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神隠しに遭ったら、異世界に居ました。  作者: 神無月夕
第〇章 プロローグ
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第二話 非日常

 

 一通り出店を見て回って騒ぎ疲れた煌夜とサラは、人混みを避けて境内の隅に座って休んでいた。煌夜の両手には出店で手に入れた景品と食べ物が満載しており、サラは満足げな顔で水飴を食べている。


「――あ、そういえば、リュウとコタがいないね? どこに行ったの?」


 ふと、いまさらだが、サラが首を傾げて当然の疑問を口にする。ようやく落ち着いて周りに目を向けたので、二人がいないことに気付いたのである。

 心配されないとは不憫だな、といない二人を同情しながら、煌夜は苦笑しつつ正直に答える。


「いや、知らん。来てすぐにどっか行ったよ、二人でな。さりげなく探してるんだが、見つからないから、待ち合わせ場所まで行かないと駄目かな」


 竜也たちの企画が何か分からないが、ここまで何も起きていないことを考えると、やはり待ち合わせ場所の鳥居で何か仕掛けているのだろう。

 どんなサプライズだろうか、と煌夜は少し楽しみだった。


「え――リュウたち、迷子になったの? マズイよ、警察に連絡しないと!」


 しかし煌夜のそんなほんわか思考とは裏腹に、サラは笑顔を一転、心配そうに眉根を寄せてひどく慌てだす。

 まあ――それもそうか。

 しっかり者の竜也が迷子になったのならば、心配するのは当然だし、それはよほど切羽詰った状況に違いないだろう。最悪、誘拐の可能性さえあり得る。それほど竜也は周りからの信頼が厚い男だ。

 だが、実際はそんなことはない。二人はただ別行動をとっているだけだ。それを知っているがゆえに、煌夜は苦笑しながら首を振った。


「大丈夫だよ。迷子にはなってないさ。リュウは俺よりこの山に詳しいし、なんか二人とも用事があったみたいだからさ。ほっといて問題ない」

「そ、う――? むぅ……でも……」

「最悪、リュウは携帯持ってるからさ。何かあったら、連絡が来るよ」

「……うん、煌夜お兄ちゃんが、そう言うなら……そうだね」


 煌夜の薄情な言葉に、サラはしばしむっとしていたが、それでも不承不承と納得する。

 煌夜が何かを隠していると気付いて、何も知らないサラは、自分が除け者にされたような疎外感を味わっていた。


「――安心しろ、って。ほら、タコ焼き食べるか?」

「…………食べる」

「熱いから、気をつけろよ」


 うん、と小さく頷いて、差し出したタコ焼きをひとつ受け取るサラ。爪楊枝に刺さったそのタコ焼きに、ふーふーと可愛らしく息を吹きかける様を見て、煌夜はフッと苦笑した。

 ふとそのとき、祭囃子の演奏が変わった。

 つと顔を上げて正面を見上げれば、広場の中央に作られた物見櫓の上の舞台で、流麗な舞を踊る巫女の姿がある。物見櫓は高さ5メートルほどの高さで、その上に設置された舞台は八畳ほどの広さになっていた。

 舞台は四方を炎に彩られており、そこで踊る巫女はモデルみたいな美人だった。巫女は激しい演奏に合わせて扇子を振るい、揺らめくような舞を踊っている。その様はまるで炎の精である。神秘的なその神楽舞は、見る者に声を忘れさせた。

 ちなみに、演奏しているのはマイナーだが地元じゃそれなりに有名な和楽器バンドで、生演奏ではない。麓で路上演奏している音を、物見櫓に付いているスピーカーから流しているのである。

 しかし、そんな音源に頼らずとも、巫女の舞は幻想的で、誰もが目を奪われていた。


「――綺麗、だなぁ。ほら、サラ。見てごらん、アレ」

「ん、むぅ? なにが――わぁ!」


 タコ焼きを頬張ってリスみたいに口を膨らませたサラが、櫓の舞台で踊る巫女に気付いて、ぽかんと目を見開いた。半開きになった口から、食べ途中のタコ焼きが見えている。


「すご、い……綺麗、だね……」

「ああ、そうだろ? リュウとコタが一緒じゃないのは残念だけど、アイツラもどっかからこれを見てるよ」

「……うん、そうだね」


 ごくん、とタコ焼きを咀嚼してから、サラは物見櫓をじっと見上げる。まるで心を奪われたかのように、微動だにせず巫女の舞を眺めていた。


「……来年も、また、ここに来れるかなぁ」


 すると不意に、サラがそんな呟きを漏らした。誰に聞かせるとはなしの呟き、そこには少し悲しい響きがあった。


「――ああ、来れるよ。絶対に、来ような。来年もまた、三人――いや、今度は天見園のみんなで、さ」


 サラが自分の身体のことを心配しているのは分かっている。けれど、そんな心配を払拭させるかのように、煌夜は力強く断言した。優しくサラの頭を撫でて、安心しろ、と笑顔を見せる。


