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神隠しに遭ったら、異世界に居ました。  作者: 神無月夕
第六章 湖の街クダラーク
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第三十九話 嵐の前の静けさ

 ウェスタに言われて、しばらくその場で待っていると、冒険者ギルドに厳つい五人組が入ってきた。ウェスタを先頭にぞろぞろと入ってきたその五人は、全員が筋骨隆々の逞しい体躯をした戦士たちである。しかし彼らは、どうしてか全員、厚い胸板の部分だけが露出した装備をつけていた。


「おいおい、怪しすぎるだろ……ガチムチマッチョじゃんか」


 タニアの座っている席の前に集まってくる屈強なその五人の戦士たちを見て、煌夜が思わずボソリと呟く。立ち上る男臭さと熱気を纏った彼らは、凄まじい威圧感をタニアにぶつけていた。けれどタニアは、そんな見るからに怪しい連中を眺めて、うにゃ、と一つ満足げに頷いていた。淡く輝いた右の青い瞳――【鑑定の魔眼】が、彼らの実力を推し量ったようだ。


「――ウェスタ君に聞いたが、護衛者を探してるって言うのは、お前らのことか?」


 タニアの前に横並びで陣取った五人の中で、その真ん中に立っている男が、ウェスタを押し退けて一歩前に出て来る。その男は黒い短髪をして、なぜか前髪に二本の赤いアホ毛を生やしていた。どうやらこの赤いアホ毛の男がリーダーのようである。押し退けられたウェスタが恐縮していた。


「そうにゃ。あちしたちが、依頼主にゃ。お前らが『幼女と美少年、護り隊』かにゃ?」

「いかにも!! 俺らが、世界平和と子供たちの未来を護る正義の冒険者集団『幼女と美少年、護り隊』――だっ!」


 赤いアホ毛の男は芝居がかった言い回しを口にしながら、唐突に身体を半身にして、大胸筋を強調するように腕をへその辺りで組んで見せる。それはまさに、ボディビルがよくやるポージングの一つで、俗にサイドチェストと呼ばれるポーズである。

 ちなみに、赤いアホ毛のポージングに連動するように、ほかの四人もそれぞれ異なるポージングを見せ付けてきた。それは戦隊モノヒーローの登場シーンのような、決めポーズのつもりかも知れない――正直、気持ち悪いだけだが。

 いきなりのポーズに、あまりにも意味が分からなすぎて、煌夜は唖然として固まってしまう。セレナとタニアは、白けた視線で赤いアホ毛を見ていた。


「あ、えと、その……この方は、総隊長のペド・フィルロードさん。師匠の知り合いで……」

「ウェスタ君、自己紹介くらい、自らやれる! が、その前に、お前らから先に自己紹介しろ!」


 困った顔でウェスタが赤いアホ毛の男を紹介しようとすると、それを太い豪腕で制して、赤いアホ毛の男はいっそう決め顔で言い放った。場の空気が凍り付くが、熱気だけはどんどん上昇していた。


「…………何、コイツ?」

「セレナ、これが『幼女と美少年、護り隊』の通常にゃ。しかし、噂以上に変態さんにゃ。ある意味、感動するにゃ」

「………………え? これが、普通なの?」


 セレナが信じられないと呟き、それをタニアが力強く肯定した。煌夜はそんな会話と、目の前で繰り広げられる戦士たちのポージングに辟易して、精神的に絶大なダメージを受けていた。

 さて、そんな悲惨な状況になりつつも、タニアは別段気にした風もなく、珍しいことに率先して自己紹介を始める。


「にゃにゃにゃ――あちしは、タニア・ガルム・ラタトニアにゃ。で、こっちがあちしたちのパーティのリーダー、コウヤにゃ。それと怪しいローブが、セレナにゃ」

「…………タニア・ガルム・ラタトニア、だと?」


 赤いアホ毛――ペド・フィルロードが、口元に手を当てて、驚愕の表情でタニアを見詰める。同時に、周囲もざわざわと騒がしくなり、タニアは全員から熱い視線で注目された。


「総隊長、タニアと言えば、()()タニア、ですかね? ラタトニアで有名な【先祖返りの暴れ姫】――もしくは、アベリンじゃ、高額賞金首に指定されてる【大災害】タニア」

「おそらくは、そうだろう。間違いない、と思うが…………本当にそうなのか?」

「そうにゃ」


 モヒカン頭の戦士が、ペドに大きな声で耳打ちすると、ペドは神妙な顔で頷き、なぜか当人であるタニアに聞き返してきた。タニアはそれを軽い調子で肯定する。

 その途端に、やはりか、と周囲のざわめきはいっそう大きくなり、五人は一斉にタニアから大きく距離を取った。

 ちなみに、赤いアホ毛ペドと、モヒカン頭の戦士以外の三人は、胸部が露出している装備であることを除けば、筋骨隆々ガチムチマッチョと言うほかに特徴はなかった。三人とも、兄弟に見紛うほどに顔立ちが似ている。強面で神経質そうだ。


