第十五話 子供攫い
日がどっぷりと暮れてそろそろ夜の帳が下りる頃合になり、ようやくアジトにベスタが姿を現した。
煌夜は、やっとか、と大きく伸びをしてから、丸まって寝転がるタニアの肩を揺すって起こす。
タニアは、んにゃあ、と可愛らしい声を上げて、大あくびしながら身体を起こした。首を二度三度と回すと、すっかりその顔は元気いっぱいだ。
タニアは寝起きも寝付きも物凄く早く、短時間の睡眠でも充分に休息が取れる体質らしい。若干羨ましいと思う煌夜である。
ベスタは相変わらずの無表情で、バーカウンターの席に座る。すると、エプロン姿の女性――ロイラが、よく冷えたミルクを目の前に置いた。
それを一口飲んでから、ベスタが身体を反転させて、ソファに身体を起こしているタニアと向かい合う。
「遅かったにゃ、ベスタ。待ちくたびれちゃったにゃ」
「――あの後、東地区の治癒魔術院にも行ったからな。だが、無駄足だった。残念ながら、あの子供は二人とも死んだよ。Sランク程度の治癒術師じゃあ、癒せなかった」
ベスタは無感情にそう言って、ミルクを全部飲み干した。口元が白くなったのを豪快に拭うと、疲れたように溜息を漏らす。
ベスタの台詞に、その場にいる五人の【奴隷解放軍】は、全員が悲しそうな表情を浮べて黙祷するように目を伏せた。煌夜もそれを聞いて苦い気持ちになる。
しかし、タニアはけろりとしたまま、関係ないとばかりに話を始めた。
「にゃぁ、ベスタ。早速で悪いんにゃけど、【子供攫い】とやらの情報を教えて欲しいにゃ。ここの連中は、まったく役に立たにゃかったにゃ」
タニアはジロリと、その場にいる五人を一瞥する。
五人は聞こえていない振りで、目を伏せたまま沈黙していた。確かに、五人は誰も【子供攫い】と呼ばれる奴隷商人の情報を持っていなかった。
ベスタはそれに対して、ふん、と鼻を鳴らしただけで答えない。
「……ベスタ、もう日が暮れたにゃ。取り逃がした【子供攫い】を追うにゃら、急いだ方が良いと思うにゃ。サッサと説明するにゃ」
タニアは強い口調で、その威圧に殺意を混める。けれど、ベスタはそれをまるで意に介さず、黙祷するロイラの肩を叩いて、空になったグラスにもう一度ミルクを入れさせた。
しばしその場に不穏な空気が流れる。
すると、隻眼のガルム族――ゲイルが、その空気に堪えかねたか、ベスタに言った。
「リーダー、タニアがくれば百人力でしょう。しかも、聞いた話、連れのこの人族は、タニアのボスで、その実力も凄まじいって話です。信じて、子供攫いのこと、話してくださいよ」
「その前に、我にその人間が何者か説明するのが先だろう、タニア。我はタニアの実力は知っているが、その少年の実力はおろか素性も知らない。得体の知れない人間とは手は組めん」
「……相変わらず強情にゃ」
ベスタの鋭い睨みに、タニアは呆れた顔で溜息を漏らす。
「にゃあ、ボス。どうするにゃ?」
「……どうするって、何が?」
「コウヤの事情をどこまで教えるかってことにゃ……ヤンフィ様の考えを聞きたいにゃ」
タニアは煌夜の耳元に顔を近づけて、ボソボソと内緒話をする。
煌夜は、ああ、と納得して、休んでいるヤンフィに心の中で語り掛けた。
(……ヤンフィ、ヤンフィ。どうする、っていうか別に事情を説明していいよな?)
