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神隠しに遭ったら、異世界に居ました。  作者: 神無月夕
第四章 鉱山都市ベクラル
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第二十話 冒険者デビュー

 煌夜とセレナは今、【鉱山都市ベクラル】を行く当てもなくただひたすら彷徨っていた。

 まだ夜は明けきれておらず、雨足はどんどんと強くなってきている。そんな中を、煌夜は傘もささずに歩いている。無一文で、行く当てもなく、全身は濡れ鼠、絶望的な気分だった。

 脳内では、傘がない、と古めかしくシュールなフォークソングの名曲が流れている。


「…………なんで、どこもかしこも前払い制なんだ……」


 煌夜は誰に聞かせるでもなくそう呟いた。

 煌夜たちは、タニアとの待ち合わせ場所である宿屋で門前払いを食らってから、三つほど他の宿屋を見つけていた。しかし、そこでも最初の宿と同じように、前払いを求められて、払えないと分かると客として扱われなかったのである。

 先ほどの宿屋で教えてもらったところ、どうやらこの街は、全ての店舗で前払い制を採用しているらしい。

 となると、無一文である煌夜たちは、まったく何も出来ない。


「まさか、別行動が裏目に出るとはね――あーあ、せっかく人族の宿屋でゆっくり休みたかったのに」


 セレナが残念そうにそう漏らす。煌夜も無言のまま力強く頷いた。


「しかし、どうするか……このまま、ただただ歩き回っててもしょうがないけど、じゃあ休めるところがあるかって言うと、どこにもないし――」

「――ねぇ、コウヤ。一旦、宿は諦めて、冒険者ギルドってところに行かない? 冒険者ギルドは、二十五時間年中無休でしょ?」

「それは、別にいいけど……冒険者ギルドに何かあんの?」


 精神的にぐったりしている煌夜に、セレナがそんな提案をしてきた。それについて煌夜は反対する気など毛頭なかったが、何の意味があるのか疑問だった。

 煌夜もセレナも冒険者ではない。だから、依頼を引き受けて稼ぐことも出来ない。冒険者なのはタニアだけである。

 ところがセレナは、煌夜の想像からは斜め上の台詞を、興奮気味に語った。


「あたしさ、キリア様みたいな冒険者になりたいのよ。冒険者登録は、冒険者ギルドでなら誰でも簡単にできるって聞いてるからさ、この機会にやっときたいの。タニアと合流したら、そんなことしてる暇なさそうだしさ」

「……冒険者登録?」

「ええ、そうよ。あ――コウヤも、この際登録しといたら? 冒険者になってれば、なんか色々と優遇してくれるらしいわよ?」


 セレナは瞳を輝かせながら、そんなことをのたまい、さりげなく先行して十字路を右に曲がった。

 標識の読めない煌夜にはどこに向かっているかは分からなかったが、進んでいく先には、周囲の建物よりも明らかに一回り以上巨大な建物が頭を見せていた。


「登録って言うけど……それって、有料じゃないの?」

「無料よ、無料。一生涯に一度しか登録できないらしいけど、誰でも冒険者になれるわ。最初は【E】ランクから出発して、最高が【SS】ランクなのよ。当然、キリア様はこの世界に数人しか居ない【SS】ランクよ?」

「へぇ――タニアは、何ランクなんだろ?」

「知らないけど……あの強さなら、きっと【S】ランク相当だと思うわよ? あ、そうそう。冒険者同士でパーティの登録も出来るから、コウヤがパーティを作ってよ」


 熱く語るセレナに、煌夜はゲームの説明を聞いているような気分になっていた。

 パーティを作ったり、個人ランクが上がったりと、確かに燃える要素かも知れない。しかし、この世界で最底辺の実力しかない煌夜にとって見れば、それは別世界の話である。

 冒険者になったところで、何が出来るとも思えなかった。とはいえ、登録するだけで何らかの恩恵が得られるのならば、言われるがまま登録しておいて損はないだろう。


「まぁ、無料なら登録だけでもするか……ちなみに、そのパーティを作るとどんな恩恵があんの?」

「さあ? 詳しくは知らないけど、パーティメンバーでランクが共有されたり、パーティじゃないと受注できない依頼があったりするらしいわよ? それと、パーティだと依頼の料金や、ギルドからの特権も個人より良くなるとか聞いてるわ」

「へぇ――じゃあ、まあ、とりあえず冒険者ギルド行くか……」


 セレナの説明を聞きながら、煌夜はとりあえず冒険者ギルドに行くことを決めた。

 よくよく考えると、冒険者ギルドで、竜也、サラ、虎太朗の捜索依頼を出すという目的があったことも思い出した。つまりは、行く理由があるわけだ。

 セレナは煌夜の了承に嬉しそうな顔で頷いて、早足で何度目からの十字路を左に曲がった。さっきから頭を見せている大きな建物が、すぐ傍まで近付いてきていた。


「――うん。ここね」


 果たして、冒険者ギルドはその大きな建物であった。一足先に辿り着いていたセレナは、ギルドの扉の前に立って、そこに貼られた紙を眺めている。冒険者ギルドの建物は、四階建てで一見すると郵便局のような外観をしていた。