「来年、なんて言わず、再来年もその次の年も、サラが彼氏と行くって駄々こねるまでは、俺が祭りに連れてきてやるさ」

「…………ありがとう、煌夜お兄ちゃん」


 泣きそうな顔を笑顔に変えて、サラはぎゅっと煌夜のシャツを握り締めた。うん、と強く頷いて、この光景を目に焼き付けるように、再び物見櫓に顔を向ける。


「――あ、けど、煌夜お兄ちゃん。わたし、その……彼氏、なんて、作らないからね?」


 弱々しい声音で、恥ずかしそうに頬を染めて、サラがチラチラと煌夜を横目に見てくる。その何かを期待するような態度に苦笑して、煌夜はむにっとその頬をつついた。


「はいはい。いまは、そうかもな。けど、どうせすぐに彼氏が出来て、サラはそいつに夢中になるさ」

「…………ならない、もん」


 ふくれっ面になったサラから目を切ると、煌夜も巫女の舞に視線を向けた。

 星の降るような夜を背景に、炎のステージに炎が舞う。携帯で写真を撮ることも忘れて、ただただその光景に見入っていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 そうしてしばらく、サラと神楽舞を眺めていると突如、ドドン、と太鼓の生音が響いて、同時にスピーカーからの音楽が鳴り止んだ。

 見れば、物見櫓のところに上半身裸で褌を締めた男たちが何人も集まっており、太鼓や楽器を並べている。すると物見櫓の巫女が舞を止めて頭を下げた。そして櫓に梯子が掛かり、それを伝って巫女が降りてくる。

 次いで、交代で櫓に登ってきたのは、祭りの進行役を務める法被の中年男性だった。

 進行役はマイクなど使わず、そのよく響く声で、これから山車が山を下りる旨を宣言する。それは、この夏祭り最大の目玉イベント、山車のパレードである。

 高さ15メートル幅2メートルの仏像を乗せた山車を、有志百人の手で牽引して、街中を二時間掛けて練り歩くのだ。


「お、そろそろか……さて、ボチボチ場所を移して、山を下りようか? サラは楽しめたか?」

「あ、うん。凄く楽しかったよ。ありがとう煌夜お兄ちゃん!」


 太陽の如き輝く笑顔で頷いたサラに、煌夜はほんのり癒されつつ、さて、と背伸びをしてから、灯りのない神社の裏手に視線を向ける。

 竜也たちと合流するために、鳥居まで行かなければならない。


「あ――ねぇ、煌夜お兄ちゃん。その、さっきの人が言ってたダシ? って何?」

「ん? ああ、そっか。サラは知らないか。山車ってのは、人力で動かす大きな屋台みたいなモンだよ。豪華な電飾がされてて、仏像が乗ってるんだ。それをここから街まで運んで、パレードするんだよ」