煌夜の問いに、しかしヤンフィは無言のまま、煌夜の身体の主導権を奪った。
「のぅ、ベスタ。妾が何者であろうと、汝には関係あるまい……ただ、裏切りはないとだけ、断言してやろう。そも妾は、この世界に来てまだ二日しか経っておらぬのじゃ。汝が何を危惧しているかは知らぬが、それは杞憂じゃよ」
煌夜の声で、ヤンフィはベスタに言い切る。タニアは、その発言を聞いて、何かを察したようで、納得したように頷いていた。
ところがベスタは、いっそう険しい顔になって殺気じみた重い空気を放ち出す。
「――タニア。この少年は信用できるのか?」
「あちしより信用できるにゃ。そして、あちしより有能にゃのを保証するにゃ」
「…………」
ベスタは沈黙してしばし空気を重くした。そして、周囲がその重苦しい空気に慌て出した頃、唐突にフゥと殺気を解いて、注がれたミルクを一気に飲み干す。
周囲の五人は、安堵の吐息を漏らしていた。
ベスタはミルクを飲んで落ち着くと、立ち上がり煌夜の前までやってきた。すると、煌夜の鼻先に右手が突き付けられる。
それは握手を求めているのだろうが、ずいぶんと好戦的な握手の求め方である。しかし、握手を求められたということは、ひとまず共闘してくれるのだと解釈できる。
煌夜はそのことにひとまず安堵するが、ヤンフィはその手を素直に握ったりはしなかった。平然とした顔で、ペシと右手を叩く。
「互いに利用するだけの関係じゃ。妾は奴隷商人の撲滅に手を貸す。汝はそんな妾を巧く使う。それ以上に馴れ合いは不要じゃ」
「――たいそうな物言いだが、使い潰されても文句は聞かないぞ」
「それくらいの気概で使うが良い。文句は云わぬ」
まさに喧嘩腰で、ベスタはヤンフィとしばし睨み合う。また重い空気と沈黙が流れる。
やがて、ベスタが根負けしたように息を吐いた。そして、そのまま部屋から出て行こうとして、タニアに肩を掴まれて止められる。
「にゃにゃにゃ、どこ行くにゃ……サッサと【子供攫い】の説明をするにゃ」
「タニアと少年は、オルドたちのところに宿を取っているのだろう? もう晩飯の時間だ。宿で食事しながら話そう」
ベスタがチラリと、視線だけで他の五人の様子を窺った。
その一瞬の仕草で、ヤンフィはベスタの意図を察する。念の為と、ヤンフィも五人を一瞥してから、納得したように頷いた。
「……ふむ、そう云うことか――タニアよ、ベスタの言う通りにするぞ」
ベスタの肩を掴んでいたタニアが、にゃ、と首を傾げる。ヤンフィは煌夜の意思を無視して、その場から立ち上がる。
宿に戻るのか、との煌夜の問い掛けには、うむ、と答えて、ヤンフィはベスタの隣に並んだ。
「――ところで、少年よ。我は、少年をどう呼べばいい?」
「コウヤじゃ、アマミコウヤ。コウヤと呼んで差し支えないぞ」
ヤンフィはそう言ってから、首を傾げたままのタニアの尻を豪快に鷲掴んで、行くぞ、と顎をしゃくった。しかし、その手は煌夜の手である。
タニアは、にゃにゃにゃ、と慌てて煌夜の手を払い除けると、赤面顔でお尻を押さえながらヤンフィに恨みがましい視線を送る。そんな視線を涼しい顔で受け流して、もう一度、顎をしゃくる。
ちなみに、タニアのお尻の感触はプルンと弾力がありそれでいて柔らかく、尾てい骨辺りに短い尻尾の手触りがあった。
「……分かったにゃ、行くにゃ。確かに、そろそろ腹が減ったにゃ」
「おい、ゲイル。我は、次の定時連絡の時に顔を見せる。それまでは、情報屋から情報を集めておいてくれ」
ベスタの言葉に、隻眼のゲイルが敬礼する。すると、ロイラ他三人も遅れて敬礼して、ベスタたちを見送ってくれた。
いちいち仰々しいな、と思いつつも、煌夜はヤンフィと身体のコントロールを交換して、そのビルから出る。
「にゃぁ、にゃぁ、ベスタ。宿に向かうのは賛成したけど、にゃんでわざわざ場所を変えるにゃ? さっきのアジトじゃにゃんで駄目にゃ?」
オルド三姉妹亭へと戻る道すがら、隠れ家から1キロほど離れた辺りで、タニアがベスタに問い掛ける。
ベスタは後ろを歩く煌夜にチラと視線を向けてから、それからタニアの顔を見て、平然と質問を無視する。
「――隻眼の男、ゲイル。彼奴じゃろう?」
ベスタの沈黙に、ヤンフィが煌夜の声で答えた。いきなり喋りだしたので、煌夜は内心びっくりする。
その台詞に、タニアが煌夜に振り返って、にゃんにゃ、と不思議そうな顔を見せた。一方で、その隣のベスタが心底驚いた顔を浮べている。
「恐ろしく察しが良いな――まぁおそらく、そうだろうな」
「にゃにゃ? どういう意味にゃ?」
「彼奴は何者かの手先のようじゃ。【子供攫い】とは関係なさそうじゃが、その動向を妾たちとは別に探っておるようじゃ。ベスタが情報を言い出さなかった時、一人だけ感情が激しく揺れていた。焦りと困惑、そんな色じゃった」
「ああ、にゃるほど。内偵者、裏切り者ってわけかにゃ……まぁ、そっか。【奴隷解放軍】って言っても、ベスタ一人が立ち上げたもんだしにゃぁ。一枚岩ってわけじゃにゃいもんにゃぁ」
タニアは腕を組んで頷く。そんなヤンフィの台詞に、ベスタはいっそう感心する。そして同時に、なるほど、と納得もしていた。
「……コウヤの特殊能力は、感情を読み取る能力か。かなり強力そうだな」
「そうじゃ。じゃがあまり喧伝してくれるなよ。警戒されると、それだけ使い難くなる能力じゃ」
しれっと即答したヤンフィに、ベスタは頷いていた。
それは真っ赤な嘘である。しかし、ベスタは素直に信じていた。おいヤンフィ、と煌夜が呆れて心で突っ込みを入れようとしたとき、タニアが口を挟んだ。
「にゃぁ、ベスタ……裏切り者を殺さにゃくて良いのかにゃ?」
「ああ? ああ、泳がせている。それに、宿に着いたら説明するが、子供攫いはタニアたちに任せることになる」
「……どういう意味にゃ?」
落ち着いてから説明する、とベスタはそれきりその話題を止めて、タニアに、今までどうしていたのか、と訊ね始める。
タニアはその問いに渋面を浮べつつも、経緯を話し始めた。
そんな二人の少し後ろを歩きながら、煌夜はヤンフィに改めて突っ込みを入れる。
(なぁヤンフィ、何でさっきはあんな嘘を……というか、俺に特殊能力ってあるのか? 全然実感ないんだけど?)