「これが番付――ここの所属冒険者のトップは、Sランクが三人……へぇ。こういう風に掲示してるんだ」


 セレナは貼り紙を興味津々と眺めて、中に入らずチラチラと建物の中を窺っていた。煌夜は苦笑して、セレナを追い越して中に入る。

 建物の中は役所の雰囲気そのままで、受付が四つ横並びになっており、その手前に待合席が縦に並んでいた。受付には、雑誌を読んでいる女性が一人だけ座っていたが、それ以外に人の姿は見えなかった。

 その受付嬢は煌夜が入ってきた音で一瞬だけ顔を上げたが、すぐに来客からは興味を失い、また雑誌に視線を落としていた。煌夜はとりあえずギルド内を見渡して、あちこちの壁に貼っている紙を読む振りをする。

 だが、当然ながら、煌夜には何が書いてあるのかは読めはしなかった。


(……なぁ、ところでヤンフィ。ヤンフィの能力でさ、この文字とか読めるようになる方法ないの?)

(残念じゃが、コウヤよ。汝の期待には添えぬ。文字を読むには地道に覚えるか、妾が読み聞かせる以外に術はない。感覚は共有できても、知識は共有出来ぬのじゃ)

(まぁ……そうだよね)


 何でも解決してくれるヤンフィに期待した煌夜だったが、しかしそれは不発だった。ある程度覚悟はしていたが、それでも少しだけ残念である。

 じゃあ仕方ないか、と煌夜は貼り紙を読むことを諦めると、同じように室内で貼り紙を眺めていたセレナに顔を向ける。

 セレナはその視線を感じて煌夜に顔を向けると、心得たとばかりに頷いた。


「――冒険者ギルドって、こんなところなのね。もっとじっくり中を見学したいけど、とりあえず冒険者登録を済ませましょ? コウヤ、頼むわよ」


 セレナは煌夜の側に来ると、そう言って背中を押す。自分から受付に行くつもりはないらしい。


「ああ、分かってる。今――」

(――コウヤよ。念の為、ここは妾に代わるがよい。冒険者相手では、【統一言語オールラング】を知る者がいる可能性が高い。万が一、面倒な事態にならんとも限らぬ)


 セレナに促されるまま、煌夜は受付に近寄る。するとその時、ヤンフィが忠告すると同時に、身体の主導権を奪った。


(……ああ、じゃあよろしく)


 特に逆らう理由もないので、煌夜は言われるがまま身を任せる。

 ヤンフィは濡れた髪をワシャワシャと掻いて水滴を飛ばし、雑誌を読む受付嬢の前に陣取る。セレナはその背に隠れるように付いてきた。


「――冒険者の登録をしたいのじゃが、どうすれば良いのじゃ?」

「こんな時間にようこそ――登録ですか? 少々お待ち下さい。登録水晶を用意します」


 受付嬢はヤンフィに嫌味たっぷりな視線を向けてから、ガサゴソと袖机を漁って、薄汚れた水晶を取り出した。


「それは、なんじゃ?」

「これは登録者の魔力波動を、冒険者ギルド本部に登録、照会する魔術道具です。――こちらに手をかざして、少量の魔力を注いで下さい。魔力操作が不得意でしたら、かざすだけでも結構です。こちらで確認します」


 受付嬢は慇懃無礼に素っ気なくそう指示して、またすぐ視線を雑誌に落としていた。

 ヤンフィは、ふむ、と唸ってから、言われた通りに手をかざす。煌夜の手が仄かに緑色の光を放ち、それに反応するように水晶が白く輝いた。

 その光景を、セレナは煌夜の背中から覗き込むようにして見ている。


「これで良いのか?」

「――はい。二重登録にはなっていないので、登録完了です。それではこのまま登録を進めさせて頂きますが、宜しいですか?」

「あ――その、あたしも登録したいんですけど?」


 煌夜に対して淡々と処理を進めようとした受付嬢に、セレナがおずおずと挙手しながら口を挟んだ。

 全身を外套で覆ってフードを目深にかぶったセレナの姿に、受付嬢は露骨に怪訝な顔を浮かべる。

 だがすぐさま興味を失った様子で、それではどうぞ、と水晶に手をかざすよう促した。


「貴方も登録履歴は、なし……問題ありませんね。では、こちらに登録する名前を記入して下さい。名前は偽名でも通称でもなんでも構いません。ただし、一度登録すると、二度と変えられませんのでご了承下さい」

