しち
「あー…終わった終わった。
とっとと帰るかなっと…………ん?」
「……よお。」
「……のぞみといたやつか。」
「高瀬 一成だ。」
「……薮坂康介だ。
で、俺になんの用だよ、高瀬さん。
てか買い物袋なんて持って主婦みたいなやつだな、袋から醤油見えてんぞ、くくく…。」
「……あいつのこと、教えてほしいんだ。」
「あいつ?
ああ、のぞみのことか。
教えてほしいってあんた、のぞみのなんだよ。」
「あんたが想像した通りのやつだと思っていいよ。」
「……あーね、てか教えてほしいってなにをだよ?」
「あんたとあいつの間でなんかあったのか?」
「………昔のことだよ。
いまは別になんもなーいよ。」
「でも今日のあいつのあの態度絶対おかしいだろ!
なにがあったんだよ!?」
「…そんなん聞いてさ、どうすんのさ、高瀬さん。」
「なんだよ、どうするって…」
「あんたら、いま上手くやってんだろ?
それでいーじゃない。
なんでわざわざ昔のこと掘り返すのさ?
高瀬さんの言う通り思う通り考えてる通り昔に結構いろいろあったよ?
昔と言わず今でもあいつは悩んでるかもしれないよ。
でもさ、それ聞いて、あんたどうすんだよ?
いま上手くいってんならさ、幸せにやってんならさ、それでいーじゃん。」
「……なんでおれここまでして知りたいんだろ…。」
「知らねーよ、知らねーけど知らなくていいこともあるって。」
「でも知りたいんだよ…やなめのことだから。」
「………やなめってなんだよ?」
「ん?あいつのことだが。」
「……は?……くく…うはは!なんだよ、やなめって!どっからでてくんのそれ?!
まぢセンスないわ!」
「……あんたはやなめ弟だぞ。」
「やめろ!センスなさすぎてさむいわ!」
「……うるせーな…。」
「ははは…まぁいいかな。うん、いいよいいよ。
別に隠すことでもなんでもないしな。簡単に話してやるよ。
俺が話すとあいつ怒るだろうし詳しくはあいつ本人に聞けよ。
あいつを本当に想ってるならさ、一緒に超えなきゃだろ。」
「…よくわかんない言い方だな。」
「あいつ、昔から左手ほとんど動かないんだよ。」
「…………え?」
「やっぱりあいつ隠してるよな。
まぁ、どれくらいの症状なのかおれは知らないけどほとんど力が入らないみたいだな。
それが原因でいじめられてたみたいだし、両親に特別扱いされてたあいつを俺もいじめてた。ガキだったからな。
焦らしといてためといて期待させといてなんだけど要約するとさ、ただそんだけだよ。
んで仲直りできないまま今のようなぎこちない間柄になったわけよ。」
「……でもあいつ普通に茶碗持ってごはん食べてた…」
「ん?あいつそんなことするようになったのか。どの程度かわからないって言ったろ。
頑張れば茶碗くらい持てんじゃない?」
「…じゃぁ…おれがしてきたことって…」
「しらねぇよ。俺は俺のことを話したぞ。
こっからは俺と話すことじゃないだろ。
じゃーな、俺は帰るよ。」
「…………」
「……少なくともあんたには普通に接してほしかったんじゃん?だから隠してたわけだし。
あんたまで特別な目で見てやんなよ。」
「……話しありがとな。」
「はいはい。
のぞみに会ったらたまには家族揃って飯が食いたいって言ってたって言っとけ。」
「……まかせとけ、やなめ弟。」
「だからセンスねーってば!」
「ただいま。」
「………どこ行ってたの…?」
「……やなめ。」
「……おかえりなさい。」
「ただいま。
買い物行ってきたよ。」
「………なんで起こしてくれないのよ。」
「なんで泣きそうなんだよ。
そこまでして買い物行きたかったのか?
めちゃくちゃ寒かったぞ。」
「……起きたらいちがいなかった。」
「…ごめん、あんたが起きる前に帰ってくるつもりだったんだけど結構かかっちゃってさ。
お詫びというかクリスマスイブだからというか今日はハンバーグ作ってやるよ。」
「ハンバーグ!!
早くとりかかろう!いち!」
「ははは、あんたほんとに好きだな。」
「もちのろんよ!
いちのハンバーグは特別だもの!