煌夜は問い掛けながら、そういえばウールーにも特殊能力のことを指摘されていたことを思い出す。ウールーは言っていた『異世界人は例外なく超常の異能力を発現させる』――と。
煌夜は期待に胸を膨らませながら、ヤンフィの答えを待つ。
しかし、ヤンフィは溜息交じりに答えた。
(残念ながら、コウヤよ……特殊能力は本人しか自覚できん。妾にはコウヤの能力が何であるかは皆目見当が付かぬ。じゃが、発動型ではないじゃろうのぅ。発動させる類であれば、脳裏に知識として刻まれるはずじゃ。じゃが、それがないということは、少なくとも常時発動型の類であり、目に見えぬ影響を、周囲か自分に及ぼす能力と推測できる)
(…………常時発動型って、つまりは強運とか、そういう類ってこと?)
(さぁのぅ? ああ、じゃが、タニアが【鑑定の魔眼】を極めておれば、コウヤの特殊能力も分かるじゃろう)
(え? タニアなら、分かるのか?)
ヤンフィの説明で若干がっかりした煌夜だったが、タニアならば特殊能力が分かると聞いて、再び心を躍らせる。
しかし、ヤンフィは、丁寧に説明を続けてくれる。
(分かるかどうかは分からぬ――【鑑定】に限らずじゃが、【魔眼】と呼ばれる能力は、使えば使うほど強力に成っていく。鑑定の魔眼は究極の領域に至れれば、対象のあらゆる能力が数値で読み取れるようになり、保有する能力を覗き見ることも可能じゃと云う)
そこまで至っておるとは思えぬが、と続けてから、ヤンフィは言葉を切った。視線がヤンフィにより前方に向けられる。
ふと意識を視線の先に向けると、見覚えのある豚みたいなチビでハゲの男が、六人のゴツイ黒服を従えて、通りを真正面から歩いてきていた。
それに気付いて、タニアがトテトテと煌夜に寄って来る。タニアは、指示をくれと言わんばかりに上目遣いを向けてきた。
ベスタはそんなタニアを見て、どうしたのか、と不思議そうに首を傾げる。
「……タニアよ、妾が欲しいのは彼奴の購入した奴隷じゃ。今、彼奴を殺したとして、その奴隷は手に入るのか?」
「難しいと思うにゃ。今連れていにゃいとこを見ると、もうどっかの隠れ家に搬送済みっぽいにゃ。そこを見つけ出さにゃいと、殺しても無駄にゃ」
「ならば、仕方ない……とりあえずやり過ごすかのぅ」
ひそひそ話をするタニアとヤンフィを尻目に、チビハゲの男はベスタの前で立ち止まり、蔑むような視線を向けていた。
応じるように、ベスタも男に氷のような冷徹な視線を向ける。
「これはこれは、粛清の……こんなところでどうかしたのかな? また、小生の仕事を妨害する悪巧みでも計画しているのかね?」
「黙れ、ゴライアス。我はいずれ貴様の奴隷供給ルートを潰す。それまでせいぜい首を洗って待っていろ」
「おお、怖い怖い――それでは、ごきげんよう諸君」
ベスタとチビハゲの男――ゴライアスの二人は、かなり仲が悪いようである。二人は一触即発の空気を放ちながら、しかし睨みあう以上は何もせず、互いに黙って離れていった。
それを見送ってから、誰ともなしに三人は宿に向かって歩き始める。
「なぁ。ベスタは、アイツと知り合いなのか?」
それは煌夜の質問である。
ベスタは嫌な顔を浮べてから、知らなくはない、とつっけんどんに答えた。ベスタのその回答に苦笑して、タニアが簡単に補足説明してくれる。
「アイツは、銀楼館の専属奴隷商人たちを束ねている存在にゃ。だから、ベスタの粛清対象にゃ」
「……だが、その奴隷商人たちの実態が掴めない。ゴライアスを粛清しても、子飼の奴隷商人たちが無事では、まったく意味がない」
ベスタは砂を噛んでいるように渋い顔で言った。そういうことにゃ、とタニアは頷き、話はそれで終わる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
深夜と言うには些か早く、しかし夕食時にしては遅いこの時分、【オルド三姉妹亭】はかなりの繁盛をしていた。
座席はカウンターも含めて全て満席。
既に地べたで寝転がっている酔っ払いもいて、人族とガルム族が宴もたけなわとばかりに騒いでいた。
「満席、か。しばらく立ち寄っていなかったが、だいぶ繁盛しているようだな、タニアよ」
「にゃにゃにゃ、これは困ったにゃ。想定外だったにゃ」
店内の入り口に立って困り顔を浮べていたタニアに、ちょうどその時、料理を運んできたウールーが気付いた。
慌てた様子でタニアに寄ってくると、煌夜にも丁寧に頭を下げる。
「お、お帰りなさいませ、姫様。申し訳ありません、ただいま満席でして……」
「それは見て分かるにゃ――んにゃぁ、じゃあどうするかにゃ」
「しばらくお待ち頂ければ、そこのテーブルを空けますので――」
畏まった様子のウールーは、人族六人が楽しそうに飲み食いしている大テーブルを指差した。