「――その名前には、どんな意味があるの?」

「指名手配された時や、ランクが上がった時などに、ギルドに名前が掲示されます。また、依頼を受注する際、登録名が必要になりますので、その際に使用する名前となります」


 セレナの質問に受付嬢は至極事務的に答える。セレナはその答えを聞いて、なるほど、と頷いていた。


「名前の記入は、標準語でお願いします――難しいようでしたら、こちらで代筆しますが?」

「ふむ……大丈夫じゃ」

「ええ、あたしも大丈夫ね」


 受付嬢は、何が書いてあるか分からない紙二枚と、筆をカウンターに置く。それを受け取り、ヤンフィとセレナは頷き合った。

 そして紙に名前と思しき文字を書き込み、受付嬢に提出する。


「――はい、結構です。それでは確認の為、登録名を読み上げます。貴方が『コウヤ』で、貴方が『セレナ』で間違いありませんか?」

「問題ない」

「え? あ……ええ、それで、結構よ」


 受付嬢は紙面に書かれている文字を読んで、煌夜とセレナの順で指差し確認をしてくる。それに頷く。

 ヤンフィはどうやら、煌夜の登録名をフルネームではなく名前だけにしたらしい。

 セレナも同様に名前だけなので、もしかしたらこの世界で冒険者の登録名は、常識として名前だけなのだろうか、と煌夜は少し気になった。


「……資格証を用意しますので、しばらくお待ち下さい」


 受付嬢は、登録名が記入された紙面に拳大の判子をポンと押すと、面倒臭そうに立ち上がって受付の裏手に下がっていく。

 それを無言で見送ると、セレナが、ところでさ、と前置いてから問い掛けてきた。


「コウヤ。アンタ、どうして『アマミコウヤ』で登録しなかったの? なんか事情でもあるの? それとも、登録名って馬鹿正直に書かないほうが良かったりするの?」

(……なぁ。それ、どういうことだ、ヤンフィ?)


 セレナはどこか不安げな声で慌てた様子だった。

 その表情には、間違っていただろうか、という心配が窺える。そんなセレナの台詞を聞いて、煌夜も心の中でヤンフィに問い掛ける。


「――ふむ? ああ、汝らが何を心配しておるのか知らぬが、特に意味などないぞ? 登録名など何にしようとも、問題はない。じゃから、呼び名で充分じゃろぅ?」

「本当に? 何か不利益があったりしない?」

「心配性じゃのぅ、セレナよ。不利益などないわ……まぁ、強いて不利益を挙げるとすれば、指名手配された際には、偽名の方が逃げ易いと云うことくらいかのぅ?」

「……あっそ、ならいいわ」


 ヤンフィの説明に、セレナは不承不承だが納得していた。煌夜も、本当か、と再三の確認をするが、ヤンフィは苦笑混じりに頷く。

 しばらくそうして待っていると、裏手から受付嬢が姿を現した。受付嬢はその手に、小さな宝石を二つ持っていた。


「お待たせしました。こちらが、冒険者の資格証です。これには先ほど登録して頂いた魔力波動を記憶させてあります。登録者の魔力に反応して、現在の冒険者ランクが表示される魔術式が組まれておりますので、作動するかどうか、確認をお願いします――ちなみに、登録された魔力以外では反応しませんので、登録者本人以外には扱えません。これは貸与、譲渡防止ですのであしからず」


 受付嬢は無愛想に説明しながら、コウヤ、セレナ、と名前を呼びながら、小さく平たい宝石を差し出す。その宝石は、五センチほどの正方形をして、厚さは一センチほど、光沢のある滑らかな表面をした宝石だった。乳白色で滑らか、麻雀牌を思わせる手触りである。

 ヤンフィとセレナはそれを受け取り、当たり前のように魔力を注ぎ込んだ。途端に、その表面に文字が浮かび上がる。

 煌夜には何の文字かは分からないが、それは一文字で、二人とも同じ文字だった。


「冒険者ランク【E】か……へぇ、これ、光玉石を加工してるんだ。なるほど、なるほど」

「ふむ……妾の魔力に反応する。これで、間違いないのぅ」


 ヤンフィとセレナが冒険者ランクを確認できた様子を見て、受付嬢は新たに何やら紙を取り出した。それはびっしりと細かい文字が書かれていた。


「確認が出来たようですので、冒険者ギルドの規則をご説明させて頂こうと思うのですが、宜しいですか?」

「……なにそれ?」


 受付嬢の言葉に、興奮気味で宝石を眺めていたセレナが首を傾げた。

 ヤンフィは出された紙面にサッと目を通して、何やら納得している。


「冒険者には、多くの義務と権利がございます。それら義務と権利を列挙しておりますのが、こちらのギルド規則となっております。とりあえず最低限の内容を説明させて頂きます」


 淡々と、有無を言わせず受付嬢は説明を始めた。セレナは紙面を眺めながら、その説明に集中する。


「まず、最低限の義務について――冒険者は四色の月が三巡する間に、一つ以上の依頼を達成しなければなりません。依頼を達成しなかった、もしくはできなかった場合、冒険者資格は剥奪されます。剥奪されると、資格証にランクが表示されなくなります。冒険者登録は二重登録できませんので、資格が剥奪された場合、もう二度と冒険者には戻れません」


 受付嬢はそこで一拍置いて、ヤンフィとセレナが理解したかを確認する。

 二人はすかさず頷いた。一方で、煌夜は『四色の月が三巡』という表現に心の中で首を傾げる。


(……四色の月一巡は、三十日じゃ。三巡じゃから、九十日じゃな。常識的に考えて、その間何の依頼もこなしていないということは、冒険者を辞めたか、死んだ者とみなすのじゃろぅ)


 煌夜の疑問はヤンフィの補足によりすぐさま解決する。するとちょうどタイミング良く、受付嬢が続きを説明し始める。


「次に、冒険者の特権をご説明します。冒険者は資格証を提示さえすれば、ギルドのある街ならばどこでも、そのランクによらず食事券と宿屋券を発行してもらえます。これらの券は、ギルドと提携している宿屋、飯屋で、宿泊及び飲食が無料となる券です。発行できる券の上限枚数はギルドにより異なりますが、最低でも一泊二食以上の券を提供するようになっております。ちなみに、このベクラルでは、基本的に二泊四食分の券を発行しております」