あ、少し休んでからにする?」
「大丈夫だよ。もう7時だしすぐ作ろう。
やなめは米洗ってくれ。」
「まかせとけ!」
「ふふーん、ふんふーん。」
「……米とぎ上手くなったもんだな。」
「米とぎに上手いもくそもあんのか?」
「少なくとも最初のあんたはひどかった。」
「これだけやればさすがの私でもね。
ハンバーグだってこねこねするの手伝えるようになったし。」
「うん、いいことだ。」
「上から目線やめなさい。
なんかムカつくわ。」
「はいはい。」
「まったく。」
「……さっきあんたの弟に会ったよ。」
「…………ふーん、で?」
「ちょっと話してきた。」
「…………………ふーん、で?」
「あんたのこと、ちょっと聞いた。」
「………………………何聞いたの…?」
「……詳しくは聞いてないけど…その……
左手のこと…」
「…………そっか。
………で?」
「詳しくは…あんたから聞きたい。」
「そうだよ、こうすけの言うとおり私は左手にほとんど力を入れることができないんだ。」
「……言ってくれてもよかったじゃん。」
「やだよ。
他の誰かならまだしもいちにだけは知られたくなかった。」
「……特別扱いされるからか?」
「ん、そうだね。
そうなったら私はもういちと対等な関係でいれなくなっちゃうもん。」
「そんなこと…」
「あるよ。
もし私の左手のこと知ってたらいちは茶碗を持たないでごはんを食べる私を注意した?」
「………わかんないよ。」
「してないよ、絶対してない。
私がどんなに行儀悪くてもどんなに悪いことしても、それこそもはや左手と関係ないことでもパパもママも学校の先生も大人は何も言ってこなかったよ。」
「……それが原因でいじめられたのか?」
「大人に特別扱いされる私をみてこうすけとか学校の子は面白くなかったんでしょうね、結構な仕打ちにあったわ。」
「……そっか。」
「別にパパやママ、先生のせいとは思ってないけどね。私が弱いせい。
そう思って高校からは強く振る舞ったわ。
まぁ、口調とかね。
そしたら誰も私に近づかなくなったよ。」
「……あんた、不器用だな。」
「…まぁ自覚はあるわ。」
「……いまはおれがいるだろ……」
「うん、いまはいちがいる。
……いちに左手のこと知られたくなかった理由、もう一つあるんだ。」
「……なんでだよ…?」
「いちが私の前からいなくなっちゃうと思ったから。」
「……わかんねぇよ。
なんであんたがそんなこと思っちゃうのか全然わかんねぇ。
おれ、そんな信用ないのか?」
「……ううん、そんなことない。
でももしいちの好みの女の子が目の前に現れたら勝てないもん。
性格も口も行儀も悪くて、ろくに家事もできなくて、たいして面白いことを言うでもなくて、しまいには左手が不自由な私が勝てるわけないもん……。
ただでさえ欠点だらけの私なのに左手の自由がきかないなんて知られたらいちはどっか行っちゃうもん!!」
「あんたが勝手におれのこと決めんなよ!
あんたがどう思ってようがおれがやなめと一緒にいるのはおれの自由だろ!?」
「そうよ!自由よ!!
お前が私の前から消えようが死ぬまで一緒にいようが全部お前の自由だよ!!
それ不安じゃん!!
楽しかったんだもん!!幸せだったんだもん!!
いちが私の行儀の悪さを怒ってくれて嬉しかったんだもん!!
いちが山中さんと話してるときいやだったもん!!
いちがこうすけに嫉妬してるの見てにやけちゃったもん!!
いちが私のこと好きって言ってくれて生まれてきてよかったって思ったんだもん!!
いちが大好きなの!!好きすぎてちょっと隣にいないだけで涙がでて……止まんなくて……。
だから左手のことなんてずっと隠してずっといまのままいちといたかったんだもん!!」
「ばかにすんなよ!!」
「してないわよ!!」
「あんたは確かに性格も口も行儀も悪くて、ろくに家事もできなくて面白いこともあんま言わないやつかもしんないけどさ!
おれはやなめが好きだ!
やなめが左手が悪かろうとこれから寝たきりになろうと違うやつとどっか行っちゃっても、これから一生会えなくなっちゃったとしてもさ、おれはやなめが好きなんだよ!
確かに左手のことで少し心配になったりあんたの言うようにちょっと特別扱いしちゃうときもあるかもしんないけどさ!!
なにがあってもこれだけは変わんないって!
そんなにおれが軽く見えんのかよ?!
ばかにすんのもたいがいにしろ!!」
「……だって…いっぱい迷惑かけちゃうよ……?」
「かけろよ、ばか!
いままで散々かけられてきたよ!
おれだってかける!」
「……女の子と話してるだけで…機嫌悪くしちゃうよ……?」
「いいよ!
そのたんびにケンカしてやる!」
「……他にも…他にもいちが好きそうな女の子いっぱい……いるよ……?」
「くどいぞ、あんた!
何回言わせんだよ!?」
「何回でも言ってよ!!
何回だって聞かせてよ!!」
「………おれはやなめが好きだ。」
「……足りない…」
「好きだ、やなめ。」
「……他の女の子なんて見ないで…」
「……見た記憶はないがわかった。」
「……エロ本も全部捨てて。」
「……わかった、これからはやなめのことを考えよう。」
「……私のこと悪く言ったの土下座して…」
「……不本意だけどわかった。
こうでいいのー
「……ん……」
「…………」
「ふひひ、キスしちゃった。」
「………」
「………いち?」
「……やなめ…鼻水が口についた…」
「ぐぎゅ…う、うるさいわよ!!