彼らは今まさに食事を食べ始めたところだが、それを無理やりどかすと言う。タニアはそれを聞くと、にゃらそれで、と満足げに頷いていた。
煌夜は信じられないと目を細める。
ウールーの発言は接客をしている者にあるまじき発言であるし、タニアも自分勝手すぎるだろう。とはいえ、煌夜がそれを口に出すことはなかった。
ウールーは笑顔でそのテーブルに向かう。その手にはいつの間にか握り締められた包丁が光っている。
「――お止めなさい、ウールー。お帰りなさいませ、コウヤ様、タニア様。それと、お連れの方は……もしや【粛清のベスタ】様で?」
ウールーがテーブル席の客に脅しを掛けようとした瞬間、それを間一髪でオルドが止めた。
オルドはエプロン姿で食事を運んでおり、ウールーが襲おうとしたテーブルに食事を置くと、煌夜に近寄ってきた。
ベスタはオルドの全身を怪訝な瞳で眺めてから、ふん、と鼻を鳴らして無言のまま腕を組む。それを見てオルドは苦笑した。
「コウヤ様、タニア様。それとお連れの方も……申し訳ありませんが、食堂は満席ですので、お食事でしたらコウヤ様のお部屋までお持ちしますよ」
にっこりと、癒される笑みを煌夜に向けてオルドは丁寧に頭を下げる。
その台詞を聞いていたウールーは、納得いかないとばかりに難しい顔で、どうしてか煌夜を睨みつけている。手に包丁は握ったままなので、割と怖い光景である。
「ああ、それいいにゃ。じゃあ、コウヤの部屋で作戦会議にゃ……いいかにゃ、ベスタ?」
「――我は構わんが、コウヤはいいのか? コウヤの部屋だろう?」
「俺は大丈夫、って言うか、一泊しただけの部屋だし」
そうか、とベスタは頷いて、先導するタニアに続いて階段を上っていく。
煌夜はベスタが何に遠慮したのか疑問に思いつつ、オルドとウールーに頭を下げてから、部屋に向かった。
ちなみに、アールーの姿は食堂にもカウンターの奥にある厨房にもいなかった。と言うことは、満席の客を全てウールーとオルドだけでさばいているということになる。
よくも二人だけであれだけの客をさばけるな、と煌夜は同じ飲食店従業員として心底感心していた。
煌夜に宛がわれた最上級の部屋にやってくると、一足先に入っていたタニアがリビングの床に胡坐で座っている。その正面のソファには、何の遠慮もなくベスタが座っていた。
煌夜は部屋の扉を閉めて、とりあえず二人の真ん中辺りに椅子を持ってきて座る。
これでちょうど、三人の位置関係は三角形を描く形になる。
「さてとりあえず、タニアよ。改めての確認だが、我に協力してくれるというのは本当か?」
「くどいにゃ。あちしはボスの決定に従うにゃ――つまり、あちしとコウヤは、この街の奴隷商人を撲滅させるまでベスタに付き合うにゃ」
タニアは力強く断言してから、煌夜に視線を送る。
それはおそらく、ヤンフィに対しての確認だろう。しかし当のヤンフィは煌夜の中でまったくの無反応だったので、とりあえず煌夜が頷いておいた。
「分かった。信用しよう。使い潰す気で、利用させてもらうぞ?」
ベスタはタニアの答えに満足してから、煌夜に向かって確認してくる。それには、ヤンフィが反応した。
「使い潰せるモノならやってみるがよい……それよりサッサと、本題に入れ」
売り言葉には買い言葉で応じるヤンフィの性格に苦笑して、煌夜は申し訳なさそうに頭を下げる。その言葉と態度がちぐはぐな様を見たベスタが、怪訝な顔を浮べる。
「本題に入る前に、少しだけ訊かせて欲しい。さっきからそうだが……コウヤは二重人格か何かか? ちょくちょく話す言語が変わっている。しかもその言語のうち、聞いたことのない言語の方は、統一言語だろう? いったい、どういうことだ?」
「……タニアよ。ベスタは信用出来るのかのぅ?」
「あちしと同じくらい信用できると思うにゃ」
ヤンフィの問いにタニアは即答で頷く。その台詞を聞いて、ベスタは苦笑する。
「――我への意趣返しのつもりか? 好青年に見える割りに、性格が悪いな」
「汝と同じで用心深いだけじゃ。さて、ベスタの問いには、一つだけ答えよう。妾は二重人格のようなモノじゃ。主人格がコウヤで、副人格が妾じゃ。妾の名はヤンフィと云うが、どちらの人格が表面化していようとコウヤでいい。呼び分けるのは面倒じゃろう?」
ヤンフィは不敵な笑みを浮べると、ほれ、と大きく手を叩いた。
煌夜の話はそれで終わり、とヤンフィは無言のまま語っていた。仕方ない、とベスタは苦い顔で頷いた。
(……なぁ、ヤンフィ。いや、いちいち口を挟むのはアレだけどさ……どうして、俺の素性を隠すんだ? 別に、オルドたちには説明したじゃん)
(ベスタは、何かを隠しておる。奴隷解放を謳っておるが、その実、別の目的があるように思える。それと――これは杞憂であって欲しいが、コウヤのことを探っておる節があった)
(探る……? え? そんな場面あった?)
