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神隠しに遭ったら、異世界に居ました。  作者: 神無月夕
第十二章 竜騎士帝国ドラグネス
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第八十九話 帝都オーラドーン/後編

 394を名乗る神種の乱入により、中途半端に食事が中断されてしまった煌夜たちは、そのまま食事を続ける気にもならず、マユミの案内に従って一旦は近場の宿屋に身を寄せた。


 上級の六人部屋を借りて、煌夜たちはリビングに集まっていた。


 中央のテーブルの上には、何故か394が胡坐を掻いて座っており、煌夜とヤンフィ、ディド、マユミはそれを囲むように、周囲のソファと椅子に腰掛けていた。

 394の姿はいま、白の聖騎士ワイトに追われていた時の格好――食事処に闖入してきた際の浅黒い少女姿で襤褸を纏っている。


「亜種よ。それで? コタロウヤチを知ってるのでしょ? どこに居る?」


 偉そうな態度で、テーブルの上から見下ろす視線をヤンフィに向ける。しかしそれをヤンフィは珍しく平然と流しながら、ふむ、と腕を組んで煌夜を見た。


「――コウヤよ。此奴をどうする? 妾としては、正直、完全に手に余る想定外じゃ、と認識しておる。しかし、下手に殺すも面倒じゃし、同行させるなぞもっての外じゃ」

「……? おい、亜種。ボクにも分かる言語を喋ってくれ」


 ヤンフィの言葉に、394が不愉快そうに顔を歪めていた。

 どうやら394には理解出来ない言語を喋っているらしいが、統一言語(オールラング)を修得している煌夜には何不自由なく聞こえている。


「どうする……っても、まずは事情を聞く方がいいだろ? 何で追われてたのか、とか。そもそもコタのことを知ってるのかを訊かないと――」

「――事情を聞いてからどうするか、と訊いておるのじゃ。好いか、コウヤ? 妾たちは現時点で、不測の事態に遭遇しておる。本来ならば、この神種と関わることなぞなかったのじゃ。じゃからこそ、此奴の事情如何に依らず、先に此奴の処遇を決めておくべきじゃ」

「は? え……と? いや、不測の事態なのは分かるよ? どうするか決めるのも重要だと思うけど……事情を聞いてからで、別にいいだろ? それこそ、状況が分からないんだから」


 ヤンフィが何を言わんとしているのか、煌夜には理解出来なかった。

 事情を聞いてから、全員と相談して方針を決めれば良いではないか、と思いながら、煌夜はディドとマユミに助けを求める。

 しかし二人は、煌夜の視線には目を合わせるが、キョトンとした表情で首を傾げる。


「あれ? え? ディドたちも、ヤンフィと同じ意見?」

「……コウヤ様。申し訳ありませんけれど、ヤンフィ様が何と仰ったのか、ワタクシ分かりませんでしたかしら」

「悪いな、コウヤ。私も、流石に魔神語(デモンラング)には精通していない」


 二人の回答に、煌夜はヤンフィを見る。すると、ヤンフィはやれやれと肩を竦めながら、口を開いた。


「コウヤ。妾は此奴に理解させぬよう魔神語を使用しておる。理由は、此奴に妾たちの事情を把握させたくないからじゃ――此奴は神種(しんしゅ)じゃ。神種とは、大いなる目的を達成する為だけに存在している個性のない精霊じゃ。妾たちとは決して、足並みを合わせることはない」

「……どういうことだよ?」

「此奴は『コタロウヤチ』を探しておる。もし此奴の探し人が、妾たちの探す『ヤチコタロウ』と同一であった場合、妾たちとは相容れぬぞ?」

「……すまん。もうちょっと噛み砕いて説明してくれないか?」

「――此奴は『コタロウヤチ』を『宿命の騎士』とやらに仕立て上げて、魔王属【魔獣ガオラキ】とやらを討伐させる、と云うておる。妾は魔獣ガオラキがどれほど強力な個体かは知らぬが、少なくとも妾より弱いことはあるまい。此奴の探し人がコウヤの弟であった場合、汝は弟を死地に送り込むつもりか?」


 ヤンフィの言葉に、煌夜は絶句する。()()()()()ヤンフィより強い魔王属を討伐させる、という衝撃的な説明に、目を何度も瞬かせる。

 それはすなわち、虎太朗に死ね、と言っているのと同義じゃないか――と、煌夜は強い批判の視線を394に向けた。

 だが394はそんな煌夜の心中なぞ知らんとばかりに、怪訝な顔を返して文句を口にする。


「さっきから、何の言語を喋っているの!? その響き、不愉快でならない!! ボクにも分かる言語を使ってくれよ! コタロウヤチのこと知っているんだろう? どこですか? ボクは使命を果たさないとならない! ボクを宿命の騎士コタロウのところに早く連れて行ってくれ!」


 何様なのか、と思うくらいに上から目線の命令形で、ヤンフィを睨み付ける。それを完全に無視して、ヤンフィは煌夜にだけ話しかける。


「妾としては、先ほどの騎士に此奴を引き渡すのが、最良と思っておる。此奴がどうして追われていたのか解らぬが、一緒に行動するのは危険過ぎる」

「……なあ、ヤンフィ様。話が白熱してるのは構わんが、私は不要だろ? その議論がどんな内容かは知らんが、議論に不要ならば、私は情報収集を兼ねて少し散策しておきたいのだが?」


 ヤンフィの回答を待たず、マユミがリビングから出ようとしながら首を傾げていた。

 チームワークとは何ぞや、と煌夜は内心思ったが、言ったところで無駄だし、そもそもチームワークがないのは元からか、と納得する。ちなみに、ディドも会話に参加していないが、煌夜の隣で動く気配はなかった。


「マユミよ。汝の主張は理解出来るが、ここから退席することは認めぬ――戻れ」

「……おっと。それは失礼、居た方が良いのか?」

「逆に問う。誰がこの場から不要と云うた?」


 ヤンフィは、どういう意図かは分からないが、マユミに対して強烈な殺意をぶつけて引き留めた。

 殺意を受けたマユミは反発もせず降参とばかりに両手を上げて、リビングの壁に背を預ける。立ったまま話を聴くようだ。


「亜種。そこの人族を引き留めたということは、ソイツがコタロウヤチの場所を知っているの?」

「――のぅ、神種よ。妾は汝の友でなければ、下僕でもないぞ? 何故に、汝の要望を叶えなければならないのか?」

「ボクの使命を教えただろう? ボクの使命は、宿命の騎士コタロウヤチを探し出して、魔獣ガオラキを滅ぼさせること。これは全人類の希望でしょう? 協力させてあげるのだから、泣いて喜ぶ以外の感情はないはずでしょう?」


 394が勢いよく断言する。しかし、その理論はとんでもなく自分勝手過ぎて、煌夜は唖然となるしかない。ここに居ないタニアも、割と超理論を披露することが多いが、それと比べても、ずっと意味不明な言い分だった。

