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一度あることは二度あるという。ん? 一回分少ない気がするなぁ。

俺が言いたいのは、一度あったからもう起きぬよ、というのは間違いであるということである。そもそも一度起こったことは、二度も三度も四度も起こりうるのだ。

つまり、不可思議な現象というものは、二度起こった。


家のチャイムが鳴った。もはや脱け殻の両親は客人に一切気付かず、もしくは取り合わず、数分もの間放置したものだから、引きこもりという不良債権への進化(もしくは退化)を遂げたこの俺が、分際を弁えず客人に同情した。

だが、俺が思うに、このチャイムを押したのは警察関係者かマスコミ関係者だろう。ならば同情の余地なし。例外なく敵であるからだ。

とは言え、人との関わりを遠ざけ三日経った俺は、恥ずかしながら人恋しくなっていた。引きこもりも楽ではない。

自ら業者に連絡し直してもらった二階の部屋の窓から、チャイムを押した客人を覗き見た。

警察ではないようだ。マスコミでもない。そう断言出来た。そこらのチンピラのようにも見えるが、暴力と承認欲求でのみ形成された脆弱な生き物にも見えないので、正体は推測すら出来なかった。


何者か……と、俺が凝視していると、その客人と目があった。

ギロリと鋭い目がピンポイントで俺の眼を射抜く。

「ターゲット捕捉」……と、まるでそう言っているようだった。


ーー不可思議な現象とは、この直後より起こった全てのことを言う。

全てが不可思議。

故に、これは夢である、との目算が高い。

頬をつねる。痛い。これはおかしい。先人曰くこれは夢ではない。

客人というべきか刺客というべきか、一階玄関のチャイムを何十回も押していた人物は、玄関前の砂利を粉々に砕くかのごとき勢いで地面を蹴り、俺が覗く二階の窓まで、まさしく跳び上がってきた。

奇怪なり!

妖怪もしくは化物の類いかと疑ういとまもなく、俺は尻餅をついた。

自室の前にバルコニーはない。そのはずなのに、その者は窓の外で制止していた。驚愕に顔面を固められた俺をまじまじと見ている。

おそらくは宙に浮いているのだが、その安定感たるや最新の軍用機も真っ青。ちなみに俺はミリタリーには明るくない。

「ふんぐっ……あっ……ぐん……」

駄目だ。声がでない。

何者だ貴様! と、理央が好んで見ていたアニメのような台詞を叫んでやりたかったが、出来損ないの称号を欲しいままにしてきた俺にそんな勇気はなかった。

化物こと客人は、窓ガラスを不思議そうに眺め、拳で軽くノックし、首を傾げた。

そして、さながらゲームセンターのパンチングマシンで己の力を試すように、客人は拳を振りかざし、窓ガラスを叩き割った。ああ、弟の貯金箱を壊して直した窓ガラスが……。

破片が俺の足元で凶器となる。しかし客人は構わない。

「君は、理央の家族か」

眼前の不可思議がそう言った。「理央」と言った。

「な、なじぇ弟をしゅってる」熟駄目だ。舌が回らない。

「弟……そうか、君が京司か」

「お、おりぇの名前……」

「理央から聞いている。大層お人好しで少々頭は弱いが申し分ない兄であると」

それはそれは過大評価である。「大層お人好し」は「少々」であり、「少々頭が弱い」は「大層」である。

「な、何者だ、お前は」詰まりはしたが噛んではいない。

「わたしはリオ。リオ・マルデリカ。君の弟と、住む世界を交換させてもらった者だ」

俺はゲームその他、オタク趣味に関しても明るくはない。ついでに言えば、現実に起こり得ることと不可能なこととの境が、この状況であっては酷く曖昧であるから、これが非現実的なことかも判断がつかないのだが。

「それは……よくあることなのか」

「まぁ、稀に」

あることらしい。

弟と同じ名前を持ったその者は、浮いたままに俺を見下す。


その姿は、絶世の美女であった。

年の頃は十五。淡い赤の唇に、柔らかそうな可愛く白い頬。極東アジアのものでもなく、西洋のものでもない、その中間をいく目鼻立ち。藍色の瞳。キリリとした細い眉。銀の髪に、金色のメッシュがいくつか。

