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リオ・マルデリカ。
美少女と言って申し分なく、その美しさの中にあって輝く幼さの神秘が、彼女の魅力を一層際立たせる。
リオは異世界から来たと言う。異世界に行くとの言を残し姿を消した弟、理央と入れ替わり、互いに住む世界を交換したのだと言う。
それが意味するのは、つまり、
「理央は……、ああ、君ではなく、俺の弟の理央は、この世界に嫌気がさしたということなのか」
混乱に比べれば幾らか落ち着いた俺は、リオ・マルデリカに尋ねるように言った。
「そうではないと思う。少なくとも、わたしはそうは聞いていないもの」
リオは俺の自室にて、弟のベッドに座りながら茶をすする。茶は冷蔵庫にあったペットボトルから頂戴し、湯呑みに注いだのだが、彼女の住む世界にはペットボトルはないらしく、えらく驚いた様子だった。
「いろいろ訊きたいことがあるんだけど、いいかな」
「もちろん。つまびらかにするつもりがなければ、そもそもここを訪ねない」
「そうかい。では……まず、俺は何を訊いたらいいと思う?」
「ぶぷっ」リオは茶を僅かに吹いた。お茶目だった。「君は本当にあの理央の兄か!?」
聞き慣れた評価だ。
「申し訳ない。いかんせん馬鹿で」
「質問くらい考えておいて!」
「すまない。どうにも頭が弱くてね。考えるのは得意じゃないし、多少マシになったとはいえまだ混乱しているんだ。……まぁ、冷静になったとしても、俺のスカスカの脳みそじゃあ何ともならんがね」
俺が首元をポリポリと掻きながらそう言うと、リオは目を細め、訝しげに俺を見る。
「なぁ、京司、それは自称するようなものなのか?」
「どういう意味だ?」
「いや、何、理央もそうだったから、この世界は自らを卑下する文化でもあるのかと思って。わたしが理央に正当な評価をすると、彼は決まって謙遜するの。誉めてはいない、正当な評価でよ。わたしには理解出来ない。過大評価であればいざ知らず、能力を認められ何故そうなるの」
「いいや。俺と理央とは性質が違うよ」
まるで違う。名字と性別以外はまるで違う。
「あれは確かに謙遜だが、俺のは……なんというか、自分の能力を脚色なしにありのまま伝えると、まるで遜ったように聞こえるだけなんだ。俺は俺をなんら誇張せず伝えているだけさ」
「そう……血が繋がっていても随分違うのね」
「よく思ったものさ。俺は拾われてきた子なんじゃないかってね」
自嘲気味に言うと、リオは小さく笑った。美少女の微笑みはこれまた美であった。
「わたしもよく考えたわ。非凡な兄弟を持つと、誰しもがそう思うものよ」
とても女性的な口調で、年相応の柔らかい笑みだった。
「君もそうだったのかい」
「ええ。わたしは魔法も魔術も使える、むしろ得意だけれど、それらは良くて宴席の盛り上げ程度。所詮は余興なの。
わたしの住んでいた世界で重宝されたのは、魔法でも魔術でもなく、わたしの兄のような人。
神の力を自在に扱い、神の声を人々に伝える存在。神術師と呼ばれる、そんな人だったの」
***
「僕は、あなた方の世界に興味を持ったんです」
岐堂理央は言いながら、力仕事でかいた額の汗を、服の袖で拭った。
「リオ・マルデリカと初めてコンタクトが取れたとき、僕は感動のあまり、大好きなアニメを見ることを三日も忘れたんです。勉強なんかよりも、僕は刺激が欲しかったんです。魅力に溢れた刺激と、冒険と、汗まみれの毎日が欲しかったんです」
理央の笑顔は眩しく、夜の短いこの街の暗闇を、白夜のごとく照らした。
「君のいた異世界とは、どんな世界だったんだい? まだ魔法が重宝されているのかな?」
「いいえ、魔法のような科学は数多存在しますが、魔法も魔術も、僕の世界には存在しません。空想の産物です」
驚いた。まさかそんな世界があるとは。
「神はそのような世界があるとお教えにはならなかった」
「それは当然でしょう。神はこの世界の神であり、僕らの世界の神ではありませんから。僕の生まれ育った国には、神がたくさんいますよ」
「すると、君はイセンテ地方のイセンテ教のような、多神教の信者なのかい?」
「いえ、僕は神を信じてませんから」
なんと恐ろしいことを言う子だ。我々のよう敬虔なラレバ教信者の前でその言葉を口にするとは。
「君も見ただろう。神術師の神術を。それでも信じぬと言うのか?」
「言葉が足りませんでしたね。僕はあくまで、僕のいた世界の神は信じないと言っただけですよ。この世界における神は、また別ですから」
我々は安堵のため息を吐いた。
神術師さまが聞いていたら、どれだけ恐ろしいことになっていたか。
「気を付けるといいよ。神術師さまは大変気の短いお方だ。ひとたび神を冒涜すれば、君の首は容易くはねられてしまうだろう」
そう忠告すると、理央は微笑み頷いた。
「ご忠告感謝します。皆様が崇める神は、余程、おそろしいのですね」
「ああ、そうだとも」
彼は頭を下げると、夕食の肉を喰らい、我々と共に宴を楽しんだ。
リオ・マルデリカの魔法が、恋しい頃合いだった。