 ちなみにその感想は煌夜だけではなく、ディドもマユミも同じだった。二人も明らかな呆れ顔で、溜息を漏らしている。

 一方で、ヤンフィだけが、想定通りのようで、すかさず反論していた。


「妾たちは魔獣ガオラキに興味なぞない。滅ぼさなければ人族が滅びる、と云われようとも協力する気にはならぬ。神種の感性で物事を語るでないわ」

「亜種の事情なんか知りません。ボクの使命が重要であることは理解出来るでしょ。そこで、キミたちの都合などボクには関係ない。キミたちはボクに協力すべきだし、しなければならないでしょ?」


 ヤンフィの反論に対して、一切の反論を許さぬとばかりの強い態度で394は言い返してくる。けれどそれは筋の通らぬ自己中発言でしかなかった。

 流石の煌夜もこのやり取りを見てから、394に協力しようとは思えなかった。


「――どうじゃ、コウヤ。此奴の云い分を聞いて、分かり合えると思うかのぅ? 足並みを揃えられると思うかのぅ? じゃから、サッサと捨てるべきなんじゃ。妾たちの事情も共有する必要はない」

「おい、亜種。ボクに分からない言語で喋らないでくれ!!」

「妾のオススメは何と云っても、先ほどの騎士に此奴を引き渡すことじゃ。此奴の事情を聞くだけ聞いて、サッサと捨てる。どうじゃ?」


 怪訝な表情を浮かべる394を無視して、ヤンフィは煌夜にそう問う。

 確かに、ここまでの自己中発言を聞いた後で、虎太朗を一緒に探すことは出来ない。いや、探すまでは一緒に行動したとしても、見付かった後に揉める未来しか見えない。

 394の言動からは、譲歩の気持ちなど一切感じられない。

 煌夜は神妙な顔になり、ヤンフィの主張を吟味した。とは言っても、他に何か妙案がないか考えたところで、良い案が浮かぶはずもなし――結局、厄介ごとをこれ以上抱える訳にはいかない、という結論にしかならなかった。


「……まぁ、ヤンフィの言う通りが一番良いかも知れない……けど、そんなにうまくいくかな?」

「巧くいくかどうかなぞ、考えるだけ不毛じゃ。どうせ予想外のことが起きるじゃろぅからのぅ――ところで、コウヤだけが気付いておらぬようじゃから、ついでに教えておくと、神種の認識では、あのワイトと名乗った白い騎士は『コタロウ』の配下らしいぞ?」

「あ、そうだ、そうだよ! それ、聞き間違いかと思ってたけど、気になってたんだ――アレは、どういう意味だよ?」

「妾が分かるはずもあるまい。じゃが、面倒なことに巻き込まれていることだけは断言しよう」


 ヤンフィと煌夜の会話に、394が不満げな顔を浮かべていた。394に分かるのは、煌夜が話す統一言語だけだった。それだけでは、会話の内容を理解出来なかった。


「……まぁ、確かにな……よく分からないけど……コタが、この子を廃棄、もしくは実験体にするって、命令を出している、とかも言ってたし……何が何やら」


 煌夜は先ほどの394の呟きを思い返しながら、その言葉の意味に頭を悩ませる。ヤンフィはそんな煌夜の悩みに賛同するように頷いた。


「状況が読めぬ今、この神種の事情は訊く必要があるじゃろぅ。じゃが、その事情が真実かどうか分からぬ以上、盲信して動くのも危険じゃ。まずもって大前提として、此奴の語る『運命の騎士』が、妾たちの探す『ヤチコタロウ』と同一人物か分からぬ。特殊な名前じゃが、それこそ、名乗るだけならば幾らでも偽名を使えよう――例えば、バルバトロスがダーダム・イグディエルと名乗っておるように、のぅ」


 ヤンフィの例えに、確かにそうだ、と煌夜は納得する。

 そんな単純なことに、言われるまで気付かなかった。虎太朗の情報が手に入ったことから、あまりにも短絡的で盲目的に考えていた。少しだけ冷静になる。


「そっか……そうだよな……いや、ありがとうヤンフィ。少し考えなし、だった」

「ふむ――まあ、それはそれとして、じゃ。如何なる事情があろうと、この神種は先ほどの騎士に引き渡す、もしくは捨てるで、好いかのぅ?」


 ヤンフィはジト目で394を一瞥してから、どうじゃ、と煌夜に首を傾げる。

 異論はない、と煌夜は何度か頷き、394に顔を向けた。すると、怪しんでいるような鋭い視線で睨み返された。

 今この場において、少なくとも394は煌夜を好意的に思っていない様子だ。


「亜種よ。この人族、さっきから何なんですか? なぜ、ボクとの会話より、コイツとの会話を優先してるのですか? 統一言語を口走ってるから、コイツが宿主か何かなのでしょうけど、ボクを差し置いて、会話を優先するのは許し難い行為ですよ!?」

「――無礼な神種よ。妾を侮辱するのも許せぬが、コウヤを軽んじるのも許せぬぞ? 云うても、理解出来ぬじゃろぅが、次に不遜な発言をした場合、マユミに魂を喰わせるぞ?」

「……ん? おや? もしかして、私をこの場に残したのは、そういう訳か?」


 ヤンフィのマジキレ気味の台詞に、394は一切怯まず、むしろ好戦的な視線で睨み返していた。

 一方で、唐突に話を振られたマユミは、嗚呼なるほど、と合点が行ったように頷いた。そして素早く妖刀マガツヒを取り出して、見せ付けるように手元に置いた。


「軽んじたつもりはないけど、兎も角、ボクをコタロウヤチの居場所に案内してよ。話はそれからでしょう?」

「話が平行線になっておるのは、汝のせいじゃと云うことに気付いておるか? まぁ、とりあえず幾つか質問させよ――汝はどうしてあの騎士に追われていた? どういう経緯で神界からきたのじゃ?」

「――二年前、魔獣ガオラキが遠くない未来、封印から覚醒する、という神託が下った。魔獣ガオラキは神界を滅ぼす邪悪なる存在、だからその封印が解かれる前に、魔獣ガオラキを滅せる勇者を探さなければならなくなった。しかし魔獣ガオラキを滅せる存在なぞ、六世界のどこを探しても見つからなかった」

「…………ほぉ?」


 ヤンフィの質問に対して、突然、394は淡々と昔話を語り出した。

 けれどその昔話は、神代語によるものであり、理解出来るのは煌夜とヤンフィだけである。ディドとマユミはよく分からないと首を傾げて、ヤンフィに注目する。


「それでも探し続けたところ、一年前、神界の統一意識がようやく勇者を見出すことに成功した。勇者は『世界を救う宿命』を帯びた騎士であり『コタロウヤチ』を名乗る人族とのことだった。また、新しい神託によれば、勇者は人界において最強となる素質を持ちながらも、単独では決して完成しない未完の大器らしい。それ故、まだまだ魔獣ガオラキには敵わない。だからこそボクたちは、宿命の騎士コタロウヤチと接触を試みることにした。接触して、交合することで神格を与えることにした」