「パレード!? え? 凄い、それ見たい!」


 パレードと聞いて途端に興奮するサラに、煌夜は苦笑する。そういえば、去年も一昨年も、サラはこの時期、天見園にいなかった。パレードの存在を知らないのだろう。


「ああ、特等席で見せてやるよ。迫力、凄いぞぉ……けどその前に、リュウとコタを捕まえないとな」

「あ――そっか。そうだよね。うん、じゃあ、探そう?」

「おいおい、サラ、ちょい待てって、そう慌てるなよ。この人混みを闇雲に探しても無駄だって」


 いきなり人混みに駆け出そうとしたサラを押し留めて、煌夜は鳥居のほうを指差す。


「迷子になったら、とりあえず鳥居まで――だろ?」


 そう言ってニッコリと笑って、サラの手を引いて薄暗い森のほうへと踏み出す。サラは、あ、と気付いて、腕を引かれるまま歩き出した。

 鳥居までの道のりは、神社の裏手から一本道である。ものの五分も歩けば、すぐに到達するほど近い場所だった。

 その鳥居から先は行き止まりで、また鳥居までの回り道は一切ない。だからそこに行くのに迷うことはありえず、入れ違いになることもありえない。

 鳥居に二人がいればよし、いなければ竜也の携帯に電話すればいい。そう考えて、煌夜は鳥居に向かう山道を歩く。

 果たして、鳥居のところに二人はいなかった。


「いないなぁ――――って、ええぇ?!」

「え? へ?」


 しかし、誰もいないことに拍子抜けした瞬間、その景色の違和感に気付き、煌夜は驚愕してつい大声をあげていた。

 目に飛び込んで来た景色が、あまりにもありえない光景だったからである。思わず、煌夜とサラは唖然として絶句する。

 鳥居が、淡い緑色に光っていたのだ。それは決して電飾ではない。鳥居自体が煌々と発光していた。

 それは、幻想的で神秘的な光景だ。

 しかし、真に驚くべきはその先――鳥居から見える景色が【神隠し岩】の絶壁ではなく、どこか別の風景を映していたからだ。見えるのは、砂漠にポツンと建つ石造りの小屋である。そこだけがまるで異次元に繋がっているような不思議な光景だった。

 鳥居を横から見れば、その外側は周囲と変わらぬ夜があり、鳥居の裏にそれが現れた訳ではないことがわかる。

 また、神隠し岩の絶壁には、花火の跡と水の入ったバケツが置かれていた。


「な……え? これ、は……何だ?」

「ふぇ――? どう、なってるの?」


 煌夜とサラは無意識に疑問を口にするが、それに答えられる人間はこの場に居なかった。風の音と木々のざわめきだけが、そこに横たわっている。

 二人はしばし硬直して、光る鳥居とそこから見える光景に目を奪われていたが、遠く神社のほうから響いてきた山車を牽引する和太鼓の音にハッとした。

 何が起きているか定かではないが、ここで呆けていても仕方ない。煌夜は手に持っていた物を一旦全部足元に置いて、恐る恐ると鳥居に近づく。


「どう、なってるんだ、これ……? 内側から、光ってる?」


 煌夜が鳥居をペタペタと触ってみるが、その感触は特に変わったところはなかった。蛍光塗料が塗られているわけでも、見えないくらい小さな光源が付いているわけでもない。

 よくよく観察すると、光は鳥居の内側から灯っているようだった。


(なんだ、これ……? もしや、ナルニ◯国物語か?)


 そしてなにより、光る鳥居よりも不思議なのは、その鳥居を境界にして広がっている景色だ。

 鳥居の先は、こちらと違い真昼間である。鳥居が全く違う空間に繋がっているその様は、某ファンタジー大作の衣装ダンスを連想させた。

 隣のサラをチラッとみると、彼女はまだ状況に頭が追い付いていない様子で、明らかに混乱している。煌夜も同じく混乱はしていたが、少しだけ混乱よりも好奇心が勝っていて若干興奮気味だった。

 これはまさに、ファンタジーの所業である。いつのまに現実世界はファンタジーに侵食されたのだろうか。

 鳥居がどこの空間に繋がっているかはわからないが、間違いなくこの先には浪漫が満ちているに違いない。煌夜は徐々に上がっていくテンションに、武者震いが起きていた。


 しかし――落ち着け、踏み止まるべきだ。煌夜は無意識に鳥居の中へと踏み出しそうになる足を止めた。


 ここから一歩先に進んだら、入り口が消えて戻れなくなる展開も、充分に考えられることだろう。なによりここは【神隠し山】と呼ばれている山だ。神隠し山の所以を気にしたことはないが、向こうの世界に吸い込まれて戻ってこられない可能性が高い。

