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神隠しに遭ったら、異世界に居ました。  作者: 神無月夕
外伝 救出の裏側
43/113

閑話Ⅴ 救出劇

 

 奴隷市場のその光景は、煌夜の想像していたものとはまるで違い、あまりにも杜撰で、あまりにも劣悪な環境で催されていた。そこは、そもそも建物の中でさえなかった。


 果たしてそこは、ただの広場である。周囲を建物に囲まれた空白の地帯――中央には噴水があり、その前に簡易的なステージが設けられて、所々にベンチが置かれている。街中に在っては、憩いの場となるべき野外である。

 そんな広場に、下卑た笑い声が響いていた。ベンチには奴隷商人らしき連中が座っており、顧客と思しき人間たちは、地べたに座ったり立ち見でステージを眺めていた。

 ベンチに座っている奴隷商人たちは、楽しそうに談笑しているが、その手には犬のリードのような鎖が握られている。

 鎖はベンチの下で四つん這いになっている襤褸を纏った女性の首輪に繋がっており、女性は死んだように動かない。露出し白い肌は傷だらけだった。そしてそれは、一人に限ったことではなく、少なくともベンチに座っている七人の商人らしき全員が、似たような奴隷を連れていた。

 さて、それよりも衝撃的な光景は、簡易ステージの上だった。

 ステージ上には、真っ裸にされた十一人の子供たちが、両手に手錠、両足に枷を付けられて、檻の中で転がされていた。

 集まっている人間たちは、みな遠目からそれを眺めて、何が出来るだとか、顔をよく見せろだとか、下衆極まる注文を飛ばしている。


「さあさあさ、皆さん、是非是非、見て行って下さい。是非是非、参加して下さい。クダラークで最大の我が奴隷商会キンバリー組合が、昨日仕入れたばかりの新鮮な子供奴隷たち、その数、十一匹! しかもブランドは彼の有名な【子供攫い】の商品です。品質は悪いものでも、ランクB以上。躾けはまだですが、それがまた楽しい!」


 ステージ上で、そんな口上を披露しているのは、洒落た蝶ネクタイを付けた仮面の男だった。

 仮面の男は流暢な台詞回しで、いかにこの子供たちが素晴らしい商品かを熱く語り、誰でも競りに参加できる旨を説明している。今はブロンドヘアの少女を競っている最中らしい。参加する場合は、ステージ下にいる別の司会に声を掛けるよう喧伝していた。

 ステージ下を見ると、タキシード姿の大男が控えており、札を上げる観客に近寄って何やら喋っている光景が見受けられた。

 ステージの檻を見ると、何と読むのかは分からないが、文字の書かれたプレートを持たされたブロンドヘアの少女が立ち上がっている。少女は泣きじゃくっており、身体を小刻みに震わせていた。

 檻に捕らわれている子供たちの中には、煌夜が捜している三人――竜也、虎太朗、サラはいなかった。けれど、その泣きじゃくる少女の姿が、サラの姿を幻視させる。


「おいおい、キミ! もっともっと盛り上げないと、お客さんが寄ってこないだろう!? せっかく卸してくれた方々が見学なさっているんだから、一匹でも高く売らないと駄目だろう!!」


 ふとその時、ベンチに座っていたデブが、脇にいる男二人に視線を向けながら、仮面の男に野次を飛ばした。仮面の男は、慌てて声のトーンを上げると、より大きく身振り手振りを交えて、また同じような台詞を繰り返す。

 野次を飛ばしたデブを注視する。

 デブは奴隷商人の一人らしく、偉そうに踏ん反り返っていた。ちなみにその脇には、痩身痩躯の男二人が、奴隷と思しき男性に殴る蹴るの暴行を行っている。

 どうやら彼らが、この子供たちを卸した人間――つまりは【子供攫い】の仲間であるようだ。

 そんな光景を前に、煌夜は思わず吐き気を催した。

 まったくもって胸糞悪い悲惨な光景だった。


「にゃにゃにゃ……相変わらずの光景にゃぁ。何処に行ってもやっぱり、奴隷市場は変わらにゃいにゃ。まったく胸糞悪いにゃ」


 タニアが呆れた声でそう呟く。それに対して、煌夜は何も答えなかった。既に怒りのメーターが振り切れており、感情が爆発しそうだった。全身から凄まじい怒気が溢れていた。

 しかしタニアは、煌夜が怒っていることには気付いたが、それがどれほどの憤怒なのかには気付かず、軽い口調で続けた。


「ところでにゃ、あの子たち――【子供攫い】ブランドって言ってるから、あちしたちが救出する予定の子供たちみたいにゃ。偶然にゃけど、幸運にゃあ。このまま、競りが一段落するまで様子見で――」

「――ヤンフィ、タニア。子供たちを助け出すぞ。今すぐ!」

「――セレナと合流してから、潰す……んにゃ? いま、すぐにゃ?」


 タニアが様子見を提案した瞬間、煌夜が殺意を滲ませた冷たい声で断言する。決意の篭ったその声に、タニアはビクッと耳を震わせて思わず聞き返す。


「いま、すぐ――だ。ヤンフィ、頼む」


 煌夜は、搾り出すような声で答えて、心の中のヤンフィに頭を下げる。

 このふざけた光景を前にして、もはや一秒でも自分の気持ちを抑えられそうになかった。我が身がどうなろうとお構いなく、ステージの上に殴り込みに行きたい衝動に駆られていた。


