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bloom  作者: うえのきくの
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bloom1 クレッセントの天使2

 


「おはよー、太田。姉貴やっぱり見合いの話だった」

「おはようございます。良さそうな方でしたか?」

「可愛いよ。見てみる?」

「………そうですね、履歴書は?」

「んー、これ。ミス桜が丘にもなったことあるんだってよ?」

「ミスですか………まあ、いいでしょう。調査会社に依頼出しておきますから」

 ……これだ。 そうやってなにかと文句をつけこの子はダメだ、あの子もダメだと難癖をつけるんだ。

 泥がついてない人生を歩んでるやつなんていないと思うし、どうせ今回も無駄なのに調査会社に払う金ももったいないと思うんだよね。


「太田さあ、水科さんも山崎さんも結婚してないじゃん。俺だけこんな頑張んなくてもいいんじゃないかと思うんだけど」

「それはそれ。武士さんが結婚されれば皆さんもあとに続くんじゃありませんか?」

「そういうもの?」

 まあ、あんまり知らない奴の家庭の話なんて、年賀状の家族写真くらい興味がないけど。 それが親しい人のことになれば羨ましくなったりするのだろうか?

「人の幸せは憧れですからね」

「太田はしないの? 結婚」

「私は……まだいいんです。武士さんを先に片付けてしまわないと」

「ふーん……。でもいるの? そういう子」

「……」

 そんなに驚かれるようなことを言っただろうか? 太田は元々乏しい表情を更に無くして、呆然と俺を見た。

「太田?」

「あ、ああ。ずっと思っているかたなら、いますよ」

「……………」

 あら、びっくり。 いつも無表情でサイボーグみたいなこのヒトに想い人がいるなんてな。 しかも、なんか急に顔赤らめちゃって。 ちょーレアなんですけど。


「あー、その子も素敵なんだけどさ。昨日姉貴んちの近くのコンビニで結構いい感じの子見つけてさ。彼氏もいないらしいし、今度見に行かない?」

「………そうですね、こちらの調査が終わりましたら。でも、こちらで決まるかも知れませんよ?」

「はは、そうだといいな」


 会社の名前は『bloom』。 花が咲く様と女性の一番美しい一日を掛けている。

 少数の会社だし、派手なことはできない。 それでもアットホームな雰囲気で人生の門出を迎えるカップルの希望になるべく添えるような披露宴をプロデュースしてきた。

 お陰さまで、雑誌に取り上げられたり口コミなどで徐々に件数も増えている。

 ホテルや式場のような大人数には対応できないし、基本レストランなどを会場にしているのでお色直しなどもできないことも多い。

 勿論ゴンドラもスモークもライトアップもない。 鳩も飛ばない。

 実はそんなものがなくても人の心に残る印象的な披露宴はできるし、自由度が高いので本人たちの満足度は大きい。

 若くてフットワークが軽く、面白がりなスタッフが多いので、新郎新婦の無理難題をなんとか形にしたいと日夜取り組んでいる。


 そして今回もスタッフ全員頭を悩ませるケースだったわけで。


「……アイリッシュクロッシェレース?」

 プランニングの山崎さんが多くはない資料を捲りながら言う。

「そうなの。花嫁さんのたっての希望で」

 なんでも編み物の得意な花嫁の母が娘に着せたいとアイリッシュレースなるもののドレスを作ろうとしていたのだが、ほんの数枚編んだところで病気が発覚した。

 今現在入院中で、恐らく挙式までには回復するであろう状態だが無理は出来ない。 所々の事情で挙式を先のばしにすることは不可能。 母親のレースは途中になってしまったがこれを完成させて披露宴で着たい、というのが花嫁の願いだ。