「そうか……まぁ、よろしくタニア君。俺は、ペド・フィルロード。『幼女と美少年、護り隊』の総隊長を任されている」

「俺はタコ・ローリ・副隊長だ」


 赤いアホ毛ペドが名乗りを上げると、モヒカン頭の戦士が続いて名乗りを上げた。その自己紹介を耳にして、煌夜は渋い顔を浮かべる。副隊長という肩書きも驚きだが、その名前があまりにも、あんまりではなかろうか。思わず、少女が好きなんですか、と尋ねたくなる。怖くて口には出せないが――

 そんな変態の如き二人が名乗りを上げたのを見てから、残りの三人が気持ち悪いポージングを解きつつ左側から順番に名乗った。


「我輩は――――護り隊、チームAの隊長で、長兄ショウタ・コン」

「我輩はチームBの隊長、次兄ミスタブラザー・コン」

「我輩は、チームC隊長!! 末弟のマザーシス・コン」


 テンポよく大声で自己紹介する三人。その名乗りを聞いて、なるほど三人とも兄弟か、と煌夜は至極納得した。兄弟ならばこそ、似ているのは当然――この変態性も遺伝なのだろう。

 すると、一呼吸置いたかと思った瞬間、バババッと三人ともが違うポージングをとる。


「「「我輩たち揃って、コン三兄弟!! 護り隊の三本柱、いざここに、推・参!!!」」」


 声を見事にハモらせて、三人は決め顔でポーズを見せる。さりげなく周囲の視線を意識して、見栄え良く決めている様が、かなり気持ち悪い。


「さすがにゃ。お前らが噂の、空前絶後の変態三兄弟にゃ? 会えて光栄にゃ」

「「…………」」


 そんな変態三兄弟のポーズを見て、タニアはしかし、瞳を輝かせながらしきりに感動していた。一方でセレナと煌夜はドン引き状態で無言を貫く。何を言ったら良いのか、何からツッコんだら良いのか、もはや判断できなかった。

 ガチムチ戦士五人が、無言で大胸筋をピクピク震わせる光景――冒険者ギルドの一角に、異次元世界が展開していた。


「あ、あの、ペド総隊長、僭越ながら……自己紹介はそれくらいで、本題に……」


 痛い空気が流れる中、埒が明かないと意を決した様子のウェスタが、恐る恐ると進言する。その台詞のおかげで、ようやく変態三兄弟はポージングを解いた。煌夜はこの瞬間、ウェスタが救世主に見えた。


「おう、そうだな。それじゃあ、依頼内容を聞こうか? ちなみに、あらかじめ断っておくが、俺らは護衛任務以外は引き受けない。理由は聞くな。各々が掲げる信条に則り――」

「――ああ、いいにゃいいにゃ。そんにゃ御託は。とりあえず本題に入るにゃ」


 赤いアホ毛ペドの台詞を最後まで言わせず、タニアはテーブルに身を乗り出して口火を切る。赤いアホ毛ペドは言葉を遮られて若干残念そうな表情になるも、文句は言わず押し黙った。


「依頼内容は、簡単にゃ。とある子供たちを、自分たちの家まで送り帰して欲しいにゃ。子供たちは全部で十一人居て、それぞれ家が違うにゃ。家の場所は、詳しくは子供たちに聞いて欲しいにゃが、クダラークより西方の、アベリンやベクラルの方角にゃ。だいたいでグループ分けして、四組いるにゃ」

「――待て! 子供たち、と言うが、いくつぐらいの子だ!?」


 タニアの説明を聞いて、突如、モヒカン頭のタコが声を荒げて口を挟んだ。心なしか興奮気味で、鼻息も荒くなっている。しかしそれにしても、食い付くところがやはり変態である。そんな反応をする人間を見て、煌夜は非常に不安になった。

 果たして、こんな連中に子供たちを預けてよいのか、心配である。


「歳にゃ? んー、大体が十歳前後にゃ」

「「「十だと!? 女児か、男児か!?」」」

「…………どっちも、にゃ」


 驚愕の表情を浮かべながら、変態三兄弟が声を揃えて叫んだ。しかしさすがにその質問には、タニアも目を細めて引き気味にならざるを得ない。ちなみに、セレナは既に他人の振りをしており、ギルドの中を暇そうに眺めていた。

 タニアの答えに、五人が五人ともざわつき始める。素晴らしい、だとか、最高だ、とか、命を懸けても護らねば、とか、訳の分からない台詞が飛び出している。そして、そんな五人を見て、ウェスタが呆れた表情で溜息を漏らしていた。

