれたクレーターを見れば、跳ね返された訳ではないと分かる。
それでは魔槌牙を複製されたのか。いや、それにしても変だ。今の衝撃と威力は、タニアのそれを上回る威力に思えた。
まさか魔槌牙を真似されたのか――と、タニアはあらゆる可能性を思考しながら、すぐに体勢を立て直して身構える。すると、傍らのセレナがチョンチョンと肩を叩いてきた。
「……ねぇ、タニア。アンタ、敵がどこにいるのか、分かってる?」
「にゃ? にゃにを言ってるにゃ?」
「別に、馬鹿にしてるわけでも、ふざけてるわけでもないわよ? でも――」
セレナの意味不明な問いに、タニアは怪訝な表情を浮かべた。ただでさえ状況に困惑しているのに、見て分かることをいちいち聞いて欲しくはない。
「――目の前には、誰もいないわよ?」
けれどセレナは、タニアの正面を指差して、冷静な声音でそう答える。
その答えに、タニアはいっそう訝しげな表情を浮かべた。セレナの指差す先には、全身黒ずくめのローブを纏ってフードで顔を隠した何者かが立っている。
「闘いを望むなら、応じよう。だが、私は交渉を望む。ただし、悪いが私は、東方語しか話せぬ」
タニアの視線の先にいるその黒ずくめの何者かは、底冷えするような殺気と共に、そんな台詞を吐いた。それを聞いて、タニアは心がざわつくのを感じた。コイツは危険だ、と脳内では警鐘が鳴り響いている。
「え!? ちょ、タニア!? 何を呆けて――」
「んにゃ?」
タニアが黒ずくめの何者かに意識を集中させていた時、突如セレナが驚愕した声を上げて、ドン、と横合いから勢いよくぶつかって来る。タニアは為すがままに、その体当たりを甘んじて受け入れて、セレナと絡んでゴロゴロと転がった。
――瞬間、やはりタニアの立っていた場所目掛けて、赤い色の魔力が放たれる。槍のような形状をした魔力で、凄まじい速度と破壊力を見せ付けて、周囲の木々を根こそぎ薙いで飛んで行った。それは、まるで先ほどタニアが放とうとした魔槍窮のようだった。
タニアは体勢を立て直してから、その双眸――【鑑定の魔眼】に、とにかく魔力を篭める。全神経を集中させて、黒ずくめの何者かを注視した。しかし、判明した情報は信じ難いものだ。
「見たことない文字にゃ――お前、異世界人にゃ? しかも二百歳を過ぎてるし……魔力値が、345もあるのは異常にゃ」
思わずタニアはそんな事実を口にする。それは紛れもなく鑑定の魔眼に映っている情報である。
「は? え? 何を突然――異世界人? 何、どういうこと? 何がいるのよ?」
タニアのその呟きに、傍らのセレナは混乱した表情を浮かべている。だが、それも当然だろう。セレナには黒ずくめの何者かは見えておらず、その声も聞こえていなかった。
「東方語が話せぬと言うのならば、致し方ない。このまま滅ぼすのみだが――ガルム族の娘よ、交渉は出来ないか?」
黒ずくめの何者かは、再びそんな台詞を吐いた。先ほどから、どこかたどたどしい東方語だが、聞き取り難くはない。
仕方ない、とタニアは舌打ち、標準語ではなく東方語に言葉を切り替えた。
「交渉って、何にゃ? お前、さっきからにゃにがしたいにゃ? 闘いを望んでにゃいって言うくせに、殺気が駄々漏れにゃ――名を名乗れにゃ」
タニアの流暢な東方語に、黒ずくめの何者かは驚いた様子で息を飲んでいた。同時に、セレナも驚きの表情を浮かべた。
「ねぇ、タニア。どういうこと? アンタ、何が見えてるの?」
「セレナ、お前、少し黙ってるにゃ」
タニアの視線を追ったセレナは、やはり何も見えず聞こえないことに首を傾げる。そんなセレナに気を回すことは出来ず、タニアはピシャリと言い切った。
そんなタニアとセレナに、黒ずくめの何者かは、安堵とも取れる大きな溜息を漏らしてから、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私は、東方語が苦手だ。あまり矢継ぎ早に喋ってくれるな――敵意と、殺気については謝ろう。なにぶん、心配性なものでね。私の名前は……タイヨウ、だ。そういうキミたちは何者か?」
タイヨウと名乗ったその黒ずくめの何者かは、パサリと顔を隠していたフードを脱いだ。
そこから現れたのは、整った目鼻立ちをした若い青年の顔である。黒い短髪をして、どこか憂いが浮かんだ顔付き、年の頃は十代か二十代前半にしか見えない。だが、実年齢は二百二十二歳と表示している。
「――な、いきなり現れた!?」
タイヨウが顔を見せた時、セレナが目を見開いて驚いていた。ようやく姿を把握出来たらしい。そんなセレナの驚きは無視して、タニアは警戒心あらわに応じる。
「あちしたちが何者でも、お前には関係にゃいにゃ。交渉ってにゃんにゃ?」
「……交渉、か。そう、交渉だ。キミたちが、何故ここにいるのか、何をしようとしているのか、教えてほしい。その代わり、相応の報酬を出そう」
「意味がわからにゃいにゃ。あちしたちのやることは、お前には関係にゃい」
タイヨウの言葉に、タニアはにべもなく断言する。スッと身体を半身に構えて、今度は全身に魔力を漲らせる。魔装衣の準備である。
「……ねぇ、アンタ、何者なの? アンタこそ、ここで何をしてるのよ?」
タニアが戦意を漲らせて場の空気を緊張させると、横からセレナが口を出す。一応、セレナも東方語が分かるようで、その言語は、二人に合わせて東方語だった。
「私が何をしてるか? 私は……巡回している。キミたちとは、それこそ関係ない」
「……埒があかにゃいにゃ。おい、お前。このまま、去るにゃら、先までの暴挙は見にゃかったことにするにゃ。けど、まだ何かあるにゃら――」
「――キミたちが、私の邪魔をする存在だった場合、私はキミたちを排除しなければならない。私は、私の目的の為なら、いくらでも非道になれる」
タニアの戦意に応えるように、タイヨウは鋭い殺気をぶつけてくる。その威圧は、最初に感じた凄まじい重圧と同じか、それ以上の圧力で、およそ人間が放てる殺意とは思えなかった。
思わずその威圧に、タニアとセレナは唾を飲んだ。正面から戦って、正直勝てるかどうか、タニアは久し振りの強敵を前に武者震いをする。
一方で、セレナはその威圧に足元を震わせる。キリアやヤンフィのような、明らかに格上の存在が纏う雰囲気に、萎縮して言葉が出なくなっていた。
そうして、しばしの沈黙。その場の緊張は否応なく高まっていき、一触即発のキナ臭い空気が流れた。
睨み合うタイヨウとタニア、それを数歩離れて見守るセレナ。三者は三様に、この状況をどうすべきか悩んでいた。
※時系列A-1