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1-1-4[ペスト村]終わってないよ

 鼻先に突きつけた銃が炸裂すると、巨犬が後ろへ吹き飛ばされていきました。

 その行方を見届けることをせずに、すぐさままた目を瞑ります。音の世界の状況を確認します。

 右後ろと左後ろから音が聞こえます。あと三歩ほどでわたしに到達しそうで、ほぼ同時のようですがギリギリ右後ろのほうが早いようです。二頭を同時に相手するのは無理だけど、少し襲ってくるタイミングがズレてるのなら……。

 二頭が飛び上がりました。それと同時に目を開けます。まずわたしは右後ろの奴が通過すると思われる空中軌道から離れて攻撃を受けないようにし、左後ろの奴の体躯が飛んでくるであろう位置で待ち構えました。

 読みはビンゴ! 無防備な巨犬が飛んできます。やっぱり目を開けてると巨犬の姿が見えてしまうので恐怖の感情が襲ってきますが、それを押し殺して引き金を思いっきり引き込みました。

 残る巨犬はあと一頭。この調子でいけばイケるかも。


「…………えっ?」


 足音が近づいてこない? それどころかどんどん離れていってる?

 目を瞑って集中し始めた矢先、巨犬の足音が離れていきます。目を開けて確認すると巨犬の背中が遠退いていました。

 代わりに近づいてくるヘヴンの足音。緊張感の無い声音。


「おつかれー。いやー、ビックリしちゃったなー。二匹もやっつけちゃうなんて。それに目を閉じてウェイトするとかスーパーなブレイヴだよね。あたしでもできる自信ないかも」

「あと一頭倒してない! まだ終わってない!」

「まだ? 何で? ミッションクリアだよ。ボーナスポイントが付いちゃうくらいのグッドクリアだよ」


 銃を構え直してる内に巨犬の姿は見えなくなっていました。


「ミリィ、君がウィナーだね。あの一匹がエスケープしたのだってミリィに勝てないと思ったからだろうし。倒したも同然じゃん?」

「…………」

「なんでそんなに不満そうなのさ? 君は魔獣と戦って生き残る道をチョイスした。そして君は魔獣と戦って、ブラボーにウィンした。君は生き残った。それがリザルト。それでフィン」

「…………フィン? ……終わったってこと? ……何が?」


 構えたままの銃はまだ下ろせません。


「わかるでしょうよ。君は戦いに……」

「終わってないよ……。終わってないよ! だってわたしは死ぬこともできなかった! 魔獣を倒すこともできなかった! ……わたしは何も終わらすことができなかったんだよ。わたしの周りの人、物、全部、全部、全部が終わっちゃったのに! わたしだけが……」


 八つ当たりだとはわかってます。それでもこの時のわたしの思考回路じゃ体の衝動を止めることはできなくて。気付くとヘヴンの服を掴みかかっていて……。ヘヴンは避けることも払うこともせずにわたしのことを受け止めてくれていました。

 やがてヘヴンはゆっくりと口を開きます。


「……死にたいのなら死ねばいい。今ならスーパーイージーだよ。君の手に持ってるガンには一発のバレットが入ってるんだから、自分に向けてショットしちゃえばそれでコンプリート。至ってイージー」


 言ってる内容は重いのに、相変わらずヘヴンの声は怠そうな雰囲気を醸し出しています。


「でも君は死なないね。死ぬことをチョイスしないね。だって君はこの短時間の間だけでも何度もアライブすることをチョイスしたもんね」

「っ!」

「いつの間にかアライブするために戦ってたもんね」

「そんなこと……!」

「何がフィンしたのかって? そうだねー、確かにミリィの言うようなことはフィンしてないね。君は生きてるし、魔獣だって生きてる。でもフィンしてないってことはさ、コンティニューができるってことじゃん? 生き続けてればいろんなことができるからね。いろんなことを考えて、いろんなことをやってみて、いろんなことを感じることができる。それにさ、魔獣との戦いもフィンしてないのなら、これからも戦い続ければいい。そんな無理くり何もかもをフィンさせなくちゃいけない理由なんてあたしにはノットアンダスタンドだね」


 ヘヴンは「それでもー」と話を続けます。


「あの十匹のワンちゃんを退けよう大作戦はフィンしたよね? あー、フィンしたって言っちゃマズイのか。それじゃー、えーっと、……そうそう。一旦さ、幕が閉じたんだよ。大作戦第一幕のフィン。だから次の幕が開くまでは休んでもダイジョーブ。休憩時間。つまりつまりー、ひとまず気張るのをフィンしちゃってもいいってこと。オッケー?」

「……幕って、何の幕のこと?」

「ほぇ? ここで言う幕って言えばあれのことでしょーよ。劇とか芝居とかで使う緞帳(どんちょう)のことだよ。……ってミリィは劇も芝居も見たこと無いか。それじゃアンノウンだよね、ゴメンゴメン」