 タニアはそのざわつきが収まるのを待ってから、改めて詳細を説明しようと口を開きかける。ところがそれを、赤いアホ毛ペドが手で制した。

 何にゃ、と怪訝な顔を浮かべるタニアに、赤いアホ毛ペドは、ゴホン、と咳払いした。


「――その依頼、引き受けよう。報酬は、そうだな……俺らの旅費を含めて、護衛対象一人に付き、テオゴニア銀紙幣一枚でどうだろうか?」


 即断即決――仔細を聞かずに、赤いアホ毛ペドはそう切り出す。それに対して、モヒカン頭タコと変態三兄弟が、異論はない、とばかりに力強く頷いていた。

 その決断を聞いて、ウェスタ、タニア、セレナが目を見開いて驚いていた。一方で煌夜も驚いたが、それは三人とは別の驚きである。煌夜の驚きは、二つ返事で応じてくれたことに対する驚きだ。けれど、三人の驚きは、その報酬額の安さである。護衛の相場は、その難易度にもよるが、往々にしてテオゴニア銀紙幣三枚から五枚程度が常識だった。


 しばし沈黙が下りて、いち早く我に返ったセレナが、今の台詞を問い返す。


「ねぇ、確認だけど……一人に付き、銀紙幣一枚、で良いのね? と言うことは、十一人居るから、テオゴニア銀紙幣十一枚で、引き受けてくれるってことで良いのね? しかも旅費は別途ではなく、旅費含めて、で良いのね?」

「ああ、その通りだ、ローブの女――確かに、それだと俺らの儲けは出ない。むしろ持ち出しの方が大きいだろうな。だが、そんなことはどうでもいいんだ。俺らは、俺らの矜持に則って依頼を引き受ける。金儲けなど二の次なのさ」


 ニコッと白い歯を見せつつ大胸筋をプルプルさせる赤いアホ毛ペドに、セレナは思わず、気持ち悪い、と本音を漏らしていた。煌夜もそれは同感で、台詞は格好良いのに、そのおぞましさから身体を震わせる。


「……にゃら、先払いで依頼料支払って置くにゃ。依頼書はまだ用意してにゃいけど、とりあえずこれで契約は成立にゃ。じゃあ次は、細かい取り決めをするにゃ」


 セレナに遅れて我を取り返したタニアが、言質を取ったとばかりに、すかさず詳細を詰めようと切り出した。それに力強く頷いて、赤いアホ毛ペドは指を鳴らした。


「分かった。だが、依頼書は今用意しよう――マザーシス、頼む」

「応! ちょっと待て!! そぉいや!!」


 変態三兄弟の末弟マザーシスが、元気の良い返事と共に頭の上で両手を合わせて、祈るような姿勢で目を閉じた。しばらく、と言っても五秒ほどか、その姿勢で固まっていると、突如、両手が淡い緑の光に包まれる。


「――これで、どうだ?」


 その魔力光はすぐに霧散する。すると、末弟マザーシスの手元には、折り畳まれた紙面が現れた。

 何もなかったところから現れる紙。それは、まるで手品のようだが、手品ではなく魔術である。記憶紙と呼ばれる魔術――脳内で思い描いた映像を、紙として具現化する魔術だ。

 末弟マザーシスは折り畳まれた紙を開いて、それをタニアに差し出した。タニアはそれを一読してから、セレナと煌夜にも見せる。だが当然、煌夜にその文字は読めなかった。

 煌夜の渋い顔を見て、セレナが重要な部分だけを口に出して確認する。


「依頼内容、護衛対象を精神的、肉体的に無傷で、その実家まで送り届けること。期限は四色の月一巡以内――三十日、と定める。報酬、護衛対象一人につき、テオゴニア銀紙幣一枚。これには護衛者、護衛対象の旅費を含む。尚、依頼に失敗、もしくは依頼を反故にした場合、いかなる理由であろうと、罰則として護衛者は依頼主の奴隷となることを誓う。この誓いは、第三者機関である冒険者ギルドにて施行されることを認める」


 セレナの読み上げに、うにゃ、とタニアも頷いた。少々堅苦しい言い回しだが、煌夜の理解の及ぶ範囲では、書類に不備はなさそうである。けれど、ただ一つだけ、気になることはあった。


「……なぁ、セレナ。これってさ、子供たちがちゃんと帰れたって、依頼達成の確認をどうするんだ?」


 煌夜は、その疑問をセレナにさりげなく問い掛けた。するとセレナは、ああ、と頷き、煌夜と同じく囁き声で答えてくれる。


「依頼達成の確認は、冒険者ギルドに一任すると記載があるわ。達成条件としては、子供たちの血縁、もしくは縁者に証明書を記入してもらい、それをギルドに提出すること――だそうよ」


