承 7
更新が途絶えてすみませんでした!
実は一度途中まで書いていたのですが、
誤って保存しないまま消してしまい、
心が全治一日の骨折状態だったのです。
頼りない作者と拙い作品ですが、
どうか見捨ててやらないでください。
今回、クラシック音楽に関することが出てきます。
説明力の乏しい私の文では、意味不明の方が続出するでしょう。
しかし、ご安心ください。
物語としてピアノは大した意味を持たないので、
流して読んでもらっても大丈夫です。
それでは、本篇をお楽しみください!
夕食後、建物内を軽くリッカさんに案内してもらったのだが、これがまた懇切丁寧なものだった。
そして、俺は今、寝泊りする個室にいる。個室はホテルの上等なやつと遜色ないと思うほど快適、豪華であった。特にベッドはフカフカでよく眠れそうだった。
ただ、現在9時。小学生でもないから、俺はまだ寝ない。
どうせ暇だし、と思って消息不明の天才に電話する。
「千秋、お前どこにいるんだ?」
「正太郎、僕は今、とても忙しいから邪魔しないでくれ!」
いきなり電話越しに罵倒され、以後電話自体繋がらなくなってしまった。
未来に来た早々忙しいって、何をやってるんだ? とか、それに、どこにいるんだ? と思ったが、
「そうだ。何だったら探し出してやる」
先ほどリッカさんが案内してない場所を虱潰しに当たっていけば、おそらく会えるはず。
俺は個室を後にして、いよいよ独りで行動する。こっちの世界に来て初めてだ。
まず、どこに行くか。
リッカさんにさっきもらった建物内の地図をじっくり眺める。
すると、ある部屋が目に留まった。
「音楽室? 学校じゃねえんだから」
気になった俺は音楽室へと向かうことにした。
幸運なことに同じ階だから、すぐ着くだろう。
5分ほど歩いて、音楽室の前に立つと、ピアノの音が聞こえる。
曲といい弾き方という、よく知った人物のだ。
ドアを開けて入ると、俺は真っ先に叫ぶ。
「よお、千秋」
俺の顔を見るや、すぐに顔をしかめる千秋だったが、それでも弾き続けている。
リスト作曲の超絶技巧練習曲集の4番のマゼッパ。
ピアノを弾いている人ならおわかりだろうし、そうでない人も「超絶技巧」と聞けば難しいことは理解できるだろう。
実際問題、ピアノをそれなりにやってきた俺でも、まったく弾けない。しかし、それを容易く弾くのが千秋という男である。
残念ながら千秋は大柄ではなく小柄な者だから、手の大きさや指の長さは一般人程度だ。それなのに、どんな難曲も涼しい顔でやってのける。
何度でも言うぞ。千秋は天才だ。
天才がやっとマゼッパを弾き終わる。難しすぎて、聴いただけではミスしたかどうかはわからないが、天才には愚問だな。
「相変わらず、クソ巧いな、お前は」
「そんなことはないよ。正太郎だってピアノ始めたの遅いのに、よく弾くじゃないか」
なぜか謙遜する千秋。いつもならここで自慢するはずだが、そのま逆だ。俺は微かな違和感を覚えた。
「それより、弾いてみなよ。このピアノは相当いいやつだよ」 やっぱりおかしい。普段の千秋は独占欲丸出しで、絶対に妥協はしないのに。
「なら、ありがたく弾かせてもらうぜ」
俺は椅子の高さを調整すると、ピアノと正面から向きあった。技術力では千秋にまったく及ばない俺は、表現力で勝負するしかない。
よし。弾く曲は決まった。
ベートーヴェン作曲のピアノソナタ第8番「悲愴」の第2楽章。こちらはマゼッパと違って、ドラマやCMで使われる定番だ。そのため音楽に興味ない人でも、絶対に聞いたこととがあるはずだ。そして、その難易度は、技術的には相当易しく、表現的にはわりと難しめで、俺にうってつけだ。
……俺は心をこめて弾く。すると、どうしてだろう、両頬を液体が濡らしていた。
弾き終わった後も、それは止まることを知らなかった。華厳の滝もかなわないほど、涙がこぼれる。
その時、霞んだ視界の中に千秋の姿。そして、俺は驚いた。
「何で、お前も泣いているんだよ?」
無意識のうちに問いを発していた。同時に、他人の涙を見た俺は少し冷静になって、俺が何故泣いたのか理解した。
そうか、そういうことか、と独り合点する俺に、千秋がハキハキした様子で、
「ベートーヴェンのアダージョは本当に美しい!」
なるほど。お前が泣いたのは、まさかのまさか、俺の弾いた悲愴に感動したのか。
さすが、ベートーヴェン。あっぱれだ。
「正太郎は、どうして泣いているの?」
だが、俺が泣いている理由は千秋のとは違った。




