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やなめわーるど  作者: にゃー
8/8

やなめ



「高瀬くんはご家庭の都合でしばらく学校をお休みするそうです。」


ホームルームで先生からそう告げられた。

なにそれ。


「先生!家庭の都合ってなに?!

いちは…かずなりくんはいつ戻ってくるんですか?!」


「……正直な話、私も詳しくは教えてもらってないし、知ってたとしても勝手に口外する権利もありません。」


「そう……ですよね。

いきなりすいません。失礼しました。」


「……でも、もし知ってたらあなたには教えてたかもです。」


「…ありがとう、先生。」








「薮坂さーん。

薮坂さんもかずなりくんがなんで休んでるか聞いてないのー?」


「…聞いてないよ…。」


「ありゃ、それは意外だな。」


「…もしかして山中さんは聞いてる?」


「ん?薮坂さんが聞いてないのに聞いてるわけないよ。」


「……もしかして私いちに捨てられちゃったかな……。」


「それはないねー。

学校でしか見てないけど少なくともそんな風には見えなかったよ。

まぁ冬休みの間になんかあったなら知らないけど。」


「………」


「……なんかあったかんじなの?」


「………山中さん……

私たちって友達かな…?」


「ん?そうでしょ。友達でしょ。

少なくとも私はそう思ってるけど?」


「……うん、ありがとう。」


「んえ?いつも以上に変な薮坂だね。」


「山中さん、実はね……」


山中さん……私にとってはじめて友達とよべるような人だ。

この人になら話してもいいかなって思えた。











「ふーん、んじゃぁ薮坂さんはその左手のせいでかずなりくんに捨てられたとか思ってんだ?」


「……うん…」


「山中さん!いや、やなめ!…いやいや!のぞみん!!」


「いや…好きなように呼んでいいわよ。」


「きみは自分のことばっかだね!!

どうしようもないくらい自分が大事なんだね!!」


「…なによ、それ…」


「だってそうじゃん?そうじゃんか?

なにかあれば自分は捨てられてかわいそうだとか、かわいそうな私を誰か助けてだとか、どんだけよ、きみ?」


「そ、そんなこと言ってないわよ!!」


「そう聞こえるって言ってんのさ!

きみ、かずなりくんのこと考えたことある?!」


「……いちの…こと…?」


「今回の場合だって、最初かずなりくんになんかあったって考えるべきじゃない?

でものぞみんは自分が捨てられたって考える。

おかしいよ、きみ。」


「………」


「ありり、黙っちゃうの?図星なの?」


「うるさい!!」


「ししし、うるさい?

じゃぁ黙ってやるからなんか言ってみなよ。

言い分もとい言い訳くらいはきいてやるぜ?」


「ええ、そうよ!!

私はおかしいわよ!思考が歪んでるわよ!!

親に、先生に、大人に甘やかされて同級生にいじめられてきて!友達なんて人っ子ひとりいなくて!!

それなのに今は大事な、大好きな人ができて…まずなによりも最初に私の目の前からいなくなったらどうしようってことばっか考えちゃうよ!自分のことばっかの最低なやつよ!!そういうやつよ!!

でも……でも!!心配してないわけないじゃない……心配よ…心配で心配で寝れなくて…涙が止まんなくて……どうすればいいのかわからなくて…」


「……遅いってば…」


「…は?」


「遅いんだってば!!

なに1人で悩んでんのさ!!ほんとにばか!

頼れよ!友達じゃんか!!相談くらいしてよ!!

言ってくれればさ!うじうじしてて自分勝手でばかなマヌケな大切な大好きなきみの背中くらい何回だって押してやるってば!!」


「……山中さん…」


「後悔したくないなら…心配なら行ってきなよ。

それでもし残念な結果になってもさ、私の胸くらい貸してやるっての。

きみは人をばかにしすぎなんだってば。」


「……頼りない胸ね…」


「うるさい!

脱いだらすごいんだよ、私は!