 セレナの答えに、煌夜は、なるほど、と納得した。その一方で、タニアは記憶紙にサラサラと名前を書いてから、赤いアホ毛ペドに戻す。


「内容の確認は終わったにゃ。これで問題にゃいにゃ。にゃので、そっちも名前を書くにゃ。そうしたら護衛対象を紹介するにゃ」

「ああ、分かった。俺らは連名で記入しよう――よし、タコ」


 赤いアホ毛ペドは、素早く記憶紙に名前を書くと、それをモヒカン頭タコに渡す。それから、変態三兄弟に回して、全員が迷わず記入を終えた。

 タニアは全員の名前が記入されたそれを回収すると、当然のように冒険者ギルドの窓口に持って行き、何やら手続きを行う。煌夜はそれを、何をしているのか、と不思議そうに眺めていたが、ふいにセレナがウェスタに問い掛けた。


「……ウェスタ。アレは何をしているの?」

「え? あ、ええと……タニアさんがしてる手続きのこと、ですか?」

「ええ、そうよ。依頼書はさっきので問題ないでしょ? それに記名して、契約は成立――それで終わりじゃないのかしら?」


 セレナの疑問は、煌夜も思っていたことである。さりげなく聞き耳を立てる。


「ええと、確かに契約自体は締結してます。先ほどの書類には誓約の魔術も施されていましたので、契約を履行しなければ罰則も自動で適応されるでしょう。ただし、今回の依頼は、達成確認者を第三者機関の冒険者ギルドに設定してるので、ギルド側に規定の届出をしないといけないんです……そうしないと、達成条件を満たすことが出来ませんから、そもそも契約が不成立になってしまいます」

「……何それ? 冒険者ギルドに依頼確認を代行してもらうだけでも、手続きが必要なの?」

「はい。本来なら、依頼達成の確認は依頼主以外認めていないところですから。それを代行してもらう場合には、別途、確認の依頼をギルドに申請する形になりますよ」


 ウェスタのそんな説明に、あっそ、とセレナは不服そうに頷いていた。役所みたいに面倒だな、と煌夜はふと思った。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 日が落ちて、夜空に二つの月が浮かぶ頃、夕食を終えた一行は、各自、部屋へと戻ってきた。とは言っても、煌夜はタニアと相部屋、セレナは別室である。


「はぁ――久しぶりに平和な一日だったなぁ」


 煌夜はベッドに横になって、気の抜けた声でしみじみと呟いた。今日一日を振り返ってみれば、珍しくもつつがなく過ごせた一日だった。異世界に来てから、数少ない平凡な日だったように思う。


 万が一の出来事や、厄介な事件も起きなかったし、問題の塊みたいな変態集団――『幼女と美少年、護り隊』の五人も、蓋を開けてみれば、信用に足る人の好い連中だった。子供たちに対する接し方は丁寧で紳士的だったし、子供たちも彼らに脅えることはなく、むしろすぐに打ち解けて懐いていたほどだ。きっと彼らは善意と筋肉だけで構成された存在なのであろう。

 さてそうして、一番の懸念材料だった子供たちの護衛依頼はあっけなく片付いた。その後、昨日手に入れた戦利品を換金すべく、道具屋や宝石商を見て回った。そこでも順調に事が運び、予想外に大儲けできたのは幸運である。


「――あ、そうにゃ。にゃあにゃあ、コウヤ。そういえば明日は、オークションが開かれる日にゃ。子供たちの護衛依頼が一件落着してるから、余裕はあるにゃ。寄らにゃいか?」


 今日の振り返りをしていた折、ふとタニアが、煌夜の前で平然と着替え始めながら、そんなことを聞いてくる。煌夜はタニアから視線を外しつつ、そうだな、と曖昧に頷いた。


「……それ、観光ってことだよな? まぁ、別に寄ってもいいとは思うけど……準備、間に合うか?」

「余裕にゃ、余裕! と言うか、そもそも丸一日も準備に時間掛けるのはおかしいにゃ」


 煮え切らない返事をした煌夜に、タニアが勢いよく断言する。けれど確かに、言う通りかも知れない。

 今日の夕食時にも相談はしたが、明日は、クダラークを出発する準備を整えることに丸一日を費やす予定だった。だが、出発の準備などそれほど時間が掛かるわけではない。むしろ時間は余ると考えてしかるべきだろう。となると、準備が終わった後は、自由時間か休養になる――観光しても大丈夫か。


「観光も勿論にゃけど、これだけ資金があるにゃら、是非買い物もしたいにゃ。クダラークのオークションには、古今東西の珍しい武具や、道具が出品されるにゃ。絶対、何か旅路に役立つ道具があるはずにゃ。寄る価値、ありまくりにゃ」


 タニアが上半身裸のまま、ずずいと煌夜に顔を近付けた。服を着ろ、と言いたいが、言っても無駄なので、煌夜はとりあえず自分の顔を手で覆って視界を隠しつつ、分かった分かった、と応じる。


「セレナが来るかは分からないけど……じゃあ、オークションに寄るってことでいいよ。けど、オークションが開催されてる時間分かるのか?」

「オークション開催は、太陽が浮かんでる間ずっとにゃ。太陽が昇ると同時に開催して、沈むまでやってるにゃ。だから、最低限の準備を仕入れてから、向かっても間に合うにゃ――あと、セレナは来ても来にゃくても、どうでも良いにゃ」

