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神隠しに遭ったら、異世界に居ました。  作者: 神無月夕
第六章 湖の街クダラーク
47/113

第四十一話 変態には事情がある

 

 路地裏を出てから、派手な娼館が建ち並ぶ大通りをしばらく進み、いかにも怪しい占い屋の隣に、その料亭は存在した。

 入り口は質素な開き戸で、一見すると、料亭と言うよりは古民家じみた一軒家である。だが、店内からは食欲をくすぐる魚の匂いが漂ってきており、扉越しに多くの客が入っている様子が窺えた。あまりにも美味そうなその匂いに、タニアなどは腹の虫を鳴らし続けている。

 タニアは、ここにゃ、と迷わずに扉を開ける。ふわっとした暖気と、仄かな酒気、そして優しい表情をした美人の女将さんが、すかさず出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ――――三名様、ですか?」


 女将さんは割烹着に似た服装をしており、店内に入ってきたタニアたちに笑顔で問い掛けた。ヤンフィはそれに躊躇なく頷きそうになり、しかし渋面で首を横に振る。


「四人、じゃ――個室はあるか?」


 忌々しげに背後を振り返り、店外に居る最後の一人、厳つい巨躯にドレッドヘアで、ボロボロのロングコートを纏った怪しい格好のソーン・ヒュードをチラと見た。途端、バチっと視線が合って、ソーンは嬉々とした表情で駆け寄ってくる。

 駆け寄ってきたソーンに気付くと女将さんは一瞬だけその表情を凍り付かせたが、笑顔は崩さずそのまま無言で頷いた。


「……個室をご用意いたします。少々お待ち下さい」


 どうやら女将さんはソーンの顔を知っていたようで、そそくさと店の奥に消えていく。それを見送ってから、とりあえず店内を流し見る。ソーンはさりげなく店内に入ってきた。

 店内は中々盛況で、カウンター席は既に埋まっており、複数人掛けのテーブルもほぼ満席状態になっていた。ただ店は二階建てになっており、上階だけでなく、奥の方にも部屋はあるようだった。


「さすがヤンフィ様、食通だぜ。ここは非常に美味な店で、クダラーク最高の料亭――」

「――黙れ、ソーン。汝の説明なんぞ求めておらぬ」

「へへへ……痺れるねぇ。黙って付いて来いってか。いいねぇ、いいねぇ」


 ヤンフィの鋭い口調に、ソーンはどうしてか嬉しそうに身体を震わしていた。まったくもって気持ち悪い反応だ。そんなソーンを、タニアとセレナは完全に無視している。


「大変お待たせしました。ご案内します――こちらです」


 ほどなくして、女将さんがパタパタと戻ってきた。その案内に従い、二階の奥まったところにある高級そうな個室に通される。そこは他の部屋と完全に隔離されており、外側からは中が見えない構造になっていた。密談等で使われる部屋なのだろう。

 女将さんは案内を終えると、ペコリと頭を下げてから、汚物を見るような視線をソーンに向ける。


「……ソーン・ヒュード様。今回はお連れ様がいらっしゃいますので御通ししましたが、次にこの前のような狼藉を行った際は、出禁にしますのでご了承下さい」

「ぁああ? んだと、テメェ。オレは客だぞ? しかも金払いの良い上客だ。一介の店員如きが何を偉そうなこと言ってるんだ」


 女将さんの毅然とした態度に、いきなりメンチを切って威嚇するソーンを見て、タニアが思い切り舌打ちをした。グッと拳を握り締めて、殺意を漲らせ始める。ヤンフィは溜息を漏らす。


「おい、ソーン。妾は、黙れ、と云ったはずじゃ――汝はもう良いぞ、下がれ」

「畏まりました。お食事については、後ほどお伺いに参ります」

「いや、良い。値段は問わぬ。この店のオススメをとりあえず三人前持ってこい」


 ヤンフィはソーンに釘を刺してから、女将さんにそう注文する。念のためタニアとセレナに目線で問い掛けるが、二人もそれで良いとばかりに頷いてくれた。煌夜はそんなヤンフィのそつのない注文に、ほぅ、と感心していた。

 ちなみに、当然ながらソーンの分は頼まない。けれど、ソーンからは何の異論も出なかった。


「――有難うございます。それでは失礼します」


 女将さんはヤンフィに笑顔で頭を下げると、そのまま部屋を出て行った。その際、入り口にカーテンを下ろして、内側が見えないようにしていく。


「へへへ……凄ぇなぁ、ヤンフィ様。慣れたもんだねぇ、格好良いぜ」

「にゃぁ、お前。先刻から、いちいち五月蝿いにゃ。何を調子に乗ってるにゃ!?」

「ああん?! 五月蝿いのは、テメェだろ。露出狂発情猫。んなデカ乳を見せびらかして、オレのヤンフィ様を誘惑しようってのか? 媚を売るのに必死で、まったく哀れだぜ」


 タニアの台詞に、ソーンがまたもや喧嘩腰に挑発する。当然その言葉に、カチンとその場の空気が凍り付いた。セレナは呆れた様子で、座っている椅子を少しだけテーブルから離す。