「――へぇ! それは良いわね! じゃあ、早速その券を発行してよ」


 受付嬢の説明に、セレナが瞳を輝かせて喜びの声を上げる。しかし、そんな反応を見て、受付嬢はうんざりとした様子で溜息を漏らした。


「……ただし、券の発行には条件があり、ギルド規則で定められた最低限の条件は『一度以上の依頼達成実績』となっております。また、ギルドによっては、実績に対しての追加条件がある場合もあります。ここの場合ですと『一度以上の魔族討伐依頼が含まれていること』が追加条件となっております。ですので、貴方たちのような登録すぐの新人には、食事券と宿屋券は発行できません」


 受付嬢はにべもなく言い放って、カウンターに置いたギルド規則の後半部分を指差した。

 セレナはいきなり外された梯子に、えー、と酷くがっかりした様子を見せていた。


「さて、それでは最後に――冒険者として今後活動していくに当たり、注意事項を説明します。こちらのギルド規則にも明示されておりますが、依頼内容とその達成報酬については、ギルドは一切関知いたしません。全て当事者間で行って下さい。冒険者ギルドは、単純に言えば、登録された依頼を掲示して、冒険者を募るところです。冒険者に対して依頼を紹介はいたしますが、それ以上の責任はありません。登録依頼に虚偽があろうとも、ギルドは一切関知しません。尚、依頼が達成できた際は、依頼者の報告でもって実績となりますので、依頼達成後は再度依頼者に会うことをお奨めします。依頼者の中には、達成したことを報告しない場合もありますので、依頼達成が実績として登録されず、冒険者資格を剥奪される方も稀におります」


 淡々とギルドのシステムを説明しながら、受付嬢はギルド規則の紙面を指でなぞる。

 おそらくその部分に、説明している内容が記載されているのだろう。ヤンフィもセレナも特に異論はなく、真剣に話を聞いていた。煌夜も話を聞きながら、なるほど、と納得していた。

 要するに冒険者ギルドとは、職安のようなものだろう。

 人と人とをマッチングさせる業務を担っている場所だ。

 仕事が欲しい人間に、仕事を紹介する。またその逆もしかり――だが、その仕事内容については関知しないということである。

 紹介はするが、それ以降は自己責任、直接雇用主と話し合え、というスタンスのようだ。

 中立と言えば中立の立場、だが無責任とも言える。とはいえ、それを喚いても仕方ない。

 煌夜は、依頼を受注する際には、気をつけようと心に誓った。


「最低限の説明としては、以上です。あとはこちらのギルド規則を読んで下さい。また、ギルドの書庫には、これ以外の細かい規則を列挙したギルド制定書という本も保管されておりますので、気になる場合は、そちらを確認して頂いても結構です。ただし、これらはあくまでも冒険者ギルド本部が定めた基本ですので、例外のギルドもございます。その場合に、規則違反だと訴えてもあまり意味はありませんので、ギルドを利用する際は、事前に規則を確認しておくこともお奨めします。――何か質問はありますか?」

「――依頼を受注して、それを達成した場合、実績に反映されるのに、どれくらい時間が掛かるの?」

「報告を頂いた瞬間に達成とみなされます。時間は数秒から数分ですね。ただし、依頼者がすぐに動いた場合の話です」

「ふーん。ならさ、極端な話。あたしたちがここで依頼を受注して、それをパッと達成して、すぐに報告に来れば、それで宿屋券と食事券はもらえるということでいいのね?」

「ああ……そうですね。それが出来れば、ですが」


 セレナの言葉に、受付嬢は挑発的に鼻で笑いながら頷いた。出来るのか、とその蔑んだような視線が訴えている。

 実に失礼な態度だ。だが、セレナは特に気にした風もなく、質問を続ける。


「ちなみにさ……もしこっちが依頼をする場合は、どうすればいいの?」

「登録料を払って頂きます。登録料は一律、テオゴニア鉄紙幣十五枚です。登録が完了しましたら、最大一年の間で掲載期限を設定して頂き、依頼達成時に支払って頂くギルド感謝費用、テオゴニア鉄紙幣二枚を預け入れてもらいます。感謝費用については、期限を過ぎても依頼が達成できていない場合に、返却いたします」

「…………つまり登録に、鉄紙幣十七枚必要ってこと?」

「はい。その通りです。ですが、その費用さえ工面できれば、二人組の方は自作自演が出来ます。一方が依頼をして、もう一方が依頼を達成したことにすれば、その場で実績として反映できます――まあ、それでランクが上がっても意味があるとは思いませんが。ちなみに、当然のことですが、依頼者本人は自身の依頼を受注出来ません」


 むぅ、と唸るセレナを横目に、ヤンフィが挙手して口を挟んだ。


「のぅ……ところで、依頼ではなく、このギルド内に探し人の貼り紙をするのは可能かのぅ?」


 ヤンフィの問いは、煌夜がギルドに来た目的である。

 当初は依頼という形でギルドにお願いしようと思っていたが、今の説明を聞くに、それをする為の金がない。

 であれば、情報を募ることは出来るのだろうか、とヤンフィは考えてくれたようだ。煌夜は感謝した。


「可能ですが、ギルド内に依頼以外の貼り紙をする場合は、四色の月一巡ごとに、テオゴニア銀紙幣五枚が必要になります。掲載期間は最大で六巡までで、それ以上の掲載は出来ません。また、掲載する権利は一枚の貼り紙に付き、銀紙幣五枚です。複数枚掲載したい場合は、その分、払って頂きますのであしからず。ちなみに、貼り紙の内容はどのような内容でも結構です。ギルドは一切関知しません」


