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はて。

この俺の目に映ったあの尋常なきゆっくり世界は、リオの金色によるものだったのだろうか。

なにぶん、不出来な兄、という不名誉ながら的を射ているレッテルで雁じがらめであった俺のことなので、判断は到底つかぬ。


あの不可思議な数分間は一体なんだったのであろうか。

驚くことなかれ。俺は今、目的地に辿り着いていた。

「凄い! これがビルというやつね。凄いわ京司! 理央に聞いていたよりずっと凄い」

「そうかい、来られて良かったな」

「ええ!」

それはそれは眩しい笑顔だった。

何事もなかったかのように、ではない。もはや何事もなかったのだ。


その後の電車内は実に平和だった。

倒れた営業マン風異世界人は、むくりと起き、次の駅で降りて行った。

俺同様、顛末を視覚にて捉えていたはずの乗客も皆、携帯を弄る者や会話に興じる者のみになり、俺の頭はいつよりも混乱した。

「どういうこと?」と尋ねると、リオは一言、「なかったことになっただけよ」と言った。全く訳が分からぬ。

素っ気ない返事は、察するに、追及するなとの忠告であろうから、俺は以降、この話題を出すことを止めた。

もやもやしているのは、俺だけなのだろうか。


そんなこんなで、駅ビル散策である。

なんとご立派、地方都市の栄華! 電車で四十分でこの差よ。街を走る車の数もまた桁違い。車線は幾つあるのか、数えるのも億劫になる。

「腹は減ってないか?」

会話に困るのが今の悩み、ということで、短絡的にも食事の話題という凡人然とした切り出しかたで一つご容赦を。

思えば、これは異性とデートなるものをする初めての機会ではなかろうか。保守的狼、突然ドキドキして候。

「お腹? そうね、頃よく空いているわ」

「そうかい。じゃあ、このビルの店に入って飯を食おう。二人合わせて諭吉さん三人までは出せるから安心してくれ!」

無論、弟所有の諭吉さんである。

「ユキチサンサンニン……というのが通貨なの? 長い名前の通貨ね、面白い」

「いや、それはだな。うーむ、日本語は流暢でも基本知識がないのだな……はっ!しまった! まるで俺が基本知識に精通しているかのような発言! 不覚! 馬鹿を忘れていた!」

リオ・マルデリカは小首を傾げた。

「なに? 違うのならちゃんと教えてほひいわ。わたし、この世界のこと、もっともっと知りたいの。せっかくだもの、京司に教わりたい」

「……俺で良いのか? 馬鹿だぞ?」

「良いに決まってるじゃない。ここまで来ておいて今さら『あなたじゃ物足りない』何て言うほど不躾じゃないわよ、わたしは」

「そ、そうかい?」

「ええ」

それはもう、保守的狼が惚れ惚れする笑顔だった。


何もかもをなかったことにするのは不可能である。あんな不可思議を忘れることは、己の馬鹿を忘れる馬鹿であっても出来ない。

だが、ここにいる少女が、年相応に少女らしく振る舞っている、今を愛そう。そう思い、俺は歩き出すことにした。


……ところで、何故俺の中でだけは、あの不可思議はなかったことにならなかったのだろう。

リオ・マルデリカと、その力と、俺と、あらゆるものが蠢くカオスの世界。

四の五の考えたとて、この不出来な頭では、ただ謎が深まるばかりである。

弟よ、兄は君の助言を待っておるよ。


***


戦況は一変した。

自衛という考えを捨て、我々は敵を葬ることに死力を尽くした。

否。死力に非ず。

それは生への渇望からくる力であって、死を覚悟して得られる膂力程度のものではないのだ。

加えるならば、恨みと憎しみとで構成された、類を見ないほどの復讐心であった。

友と、恋人と、故郷と、信仰心の全てを否定する彼らに、我々はなんとしてでも一矢報いねばならぬ。


敵とて、全てが魔法使いや魔術師というわけではない。

我々は策を立てた。

「魔術師は魔術師が。魔法使いは魔法使いが。持たぬ者は持たぬ者が。でなければ勝てない」

そう言う理央は、賢い子であるが故に、考えを巡らせ答えを導き出せる子であった。

「僕が判断します。あの軍勢だ、必ず彼ら同士が役職の認識を誤らないよう、何か印を付けているはずです。皆さんは、自らと同格の人間だけを相手にしてください。持たぬ者が無闇に力を持つ敵と相対しても、犬死にするだけだ」