「――ボス。あちし、本当に無理にゃ。後でどんにゃ罰でも受けるから、この変態を消滅させたいにゃ。許してくれにゃいか?」

「タニア、今しばらく我慢せい……ソーンよ、早速、本題に入るが、次に余計な事を喋ったら、もはや容赦はせぬぞ」


 タニアは震える声でヤンフィに懇願する。それを宥めながら、ヤンフィは本気の殺意をソーンにぶつけた。その凄まじい眼光と威圧に、思わずソーンは身震いしていた。気持ち悪い笑い顔も、流石に少しだけ引き攣っている。


「あ、ああ。悪いな。オレぁ、つい女には厳しくしちまうもんで――分かってるよ。もう無駄話はしねぇし、挑発もしねぇ」


 ソーンはようやく真顔になり、椅子に深く腰掛けて背を預ける。ギシっと椅子が軋む音が聞こえた。


「ねぇ、ヤンフィ様。とりあえずこの【神竜の卵】……だったかしら? ここに置くわよ?」


 やっと場が落ち着いたと、セレナがフードをパサリと捲って、ヤンフィに質問する。ここ、と言いつつ空いている椅子の上に石塊を置く。


「うむ、良い――さて、それではまず、その卵について問おうか」


 ヤンフィはセレナに頷いてから、椅子の上に置かれた石塊を指差す。ああ、とソーンも頷いた。


「その石塊を、汝は神竜の卵と呼んだのぅ。雷竜特有の紫電波を放つ卵――じゃが、どう見てもただの石塊にしか見えぬ。どういうことじゃ?」

「ああ、それなんだがな。どうやら、オレが調べたところによると【石化の魔眼】で石化してるようなんだ。石化した上で、ラグロスの大洞窟に封印されてたのさ。それを、オレが封印を破って、盗ってきたってわけさ」

「――じゃから、賞金稼ぎたちに追われているのか?」

「まぁ、そうだな。つっても、今やオレ自身にも高額賞金が懸かっちまったみたいだから、神竜の卵狙いなのか、オレの首狙いなのかは、分からねぇとこだが――ちなみに、神竜の卵を奪おうとしてる連中は、彼の有名な【世界蛇】の連中さ」


 ドヤ顔で語るソーンに、セレナが不思議そうな顔をして口を挟んだ。


「ねぇ、どうして世界蛇は、これを狙っているの?」

「…………」


 セレナは石塊を指差した。しかし、その質問をソーンは沈黙で返す。


「ねぇ、どうしたのよ――」

「――あのよぉ。オレは今、ヤンフィ様と語らってんだ。妖精族ごときが口出ししないでくれねぇか?」

「…………あっそ」


 ソーンは不機嫌な顔でセレナを睨みつけた。その態度に一瞬、本気の殺意がセレナから放たれたが、セレナはタニアと違って怒りを飲み込み、ヤンフィをチラと見てから押し黙った。視線だけで理解して、ヤンフィが言葉を引き継ぐ。


「何故、世界蛇とやらは、この石塊――石化した【神竜の卵】を狙うのじゃ?」

「ああ、孵化させて竜騎士帝国ドラグネスの新たな守護竜にしたいのさ。国民には内緒だが、今現在、ドラグネスの守護竜は不在だからな」

「にゃにゃ!? そんにゃ、情報知らにゃいにゃ!!」

「うるせぇよ、露出狂発情猫。テメェの無知をひけらかして、いちいち話の腰を折るんじゃねぇ!」


 仰天したタニアに、ソーンがすかさず文句を飛ばす。その挑発に、しかしタニアも反論を堪えてヤンフィに視線で訴える。いちいち突っ掛かるソーンの物言いに、ヤンフィは正直ウンザリである。


「……つまりどういうことじゃ?」

「おう。えーと、ドラグネスの守護竜なんだが、まぁ、今は不在……つうか、実のところ、世界蛇の人間に殺されててな。それをひた隠しにしてるドラグネス王家は、今必死に代わりの守護竜を探してるとこなんだよ。けど、代わりの竜なんざ見つかるわけがねぇ。そもそも守護竜がどうして今まで王家に従ってたかさえ、定かじゃねぇのに――」

「――ちょっと待て。そも、守護竜とは何じゃ?」


 ソーンの説明を遮って、ヤンフィが難しい顔で問い返す。ソーンは怪訝な表情になるが、頷いて続きを喋る。


「……守護竜ってのは、ドラグネス王家の王位継承者が使役する竜種の魔貴族のことさ。代々、玉座と共に引き継がれて、あらゆる災厄から国を護ってきた存在さ。ドラグネス王家と血の盟約を結んでいたらしくてな。その内容は知らないが、ともかく王家に仇なす存在を滅ぼし、王家に繁栄をもたらす竜だぜ」