 煌夜は用心深く、景色の変わっている境界線の付近を観察する。

 すると、鳥居の中から漂ってくる空気感がそもそも違うことに気付く。風が乾いていた。これは、ホログラフィとかの類ではなく、間違いなく別世界だと確信できた。


「――あ、コウヤじゃん?! やっと来たか!」


 そのときふいに、鳥居の中、別世界に存在している石造りの小屋から、聞き慣れた声が聞こえてくる。見れば、声と共に現れたのは、探し人の一人、虎太朗だった。


「まったく……遅えよ、コウヤ。サラもそんなとこにいねえで、こっち来いよ。中、凄ぇぞ」


 小屋の入り口で半身だけ見せる虎太朗は、いかにも楽しそうな顔で手招きしていた。


「コタ、そこ……いったい、何なの?」


 そんな虎太朗に、サラが恐る恐ると問い掛ける。サラの質問に虎太朗は、さあ、と手を挙げてアメリカ人ばりに肩を竦めた。

 一方で煌夜は、良くも悪くも後先考えずに別世界を既に探索している虎太朗のその行動に、呆れて頭が痛くなっていた。


「何かはわかんねえ。けど、神隠し山じゃねえ、別のどこかみたいだぜ。いま竜也が付近を探検してるんだ」

「――おい、コタ。お前さ、そこからこっちに戻ってこれるのか?」


 一向に鳥居をくぐらない煌夜たちに怪訝な顔を向けながら、虎太朗は辺りをキョロキョロ見渡しつつ、小屋から出てきた。その態度が怪しく思えて、煌夜は警戒しながら、鳥居から少し離れる。

 もしかしたら、アレは虎太朗の姿はしているが、実は虎太朗に化けた何か別の存在で、よもや煌夜たちを鳥居の世界に引きずり込む作戦なのかもしれない。

 似たような怪談を、煌夜はどこかで聞いた覚えがあった。


「ん? ああ、戻れるぜ。……コウヤはやっぱ、リュウと同じこと言うんだな」


 虎太朗はホールドアップの状態で平然と鳥居を跨ぎ、警戒する煌夜たちの前に立った。鳥居を越える瞬間、特に何か変化は起きなかった。

 煌夜はペタペタと虎太朗のその身体を触って、横から、後ろから、その姿を確かめて、最後にポンポンと頭を叩く。

 虎太朗はそれを無抵抗に受けてから、そこまで同じかよ、と呆れ顔で呟いた。


「――これ、何なんだ?」

「いや、俺もわかんねぇ。リュウもいまのコウヤと同じ反応してたぜ」


 煌夜が、これ、と鳥居を指差すと、虎太朗は興味なさそうに軽い調子で首を振って笑う。そして、似た者同士だなやっぱ、と呟いて、そのまま鳥居の中に入って行った。

 そんな虎太朗の背中を見送ってから、煌夜はひとつ決意する。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、の心境である。

 煌夜は、背中に隠れながら、チラチラと鳥居の中の世界を覗いているサラに向き直ると、神妙な顔で言う。


「サラは、少しここで待っててくれ」

「――あ、え? あ、うん。気をつけて、ね?」


 一瞬、ポカンとしたサラだったが、すぐに納得して頷く。それを見て、よし、と煌夜は鳥居に向き直った。

 まず一手目、右手を入れた――特に引きずり込まれる感覚もなければ、嫌な感触もしない。ただ、空気が違うのだけは分かった。

 次の二手目、ゆっくりと右足を入れた――地面の感触が違うこと以外に、やはり何も違和感はなかった。

 煌夜は、うし、と覚悟して、目を閉じて勢い良く鳥居の中に飛び込んだ。頬に当たっていた生暖かい湿った風が、途端に乾いた空気へと変わる。

 グッと地面を踏み締める。変わらずそこには硬い地面がある。恐る恐ると瞼を開ける。眩しい日差しが目に飛び込んできた。

 そこは神隠し山の森ではなく、見渡す限りの砂漠世界と、古びた石造りの小屋――そして振り返ると、光る鳥居がポツンと建っている。

 鳥居の中には、心配そうな顔でこちらを覗き込んでいるサラの姿が見えた。


「な、大丈夫だったろ? んで、もう一回鳥居をくぐれば、また戻れるぜ?」


 煌夜が硬直していると、小屋からすっと顔を出した虎太朗が、不敵な笑みでそう言った。言われるがまま、煌夜はまた鳥居をくぐる。すると確かに、神隠し山の鳥居に戻ってこれた。


