起 6
「へえ。意外と快適だな」
というのは、俺のこの宇宙船に対する正直な感想だった。
窓がなく外の景色を拝めない。それに船内が広いわけでもない。だが、騒音はほとんどないといって良いほど少なく、室内の温度もちょうど過ごしやすいくらいであったし、まったく揺れることもなく安定している。
だから、考えもしなかった。千秋が言うまでは。
「おかしい。僕たちは一体どこに向かっているんだ? どう考えても空を上昇しているようには思えないし、公園にあったはずのこれが地下にもぐることも考えにくい。だとしたら――」
確かにその通りだった。実際に外を見ることが叶わないから推測の域を出ないのだろうが、おそらくこれは空間的には移動していない気がする。第六感が告げるには、
「まさか、時間的に移動する……タイムマシンだったりするのか、これは」
俺はまたふと思ったことをそのまま呟いた。すると、またしても美少女は目を丸くして、
「いったいどうして、あなたはそう手がかりもなしにズバリと当ててしまうのですか?」
「僕も時々そう思いますよ。この状況で僕らが未来に向かっているというのを予測するのは、並々ならぬ勘の持ち主、神憑り的というものです」
千秋までも同意して、俺は孤立無援状態だ……待てよ、「この状況で僕らが未来に向かっているというのを予測するのは、並々ならぬ勘の持ち主、神憑り的というものです」という千秋の言葉はおかしくないか。俺は「未来に向かっている」なんていうのは言っていないぞ。それは確かに、未来人が過去人を連れてさらに過去、強いて言うなら大過去に行くというのは、可能性としては低い。だがそれだけで、判断できることなのだろうか。そして、未来に向かっているとして、俺たちが向かっているのは何年後の世界なのか。実はパラレルワールドに向かっている、という線もないことはない。……疑問を挙げるとキリがないな。
まあ、一番最初の疑問なら千秋の神憑りな洞察力によって、証明できる。そのあとの2つは……さすがに俺独力での解決は不可能。だから、それらをさしおいて、自己弁護をすることにしよう……俺の勘、千秋流に言えば「神憑り的な勘」について。自分で言うと説得力が大きく欠けるが、それでもあえて言うなら、確かに俺の勘はよく当たる。例えば、四択問題の正解率を5割にするくらいだ。しかし、今はそれについて話し合っているべきでないだろう。
このわけのわからない状況の1つ1つを解明しなくてはならない。何しろ、あまりにも急展開過ぎる現実に俺の想像力が追いつけていないのだから。
「いくつか質問したい」
俺はそう切りだした。
「ええ、どうぞ。『今なら』全然平気ですから」
「今なら?」
「はい。お二人は、私がさっき言ったとおり、2012年5月5日2時12分00に死ぬ運命でした。だから、その運命を変えるために未来から干渉しに来たのです、私は」
冗談抜きで俺たちは死ぬ運命だったのかよ……。
「運命……ということは、結局あの場で僕たちが取ることのできるすべての行動を試しても、僕たちには死に直面してしまうということでしょうね。ならば、なぜでしょう。僕らに世界を変えるような能力があるのなら話は別ですが、普通は一般人を未来からわざわざやって来て助けてやる義理はないと思いますが」
千秋が論理的に訊いたところ、
「ええ、確かにそうかもしれません。しかし、これには立派な理由があって、お二人以外に『適役』はいないのです」
と返したので、俺は言う必要もないツッコミを入れて先を促す。
「そいつはどういう言うことだ?」
すると、彼女はいきなり自己紹介し始めた。まったく、話の飛躍で競ったら、走り幅跳びの世界記録保持者でもかなわないだろう。
「私の名は柳 立夏……あ、リッカと呼んでくれて結構です」
……俺も一応名乗るべきだろう、相手が名乗った以上は。それが礼儀というやつだ。
「俺は春風 正太郎。姓名どちらでもいいし、それと、呼び捨てにしてくれても構わない」
続いて千秋も、
「僕の名は浜田千秋」
と言ってから少し間を空けて、
「男だ」
と、女と間違えられるのが嫌でたまらない千秋は、そう付け加えたのだった。俺の知る限りでは自己紹介で必ずそう言っている。
「それでは、正太郎さん、あ、いや、正太郎と千秋は――」
リッカさんの言葉を途中で遮って、突如千秋が激昂した。
「僕は、呼び捨てにしていいとは言ってない!」
「まあまあ、そう怒るなよ」
俺が宥めたからそれ以上言わなかったが結構怒っていた気がする。正直呼び捨てか否かなんてどうでも良いと思うのだが、千秋はプライドが高いからね……きっと癪に障ったんだろうよ。リッカさんお気の毒に――「リッカで良い」とのことだがあえて「さん」付けするぞ。
「ごめんなさい」
見たまえ、美少女が腰を90度に折り曲げて謝っているじゃないか。見ているだけで、俺は良心がものすごく痛むぞ。……画的にはいろいろと刺激してくれるが。
「すみません。こちらこそ言い方がよろしくありませんでした」
千秋も馬鹿ではないから、いや、むしろ天才過ぎるからちゃんと謝って、これにて一件落着。
「では……」
リッカさんがいよいよ本題へと話を進めだした。