「ふむ……血の盟約、であれば、ありえなくはないのか……」


 ヤンフィは悩ましげに呟いて、しかしすぐに思考を切り替えた。一方で、煌夜は既に話に付いていけておらず、だから何なんだろうか、と投げやりに状況を見守っていた。


「さて、それで? 守護竜が死んだから、代わりが欲しい。そこは理解できる。じゃが、ドラグネス王家が守護竜を欲しておるのと、世界蛇がこの石塊を狙うのが繋がらぬのじゃが? 世界蛇は、王家と何らかの関係があるのか?」

「おうおう、そこなんだが――っと、食事がきたぜ?」


 ソーンはニヤニヤと笑いながらテーブルに乗り出して、ヤンフィにグッと顔を近付けた。その時、ちょうど女将さんが食事を持って現れた。

 そこで一旦会話は中断されて、テーブルには豪華な食事が配膳される。タニアとセレナは早々に食事に手をつけ始める。


「――で?」

「ああ、世界蛇とドラグネス王家だろ? 関係も繋がりも何もないぜ。ただ単純に、世界蛇の目的の一つに、ドラグネス王家を乗っ取ることがあるだけさ。で、その乗っ取りの過程で、旗印となるべき守護竜が必要だから、孵化する前に、神竜の卵を手に入れたいと思ってるのさ」

「…………信じ難いにゃぁ」


 モグモグと口に食べ物を頬張りながら、タニアがボソリと呟いた。ソーンはその呟きに反応せず、悩ましげな表情で同意しているヤンフィをジッと見詰めている。口元がニヤニヤしている様が気持ち悪い。


「仮に――世界蛇がその石塊を手に入れて、それを孵化できたとして、どうやって王家の乗っ取りとやらを成功させるつもりじゃ? 何らか交渉するのか?」

「交渉? そんなのしねぇよ。孵化したら、速やかに王族の血筋を断絶させる。んで、守護竜を使役する世界蛇の人間が『我こそ王族』って名乗りを上げて、国を統治するって算段だぜ。既にその下準備や根回しも万全だ。王家は下らない内部分裂を始めてるし、王国の宰相以下の相当数、世界蛇の人員が潜り込んでるからな。政権を奪うだけなら、今すぐ出来るくらいだ。だが、守護竜って旗印がないと、王家の乗っ取りは完成しない」

「……汝は何故にそんな情報を知っておる?」

「へへへ、良くぞ聞いてくれました。実はオレは、世界蛇の()幹部――北方担当のレベル3【選定者】だったのさ。凄いだろう? 格好良いだろう? 抱かれたくならないか?」


 褒めて褒めて、とドヤ顔をするソーンに、誰も彼もが胡散臭い表情を向けていた。当然だろう。その話に信じられる要素などありはしない。ただの妄言、与太話にしか聞こえない。だがその反面、残念ながら嘘だと断言できる証拠もなかった。まあ、どちらにしろ、だから何だ、と言う結論に至るのが――

 はぁ、とヤンフィは溜息を漏らしてから、仕方なしにソーンの瞳を正面から見詰めた。バチっと視線が交差して、ソーンは嬉しそうに頬を緩めた。内心で煌夜は、ブルリと寒気を感じて身体を震わせる。


「――問おう。それは真実か?」

「おう。オレは惚れた相手を騙したりしないぜ。今までの話に、嘘偽りはない」


 ソーンの言葉を聞きながら、ヤンフィはカッと瞳を見開いて双眸に魔力を篭める。すると感情が色になって見えてくる。ヤンフィの魔眼の力である。そこに浮かんでいる感情は、澄んだ青色――つまり、後ろめたい気持ちも、騙そうという思惑も一切浮かんでいない。少なくとも、この話に嘘偽りがないことは、ソーンの中では事実らしい。

 ふむ、と一旦ヤンフィは納得して、とりあえずもう少し突っ込んだ話を投げる。


「ちなみに、元、とはどういうことじゃ? 世界蛇を抜けた、ということか?」

「抜けた、って言うか、裏切り者のレッテルを貼られたんだよ。何せ、任務で【神竜の卵】を手に入れたはいいが、それを強奪してんだから、当然だろ?」

「…………それは何故じゃ?」

「へへへ……オレはよ。知っちまったのよ。竜族が人化できるってことをな。しかも、人化したその姿は若くて美形だってな。それを知っちまったら、そりゃあ、竜を独占したくなるだろ?」


 うへへ、と照れ臭そうに鼻を掻くソーンだが、厳つい顔にまったく不釣合いの態度である。本当に気持ち悪い仕草だ。


「矛盾してるじゃない。それをどうして手放そうとしてるのよ」


 セレナが明後日の方を向きながら、聞こえるように呟く。それに過剰反応するソーンだったが、反論される前に、ヤンフィが続ける。


「竜を独占したいが為に、組織を裏切ったと云うのならば、それを躊躇なく妾たちに譲ろうとする真意は何じゃ?」

「あ、ああ、それか。なに、単純なことさ――オレの理想が、目の前に現れたんだ。もう、こんなのはどうでもいいんだ」


 ソーンはいかにも格好付けて言い放つが、その表情は緩みっぱなしだった。頬を赤らめて、その視線はヤンフィの顔を見詰めている。ちなみに、ソーンの言う理想とは一体誰のことだ、と煌夜はさっきから怖気が止まらなかった。


