第三十八話 戦利品の数々
あけましておめでとうございます。今年(2018)も宜しくお願いいたします。
宿屋に戻ってきて、真っ先に煌夜たちは夕食を摂った。部屋に食事を運んでも良かったが、片付けるのが面倒だったので、とりあえず食堂で食事を終えて、それから煌夜とタニアの相部屋に集まる。
「さて――それでは、落ち着いたところで、互いに情報交換と往こうかのぅ?」
ベッドに腰掛けたヤンフィが、タニア、セレナを見てからそう切り出した。
その台詞に、二人は顔を見合わせてから、どちらが説明するかしばし相談して、結果タニアが状況報告する運びとなる。
「あちしたちは、それほど問題にゃかったにゃ。転移魔法陣で飛ばされた先は、にゃんと地下95階層だったけど、そこでセレナと合流して、あちしの大活躍のおかげで【聖王の試練】受付まで戻ってこれたにゃ。あ、ついでに、コウヤが助けた冒険者の、ウェスト、だったにゃか? アイツも転移してきたから、一緒に受付まで行動したにゃ」
「ウェストじゃなくて、ウェスタよ、タニア。それと、戻ってくるのに、アンタが活躍する場面なんてほとんどなかったでしょ? むしろ、役立ったのはウェスタの方よ?」
セレナがボソリと訂正する。しかしタニアは気にせず続けた。
「それでにゃ。受付に戻ってきて、ウェスタと別れた後、入り口のとこでワグナー何某に待ち伏せされてたにゃ。そこから、戦闘が始まって――ボスが来てくれたにゃ」
タニアは簡潔に経緯をまとめる。傍らのセレナを見ると、ええ、と頷きながら補足した。
「概ねその通りよ。あとは……そうね。地下迷宮の情報と、ワグナー、アレイアの装備の情報が手に入ったくらいかしら? あたしたちは運良く、隠し部屋に帰還の門を見つけて、受付まで一瞬で戻ってこれたのよ」
「ほぅ、なるほどのぅ。それは幸運じゃったのぅ」
セレナが横合いから台詞を引き継いだことで、タニアがムッとした表情を浮かべた。そして慌てたように言葉を続ける。
「あ、それとにゃ、それとにゃ! あちし、スゴイお宝情報を入手したにゃ――これが本当にゃら、あちしたちの資金不足が一気に解消されるにゃ!」
勢いよくガバッと顔を近付けて来るタニアに、ヤンフィは冷めた視線を向けて、どんな情報じゃ、と聞き返した。
「にゃんと、聖王の試練の最下層――120階層には、未だ荒らされてにゃい宝物部屋が隠れてるかもしれにゃいって噂があるにゃ。そこにゃら、一攫千金、狙えるにゃ!」
にゃ、にゃ、と眼を輝かせて見詰めてくるタニアに、しかしヤンフィは緩く首を振った。その反応に、セレナが首を傾げる。
「一攫千金が狙えるかどうかは別として、探してみる価値はあると思うわよ? 入り口にある大穴からタニアを突き落とせば、すぐに最下層にいけるだろうし――」
「――汝らの話はそれだけか? であれば、次は妾の番じゃのぅ。ともかく話させろ」
グッとタニアを引き離して、セレナにスッと流し目を向ける。二人はその気迫に押し黙った。
「ふむ。では、セレナと別れた後から話すぞ? セレナを逃がした後じゃが……妾は、ワグナーに追い詰められて、否応なく大穴から飛び降り、聖王の試練、その最下層まで落ちたのじゃ」
ヤンフィは一旦そこで言葉を区切り、タニアとセレナを一瞥する。二人は、ギョッと目を見開いた。
「にゃにゃにゃにゃんとも――よく、無事だったにゃぁ……」
「タニア、話の腰を折るな。まぁ、死ぬ確率も八割あったが、何とかなったわ」
自慢げに語るヤンフィの言葉に、んん、と煌夜が疑問符を浮かべた。八割という確率は、確かにあの時も言っていた覚えがある。だが、それは生存確率が八割だったと記憶しているが――
(おい、ヤンフィ。死ぬ確率、八割って……)
(コウヤよ。今更じゃろぅ? 結果、生き残ったのじゃ。細かいことを気にするでないわ)
まるで悪びれもせず、ヤンフィは有無を言わせぬ迫力でもって煌夜の疑問を捻じ伏せる。結果論から言えば、確かに無傷で逃げ果せたので万事無問題ではある。しかし、死ぬ確率の方が圧倒的に高かったと聞いて、今更ながら恐怖で身体が震えた。トラウマになったらどうするつもりだろうか。
とはいえ、煌夜は溜息一つで、それ以上追求するのを諦めた。無駄な時間だろう。
「さて、それで、じゃ。妾は120階層に落ちて、最悪な事に、幻想種――それも竜族の魔貴族と戦うハメになってしもうた」