泣いちゃったんだから鼻水くらい出るだろ!!」
「……やなめ。
おれは絶対やなめの側にいる。
なにがあっても一緒にいる。」
「……それ前にも聞いたよ。
パターンのないやつね。」
「……よく覚えてんなぁ。」
「……信じていい?」
「どっちでもいいよ。
信じようが信じまいがー
「ひゃりゃぁ!」
「って痛い!殴んなよ!」
「いちいちうるさいんだお前は!!
信じていい?!」
「……信じろよ。」
「ふひひ、信じるよ!」
「…………てかあんた、左手で…」
「ん?痛かっただろ?」
「……あんたにはハンバーグはやらん。」
「おい!ふざけんな!!」
「痛かったんだ。謝れよ。」
「私の左手で殴って痛いわけないだろ!?
もういいから作れ!いますぐ作れ!私のために作れ!!」
「あんたも早くごはんたいて卵かけごはん作れよ!」
「言われなくてもやるっての!!」
「たくっ……」
「……全く!いちは大バカやろうだな……」
「うるせーってば。」
「ふふ……ほんとにばかなやつだよ、お前。」
「……あ……」
「どうした?」
「醤油買い忘れた。」
「はぁ?今日の朝なくなったって話したじゃない。
私を、置いて行くからだ、全く。」
「うっせー。
……一緒に買いにいかないか?」
「……うん。
しょうがないから付き合ってあげるわよ。」
「はー、やっぱり夜は寒いな。」
「ほんとね、お昼はなかなかあったかかったのに。」
「………手、つながないか?」
「えっ?!手?!」
「……だめか…?」
「……だめじゃない…」
「……やなめの手冷たいな。」
「…冷え性だもん。
てか自分から言っておいて文句言うな…。」
「それもそうだった。」
「まったく…」
「……あんたの心配なんてしょうもなかったのかもな。」
「ん?」
「左手のこと知られたらおれに見下されるーとか生ゴミの日に捨てられるーとかさ。」
「そ、そこまで言ってないぞ…。」
「だいじょうぶじゃん、おれら。
いままでと何も変わんねえよ。」
「……たぶんいちがばかやろーだからだよ…」
「あー…ばかなのかもな。」
「ばか……ほんとばか。」
「わかったって。」
「私、左手の感覚ってほとんどないんだけどさ…いちの手はあったかいな。」
「感覚ないなら気のせいじゃないか?」
「……はぁ…山中さんの言う通りいちはほんとに空気が読めないんだな。
そういう男はモテないって言ってたぞ。」
「モテる必要ないだろ。」
「あ、そっか。そうだった!
ふひひ、いちはずっと私といるのだ!」
「そーだな、そうさせてもらうよ。
……あ……」
「今度はなによ?」
「そういえばあんたの弟がたまには帰って一緒に飯食いたいって言ってたぞ?」
「こうすけが?
………ふふ……しょうがないわね。
たまには一緒に食べてあげるかな。
クリスマスが終わったらね。」
「おう、そうしてやんな。
………おれも正月あたり帰ってみるかなぁ。」
「そういえば、いちの実家ってどこよ?」
「ん?静岡だよ。
浜松駅からすぐなんだ。目の前に「禊」っていう和菓子屋があって結構有名でさ。
そんな遠くないんだけどさ、高校になってから一回も帰ってないな。」
「………そうなんだ。
…うん!帰ったほうがいいな、それは!」
「そうするわ。
帰ってきたらあんたに連絡するよ。」
「うん、待ってるわ。
…………どうやって?」
「うーん…おれら携帯持ってないもんなぁ。
やなめの家からおれの部屋見えんだろ?
明かりがついてたら来いよ。」
「えー…毎日見なきゃだめじゃん。
めんどくさ。」
「他に案があんなら言ってくれよ。」
「しょうがないわね。
毎日見てやるとするわ。
いち、今度右手が冷たいからこっち繋いで。」
「わかった。
てかもう遅いし早く帰んないとな。
飯が遅くなっちまう。」
「そうね。
……ね、ねぇ…いち……。」
「ん?なんだ?」
「もしもだぞ……もしも、お前がよければだけど………よかったらでいいんだけど………今日一緒に寝ないか……?」
「………いいよ。」
「いや!今日はほんとに寒いなって思ってさ!!
いちはあったかいから一緒に寝たいなぁ、なんてね!ふひひ!忘れて忘れて!!
っていいの?!」
「リアクションが古いな。」
「だ、だって…」
「…さっきもちょっと一緒に寝たし断る理由がないだろ。」
「ふへへ、そうかそうか!
楽しみだなぁ!正月はさみしいけどだいじょうぶ。いちが早く帰ってくるの待ってるわ。」
「ああ、いいなそれ。
あんたが待ってるなら早く帰って来なきゃな。」
「ふひひ!」
お正月が終わって冬休みが終わって学校が始まって…
でも…まだいちの部屋に明かりはついてない。