ってかのぞみんに言われたくない!」


「……いちにも同じこと言われたな…

私ってほんとに成長しない……」


「…私らってさ、同じこと繰り返して繰り返しまくって、挫折して頼って成長してくもんだよ。誰だってそうだと思うよ私は。」


「ありがとう…山中さ……やまりん。」


「うん、その過ちから正そうか。

せめてゆかりんで…。」


「……ふふ、ありがとう。ゆかりん。

……とりあえずいちのこと殴りに行ってくるわ。」


「ん?ししし、そうかもね。

どうにかして連絡とるってことしないあいつが悪いね。

うん、自分勝手なきみらしいね。」


「やまりん…」


「ん?」


「ありがとう。行ってきます!」


「おう!!ってやまりんはやめれってば!」


「ふひひ、帰ってきたらやまりんとも遊びにいきたいな。」


「……はぁ。

おうさ!かずなりくんが嫉妬してしまうくらい遊ぼうぜ!!行ってらっしゃい!」


貯金は何気にある私はこうしてやまりんに文字通り背中を押してもらっていちのとこに向かうことにした。

住所は知らないけど…

和菓子屋の禊…うん!

いざ!浜松だ!!












「………浜松にくるだけで大分迷った…

もう8時かぁ……

やまりんにもたせてもらった地図があるけど……迷う気しかしないわ…。」


まぁ、この際どうでもいいことなので省くけど、私の方向音痴とコミュニケーション力のなさで目的地についたのは浜松についてから3日後の夕方だった。

嘘だと思うか?ほんとなのだ。


「…や…やっと…やっとついたわ……

えっと…いちが言ってた和菓子屋もあるし、表札も高瀬だし間違いないよね…。」


いちに会うのは何日ぶりだろ…。

何があったっていう恐怖よりも会える喜びが勝ってしまうのはやっぱり私はおかしいのかな。



……


……


とりあえずチャイム鳴らしたけど(10分ほどの心の準備があったけど)、

お願いだからいちがでて!いちがでて!いちがでて!


「はーい、……どちらさん?」


ドアから出てきたのはいちじゃなくて多分…お父さんかな…?


「あ、あの…えと、私、いちの…じゃなくて…かずなりくんのクラスメイトの薮坂と申します。

あの…かずなりくん…いますか?」


「かずなり?

かずなりなら昨日の夜に東京に戻ったけど…」


「なんでやねん!!」


「………」


「………」


私が浜松を彷徨っている間にあの空気の読めないバカは東京に戻ってたみたいだ…。

休んでた理由もほんとにささいな家庭の事情だったのかも…。


「し…失礼しました。帰ります…。」


「……きみ、やなめちゃん?」


「……はい。」


いち以外の人にその名で呼ばれるのはなんか慣れないな。

……静かにしゃべる人だなぁ。


「やっぱり。

かずなりからやなめちゃんのことは聞いてるよ。うん、せっかくだし上がっていきなさい。お茶くらいだすよ。」


「は、はい…。」


あー…なんでこうなったんだろ…。

いちのせいか…あとやまりんが乗せてくるから…おとなしく東京で待ってればよかった。


「お母さーん。

お客さんだ。お茶とお菓子用意するから居間まで案内してあげて。」


案内ねー。外から見ても思ったけど確かに結構広い家だなぁ。

あのバカは結構なぼっちゃんなのか?


「聞こえないのよ!

もっとはっきりしゃべりなさいよ!このボンクラ!!

…あらあら、可愛らしいお客様ね。」


「お、おじゃましております!」


「やなめちゃんだよ。」


「あら!この子が!

遠くからわざわざ。

………わざわざ何しに来たの?」


「……はは…」


お母さんはずいぶん騒がしい人だなぁ。







「あははははは!!!じゃぁあれかい?!

やなめちゃんはかずなりが静岡でなんかあったと思ってわざわざ浜松まで来たけど、

家を探すのに3日も迷って、その間にかずなりは東京に帰っちゃったと!