気付けば、俺はその顔ばかりを見ていた。見惚れたと思って頂いて構わない。男の子なら誰しもがそうなるだろう。

「わたしから見れば、君は単に異世界に住む人間だけれど、君から見たわたしはどう見えているの? そんなにじろじろと見るくらいだから、よほどおかしいのね」

愚問である。些かどころではなく、随分な愚問である。

「答えても?」

「是非」

「紛うことなき怪物」

「なにゆえに?」

「人は宙を浮かぬ」

どんなに美しかろうが奇怪は奇怪である。

「なるほど、この世界の人間は魔法魔術を使えないのだった。失礼。配慮が足りなかったわ」

聞き捨てならんことを言った。それは、まさしく非現実的であった。

「ままままま魔法、魔術?」

「魔法も魔術も知らないの? 理央は知っていたのに」

「そ、そうじゃあない。知っている。ああ、いや知らんのだが、言葉は知っている。だが待ってくれ……実在するのか」

「わたしの世界ではざらに」

「どれくらいの、ざら?」

「わたしの話を聞いて、君の弟が表現したものを借りれば、『学生時代ボッチで~』とラジオで話すセイユウの割合……くらいだそうだ」

「なるほど分からん」

例えが、ではなく、弟が分からない。そう例えて誰に伝わると思ったのかが分からない。


いいや、分からんのは、目の前の女の子の存在もであろう。

異世界に行くとの一言で旅立ち、数日の後やって来た、理央と同じ名のリオという女の子。

住む世界を交換とはどういうことか。

その言葉を反芻し、導かれる答えは、私が天才であろうがこのまま凡人もしくは無能であろうが、きっと同じだっただろう。

「弟が異世界とやらへ行き、君がこちらへ来た……入れ替わったのか、同じ、リオが」

「……さっき言ったままだわ」

「……そうだった」

これは不覚。天才も凡人も無能も関係なく、もう答えは出ていたんだった。お恥ずかしい。無能たる所以をご披露してしまった。

「ところで」

よくよく見れば纏った衣服も奇怪な少女は、尚浮いたまま俺に尋ねた。

「この世界では、客というのはどう振る舞うべきなのだ。勝手が分からん」

ここに来て自身を客と称する辺りにこの者の非常識さが窺えるが、尋ねられたので、素直に答えることとする。

「とりあえず浮かぬ。窓を拳で割らぬ。腰は低く。あと玄関から入れ……いや、よくそれでチャイムを押すというファーストステップを知っていたな」

「それだけは理央から聞いていた」

それ以外にも話しておけ弟よ。

思わぬところで間抜けだったりするのだ。……そこがまたかわゆいのだが。

さすがの秀才も、両親が客の対応一つ出来なくなるとは想像もしていなかったのか。いいや、そんなはずはない。

理央は勉強が出来る子なのではなく、あらゆることに秀でた子だ。現状も想定の範疇において当然である。

ますます分からぬ、弟よ。


***


リオ・マルデリカは異世界に行ったのだという。

どういうことかと神に尋ねると、それは割にあることなのだと言う。

岐堂理央は我々に対し、やけに畏まって頭を下げた。

跪き、手を地面に付けた。神に祈っているのかと思えば、曰くこれは、理央の世界では最大級の謝罪なのだという。

私を含め、仲間たちは理央に、揃って「かぶりを上げよ」と言った。

神は、こう仰ったのだ。「双方が望まぬ限り、向こう側へは行けぬ」と。

これはリオ・マルデリカ自身も向こう側への旅を望んだことを意味している。リオがそれを望み、それが果たされたのであれば、我々は心底から祝福すべきだろう。

理央は微笑みながら、またも頭を下げた。理央が言うには、これは最大級の感謝のしるしらしい。異なる世界の文化は非常に興味深い。表情に喜びがあるか悲哀があるかで意味合いが変わるのだから。

理央は優秀であり、人格者だった。故に我々は疑問を抱く。

「何故に君は、この世界に来ることを望んだのだ」

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