当然のように語るヤンフィの台詞に、セレナとタニアが同時にキョトンとした表情を浮かべた。呆気に取られたと言う表現が正しいだろうか。信じられないとばかりに、目をパチパチとさせている。その反応にヤンフィは満足げに頷いた。
「彼奴は自身を……確か、【白竜ホワイトレイン】とか名乗っておったのぅ――」
「――は、白竜!? にゃにゃにゃにゃ、有り得にゃいにゃ!! それ、四大竜にゃ!?」
その名前を聞いて、突如、タニアが興奮気味に絶叫した。いきなり台詞を遮られて、ヤンフィは少しだけムッとする。
「――四大竜のぅ。ふむ。確かに、そうほざいておった。何じゃ? 汝ら、彼奴を知っておるのか?」
「知ってるもにゃにも――四大竜【白竜ホワイトレイン】は、聖王伝説でよく語られる古の竜にゃ。魔貴族でありにゃがら、唯一、聖王に従ったとされる竜にゃ。伝説では、魔神【黄竜】との戦いで死んだことににゃってるにゃ! それが生きてたにゃか!?」
「……封印されておると云うておったのぅ」
「凄すぎるにゃ! 流石、ボスにゃ!! そんにゃ、伝説の竜と戦って、無傷にゃんて!!」
勝手に一人で盛り上がるタニアを見て、ヤンフィは自慢しようと思っていた気持ちが少しだけ萎えた。
「……俄かには信じられないわね。まさか、最下層に四大竜が封印されているなんて……本当に、それ、白竜ホワイトレインだったの?」
一方、セレナは神妙な顔でそう問い返してくる。信じられない、と疑いの眼差しである。
だが、そんな二人の反応に、ヤンフィは期待外れとばかりに溜息を漏らした。ヤンフィが二人に期待した反応は、竜族の魔貴族を相手にして、生き延びたことを驚いて欲しかったのである。けれど、蓋を開ければ、二人の驚きは、最下層に居たのが白竜ホワイトレインであることに終始していた。これではあまり面白くない。
ヤンフィはセレナの問いに力強く頷いて、もはや戦いの描写は語らずに、結果だけ話すことに決める。
「……白竜ホワイトレインは、聖王の試練を与えるとかほざいて、妾に挑んできた。妾は何とか彼奴を退けることに成功してのぅ。そうしたら宝物庫の扉が開かれたのじゃ――そこには、聖王が使用したと云う便利な道具が色々と置いてあってのぅ。全て戴いてきたわ」
先ほどまでの二人の反応から、ヤンフィは聖王の思念との邂逅を端折った。また下らないことで盛り上がっても面白くない。
「さてそして、宝物庫の物色が終わった頃合で、ちょうどコウヤの意識が目覚めたのじゃ。それから帰還の門を通って受付まで戻ってきた、と云うわけじゃよ――で、アレイアの後姿を見つけて、汝らの戦闘に駆けつけたんじゃ」
経緯としてはこんなところかのぅ、と話を終えて、タニアとセレナに視線を向ける。二人は、へぇ、と感心した風に吐息を漏らしていた。
「あ――とにゃるとつまり、ボスは既に最下層の宝物庫を漁り終えてるにゃ?」
「そうじゃ。その戦利品を見せてやろう」
ヤンフィはニヤリと悪戯っ子の笑みを浮かべながら、右腕に装備された古びた腕輪を撫ぜる。同時に、フゥ、と深呼吸してから、腕輪に魔力を注ぎ込んだ。すると途端に、黒い穴が部屋の中空に出現する。
黒い穴は、時空魔術により創られた異次元空間の入り口である。入り口の大きさは人一人分ほどだが、収納できる容量、内部空間の広さは、優に500立方メートルを超えている。
「おぉぉぉっ! それ、やっぱり凄いにゃぁ! 時空魔術の道具鞄にゃ? あちし、見たことしかにゃいにゃぁ――これからは、荷物運びが楽ににゃるにゃ!」
「……アンタ、感動するとこがおかしいでしょ? それよりも何よりも、この道具鞄――いえ、これはもう倉庫って言うべきかしら? 感動すべきは、この凄まじい空間の広さじゃないの?」
タニアが瞳を輝かせながら手を叩く様を見て、セレナは冷静な声でツッコミを入れた。
セレナが驚いているのは、展開された時空魔術の魔力消費量だ。セレナは黒い穴に流れ込むヤンフィの魔力の流れを観察しながら、収納空間の広さを測っていた。なかなか鋭い感性をしている。時空魔術で創り出す空間の広さは、その魔力消費量で決まる。
「よく分かる、のぅ。セレナよ――クッ、そうじゃ。この腕輪型の道具鞄に施された時空魔術は、とんでもなく広大な空間を、創り出しておる」
ヤンフィは少しだけ辛そうにしながら、黒い穴に手を突っ込んで、異次元空間の中から、宝箱とワグナーの装備、白紙の束、ガラス球を取り出す。ひとまずこれで、道具鞄の中が空になった。すかさず魔力供給を遮断して、異次元空間を閉じる。
「フゥ……しんどいのぅ。さて、とりあえずこれが戦利品じゃ」