「ど、どう……? 大丈夫、煌夜、お兄ちゃん?」


 不安な顔で首を傾げるサラに、煌夜はしばし沈黙していたが、うむ、と大きく頷いた。


「理屈はまったく分からないが、特に問題はなさそうだな。サラも入ってみるか?」

「…………うん」


 煌夜の誘いに、サラは不安げに頷いた。煌夜も虎太朗も問題なく入っている姿を見ているが、怖いものは怖いのだろう。

 サラはその恐怖を表すように、ぎゅっと煌夜の手を握り締めた。そして先ほどの煌夜と同じく、目を閉じて勢い良く鳥居の中に飛び込んだ。

 煌夜もそんなサラに合わせて、鳥居の中に再び足を踏み入れる。


「ふ、わぁ――」


 鳥居をくぐったサラが、気の抜けたような、感動したような声を出した。それを横目に、煌夜は15メートルほど先に建っている小屋の入口、その暗闇を注視する。

 虎太朗はさっきから出てこない。


「……さて、ここに居ても仕方ない。あの小屋に行くぞ、サラ」

「う……うん、分かった」


 煌夜の号令に、サラは力強く頷く。握っている手により力がこもる。煌夜はそのサラの腕を引いて、一緒に小屋の入り口に足を踏み入れた。

 小屋の中には部屋はなく、地下に続く階段があるだけだった。

 砂だらけの階段、それが底の見えない下まで続いていた。サラの手が少し震えていた。煌夜も少し腰が引けていた。

 入ったはいいが、この地下への階段を下りる勇気が出なかった。


「――あ! 煌夜兄、サラ!」


 そんな折、二人がしばし突っ立っていたとき、聞き慣れた声が背後から聞こえる。振り返ると、そこには竜也が立っていた。


「リュ、リュウ――お前も、やっぱりこの世界に入ってたのか?」

「うん、ごめん。自分でもちょっと軽率だったかなと思うよ。でも、コタを止められなかったんだ……」

「……ね、ねぇねぇ、リュウ。ここは、いったい何なの?」


 サラの質問には答えず、竜也は申し訳なさそうに頭を掻きながら、二人の脇を通り過ぎて階段を下り始める。


「ボクらも、ここが何なのかは分からない……鳥居のとこで二人を待ってたら、突然、鳥居が光を放ちだしてさ。同時に、この世界との扉が開かれたんだ」


 とりあえずこっちに、と竜也は先行して、階段を下りていった。そんな竜也の背中を見失わないよう慌てて、煌夜とサラは階段を下り始める。

 階段は人二人分ほどの広さがあり、ほのかに壁が光っていた。そこを慎重に下りていく。

 やがて、地下三階程度だろうか。段数にして六十段を数えたとき、前方に黄金色に輝く小部屋が現れる。その中からは、虎太朗と竜也の話し声が聞こえてくる。


「――でさ、やっぱりここの周りには、何もなかったよ、コタ」

「ふうん、そっか……ん? お、ようやく来たな、コウヤ、サラ。ほらほら、見てくれよ、この部屋。凄えだろ!」


 煌夜たちがそこに辿り着くと、その姿を見た虎太朗が、待ってましたとばかりに部屋の中を紹介した。煌夜とサラはその部屋を見て、さらなる驚愕で硬直した。

 部屋は正方形になっており、広さは二十畳ほどあった。天井は高くドーム状になっており、壁面には不気味な紋様が描かれている。部屋の四隅には黄金色の巨大な燭台があり、いかなる原理か、炎が宙に浮いていた。

 だがそんな光景より何より、部屋の奥に積みあがっている金銀財宝が眩しかった。

 荷物をとりあえず一箇所にまとめただけのような無造作な積み方で、金の延べ棒、物々しい甲冑、仰々しい剣や盾、木箱に入った大量の金貨、ゲームで見るような典型的な宝箱、首飾りや宝石などが置かれていた。

 この光景を形容するなら、まさに宝部屋である。


「ほら、これとか。ガチに金だろ? こんだけお宝があれば、持ち帰って売って、俺ら、大富豪になれるぜ!」


 虎太朗が鼻息荒く言って、煌夜とサラに金の延べ棒を見せびらかす。

 それの大きさは、30センチほどの長方形だ。もしそれが真に純金だとしたら、いったいどれくらいで売れるのだろうか。

 煌夜は金の取引相場など知らないが、それでもそれ一つで数百万円は下らないだろうことだけは分かった。ごくり、と無意識に喉が動く。


「……煌夜兄も、少し落ち着いてよ。コタもさ、そういう夢物語の前に、ここが何なのかを考えようってば」


 そのとき、竜也の冷水の如き言葉が浴びせかけられる。ついつい金の延べ棒の魅力に目を$マークにしてしまっていた煌夜は、ハッとして頭を振ると、改めて部屋の中を注視した。