「…………まぁ、団体行動しなきゃいけない理由はないけどさ」


 タニアの言葉に呆れつつも、煌夜はそれで納得する。どうやらタニアとしては、煌夜と一緒にオークションを見て回りたい思いが強いらしい。


「じゃあ、早起きするとかせずに、今日と同じ時間から行動開始でいいな?」

「大丈夫にゃ。にゃあにゃあ、コウヤはもう寝るにゃか? まだ夜は長いにゃ。あちしと――」

「――はいはい。疲れたから、俺はもう寝るよ。お休み」


 タニアが猫撫で声で煌夜に身体を近付けて来る気配を感じて、煌夜はサッサと布団を被る。有無を言わさぬその拒絶に、タニアは残念そうに一鳴きしていた。

 そしてしばらくすると、タニアが離れていく気配を感じる。どうやら自分のベッドに戻っていったようだ。それを薄目で確認してから、ふぅ、と安堵の吐息を漏らした。

 タニアは毎度毎度、懲りることなくこうやって露骨に誘惑してくる。だが、それを煌夜は全て拒否していた。据え膳喰わぬは武士の恥――と諺にはあるが、今はそんな性欲に流されている状況ではない。とはいえ、心が揺れるので勘弁して欲しかった。ちなみに、煌夜がやんわり拒否すれば、すぐにタニアも引き下がるので、ただ単にからかっているだけなのだろうと最近は思っている。


 さて、実はそれほど眠くはないのだが、寝ると言った手前引けなくなった煌夜は、そのままジッと目を閉じて、眠るように努力した。時刻はまだ夜八時過ぎ、異世界に来る前ならば、テレビを見ながら談笑していた時間である。

 けれど早寝すぎるほどではない。どうせ、そのうち睡魔が忍び寄ってくるだろう――と、そう考えた時、唐突に意識が身体から剥がされるような感覚に襲われた。

 そして次の瞬間、煌夜は暗闇の中で独りポツンと立っていた。

 見渡す限りの暗闇、何処までも静かな無音の世界。何度か体験した覚えのある夢の世界だ。


(…………これは、ヤンフィ、の仕業か?)


 煌夜の目は開いていて、身体も自由に動くが、まったく実感が伴わない。ああここは間違いなく、意識だけの世界だと自覚できる。ヤンフィが作り出した心象世界だろう。


(そうじゃ。妾じゃ――ちょいと、報告だけでもしておこうと思うてのぅ)


 煌夜が暗闇に問い掛けると、何の前触れもなく、ヤンフィの姿が目の前に浮かび上がった。

 相変わらずの小さな矮躯に、王者の如き覇気を漂わせて、金色の蓮と青い鳥の絵柄の着物姿で、薄い桃色の乱れ髪に、中性的な相貌をした幼女――ヤンフィ本来の姿である。

 煌夜はそんなヤンフィに向かい合って、何だよ、と嫌な表情を浮かべた。

 今日一日平和過ぎたと思ったが、まさかドデカイ落とし穴でもあったのだろうか。ヤンフィが煌夜の前にこうして姿を現す時は、今までの経験上、悪いお知らせしかない。嫌でも身構えてしまう。


(フッ、そう身構えるな。今日の報告は吉報の類じゃ)


 ヤンフィは、煌夜のその態度を薄く笑いながら、喜ぶが良い、と告げてくる。しかし、まったく信憑性はない。煌夜は押し黙ったまま、疑いの眼差しを向けた。


(コウヤよ――汝の身体を、元通りに癒す目処が立ったぞ)

(…………へ?)

(どうじゃ、吉報じゃろぅ?)


 ヤンフィの軽い言葉に、煌夜は唖然と口を開いて絶句した。想定外の台詞に、頭が真っ白になる。


(まぁ、とは云え。今すぐに、ではないがのぅ。神の羅針盤――アレがあれば、冠魔術クラウンを扱える治癒術師を探し出すことが可能じゃからのぅ)

(おぉ……それは、凄い……え? けど、どうやって?)

(昨日はセレナのせいで説明が中途半端になってしまったからのぅ。改めて説明しよう。神の羅針盤は、思い浮かべた場所を指し示す効果がある。つまりじゃ、冠魔術を扱える素養の人間を思い浮かべれば、其奴の居る方角が分かるのじゃよ)


 ヤンフィは自信満々にそう告げる。その台詞に煌夜は感動した。いつぞや見せられた死体のような自分の身体を思い浮かべてから、ようやく助かるのか、と胸を撫で下ろす。


(じゃから妾としては、すぐにでも治癒術師を探すことを提案したいのじゃが……コウヤとしては、それよりも【魔神召喚】の立体魔法陣を破壊することが優先なのじゃろぅ?)