床に転がったそれらの前で両手を広げて、ヤンフィは自慢げに胸を張る。ぉお、と感嘆の声と拍手が巻き起こるが、所詮二人なので若干虚しかった。
「……さて、宝箱の中身は吟味しておらぬが、少なくともこれ一つで、路銀の問題は解決するじゃろぅ。ああ、それと、この腕輪型道具鞄はタニアに渡しておこう。妾では扱うのに、魔力消費が激しすぎる」
「にゃ!? いいにゃか!? やったにゃ!! 嬉しいにゃ!! これで、あちしも一流にゃ!!」
「……今までは一流じゃなかっての?」
獣族の価値観は分からないわ、とセレナが呆れ顔をタニアに向けた。そんな視線など意に介さず、タニアは満面の笑みで嬉しそうにはしゃいでいた。よほど時空魔術が施された道具鞄に対して憧れがあったのだろう。長年の願い事が叶ったかのような喜びようである。
まあどうでも良いことだが――と、ヤンフィは気を取り直して、とりあえず白紙の束を手に取った。
「タニアよ。少し落ち着け。まずこの道具から説明しよう――これは、自動生成図とか云う代物じゃ。魔力を篭める事で、迷宮の全容が記される。それと、これが羅針盤らしい。これもやはり魔力を篭めると、思い浮かべた場所を指し示す――」
「――ヤンフィ様。それらの説明は不要だと思うわ。あたしもタニアも、その二つの神器は聖王伝説で知ってるもの。ちなみにその自動生成図、正式には【ラプラスの図面】って言う道具よ。そっちの羅針盤は【神の羅針盤】だし……さりげなく装備してる腰のベルトも、聖王の装備よね? ソードホルダーに時空魔術が施されてて、魔力消費せずにあらゆる剣を帯剣できる神器でしょ?」
ヤンフィが自慢げに説明をしようとした矢先、セレナが当然のような顔をして口を挟んできた。出鼻を挫かれた上に、より詳しい内容を説明されてしまい、ヤンフィは非常に不機嫌な表情になる。
「ふむ……その通りじゃが、有名なのか?」
しかし、不愉快な気持ちはグッと堪えて、空気を読まないセレナに問い返す。セレナは頷いた。
「妖精族の間でも語れるほどには有名よ。聖王伝説に登場する七つ道具の一つですもの――むしろ、残り四つの道具が気になるわ」
「……妾はそも、その七つ道具とやらを知らぬぞ?」
「ああ、そうね――ごめんなさい」
ヤンフィの不愉快そうな声のトーンで、ようやくセレナは自分が失言をしていることに気付いた。慌てて頭を下げてから、申し訳なさそうな表情で説明を始める。
「聖王の七つ道具――聖王のベルト、ラプラスの図面、神の羅針盤、神鉄の鎧、白竜鱗の剣、隠遁の外套、従魔の腕輪、ね。効果は――」
「――説明は不要じゃ。妾は聖王伝説になぞ興味はない」
セレナの解説を遮って、先ほどの意趣返しとばかりに言い捨てる。けれどセレナは、ええ、とさして気にした風もなく頷いて言葉を切った。その場の空気が凍りつく。
「にゃあにゃあ、ボス。事情も分かったし、ボスの戦利品も分かったにゃ。にゃので、早速、この宝箱の中を検分しにゃいか?」
けれどその時、ふとタニアが嬉々とした声で宝箱を指差した。タニアなりに空気を換えようと試みたのか、それとも何も考えていないのか、どちらにしろ、凍りついたその場の空気が動き出す。
ヤンフィも気を取り直して、タニアの言う通りに宝箱に意識を向けた。タニアがゴクリと唾を呑んだ。
「うむ。そうじゃのぅ。開けてみるか」
宝箱を開けてみると、中からは大量のアドニス金貨、瑠璃鉱と呼ばれる美しい鉱石、煌びやかな宝石が施された装飾品が出てきた。それらは、一度だけ宝物庫で確認した通り、一見して莫大な価値がありそうだった。
「凄い、わね。ちょ、これ――純金の冠よ!? それにこれ、水晶壁の耳飾りだし」
「にゃにゃにゃにゃ!! アドニス金貨ウハウハにゃ!! パッと見ただけにゃけど、余裕で一万枚は超えてるにゃ!」
宝石と装飾品の類を見て歓喜するセレナに、金貨を見て高笑いするタニア。そんな二人を眺めつつ、煌夜はヤンフィに問い掛ける。
(ちなみに、さ。俺、金銭感覚が分からんのだが……この、アドニス金貨? だっけ? 一枚でどれくらいの価値があるんだっけ?)
(うむ。一枚で、テオゴニア銀紙幣十枚と同価値じゃ。ちなみに、テオゴニア金紙幣は、アドニス金貨十枚と同価値じゃ――あくまで目安じゃが、アドニス金貨二枚前後が、一般人が四色の月一巡、およそ三十日間に稼ぐ給料と同価値じゃのぅ)
(…………月収二十万円と考えると、金貨一枚で十万円前後だろ……それが、一万枚越え、って……およそ十億円か?)