「……ふむ」

「けれど、最初に派遣された2795が、コタロウヤチの側近を名乗る騎士に攫われて、異界をこじ開けるための生贄に捧げられた。それからずっと、何体もの同胞が派遣されたが、コタロウヤチとまともに接触することも出来ず、見つけることにも失敗し続けた。結果、いまに至っても、コタロウヤチに神格を与えることが出来ていない」


 深刻な声の調子の割に、その表情は能面の如く無表情で無感情だった。ヤンフィはそこまで聞いて、煌夜に顔を向ける。


「――コウヤよ。汝の弟妹は、九つじゃったな?」

「ん? ああ、そうだよ。それが?」

「此奴の言葉が真実であれば、妾たちが捜すコウヤの弟『ヤチコタロウ』と、此奴の捜す『宿命の騎士』は、同一人物の可能性があるのぅ。未完の大器――神種がそういった表現を用いる場合、対象が幼い童であることが多いのじゃ。じゃが、それとは別に、一つ懸念が浮かんだ」

「……懸念?」


 ふたたび煌夜とヤンフィだけの会話になって、その場の誰もがポカンとする。しかしヤンフィの深刻な空気が、横からの口出しを一切許さない状況を作った。


「汝の弟は、【世界蛇】に囚われている可能性が高いのぅ」

「……おい。どういうことだよ? だとしたら、一刻も早く、助け出さ――」

「――慌てるでない。囚われていると云うたが、仮にそうだとしても、監禁の類ではないじゃろぅ。神の羅針盤で調べた際の行動範囲を考えると、生活感もあった。じゃから、囚われておっても、自由に行動出来ているということじゃ――緊急性は低い」

「いやいや、緊急性が高いかどうかなんて、分からないだろ!? 世界蛇が絡んでいるなら、ヤバいじゃんか!! 今すぐ急いで、探し出すべきだろ!!」


 慌てだす煌夜に、ディドが心配そうな顔を向けている。ヤンフィは呆れ顔でそれを制止した。


「焦るな、コウヤよ。世界蛇が絡んでおる様子じゃからこそ、しっかりと調べるべきじゃ。そもそも、コタロウヤチの側近を名乗る騎士も現れておる――迂闊に動くべきではない」


 ヤンフィは冷静に諭すような口調でそう話す。

 確かにその通りだろう。しかし一度焦った気持ちは、そうそう簡単に落ち着きはしない。

 煌夜の優先順位は、どんな時でも虎太朗たち弟妹が最優先だ。ほんの欠片でも、虎太朗たちの身に危険があるのであれば、冷静になど振舞えなかった。とはいえ、ここで駄々をこねても仕方ないし、煌夜独りでは何もできない。

 煌夜は自らの無力さを噛み締めるように言葉を呑み込み、一言、分かったよ、と呟いた。


「――亜種。ボクが質問に答えているのに、別の話をするなんて失礼でしょ。もう説明が充分なら、ボクをサッサとコタロウヤチの元に案内して欲しい」

「のぅ、無礼な神種よ。異界をこじ開ける為の生贄とはどういうことじゃ?」

「……どういう? 異界をこじ開ける為の生贄でしょ」

「じゃから、それは如何なる儀式か、と問うておる。汝らは個体同士で情報をやり取りしておるじゃろぅ? 死ぬ寸前まで意識を共有しておるじゃろぅ?」

 

 ヤンフィは不敵な笑みを浮かべて、394を睨み付ける。


「意識共有はしているけど、それは知らない。生贄にされる前段階で、ボクたち個体の意識が刈り取られてる。だから、どこでどんな手段を用いて殺されてるのか全く分からない。ただ一つ、ボクたち神種の能力を全て封印することが出来るレベルの魔術師が居る」

「ふむ――ディドよ。バルバトロスとやらは、どれほど腕のある魔術師じゃ?」

「……少なくとも、冠級魔術をいくつか行使できる程度には手練れかしら。大規模魔術や、攻撃系の魔術よりも、幻惑系魔術の扱いに長けており、特に他者の精神を影響を与える類の魔術が得意ですわ」


 いきなり話を振られたディドは、質問の意図を一瞬だけ考えたようだが、すぐに何やら納得した様子で即答していた。


「バルバトロス? 亜種。いったい何者のこと――」

「――ちなみにバルバトロスは、生贄を用いるような禁術の類、或いは、複雑な合成結界なぞは、どの程度得意なのかのぅ?」

「亜種。ボクの話を――」

「天界全土で見ても、五指に入る程度には得意でしたわ。禁術に対しても、学ぶことに躊躇しない性格でしたし、私欲のために他者を貶めることが平然と出来るクソ野郎ですわ」


 いつも冷静なディドが、バルバトロスのことを語るときだけ凄まじい憎悪を見せていた。吐き捨てるように荒々しく言い切る。

 ヤンフィは苦笑しながら、喚いている394に話を戻した。


「394よ。神種が生贄にされるとき、術者がどのような輩じゃったか覚えておるか?」

「…………知らない。言ったでしょ、意識が刈り取られてるって」

「意識を刈り取った相手くらいは認識出来なかったのかのぅ?」

「不愉快ですよ、亜種。馬鹿にしているの? 術者が分かったなら、亜種などに頼ることはしません。コタロウヤチの側近の騎士に、わざわざ連れられてくることもしません」

「それはつまり――毎回、特定の場所で意識が刈り取られておる、ということかのぅ?」


 ヤンフィの挑発的な煽りに、394が露骨に顔を歪めた。その反応は、煌夜から見ても分かるほど、事実を認めている態度だった。悔しそうな肯定である。


「特定の場所は、この街か?」

「――中心部、王城ロードの騎士の間、です。ボクたちはいつも、コタロウヤチの側近を名乗る騎士に連れられて、王城ロードに通されていた。そして、騎士の間に入るが否や、強烈な視線で身体が硬直してから意識を失う。その後、意識は戻らず、五日ほどで囚われた個体が絶命する」