やなめちゃん面白すぎ!!」


「いやー……はは…そんな高笑いしなくても……」


「人を笑わすのなんて才能よ。喜んどきなさいな、やなめちゃん。

まぁ、かずなりのためにわざわざこんな遠くまでありがとうね、やなめちゃん。」


「……褒められることじゃないですよ。

自分のために来ただけです。」


「やなめちゃんがどう思ってようが、私は嬉しいんだよ。

だからありがとうって言ったのよ。

何かおかしい?」


「…ふふ…いえ、全然。」


「にしても遅いわね、お父さん。

茶菓子用意するのにどんだけかかってんだか。」


「うるさいよ、お母さん。

ほら、茶とお菓子。」


「あらあら、ありがとう。」


「ありがとうございます。」


「じゃぁぼくは仕事してくるけど、やなめちゃんゆっくりして行ってね。」


「お忙しいところにおじゃましてしまってすいません。」


「いやいや、いいんだよ。

お母さん、やなめちゃんに迷惑かけないようにね。」


「うっさいわねー。

早くいっちゃいなさいよ。」


「はいはい。」












「さて、やなめちゃん。

私はあなたに聞いてみたいことがあるわけだよ。」


「な…なんでしょうか?」


「かずなりのこと、好き?」


「……答えなきゃいけないやつですか…?」


「もちろん。私はかずなりの母親だからね。」


「……好きです。」


「そっかそっか。素直でいいね。

これからもさ、かずなりと一緒にいてやってよ。」


「………ふひひ……たまに私なんかでいいのかなって思っちゃいますけど……」


「さあね。それはかずなりとやなめちゃんが決めることだよ。

でもかずなりはあなたのこと、大好きだよ。

話しを聞いてる分だとそうだと思った。」


「………今回のこと…私置いていかれたんだって思っちゃいました。

信じてあげなきゃいけないのに……私はそう思っちゃいました。」


「いんじゃない?あなたはそう思っちゃう人なのよ。

それを簡単に変えることなんてできないし、変える必要もないと思うわ。」


「……私はこんな自分が嫌いです…」


「大丈夫。そんなあなたを好きな人はたくさんいるわよ。私も話してて好きよ、あなた。

だから無理して変わんなくていいのよ。」


「……ありがとうございます、おばさん……。」


「………ほんとはね、かずなりにはこれから実家で暮らしてもらうつもりだったのよ。

私、倒れちゃってさ……今も全快とは言えないし、お父さんは仕事仕事って言って家のこと全然やってくれないし。

あの子にしばらくの間、家のこと任せようって思って。」


「え………でも……」


「うん、あの子は東京に帰ったわ。

1人じゃ決めれないからって。

できればあなたと東京で一緒にいたいって。

遅くなったのはお父さんに家全般の基本的なこと叩き込んでたからよ。

お父さん、家事とかほんとやらない人だったから。

まぁ、大分言い合いになってたけどね。

それだけあなたといたいのよ、あの子は。」


「いちは……すごいですね…。

なんでもできるしなんでも自分の力で切り開いていくし。」


「いち?あー、あの子のことね。

そんなことないわよ。

背伸びしてるだけであの子はだめだめなお子ちゃまだからね。

私にはべたべた甘えてるしね。

だからいざというときはやなめちゃんが支えてやってね。」


「ふひひ、私はもっとだめな人間ですよ。

背伸びしてもなんもできないやつです。」


「わかってない!わかってないなー、やなめちゃん!」


「………はぁ。」


「やなめちゃん、お父さんがいれたこのお茶まだ飲んでないでしょ?飲んでみて。」


「…じゃぁいただきます。」


「………どう?」


「……な…なかなかのお手前で……」


「そうなのよー。まずいでしょ?

あのバカはろくにお茶もいれられないバカなのよ。」


「私はなんも言ってないですよ!!」


「でもね、どんな最高級のお茶っ葉を使ってプロの人がいれたお茶よりも私にはお父さんがいれてくれたお茶のほうが断然美味しいわ。わかるかな?」


「………なんとなくわかります…。」


「ふふ、なら最後にまたお願いするわね。

やなめちゃんさえよければこれからもずっとかずなりのこと支えてやってね。」


「もちのろんです!任せてください!」


「それと、これはおばさんからの助言よ。

適当に聞いてちょうだいな。」


「お母さーん、かずなりから電話だよ。」


「………ほんと親子そろって空気の読めないボンクラね。」


「ふひひ、なんとなくわかります、それ。」


「どうせやなめちゃんのことだからやなめちゃんでてくれないかしら?」


「わかりました。」














「……もしもー


「母さんか?!