「そうか……まあ、分かった。汝が変態だと云うことはな。では、次の質問じゃ。石化の魔眼で石化しておると云うたが、何故それで死んでおらぬ? しかも、封印されておったとはどういうことじゃ? いかに力ある竜種と言えども、卵の段階で石化したならば、生きられるはずがない」

「ああ、外部から石化したんならな――だがどうやらこの石化は、卵の中にいる竜が自身で施した石化のようなんだよ。つまり、中にいる竜は【石化の魔眼】を生まれながらに持ってるようなんだ」

「…………」


 ヤンフィは眉根を寄せて、石塊――【神竜の卵】を睨みつける。そしてその魔力の流れを確認しようと瞳に魔力を篭めると、確かに卵の中では強大な魔力が渦巻いていた。ソーンの話が真実かどうかは分からないが、一概に嘘と一蹴出来ないようだ。


「ちなみに封印は、ドラグネス王家が施したみたいでな。破るのに苦労したぜ」


 ソーンはそう言って、手元に置かれた濁った水を一息に飲み干した。ちなみに、注文していないから当然だが、ソーンに配膳されたのは濁った水だけである。


「のぅ、ソーンよ。これは確認じゃが――汝が襲われておったのは、世界蛇を裏切ったからであり、神竜の卵を奪って逃走しているから、なのじゃな?」

「ああ、そうだぜ。そのせいで、賞金を懸けられてるんだ。厄介だぜ」

「厄介じゃのぅ――それが分かっておるのに、何故に妾が、そんな厄介な汝を仲間にする? 不利益しかないではないか?」

「おおう、それは……いやいや、オレは役立つぜ。ヤンフィ様の為なら、命も惜しくねえし、それにほら、神竜の卵を孵化させれば、石化の魔眼持ちの竜族を従えることができるんだぜ」


 メリットだらけだろ、と懸命に主張するソーンを冷めた表情で眺めながら、ヤンフィは食事に手をつける。和食風の料理はどれも非常に美味だった。


「ちなみに、汝の何が役立つ?」

「オレはSランク冒険者で、そこの露出狂発情猫より強ぇ」


 ソーンの挑発に、全身の毛を逆立たせてギラリと殺意を滲ませるタニアを、ヤンフィは手で制した。


「そうか――じゃがだとしても、妾の方が強いし、そも強さなんぞ求めておらぬ。他には?」

「オレはこう見えて、あらゆる言語に精通してるぜ。東方語、西方語、標準語、妖精語、獣人語。何でも通訳できるぜ」


 へぇ、とセレナが感心した風に息を吐いた。だが、それがどうした、とすぐさま興味を失って食事を続けた。一方、タニアはその発言を鼻で笑っていた。タニアの瞳は、そんなのは当たり前だろう、と無言のうちに語っている。

 ヤンフィはふぅと疲れたように首を振った。統一言語オールラングを操るヤンフィにとって、言葉の壁は存在しない。ソーンがどれほど言語に堪能だろうと、何の役にも立たない。


「妾たちに通訳は不要じゃ。他には?」

「オ、オレは、世界蛇の元幹部だ。世界蛇の内情には詳しいぜ!?」


 そんなことは妾たちに関係ない、とヤンフィが即答しようとして、ふと煌夜が一つ提案してくる。


(なぁ、ヤンフィ。その、世界蛇に詳しいってことは【魔神召喚】だっけか? その情報も何か持ってるんじゃないのか?)

(……ふむ。そうじゃのぅ。念の為、情報を引き出しておくか)


 煌夜の提案にヤンフィは思案顔になって、タニアに視線を向けるとテーブルを指で叩く。


「タニアよ。【子供攫い】(オール・ビッド)がいた小屋にあった地図を出せ」

「んにゃ? ああ、アレかにゃ! ちょっと待つにゃ――これにゃ」

「おい、ソーン。汝は、この地図が何か分かるか?」


 ヤンフィの要求にタニアは二つ返事で地図を取り出して、スッと手渡してくれる。それをテーブルに広げると、ヤンフィはソーンに向かって、どうじゃ、と問い掛けた。


「…………これを持ってるってことは、ガストン・ディリックとやりあったのか?」


 ソーンは地図を覗き込んで、すぐさま真剣な表情になった。まさか、と驚きを浮かべつつ、ヤンフィに問い掛けてくる。しかしそれにはあえて答えず、ヤンフィは、どうじゃ、ともう一度問うた。


「……ガストンがまたしくじったことだけは確実か。うん、どうでもいっか。別にオレは手伝ってねぇしなぁ。ああ。それは【魔神召喚】っていう魔法陣の設置図なのさ。ちなみに【魔神召喚】ってのは、数百年前に失われた秘術の一つで、魔王属の上位種、魔神と呼ばれる存在を、この世界に顕現させる秘術だぜ。冠魔術並に難しい秘術でね。世界蛇の中でも、扱える人間は限られてる。今、この計画を担っているのは、西方担当のレベル3【選定者】ガストン・ディリックと、レベル4【洗礼の長】バルバトロスの二人だな」