(――ああ、それは勿論だ。子供たちをこれ以上、生贄になんかさせるかよ)


 ヤンフィの問いに、煌夜はハッとなった。忘れていたわけではないが、今自分たちが何をする為にここまで来たのか、それを強く意識する。攫われた子供たちは助けたが、まだそれ以外にも、やらなければならないことはあるのだ。

 煌夜はグッと拳を握って、ヤンフィに力強く頷いた。これからやることは変わらないが、解決策が見出せずに保留していた憂慮が一つ解決するのはありがたかった。なんだか今日は本当に全てが順調に進んでいるな、と内心で嬉しくもなった。

 異世界に来てから、ようやく運が向いてきたか――いや、最初から不運ではなかったかも知れないが、ここに来て幸運の女神が微笑み始めてきたのかも知れない。


(さて、妾が云っておきたいことはそれだけじゃ。魔神召喚の件が落着したら、タニアやセレナには妾から提案する。じゃが、コウヤには先に伝えておく)

(おう、ありがとうヤンフィ。感謝するよ)


 煌夜は頭を下げて感謝の意を示す。それをヤンフィは優しい笑顔で頷いて、お、と何やら天を仰いだ。釣られて上を見上げるが、そこには暗闇が広がっているだけである。


(――コウヤよ。そろそろ朝じゃ。タニアが起こしにきておるぞ)

(あえ、マジで? いや、え? まだ十分くらいしか、経ってないんじゃないか? 寝てすぐにここに来たんだから、いくらなんでもそりゃないだろ?)

(ここは妾の意識世界じゃ。体感時間と実時間が異なるのは当然じゃろぅ。そも、コウヤをここに引き込んだのは朝方じゃからのぅ――それでは、ボチボチ起きるがよい)


 ヤンフィは、そんな風に言うが否や、余韻も残さず姿を消失させる。その途端に、暗闇だった世界が光に満ちて、煌夜の意識は一気に浮上した。


「――――うぉ、あ!? え? あ、お、おはよう……タニア」

「にゃにゃにゃー!? お、起きたにゃ? ビックリにゃ」


 煌夜はガバッと布団を跳ね上げて上半身を起こす。すると、ちょうど真正面――鼻先がくっつくほどの至近距離に、タニアの顔があった。タニアは当然のように上半身裸で、その魅力的で豊満な胸を惜しげもなく晒して、布団越しだが煌夜の下半身に馬乗りになっていた。

 寝起きの煌夜は、つい先ほどまでのヤンフィとのやり取りで若干混乱しており、頭の中が真っ白になっていた。タニアはタニアで、起こそうと思った瞬間に出鼻を挫かれて、どう反応してよいか分からない状況になっていた。

 そんな事情から、お互いに無言でしばし見詰め合う。傍から見るとそれは、まるでキスする寸前のような光景だった。

 そんな状況で、ふいに、コンコン、と扉をノックする音が聞こえてきた。


「ねぇ、別に良いけどさ……毎朝、あたしに見せ付けて、何がしたいの? アンタたちがいちゃつくのを別に咎めてるわけじゃないんだけど、見せつけられるとそれはそれで不愉快だから、やめてくれない? というか、楽しみたいなら言っておいてよ。起こしに来ないから……あたし、アンタらを邪魔するつもりはないからさ」


 そんな冷めた声が聞こえてきて、煌夜は慌てて振り向いた。すると、開いた扉のところに昨日と同様にセレナが立っている。

 セレナはフードを脱いだ状態で、心底呆れた表情を見せていた。煌夜は、そのセレナの冷めた視線でようやくハッと我を取り戻して、大きくゆっくりと深呼吸した。


「見せ付けてるわけじゃないが……おはよう、セレナ。おい、タニア、服着ろ、服。頼むから」

「んにゃにゃ……分かったにゃ」


 冷静に切り返した煌夜に、タニアは、仕方にゃいにゃあ、とボヤキながら身体を離した。そしてベッドから降りると、脱ぎ捨てた服を拾って着替えを始める。ちなみにその間ずっと、セレナの殺意が篭った鋭い視線は、タニアの豊満な美乳に突き刺さっていた。

 その視線の意味に気付いて、煌夜は静かに納得した。決して口には出さないが、セレナが不快に思っている真因は、ないものねだり――と言うか、ただのやっかみに違いない。


「完全に起きたみたいだから、あたしは先に食堂に行ってるわよ?」


 セレナを見ながらそんな失礼なことを思っていると、セレナはスッとフードを被りなおして、そそくさと部屋を出て行った。それを見送ってから、煌夜も、のそのそと起き上がり、昨日と同じようにフル装備を身に着ける。