「騎士の間、のぅ?」


 ふむふむ、とヤンフィは頷き、途端、珍しくもサッパリとした表情をディドに向けた。


「ディドよ。行動を開始するのはタニアが到着してからじゃ。今日は休養を取る――じゃから、コウヤと散策にでも出掛けるが好かろう?」

「……は? え? ヤンフィ、どゆこと?」

「――ええ。かしこまりました。ありがとうございます」


 唐突に言われて、煌夜はキョトンとした。当然ながら、傍らのディドも一瞬だけキョトンとしたが、すぐに意図を察して、優しく柔和な笑みのまま立ち上がる。


「――あ? お、おい、ちょっと、ディド? ヤンフィ、マジでどゆこと?」

「それと、ディドよ。どれだけ盛っても好いが、陽が落ちる前には、戻るのじゃぞ?」

「かしこまりました。少々残念ではありますけれど、コウヤ様に求められても、そこそこで切り上げて戻ってまいりますかしら」

「は? 盛るとか、何を――ちょ、説明をしてよ!?」


 ディドはにこやかに切り返しながら、強引に煌夜の腕を引っ張った。タニアほど無理やりではないが、煌夜では抵抗出来ない程度には強い力なので、致し方なく立ち上がる。

 そんな二人の行動を怪訝な表情で見ながら、394がヤンフィを睨んだ。


「おい、亜種。コタロウヤチの気配があるのに、どうして待機しなければならないの? タニアだか何だか知らないけど、いますぐ探して――」

「――神種。汝は妾たちにとっては、ただのお荷物でしかないのじゃぞ? 探している相手が同一であろうとなかろうと、行動を共にする必要も、意味もない。それでも、妾たちが汝を殺さずにいることを感謝すべきじゃろぅ?」


 睨み返して凄まじい殺気をぶつけるが、ヤンフィのその威圧を受け流して、394は不貞腐れたようにテーブルの上でゴロリと横になった。


「……さて、コウヤ。これから妾の云う話に、当たり障りない返事をせよ」

「ん? あ、何だよ?」

「ディドが察しておるようじゃが、汝らは妾たちと別行動をして、先ほどの騎士を探し出すのじゃ。どこに泊まっているのか、その拠点を見つけ出せれば重畳じゃが、見付からなかった場合には適当に時間を潰して戻ってくるが好い。くれぐれも、厄介ごとには手を出すなよ?」

「…………ああ、分かったよ。遅くならずに戻るよ」


 ヤンフィの言語は恐らくは魔神語だろう。煌夜以外は誰も内容を理解出来ていない様子だ。とはいえ、ディドは内容を察しているようで、首を傾げながらも無言で頷いていた。


「おい、マユミよ。汝は妾と共に行動するぞ。剣神会の支部に案内せよ」

「――お? いいのか? そこの不貞腐れている神種はそのままで?」

「好い。此奴が何をしようと、別段、妾たちには関係ない。居なくなってくれれば僥倖じゃし、付いて来ても構わぬ。どうする、神種?」


 立ち上がりながら、ヤンフィは冷めた視線で394を見下す。


「……コタロウヤチの元に行かないなら、ボクはここで待機しています」

「ほぅ? であれば、妾たちはしばし外出する――往くぞ、マユミ」

「はいはい。よく分からんが、お付き合いいたしますよ、ヤンフィ様」


 図らずも、部屋の中に394だけを置き去りにして、煌夜とディド、ヤンフィとマユミは一緒になって宿を出た。

 とりあえず394の前で作戦会議はしない方針なのだから、きっと場所を変えて相談をするつもりだろう。煌夜はそう認識して、394が付いて来てないことを確認してから、ヤンフィに顔を向ける。


「なぁ、ヤンフィ。どこで――」


 煌夜が首を傾げながら声を上げると、最後まで言わせず、口元をディドに押さえられた。


「――コウヤ様。第三区画の外周を見て回りませんかしら?」

「んあ? あ、え? 外周……って、いや、それよりも――」

「コウヤ。妾たちは別行動する。くれぐれも羽目を外すなよ?」

「――――は? ちょ、ちょっと、おい!」


 大通りに出るが否や、ヤンフィは逃げるようにマユミと共に歩き去って行った。その後ろ姿にディドが小さく頭を下げて、呼び止める煌夜の腕を優しく引っ張った。

 急いでいるのか、ヤンフィとマユミはモノの数秒で姿を消した。ポカン、と見送ってから、ディドが耳元に唇を近付けて優しく囁いた。


「……コウヤ様。神種は己の精神体を小分けにして、特定の対象に付与させることが出来ますわ。いまヤンフィ様の魔力体に、神種の精神体が取り憑いておりましたわ……だから、ヤンフィ様は何も仰らなかったのかしら」


 ディドのボソボソとした耳打ちに、煌夜はハッとした。そうなの、と驚愕の表情でディドを見ると、柔らかく微笑み返される。


「コウヤ様。とりあえずワタクシたちで、散策と共に白い騎士を見つけ出しましょう? ヤンフィ様の意図もきっと、そういうことだと思いますかしら?」

「……あ、うん。まぁ、そうだけど……じゃあ、行くか」


 納得も理解も、そもそも状況にも追い付いていない煌夜は、けれど、とりあえず全てを呑み込んだ。難しく考えなければ、煌夜が出来ることは一つだけであり、とても単純なことだけである。


(……言われた通り、あの騎士を探すか……)


 煌夜は疲れたように溜息を漏らしてから、スッと気持ちを切り替える。

 毎度の如く腕に押し当てられるディドの胸の温もりを感じながら、ヤンフィたちとは逆方向に足を向けた。

 とりあえず釘を刺された通りに、厄介ごとに巻き込まれないよう気を付けよう。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 煌夜、ディドの二人と別れて、しばらく歩いた時、ふいにマユミが問い掛けてきた。


「なぁ、ヤンフィ様? どうして剣神会の支部に行くのかな?」

「汝が望む答えは持ち合わせてはおらぬが、まぁ、そうじゃのぅ……敵情視察、とでも答えておこうかのぅ? コウヤと一緒では、問題が起きた時に面倒になるからのぅ」

「――ご理解頂いていると思うが、私が一緒でも、絶対に問題が起きない、とは断言できないぞ? もしかしたら同僚の『凛麗(リンレイ)』という剣仙が居るかも知れないしな。凛麗が居たら、何かと噛み付いてくるから、面倒が起きるかも知れん」

「だとしても、タニアが居るよりは好いじゃろぅ? 彼奴が一緒では、敵情視察なぞは不可能じゃ」


 ヤンフィの軽々とした口調に、マユミが失笑していた。確かにそうだな、と頷きながら、人波の中を迷わず歩いて行く。

 ヤンフィはマユミに付き従いながら、自らの魔力に纏い付く神種の精神体を意識した。

 取り憑かれた本人以外には決して知覚出来ないだろうが、ヤンフィの周囲をグルグルうろちょろと浮遊している精神体を感じる。鬱陶しいことこの上ないが、この精神体を外すことは出来ない。これは神種特有の超能力であり、魔力を用いないのだ。これを外すためには、本体を殺さない限り不可能である。

 けれど割り切ってしまえば、空気と同じようなもので、この精神体自体にできることはない。ただただ対象の様子を遠隔で知るだけである。


(――神種の個体は、殺すとそれまでの知識と経験を引き継いで、別の新しい個体に全ての記憶が移るからのぅ。しかも、個体を殺した相手、殺された瞬間の情報は、かなり詳細に生存している全個体へと共有されるからのぅ。下手に殺すと後々で面倒になる。かといって、行動を共にすればするだけ、妾たちの情報が漏れる――どちらも避けねばのぅ)


