承 9
それから、千秋とさんざんピアノを弾いて、ショパンやドビュッシー、バッハ、シューベルト、モーツァルトという大作曲家歴々の偉大さを、2人で改めて確認すると、俺たちはそれぞれの個室へと戻った。……とは言うものの、千秋は自分の個室の場所を知らない。まあ、幸か不幸か俺たちの個室は隣だから、一緒に行く分同時に案内できたが。
お互いに部屋に入っても、例の通信器具で会話は継続中だ。いやあ、文明の利器ってやつはすごいな。
さっきからの会話は、専ら今日起こったことである。
「――まさか、夢オチはないよな?」
俺は1番恐ろしいことを訊いた。こんなにリアルな夢は、まさに完全仮想世界じゃないか。
「まさか、それはないでしょ、しょ、正太郎」
「珍しい。噛んだ! 千秋がカンだ!」
「僕だってミスす、するよ」
今回のはわざとっぽいな。ミスすることを、そんなにアピールしたいか。
「わざと噛むな。やっぱり今日のことは夢だったんだな」
「違う! 試しにほっぺたをつねってみなよ」
「良いだろう。3、2、1……」
「……」
「正太郎どうしたの?」
「痛いじゃねーか!」
いわゆる逆ギレだ。千秋のせいでも何でもない。
「ね、夢じゃないでしょ」
「あ、確かに。この痛みまでも夢だったら、俺は自分の想像力に一生拍手し続けたいね」
「あ、そう言えば、正太郎、明日も明後日も、僕はいろいろとやりたいことがあるから、独りで時間潰しててね」
「コソコソと何やってるんだ?」
「それは言えないね」
「まさか、俺へのドッキリか?」
「ハズレ。もっと大きいことさ」
「うん」
仕方ない。俺は日本兵に挨拶しておくか。共に戦う仲間だからな。この機に仲良くした方が良いだろう。
「じゃ、俺はもう寝るわ」
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」
会話が終わって、改めて感じる。痛い。ブルドックというゲームをご存知だろうか。ジャンケンの勝敗に応じて、相手の頬を引っ張ったりするゲームなのだが、あれが終わったとき並に痛い。
ポジティブに考えれば、俺の痛覚が正常ということか。
取りあえず、寝よう。残り2日間を有効活用しなくては、もったいない。
そうそう、もったいない、という考え方は大切だ。とある外人女性が広めてくれたおかけで、海外でも通じるらしい。
……。
痛みから逃げて、別のことを考えようと努めてみたが、正常な痛覚はきちんと機能している。
……結局、寝るまでに1時間を要した。我ながら情けない。