(……コウヤよ。そう興奮するな。ここに居る連中が全てとは限らぬじゃろぅ? それに、童たちもこれで全部とは――)


 ヤンフィが冷静に諭そうとしてくれるが、それが逆に煌夜の神経を逆撫でする。そしてプツリと堪忍袋の緒が切れた。


「そんな悠長なこと、言ってる場合じゃないだろ!!」


 ヤンフィの制止に怒鳴り返して、煌夜はタニアを振りほどく。その際に、タニアがベストに仕舞っていたサバイバルナイフを奪い取って、真正面からステージに駆け出した。

 突然の怒号と、駆け寄ってくる煌夜の姿に、広場にいた連中の大半が不思議そうな顔を向けてくる。


「おっと、何者でしょうか。冒険者風の青年が、こちらに向かって走ってきます。若いですねぇ。もしかしたら、この商品の関係者かも知れません」


 ステージにいる仮面の男は、ナイフを持った煌夜の姿をニヤニヤと笑いながら解説して、それさえも場を盛り上げるスパイスに変えた。そんなふざけた所業が、いっそう煌夜の頭を沸騰させる。

 仮面の男の挑発じみた解説に、周囲の観客たちも乗っかって、口笛を吹いたり、拍手をしたりと、楽しそうに騒ぎ出した。

 誰も煌夜を止める気配はない。むしろ観客は皆、ステージまでの道を開けてくれるほどである。


(コウヤ、冷静に……ふむ。聞く耳持たぬか、仕方あるまい。荒事は妾に任せよ)


 うぉお――と、叫びながらステージに迫った時、視界の端でタキシード姿の大男がスッと動いた。否、動いたと思った瞬間に、煌夜の脇腹を蹴飛ばしていた。

 大男との距離は、数十メートルは離れていたはずなのに、一瞬で間合いを詰められていた。

 煌夜は反応さえ出来ずに、無様に広場の端まで吹き飛ぶ――ところを、ヤンフィが紙一重で防御してくれた。左腕で脇腹を庇い、受身を取ってゴロゴロと転がる。

 転がっているうちに、身体の主導権はヤンフィへと切り替わった。

 そうして、ヤンフィは転がった先ですかさず顔を上げた。するとちょうど目の前には、ベンチで踏ん反り返っているデブが居た。その脇には先ほどまで子供を甚振っていた痩身痩躯の男が二人と、ぐったりとした奴隷が倒れている。

 ヤンフィはギラリとデブを睨みつける。瞬間、後頭部をデブに足蹴にされた。むかついたので、その足をナイフで斬り付ける。


「グァア――ッ!? こ、このガキ!! おい、ドムズ! サッサと、コイツを殺――」

「タニア!! 売り手は、一人も逃がすな!! こちらは妾が何とかする!」


 喚き散らすデブの声に被せて、ヤンフィはタニアに大声で指示を出した。ついでに立ち上がり、デブの首を掻き切る。

 盛大に血を噴出して、デブは断末魔の叫びもなく息絶えた。


「分かったにゃ! 任せるにゃ!!」


 タニアが楽しげな声と共に手を上げた。同時に、無詠唱でもって広場の出口に炎の壁を作り出す。

 炎の壁は、1メートルほどの厚みをして、高さは優に3メートルはあった。常人では容易に越えられぬ壁である。それが出現したことによって、広場の中には恐怖と混乱が巻き起こる。

 煌夜の突撃で楽しそうに拍手していた観客たちは、いっせいに悲鳴を上げた。


「――さて、大男。汝は、妾が相手をしてやろう」


 広場が大混乱しているのを横目に、ヤンフィはサバイバルナイフをゆらゆらと構えて、タキシード姿の大男に向かい合う。

 煌夜を蹴飛ばした大男は、デブが殺される様を呆然と眺めていたが、炎の壁が出現したのを見て、ハッとした表情を浮かべる。


「ドムズ――お前は、そこのガキを捕らえろ!! アグラム――お前はその商品たちを、組合本部まで連れて行け!! そこの商品たちは、一匹でも、お前らの三十日分の稼ぎはする!! なんとしても確保しろ。こんな時の為にお前らを雇ってるんだ!! 稼ぎの分だけ働け!!」