 しかし、ヤンフィと煌夜の考えは見事なまでに打ち砕かれた。ただ貼り紙をするだけで、依頼するよりも高い金が必要になるようだ。

 煌夜はガクリと肩を落としてショックを受ける。それはヤンフィも同じだったようで、煌夜の顔を申し訳なさそうに歪めて、心の中で謝った。


(済まぬ、コウヤ。妾の知識不足じゃった。よもや、冒険者ギルドがこれほど意地汚いとは思うておらんかった。じゃが――今後はそれを踏まえて、何らかの方策を考えておく)

(……ああ、大丈夫。ありがと。つうかやっぱり、異世界だろうと金がないとどうしようもないのか。世知辛いなぁ) 


 ふぅ、と溜息を漏らした煌夜を見て、セレナが慰めるように肩を叩く。そんな様を見て、受付嬢は煩わしそうに首を振った。


「それ以外に、何か質問は?」

「――質問はないんだけど、このまま、あたしたちパーティ登録したいんだけど?」

「はぁ……面倒くさい」


 セレナの言葉に、受付嬢は囁くような小声でポロリと本音を漏らしていた。

 セレナはそれを聞いてピクッとこめかみに青筋を立てたが、特に文句は言わずに、受付嬢の説明を待つ。


「……パーティ登録は、リーダーとパーティ名、パーティメンバーを登録して頂きます。リーダーは一度登録すると二度と変更できません。また、メンバーは加入後、四色の月一巡しないと、脱退できません。パーティで活動する場合、宿屋券と食事券の発行が倍になります。また、メンバーの死亡時には、ギルドから一人に付き銀紙幣一枚の慰安費が支払われます。その代わり義務として、四色の月一巡ごとにパーティ実績の提示が必須となります。併せて、一巡以内にギルドに登録費を支払ってもらいます。登録費は、テオゴニア鉄紙幣二枚です。登録費の支払いがない場合、もしくは、実績の提示がなかった場合、パーティメンバーはリーダーを含めて全員、強制的に冒険者資格剥奪となります。それでも宜しいですか?」

「――ええ、それでいいわ。早く用意して」

「チッ…………最後に、パーティで活動する場合は、メンバー個人で受注した依頼は全てパーティの実績となります。また、パーティランクが、個人の冒険者ランクと連動しますので、メンバーは強制的にリーダーのランクと同一になります。加入メンバーが仮に【S】でも、パーティリーダーが【E】であれば、ランク降格があるということです。それと、脱退すると強制的にランクは二ランク下がります。宜しいですか?」


 受付嬢は再三の確認をしてくる。しかし、セレナはそれにまったく怯まず、ええ、と力強く頷く。

 受付嬢はそのセレナの態度を見て、ふぅと疲れたように溜息を漏らしてから、新たな紙を取り出した。


「それでは、こちらに必要事項を記入下さい。リーダーの冒険者登録名と、メンバーの登録名、パーティ名です。記入したら、リーダーの資格証を貸してください。パーティ登録をいたしますので――」

「――はい。あとはコウヤ、頼むわよ」


 受付嬢の説明を最後まで聞かず、セレナはサッサと紙面にサインを済ませる。そして煌夜の背中を押して、残りの空白を埋めるよう促した。当然、煌夜は文字を書けないので、ヤンフィが自然と代筆する。

 ヤンフィはサラサラとサインを書き終えると、先ほど受け取った宝石と一緒に、受付嬢に提出した。やはりパーティリーダーは煌夜らしい。


「ほれ、宜しく頼むぞ」

「…………はぁ。はいはい。それでは確認いたします。パーティリーダーは『コウヤ』、メンバーは『セレナ』、パーティ名は『コウヤと愉快な仲間たち』で宜しいですね? 登録してきますので、少々お待ち下さ――」

「――ちょ、ちょっと待って! コウヤ!? アンタ、何、そのパーティ名?」


 受付嬢が読み上げた内容に、セレナがびっくりして食い付いた。同時に、煌夜の正気を疑うような視線を向けてくる。

 しかし、その気持ちはまさしく煌夜も同じだった。『煌夜と愉快な仲間たち』とは、何だ――と、ヤンフィに突っ込む。


「……のぅ。パーティ名にはどんな意味があるのじゃ?」


 一方、ヤンフィはそんなセレナと煌夜の追求は無視して、目を細めてセレナたちを窺っている受付嬢に問い掛ける。

 受付嬢は興味なさそうに答えた。


「冒険者の登録名と同じです。どんな名称でも登録は可能で、依頼を受注する際等に使用します。一度登録すると二度と変更できませんが、リーダーが死亡した場合に限り、メンバーがリーダーを引き継いで名称変更が可能となります。この場合の利点は、パーティランクが引き継げることと、死亡したリーダーの慰安費を受け取れることですね。それ以外に、名称に意味はありません。まあ、強いて拘るのであれば、印象に残る変な名称の方が、有名になりやすいということですかね」