 まず目に付くのは、壁面の全部に描かれた奇怪な文様である。


「――これは、文字? なの?」

「たぶん、ね。でも、見たことのない文字だよ。煌夜兄は知ってる?」


 サラはその綺麗な指で壁面をなぞりながら、難しい顔で眉根を寄せる。竜也は眼鏡のフレームを上げて、煌夜に視線を向ける。


「……少なくとも、俺は知らないな。象形文字っぽいけど、何が何やらだよ。学校で習うような文字じゃないな」


 煌夜は、サラと竜也が見ている壁面と反対の壁面を眺めた。だが、その文様は、意味のない落書きのようにも見える。

 英語の筆記体とアラビア語を混ぜたような印象の紋様だった。


「おい、リュウ、コウヤ。そんな意味分かんねぇもんよりもさ、こっちのお宝が先だろ……ほらこれ、マジモンの剣じゃん」

「――コタ。不用意にそこらへん触るなよ。何が起きるか分からないんだからな」

「さっき、リュウにも同じこと言われたけどよ。これ見てアガらねぇ男はいねぇって」


 壁面の紋様に興味を示している三人とは裏腹に、俗物的な虎太朗は宝の山を漁り、そこから一振りの剣を引っ張り出していた。

 煌夜はそれを強い口調で注意するが、どこ吹く風とその剣をバットみたいにブンブンと素振りしている。


「……ところで、リュウ。そういやお前ら、鳥居のとこで何をしてたんだ? まさか、これはお前らが何かしたのか?」


 ふと煌夜はここに至る経緯を思い出して、要因である竜也に問い掛ける。もし、この摩訶不思議な仰天現象が企画されていたことならば、是非説明して欲しいところだった。

 しかし、竜也は当然のように否定する。


「まさか! ボクらは、鳥居のとこで花火でもやろうと思ってさ、その準備をしてただけだよ……そしたら、突然、本当に何の前触れもなく鳥居が光りだして――」

「――何か、儀式めいたことをした、とか?」

「してないってば! 本当に、心当たりがないんだ。あ、でも、強いて言えば、祭囃子が終わったタイミングだったかな? 鳥居が光りだしたのは」

「祭囃子の終わりねぇ……まぁ、それが可能性としては、最有力か?」


 物事には全て原因と結果、つまり因果がある。鳥居が突然光りだしたのも、何らかの原因があったからに違いない。それが現代社会の常識、鉄則である。その原因を解明できれば、鳥居の謎も、この世界のことも分かるはずだ。

 煌夜は顎に手を当てて、真剣な顔で考察する。

 しかし、あまりにも手掛かりは少ない。もっと神隠し山のことを調べないと分かりようもないだろう。

 煌夜はすぐにそう思い至り、思考をサクッと切り替える。

 考えても仕方ないことは考えず、いま出来ることをやる。それが煌夜の信条である。


(さて、この空間をじっくりと検分したい気持ちもあるし、宝を物色したい気持ちもあるが……サラたちのことを考えると、一旦戻らないと、だな)


 煌夜は携帯で時刻を確認する。そろそろ午後九時に差し掛かっていた。

 探索はここまでだろう。戻れるときに戻らなければ、手遅れになってからでは洒落にならない。

 携帯は当然のように圏外だ。閉じ込められたら、一巻の終わりである。


「……サラ、コタ、リュウ。とりあえず、今日はここから出るぞ」

「えー! ちょっと待てよ、コウヤ。このお宝どうすんだよ!」

「コタ、煌夜兄の言う通り、ひとまず出ようよ。いつ鳥居が消えるか分からないんだから、戻れなくなる前に戻ろう」


 駄々をこねる虎太朗を、すかさず竜也が窘めた。さすがに竜也は、煌夜が言わんとしていることを理解している。

 虎太朗はそれでも苦虫を噛み潰したような顔を浮かべたが、舌打ち混じりに、仕方ないか、と納得してくれた。

 ところで、サラは真剣な顔でまだ壁面とにらめっこしていたが、その背中をポンと叩くと、はい、と素直に頷いてくれた。


「よし、じゃあ、出るぞ。ほら、サッサと出ろ、出ろ」


 煌夜は、年長兼保護者の役割として、当然ながら一番後ろを歩く。忘れ物がないかの確認も怠らない。忘れ物――金の延べ棒一本くらいは持っていこうかな、と一瞬だけ邪な考えが頭を過ぎる。だがすぐに頭を振って、その煩悩を振り払った。一応、虎太朗が持っていこうとした宝も捨てさせている。


(なんか、嫌な予感がするんだよなぁ。宝を持って出ようとすると、何かが起きそうだし)