「「ハッ! 畏まりました!!」」


 その時、ステージに一番近い位置のベンチに座っていた派手な衣装の帽子の老人が立ち上がる。

 老人は混乱している広場において、冷静に指示を飛ばした。その指示に、タキシード姿の大男と、ステージ上にいる仮面の男が、すかさず声を揃えていた。

 老人はどうやら、この場で一番権力を持っているようだった。

 一方で、タキシード姿の大男と、ステージ上の仮面の男は、用心棒のような存在らしい。

 ちなみに、タキシード姿の大男がドムズ、ステージ上にいる仮面の男がアグラムと呼ばれていた。


「……ガキ、少しは腕に覚えがあるようだが、俺は甘くないぞ」

「雑魚が粋がるな――タニア、あの老害は生かしておけ。それ以外は殺せ!」


 ヤンフィはドムズに向かってニヤリと笑いつつ、タニアに命令する。

 タニアは心得たとばかりに、逃げようとベンチから立ち上がった奴隷商人たちを、手近な者から順次、首を圧し折って殺していった。

 傍から見ると、ヤンフィの台詞も、タニアの所業も、まさに悪鬼羅刹、鬼畜の所業である。

 誰がどう見ても、悪役はヤンフィたちだった。だが実際は、どちらがより非人道的なのか、事情を知る者からすると考えるまでもないだろう。

 ぎゃあ、と悲痛な叫びがそこかしこから上がり、火に巻かれた何人かが噴水に飛び込む。それを一瞥しながら、ヤンフィは唐突に、相対しているドムズに背を向けた。

 それは誘いか、油断か――ドムズは油断だと考えて、青筋を浮かべながら踏み込んでくる。


「粋がっておるのぅ――とりあえず、先に汝らじゃ。不愉快じゃよ」


 ヤンフィは踏み込んでくるドムズを警戒しつつも、傍らでキョトンとしている痩身痩躯の男二人に接近して、渾身の力で腹部を殴りつける。

 反応さえ出来ず二人は甘んじてその拳を受けて、苦痛に表情を歪ませた。それを見てから目にも留まらぬ早業で、その全身を切り刻む。

 身体中の腱を切断して動けなくさせると、失血死狙いで、手首と太腿の動脈を切り裂いた。即死はさせない。子供たちを暴行していた分以上の苦痛を与えなければ気が済まない。

 そうして、子供攫いの仲間と思しき痩身痩躯の二人は、呻き声を上げながらその場に倒れた。

 相対したドムズではなく、非戦闘員である子供攫いの二人を優先して攻撃した光景を見て、ドムズは憤慨した。馬鹿にされている、と思ったのである。


「舐めるなッ――せい! だっ!!」


 痩身痩躯の二人が血の海に沈んだ瞬間、ドムズが気合の掛け声と共に正拳突きを繰り出した。

 ヤンフィは背中から迫ったそれを、振り返ることもなく左に避ける。その動きを読んでいたドムズは、回し蹴りを放った。

 ヤンフィはその強烈な回し蹴りも綽々と左腕でいなしつつ、その場で回転して、ドムズの肩口にナイフを突き立てようとする。

 だが、その刃は金属音を鳴らして弾かれた。肩口に何かを仕込んでいるようだ。


「なるほど。いっぱしの冒険者ではあるようだな――だが、ぬるい!」


 ドムズは戦闘の高揚に頬を紅潮させながら、両拳をヤンフィの背中目掛けて振り下ろす。その一撃を紙一重で躱して、サッと跳躍した。

 ドムズは忌々しげに舌打ち、一旦、ヤンフィと距離をとった。そして拳を下げると、神妙な顔で魔力を溜め始める。


「にゃははは――」


 一方、そんなドムズとヤンフィの戦闘など我関せず、タニアは馬鹿笑いしながら、ベンチで余裕ぶっていた奴隷商人たちを次々と仕留めて行く。

 或る者は拳で心臓を貫かれて、或る者は四肢を爆散させて、或る者はペシャンコに圧殺されていく。

 そんなタニアの無双を目の当たりにして、広場の空気は混乱や恐怖よりも、もはや逃げられないという絶望が色濃く漂い始めていた。

 しかしそんな状況でも、ステージ上のアグラムは冷静だった。

 子供たちを捕らえている檻に魔力を込めたかと思うと、途端に、檻は黒い空間に呑み込まれて、手乗りサイズの四角い箱に変わる。

 ――高度な時空間魔術である。

 なるほど、あれで移動していたのか、とヤンフィは納得した。

 アグラムは箱を手に持つと、一目散に炎の壁に向かって疾駆する。そのまま見事な跳躍でもって一息に壁を飛び越えた。

 タニア、ヤンフィを無視して、迷わず逃走を選んでいた。

 あ――と、心の中で煌夜がアグラムに意識を向ける。その一瞬は、対峙しているドムズからすると、絶好の隙であった。


「油断したなぁ――ハァッ!!」


 ドムズが裂帛の気合いと共に、大きく踏み込み左ストレートを放ってきた。それは芸術的な一撃で、ヤンフィの顔面、人中(じんちゅう)を狙っていた。


「……これじゃから、雑魚と云うんじゃ」


 ドムズの拳は疾風の如くヤンフィに迫り、ヤンフィは満足に反応しなかった。だが、それはわざとである。あえて作った隙であった。

 ヤンフィはボソリと呟き、その左ストレートを首の動きだけで避けて、右腕を絡めるように突き出す。まさしくそれはクロスカウンターの構図で、ドムズの首にはナイフが突き立てられた。