やなめ来てるか?!3日前にそっちに向かったらしいんだけど…

あいつ絶対迷ってる!!

母さん!!どうしよう!!」


「……私だよ、いち。」


「やなめ?!………よかった……。

………ごめんな、迷惑かけた…。」


「ほんとよ、連絡くらいしなさいっての。」


「ごめん…いろいろばたばたしちゃってさ…。まさかあんたが浜松まで来るとは思わなかった…。」


「ふひひ、いちのいるところやなめありよ。」


「……ありがとう、やなめ。

今日はこっちには帰ってこないのか?」


「さすがに帰るわよ。

迷いすぎてちょっとした観光をしちゃったわ。」


「迎えにいくよ。」


「いいよ。

いちも疲れてるだろうし、そっちで待ってて。」


「……わかった。

あんたがそう言うなら待ってるよ。」


電話越しだけどいちと久しぶりに話したような気がする。

私から見ていちは人間として完璧に近いように見えてた。

人の助けなんてもらわずに1人で生きていけるような人間に見えてた。

でも違うんだね。まだ高校生だもんね。

電話していちのこと少しわかった気がした。

私はそれが嬉しい。





「おじゃましました。」


「ほんとに帰るの?

もう夜だし泊まって言ってもいいのよ?」


「ありがとうございます。

でも、いちに帰ると伝えたので。」


「うん、そっか。

またいつでも来なさいな。」


「あ、あの……」


「ん?」


「さっき言いかけてたことって……

助言がどうとか…」


「あらあら、忘れてたわ。

まぁほんとにたいしたことじゃないんだけどね。

かずなりもそうだけどやなめちゃんは高校生って言ったってまだまだ子どもなんだからさ、もっと周りの人に頼りなさいな。

先生だって、友達にだって、家族にだって、私にだっていい。

きっと勇気のいることかもしれないけどさ、恥ずかしいことじゃないわ。

とても大事なことよ。いい?」


「…………はい。

……ほんとにありがとうございます。」


「うんうん!今度はいちと2人で来なさいな。あなたなら歓迎よ。

じゃぁ、またね、やなめちゃん。」


「はい!おじゃましました!!あねご!!」


「あらあら、懐かしい響きね。」


「おかあさん……。」






人に頼る

友達に頼る

大人に頼る


私はこの行為が弱くいけないものなのだと思ってた。

いちに会ってから少しはましになった考えだったけどどこかでやっぱりそう思ってた。


頼ろう。

いちにもこうすけにもやまりんにも先生にも色んな人に頼ろう。

私にとって勇気のいることだと思うけど…

左手のことも隠すのはやめようと思う。






東京に帰ってそうそうママに怒られた。

うん、さすがに怒られた。

私は泣いてしまった。

嬉しくてつい泣いてしまった。



こうすけが間にはいってくれたこともあって私の人生初のママからのお説教はそんなに長くなかった。


「ありがとう、こうすけ。」


「あーあーあー、そういうのいいから。

早く行ってこいよ。

あいつ、のぞみがいねーとうるせーんだって。」


「ふひひ…うん!いってくる!!」



きっと私は大バカだったんだな。

私がもっと早く素直にまっすぐに人と自分と向き合ってれば簡単なことだったんだ。


私はいますごい幸せだ。

幸せ、ほんとに幸せ。

何回も言葉にしたい。

何回も言葉にしても言い表せないくらい幸せ。



私の大好きな人の家から私の大好きなハンバーグの匂いが漂ってくる。


「……ふふ……先食べててよかったのに。」


いつも通りのいつもの日常。

そこに私の小さな小さな世界がある。

この幸せの世界が壊れないようにかみしめる

ために私はいつもみたいに言う。

あの人に教えてもらった言葉で。





「ただいま、いち。」









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