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起 2

 駅で満員電車に乗っておしくらまんじゅうを経験した俺は、家から駅まで走ったのも祟って、高校最寄りの駅の改札を抜けた時にはもう息が上がっていた。

 俺と千秋の通う織風おりかぜ高校は、最寄駅から徒歩10分はかかる距離にある。そして、今、高校入学祝いとして買ってもらった俺愛用の電波腕時計は、8時15分を指しているから、普通に歩けば遅刻回避は確実。

 ならばもう走る必要はない。

 俺はそう思うとホッと胸をなで下ろした。

 しかし、どういう風の吹き回しだろうか。

 俺は、浜田千秋、その人に出会ってしまった。

「よお」

 と俺が挨拶すると、

「やあ」

 と返す千秋。 暗黙の了解というか了解すらせずに、俺たちは織風高校まで、一緒に歩くことにする。

 高校生活を一年以上続けてきて、友と共に登校するのは初めてのことだった。

「初めてだな、一緒に登校するなんて。寝坊したのか、千秋?」

「いや、起きたのは3時14分15秒だよ」

 31415という数字の並びは、決して無意味ではない。それは、3.14159265358979323846264338327950288419……と続く円周率のアタマだ。彼は何ケタまで暗唱できるのか、想像するだけで恐ろしいからあえて訊かないし、それと、「まったく何時に起きてるんだよ」というツッコミもしない。もっと重要なことがある。

「じゃあ、なんでこんな時間に駅にいるんだ? わかってると思う――」

「キミが駅に着いた時間帯が遅刻をギリギリで回避できる全然褒められた時じゃないのはわかってるけれどね――」

 俺に最後まで言わせない千秋。しかも、その文意は俺が言いたかったこととほとんど変わらない。……ただ、このように人の話をあまり聞かないのも、不和を生む原因になるんだよな、と俺は1点減点。しかし、早口で抑揚があまりない喋り方なのに、しっかりと聞き取れて意味も伝わるその滑舌の不思議さに、俺は舌を巻き加点1。……なんでいつの間に俺は彼を点数付けしているんだろう。

「――今日はきっと不吉なことが起きる。そんな気がしたから、ちょっと学校に来るのを躊躇っていたんだよ」

 いかにも怪しく、いかにも気味悪く、いかにも悪魔のささやきのごとく危険な彼の雰囲気は、俺が「何をつまらん戯言を言ってるんだ、千秋?」と冗談として笑ってやることを許さなかった。 俺が何も言い返せず硬直しているそんな時、突然、救いの手が現れた……のか?

「おっはよー、正太郎!」

 後ろからいきなり女子お得意の黄色い大声で名前を呼ばれた。周りを歩いていた織風高校の生徒たちが一斉に俺の方を見てくる。急に声をかけられた驚きよりも、恥ずかしさがこみ上げてくる俺であった。

 とはいえ、いつまでも動揺しているわけにはいかない。声で一連の犯人は容易に推測できた。が、もしかしたら勘違いかもしれない、と念のため後ろを向けば、やはり俺の推測通りだった。

「曽根山、いきなり後ろから現れて、朝からそのハイテンションで俺を攻撃するのは止めてくれ。ただでさえ頭重なのに、よけいに酷くなる」

「えー、挨拶するのもダメなのー?」

 そう口を尖らせているのは、クラスメートの曽根山そねやま 聖名子みなこだ。大きな目に高い鼻と日本人が求めてやまない理想の顔を持ち、勉強もそこそこできるし性格も良いということで、なかなか男子たちに人気があるらしいのだが、俺にはその理由が全く理解できず、いや、容姿や勉強のことは否定しないが、性格が良いというのは百歩千歩万歩譲っても納得できん。それに、なぜかことある毎に俺に構ってくるため、しかも、いつも超がつくほどのハイテンションなものだから、相当俺にとって苦手な人種である。

 だが、何よりも一番面倒くさいのは……。

「正太郎もさ、こんなやつと一緒じゃなくて、私と一緒に学校に行こうよ」

 ……千秋と曽根山の仲が、犬と猿のそれよりも悪いことである。

 曽根山が「こんなやつ」と言ったのはもちろん千秋を指すが、千秋はそもそも曽根山の存在にすら気づいていないような素振りである。

 いわゆる無視という態度を貫き続ける千秋と、千秋を自分の視界から完全に排除したいと思う曽根山との間には、不可視の火花が百花繚乱していて、まともに会話することなどまず不可能なことであった。

 ……俺は結局、二人の機嫌を取りながら登校する羽目となって、千秋から不吉なこと云々を聞くことはできなかったのだ。

 そして、このことも俺は後悔するのだった――あの時、何が何でも訊いとくべきだった、と。


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