「ば、かな……」

「馬鹿は汝じゃ。見え透いた隙に食らいつきおって」


 ドムズは悔しそうな表情で、どう、とその場に倒れ伏す。ドムズが絶命するのを見届けてから、ヤンフィは視線をアグラムに向けた。


「にゃははは! 逃げられると思ったにゃか?」

「――が、あ、あががが……っ」


 見れば、炎の壁を飛び越えたはずのアグラムは、跳躍の姿勢のまま、中空で炎の蛇に巻き付かれて捕らわれていた。

 炎の蛇は壁から生えており、アグラムの身体を焼き焦がしている。


「タニア! 箱は妾が回収する。老害以外、サッサと皆殺しじゃ!!」


 いかにも悪役の非人道的台詞を叫んでから、ヤンフィは軽い跳躍でもってアグラムの高さまで跳ぶと、その腕をナイフで切り落とした。そしてそのまま、炎の壁を飛び越える。

 同時に、切り落とした腕を掴んで、広場から脱出した。


「にゃははは――」

「た、助け――っ!?」


 華麗に着地すると、炎の壁の向こうからタニアの馬鹿笑いと、複数の老人の悲鳴が聞こえてくる。それをBGMに、ヤンフィは四角い箱に魔力を込めた。

 箱は複雑な魔術式を展開して、子供たちを捕らえた檻に変わった。


「「「――――え?!」」」


 檻の外にいるヤンフィの姿を見て、中の子供たちは驚きの声を上げる。

 ヤンフィはそんな子供たちにニコリともせず、檻の入り口に手を掛けた。しかし、当然ながら鍵が掛かっており開かない。

 仕方ない、とヤンフィは息を吐いてから、檻の鍵部分をナイフで切断した。


「もう大丈夫じゃ。助けに来たぞ?」


 ヤンフィは入り口を開け放ち、檻の中へと入って行く。けれど子供たちは、喜ぶ気配もなく怯えた表情を浮かべるだけだった。十一人が全員、無言のままヤンフィを見詰める。

 怯えた視線の集中砲火を浴びて、ヤンフィは少しだけ悲しそうに眉根を寄せた。

 だが、それも仕方ないかも知れない。子供たちからしたら、ヤンフィも得体の知れない何者かに違いはない。


(……コウヤよ。妾は童の扱いが苦手じゃ。後は任せる)


 ヤンフィは気落ちした風な声で煌夜に呼びかけると、そのまま身体の主導権を煌夜に戻した。

 突然だったので一瞬だけよろけたが、すぐに姿勢を立て直して、まず笑顔になった。そして、子供たちが無事で良かった、と安堵の吐息を漏らす。


「みんな、俺は煌夜。キミたちを助けに来たんだ。もう安心してくれ――って、とりあえず、それを外さないといけないか」


 煌夜はすかさず膝を折って、裸の子供たちと目線の高さを合わせた。

 微笑みながら一人一人の顔を見詰めてから、痛々しい枷に視線を落とす。ギリ、と怒りで奥歯を噛み締めた。

 こんな年端も行かない子供たちになんて仕打ちだろう。


「ごめん、ちょっといいかな?」


 煌夜は檻の中で一番年上と思しき男の子に近付くと、男の子の足枷を指差しながら首を傾げる。

 男の子は警戒心あらわに嫌な顔を浮かべるも、逆らったらどうなるか分からない恐怖から、声もなくただただ頷いた。それを見て苦笑する。


(ヤンフィ、頼む。この足枷、解きたいんだけど……)

(短刀を左手に持ち替えよ)


 煌夜が心の中でヤンフィに頼むと、ヤンフィはよく分からない注文をしてくる。

 煌夜は疑問符を浮かべつつも、言われるがままナイフを左手に持ち替えた。すると、煌夜の意思とは関係なく、左手が目にも留まらぬ速度で動いて、次の瞬間には、足枷だけが綺麗に切断されていた。


「――は?」

「あ――――え?」


 最初の驚きは煌夜で、一瞬遅れて、足枷がなくなったことに気付いた男の子が驚きの声を上げる。

 男の子の足を捕らえていた足枷は、それだけが見事に切断されてその場に転がっていた。

 先ほど檻の鍵を斬ったときもそうだったが、たかだかサバイバルナイフで、どうやったらこれほど見事に鉄を切り裂けるのか――煌夜は改めてヤンフィの実力を実感する。


「う、動ける……? あ、あの、ボク……」

「――っと、ほら、もうちょっと待ってくれ。今、両手の手錠も外すから」

「う、うん、お願いします……」


 しばしヤンフィの技に見惚れて呆としていると、目を輝かせた男の子が、意を決して声を掛けてくる。

 その声でハッとして、煌夜は男の子の頭をポンポンと叩くと、両手を拘束している手錠に視線を落とした。男の子は慌てて頷き、両手を煌夜の前に差し出してくる。

 ヤンフィ――と、煌夜が念じると、煌夜の左手が先ほど足枷を外した時と同様に動き、キン、と甲高い音を鳴らして、手錠を切断した。

 おお、と思わずその技にも感嘆の声を上げてしまう。


(流石、ヤンフィ。手錠も紙みたいに切断するなぁ――ありがとう)

(…………容易いことじゃ。気にするな)


 煌夜がヤンフィに感謝の言葉を投げると、ヤンフィは少しだけ釈然としない声で答えた。

 どうした、と聞き返すが、いや、と言葉を濁したので、とりあえず重大事ではないのだろう。無視する。

 男の子はこれで自由の身になり、驚いた表情で自分の全身を見下ろしていた。その様に煌夜は柔らかい笑みを浮かべて、もう一度頭をポンポンと叩いた。

 そして、もう大丈夫、と改めて伝える。


「俺は煌夜、だよ。さ、みんな。順番ずつ枷を外すから、ちょっと待って――――ん!?」


 男の子が一人解放されたのを見て、ようやく煌夜が味方だと理解してくれたのか、他の子供たちも期待の篭った視線で、煌夜を注視する。その視線にドンと胸を叩いて、満面の笑顔を見せた――途端、凄まじい轟音が背後から聞こえてきた。