 ヤンフィは心の中で愚痴を吐きながら、さてどうするか、と明日以降のことに頭を悩ませる。

 正直、いま一番の懸念事項は、明日到着予定のタニアである。タニアが神種という邪魔者を前にして、問題を起こさずにいられるとは到底思えない。

 タニアはああ見えても、だいぶ賢い。だから、そうそう迂闊なことは口走らないだろう。けれど一方で、感情を抑えるのが苦手過ぎる。

 あれほど横柄な態度をする394を前にすれば、最悪、昂った気持ちに従って殺しかねない。


(魔王属である妾を知覚された以上、タニアでもマユミでも、妾たちの誰かが殺したりすれば、確実に妾を捕捉される。妾が次の神託の対象になってしまうと、逃げきれぬじゃろぅ)


 ヤンフィは苦虫を噛み潰したような顔をして、煌夜とディドに期待する。

 白の騎士ワイトを見つけ出して、あの騎士に394を引き渡してさえしまえば、この懸念事項は杞憂に終わる。だが、それが出来なかった場合には、面倒なことにしかならないだろう。


「――ヤンフィ様、ここだ」


 深く考え事をしながら歩いていると、気付けば、目的地に辿り着いていた。

 正面には広大な庭園と、それに相応しい巨大な屋敷、両開きをしたアーチ状の門があり、門の左右には武装した衛兵が突っ立っていた。衛兵はマユミに小さく会釈しており、往く手を阻むつもりなどなさそうだった。

 マユミはその門の前に立ち止まり、屋敷を指差しながらヤンフィに振り返っていた。


「……この屋敷が、剣神会の支部か? それほど強大な魔力はなさそうじゃのぅ?」

「それはそうさ。私たち剣神会は、魔力の過多よりも剣術の強弱で地位が決まるし、魔力など鍛えない輩ばかりだからな。魔力保有量が異常なのは、剣聖くらいだろ――」


 マユミとそんなやり取りをしていると、ふいに背後から鋭く冷たい殺気がヤンフィたちを貫いた。

 二人は慌てる素振りも見せず、羽虫が飛んでいるのを眺めるような自然さで、殺気を放った何者かへと振り返る。

 殺気の主は、四色の月を模した図柄の刺繍の着物姿をした線の細い色白美人だった。


「――マユミ・ヨウリュウ、なぜここに居る? 否、ここに居るのは目を瞑るとしても、いったい何を連れている!?」


 その色白美人は、焦げ茶色の長髪を逆立てるほどの強烈な覇気と殺気を放ちながら、細長い刀を構えていた。凄まじい集中力で、ヤンフィの一挙手一投足を凝視していた。


「おやおや――ヤンフィ様、申し訳ない。アレは、つい先ほど話していた面倒な同僚、凛麗だ」

「ふむ……噛み付いてくる、と云っておった輩か? 妾を面倒に巻き込むでないぞ?」

「そこは大丈夫――と、言いたいところだが、自信がないな……おい、凛麗、構えを解け。こっちは抵抗する気はない」


 色白美人――凛麗はマユミの言葉に怒りを浮かべて、しかし視線はヤンフィから逸らさない。この場で正しく力量差を理解出来ている。

 なるほど、それなりに強い剣士であるらしい。

 身体から滲み出る魔力量を視れば、およそセレナ程度だろう。けれど、その覇気と殺気も含めて考えると、戦闘力は恐らく、ディドと同レベルと推測出来た。ヤンフィからすれば、明らかな格下である。


「マユミ・ヨウリュウ、正気か? その化物は、いったい何なんだ!?」

「化物、とは失礼じゃのぅ――ところで、妾に対して剣を向け、あまつさえ殺気を放っておるということはつまり、死ぬ覚悟がある、と云うことかのぅ?」


 ヤンフィはカラカラと笑いながら、静かに重く強烈な威圧を凛麗にぶつけた。

 凡人ならばその恐怖に心臓麻痺を起こしかねないレベルの威圧だが、凛麗は一歩後退っただけで、見事に堪え切っていた。


「――ヤンフィ様。私が意見するのもどうかと思うが……凛麗如きを相手にするのは、時間の無駄だ。止めるつもりはないが、殺すと大ごとになりかねないぞ?」

「――マユミ・ヨウリュウ。ソイツは、魔王属か?」


 ごくん、と大きく唾を呑む音が聞こえた。その凛麗の質問に、マユミはこれ見よがしに溜息を漏らす。


「凛麗。そのくらいのことも見抜けないのか?」

「――――やはり、魔王属……しかも、かなりの上位種だな。小生では相手にならない程に、強力な個体ということか」

「……凛麗? いい加減に刀を下ろせよ。私にはヤンフィ様を止めることは出来ないぞ?」


 凛麗は一向に殺気を緩めず、ヤンフィに対峙して様子を窺っていた。しかしそれをなだめる訳でもなく、マユミは呆れ顔でただただ忠告だけしている。

 一方でヤンフィは思案顔になったかと思うと、その右手に杖のような形状をした木製の刀を顕現させる。それは【柳枝の刀】と呼ばれる魔剣であり、術者の魔力に応じて様々な形状の刃を作り出すことが出来る武器だ。

 闘う気はないが、殺意を向ける相手を前にして、無抵抗を謳う主義もない。殺す気で挑んできた場合には、当然ながら返り討ちにするつもりだ。


「……おいおい、ヤンフィ様。殺すな、とは言わないが、凛麗を殺すと、本当に大ごとになるぞ? 脅しじゃない。凛麗はこれでも、私と同じ剣仙で『月』の称号持ちだ。剣神会にとって貴重な戦力――」