 受付嬢はそこでふと何か考え込んでから、そうそう、と補足する。


「ちなみに、一番有名なところで言えば、三英雄のパーティ名が『堕落させた責任取って、黒竜を狩る者』――通称『狩る者』ですね。真偽は定かではありませんが、噂では、三英雄キリア様が、ウィズ様にその内容を誓わせる為に、冒険者として一生消えない嫌がらせをしたんだとか……まぁ、その逸話が本当かどうかは別として、そういう噂があるので、パーティ名は面白い名称を付けるのが一般的ですよ」


 他人事だからだろう、受付嬢は酷く投げやりに、これでいいだろ、とばかりの説明をする。

 しかしその思惑は功を奏したか、キリアの名前が出た途端、セレナが真剣な表情で悩み出した。見るからに流されそうになっている。

 けれど、煌夜はブレずにヤンフィに訴える。


(おい、ヤンフィ。それにしても、愉快な仲間たちはあんまりだろ――もっと格好良さげな名前をさ)

(コウヤよ。汝の名前を目立たせるにはちょうど良いじゃろぅ? ランクが上がり、パーティ名が有名になれば、探している童たちが目にする機会が出来るやも知れぬ。そんな時、特徴的な名前の方が印象に残るではないか)

(…………いや、確かにそれはそうだが……それなら、もっとこう……)

(コウヤは、名前に拘る口かのぅ?)


 心の中で口論するヤンフィと煌夜にその時、セレナが力強く頷いて、口を開いた。


「……ちょっと、追記するわ」

「どうぞ――えーと、『コウヤと頼りになる愉快な仲間たち』で宜しいですね?」

「ええ、それでお願いするわ」


 セレナは一方的にパーティ名に何やら追記すると、それを最終回答として提出してしまう。

 唖然とする煌夜は置いてけぼりで、あっと言う間に受付嬢はその紙と、煌夜の資格証を持って、裏手へと姿を消して行った。

 ヤンフィがカラカラと笑う。


(『コウヤと頼りになる愉快な仲間たち』のぅ。まぁ、良いのじゃないか?)

(――くっ。格好悪い……)


 どこか満足げなセレナをジロリと睨むが、煌夜のそんな視線はどこ吹く風だった。悔しい気持ちで舌打ちして、煌夜はもはや仕方ないと諦める。

 しばらくして、疲れた様子の受付嬢が戻ってきた。その手には、煌夜の資格証と一緒に、紐が通された小さな水晶球があった。

 水晶球は2センチほどの大きさで、一見するとネックレスのようである。


「登録が完了しました。資格証を返却します。それと、こちらがパーティの徽章きしょう――リーダーを証明する物となります。首飾りになっておりますが、水晶部分さえ失くさなければ、どのように加工しても問題ありません。こちらはパーティ限定依頼を受注する際に必須となりますので、紛失しないようお気をつけ下さい――どうぞ」


 受付嬢はそう説明して、ネックレスと資格証を煌夜に手渡してくる。しかし、右腕しかない煌夜は、ネックレスを付けるのに苦戦する。

 すると、煌夜からそれを奪って、セレナが自然な流れで首に掛けてくれた。そして、受付嬢に自分の資格証を差し出す。再び受付嬢は裏手に消えた。


「……コウヤ、そういうのも割りと似合うわね」


 羨ましそうな声で、セレナは煌夜にそう呟いた。だが、ネックレスが似合うと言われても、煌夜にお洒落の趣味はない。むしろセレナの方が似合うのじゃないか、と煌夜はセレナに向き直る。

 欲しいなら渡そうか、と口にしようとして、その前にヤンフィが拒否した。


「汝には渡さぬぞ? 妾――と云うよりもコウヤがリーダーなのじゃからな」

「…………分かってるわよ」


 セレナは、ふん、といじけたようにそっぽを向いた。

 もう少しマシな言い方は出来ないのか、と煌夜はヤンフィに呆れたが、言っても無駄なので言葉を飲み込む。

 ざーざー、と外の雨足が強くなる音を聞きながら、受付嬢が戻ってくるのを待った。


「お待たせしました――これで、結び付けも完了いたしましたので、どうぞ冒険者として頑張って下さい」


 受付嬢は戻ってきて早々にセレナへ資格証を返却すると、これで仕事は終わり、とばかりに傍らの雑誌を手に取る。

 よほど仕事をしたくないのだろうか、始終やる気のない人である。

 さて、それはそれとして、ようやく冒険者登録が終わった。これで目的の一つが完了した、と煌夜はホッと一息吐いた。しかし同時に、これからどうするか、という根本的な問題が浮上してくる。無一文に変わりはないのだ。

 ところが、そんな煌夜にセレナは微笑んで、手を掴んでギルドの二階へと引っ張っていく。


「……なんじゃ、セレナ?」

「冒険者になったんだからさ、早速、依頼をこなしましょ。そうすれば、宿屋も食事も無料で手に入るんだから、やらない理由はないでしょ?」


 セレナは平然とそうのたまって、ギルドの二階、その隅に設けられた巨大な掲示板のところにやってきた。どうやらここが、ギルドに登録された依頼を掲示しているところらしい。ギルド内の案内板にそう書かれていたと、セレナは言った。