街の中央の高台から、パレク・オキヒヨロンの花火が上がった。我々にのみ伝わる暗号である。音、色、大きさの組み合わせで、我々はメッセージを的確に掴むことが出来、これはパレク・オキヒヨロンの最も得意とする魔法であった。

「魔術師、胸部、イセンテの紋章に加え、背部、赤の紋章」

それこそが魔術師であると伝えている。

「魔法使い、胸部、紋章に加え、背部、赤の紋章、加えて、手甲に黒線。

……持たぬ者、胸部、紋章のみ」

我々は、理央が見抜きし目印に従い、それぞれの敵を襲撃した。

魔術師であり門の監視役でもあったペジュー・ナトリューマと、魔法使いシューリケ・デッジャルと組んだ私は、既に十数名の命を奪うことに成功した。

策を立て、奇襲を仕掛け、地の利を活かし的確に対処した時、やけに敵が脆く感じた。半数以上は、戦い方が素人同然だったのである。

ただ鎧を纏っただけで、そこらのゴロツキにも劣る者ばかり。

戦いの準備が出来ていなかったのは、我々でなく敵方のような気さえするのだった。


戦況を逐一報告するパレク・オキヒヨロンの花火は、我々の優勢を伝えた。

「残りは数十! 奇跡だ! 奇跡が目の前に訪れようとしている!」

シューリケ・デッジャルが歓喜に叫んだ。

「落ち着けシューリケ、まだ数十いるのだぞ」

「なんだよ、そう言うメリクロイだって、嬉しそうに笑ってるじゃねえ」

……何?

この、私がか?

私は信じられなかった。

争いを遠ざけようとしていた私が、よもや戦いの最中に笑うなど。

剣も手も、敵の血で染まっているのに、笑っているなどありえない。

私は後ろを振り返った。

敵が倒れている。恐らくは皆死んでいる。

自覚した。私は今笑っている。張り付いたような笑みがある。高揚感が内側を支配していた。

手が震えている。恐怖ではない。

争いが、戦いが、これほどまでに魂を震わせるものなのかと、感動していた。

異教の者を斬り捨てる快楽。

本能が悦びに悶えている。

長らく忘却に追いやっていた衝動が、ここぞとばかりに私の心を喰らい尽くし、遂には私を呑み込んだ。

敵兵、残り数十。

足りぬ! 足りぬ! 足りぬ!

この剣を振るわせよ! この剣で、邪教徒を断罪させよ!


***


パレク・オキヒヨロンに指示を出した。パレクは「それでいいのか?」の尋ねて来たが、「それでいいんだ」と答え、無理矢理に花火を上げさせた。

ーー敵兵、残り数十である、と。

そんな馬鹿なことがあるか。こんな短時間でそんなに減るわけがないじゃないか。

鎧の数からして、その十倍はいると見ていいだろう。敵はまだまだ、ウヨウヨいる。

戦況は未だ劣勢。

「ここで劣勢なんて言ったら、皆の戦意が落ちちゃうでしょう? 奮起してもらうには、最低限の嘘くらいはつかなきゃ」

「しかし偽りは罪である」

「本当のことを伝えて戦意を失って負けた時、皆の愛する女性や子供はどうなっちゃうんですか。いいですか? 欺きは罪だ、でも、誰かを守るための偽りは時に必要なんだよパレクさん。それによって、命と尊厳が守られるならね」

「命……尊厳……」

そう。必要なんだ、嘘は。

脆弱な人間は真実を告げるとき、いとも簡単に、今を生きることを諦めてしまう。

それではいけない。生きなければ、何にもならない。

死は、いかなる場合であっても愚かな選択と言う他になく、その選択は間違いであると認識することが必要なのだ。

すなわち、僕らは退路を絶つことで生を求める。撤退は死である。その現実を受け止めて、戦う以外にない。


「さて、ここからどうなるかな」


そう言いながら、僕はただ高いところから、彼らの勇姿を見下ろすだけだった。


勢いで書いてるけど大丈夫かな。

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