(妾も確証あってのことではない。じゃから、万が一を考えて、不要な情報は教えぬがいい)
ヤンフィの言葉に納得は出来なかったが、ちょうどベスタが重い口を開きだしたので、煌夜は話を中断する。
「それでは、本題に入ろうか。【子供攫い】のことだが……奴らの拠点は、そもそもこの街【アベリン】にはない。奴らは、奴隷の行商人だ。各地を回りながら、子供を誘拐して、それを別の街で奴隷として売っている。奴らの行商範囲は【城塞都市アベリン】と、【鉱山都市ベクラル】、【湖の街クダラーク】などだ」
「にゃにゃにゃ!? そんにゃ距離を子供連れで、どうやって移動してるにゃ!?」
「奴らの仲間に、時空魔術を操る魔術師がいた。子供はその時空魔術で作った檻に入れられて運ばれている」
ベスタの言葉に、タニアは驚愕していた。ヤンフィも感嘆の声を上げている。
今の台詞のどこが驚くところか分からず、煌夜は首をひねった。するとヤンフィがすかさず補足する。
(時空魔術は、全属性の中で最も難しい魔術じゃ。神秘魔術とも呼ばれ、行使するには治癒魔術よりも稀有な才能が必要になる。それを操るだけではなく、子供何人かを格納する檻を作るとは……かなり高位の魔術師だろうな。強力な相手のようじゃ)
一方、驚愕していたタニアだが、しばらくすると合点がいったと手をポンと叩いた。
「にゃるほど。だから、追い詰めたのに取り逃がしたにゃ……手強そうにゃぁ」
タニアは手強そうと言いつつも、ニンマリと嬉しそうな笑みを浮べていた。そんなタニアに、ベスタは神妙な顔で続けた。
「【子供攫い】は、我の襲撃を受けてすぐさまこの街のアジトを引き払った。各門を見張っている【奴隷解放軍】の情報では、その後、馬車で【ベクラル】の方角に逃げて行ったと聞いている。タニアとコウヤは、明日の朝一番でアベリンを出発して、子供攫いを追って欲しい。そして子供攫いを見つけたら、奴とその拠点を丸ごと潰してくれ」
ベスタの依頼に、タニアが煌夜を注視した。その視線を受けて、ヤンフィがベスタに問う。
「……子供攫いを追って潰すのは引き受けよう。じゃが、そうなると、このアベリンにいるほかの奴隷商人たちはどうする?」
「それはもとより我の粛清対象だ。子供攫いの憂いさえなければ、銀楼館の尻尾を掴むことに集中できる」
「何故、汝が行かない? 妾たちよりも、情報網を持っているのじゃないのか?」
「――我はこの街から離れられない。かといって、我と同じかそれ以上の強者でなければ、子供攫いを潰すことは出来ない。そういう意味では、タニアとコウヤはまったく良いタイミングだ。正直、非常に助かる」
ベスタは無表情に答えて、ジッとヤンフィを見る。ヤンフィは顎に手を当てて思案顔を浮べると、しばらくしてから頷いた。
「二つ、汝に頼みたいことがあるが……どうか?」
「内容による。我は暇ではない」
「一つは、この童たちを探して欲しい。見つけたら、無傷で助け出してくれ」
ヤンフィは竜也、虎太朗、サラの写った記憶紙を手渡すと、頼むと頭を下げた。煌夜もそれには同調して、頭を上げてからもう一度頼み込む。
ベスタはその必死さに疑問符を浮べていたが、ああ、と短く頷いてた。
「もう一つは、このラガム族の娘を助け出して欲しい。今日、ゴライアスとかいう豚に落札された奴隷じゃ」
「ラガム、族……だと?」
「にゃ!? ま、まさか、ボス……このラガム族が、仲間候補にゃのか?」
ヤンフィはその場で記憶紙を作成して、煌夜が恥ずかしくなるほど精密な少女の下着姿を描き出す。それを見せると、ベスタとタニアは信じられないものを見る眼でヤンフィを見た。
「なんじゃ、それがどうした? 汝らならば、ラガム族はそれほど珍しい存在ではないじゃろう?」
タニアとベスタのその視線に、ヤンフィは一瞬だけたじろいで反論する。
タニアはそれを聞いて呆れた顔で溜息を漏らすと、仕方にゃい、と呟いてから、唖然としているベスタに手を合わせて頭を下げた。
「にゃあ、ベスタ――この通りにゃ。ボスのお願いを聞いて欲しいにゃ。ラガム族とはいえ、ゴライアスに落札されてるから、急ぎ目で助けにゃいと壊されるにゃ。ついでに、あちしたちが戻ってくるまで、保護もして欲しいにゃ」
「…………まぁ、子供攫いを潰す報酬と思えば、安いか」
腕を組んで難しい顔をしたベスタだったが、タニアの真剣さを見て渋々と頷いていた。
(なぁ、ラガム族って、タニアたちガルム族となんかあんの?)