 一斉に視線が後ろに向く。

 竜の咆哮のようなその轟音は、炎の壁の内側――広場の中央付近から響いてきた。

 煌夜も慌てて背後を振り返る。すると、炎の竜巻が広場から幾つも巻き起こっていた。その光景に、思わず煌夜は絶句した。

 見覚えのある光景だった。


(――炎と風の合成魔術【炎竜えんりゅう暴風ぼうふう】か、相変わらずタニアは豪快じゃのぅ)


 ヤンフィが呆れた声で呟いた。その台詞を聞きながら、煌夜の脳裏にはいつぞやの場面がフラッシュバックする。

 ――アベリンに初めて訪れた夜、タニアが巻き起こした未曾有の大災害。その焼き直しに思えた。ただあの時と違うことは、今が夜ではないことだけである。

 煌夜は脳内に鳴り響く警鐘に冷や汗を流しながら、ここから急いで逃げなければ、と子供たちに向き直る。

 子供たちは炎の竜巻を眼にして、当然ながら絶望的な表情になっていた。


(ヤンフィ。頼む、急いで枷を――)


 煌夜はヤンフィの力を借りて、次々と子供たちの枷を外していく。子供達は解放された両手足に喜び、しかしすぐさま脅えた表情になり、その場でうずくまってしまう。


 その時ふいに、ドォオ――ッン、と。花火が至近距離で爆発したかのような爆音が響き渡った。


「な、何だ…………ぐっ、うぉ!?」


 何とか子供たちの枷を全て外し終えて、全員を解放させた瞬間、凄まじい爆風が巻き起こった。

 ヤバイ、と思った時には、煌夜は爆風に煽られてその場に転がってしまう。それは子供たちも同様で、その凄まじい爆風に吹き飛ばされて檻の中で倒れ込んだ。だが不幸中の幸いか。子供たちはまだ檻から出ていなかったので、転がっただけで済んだ。

 爆風は周囲の建物の外装を剥ぎ取るほどの威力で、炎の壁さえ霧散させていた。当然、荒れ狂っていた炎の竜巻も綺麗サッパリ雲散霧消している。


「――み、みんな、大丈夫か!?」


 爆風が過ぎると、途端に辺りは静かになった。

 けれど広場の方からはキナ臭い匂いが漂ってきて、チラと見ると、そこには、筆舌に尽くしがたい阿鼻叫喚の光景が広がっていた。


 焼き団子のように重なりあった人垣、全壊した噴水、ステージには大穴が穿たれていて、周囲の建物は壁面が削られて内部が露出していた。

 綺麗に舗装されていた石畳の地面は、所々が捲れて大地の茶色が見えており、あちこちで炎が燻っていた。

 この光景を喩えるならば、まさに爆弾を投下された直後の市街地であろう。凄惨過ぎる風景だ。


 さて、そんな広場の中央、爆心地と思しき場所には、二人の生き残りがいた。

 一人は白髪にショートボブの猫耳――間違いなくこの惨劇を作り出した張本人であるタニア。

 もう一人は、仁王立ちするタニアの前でぐったりとしている老害――派手な衣装で帽子を被った老人、奴隷商人たちのボス的存在だった。

 煌夜はその光景に一瞬だけ目を奪われるも、すぐさま子供たちに意識を移して、ひとまず安全な場所に移動しようと試みる。

 既に奴隷市場は崩壊しているので安心だが、こんな大惨事を引き起こしておいて、悠長に留まっているわけには行くまい。


「にゃにゃにゃ、ボス! こっちは終わったにゃ!!」


 煌夜の視線を感じて、タニアが元気一杯に手を振った。しかし煌夜はそれには答えず、慌てて他人の振りをしながら子供たちに号令を掛ける。


「みんな、とりあえずここから離れるぞ――アレは無視して、集まって」


 頬に血が付いた笑顔の獣人――煌夜に向かって手を振るタニアの姿を見て、子供たちは、ヒッ、と小さく声を上げて脅えている。しかし煌夜の指示に従い、檻から出て集まってくれた。

 子供たちをひとところに集めると、無視されて不満顔のタニアが、老害の首根っこを持って引き摺りながら、煌夜に近寄ってきた。

 それを見て、子供たちの怯えがいっそう酷くなる。


「にゃあ、ボス。コイツ、どうするにゃ? 言われた通り、生かしておいたけどにゃ。生かす意味あるにゃか?」


 ブン、と子供たちの前に老害を放り投げるタニアに、煌夜は舌打ちしつつ呆れた顔を向けた。子供たちは恐怖の表情をタニアだけではなく、煌夜にも向ける。


(……なあ、ヤンフィ。この奴隷商人、どうするつもりなんだ?)