 スラスラと内部事情を暴露するソーンに、ヤンフィは疑いの眼差しを向ける。しかしその内容は、ヤンフィたちがガストンから聞いた内容と変わりない。故に信憑性はあった。だが知りたいのはその先、より詳しい内容である。


「――それで?」

「ああ、その地図に書かれてる場所には、滅茶苦茶に精密な立体魔法陣が設置されていてよぉ。四色の月一巡ごとに、生贄用の子供を八名ずつ運び込んでんだよ。誰が、どんな手段でなのかは、ガストンとバルバトロスの二人しか知らんがね」

「――――その【魔神召喚】には、何の目的があるのじゃ?」

「ん? 目的? ああ、世界蛇の教義に則ってるだけさ。世界蛇の教義に『既存の世界を滅ぼす』ってのがある。んで、今いる幹部のうち、バルバトロスと、その上司であるレベル5【魔道元帥】ザ・サンの二人が、本気でこの世界をぶっ壊そうとしてるんだよ。魔神は魔王属の上位種だ。ソイツが顕現しちまえば、おそらく誰にも止められず、世界は崩壊するだろうなぁ」


 他人事のように語るソーンに、ヤンフィはふむふむと頷き、タニアと視線を交わした。世界蛇の思惑は、概ね予想していた通りである。やはりか、と納得できた。

 ところで、先ほどからちょくちょく会話に出てくる『レベル4』や『レベル5』という職位と思しき単語については、知る必要も興味もないので説明を求めなかった。

 ソーンはそこまで語ってから、グッと親指を立てて笑みを向けてくる。


「――っと。どうだい? オレなら、こんな風に、世界蛇の内情にかなり詳しいぜ? 一緒に居れば役に立つはずだ」

「妾たちは別段、世界蛇と事を構えるつもりがない。じゃから、世界蛇の内情など知ったことではないわ。汝がどれほど詳しかろうと、そも関係ない」


 ヤンフィのそんなにべもない言葉に、ソーンはショックを受けてガックリと肩を落とした。もはや会話は終わりと、ヤンフィは食事に集中する。

 しかしそれで引き下がるほど潔くはないようで、ソーンはしばし眉間に皺を寄せてなにやら考え込んでいた。そして何かを思い付いたように、そうだそうだ、と手を叩いた。


「なぁなぁ、ヤンフィ様。ヤンフィ様たちは、何処に向かう予定なんだ? もし国境を越える予定があるなら、オレが居れば絶対に役立つぜ。オレは、テオゴニア全土のあらゆる国境の通行証を持ってる。しかも、秘密の移動手段まであるぜ」


 会心の提案、とばかりにそんなアピールをしてくるソーンに、ヤンフィは冷めた視線だけ向けて沈黙で返す。いずれ国境を越える必要はあるだろうが、今必要かと言われると首を捻るところだからだ。


「いや、あのな。聞いてくれよ! オレが持ってる秘密の移動手段なら、例えば、ここから大陸最西端の街【アベリン】まで行くのに、わずか一日だぜ? 王都セイクリッドでさえ、そうだな……三日くらいで辿り着ける」

「……ほぅ。その移動手段とは何じゃ?」

「お! ああ、それはな。竜騎士帝国ドラグネスで奪い取った大型の飛竜さ。オレの言うことにだけ従うようになってるんだぜ?」


 ヤンフィが話に喰い付いて来たことで、ソーンは嬉しそうに胸を張る。するとそのソーンの言葉に、セレナが過剰に反応する。いきなり嫌悪感をあらわにして、吐き棄てるように呟いた。


「竜種に乗るなんて、死んでも嫌よ――あたしは、ね」


 セレナのその宣言に、一斉に視線が集中する。セレナは不愉快そうに口を結んで、フン、とそっぽを向いたまま黙り込んだ。ヤンフィは、ふぅ、と溜息を漏らす。


「ソーンよ。残念じゃが、妾たちに飛竜は必要ない――さて、それ以外で、汝は何か役立つのか?」

「え、あ……いや、だから、オレが居れば、神竜の卵を孵化させたとき、それを従わすことが――」

「妾たちの旅に竜族なんぞ不要じゃ。石化の魔眼に興味もない――ああ、そうじゃそうじゃ。聞き忘れておった。ところで、魔神召喚の生贄用として攫った童たちの中に、異世界人はおらなんだか?」


 必死になって自己PRをするソーンの台詞を遮って、ヤンフィは強い口調で問い掛ける。問い掛けの内容に、煌夜はハッとしてその答えに集中する。それこそ、煌夜が旅している真の目的である。


「……異世界人? あー、オレが生贄用の子供を用意してるわけじゃないから分からん。だが、いたとしても、生贄にはならないぜ? 異世界人は別の場所に連れて行かれて、処分される流れだからな」

「ん? 処分、じゃと? どう云うことじゃ?」

「世界蛇のレベル5【魔道元帥】ザ・サンの命令だよ。異世界人は基本的に、一箇所にまとめて、殺処分することになってるぜ? その場所も、殺処分のタイミングも決まってるしな」