(知らぬ。妾の知る限り、そんな事情はなかったはずじゃが……妾の封印されている間に、何かあったのやも知れぬ)
ベスタが、分かった、と言って記憶紙を受け取ると、ちょうどそのタイミングで、部屋の扉がノックされる。
煌夜は立ち上がって扉を開けると、そこには、アールーがお盆いっぱいの食事を持って立っていた。
「――あ、失礼します。遅れましたが、お食事をお持ちしました」
煌夜を見て一瞬ビクッと硬直するが、アールーはすぐさま気持ちを切り替えて、丁寧に頭を下げつつ部屋に食事を運び入れる。
テーブルに置かれる食事はどれも胃袋を刺激する香ばしい匂いで、パッと見るとインド料理のような印象である。
サラダとスープ、不思議な肉の盛り合わせ、円盤状に焼かれたパンケーキみたいな食べ物、パスタみたいな料理があった。
テキパキと配膳を終えると、アールーはまた丁寧にお辞儀して部屋を出て行った。
すると突然、ヤンフィが煌夜の身体を使って後を追い、廊下に出ているアールーに無茶を叫んだ。
「おい、アールー。服の件じゃが、妾たちは明日の朝一番でここを出発することになった――明日、妾が起きる前までに一着用意しておけ。不可能であれば、手間賃は払わぬ」
「うえ!? 明日、ですか? …………ぐっ、は、い……畏まり、ました」
ヤンフィのその理不尽な命令に、アールーは憔悴しきった顔と声で頷いた。嫌がらせじゃないか、と煌夜はヤンフィを非難する。
(アールーが可哀想だろ。別に、服なんか特注で作って貰わなくても、売ってる服でいいぜ)
(うん? ああ、まぁ最悪それでも良いかのぅ)
(――おい? なら、なんでわざわざ作らせてるんだよ? 嫌がらせか)
(ふむ……じゃから、それこそが誠意じゃろう? 妾とコウヤを侮辱したことの許しを得ようと思えば、相応の罰を受けねばな)
トボトボと去っていくアールーの背中を見送りながら、煌夜はヤンフィのその台詞に背筋を寒くさせる。
まさか、と恐る恐ると問い掛ける。
(おい、ヤンフィ……お前、アールーに服を仕立てさせてるのって……今朝の暴言に対する罰のつもりか?)
(それ以外に何がある?)
けろりと答えるヤンフィに、煌夜は、性質悪ぃ、と思わず呟いた。
「――何をしてるにゃ、コウヤ? 飯がにゃくにゃるぞ?」
するとその時、廊下に顔を出して突っ立っている煌夜に、室内からタニアが声を掛けてきた。
煌夜はハッとして、すぐに部屋に戻る。見れば、ほんの少しの間で結構な量の料理が既に消費されていた。
煌夜はテーブルの前に座り、バイキング状態になっている料理を適当につまむ。
パスタみたいな料理は、食感がうどんで、味は辛味の利いた焼き蕎麦のようだった。しかし、かなり美味い。
「おい、コウヤ。お前ほどの精度で記憶紙は作れなかったが、これが子供攫いの風貌だ。それとこっちが、時空魔術の使い手――奴らは基本的に二人一緒に行動している。また、平然と子供を盾に使うような連中だ。油断すると、厄介なことになるだろう」
モグモグと食事の手を休めずに、ベスタがそう説明してくる。
同時に、手渡してきた二枚の記憶紙は、ピントが外れてぼやけた写真みたいだった。写っている男の顔はどちらも鮮明ではないが、その雰囲気はかろうじて分かる。
「にゃ? こいつ、どっかで見た覚えが……ん、でも、にゃんか違うにゃ?」
手渡された記憶紙のうち、子供攫いの方は、腰の曲がった老人だった。
灰色のマントを纏っており、木の杖を持って、ボサボサの長髪を垂れ幕のようにしてその表情を隠していた。マントの内側はくたびれたシャツとジーンズ、どこにでもいる村人風である。その腕には、どこか不気味に思える黒い腕輪を付けている。
もう一人の時空魔術の使い手の方は、青年に思える。
対比物がないので、身長がどれくらいかは分からないが、煌夜と同じく細マッチョタイプのスラリとした細身だ。子供攫いと同じく灰色のマントをして、同じ色のシルクハットをかぶっていた。
マントの内側はやはり子供攫いと同様、どこにでもいそうな特徴のない服装。そして、その相貌はピンボケしていても分かるほど美麗で無表情だった。
タニアは時空魔術の使い手の記憶紙を見て首を捻っていたが、少ししてすぐに興味を失い、食事に夢中になっていた。