(コウヤの云う、エン、とやらの価値が分からぬが、ともかくこれで、妾たちは大金持ちじゃよ)
恐る恐ると呟く煌夜に、あっけらかんとした物言いでヤンフィが答えた。実際、煌夜の円換算が正しいかは不明だが、それでも少なくとも、潤沢すぎる資金が出来たことだけは間違いがなかった。タニアやセレナもホクホク顔で喜んでいる。
「これにゃら、ワグナーの装備を売る必要にゃいにゃあ。治癒魔術院に預けてる子供たち全員、護衛付きで帰郷させても、まだ余裕ありまくりにゃ!」
タニアが金貨を両手で掬って、ジャラジャラと音を鳴らしながら言う。それを聞いて、セレナが渋い顔を浮かべる。
「……タニア、幾らお金があるって言っても、そんな無駄な贅沢は辞めなさいよ。この先、何があるか分からないんだから、出来る限り節約すべきでしょ?」
「にゃにを、セレナはケチ臭いこと言ってるにゃ? お金は使わにゃいと意味にゃいだろ?」
「使いすぎないよう、節約するべきって言ってるのよ。確かにこれだけあれば、当面……と言うか、だいぶお金には困らないだろうけど、いつ如何なる問題が起きるか分からないでしょ? 特に、アンタのせいで要らない出費があるかも知れないし……」
「心外にゃ! あちしが、何をしたって言うにゃ!?」
質素倹約を訴えるセレナと、路銀は贅沢に使おうと主張するタニアが、そんな下らない言い争いを始めた。それを横目に、ヤンフィはとりあえず宝箱をひっくり返して、中身を全てベッドにぶちまけた。
すると二人は、言い争いながらも、散らかった金貨を数え易いよう百枚単位でまとめ始める。なかなか息の合ったコンビである。
(ふむ……やはり、この中にはもう、使えそうな道具はないのぅ)
宝箱の中身を物色して、ヤンフィは少し残念そうに呟いた。ヤンフィが期待していたのは、金銭の類ではなく、珍しい武器や防具、魔力が篭った装飾品などだった。
それから、タニアとセレナはあーだこーだ言いながら、三人で宝箱の中身を山分けした。分配の比率はきっかり三等分で、金貨はそのまま換金せずに持ち運ぶことにする。また、今後の荷物係は、魔力量が一番多く、何が起きても対応できるタニアが担当することで決定して、万が一何かがあった時の為に、セレナと煌夜は一袋分の金貨を隠し持つことで決まった。
ちなみに、ワグナーから入手した戦利品――【魔操の鍵】と呼ばれる刃先がギザギザの大剣は、ヤンフィが【無銘目録】に蒐集した。また、【暴食の鎧】と呼ばれる紅蓮のロングコートは、当然ながら煌夜が装備する。さらに、ワグナーがコートの下に着ていた衣服も【竜革の帷子】と呼ばれる上質な防具だったので、煌夜が譲り受けた。
さてそして、【娼姫の魔装】と呼ばれたアレイアの妖艶なドレスは、結局、セレナが装備することで決定する。その際、ひと悶着あったのだが、ヤンフィの強引な要求を突っぱねることが出来ず、セレナは泣く泣く承諾したのであった。
こうしてセレナは、大胆に太腿が露出したチャイナ服のようなドレスに、深緑のケープを羽織った格好に変わる。今まで装備していた白銀の胸当ては装備出来ないので、一見すると、高級娼婦のようないでたちである。少なくとも冒険者の類には見えなくなった――とはいえ、セレナの美貌にそのドレスはとてもよく似合っており、以前よりももっとお嬢様感は増した。まるで社交パーティーに参加している王侯貴族の如き雰囲気である。
ただ一つ欠点を挙げるならば、その慎ましやかな胸がドレスの魅力を半減していたが、そのことについては誰もツッコまなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
一夜明けて、翌日の朝。腹部にのしかかる柔らかい重みと、にゃごにゃご、と言う甘えたような声を目覚まし代わりにして、煌夜は目覚めた。
「あ、ようやく起きたにゃ。コウヤ、おはようにゃ!」
煌夜が視線を下に向けると、のしかかる重みの正体は、上半身裸のタニアであった。煌夜の腹部に馬乗りになり、豊満なその胸を惜しげもなく晒している。
煌夜は寝惚けた頭を振ってから、何で服を着ていないんだ、とか、何で腹に乗ってるんだ、とかそういった文句を篭めたジト目をタニアに向けた。
だがそれに対して、タニアは満面の笑顔で首を傾げてみせた。眩いばかりのその笑顔は、思わず胸キュンしそうになるほど魅力的だ。
「…………ああ、おはようタニア」
とりあえず煌夜は視線をタニアから外しながら、タニアの身体をどかして起き上がる。
「タニア――アンタ、そんなはしたない格好してないで、サッサと服着なさいよ」
煌夜がタニアに背を向けた時、部屋の入り口でふとそんな台詞が聞こえた。
振り返るとそこには、フードを目深に被って顔を隠した何者かが立っている。その何者かは、足首まである丈の長い緑色のローブで身体を包んでおり、いかにも怪しい風体である。