 ソーンのあっけらかんとした説明に、煌夜は思わず絶句した。殺処分――それは、まるで動物に使う台詞だ。一気に感情が高まり、身体の主導権をヤンフィから奪い返す。


「――おい、ちょっと待てよ。殺処分って何だ!? 一箇所にまとめて、とか、殺処分のタイミングが決まってるって、どういうことだよ!?」

「んん? アレ? ヤンフィ、様? その言語は――?」


 煌夜は感情を堪えることが出来ず、テーブルを両手で叩いてソーンを睨みつけた。ソーンは、突如変わった言葉に、怪訝な表情を浮かべる。だが、真剣な煌夜の顔を見詰めて頬を赤らめると、冷静な口調で説明を始めた。


「……あ、ええと。ザ・サン曰く、異世界人は、別の儀式で使ってるから、魔神召喚の生贄には使わないらしい。別の儀式ってのが何だかは知らんが……まぁ、碌な事じゃねぇだろうな。ここ数年は特に動きが激しいな。異世界人を大陸全土から掻き集める部隊も作ってたし。ああ、ちなみに殺処分する場所は、デイローウよりずっと南東、国境を越えて【魔法国家イグナイト】領内にある【霧の街インデイン・アグディ】の近くだぜ。そこに神殿を作って、四色の月が出揃う日に殺処分してるって聞いてるぜ。次に殺処分する日は、十七日後くらいか?」

「な、に――――おい、ソーン。汝、その神殿とやらまで、妾たちを案内できるか?」


 ヤンフィは強制的に身体の主導権を煌夜から奪って、激情のままソーンに詰め寄ろうとするのを押し留めた。そして、無理とは言わせぬ迫力で持ってソーンに問い掛ける。


(コウヤ、落ち着け。逆に、じゃ。コウヤの弟妹が万が一にも攫われておったとしたら、まだ生きておるはずじゃろ?)

(そうかも、だけど――四色の月が出揃う日って、ちょうど俺がこの異世界に来た日のことだろ? 万が一、もう殺されてるなんて事になったら――)

(じゃから、落ち着け。だとしたら、それこそ今焦っても仕方あるまい。最悪、既に殺されておったとして、今のコウヤに何が出来る?)

(ぐっ――何も、出来やしないけど……)

(じゃろぅ? じゃが、当然殺されておるとは限らん。そも、捕まっている可能性さえ定かでない。なればこそ、今は最悪の想定なんぞ、考えずとも良いじゃろぅ?)


 ヤンフィは煌夜にそう説明しつつ、とにかく今は任せろ、と無理やりに黙らせる。煌夜は沸騰する気持ちを堪えて、仕方ない、とヤンフィに委ねた。

 一方、そんな心の葛藤など知らないソーンは、ヤンフィの質問に嬉しそうな顔で頷いた。


「ああ、案内できるぜ! それにオレと一緒なら、そこまで行くのだって簡単だ。どうだい? オレを相棒にしてくれないか?」

「――妾たちの行動を妨げない。協力を惜しまない。あらゆる情報を提供する。裏切らない。その約束を守った上で、妾たちをそこまで案内するのであれば、その間は、一緒に行動してやる。どうじゃ?」

「それは、オレを相棒にしてくれるってことか?」

「違う。しばしの間、行動を共にするだけじゃ。それが嫌ならば、無理やり――」


 精神支配でもするぞ、と脅しをかけようとした瞬間、ソーンは椅子から降りてガバッと土下座した。声を感動で震わせながら、頭を下げる。


「しばらくでもいい!! ヤンフィ様と一緒に旅させてくれ!! その間に、オレはオレの有用性を認めてもらって――ゆくゆくは右腕にしてもらうぜ!!」


 ソーンはそんな意味の分からない宣言をして、バッと勢い良く顔を上げた。その顔は、どうしてか自信が満ちており、とても嬉しそうだった。

 ソーンのそんな気持ち悪い顔を眺めてから、ヤンフィは、タニアとセレナに目配せして、うむと頷きつつ告げる。


「では、案内することを認めよう。ところで、一緒に行動する上で、タニアとセレナを挑発することを禁ずるぞ? それに妾の命令以外で、戦闘をすることも禁ずる。汝は、無駄な騒動を巻き起こしかねん」


 ヤンフィの毅然とした宣告に、ソーンは、分かってるぜ、と二つ返事に頷いた。


(……コウヤよ。とりあえず宿に戻ってから、今後の予定を見直すぞ。最優先事項の変更じゃ)