(決まっておろう? 尋問して、アジトを聞き出し、そこも潰す――しばし変われ)


 煌夜は抵抗せずヤンフィに再び主導権を渡した。

 ヤンフィは転がっている老害と顔を突きあわせると、その瞳をジッと見詰めて、静かに問い掛けた。


「のぅ、汝。妾の質問に、嘘偽りなく答えよ。さすれば、汝の望みを一つだけ叶えてやろう」

「な、何!? クソッ、お前ら、いったい何者なんだ!? 何が目的で、ワシを――」

「――質問しておるのは妾じゃ。回答以外の言葉は認めておらぬ」


 唾を飛ばして猛抗議を始めた老害に、しかしヤンフィは冷徹な台詞で応じる。そこには有無を言わせぬ迫力と、死を覚悟させる威圧が宿っていた。

 老害は、ヤンフィ相手に虚勢を張っても仕方ないとすぐに察して、ウッ、と一声だけ唸ると、慌てた様子でコクコクと頷いた。

 ヤンフィは満足げに頷き、何もかもを見通すような双眸で老害の瞳を見詰める。


「そうじゃのぅ……ここ百日間で、汝らが仕入れた十歳前後の童の中に、異世界人は居らんかったか?」


 ヤンフィのその質問は、煌夜の為の質問だった。煌夜が異世界まで来た理由――掛け替えのない家族である竜也、虎太朗、サラのことを聞いてくれていた。


「異世界人の子供、だと? ワシらキンバリー組合では、そんな高価な商品は扱っておらん。そもそも最近は、異世界人の需要が少なくなっているからな……とはいえ、アベリンでは仕入れを強化していると聞く。異世界人のことなら、アベリンの奴隷市場に――」

「質問を変えよう。汝らが知る限りで、十歳前後の童が奴隷として出回ったことはあるか?」

「――――少なくとも、このクダラークの中では、ここ四色の月六巡の間は、出回っているのを見てはおらんな。今回、久しぶりの仕入れだった」


 老害の台詞に、ヤンフィは目を細めて、ふむ、と一つ頷いた。老害は素直に真実を話していた。


「……【子供攫い】の商品が出回ったのは、どれくらい振りなんじゃ?」

「前回の仕入れが、四色の月六巡前だ。商品は、Bランクのガルム族の雌が二匹と、Aランクの人族の雄が一匹だったか。どちらも好事家の旅商人が買い取っていったな。今頃は、性奴隷として幸せに飼われているだろうな」


 まったく悪びれずにそんなことをのたまう老害に、煌夜は激怒する。

 ヤンフィが身体の主導権を握っていなければ、間違いなく殴りつけていただろう。ヤンフィは質問を続けた。


「ふむ、ではこれが()()()質問じゃ。汝ら、キンバリー組合の本部とやらは何処にあるのじゃ?」


 ヤンフィのその質問に、今まで淀みなく答えていた老害の口が止まった。ゴクリと唾を飲み込んで、視線が途端にあちこちに動く。

 何とか誤魔化せないか、嘘は吐けないものか、とそんな葛藤が見て取れる表情をして、しかし老害は諦めたように俯いた。


「…………西の歓楽街、第四番十字路を左に進み、太陽の刻印がある建物を右に曲がって、裏路地の奥にある孤児院がそうだ。ちなみにそこにいる子供は、幻惑魔術で姿を変えたAランク冒険者たちだ。用心棒として雇っている」

「ほぅ――それは貴重な情報じゃ」

「――ここまで素直に喋ったのだ。ワシはもう、この街から出て行くことにする。だから、助けてくれ」


 老害は縋るような視線で、必死になって命乞いを始めた。その様を冷たい視線で見下ろしてから、ヤンフィは悪戯っ子の笑みを浮かべて頷いた。


「良いぞ――じゃが、それが望みで良いか?」


 ヤンフィは意味深な台詞を吐くと、瞬間、目をクワッと見開いて、その双眸に魔力を灯す。見詰める先には、老害の瞳――そして、老害はガクガクと全身を震わせ始めた。


「あ、あ、ああ、あああ、あ――――あがぁああああ!?」

「妾の魔力を克服せん限り、その悪夢は永遠に続く。さて、どうする?」


 老害は目の焦点を失って、蟹のように口から泡を吐いていた。

 既にヤンフィの言葉も届いておらず、無様に失禁までする有様である。その光景に、タニアは楽しそうに口笛を吹き、子供たちは露骨に嫌そうな顔を浮かべる。

 煌夜は、何をしたんだ、とヤンフィに質問した。


(ふむ……何、大したことはしておらぬ。此奴が考えうる限りの奴隷への仕打ちを、全て擬似体験させておるだけじゃ。それも一秒が一分に感じられるように、感覚を研ぎ澄ませてのぅ)


 ヤンフィはカラカラと楽しそうに笑いながら言う。それを聞いて、煌夜は溜飲を下げるよりも先に、うぉ、と唸ってしまった。

 まさにこの悪党に相応しい処罰だろうが、それにしてもエグイ。


「苦しみから解放して欲しいかのぅ? 解放して欲しければ、一つ頷けば楽になるぞ?」


 ヤンフィが優しくそう語り掛けた。それは魔力を篭めた声音で、脳内に直接届かせる音だった。

 老害はその言葉を聞き、一も二もなく即座に頷く。それはまさに救いの声に聞こえたことだろう。

 ヤンフィはタニアに視線を向けた。んにゃ、と可愛らしく首を傾げるタニアに、スッとサバイバルナイフを放り投げる。そして首を切るジェスチャーをして見せた。


「――にゃるほど! 畏まりましたにゃ!!」


 タニアはそれだけでヤンフィの意図を十全に理解して、すかさず老害を広場へと蹴り飛ばす。

 いきなりのその行動に子供たちは驚くが、煌夜はホッと胸を撫で下ろした。煌夜も当然、ヤンフィがタニアに何を指示したのか理解していた。それは、老害を楽にしろ(殺せ)、という命令である。