煌夜もその青年の雰囲気にはどこか覚えがあったが、頭に靄が掛かったように、どこか遠い記憶で見たという感覚しかない。
となると、気のせいである。煌夜はまだこの世界に来てから三日と経っていない。
(…………此奴、もしや……いや、まあどちらにしろ、か……)
一方、ヤンフィが何か呟いたが、自己完結していたのでとりあえず煌夜はそれを無視した。
「あ、そうにゃ。にゃぁ、ベスタ……相談にゃけど……」
「タニアよ。すまんが、路銀は自腹で頼む。【奴隷解放軍】には、余分な費用はない」
「……にゃにゃにゃ……」
「で? 相談とは?」
「にゃんでもにゃいにゃ……」
食事の最中ふとそんな会話がなされて、タニアは非常に落ち込んでいた。それを横目に、煌夜は食事を続ける。
すると、不意にベスタが、ああそういえば言い忘れていた、と口を開いた。
「【子供攫い】のことだが……奴らが攫うのは、例外なく、十三歳以下の少年少女だけだ。そしてその手口は、どうやら幻惑魔術を使って連れ去るようだ。タニアは、その手の魔術に弱そうだから、気をつけてくれ」
「にゃにぃ……そんにゃことはにゃいにゃ。幻惑魔術だろうと、時空魔術だろうと、あちしの敵にはにゃらにゃいにゃ」
タニアは強気で豊満な胸を張る。プルン、と一揺れするその光景は、煌夜にとって眼福である。
けれど、それよりも『十三歳以下』の部分で、煌夜は過剰に反応する。それが事実ならば、やはり竜也たちが捕まっている可能性もありえる。
「――なぁ。その子供攫いって、攫った子供たちを売るだけか? 傷付けたり、洗脳したりとかはしないよな?」
煌夜の必死な質問に、ベスタは冷めた表情で頷いた。
「……子供攫いの商品は、美品な上、無調教であることで有名だ。欠損がある個体は扱わない。奴らは無傷で無垢な商品を、落札者に調教させる。だから、わずか数年でシェアを確立している」
ベスタの声は憎しみが篭っている。
煌夜もそれを聞いて胸糞が悪くなった。だが同時に、もし仮に竜也たちが捕らわれていても、無事であることは保障されるということだ。少しだけ安堵もできた。
「にゃあ、ちなみに……年齢にゃんてどうやって確認してるにゃ?」
「ああ――いま安価で【鑑定の魔眼】の複製が出回っていてな。子供攫いはそれに適合している。まぁ、タニアのように本物ではないから、鑑定できるのは基本的な四項目。名前と種族、年齢と魔力量の概算だけだがな……」
「それでも充分にゃ――今は、そんにゃの出回ってるにゃか」
ああ、と頷くベスタに、タニアはどこか悔しそうだった。
ちなみに、ヤンフィはその言葉にかなりの衝撃を受けているようだった。そんな技術が、なんて呟いて、それきり絶句していた。
「――――さて、ではそろそろ我は戻るとする。伝えるべきことは、一応伝えられたし、食事も堪能した」
しばらくして、料理の大半がなくなると、ベスタがそう言って立ち上がった。タニアは、にゃ、と片手を上げるだけでそれに答える。
ベスタは部屋の入り口に歩き出して、しかしふと振り返り、ジャケットのポケットから何かを出すと、タニアに向かって投げる。
タニアはそれを難なくキャッチした。
「――にゃんにゃ、これ?」
「貴重な連絡玉だ――対の玉を持つ者と念話ができる。範囲は、使用者の魔力量に比例するが、だいたい100キロ前後までは大丈夫だろう。タニアほどの者であれば、もしかしたら倍の200キロ範囲まで念話が出来るやもしれんが、その距離は我には無理だ。念のため渡しておくので、何かあれば連絡しろ。我も先ほどの依頼が成功すれば、連絡しよう」
「――にゃ!」
タニアは受け取った玉の表面を指でいじくりながら、元気良く答えた。それに頷いて、ベスタは部屋を出て行く。煌夜に対しては、特に何の話もしなかった。
バタン、と扉が閉まる音が鳴ると、途端に、ヤンフィが煌夜の声でタニアに尋ねる。
「のぅ、タニアよ。ところで、ラガム族とは何か確執でもあるのか? 仲間にすると云うた際に、だいぶ動揺しておったが……」
「んにゃぁ……まぁ、有名にゃ話にゃ。ずいぶんと昔のことにゃんだけど……ああ、そうにゃ。あちしも聞きたかったにゃ。ボスって、千年も生きてるのに、あんまり世の中に詳しくにゃいにゃ。確か、封印されてたって言ってたけど、どれくらい封印されてたにゃ?」