「――のぅ、マユミよ。汝は妾に意見しているつもりかのぅ? それとも、あえて妾がどういう行動をするのか、試しているのかのぅ?」


 マユミが忠告のつもりで口を挟むと、ヤンフィは鋭い殺気をぶつけた。それは、口出しするつもりがないなら傍観しろ、止めるつもりならばなんとかしろ、と言外に告げている。

 マユミは自らのことを、割と察しの良い方だと自負している。

 ヤンフィが言いたいことは、言わずとも理解できた。ましてや、今回に関しては、意地が悪いのはマユミでもある。


「失礼――おい、凛麗。殺気を解かないなら、私が相手するぞ?」

「……マユミ・ヨウリュウ。そこまで落ちぶれたか……」


 ヤンフィと凛麗の間に入って、マユミが妖刀マガツヒを構えた。本気の闘気を放ちながら、凛麗を真正面から睨み付ける。

 ジリジリと凛麗が少しずつ後退る。その表情には、焦りと恐怖が滲んでいた。


「……分が悪いな……小生だけでは、無理か……マユミ・ヨウリュウ、何が目的だ?」

「目的も何も――さあ? ヤンフィ様、この後どうするんだ?」


 目算で10メートルほど距離を取ってから、凛麗は刀を収めた。

 殺意も覇気も全て霧散させて、観念した風に両手を上げて無抵抗をアピールした。その戦意喪失を満足気に見ながら、どうなんだ、とマユミはヤンフィに顔を向けた。

 ヤンフィは二人の注目を浴びて、けれど答えるつもりなど毛頭ない様子で背を向けた。屋敷の門に近付くと、左右の衛兵を一瞥してから、当然のように門を開けた。

 衛兵二人は恐怖で固まっており、視線を泳がせて明後日の方を向いている。巻き込まれたくない、という思いが全身から感じられた。


「ヤンフィ様? 入るのなら、私が先行しよう――凛麗、悪いが、私たちは支部に用事がある。これで失礼するぞ?」


 無言で足を踏み入れるヤンフィに、慌ててマユミが先回りする。ちなみに、両手を上げた凛麗には一瞥すらせず、もう用はない、と言葉だけ投げた。


「……チッ……後悔するなよ……化物ども!」


 背後で凛麗がそんな捨て台詞を吐いて、全速力で逃げていく気配がする。しかし少しも興味がないようで、マユミもヤンフィも何の反応もせず屋敷の中に進んだ。


 庭園の中を通り抜けて、屋敷の正面玄関の扉を開け放つと、一斉に数十の瞳がマユミとヤンフィに集まってきた。

 好奇の視線、訝しむ視線、怯えた視線、警戒の視線、不愉快そうな視線――様々な感情が入り混じった十数名の視線が、ヤンフィに集中する。

 ざわつくことはなかったが、空気が一瞬にして張り詰めて、微かな呼吸音さえ許されない雰囲気がだだっ広いホールに広がった。


「――――ふむ。この支部に居る最高戦力は、誰じゃ?」


 ヤンフィは周囲をゆっくりと見渡して、室内に居る一人一人の姿を値踏みする。

 十数名――正確に数えるならば十四名の猛者は、全員がヤンフィと目を合わせて、瞬間的に視線を逸らしていた。視線を合わせただけだったが、己との絶望的な力量差を理解出来たらしい。

 それなりに腕がある剣士たちのようである。とはいえ、雑魚に違いはない。


「最高戦力……ねぇ? いまここの支部長は誰になったんだ?」


 ヤンフィの質問には誰もが沈黙で答えた。マユミはその反応に溜息を漏らしながら、だだっ広いホールの中で唯一、床に腰を下ろしていた剣士に問い掛ける。

 床に腰を下ろしていた剣士は、マユミの質問にハッとして顔を上げた。チラとヤンフィの顔を見て、ゴクリと唾を呑んでいる。


「――支部長は誰で、いまどこにいる?」

「あ……えと……おかえりなさいませ、剣仙マユミ様」

「挨拶をしろ、などと誰が言った? 私は、支部長は誰かを訊ねたんだが?」


 緊張した様子で立ち上がり、素っ頓狂な受け答えをするその剣士に、マユミは強い口調で詰問する。すると、ビクン、と背筋を伸ばして、両手を後ろに回して直立不動になった。


「し、支部長は……現在は、空席、です。剣王リュウ・ライザ様が、特別任務中に、死去なさったと報告があり……その後、幹部会で協議が行われましたが……剣聖サーベルタイガー様が、御自ら管理するから空席で良いと仰せの為、空席となりました……」

「へぇ? じゃあ、今現在の最高戦力は、剣仙凛麗かな?」

「……剣仙凛麗様、ですか? いえ、支部には、まだお姿を見せておられませんが……」

「嗚呼、なるほど――ヤンフィ様。どうやら、先ほど門のところに居た凛麗が最高戦力のようです」


 マユミは、まだ顔を出してなかったのか、と納得しながら、ヤンフィに説明した。


「なるほど。であれば、さして警戒する必要はないかのぅ――剣神会では、マユミが一番の脅威と云うことじゃろぅ?」

「……フフフ、まだ私は、信用が足りないということか?」

「妾がコウヤ以外を、真の意味で信用すると思うかのぅ?」

「確かに――嗚呼、それでどうする? ほかに何か用事はあるのか?」


 互いに不敵な笑みを浮かべたやり取りをしてから、マユミは首を傾げた。ヤンフィは思案顔になり、もう一度ホール内を見渡す。

 だだっ広いホールに居る剣士たちは、誰もが委縮した様子で、下を向いて押し黙っている。

 ホール中央にある二階へ続く階段を見上げる。

 吹き抜けではないので、上階がどうなっているのかは見えない。だが、ヤンフィの魔力感知では、上階には数名が待機している程度で、脅威と感じる魔力量の存在はいなかった。


「戻るぞ――敵情視察はもう充分じゃ」

「フッ、かしこまりました」


 これで、このオーラドーンにある剣神会は、あまり障害にはならないことが確認出来た。ヤンフィとしては少しだけ安心できた。


(妾を殺し得る可能性がある存在は、魔術師なぞではなく、剣士なのじゃからのぅ)


 そんなことを呟きながら、それでは宿屋に戻って神種を監視しよう、と踵を返した。誰に引き留められることもなく、ヤンフィとマユミはそのまま屋敷を後にする。


 ただ顔を出しただけで数分で帰った二人を見送って、何のために来たのか、と、ホール内に居た剣神会の剣士たちは呆然としていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 煌夜とディドはとりあえず、フラフラと人混みの多い道を選んで歩いていた。

 白い騎士ワイトを探すという目的はあれど、どこに居るのか見当もつかないので、とにかく適当に散歩していたのである。ちなみに、あえて人混みの多い道を歩いている理由としては、多種多様な種族が歩いている中であれば、ディドが目立ちにくいからだった。

 ディドは贔屓目に見ても、誰もが振り返るほどの美女である。人混みが少ないと、それだけで目立ってしまって、注目の的になってしまうのだ。


「コウヤ様――申し訳ありませんけれど、ワタクシ、あの白い騎士を探し出せる気がなくなってまいりましたわ。想像以上に、手掛かりがなさそうかしら……」

「いや、それは俺もそうだよ……それくらいヤンフィも分かってると思う。だから、まあ、適当に時間潰して戻ってこいとも言われてたから……とりあえず街の全容を把握するつもりで、散歩して回ろう」


 肘に当たる胸の感触を意識しないように、煌夜は怪しくないレベルで周囲を見渡しながら、テクテクと道なりに歩き続ける。

 煌夜たちが歩いているのは、第三区画に定められた範囲の中で繁華街のような露店が並ぶ通りである。

 ひっきりなしに人とすれ違う程度には混雑している道で、よそ見して歩いていると、通行人にぶつかってしまうほどだ。誰かにぶつかって、不要な因縁を付けられても面倒だ。気を付けなければ――