 そうして、着替えたタニアと揃って食堂に向かい、セレナと合流した。今日は昨日と違い、テーブル席が空いていなかったようで、カウンター席に陣取る。


「食事、注文しておいたわよ。今日は昨日と違ってちゃんと、定食メニューを頼んでおいたわ」

「にゃははは――昨日の失敗は、素直に謝るにゃ。まさか、コース料理とは思ってにゃかったにゃ。アレはあちしのミスにゃ。ま、でも、美味しかったから、問題にゃいだろ?」


 タニアと煌夜が座ったのを見計らってから、セレナはサラリと嫌味交じりにそう言った。それは昨日のコース料理誤注文の件に対する遠回しの文句である。しかし、料理を頼んだ張本人であるタニアは、その嫌味を受けて、反省の色もなく笑いながら適当に頭を下げた。


「……少しは反省しなさいよ」


 ボソリと呟くセレナに、煌夜は苦笑する。タニアはそんな呟きを無視して、忙しそうに立ち回るウエイトレスに飲み物を注文していた。


「あ、そうそう。ちなみにさ、セレナ。今日の予定なんだが――」 


 セレナが事前に頼んでおいてくれたおかげで、料理はすぐに提供された。相変わらず美味しそうなその定食を前にして、煌夜は、昨日の夜タニアにお願いされていたことを思い出した。


「予定も何も、今日は丸一日使って明日の準備を整えるんでしょ? 野宿するのに必要な道具や、日持ちする食材を買い溜めして、他にも装備の補強とか、情報収集とか――違った?」

「――あ、いや、その……それはそうなんだが……何でもさ、オークションが開催されるらしいんだよ。そこに行って見たいなぁ、と」

「ああ、噂のテオゴニア大陸屈指の大オークション、か……いいわね。けど、そうすると時間的に余裕はあるの? オークション会場は広いって話だし、見学するだけでも一日掛かりになるんじゃないの?」


 なんとなくセレナだったら断るかもしれない、と思っていた煌夜だったが、その予想は良い意味で外れた。オークションの提案をすると、特に反論も何もなく、セレナは二つ返事で頷いてくれる。

 ところが一方で、タニアは頷いたセレナに対して、なんともいえない難しい顔をしていた。セレナは別に来にゃくて良いのに、という台詞が、その顔には張り付いているように思える。


「時間の余裕はある……よな? 旅路に必要な物は、買うのにそれほど時間は掛からないだろうし」

「あら、そう? じゃあ、あたしは別に異論ないわよ」


 煌夜は、よし、と頷き、タニアに視線を向ける。タニアは難しい表情のまま、不承不承と頷いた。


「…………にゃら、まずは野宿に必要にゃ道具だけ先に揃えておくにゃ。オークションでは、その手の生活用品はあまり出品されにゃいって聞くにゃ……食材は最悪、明日でも間に合うにゃ」

「ねぇ、タニア。オークションって、具体的にはどんな商品が出てくるの?」

「色々にゃ――にゃけど、今日のオークション限定で言うにゃら、話題ににゃるようなモノは入ってきてにゃいらしいにゃ。昨日、冒険者ギルドで聞いたにゃ」


 タニアは言いながら、提供された定食をパクパクと平らげていく。セレナは、ふぅん、と少しだけつまらなそうに応じた。


「話題がないなら、寄る必要、あるの?」

「――あるにゃ。と言うか、クダラークに来てオークション参加しにゃいのは、もったいにゃいにゃ。あ、セレナは別に好きにしても良いにゃ。そしたら、あちしとコウヤだけで行くにゃ」

「誰も行かないなんて言ってないでしょ?」


 そんな二人のやり取りを耳にしながら、煌夜は黙々と食事を摂った。余談だが、ここで提供される料理は、異世界に来てから一番煌夜の口に合っていた。


 それからしばらくして、三人が三人とも食事を終えると、とりあえず街で一番大きな道具屋に足を運んだ。場所は昨日、冒険者ギルドで確認していたので迷わなかった。

 道具屋は幅広く様々な物を取り扱っており、ちょっとしたホームセンターのような場所だった。ただ眺めているだけでも退屈はしない。

 とは言え当然、ウィンドウショッピングで済ますことはせず、潤沢な資金に物を言わせて、タニアもセレナも、必要な物や個人の趣味的な物など多くを購入した。そしてそこにはヤンフィも参戦して、なんだかんだと二時間近く、買い物だけで時間を潰す結果になる。

 その後、三人はオークションを見物すべく歓楽街に向かい、先日門前払いされてしまったドーム型の会場に足を踏み入れた。

 オークション会場の内部は、まるでショッピングモールか大型の商業施設のような造りになっており、多種多様な看板を掲げた小中大規模のブースに分かれていた。それらの各ブースでは、それぞれ異なるオークションが開催されており、また物販も同時に行われていた。事前に聞いていた通り、ありとあらゆるジャンルの物が出品されており、眩暈がするほどの熱気が溢れている。人の密集度こそ違えど、その空気感はどこか、コミケを彷彿とさせる雰囲気があった。

