承 10
更新速度が落ちていますが、
何とか終らせてみますよ!
朝というよりは昼であろう、11時に起きた。
外から光が差しこまなかったからというのもあるが、やはり昨晩眠るのが遅かったことが原因だろう。
ただ、惰眠を貪ったおかげで良いこともあった。頭が重くないのだ。これなら千秋直伝の「朝の儀式」をすることもない。いや、そもそも朝でないのだが。
髪の毛はすこしはねていた。が、両親譲りの天然パーマだから、どうせそんな簡単に直りやしない。髪を整えるのをあっさりあきらめると、洗面台で顔を洗って歯を磨く。気分が爽快になったところで、ブランチをとるために食堂へ向かった。
すると、その道中、あまり会いたくない人物に鉢合わせ。黒髪に長身のスレンダーなその姿は間違いなく見る者を惹きつける魅力があるだろうが、残念ながら俺には目がないのか、あるいはリッカさんという美少女を見てしまったせいなのだろうか、その美貌に嫌悪感まで抱いてしまうのである。
だが、挨拶は外交辞令だ。疎かにできない。
「藤原さん、おはようございます」
「君は、ああ、春風君か」
しばらく間があってから言ったことからして、俺のことをあまり覚えていないようだ。その方がありがたい。俺はあんたが苦手だ。
「藤原さんは、これから昼食ですか?」
「ああ、当然だ。それとも君の時代には、こんな時間帯に昼ご飯以外の物を食べる習慣があったのか?」
俺の堪忍袋は丈夫だから、そんな簡単には切れない。
「いえ。ただ、食堂に向かって歩いているという確証すらないので、もしかしたらお手洗いかもしれませんし、他の用事で歩いていたのかもしれませんから、自分は質問したのです」
「そうか」
その後会話が進展せず、しばらくの間両者無言で歩いてると、ちょうど俺たちが角を曲がったところで、後ろから誰かが駆け足で来るのを、俺は本能的に感じた。
「誰だ!」
体が勝手に動き身構えた俺は、びっくり仰天だった。
「リッカさん?」
「……」
だが、何故かリッカさんは俺たちに気づくことなく、横を走り抜けていった。
そして、感じた。まだ、こちらへ走ってくる人がいることに。
「そこをどけ!」
俺と同じくらいの体格のメガネ男が、正面から駆けてきた。
「させるか!」
どくふりをしておきながら、足をかけて転ばせてやった。
「痛てえ。じゃねーか、この野郎!」
痛くて起き上がれない男は、声を張り上げた。
「女子を追いかけまわす男に同情する余地はない!」
俺は冷たく言い放つ。ストーカーに情けは無用だ。
男が顔を上げる。
その瞬間、藤原さんが大声で、
「冬木慶吾、また貴様か。リッカに付きまとうな、と口が酸っぱくなるほど言ってるだろう」
冬木はせっかく上げた頭を垂れて、何も言わない。
「藤原さん、こいつ知ってるんですか?」
「知ってるも何も……こいつは私の部下だ。こいつはリッカに気があるらしくてな、一方的にストーカー行為を続けてな。リッカも困っていたんだよ」
「おい、冬木」
会って間もない冬木に、俺は語りかける。
「お前のやっていることは犯罪だ。直ちにやめろ。だいたいだな――」
「うるさい! お前に何がわかる? 俺は3日後には死んでるかもしれないんだぞ!」
冬木は、俺が言い終わらないうちに声を荒げて訴えた。
「そうか。お前も日本兵なのか」
藤原さんが言った。なるほど、冬木も第三次世界大戦に出るのか。それで、死んで2度と会えなくなるのなら強硬手段も厭わない、というわけか。
「しかし、お前もアホだな」
「何、この俺がアホだと?」
「俺は日本一の大学を首席で卒業したんだぞ。その俺が……」
学歴ですべてが決まるわけじゃない。お前はそんなことも知らないのか。やっぱりアホだ。
「日本一の大学を首席した冬木、俺はお前より天才を知っている。そして、リッカさんはその天才に対して、好意の欠片も寄せていない。つまり、お前の誇る天才という属性には、リッカさんは興味ない。だから、彼女のことは諦めろ」
「詭弁だ!、そんなのは詭弁だ。だいたい俺より頭が良い人間がいるはずがない」
「おい、2人ともいつまでそんな子供の喧嘩を――」
藤原さんは呆れた目で俺と冬樹を見やるが、そんなことはどうでもいい。女子を、それもとびっきり美少女のリッカさんに嫌がらせをする男を赦すのは、俺の正義感が断固拒絶する。そもそも、冬木は絶対にリッカさんの心に惹かれたのではない。あいつの目を見れればわかる。自分のモノにしたいという独占欲丸出しだ。俺は許せない、そんな低俗な輩を。
「藤原さん、あなたならどう思いますか? 自分の見た目だけで言い寄ってくる男を」
藤原さんに女性代表としての意見を語ってもらおう。そして、自分の誤りを悟れ、冬木。
「人という存在は確かに見た目を尊ぶ。だが、冬木、お前の友達は全員イケメンか? お前は親友を顔で選んだのか? 少なくとも、私の親友であるリッカは美少女で、魅力があるのは認めよう。しかし、私はリッカの優しさを評価しているんだ」
「婆が戯言を。ふん、どいつもこいつも何もかもがわかったかのように偉そうにしやがって」
冬木は人間として壊れている。俺はそう思った。
「消えろ。目障りだ」
冬木の言葉に怒りを表した藤原さんは、それだけ言うと食堂に向かって去っていった。