「分かってるにゃ。今着替えるにゃ」
「そうしてよ――おはよう、コウヤ。もう予定時間過ぎてるけど、いいの? 今日は食事してから、子供たちに会いに行くんでしょ?」
タニアと会話した怪しいローブ姿の何者かは、煌夜に挨拶しつつフードを脱いだ。フードの下から現れた顔は、予想通りにセレナである。
「ああ、おはようセレナ。ちなみに、予定時間過ぎてるって、今は何時くらいなんだ?」
「時計を見なさいよ――って、読めないのね? もう十時を回ったところよ。昨晩話した予定じゃ、九時過ぎには出発だったでしょ? まったく……時間にルーズなのは、タニアだけにしてよ」
セレナが呆れた声で半裸のタニアを睨みつける。その鋭い視線を何処吹く風と無視して、タニアは床に脱ぎ散らかしていた衣類を拾うと、そのまま身に着け始めた。それらは全て、昨日と同じ服だった。
セレナもそうだが、基本的に彼女たちは服のストックがない。だから、よほど汚れない限り、もしくは着ることが出来なくならない限り、ずっと同じ服である――不衛生に思えるが、この世界では割と常識なので、誰も気にしていないらしい。
煌夜は、無造作に服を着替えるタニアから視線を逸らして、怪しいローブのセレナに質問する。
「ところで、セレナ――なんで、そんなローブを着てるんだ?」
煌夜の質問に、にゃはは、とタニアが笑う。同時に、心の中でヤンフィもカラカラと笑い声を上げた。
セレナはムッと表情を歪めてから、ローブの裾をたくし上げる。
すると白く魅惑的な太腿があらわになった。まさかローブの下は裸か、と驚きに目を見開いた煌夜に、ヤンフィが答えを言う。
(――【娼姫の魔装】が恥ずかしいのじゃ。察してやれ、コウヤよ)
ヤンフィの言葉に、あ、と気付くと、煌夜は赤面しながらゴホンと咳払いして誤魔化した。セレナは無言のまま裾を戻す。
「にゃははは。別に気にする必要にゃんてにゃいのに、セレナは馬鹿にゃあ――むしろ娼婦だと侮られるくらいの方が、融通利くと思うにゃあ」
「…………煩いわね。恥ずかしいものは恥ずかしいのよ。そんなことより、サッサと行くわよ」
タニアが着替え終えたのを見届けて、セレナは再びフードを被ると、踵を返して部屋を出て行った。煌夜も慌ててそれを追おうと足を踏み出すが、それをヤンフィが制止した。
(コウヤ。面倒じゃが、念の為、装備を整えてから往くぞ)
(は? え、食事をするだけ、だよな? 別にそんな大仰な……)
(何が起こるか分からぬのがこの世界じゃ。油断はせぬことじゃよ)
ヤンフィの言葉に、煌夜はなるほど、と一応納得する。確かに一理ある。煌夜の今の格好は、ズボンと古びた布着一枚と言う軽装だ。部屋着としては問題ないが、装備としては心許ないのは事実だ。
煌夜は部屋を出ようとするタニアに少し待つようお願いして、素早くフル装備した。
竜革の帷子を着込んで、紅蓮のコートを羽織ると、雰囲気はだいぶ頼りないが、それなりに歴戦の猛者に見えた。
「にゃにゃ、コウヤ。食事したら、部屋に戻ってこにゃいつもりかにゃ?」
フル装備した煌夜を見て、タニアが首を傾げる。煌夜は少し迷ってから、ああ、と頷く。
「んにゃ……部屋、引き払うにゃ?」
「あ、いや、そこまでは考えてないけど」
「そうにゃ?」
タニアは不思議そうな顔を浮かべたが、それきり深く考えずに、煌夜の後に付いて部屋を出た。
部屋の外には既にセレナの姿はなかった。どうやらもう先に食堂に行ったようだった。煌夜はタニアと一緒に食堂に向かう。
食堂に入ると、隅の方にある五人がけのテーブルをセレナが占拠していた。煌夜とタニアを見つけると、サッと手を上げる。
「コウヤはなんで、食事するだけなのに、そんな仰々しい装備してるのよ?」
「にゃんか、食事終わったらそのまま治癒魔術院行くらしいにゃ」
「え? じゃあ、部屋引き払うの?」
「いや、引き払うわけじゃないよ。何かあった時のために、念の為だよ」
セレナの質問に答えつつ、煌夜は席に着いた。そして、全員が揃ったのを見計らったように、ウエイトレスが注文を取りに来る。
料理の注文は適当にシェフのオススメを選んだ。だが、それはある意味で失敗だった。
オススメ料理は文句なく美味ではあったのだが、豪華なコース料理だったので、食べ終わるのに一時間以上掛かってしまい、予定より遅れていたのが、さらに遅れてしまう結果となる。とはいえ、予定はあくまでも予定だ。煌夜はそう割り切って、美味しい食事に舌鼓を打ちつつ、昨日煮詰めた今後の予定の最終確認をして、食事を終えた。
結局、クダラークの出発を一日遅らせることで帳尻を合わせたので、逆に予定としては余裕が出て、ゆったりとしたスケジュールに変わった。
そうして一行は、宿屋を出てから治癒魔術院へとやってきた。
「ん? あら? 貴方たち――昨日の今日で、また来たの?」
