出会い、その前夜は。
差出人 : 美花留
宛先 : ーーー
Re.Re.Re電話くれたよね
なんか、むっちゃ・・
ホワちゃん、まだ飲んでる?
今、朝かな・・・
私、ホワちゃんに電話したかな?
彼女に出会ったのは私がまだ大学生だった頃のこと。
ふとしたきっかけで、軽い風俗という表現が的確かはわからないが、或る店でバイトを始めて一年余り。
系列店から異動してくる子がいるよと店長から仕事上がりに聞いた。
こういう店だから二三ヶ月もすれば女の子の顔はクルクル変わっていく。
わざわざ異動なんてしてくるほどの店でもなし、と店長の顔をちらっと見ると、
「いや〜、真白ちゃんだから言うんだけどさ。」
酒飲みでそこそこ稼ぐ私に、帰り際店長はいつもお酒を出してくれていた。
濃い檸檬サワーを飲みながらぼんやり思う。
・・こんな店、腰掛け程度で、まとまったお金を稼いでとっとと辞めるつもりだったのに。
すごくしんどいとかではなく、かといってリスクがない訳じゃない。いいお客もそこそこいるけれど、不愉快な思いをすることも少なくない。家庭の事情というやつで、私にはお金の稼ぎ方など選べる状況ではなかったのだけれど、なぜここに居続けようとしているのか。
「あっちの店で、もめたらしくてね。」
「もめた・・?」
誰ともめたのか、何をもめたのか、何故辞めさせないのかと問う前に
「客とじゃないの。女の子同士・・とはいえ、客の取り合いとかが理由じゃないし。」
「・・・ふぅん。」
「彼女の接客は独特なんだ。・・誰も真似出来ない」
ニコニコ笑いながらまた冷えたグラスを差し出してくれる。
クスッと笑い返しながら受け取り一口含む。
「いいお客さん、持ってんだ。」
「真白ちゃんほどじゃないさ。」
煽るという雰囲気でもなく、わざわざこんな予備知識を入れてくれるのは、私に緩衝材のような役割を求めているのか。
「もう。・・上手くやってくれって言うなら、何でもめたか教えて欲しいよね。」
「僕、真白ちゃんと彼女は上手くやっていけると思うんだよね。彼女がもめた理由はお酒としか言いようがないな。」
「私はそこまで酒癖悪くないですよ。」
「うんうん。だからだよ。」
はぁ・・と息をつくと、時計が目に入りカバンを肩にかける。
明日は休めない講義がある。
「じゃ、お疲れ様です。」
「お疲れ様。・・よろしく頼むよ。」
重い銀色の扉を押し開けようとすると、片付けの途中だったボーイの子が押し開け、タクシーをとめる・・フリをする。
前々からちょっと仲良くしてるコだ。
もう終わるから送ってこうかと、近すぎる距離でささやく。
「今の時間、部長サン通りますよ?」
「うん・・やばいね。」
肩に置いた手を浮かせるところが可愛らしい。だから?とその手を腰にまわすほど慣れてる訳じゃない。ここに来る前にも小さなキャバで働いていたらしいからそこそこ女の子のあしらいも知っているのだろうけど。
以前、男と住んでいた時、うっかりボーイのコに送らせてしまったら勘違いから暴れて大変だったな、と思い出す。
飲み過ぎてヘタなタクシーつかまえるのもいやだったから下心もなく乗ったのだし、向こうも新しい女がいたからどうというのでもなかったのだけれど。
結局、次の日には速やかに別の店にとばされていたなぁと思い出すと、私には今厄介な男はいないので暇つぶしなことも、思ったより純情な面を持っているのかもしれない相手の表情ひとつを見て少し距離をとろうかなと思う。
結局じゃあねと微笑んでタクシーに乗り込んだ。
私は夜中のタクシーが大好きだ。嘘でもいい、どこまでも行けるのだと錯覚させてくれるこの空間が好きだ。
窓をほんの少し開けて夜の匂いを嗅いでみる。
来週末までに仕上げなきゃいけないレポート、学校の友達との幾つかの約束、ストーカー化した客への対応、実家からの留守電。
そんなことをぼんやり考えながら、どうかこの車が世俗を断ち切り空をさまようことを願った。