 煌夜は思わず感嘆の声を上げて、テンションが上がってくるのを自覚する。同様に、セレナもこの光景に興奮しているようで、すかさずフードを脱いで辺りを見渡していた。フードの下から現れた美貌の妖精族に、周囲が一瞬だけざわついたが、すぐさま会場の熱気と喧騒に飲まれて誰も気にしなくなる。


「にゃにゃにゃにゃ! これが、クダラークのオークション会場にゃぁ――コウヤ、こっち来るにゃ!」


 タニアもタニアで、いつもより若干テンション高めに楽しげな声を上げて、いつも通り強引に煌夜の腕を引っ張っていく。圧倒的な腕力差で、煌夜は抵抗できずに振り回されるしかなかった。


 そんなこんなでオークション会場を散策する一行だったが――はてさて結局、何もせずに、会場を後にすることになる。特段何を購入するでもなく、また何か事件に巻き込まれるでもなく、本当にただただ会場を見て回っただけ。それだけで、オークション会場の見物は終わりを告げた。

 ――いやさ、実際は四、五時間近く会場内を見物して、いくつかのオークションに参加したりもしたのだが、結局のところ、観光地での楽しい想い出以外に、手に入れたモノは何もなかったのである。まあ、有意義ではあったし、精神的な休息も取れたので、寄って良かったと言う感想こそ真実だが。


「にゃぅ……楽しかったにゃが、今日はハズレだったにゃぁ……」

「――――確かに。珍しいモノも多かったが、これと云った逸品が無かったのぅ。至極残念じゃ」


 俄かに騒々しくなる歓楽街の大通りを歩きながら、タニアが残念そうに呟いた。それは誰に言うでもない独り言だったが、しかしヤンフィが賛同した。そのやり取りに、心の中で煌夜も頷く。ちなみに今、煌夜の身体を操っているのはヤンフィの人格である。オークション会場を散策していた時に、ヤンフィがどうしてもとお願いしてくるので、煌夜は主導権を譲っていたのだ。


「……昼間来た時と違って、随分活気が出てきてるわね」


 そんなタニアとヤンフィの感想を耳にしながら、セレナはマイペースに、歓楽街の通りを見渡しながら言った。んにゃ、とタニアが首を傾げる。

 セレナに言われて辺りを見渡すと、確かに歓楽街のあちこちで楽しげな声が響き渡っており、昼間は人など歩いていなかった大通りにも、数多くの人が姿を見せ始めていた。昼間の閑散としたゴーストタウンの如き空気は何処にもない。軒並み閉まっていた店舗も、夕焼けに染まりながらで開店準備を始めており、あちこちに灯りが点り始めている。


「そりゃそうにゃ。もう日が沈む頃合にゃから、ここらは本格的に起きる時間にゃ――あ、ここもクダラークの見所の一つにゃから、色々寄ってって見るかにゃ?」

「…………寄るも何も、見渡す限り、どこもかしこもいかがわしい店でしょ?」

「それは誤解にゃ。ここらの店は、六割程度しか娼館じゃにゃいにゃ。後は、違法な道具を取り扱ってる店とか、気持ち良くにゃる薬を売ってる店とか、裏ギルドとかにゃ」


 割と衝撃的な台詞を平然とのたまうタニアに、セレナが白けた視線を向ける。ちなみにタニアの言うそれらは、一般的に全ていかがわしい店に分類されるだろう。だが、あえてセレナは反論しなかった。

 すると、押し黙ったセレナの代わりに、ヤンフィが楽しそうに口を開いた。


「ふむ、面白そうじゃ。そうじゃのぅ。明日には、ここを出発予定じゃし……せっかくじゃ、タニアよ。どこか適当な店に妾たちを案内せい」


 ヤンフィはそう言って、タニアの背中をポンポンと叩く。それを聞いて、セレナが心底疲れたように溜息を漏らしていた。だが、特に異論はないようなので、嫌ではないのだろう。

 タニアは、にゃにゃ、と胸を叩いてみせてから、自信満々にすぐ近くの脇道を指差した。そこはいかにも怪しげな空気を放つ路地裏で、奥から明らかに喧嘩と思しき騒音が聞こえてくる。


「風の噂で聞いた話にゃと、歓楽街の奥には、クダラークで一番美味い料亭があるらしいにゃ。しかもそこの店主は凄腕の情報屋らしくて、金さえ払えば、どんにゃ情報でも売ってくれるって話にゃ。あと他に骨董魔道具の専門店もあるって聞いたにゃ」


 嬉々としてそんなことを喋りながら、タニアは怒号が響き渡る路地へと足を踏み入れた。それにヤンフィもセレナも迷わず付いていく。そこには何の躊躇もない。


 確かに、この面子ならば、ほとんどの厄介ごとなど屁でもないだろう。けれど、だとしても些か無警戒過ぎた。後になって思えば、このときもう少しだけ慎重だったならば――きっと、あんなことに巻き込まれることは無かったに違いない。


 果たして、それから三十分後――煌夜は、この路地に足を踏み入れたことを、心底後悔することになるのであった。

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