ヤンフィの質問に、タニアは質問で返してくる。ヤンフィはしばし無言になると、しかし苦笑交じりに問い返す。
「――のぅ、タニア。妾が自己紹介をした時、年齢は幾つと表示されたかのぅ?」
「1192にゃ。今が聖王暦680年にゃので、神魔暦3118年の生まれにゃ? となると、おそらく現存する最古の魔王属じゃにゃいのかにゃ?」
「ブ――ッ! 千百九十二、って、は? イイクニ作ろう鎌倉幕府?」
「……にゃんにゃ? どうしたにゃ、コウヤ?」
タニアの答えに、思わず煌夜が吹き出した。
気が動転して、歴史の語呂合わせが出るほどに混乱する。その様に心の中で苦笑して、ヤンフィは煌夜の口周りを丁寧に拭いながら、話を続ける。
「なるほどのぅ……であれば、妾は千年と少し封じられていたことになるのぅ。妾が封じられたのは、神魔暦3275年頃じゃ。そして、封じられている間は、ずっと暗闇の中におった。故に、世事には疎い。聖王暦なる暦も、初めて聞く」
「…………にゃんて言えばいいか分からにゃいけど、にゃるほど」
タニアはそれを聞いて、憐憫の視線をヤンフィに向けるが、それを一笑に付して、ヤンフィは続ける。
「で? ラガム族との確執の話じゃ……どうなのじゃ?」
「ああ、そうにゃ……えと、そういう事情にゃら説明するにゃ。今からおよそ五百年前にゃ。獣族と人族が互いの領土を巡って対立。ガルム族を中心とした獣族連合軍と、人族の連合国軍が全面戦争を起こしたにゃ。二十年続いたその戦争は、結局人族側の圧勝で終わり、その時に、純血の獣族はほとんど死滅したにゃ。また、その敗戦を契機にして、獣族は人族から蔑まれるようにもにゃったにゃ。そんにゃ中、ラガム族の王女が人族に嫁いだにゃ。その上、人族の軍と協力して、弱体化したガルム族の領土を奪い、瞬く間に全獣族の支配者とにゃったにゃ。それから、ガルム族とラガム族は確執があるにゃ。そんにゃ経緯があるから、ラガム族は裏切りの血筋とも呼ばれるにゃ」
なるほど、とヤンフィは納得している。他方、煌夜はそんな豆知識など頭に入らず、ヤンフィが千年以上も生きているということに、ひたすら衝撃を受けていた。
しかもその人生のうち、千年間はずっと暗闇の中だったと言う。それは計り知れない孤独であろう。
「……あ、ちなみににゃ。その後、百年ほどで、またガルム族は獣族の支配者に返り咲くにゃ。その際に、反旗を翻したラガム族の王族は根絶やしにされて、生き残った少数が世界のあちこちに移り住んだにゃ。そのせいで、いまもガルム族は、ラガム族に恨まれてもいるにゃ」
「なんじゃ、お互い様ではないか……とはいえ、その確執は大きいのぅ」
「そうにゃ。にゃので、あちしが良くても、さっきのラガム族が仲間を断る可能性が高いと思うにゃ」
タニアはそれで説明を終えると、再び残っている料理に手をつける。もはや煌夜は食事を終わらせているので、残りは全部タニアの分である。
さて、とヤンフィは大きく伸びをして、混乱中の煌夜に、心の中で語りかける。
(……コウヤよ。ちなみに、妾は封じられている間中、ずっと悪夢を見続けていた。それを汝が救ってくれたのじゃ――これで、少しは妾が汝に恩義を感じている理由が理解できたかのぅ?)
(……いや、まぁ、辛かったんだな……)
ヤンフィの感謝の言葉でハッとするが、煌夜は気の利いた台詞を返せず、ただただ同情をした。けれど、それをヤンフィは優しく笑う。
(コウヤよ。妾はいま辛くはない。あまり過去は気にするでない――まぁ、これからも宜しく頼むぞ。なし崩し的にじゃが、明日から、長旅になりそうじゃし……今宵はもうそろそろ休むことをお勧めしよう)
煌夜は静かに頷いて、ポリポリと頭を掻く。
確かに、急展開で疲れの取れぬうちに、今度は違う街への移動だ。体調を整えるためにも、今日こそはぐっすりと眠りたい、としみじみ思う。
(しかし……妾が立てた計画は悉く台無しになるのぅ。これはもう呪いやも知れぬ……)
そんなヤンフィの心の呟きを聞きながら、煌夜はタニアに眠る旨を伝えて、寝室に移動する。
ベッドに大の字になって、段々と更けていく夜を感じながら、煌夜は意識を手放した。