 ちなみに、友人、知り合い、親戚にはこの技術を持つものはおらず、ま、いたとしてもこのタイトなスケジュールでは断られるのがオチだろう。

 レース、ドレスの製作を請け負うことがうちに依頼する条件だった。


「ここに予算の重きをおいて構わないっていうから、余程なんでしょうね」

「だけど、縫い方なら何とでもできるけど、編み物はなあ。うー、自信ない」

 ドレス担当の咲乃さんが唸る。 同じく水科さんが首を捻る。

 手元にある資料に添付された写真には、上半身にそのアイリッシュレースが密に構成された純白のドレスが写っていた。 生地で仕立てたドレスより立体感があるような気がする。

 それにしても、すごい枚数だ。 それをこの短期間で仕上げなければならないなんて、ちょっとお願いするのも気がとがめる。

「誰かいない?」

「………うーん」

「じゃあさあ、みんな知り合い当たってみてよ。来週もう一回報告会のときにこの件受けるかどうか決めるから」

「はーい」


 ドレスは基本うちで用意しているレンタルを利用してもらう。

 bloomの凄腕コンビが仕立てるドレスは、ウチの看板だ。 オリジナルを作りたい花嫁の相談にも親身になって話を聞いてくれると好評だ。

 うちの衣装部は有名アパレル出身のデザイナー水科浩史(ミズシナヒロシ)と天才パタンナーの呼び声高い本多咲乃(ホンダサキノ)のコンビとして雑誌などで取り上げられることも多い。それを目当てに訪ねてくるカップルもあとを絶たない。

 そんな二人が揃ってこんなところにいるなんて七不思議なんですけどね。

 小さな会社だからこそ、できる限り小さな希望も叶えて、人生でたった一度の結婚式を忘れられないものにしてあげたい。

 参列したゲストにとっても新郎新婦のもてなしの心と共に幸せの余韻を残すパーティーにしたい。

 それがこの会社設立の大きな理由だったのだから。


「何とかしてやりたいよなあー」

「そうですね、私も前の会社の知り合いなどに声かけしてみます」

 太田が知人の顔を思い浮かべているのだろうか神妙な顔で請け合った。 彼の人脈は期待できると思う。早く花嫁さんを安心させてやりたいな。


「ところで。先日のミス桜が丘ですが」

「あー、なんかわかった?」

 太田が小さくため息をつく。 あー、こういうときはロクなことないんだよな。

「男性関係がめちゃくちゃです。流石ミスだけあって大変おモテになる方のようですが、今現在も切れていない男性が3人いらっしゃるようですね」

「3人は酷いな」

「2年前には男性同士のいざこざで警察も介入しているようです」

「……パスする」

「それが懸命かと」

 やっぱりなー、と宙を仰ぐ。

 一度も会ったことのない人だけど、それでも淡い期待をしていたのかもしれない。


「なー、太田ー。どっかにいるのかね、俺と赤い糸で繋がってる、できればかわいー女の子」

「……いる、といいですね」

「なんだよそれ」

 太田のどっちでもいいような、気の抜けた返事を聞いて、少し笑う。


 そういえばあの子。 姉貴の家のそばのコンビニで見かけた背の高い子。 カラフルな絆創膏の巻かれた指は白くてほっそりしてたな。 無造作にまとめた髪の毛も今思えば彼女らしくて良かった。

 ん、彼女らしいってなんだ? 何も知らないのに。

 あの、ブルーのシャツみたいな制服を脱いだら、どんな私服を着るんだろう。 化粧をして誰かに会うことはあるんだろうか。 クールな顔つきなのに、どこか懐かしい空気をまとった彼女。

 最近ぼんやりする時間があればそんなことを考えてしまう。 あれから姉貴の家にも行ってないからあのコンビニに立ち寄ることもない。 今日は少し早く上がって行ってみようか。


 夕暮れのコンビニは、何もない周辺からポッカリと浮かび上がり暖かい光を灯している。 ポケットに手を突っ込み光に近づいていく。 家に帰る途中の人が次々とその中に吸い込まれているのが見える。 外から見る店内に彼女の姿はない。