 煌夜の直感が、そう警鐘を鳴らしていた。その手の展開はお決まりだろう。宝を持っていることがフラグになって、モンスターが現れるとか、出られなくなるとか。

 煌夜は、軽やかに階段を駆け上る三人の後ろを歩いていく。思いのほか、六十段の上り階段はきつかった。

 階段を上りきると、眩しい日差しが出迎える。気持ち焦りつつも鳥居を探す。


「鳥居、が――――ある!」


 真正面に変わらず建っている鳥居を目にして、煌夜は安堵の吐息を漏らした。当然、鳥居の先に見えるのは、夜の神隠し山の森である。

 ふぅ、と額の汗を拭っている煌夜を尻目に、サラ、竜也、虎太朗の順で、鳥居の中に入っていった。煌夜もすかさず後を追う。

 特に何の問題なく、四人は元の世界にこうして戻ってきた。

 身構えていたのが恥ずかしくなるほどあっけなく戻ってこれて、煌夜は何も起きなかったことが逆に空恐ろしく感じた。

 しかし、何も起きないことに越したことはない。警察の存在と同じである。


「みんな――無事だよな?」

「うん、わたしは大丈夫だよ。コタとリュウは?」

「俺も問題ねぇよ。チッ、宝持ってきたかったぜ」

「ボクも大丈夫……かな。特に異常はないよ?」

「――よし! じゃあ、とりあえず天見園に戻ろう」


 誰も減っておらず、また増えたりもしていないことを確認して、パン、と拍手を打つ。そして、煌夜はゆっくりとみんなに目配せする。みんなも声を揃えて頷いた。

 その瞬間――煌夜の携帯が鳴った。

 ビクッとして慌てて携帯を見ると、画面に表示されている名前は『東千鶴』だ。天見園の住み込みスタッフで、みんなのお姉さん的存在である。

 煌夜は慌てて携帯に出る。


「もしもし、千鶴ねぇ、どうし――」

「――コウくん、いま何時だと思ってるの!」


 煌夜が携帯を耳に付けた瞬間、キーン、と耳鳴りがするくらいの大絶叫が響いてくる。漏れた音に、サラたち三人は苦笑している。

 時間は九時を少し過ぎていた。遅い時間とはいえ、まだ怒られるほどではないだろうと思ったが、反論しても仕方ない。

 煌夜は口答えせず即座に謝った。


「ごめんよ、千鶴ねぇ……夢中になってて、遅くなったよ」

「もう! コウくん一人だけならいいけど、今日はサラちゃんもコタくんもリュウくんもいるんだよ? 遅くなるようなら、連絡してって言ったでしょ!?」

「うん、ごめん、ごめん。忘れてて」

「――それに、どうして携帯の電源も切っちゃうの? リュウくんの携帯にも繋がらないし……心配になっちゃって」


 突然、電話口でグズグズとすすり泣く声が混じってくる。相変わらず千鶴は泣き虫である。その泣き声を聞いて煌夜は焦った。泣いた千鶴は非常に面倒くさい。


「あー、携帯はちょっと電波がないところに居てさ……」

「いま居るのって、神隠し山でしょ? あそこなら電波はバリサンでしょ? 何? それとも、どこか違うところに居るの?」

「いや……あー……説明すると、長くなるんだが」

「説明しなさいっ! いまっ! ちゃんと、詳しく!」


 怒涛の勢いで口撃してくる千鶴に、煌夜はタジタジになりながら、救いを求めるようにサラたちに視線を向けた。すると、手持ち無沙汰だった虎太朗が、何か思いついたとばかりに悪戯っ子の顔を見せる。あれは悪巧みしているときの顔だ。


「おい、コウヤ。千鶴ちゃんを説得するための材料を持ってくるぜ!」

「――あ、ちょっと、コタ! 煌夜兄、すぐに連れて戻るよ」

「な! 馬鹿野郎――」

「え? 馬鹿野郎? わたしは野郎じゃありませんっ! コウくん、ちゃんと話聞いてるの!?」


 ああもう、と絶叫したい気持ちを抑えて、煌夜はふたたび鳥居の中に入っていった虎太朗と竜也の背中をただ見送った。

 二人を追いかけたいが、鳥居の中では携帯は使えない。

 ここで千鶴との電話を中断すると、話がこじれること必至である。煌夜は諦めるしかなかった。


(まあ、竜也が一緒だから問題ない、はずだが……)