「……だいたい、探せって言われたけど……土地勘もないのに、知り合いでも何でもない他人を、これだけ広い街中から当て所もなく探し出すなんて、不可能だろ……」


 煌夜は当たり前のことを呟いた。それはまさにその通りだし、そもそもそこまで強い意思を持って探してもいない。この状況で見付かるはずはないだろう。

 そんな諦めの心境のまま、煌夜はディドとテクテク散歩していた。


「――え、本当に!? こんな第三区画なんかに、いらっしゃってるの!?」

「ええ。雷帝様の巡回に同行なさっているみたい! いまは警備宿舎近くを巡回なさっているけど、これから西側全域を見て回るんですって!」

「きゃー!! 見に行きましょ!! 運が良ければ、御尊顔だけじゃなくて、握手も出来るかも知れないし!」


 ふと、周囲の人混みから黄色い声が聞こえ始める。

 なんだなんだ、と見回すと、前から向かって来ていた大多数の人間が、一つ挟んだ向かい側の通りを指差しながら、わーわーきゃーきゃー、と騒ぎ立てている。浮足立つその空気は、有名な芸能人が近くに来ているという雰囲気に近かった。


「何かあったのか……」


 なんとなく周囲の発言に聞き耳を立てていると、どうやら雷帝――ダーダム・イグディエルこと、バルバトロスが巡回でやって来ているらしい。そこに、若い女性に人気の誰かが同行しているようだ。それが何者かは分からないが――


「『コタロウ』様が来てるの!? 本当!? 見に行かなきゃ!!」


 その時、妙齢の女性が黄色い大声で『コタロウ』という単語を叫ぶ。瞬間、煌夜は全身を停止させて、すぐさま猛烈な剣幕で妙齢の女性に詰め寄った。


「ちょ、ちょっと!! 『コタロウ』って!?」

「――はぁ!? アンタ、何よ!? 気持ち悪い変質者ね!」

「あ、いや、違う。その……いま言ってた『コタロウ』って――」


 あまりにもがっつく勢いで詰め寄ったが故に、煌夜のその必死な顔を見て、妙齢の女性は不審な顔をして逃げ出した。

 あ、と残念そうな声と共に、手を伸ばすが、それをディドが優しく握ってくれた。


「――コウヤ様。恐らく『コタロウ』とは、隻眼の天騎士『コタロウ』のことではないかしら? 救国の五人、最強を誇る剣士『ゲオ・コウタ』、またの名を『剣聖サーベルタイガー』のことかしら」

「…………あ、ああ、そっか、そういえば、そんなこと聞いたな」

「――ご確認なさりたい気持ちも重々承知いたしますけれど、我慢してくださいませ。大逆人バルバトロスも近くに居るようですから、問題が起きたら、ワタクシだけではコウヤ様を護り切れないかしら……」


 ディドが煌夜の腕を強く胸に掻き抱いた。迂闊な行動は止めてくれ、と強く引き留めている。

 煌夜はそのディドの温もりに冷静さを取り戻して、ふぅ、と溜息を吐いた。そして、気持ちを切り替えて、騒がしくなっている方向とは逆側の道に足を向ける。

 万が一にもそちらに近付かないよう、人混みが減っている方に向かうことにした。


「あ、そうだ。ディド……聞いていいか分からないけど……バルバトロスって、一体何をしたんだ? いまは、この国の宰相なんだろ?」

「……そう、ですね……コウヤ様が聞いても、あまり面白い話ではありませんわよ?」

「あ、全然――言いたくないなら、無理には聞かないよ!?」


 珍しくも言い淀むディドの態度に、煌夜は慌てて、大丈夫、と遠慮する。その慌てた態度に苦笑して、ディドは首を横に振りながら語り出す。


「言いたくないわけではないかしら――大逆人バルバトロスは、天界を支配しようとした愚か者であり、その過程で多くの同族を殺して、あらゆる天族を裏切って、挙句、三大王国全てに戦争を仕掛けた大罪人かしら。中でも特に、イグディエル王国に至っては、国盗りされたうえに、滅亡寸前まで追い込まれたのですわ」


 声のトーンは穏やかだが、その表情は仄かな憎悪が浮かんでいた。

 鈍い煌夜でもそこまで言われて悟る。滅亡寸前まで追い込まれたイグディエル王国というのが、きっとディドの母国なのだろう。殺された同族というのも、親類や知人に違いない。だからこそ、復讐に駆られたのだろう。

 ところが、ディドはそんな煌夜の心を読んだかのように、やんわりと否定の言葉を続けた。


「……コウヤ様。勘違いなさっているようなので、詳しくお伝えいたしますわ。いまお伝えしたイグディエル王国ですけれど、ワタクシとクレウサに関りはないかしら。殺された王族にも、知人など一人として居りませんわ」

「え? それじゃあ、どうしてディドやクレウサは、バルバトロスを捕らえるって言ってたの?」

「セラフィエル王家から、大逆人バルバトロス討伐を命じられたからですわ」

「命じられた?」

「ええ、命じられたのですわ――その説明をする前に、バルバトロスのことをお伝えしますわ。バルバトロスはそもそも、イグディエル王家の末子、第七王子かしら」

「――王子? ん? 王子、なの?」

「王位継承権を持たなかった王子ですわ。誰からも期待されていない、王家に名を連ねるだけの無能な王子――けれど、ある日突然、その才覚に目覚めて、瞬く間にイグディエル王国を支配したのですわ。暗愚と蔑まれていた第七王子が、洗脳と催眠を駆使して、あっという間に王国の重臣たちを掌握、味方以外を反逆者扱いして、殺し尽くしましたわ」


 ディドの衝撃的な説明に、煌夜はキョトンとして目を瞬かせる。


「バルバトロスは、イグディエル王国内で敵対する勢力を一掃したうえで、セラフィエル王国とバラキエル王国の内部にも、洗脳と催眠による傀儡を増やしていきましたわ。バルバトロスはそうして、表向きはただの第七王子でありながら、イグディエル王国の陰の支配者となり、セラフィエル王国とバラキエル王国にも、その支配の手を伸ばしていきましたわ」

「……国盗り、ってそういう……」

「しかしどれだけ王国の裏で傀儡を増やしても、内政を司っている王族と繋がりを持てないバルバトロスでは、セラフィエル王国もバラキエル王国も、支配するには至れませんでしたわ。バルバトロスは所詮、王位継承権のないイグディエル王家の末子であり、他国の内政に口出しなど出来なかったのですわ。バルバトロスが他国の内政を掌握するためには、その国の王族を取り込む必要があったかしら」


 ディドはフッと苦笑を浮かべて、視線を逸らしながら続ける。


「そこでバルバトロスは、セラフィエル王国とバラキエル王国の王族と婚姻を結ぼうとしたかしら。ちょうど当時、どちらの国にも、王位継承権を持つ未婚の第二王女がいたので、他国の王族との繋がりを求めたバルバトロスは、その二人に、同時に婚約を申し込んだかしら」

「あ、え? 二人、同時に婚約を申し込んだの?」

「ええ、そうですわ」

「政略、結婚か――」

「――けれど、二人ともその申し出を断ったかしら。王子とはいえ、バルバトロスは王位継承権を与えられていない、名ばかりの第七王子ですわ。評判も悪く、実績もない。そんな暗愚からの突然の求婚など、王女たちが受け入れる理由がどこにもありませんでしたかしら」


