運命のつがい
この世界にはつがいがいる。
この世界ではみんな唯一無二のつがいがいて、必ず18歳までに見つかる、それが常識…らしい。
この世界は多分ほとんど私が前に生きていた世界と変わらない。
ただつがいなんてない世界から転生した私にはそれがとてもキラキラしたものに思えるけど、同時に心配でもある。
私にも運命のつがいがいるのかしら
。
みんなは自分につがいが居るのか、なんて心配は全くしない。
なぜならつがいに会えるのが当たり前で、つがいに会えない人なんて今まで1人もいないから。
「はい、皆さん。来週はダンスパーティですね。つがいが居る人はつがいと、つがいを楽しみにしている人はダンスパーティの相手を探してください。」
この国ではつがいがまだいない人は、「つがいがいない人」ではなく「つがいを楽しみにしている人」と言われる。
その言葉の通りみんな楽しみにしているから。
そんな中で不安を感じている私は高校3年生である。
つがいが見つかる期限の18才まであと、1日。
「お前の誕生日、明日だな。」
ホームルームが終わって、ドサッと無遠慮に私の机に座るのは幼馴染の健太。
他の子は部活のためにさっさと教室をあとにする。
「そうだね。」
彼に目を向けないで片付けをする私を健太は見つめた。
「あんまりうれしそうじゃねえのな。」
なんとなく彼の視線が外れたのを感じて、詰まっていた息を吐いた。
悟られないように目だけで健太を見ると、彼は結露で白くなった窓から遠くを見ているようだった。
「部活には、行かなくていいの。」
「今日は顧問が来れないから、休みになった。それより、なにかあったのか。」
彼の揺れる足が私の机を鳴らす。
「そういうわけじゃないの。」
つがいに会えるか不安なだけ。
そんな不安、きっと分かってもらえない。
「そっか。きっと桜の誕生日、また雪が降るんだろうな。」
冬生まれなのに私の名前は桜。
はらはらと、降る雪がまるで桜のように綺麗だったらしい。
私の机は沈黙して、静かさがさらに際立つようだった。
「…そうだね。なぜか毎年、必ず雪が降るものね。今年も雪で大変かもしれないから、うちに来なくてもいいよ。」
毎年、彼は雪の中私の誕生日にお祝いに来てくれる。
雪が降ったぞー!って言いながら。
「大変って隣じゃんか。桜だっていつも嬉しそうにしてるくせに。なぁ、何が心配なの。」
彼がまた私の方を覗き込む。
もう机の中には何も入ってなくて、私に逃げ道はなさそうだった。
もう一度カバンから取り出して入れ直そうかな。
現実逃避して、私は何も言わなかった。
「つがいのことが、不安なのか。」
健太は鋭かった。
その矛先を避けることはできそうになくてお腹で内臓が沈むように痛んだ。
「そうか。桜はいつも何も言わないから心配になる。でも言わせないのは周りの俺たちのせいだよな。」
全然、これっぽっちもそんなことないよ。
健太も、みんなも、わたしのこと本当に大切にしてくれる。
ただ怖がりなわたしが、言えないだけ。
健太は下を向いた私の頭を荒く撫でた。
昔から、彼はよく私の頭を撫でた。
それがなんだか私を懐かしい気持ちにさせる。
「痛い。」
心が、痛いの。
つがいのいない私はこの世界に受け入れられてないようで。
「お、おい、泣くなよ。そんなに痛かったか。ごめんな。」
健太はさらに優しく私の頭をやっぱり撫でた。
「桜、相変わらず泣き虫だなぁ。」
小さい頃、私はすごく泣き虫だった。
違う人生の記憶はあるけど、それはただの記録のようなもので。
私の心は年相応だったから、そのちぐはぐさが私を混乱させてよく泣いていた。
「なんで嬉しそうなの。」
うーん、と健太がうなる。
「変わってないなって。桜、大丈夫だよ。」
懐かしかった。
周りの人には分からないことでよく泣く私を、なぜか彼は大丈夫だよと言いながら慰めてくれた。
彼は私の安定剤のようなものだった。
中学生になってからは落ち着いて、そんなことも少なくなっていたから、とても久しぶりの安心感だった。
彼がいなきゃ私は生きられないような気さえする。
「健太は不安じゃないの、つがいがいるのか。」
私は窓を見た。曇った窓から外はよく見えなかった。
「つがいが不安なのか。俺は、不安じゃないな。そういうものだから。だけどそれは辛いな。みんなが当たり前に思っているものが不安なんだから、それはきっととても辛かったんだなぁ。」
健太のこういう所が、一生敵わないなと私に思わせるのだ。
「多分、つがいが分かるまで桜の不安は消えないかもな。だから今は何も考えないようにするしかないのかもしれない。でも大丈夫だ。大丈夫。」
健太の大丈夫は根拠がない。だけど健太が言うといつも何でも最後は本当に「大丈夫」になったから、健太の言葉だけで何だか「大丈夫」な気がしてくる。
彼は私が落ち着くまでずっとそうやって私の頭を撫でながら笑っていた。
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「おーい、桜!雪が降ったぞー!」
ドタドタと私の部屋まで階段を駆け上がってくる音がする。
布団にうずくまったまま出ようとしない私の布団を無理やり剥ぎ取って健太は私の手の甲と自分の手の甲を私の方に向けて言った。
「ほら、綺麗な雪の結晶だ。桜の形をしてる。」
私と彼の手の甲には、つがいの証である揃いの模様が浮かんでいた。
桜の花びらの形を合わせたような雪の結晶の模様。
「ほ、大丈夫だったろ?」
そう笑う彼の頬は赤くなっていて、それが寒さのせいじゃなかったらいいな、と思った私の頬が赤いのはきっと雪が降っているからだ、なんてね。