 ガミガミ、とデットヒートしている千鶴の言葉を曖昧に受け流しつつ、オロオロしているサラの頭を優しく撫でた。サラは心配な顔で俯いたが、力強い瞳で虎太朗たちが消えていった小屋のほうを見詰める。


「コウくん、いい? コウくんは年長者といえど、まだ未成年なんだよ? そりゃ、まだ遅い時間じゃないけど……」

「うん、うん。分かってるよ」

「何が分かってるの? そういう適当なこと言ってるから……」

「うん、うん。分かってるよ」


 おざなりに返事を繰り返すこと何度か、しかし一向に虎太朗と竜也は戻ってこなかった。


(――おかしいぞ。もう十分以上経っている。宝を持ってくるにしても、行って戻ってくるだけなら、五分もあれば充分なはず、だが……)


 そう考えたとき、煌夜の中で嫌な予感が膨れ上がった。そんな煌夜の心配は等しくサラも感じており、さっきからチラチラ煌夜と鳥居の中を交互に見て、どうしようかと逡巡している。

 サラのそんな様子を見て、そして焦りで混乱していた煌夜は、冷静なときなら決してしない判断を下した。

 それが最悪手であることに気付くのは、何もかも終わった後のことである。


「……サラ、すまん。アイツらを見てきてくれ」


 こうなっては仕方ない、と煌夜は囁きながらサラの背中を押して、片手を上げて頭を下げる。サラは、任せて、と頷いて鳥居の中に入っていく。


「コウくん。いい? わたしが言いたいのは、こんな遅い時間まで、サラちゃん、■■くん、■■■くんを……アレ?」

「ん? え? 何?」

「…………だから、サラちゃん、たち――ん? アレレ、サラちゃん、だけ? なら、別に……んん? わたし、何でこんなにコウくんを怒って……」


 そのとき突然、千鶴の台詞にノイズが混じり、何を言っているのか聞き取れなかった。電波が遠いのか、と煌夜は鳥居から少し離れる。会話がいまいち不明瞭である。


「えと……つまり……んん? ■■ちゃん、って? あ、あれ? わたし……どうして、コウくんに電話を……?」

「千鶴ねぇ、千鶴ねぇ。いきなりどうしたんだ? 大丈夫か?」


 神社に通じる道まで戻ると、電波状況は改善されて千鶴の声はクリアになった。だが、千鶴はどうしてか混乱の極地だった。意味不明な自問自答をしつつ、戸惑っている様子が煌夜に伝わってくる。

 何だ、と眉根を寄せる煌夜にそのとき、千鶴は決定的に不思議なことを口にした。


「――あ、コウくん。それで結局、今日は何時頃帰ってくるの? いま一人でしょ? 園のみんなも心配するから、早めに帰ってきてよ」

「は? ん、と……え? 一人って、どういう意味?」


 突如、何の前触れもなく、先ほどまでの怒りはどこへやら、まったく平然といつもの調子で、千鶴はそんなことをのたまう。いまは確かに、鳥居の中に虎太朗たちが行ってしまって、この場には煌夜一人きりになっているが、それにしては言い方がおかしかった。

 そしてさらに、千鶴は煌夜の返事に対して怪訝な声で問い返してくる。


「どういう意味も何も……アレ? なぁに、友達と一緒なの?」

「いや……違う、けど……」

「あ、じゃあじゃあ、彼女さんと一緒とか?」


 からかうような調子で、千鶴は楽しそうにそう言う。煌夜はその言葉にいっそう眉根を寄せて、クエスチョンマークを浮かべる。話が通じていない。


「いや、えと……リュウとコタ、サラと一緒に夏祭りに来てたんだけど?」

「んー、リュウくん? コタくん? サラさん? 学校のお友達かな? ま、でもそっか、分かったわ。みんなには遅くなりそうって言っておくね」

「…………ちょっと待って千鶴ねぇ。それはどういう意味?」


 煌夜の脳内で警鐘が鳴り響いていた。まさか、という思いがその視線を鳥居のほうに向けさせる。木々に隠れてよく見えないが、鳥居はまだ薄く光っていた。

 しかし、ドクン――と、大きく心臓が高鳴った。

嫌な予感が、最悪の想定が、脳裏を過ぎった。二人を迎えに行ったサラが、いまだに姿を現さない。

 煌夜は足早に鳥居の前に戻ってくる。そこには、淡い光を放つ鳥居と、鳥居の向こうに見える――神隠し岩の絶壁だけがあった。



※前書きを後書きに移しました。また後書きを編集しています。


プロローグ中編。

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