 婚約の申し出を断ったという説明に、煌夜は思わず、え、と素っ頓狂な声を上げて驚いた。話の流れからてっきり、バルバトロスは王族と結婚したのだと思った。

 そんな煌夜の驚きに苦笑を浮かべて、ディドは、ところが、と話を続ける。


「ところが、王女たちがこの婚約を断ったことにより、両国で問題が生じましたわ。バラキエル王国では、第二王女を好意的に思っていなかった王族の一派閥が、婚約の拒否は友好関係を崩す要因になる、とイチャモンを付けて、それを口実に内乱を起こしましたわ。ちなみに後日分かったことですけれど、この騒動の裏側では、バルバトロスの息が掛かった傀儡たちが暗躍していた、という話ですわ。それはそれとしてもう一方、セラフィエル王国では、婚約を断った王女の処遇を巡って裁判が開かれましたわ。実のところセラフィエル王国は、国王が事前に、バルバトロスの申し出を快諾していたのですわ。けれどそんな勝手な決定など無視して、当時のワタクシは、直接バルバトロスに断りを入れたかしら。そのせいで、裁判の判決では、『国王命令違反』という罪科を言い渡されて、セラフィエル・ナイトの役職を罷免させられましたわ」

「…………『当時のワタクシ』って、ことは……いま言ってたセラフィエル王国の王女って、もしかして……」

「ワタクシのことですわ――それはそれとしてバルバトロスは、婚約を一度断られた程度では諦めませんでしたわ。裁判の判決が出てから十日後、バルバトロスは懲りずに、また婚約を申し出てきましたわ」


 まさかタニアに続いて、ディドも王女だったと告白されて、煌夜はなんとも言えない気持ちになっていた。こんな身近に王侯貴族が二人も居るなんて、ちょっとピンと来ない。今更それで萎縮することもないし、態度を変えるつもりもないが、見る目は変わってしまう。

 煌夜のそんな心境など気にせず、ディドは淡々と説明を続ける。


「しかも今度の婚約は、断るのであれば戦争も辞さない、という脅し付きでしたかしら。戦争が本気か虚勢か、それは分かりませんけれど、国王は断るつもりが毛頭ありませんでしたわ。だからワタクシの納得など二の次に、バルバトロスとの婚姻を強引に結んだかしら。天族の婚姻は、どちらかが死去するまで永遠に続く強制的な縛りですわ。これを反故にするには、王位継承権を捨てたうえで、王族の誓いを破る以外に術はないかしら――ワタクシ、セラフィエル・ナイトを罷免されたことも到底納得できておりませんでしたから、国王の勝手な婚姻にも腹を立てていたので、周囲の反対と批難を甘んじて受けて、何もかもを捨てることにいたしましたわ。おかげで、セラフィエル王国で生活することも困難になりましたけれども、バルバトロスとの婚約は破棄されましたわ。こうして結局、他国の王族との繋がりを求めたバルバトロスの計画は潰れましたわ。すると次は、セラフィエル王国とバラキエル王国に対して、戦争を仕掛けたのですわ。バルバトロス率いるイグディエル王国は、最初こそ両国とも互角以上に闘えたようですけれど、本来は拮抗している軍事力を持つ三大王国で、そのうち二国を同時に相手取ったのならば、当然ながらも体力的に勝ち目などありませんかしら。結果、戦争はおよそ五十日ほどで収束して、イグディエル王国の歴史的な大敗となりましたわ。イグディエル王国の領土は半分になり、人口は三分の一、王族のほとんどは死に絶えたかしら。ちなみに、この戦争の首謀者であるバルバトロスは、戦争が終結する前に、人界に逃げたのですわ」


 煌夜は、なるほど、と頷いて、曲がり角を右に進む。するとちょうど、正面に広がった通りから見覚えのある二人組が歩いてきていた。

 二人組の姿を何度か見返して、アレ、と首を傾げた。腕を組んでいるディドも、正面に現れた二人組に気付いて、話を中断している。


「コウヤに、ディドではないか――なぜここにおる?」

「いやいや、ヤンフィこそ、用事はどうしたんだよ?」

「妾たちの用事は終わったぞ。じゃから、宿屋に向かって歩いておったのじゃが、汝らはどうしたのじゃ?」


 バッタリと相対して、煌夜とヤンフィは顔を見合わせる。そんな不思議そうな表情をした二人の間に割って入って、マユミが答えた。


「――もしやコウヤ、この道をずっと道なりに歩いてきたのか? だとしたら、私とヤンフィ様に合流しても仕方ない。オーラドーンの大通りは、中央から放物線を描くように伸びていて、真っ直ぐ進んでいるつもりでも、ぐるっと回り込まされることが多い。コウヤがいま歩いてきた道なんかは、剣神会の支部と宿屋を結ぶ最短距離の道でもあるしな」

「あ、そうなの?」

「のぅ、コウヤ。ここで合流したのも何かの導きじゃ――どうじゃ? 雷帝ダーダム・イグディエルを視に往かぬか。何やらここからそう遠くないところで、街の視察をしているようじゃぞ?」


 ヤンフィがディドと煌夜を交互に見ながら、不敵な笑みを浮かべて提案してくる。その言い方だと、煌夜たちに合流しなくとも、野次馬として見物するつもりだったのだろう。

 煌夜はディドと顔を会わせて、どうする、と首を傾げた。

 つい今しがたまで、ちょうどその雷帝ダーダム・イグディエルこと、バルバトロスの話をしていたばかりだった。

 興味が湧いていたのは間違いないし、ヤンフィたちが一緒であれば万が一の問題もないか。


「そうだな。ディドがいいなら――俺もチラっと見物したいと思ってた」

「ふむ。ディド、どうじゃ?」

「ワタクシは――コウヤ様が宜しければ、お供いたしますわ。ヤンフィ様が居られるのでしたら、バルバトロスに気取られても、対抗できるかしら」

「おや? ディドは雷帝と顔見知りなのか?」


 マユミの質問に、ディドは無表情で無視を決め込む。けれどその反応で充分とばかりに、マユミは頷いていた。


「そうと決まれば、全員で見に行くか――ま、それほど身構えずとも、何も起きないとは思うぞ。剣聖も一緒と聞いている。街中では流石に、大立ち回りには発展しないだろ。特に剣聖は、むやみやたらと闘ってくれる人じゃないからな」


 マユミが少しだけ残念そうに言って、こっちだ、と左手側の狭い通りに入っていった。

 黄色い喧騒が聞こえているのは全くの逆方向なのだが、迷いなく進んでいく。オーラドーンの道を知らない煌夜たちからすると、本当に大丈夫か、と疑わしくなってしまう。

 だが、特にそれを指摘することもなく、煌夜はマユミの後に続いて歩き出した。

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