 幕が閉じたとか言われても全然意味がわかんないし、ただただ誤魔化されてるだけのような気がしてならないんですけど。


「……とりあえずなんとなくニュアンスはアンダスタンドになってくれないかな? ひとまずこの話は片付けちゃってさー、そろそろさー、服を掴んでるのを離してほしかったりするんだけどなー。結構痛いんだけどなー。……痛いなー。……苦しいなー。…………痛いですっ。苦しいですっ。お願いしますっ、離してくださいっ」


 まだ鬱憤は溜まってますけど、どう考えても自分に否があるので、お願いされた通りに服を離しました。


「ふぅーぃ、やれやれ。これぞストンプアンドキックってやつだなー。今日ほどアンラッキーな日もレアだよ、ホント」


 ヘヴンは愚痴りながらも背中に背負ってたリュックを下ろして中を探り始めました。

 取り出したのは、一目見ただけで使い古してあるとわかってしまう大きめな水筒。


「ほい、さっきのミッションのボーナスポイント。ウォーターでも飲んで落ち着きなさいや」


 ゴクッ。

 それまではすっかり忘れてたのに、いざ水を差し出されると喉の渇きがせり上がってきます。これが渇望というものなのでしょうか。カラッカラの唾を飲み込みます。


「……貰ってもいいんですか?」

「おっ、敬語に戻った。ったくー、人から何か貰える時だけ敬語になるとか、お主、なかなか憎きやつよのう。……ってそんな恨めしそうなアイで見詰めないでくれないかな? そんな血走ったアイをしてガンを持ってるとか、かなり怖い()だからね。もしかしたらあたし、撃ち殺され……」

「貰ってもいいんですか!?」

「……どうぞ」


 ヘヴンから水筒をひったくるように奪って栓を開けます。


「あー! もうそんだけしかないんだかんね! あんまり飲むと……。あー……」


 水筒を両手でしっかり持って、空を見上げるように(あお)ります。呼吸をする暇も無いほど一気に呷ります。水は驚くほど冷たくて、体の中のどこを流れてるのかがわかるぐらいです。

 身体中を駆け巡る水は瞬く間に全身に浸透していきました。乾き切った喉を潤し、乾き切った内臓を潤し、乾き切った五体を潤し、乾き切った心を潤し、乾き切った目を潤し……。


「…………あれ?」


 頬の、この感覚……?


「……わたし、泣いてる?」


 自分の意識から離れたところで勝手に涙がポロポロと零れ落ちてる。


「……おかしいな? ……そんなつもりじゃない……のに……」


 涙の止め方がわかんない。(こら)えようと思っても()()なく溢れてきちゃう。それなのに堪えようとすればするほど喉が苦しくなってくる。


「まったくもー。あんまり残ってなかった貴重なウォーターをたらふく飲んだと思ったら、すぐに涙にして放出しちゃうとか。もっと大切に体内に溜め込んでおきましょーよ」

「……泣きた……い、わけ……じゃ……」

「へー、泣きたくないんだ。じゃあ泣かなきゃいいじゃん」

「わか……ってるけど……、そう……したい……けど……」

「じゃあ泣っくなー。ぜったい泣っくなー」

「そんな……こと……言われ……たって……」


 喉が苦しい。胸が苦しい。気が遠くなるほど苦しい。


「んー? あのさ、なんで泣きたくないの?」

「……わかんない」

「もしかしてあたしの言ったことを真に受けちゃったのかい? 水は蓄えましょー、とかジョークだからね」

「……わかってる」

「じゃあなんで泣きたくないのさ?」

「……わかん……ないよ」


 頭がボーッとして。混乱して。


「もー、なーんか鬱陶しいなー、そんなウジウジ泣かれてると。いっそのこと思いっきり泣いちゃえばいいのに。スッキリするよ? ……あー、そーゆーことか。あたしがニアーにいるからダイナミックに泣けないんだね。そゆことね。うん、そゆことにしとこう。そんじゃあたしは食料でも探しにトレジャーハントしてこよーっと」

「! ま、待って……」


 ヘヴンの服の裾を摘まんでました。


「えー、なんで?」

「……いいから、……待って。……いいから」

「えっと、あたし的にはなーんも良くないけど?」

「……一人に、……しないで」


 本当は、わかってる。なんで泣きたくないのか。情けない姿を見られるのが恥ずかしいから。

 でももう諦めます。自分の姿が情けないとか、言ってることが恥ずかしいとか、そんなことすら考えるのが億劫になってきたから。考えるだけの思考が無くなってきたから。だから見て見ぬフリをすることにします。


「……一人に、……しないで」

「ヤーダよーだ。あたしがこんなとこにいても気まずいだけでしょ? 邪魔者はサッサといなくなるのだ」

「……そんなこと……ない。……お願い、……一緒に……いて」

「えー」

「お願い……します……」

「…………もー、やれやれ。わかったよ」


 裾を摘まんでるわたしの手を、ため息をつきながらですがヘヴンは握ってくれました。


「はぁ……。なんであたしがこんなこと……。ほら、サクッと泣いて、サラッとしちゃってください。あたし、あんまり気がロングじゃないからね」


 そんなこと言われなくたって……。

 もう我慢の限界……。

 わたしは思考を手放しました。


「うわあぁぁーーーーん!!」

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