 ヤンフィは心の中で煌夜にそう告げる。煌夜は、ああ、と真剣な声で応じた。それは、煌夜の思いを酌んでの言葉である。


「ありがとう、ヤンフィ様!! じゃあ、今日から早速よろし――」

「さて、それでは妾たちはそろそろここを出て宿屋に戻る。明日は、そうじゃのぅ……十一時前後に、魔動列車の乗り場付近で待ち合わせじゃ」

「――く。って、ええ!? な、何でだ? オレとヤンフィ様は、もう一蓮托生じゃ!?」

「勘違いするなよ? 妾は、汝を道案内として使うに過ぎぬ。仲間にしたわけでもなければ、当然、信用もしておらん。寝泊りも別に決まっておろう?」


 冷たくそう言って、そろそろ往くぞ、とヤンフィは席を立ち上がる。長話をしている間に、タニアはとっくに、セレナはようやく食事を終えていた。当然、ヤンフィも食事は食べ終えている。

 にゃ、とタニアは立ち上がり、セレナも上品に口元を拭ってから席を立った。

 ヤンフィは入り口のカーテンを上げると、そのまま個室を出て行こうとして、ふと立ち止まる。忘れておったわ、と呟きながらソーンに振り返ると、椅子に鎮座している神竜の卵を指差した。


「ソーンよ。そう云うわけじゃから、汝の持ち掛けた取引なんぞ知らぬ。神竜の卵は受け取らんから、それは汝が持っておれ。ひとまず今日はこれで、さよならじゃ」


 ピシャリと断言すると、ソーンは悲しそうな顔で天を仰いだ。だが、グッと涙と絶叫を堪えて、ヤンフィの背中にもう一度頭を下げる。


「分かったぜ、ヤンフィ様。また明日!! 十一時頃に、魔動列車の乗り場付近で待ってるぜ!!」


 そんなソーンの台詞なぞ最後まで聞かずに、ヤンフィを先頭にして、三人は個室からサッサと出て行った。そうして一階まで下りて来ると、女将さんが笑顔で迎えてくれる。

 そんな女将さんに料理の感想と感謝の言葉を伝えて、三人はお会計を済ませると、そのまま真っ直ぐと宿屋に向かった。今日はもう、これ以上歓楽街を寄り道する気力がなくなっていた。


 ところで、料理の味は文句なく絶品だったが、ソーンのせいで充分に楽しめなかったので、いつかまた絶対に食べに来ようと、ヤンフィと煌夜は密かに心に決めていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌朝、煌夜の部屋にて――タニアとセレナ、ヤンフィは、昨日の件を含めて、これからの予定を相談しようと集まっていた。結局、昨日は宿屋に戻ってきてそのまま解散の運びとなり、話し合いの場を設けられなかったのである。

 とはいえ、煌夜とヤンフィだけは、ある程度今後の方向性を決めていたが――


「――のぅ、タニア、セレナよ。昨日の変態についての相談じゃが、始めても良いか?」


 ヤンフィが司会進行役になり、だらしなく上半身裸でベッドに胡坐を掻いたタニアと、娼婦にしか見えないドレス姿のセレナに、そう切り出した。タニアは、んにゃ、と手を上げて頷き、セレナも、ええ、と了解の返事をする。


「さて、それでは早速じゃが――」

「にゃ、その前に、あちし、ボスにお願いがあるにゃ」

「ええ、あたしも頼みがあるんだけど」


 ヤンフィが議題を口にしようとした時、二人は珍しく息を合わせて、椅子に座るヤンフィに懇願するような視線を向けた。そして声を揃える。


「あの男、殺して良いかしら?」

「アイツ、殺したいにゃ」


 それは切実な訴えだった。二人のその台詞に、ヤンフィは、うむうむ、と理解を示すように頷く。だが、駄目じゃ、と首を振った。


「気持ちはわかる。じゃが、殺すにしても、まだ駄目じゃ。彼奴には【霧の街インデイン・アグディ】とやらまで、妾を案内してもらわねばならん。さて、その件で提案なんじゃが――」


 ヤンフィは言葉を一旦切ってから、タニアに鋭い視線を向けた。にゃ、とタニアは可愛らしく首を傾げつつ、惜しみなくその美巨乳を見せ付けてくる。そこに毛布を投げつけた。胸を隠せ、と強く言ってから、さて、と改めて提案を口にする。


「妾と、汝らで別行動するのはどうじゃろう? 妾があの変態と共にインデイン・アグディとやらに向かい、コウヤの弟妹が捕らわれていないか確認する。一方で、汝らは【魔神召喚】の魔法陣を破壊しに行ってくれないかのぅ?」

「にゃにゃ!? それは、かにゃり危険にゃ! コウヤの貞操が!!」


 ヤンフィの提案に、タニアが驚愕して叫んだ。セレナも難しい顔で、口を開く。


「あの変態と二人きりで大丈夫? ヤンフィ様なら命の危険はないだろうけど、アイツ何をしてくるかわからないわよ?」

「そうにゃそうにゃ! あちしたちも一緒の方が、絶対に安全で確実にゃ!」


 セレナとタニアは同調して頷き合う。その主張は正しく、間違いはない。だがそれに賛同はせず、ヤンフィは説明を続ける。


「彼奴の話が真実であれば、捕らわれた異世界人たちは一刻も早く助けださねばならん。しかし、これが罠の類であった場合、魔神召喚の立体魔法陣に、コウヤの弟妹がおる可能性もある。となると、どちらも優先せねばならん」