「いらっしゃいませ、こんばんはー!」

 ドアを開けて中に入ると元気のいい挨拶に迎えられた。

 かごを持ち、店内をぐるりと見て回る。

「……」

 外からは見えない棚の影にも彼女の姿はなかった。 もう帰ってしまったか。 一通り店内を回り諦めると、心音の好きそうな菓子と義兄さんに土産のビールをかごに入れカウンターに近寄る。

 レジを通してもらいながら店員に尋ねた。

「ねえ、前にここに来たとき背の高い女の子がいたんだけど、今日来てるかな?……あー、カラフルな絆創膏沢山持ってたんだけど」

 「ああ、弥生さんかな? いま休憩に入ってて………あー、駐車場の車ん中にいると思いますが」

 「そう、ありがと」

 ビニールにいれてもらった品物を持って外に向かった。 駐車場内をぐるりと見回すと、駐車場の片隅に一台だけ車内灯がついている車がある。

 近づいて中を確認すると彼女が後部座席に座り何やら手元を見ていた。

「……」

 彼女が夢中で見つめる先には編み針と、糸。

 思わず窓ガラスをノックして声を掛けた。

「ちょ!ねえ、きみ。編み物出来んの?!」

「……」

 急に声をかけてきた不審な男に声もなく顔をこわばらせている。 まあ、無理もない。

「俺のこと覚えてない? 心音の叔父。この間きみにソフトクリーム作ってもらって……」

 「あ、ああ……あの時の!」

 そこでようやくウインドウを開けてくれた。

「で、ねえ、編み物出来んの?」

「あ、はい。習ってたことがあるので、少しは」

「アイリッシュレースは、編める?」

「はい……って、良くご存じですね、そんなもの」



 ────女神ーーーー!!



 聞けば以前の職場で編み物に興味を持ち独学でスタート。 一時は先生について習っていたという。

 編みかけの手の中の作品も、もちろん素人の俺にわかるわけはないが何やら細い糸で複雑に編まれている。

「いきなりで失礼なんだけど、今編み物ができる人探してて。君さえよかったら手伝ってくれないかな?」

「私なんて本当に趣味程度でしているだけなので、お役に立つとは思えませんよ?」

「あー、俺にも良し悪しなんてわかんないから、まず、君の作品をうちのスタッフに見てもらってから正式にお願いすることになると思うんだけど。その話し合いをさせてもらえないだろうか?」

「……」

 俺が差し出した名刺をみて彼女の眉間にガッと皺が寄る。 ………なんだ、その反応?

「や、どうかな。私には無理そうです」

「ダメかな? 作品だけでも見せてもらえない?」

「……」

「明日! 明日スタッフ連れてくるから何か見せてよ? 何時くらいならいる?」

「……明日は7時から4時までいます。でも……」

「んじゃ、その頃くるから! ね?」

「……」

 浮かない顔、この間とはぜんぜん違う寂しげな表情。 どうしてそんな顔をするのか気になりはしたものの、この仕事をきっかけに親しくなりたい、そんな下心が邪魔をした。

 顔色を無くした彼女を気遣うことができなかった。


 翌日。

 太田と衣装の咲乃さんを連れて件のコンビニに来た。 外から店内を見て太田に「彼女だよ」と耳打ちする。

 ちょうどカウンターにいた彼女はレジを操作しながら客と楽しそうに会話していた。 今日もスッピンで髪は後ろで束ねられている。

 太田は彼女の姿を認めると、深いため息をついた。

「なによ、いいでしょ彼女」

「……武士さん、大変申し上げにくいのですが、今までで最悪です。仕事相手としても結婚相手としても問題外です」

「は? 太田に彼女のなにがわかんのよ」

「……以前、数回一緒に仕事をしたことがあります。ご存じありませんか? 数年前引退しましたが、モデルのmitsuki。振られた腹いせに元恋人の部屋で手首を切った───それが、彼女です」




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