 そんな命令を受けて、タニアは殺す瞬間を子供たちに見せないよう配慮してくれたのだ。


(さて、コウヤよ。ひとまずこれで、ここの童たちを逃がせば、子供攫いの件は落着かのぅ。幸か不幸か、コウヤが探しておる童はおらんかったしのぅ……ああ、安心せい。ちゃんとこの後で、奴隷商人たちの本部はタニアに潰させる――っと、おぉ、マズイのぅ。人が集まり出したわ)


 ヤンフィが煌夜に身体の主導権を返した直後、広場に大勢の武装した冒険者たちが駆けつけて来た。彼らはまさに老害を処刑したタニアを見つけて、潮騒の如くざわめきだす。

 一方で、処刑したタニアは、囲まれていると言うのに、キョトンとした顔で首を傾げていた。


(逃げるぞ、コウヤ。タニアは問題ない――後で合流できるじゃろぅ)

(ちょ――逃げるって、何処に!?)


 集まってくる冒険者たちを遠巻きに眺めて、状況に混乱している子供たち。しかし、煌夜もそんな子供たちに負けず劣らず混乱していた。


「ボス――孤児院に行っててにゃ。あちしはこの連中を撒いてから、合流するにゃ!!」


 その時、タニアが大声でそんなことを叫んだ。それは煌夜に向けての台詞だったが、視線は明後日の方角を向いている。タニアを囲む冒険者たちは、一斉に視線を明後日の方角に向けている。

 煌夜はすかさず子供たちに向き直り、パン、と手を叩いた。


「みんな、急いでここから離れよう――こっちだ!」


 煌夜は裸の少年少女たちを誘導して、ともかくこの場から離れることにした。

 あの冒険者たちが何者なのか分からない以上、子供たちを託すことは出来ない。そもこの状況では、犯罪者は明らかにタニアと煌夜である。捕まったらどうなるか分からない。

 子供たちは何が何やら分からない様子だったが、冒険者たちと煌夜を見比べて、助けてくれた煌夜の言葉を信用してくれた。

 隊列と言うほどではないが、年長らしき少年を殿に、煌夜が先導して歓楽街へ向かった。

 広場からは、ギャー、とか、化け物、とか、絶叫に近い悲鳴が響いてきたが、それは聞かなかったことにした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 全裸の少年少女、計十一人を連れて、煌夜は何とか歓楽街まで逃げ込んだ。

 途中、当然ながら通行人たちに奇異の視線を向けられたが、別段、職質されることも絡まれることもなかった。

 歓楽街は先ほど来た時と変わらず、この時間ではまったくひと気がなかった。

 おかげで子供たちが全裸でもそれほど目立たなくて良いのだが、さてこれからどうするべきだろうか。


(……タニアの言葉通り、奴隷商人たちの本拠地に乗り込むか? 子供たち連れて?)


 タニアとの合流場所は、奴隷商会キンバリー組合の本部である。だが、奴隷商会の本部に、子供たちを連れて行く意味が分からない。わざわざ危険に晒す理由がない。


(――コウヤよ。そう深く考えずに、合流場所まで往くべきじゃ。タニアはああ見えて、馬鹿ではない。何らか策があるはずじゃ)


 煌夜が立ち止まって悩んでいると、ヤンフィが諭すようにそう言ってくれた。そして、さりげなく視線を背後の子供たちに向けさせる。

 子供たちは、煌夜の態度を見て不安げな顔を浮かべていた。

 煌夜は慌てて笑顔になると、子供たちに、大丈夫、と言葉を投げる。


「みんな。安心してくれ。ちゃんと、安全な場所に連れて行くからさ――もうちょっとだけ歩くけど、歩けるかな?」


 煌夜の問いに、子供たちは少しだけ表情を弛緩させて、うん、と頷いてくれた。

 それを見て、よし頑張ろう、と声を掛けてから足を踏み出す。ついでに、殿を歩いている年長らしき男の子の背中を優しく叩いて、怖かったら言いな、と微笑んだ。

 そうして、煌夜と子供たちの一団は、ひと気のない歓楽街を歩いて、老害の言っていた道順を進み、孤児院らしき敷地の前まで到達した。


「…………ここ、か?」


 しかし、辿り着いたそこに広がっていたのは、建物一つない焼け焦げた更地である。

 綺麗サッパリ何もなく、柵に囲まれたその一帯は、見事に更地になっていた。煌夜たちはみな、唖然とその更地を眺めるしか出来ない。


「にゃにゃにゃ!? ボス!! お待ちしてましたにゃ!」


 ふいに、背後からそんな声が投げられる。バッと振り返れば、そこにはタニアがいた。

 タニアの姿は、広場で別れた時よりも少しだけ煤けていたが、相変わらず元気そうだった。


「タニア、これは、いったい……?」

「にゃにゃ? コウヤかにゃ? ああ、これにゃ? コウヤたちを待ってる間に、跡形もにゃく潰しておいたにゃ。あ、でもちゃんと、捕まってた奴隷は逃がしたにゃ。その中には、子供の奴隷はいにゃかったから安心して欲しいにゃ」