治癒魔術院に入ると、ちょうどフロアを掃除していた女性が、煌夜たちの姿を見つけて呆れた声を上げる。見知った顔の彼女は、昨日対応してくれた受付嬢である。
「あ、どうも。おはようございます――その、子供たち、どうしてます?」
掃除の手を止めて近寄ってきた受付嬢に、煌夜は挨拶しつつ問い掛けた。分かってるわよ、と頷きながら、受付嬢は奥の部屋へと煌夜たちを連れて行く。
昨日と同じ通路、昨日と同じ大部屋に案内された。
「まだ衰弱から完全に回復してない子がいるから、この部屋で寝泊りしてもらってるけど……明日か、明後日には、治癒術師用の寮に移す予定よ。そうなったら、面会は寮に来てよ?」
「え、と――タニア、入学許可証を頼む」
受付嬢の説明を無視して、煌夜はタニアに顔を向ける。タニアは事前の打ち合わせ通りに、すかさず入学許可証十一枚を取り出して、それを受付嬢に手渡した。
受付嬢はキョトンと目を点にして、何これ、と首を傾げる。
「子供たちを家に帰す目処が立ったので、こちら返却します」
「え? 帰す、目処って……全員を?」
煌夜の言葉に、受付嬢は怪訝な表情になる。しかしそれも当然と言えば当然だろう。たった一日で、資金面がどうにかなるのならば、最初からこんなところに預けたりはしていない。
受付嬢は子供たちのことが心配なのか、それとも未来の治癒術師候補を失うことが嫌なのか、煌夜に疑いの眼差しを向けた。
「それ、嘘でしょ? ねぇ、まさかとは思うけど――奴隷市場で売るつもりなの?」
受付嬢の台詞に、煌夜は不愉快そうに眉根を寄せる。すると、傍らのタニアが無表情のまま、無造作に床へアドニス金貨を十数枚バラ撒いた。
瞬間、受付嬢はピシッと凍ったように固まる。
「金の工面が出来たにゃ。にゃので、子供たちを迎えに来たにゃ。疑うのは勝手にゃけど、コウヤを馬鹿にしにゃいで欲しいにゃ」
「あ……え、ええ……わ、分かりました」
タニアは無機質な声で受付嬢に言い放つ。受付嬢は震える声で頷いて、しかしその瞳は完全にアドニス金貨だけを注視していた。
「にゃあ、今さっき、衰弱してる子がいるって言ったにゃ? にゃら、その子が治るまでは、ここに預けておくにゃ。保証金は、金貨一枚にゃ」
タニアにその言葉に、受付嬢はそれきり押し黙り、ゴクリと唾を呑んで一つ頷いた。
商談成立にゃ、とタニアは笑顔になってから、床に散らばったアドニス金貨を拾って、その一枚を受付嬢に渡す。
煌夜はそんなやり取りを横目にして、大部屋に入って行った。子供たちは入ってきた煌夜に気付いて、優しく安堵した表情を浮かべる。
「みんな、家に帰れるぞ!」
開口一番、煌夜は子供たちにそう告げた。それを聞いて、子供たちは一瞬固まって、次に信じられないとばかりに、ざわつきながら子供同士で顔を見合わせている。そんな様を柔らかい笑みで眺めながら、どうやって送り届けるつもりか、その方法を説明した。
それは、昨日煌夜たちが煮詰めた計画で、冒険者ギルドに護衛の依頼を出して、複数の冒険者に子供たちを送り届けてもらう方法である。これならば、十一人全員を安全で迅速に送り帰せるだろう――とはいえどこの方法は、ある意味で他人任せ、無責任でもあった。その為、煌夜は最初反対していた計画でもある。
しかし一方で、そもそも煌夜自らが送り帰さなければならない理由はないのだ。結果として子供たちが無事、家に帰れればそれで良い。
煌夜たちの本来の目的は、奴隷として捕らわれた子供たちを家に送り届けることではない。子供たちを奴隷から解放することであり、そして既にその目的は果たされている。
だからこれ以上、手間の掛かるお節介を焼く必要はない。
煌夜は丁寧に、子供たち一人一人が理解できるようそんな説明をする。子供たちはみな、一瞬だけ不安な顔を浮かべるも、煌夜の真剣さに納得して、誰一人反対しなかった。みな煌夜を信頼してくれて、その言葉を疑うことはなかった。ありがたいことである。
そうして次に、子供たちを故郷が近しい者同士でグループ分けする。
グループは大きく分けて四組ほど出来た。三名、三名、四名、一名である。このグループで、護衛の依頼を掛けて、家に送り届けてもらう予定だ。
「――よし。じゃあ、A、B、C、Dと依頼を出してくるから、明日以降で、キミたちの護衛者が決まったらまた顔を出すよ。それまでは、ちゃんと食事摂って、元気にしててな?」
煌夜は最後に子供たちにそう微笑みかけてから、治癒魔術院を後にする。ちなみに、煌夜が子供たちに事情を説明している間に、受付嬢との交渉事は、タニアとセレナが終わらせてくれていた。
その結果、護衛の依頼が全て決まるまでは、子供たちは治癒魔術院で保護されることになる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……護衛の依頼、ですか? ええ、まあ、依頼内容は何でもいいんですけど……今の話はつまり、依頼を掲示するんじゃなくて、冒険者を紹介して欲しい、ってことですか?」