 巨大なその掲示板には、ところ狭しと貼り紙が貼られており、三人の戦士風の巨漢がそれを眺めていた。

 巨漢たちはセレナたちを見て、一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐに関係ないとばかりに視線を掲示板の依頼書に戻す。何かを探しているようだが、それこそ煌夜たちには関係ない。

 楽しそうに貼り紙を眺めるセレナを横目に、流れで連れて来られた煌夜は、溜息を漏らしてヤンフィに聞いた。


(ここに貼られているのが依頼なのか? 何か一杯あるけど……)

「……そのようじゃなぁ。これが全て、依頼書のようじゃのぅ。ランク別に並んでおるわ。お、ほぅ。これは――」


 ヤンフィは独り言のように煌夜に頷いて、その時、一枚の貼り紙に視線を奪われる。それに顔を近付けて、興味深げにその依頼書を手に取った。

 その依頼書は他の依頼書と比べると、非常に短い文章のようだった。

 とはいえ、煌夜には何が書いてあるかさっぱり分からないので、難易度は勿論のこと、依頼内容や報酬など読み取れる項目はなかった。


「ん? 何か良さそうなの、見つけたの? あ――それ、いいわね、コウヤ。ちょうど条件を満たしてるし」

「ふむ……まぁ、難易度が【A】となっておるがのぅ」

「別に、あたしたちなら大丈夫でしょ? それに、それ依頼者がここのギルドマスターじゃない。なら、交渉はすぐ出来るわね」


 ヤンフィが手に取った依頼書を見て、セレナは嬉しそうな声を出していた。

 どうしてかいつの間にか、その依頼をこなすことが決定しているようだったが、煌夜は依頼内容が分からず混乱である。

 引き受けるのは良いとしても、せめて説明が欲しい。しかし、ヤンフィはその意を汲まず、セレナと話をまとめる。


「……それでは、妾たちの最初の仕事は、これで行くぞ。ちなみに一応、云うておくが、妾は手を出さぬが、汝一人で大丈夫か?」

「馬鹿にしないでよ――ええ、この魔族程度なら、大丈夫。任せなさい。というか、片腕のアンタを働かせるつもりはないわ」


 セレナは薄い胸を張って、任せなさいとドヤ顔をする。それに満足げに頷いて、ヤンフィはその依頼書を掲示板から剥ぎ取った。


「あ、ねぇ。コウヤ。ただし、交渉とかは、アンタがやってよ? あたしじゃ、いまいち要領と相場が分からないからさ」

「妾もそれは同じじゃが……まあ、良い。とりあえず、依頼を受付に持っていくぞ」

「へぇ――それを持って、受付で受注登録して、依頼者に引き合わせてもらうんだぁ――あ、先に行ってて。あたしはもうちょっとここを見てるわ」


 セレナは受付嬢から受け取っていたギルド規則を読みながら、一階に下りようとしているヤンフィにそう言った。

 ヤンフィは頷いて、依頼書を手にそのままサッサと一階に下りてくる。そして雑誌に夢中になっている受付嬢のところへ向かった。


(なぁ、ヤンフィよ、依頼内容の説明とか欲しいんだが……)

「のぅ、この依頼を受注したいのじゃが、登録してくれぬか?」


 煌夜の問い掛けは華麗にスルーして、ヤンフィは受付嬢に依頼書を見せる。

 受付嬢は露骨な苛立ち顔と、大きな舌打ちをしてから、雑誌を置いて視線を依頼書に向けた。途端、その内容を見て、驚愕に目を見開く。


「……あ、あの、これを――ですか?」

「そうじゃ。サッサと手続きせい。妾たちは急いでおる」

「…………これ、パーティランク【A】ですけど……? 大丈夫、ですか?」

「承知しておる。良いから、サッサとせい」

「………………念の為、お伝えしておきますが……こちらの魔族討伐依頼は、ランクAの五人パーティが挑む想定で発注されてますよ?」

「ふむ――じゃから、なんじゃ?」

「あ……えと……いえ……宜しいのならば、登録いたします」


 しどろもどろに受け答えする受付嬢に、ヤンフィは強気な姿勢で断言する。

 受付嬢はそれに気圧されたか、それきり黙り込み、依頼書を受け取った。そして、無言のまま押印して、何やら記入して、素早く事務処理をこなす。

 最後に、依頼書を裏返しにすると、そこに何やら長ったらしい文字を書いてから、ヤンフィに差し出す。


「こちらに、記名をお願いいたします。パーティ名と、受注者の登録名だけで結構です。それと、資格証とパーティの徽章を借ります」

「――ほれ、これで良いか?」


 指示されたまま、ヤンフィは依頼書の裏にサインして、資格証とネックレスを渡す。すると受付嬢は、その場で資格証と水晶球の表面を撫でた。淡い緑色の魔力光が溢れて、瞬時にその魔力光は、資格証と水晶球に吸い込まれていった。


「完了、いたしました……依頼者は、ギルドマスターですが、依頼内容と報酬の交渉は受け付けておりません。依頼内容は『ベクラルの西坑道に棲み付いた【オーガゴブリン】を狩ること』、報酬は『アドニス金貨一枚』、達成期日は『受注日より三日以内』です。西坑道の場所は、こちらの地図で確認して下さい。また、三日経っても戻ってこない場合、死んだとみなされますので、もし生きている場合は、依頼失敗の報告をお願いします。尚、依頼達成の条件については、討伐対象の貴重部位と、西坑道の奥に安置されている【軍神の矛】と呼ばれる神具を持ち帰って来て下さい」