 タニアは嬉しそうに言いながら、煌夜に笑顔で説明してくれた。

 しかし、ちょっと待て、と――煌夜は、信じ難いとばかりにタニアの顔を見詰める。タニアと別れてから、それほど時間は経っていない。

 経っていたとしても、わずか三、四十分足らずだろう。その間で、広場から脱出すると共に、煌夜たちの先回りをして、奴隷商会を潰したと言うのか。

 煌夜の熱い視線に、タニアは照れたように、可愛らしくはにかんだ。猫耳がピクピクと、褒めて欲しそうに揺れていた。


「……なぁ、タニア。まさか、とは思うが……俺らが来る前に、ここを潰したのって――」

「にゃ? うにゃ! 見たままにゃ。待ってるのが暇だったにゃから、プチっと潰したにゃ」


 こともなげに言って、タニアはスッと頭を差し出してくる。

 撫でてくれ、という意思表示だろう。とりあえず頭を撫でてやった。手触りの良い毛並みに、ほんのちょっとだけ癒されて冷静になる。


「ちなみに、タニア。広場の連中は……」

「ああ、あれにゃ? アイツらは、クダラークの自警団にゃ。にゃので、潰してにゃいにゃ。数人を気絶させて、速攻で逃げたにゃ。だから、安心して欲しいにゃ」


 タニアは喉をゴロゴロと鳴らしながら、そんなことをのたまった。

 なるほど、タニアが本気で逃げたのならば、すぐに撒けたに違いない。そう考えれば、タニアなら先回りして奴隷商会を潰すのに、そう時間も掛からなかったのだろう。

 目の前の光景が事実だと頷ける。

 ふむ、と煌夜はひとまず落ち着いて、もう終わったことは考えないことにした。

 奴隷商会は壊滅しており、子供たちも無事、次に考えるべきは、子供たちを保護する場所か。


「――そうだな。なぁ、タニア。子供たちを預けられそうなところ、この街にないか? 孤児院みたいなところがさ」

「んにゃ? んー、んー、子供たちを、にゃあ……【湖の街クダラーク】で、孤児院の話はあんまり聞かにゃいしにゃあ……と言うか、孤児院って普通、売り先のにゃい奴隷が、売り先が見つかるまで過ごす場所にゃけど、コウヤはそれでもいいにゃか?」

「え――売り先のない奴隷、が?」


 タニアの台詞に、煌夜は首を傾げる。それに対して、タニアは力強く頷いた。

 子供たちを一瞥すると、子供たちも、孤児院、と言う単語を聞いて、明らかに顔を曇らせていた。


(コウヤの思う【孤児院】がどのような施設かは知らぬが、妾の時代でも、孤児院は売れ残り奴隷の預かり所じゃよ? まぁ、コウヤの探す童が居らぬから、妾としては孤児院で充分と思うがのぅ)

「――――じゃあ、駄目だ。孤児院以外で、保護してくれるような場所はないか?」


 ヤンフィの補足に、煌夜はすかさず首を振って断言する。タニアは難しい顔で首を捻り、ヤンフィも同じく、むぅ、と唸った。


「あ! にゃらとりあえず、あそこにゃらどうにゃ?」


 しばし全員で悩んでいると、ふとタニアが街の奥を指差した。視線を向けると、なんだかよく分からない白い外観の建物が見えた。

 それを見て、ほぅ、とヤンフィが感心げな声を上げる。


「あれは?」

「治癒魔術院にゃ。怪我してるって言えば、多少の費用は掛かるにゃが、入院させてくれるかもにゃ」


 うん、と満足げに頷くタニアに、煌夜も、なるほど、と手を叩いた。

 治癒魔術院――いわゆる病院であれば、確かに安全だろう。当面、預かってもらえるかどうかは分からないが、訪ねてみる価値はある。


「よし。じゃあ、とりあえず治癒魔術院に行ってみよう。それが駄目だったら……最悪、宿屋を借りるしかないかもな」


 煌夜はそう呟いてから、タニアに道案内をお願いして、治癒魔術院に向かうことにする。子供たちは不思議そうにしながらも、素直に従ってくれた。


 そうして治癒魔術院に着くと、予想以上に簡単に、子供たちを預けることが叶った。

 なんでもクダラークの治癒魔術院では、保証金さえ払えば、怪我の有無に関わらず入院が可能らしい。ただし、保証金が切れた際には、強制的に奴隷身分になり、奴隷市場に出品される決まりだそうだが、一時的に預ける分には問題ではないだろう。

 当面、煌夜は保証金を支払って、子供たちを入院させた。

 期間は二日。それを過ぎて保証金の追加がない場合は、子供たちはまた奴隷として売りに出される。しかし、そうはさせないと子供たちに約束して、とりあえずセレナと合流すべく治癒魔術院を後にした。


 気付けば、セレナとの約束の時間はとっくに過ぎており、一時間近くの遅刻になっていた。煌夜は大急ぎで宿屋へと急行するのであった。

【聖王の試練】に向かう前、休憩時間中の出来事――その後編

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