気だるそうな顔をしたおばちゃんが、煌夜の言葉に問い返してくる。それに対して、煌夜ではなくタニアが答えた。
「そうにゃ。Aランクくらいの、評判の良い冒険者、いにゃいか?」
タニアの台詞を聞いて、おばちゃんは疲れたように溜息を漏らした。
煌夜たちは、治癒魔術院を後にして、冒険者ギルドにやってきていた。そしてギルドの受付で、やる気のない気だるげなおばちゃんを捕まえて、依頼をお願いしているのが今の状況である。
「……Aランクって縛りがあると、途端に紹介は難しくなりますね。Bランクだったら、紹介できる人、それなりに揃っていますが?」
「Bランクじゃ、あんまり信用できにゃいにゃあ……」
「そんなことはありませんよ? 例えば、今売り出し中の『ナイトメアウォーリア』とか『星聖王子と下僕たち』は、引き受けた依頼達成率、十割ですし……」
「名前が駄目にゃ。センスにゃいにゃ」
おばちゃんの紹介に、しかしタニアは一刀両断で拒否する。しかもその拒絶理由があまりにも理不尽だった――と言うか、名前の良し悪しを言われてしまうと、煌夜たちのパーティ名『コウヤと頼りになる愉快な仲間たち』こそ、駄目の最たるモノじゃなかろうか。
「……であれば、多少報酬は高くなりますが、Aランク冒険者集団『何でも屋さん』などはどうです? 実力は折り紙付き、ですがその分、報酬は通常より高くなるのが難点ですが」
「あ、ソイツら知ってるにゃ。確かにアイツらにゃら、腕は確かにゃぁ――けど断るにゃ。アイツら、人格的に駄目にゃ。あちしのことを馬鹿にしてくるにゃ」
「あれも駄目、これも駄目。それじゃあ、紹介なんざ出来ませんよ? 冷やかしなのか、嫌がらせなのかは知りませんが、サッサと消えてくれません?」
おばちゃんは強気にタニアに言い返して、シッシッと手で払う仕草をする。それを見てタニアは舌打ちしつつ、執拗に食い下がる。
傍目から見ると不毛な言い争いだ。
さて、タニアと受付のおばちゃんがそんな言い争いを繰り広げていた時、ふと見覚えのある顔がギルドの二階から下りてきた。
あ、と最初に反応したのはセレナだった。
その声に煌夜が反応して、セレナの視線を追った先にいるその青年を見つける。
それは端整な顔立ちをした黒い短髪の青年――聖王の試練で出会ったウェスタ・キュプロスである。
「――ん? あ、タニアさんじゃないですか!? どうした……ん、ですか?」
受付で騒いでいるタニアを見つけたウェスタは、慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。しかしタニアの傍らで立つ煌夜の姿を見つけて、露骨に警戒した表情を浮かべた。
「んにゃにゃ? あ、ウェスタにゃ? どうしたもにゃにも、コイツが使い物ににゃらにゃくて困ってるにゃあ……あ、そうにゃ! お前でいいにゃ」
タニアはウェスタに気付いて振り返り、おばちゃんを指差して『コイツ』呼ばわりする。その台詞に、おばちゃんもキレ顔で睨みつけてくる。
そんなやり取りに一歩たじろぐウェスタ、そこでタニアがハッとした様子で手を叩いた。
「にゃあ、ウェスタ。お前、あちしたちに協力するって言ってたにゃ?」
「あ、ええ……協力、出来ること、なら……」
タニアは受付のおばちゃんを無視して、ギルド内に用意されている自由スペースのテーブルまで、ウェスタを無理やり引っ張ってくる。
そして、向かい合う形で座らせた。
「ウェスタ、一つ頼みがあるにゃ。お前、冒険者たちに詳しいにゃ?」
「詳しいか、どうかは分かりませんが……なんですか?」
「実はにゃ――って、何にゃ? コウヤが、どうかしたにゃか?」
タニアの問い掛けよりも、傍に寄ってきた煌夜を気にして、チラチラと見るウェスタ。その態度に、タニアが怪訝な顔で首を傾げる。
「いや、どうかしたも……ん? コウ、ヤ? え? あ――まさ、か? え、えと【竜殺しの魔剣士】ワグナー、さん、じゃない?」
ウェスタがひどく動揺した様子で、煌夜に手を向けながら恐る恐るとそう尋ねてくる。
その問いに、ああなるほどね、とセレナが納得して頷いた。ウェスタは勘違いしているようだった。
「――ウェスタ、違うわよ。それはコウヤ。そして、あたしはセレナよ。アレイアじゃないわ。ワグナーとアレイアの二人は、昨日タニアが殺したもの」
「んにゃ? ああ、そっか。お前、ワグナーの顔知らにゃいにゃ?」
セレナがそう説明しながら、フードを脱いでその顔を見せた。すると、ウェスタはいっそう驚きの表情になって絶句する。
その様を見て、タニアが笑った。
どうやらウェスタは、完全武装している煌夜を見て、その特徴的な服装からワグナーと勘違いしたらしい。そうなれば必然、付き従っているローブ姿のセレナをアレイアと思ったようだ。