「――了解した」


 受付嬢の説明にヤンフィはつまらなそうに頷いて、返却された資格証とネックレスを受け取る。ちなみにネックレスは、片腕だと首に掛けるのが難しかったので、とりあえず腕に巻いた。

 受付嬢は、ついさっき冒険者になったばかりの新人が、何の躊躇もなく高難度の依頼を受注したことに驚愕していて、信じられないものを見る目でヤンフィを眺めている。

 しかし、ふと我に帰ると、慌てた様子で依頼書の写しを差し出してきた。

 写しは記憶紙で、受付嬢がその場で作成してみせた。煌夜は、コピー機要らずだ、と見当違いのところに感心する。


(ふむふむ……西坑道は、妾たちが下りてきた崖の近くのようじゃな)

(――ヤンフィさん、頼むからさ。さっきの話を、詳しく説明してくれよ)

(ふっ……そう急かすなコウヤよ。何、心配ごとなんぞ何一つない。いつも通り、汝は流れのまま身を任せておれば良い)

(いや、あのね? 問題ないなら、最初から丁寧に説明してくださいっつの! こっちはいきなり色んなことに巻き込まれてるんだから、いつも怖いわけよ。決定権がないのは、この際仕方ないとしたってさ、おかしいだろ? 大体何、これまた突然、魔族退治? ちょっと展開がさ、急すぎる)

(無一文では何も出来まい? 背に腹は変えられぬじゃろぅ? ちなみに、先の依頼じゃが、彼奴の云うておった以上のことは何もないぞ? この街の西坑道と云う場所に巣食う【オーガゴブリン】を討伐して、その奥にある【軍神の矛】を取ってくる依頼じゃ。なに、オーガゴブリンであれば、今の妾でも、余裕で殺せる雑魚じゃから、安心せい。十単位の群れで現れぬ限り、脅威ではない――そもそも群れで活動する個体でもない)


 ヤンフィは待合席に腰を下ろすと、二階から下りてこないセレナを待ちながら、煌夜に事情を掻い摘んで説明した。しかし、煌夜の訴えているのはそういうことではない。

 急展開を避けて、少しは事前相談して欲しいという切実な訴えである。

 だが、こういうときのヤンフィは、そんな煌夜の真意を汲み取らず、結果よければ全て良しの理論を展開する。

 確かに、結果良ければ全て良しの精神は大事だが、その過程があまりにも心臓に悪い。


(……はぁ、まあもう今更だから、いいけどさ。一応、これだけは確認したいんだが……本当に、危険はないんだよな?)

(ない。セレナも云うておったが、そも妾は傍観に徹するつもりじゃしのぅ)

(ちなみにさ。俺はランクAがどれくらいなのか知らないけど……ランクは最大が【SS】なんだよな? その二つ下って、かなり高難度の依頼じゃないのか?)

(一般的には、高難度じゃろぅ。じゃが、タニアや妾は勿論、セレナも、その常識からすれば、完全に例外な存在じゃよ。こと戦闘力だけで見れば、妾たちは【SS】ランクに引けを取らん。そも、魔族の頂点に属する【魔王属ロード】の妾を身に宿しておって、一介の魔族に怯えるのは、おかしいじゃろぅ?)


 ヤンフィは苦笑する。それだけ聞けば、確かに納得できるのだが、この異世界の一般人以下の存在である煌夜からすると、だとしても怖い。

 煌夜の周りが強かろうと、煌夜は弱いままなのだ。

 そうしてしばらくすると、ようやくセレナが二階から下りてきた。

 やっとか、とヤンフィも腰を上げる。


「遅いわ、セレナ。サッサと目的地に行くぞ? ボチボチ日が昇り出す時間じゃ……朝飯前に終わらせたい」

「ええ、分かってるわよ。――あ、ちなみにさ、後で……タニアと合流したらでいいからさ。もう一度ここに来ようよ。あたし、やってみたい依頼を見つけたのよ」

「そんな余裕があるとは思わぬが……状況次第じゃ。とりあえず今は、依頼をこなすのが先じゃろぅ。早くコウヤを休ませてやりたい」

「…………はいはい。コウヤを、ね。まぁ、異論はないわ」


 そんな会話をしながら、ヤンフィはセレナと並んでギルドを出る。

 ギルドの外は、さっきよりは白んできていたが、一面、薄暗闇のままである。そもそも空は黒々とした暗雲に覆われており、土砂降りは相変わらずだ。

 これでは、日が完全に昇ったとしても、明るくなることはないだろう。

 セレナは雨を気にせず足を踏み出す。しかし、彼女は自身の魔術により濡れることはない。

 ヤンフィも雨を気にせず足を踏み出す。しかし、その煌夜の身体はすぐさまびしょ濡れになる。寒さこそ感じないが、このままじゃ、風邪を引いてもおかしくはない。


 煌夜は、ヤンフィに先ほど言われた通りに、操られるがまま流れに身を任せた。

 後はただただ、イレギュラーが起きないことを祈るだけである。


 とりあえず今の二人の向かう先は、西坑道と呼ばれる場所だった。




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