 ヤンフィはそう言って、未だ半裸のタニアに顎をしゃくってから、自身の胸を叩いた。タニアは億劫そうに、脱ぎ捨てていた服を拾って着替える。


「……タニア、セレナよ。汝らにならば、魔神召喚の立体魔法陣を破壊することを任せられる。どうじゃ?」


 ヤンフィが困り顔で首を傾げると、タニアは即答で、任せるにゃ、と胸を叩いた。セレナは顔をしかめてから、不承不承と頷く。


「ねぇ。別行動するのは、別にいいけど。それって、タニア一人でも問題ないんじゃないの?」


 あたし必要あるの、と問い掛けるセレナに、ヤンフィは力強く肯定した。


「生贄の柱は、特殊な防御結界が張られておる。それを解除せんと、破壊ができん」

「……あたし、解除方法知らないけど?」

「妾が教えよう。それと併せて、瘴気の繭があった場合の対処方法も伝える」

「瘴気の繭? 何それ? ……まぁでも、それも別に、タニア一人でやればいいんじゃないの?」


 確かにそうにゃ、と頷くタニアに、ヤンフィは首を横に振った。


「生贄の柱に施された結界は、常時展開型じゃ。且つ、解除しても瞬時に再生される。じゃから、生贄の柱を破壊しようとすれば、方法は二択じゃ。結界ごと消し去るか、結界を解除させつつ破壊するか。とは云え、結界ごと消し去るのはタニアの全力をもってしても難しいじゃろぅ。なればこそ、セレナが結界を解除させつつ、タニアが破壊する方が効率が良い」

「……何よ、その複雑な結界は」


 ヤンフィの説明に、セレナはうんざりした声で言った。タニアも難しい顔をしている。


「そう云うわけじゃから、セレナよ。汝とタニアで、魔神召喚の立体魔法陣を破壊しに行ってくれないかのぅ?」


 ヤンフィのそれは、命令ではなくお願いだった。強制はせず、タニアたちの判断に委ねていた。

 正直、この提案はヤンフィとしてはどちらでも良かったのである。二手に別れようと別れまいと、さしたる違いはない。確かに効率の面からすると、二手に別れた方が圧倒的に効率的だが、何らか問題が発生した際の対処が困難になる。そして何らかの問題は必ずと言っていいほど発生するだろう。そう考えた時、二手に別れること自体が果たして有効か、と問われると迷うところであった。

 さて、そんなヤンフィのお願いに、しばしタニアとセレナは沈黙していたが、視線を交し合った後に大きく一つ頷いた。


「あちしは、了解したにゃ。ボスの期待に応えるにゃ」

「――あたしもいいわよ。そもそもあんな変態と一緒に居たくはないし。移動手段に飛竜を使うつもりなら、絶対に、乗りたくもないしね」


 二人の返事に、そうか、とヤンフィは頷いた。さて、二人と別れるとなれば、この後に話し合うべきは、合流地点と方針の再確認であろう。


「それでは、汝らは今日から、魔動列車でデイローウ側に向かい、魔神召喚が設置されている場所を探して破壊してくれ。全ての地点を破壊し終えたら、再びこの宿で合流じゃ。宿に着いたかどうかは、受付に伝言を頼むぞ」

「畏まりましたにゃ」

「それと、生贄の柱じゃが――万が一、生きておる童が居れば、救出しろ。それと、コウヤの弟妹について、生贄になっておらんとは思うが、居たにしろ、居なかったにしろ、その証拠は確実に回収するのじゃぞ。良いか?」

「ええ、分かってるわよ」


 セレナの頷きに、タニアも何もかも察した表情で頷く。ヤンフィの言葉は、最悪の場合も想定して動けと言うことである。最悪の場合――つまりは、竜也、虎太朗、サラが生贄になっていた時は、死体でも良いから連れてこい、と言外に含んでいた。


「……ふむ。さて、それではボチボチ行動を開始するぞ。ひとまず朝食――その後、妾は注文していた道具を取りに行く」

「にゃにゃ、あの鍛冶屋に行くにゃ?」


 タニアの問いに頷きを返してから、既に準備万端のヤンフィは椅子から立ち上がった。それを見て、セレナはそそくさと煌夜の部屋から出て行き、全身を覆うローブを羽織ってやってくる。タニアはその間でしっかりと着替えを終わらせて、忘れ物の確認を含めて、部屋を引き払う準備を終えた。


 そうして、三人は食堂で朝食を摂り、その後、鍛冶屋に寄る。

 鍛冶屋では、ヤンフィが無茶振りで依頼していた貴重な素材と、匂いだけで酔いかねない度数の酒を手に入れる。それらを何に使うのか、煌夜はヤンフィに問い掛けたが、それには答えてくれなかった。ただ至極満足そうである。


 さて、そんなこんなで、気付けば時刻は十一時を少し回る。もう時間か、とヤンフィたちは若干残念そうに呟いて、魔動列車の乗り場へと向かった。




※キャラクターデータは別枠でまとめます。


18.12/5 サブタイトル変更


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