なるほど、気持ちは分からなくない。こんな目立つド派手な紅蓮のコートを着ている人間などそうそう居ない。
「ま、まさか――本当に、ワグナーを、倒したん、ですか?」
信じられないと呟くウェスタに、タニアとセレナが大きく頷いて見せる。ウェスタは煌夜の顔を覗きこむようにマジマジ見詰めて、あ、と思い出したかのように声を上げた。
「確かに、コ、コウヤだ。え……じゃあ、本当の、本当に?」
「そう言ってるにゃ――んにゃ? お前、コウヤを何で知ってるにゃ?」
ウェスタの反応にタニアが眉根を寄せる。なぜ、ウェスタが煌夜を知っているのか。タニアたちの中ではウェスタは気絶していて、煌夜のことを知らないはずだった。
不思議そうにするタニアに、煌夜が解説する。
「俺が迷宮の受付に戻ってきた時、ちょうど顔を合わせてさ、少し話したんだよ」
「にゃにゃ、にゃるほど――しかしにゃ、ウェスタ。お前、軽々しくコウヤを呼び捨てにするにゃ。コウヤは、あちしたちのリーダーにゃんだから、舐めてるにゃら殺すぞ」
タニアが強烈な殺気でウェスタを脅す。ヒッ、と声を上げてから、ウェスタはすぐさま頭を下げた。
「……まぁ、とりあえずタニア。本題を、ウェスタに説明しないと」
いきなり脱線した会話を、煌夜は苦笑しながら本筋に戻す。にゃ、とタニアは頷き、神妙な顔でウェスタをジッと見詰めた。
「さて、にゃ。話と言うのは……今、あちしたちは、Aランクで信用できる冒険者を探してるにゃ。お前、心当たりにゃいか?」
「Aランク、ですか? 正直、知り合いには、そのランクは居ませんけど……依頼か、何か、ですか?」
「護衛にゃ。ちょっと事情のある子供を、家まで確実に送り届けて欲しいにゃ。予算はあるにゃ。にゃので、多少高額でも支払うにゃ」
「高額でも良いなら、オススメなのは『何でも屋さん』ですけど……」
真剣な顔で眉根を寄せるウェスタを見ながら、タニアはあろうことか大欠伸をかました。退屈そうに椅子を揺らして、悩むウェスタに威圧を放つ。それは暗に、別の案を出せ、と催促していた。
「…………Aランク、でないと駄目、ですか?」
「駄目じゃにゃいけど、相応の実力が欲しいにゃ。何が起きても対処できるだけの実力にゃ」
上目遣いに問い掛けたウェスタに、タニアはぴしゃりと言い放つ。
確かに、実力があることに越したことはないが、それほど強くなくとも良いのでは――と、煌夜は内心疑問に思っていた。決して口には出さないが。
「そうなると――師匠の知り合いに、護衛専門のBランク冒険者の集団がいますけど……」
「どんにゃ連中にゃ?」
「どんな……と言われると、説明に困りますが……同じ志の冒険者たちが組んでて、全体で二十名近くいる大所帯のパーティです。そこに所属する冒険者たち、個々の実力は間違いなくBランク以上で……本来ならとっくにパーティランクAなんでしょうけど……護衛専門なのと、人数が多すぎるので、実績値が足りなくて」
「パーティ名は、にゃんて言うにゃ?」
もったいぶったように語るウェスタに、タニアがズバリと問い掛ける。ウェスタはいきなりむせた。
どうやらウェスタが言い淀んでいる理由は、そのパーティ名が問題のようだった。タニアの質問に途端、難しい顔になって、ゴホン、と咳払いする。
「連中は、その……『幼女と美少年、護り隊』――です。腕は、確かですよ?」
ウェスタの重々しく語るその言葉に、煌夜とセレナが固まる。
まず驚くネーミングセンスのなさと、そして名称から既に子供を預けてはいけない臭が漂っている。即座に却下だ、と煌夜は口を開こうとして、どうしてかタニアは親指を立てた。
「ソイツら、知ってるにゃ。有名にゃ! にゃんだ、お前知り合いにゃのか? 分かったにゃ。ソイツらを紹介してくれにゃ」
「おい、タニア?」
「安心するにゃ、コウヤ。護り隊は信用できるにゃ。特に、護衛対象が若ければ若いほど、誠実な対応を心がけてくれるらしいにゃ。それに、アイツらは金じゃ動かにゃいし。人数がいるにゃから、四チーム分がいっぺんで解決にゃ」
喜ばしいと絶賛するタニアに、それ以上煌夜は言葉を紡げなかった。困った表情でウェスタを見ると、ウェスタはつと視線を逸らす。はぁ、と思わず煌夜から溜息が漏れた。
「――ひとまず、交渉してから決めましょう。どうせ、今日の今日では、依頼しないのだし。ねぇウェスタ、その連中のリーダーに話を通しておいてくれない?」
「あ、はい。分かりました……と言うか、呼んで来ますので、しばらく待っててもらっていいですか?」
もはや半ば決定事項になったことで、セレナが場をまとめるべくそう告げる。すると、ウェスタはすぐに椅子から立ち上がり、急ぎ足でギルドを出て行った。
その後姿を見送って、煌夜は不安しかなかった。
今年(2018)も良い一年になりますように。
18.12/5 サブタイトル変更