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承 6

 注文を間違えてしまい、ただのそばを頼もうとしたのだが、わんこそばになってしまったのだ。

 リッカさんは俺よりも先に注文していて、テーブル席で待ってくれていたのだが、怪訝な俺の顔を見て察知したらしい。

「正太郎さん、もしかして間違えました?」

 おそるおそる訊くリッカさん。その声には、あれだけ教えたのに、という皮肉がこもっていたかもしれない。

「ああ。ボタンを押し間違えた」

 俺が力なく答えると、リッカさんは黙って目線をそらした。ひどく不機嫌なのだろう。

 しばらくの間、沈黙が俺たちを包んでいた。

 やがて、わんこそばについて機械音声による説明が始まった。

『――制限時間は1時間です。薬味などはご自由にお使いください』

 ちょうど二人が注文した品ができあがったところで、説明も終わった。

 間違って頼んだとはいえ、やるからには全力でやるというのが、俺の主義だ。ということで、本気で食べようと決意を固くする俺に、

「あのー、注文取消ししましょうか?」

 見るに見かねたリッカさんが心配そうにそう言ったが、俺は妥協しない。逃げてはいけない、現実と向き合うことが大事。千秋もよくそう言っていたしな。

「いや、わんこそばは食べたことがないから、1度食べてみたかったんだ」

 咄嗟に嘘をつく。わんこそばなら何度か食べたことがある。

「でも――」

「任せておけ。大食いは俺の独擅場(どくせんじょう)だ」

 俺は力強く言って、無理矢理リッカさんを黙らせた。

「後で何かあっても、私は責任取りませんからね」

 リッカさんは、頬を膨らませてプンプンとしている。

「さてと。それじゃあ食うか」

 食べた。そして、一口目でわかった。これはうまい。

「やべえ。思ったよりうまい。これはいける!」

 箸が、口元とそばの間をせかせかと動く。これは良い筋トレだなと思うほど、腕が疲れていくのがわかった。

 そんな俺とは対照的に、リッカさんはうどんの麺を1本づつ(すす)っていく。小食なのかもしれない。

 その時、俺たちのもとに長身でスタイル抜群の妖しい美女がやってきた。

「やあ、リッカ……って君誰? もしかして……」

 どうやらリッカさんの知人らしい。断りになしにテーブル席に座ってきた。

「今日出会ったばかりで、50年来の付き合いになる仲だ」

 俺はすこしふざけてみた。

「え? それはどういうこと……って、なるほど、そういうことか。君が噂の過去人かい?」

 どうやら過去人の話はひどく流布しているらしかった。美女は俺の顔をしげしげと見つめんでくる。まるで獲物を狙う女豹だ。気に食わないな。

「俺からすれば、あんたは未来人だ」

 ひねくれていって見たが、まったく意に介さない様子で、

「だが噂では、過去人は2人じゃなかったか?」

 とフレミングの右手の法則の形を作ってから、それを顎に当てて悩んでいる姿は、やはり妖しい。

「もう1人は、気になることがあるって言って独りでこの世界を散策中だ」

 俺が答えると、

「それは気になるね。でも、まずは君からだ。名乗れ」

 名乗れだと、いくらなんでも俺のこと見下しすぎだろ。しかし、リッカさんの友人ならここで悪い態度を取ると、後々リッカさんに迷惑をかけるかもしれない。

「俺は、春風正太郎だ。あんたは?」

「特務部長の藤原だ。一応名刺も渡しておこう」

「特務部ってなんだ? 説明してくれると頼む」

 あえて下につく。人にお願いする時は気持ちが大事だからな。

「特務部ってのは、工作活動する人の集団って感じだな。それぞれが独自の人脈を使って、世界中の裏情報を入手して、それを防衛大臣に伝えるのが主な仕事だ」

 その部長ってことは相当偉い人なんだろうな。セキュリティが半端でないほどに高いらしいここにいるのは、みな偉い人。だから当然なのだが、俺は完全になめてもらっちゃうのも困るから、

「で、リッカさんとは仲が良いのか」

「まあ、昔からの付き合いだからな」

 とまあ話していると、藤原の注文品が届いた。これがまた驚きだ。

「ハンバーガー?」

「ああ、悪いか。ここのは絶品だぞ」

 と言いながら、口を大きく開けて一気に半分まで食べた。リッカさんが上品なら、この人は間違いなく下品だな。

「なんだ、そんなに見つめて。食いたいのならやるぞ」

 と食べかけを渡してくる藤原。結構大雑把(アバウト)な人らしい。

「俺は和食派だ」

 俺はそばをひたすら食べ続けながら、断った。そして、視線を藤原からリッカさんへと移す。リッカさんは相変わらず、うどんをちまちまと食べていた。

「それじゃあ、私は仕事があるからさらばだ」

 いつのまにかハンバーガーを平らげていた藤原は、リッカさんに向かって意味ありげな目配せをすると、早足で俺たちから離れていった。

『残り10分です』

 脳内にアナウンスが流れた。リッカさんがさっき俺と千秋の脳内に撃ちこんだチップのおかげで、時計を気にすることなくそばが食える。

「それにしても、よく食べますね」

 リッカさんは呆れながら見つめている。

「こんなの楽勝ですよ」

「私じゃ絶対に無理です」

 そりゃそうだ。

「ちゃんとコツがある」

「コツですか?」

「ああ。つゆをできるだけ飲まない。それだけで全然違う」

 これはわりと有名だとは思うが知らなさそうだし、言ってみた。すると、リッカさんは感心した表情になって、

「へえ、そうなんですか。それにしても、わんこそばは初めてなんですよね? よくそんなこと知っていますね?」

 こりゃまずい。俺は苦笑を浮かべながら、

「これも千秋から受け売りだ」

「浜田さんって本当にすごい方なのですね」

 俺は意図せず千秋の好感度アップに協力していたようだ。

「ああ。あいつは真の天才だ」

 俺は浜田教の布教者じゃないのにな、そう言ってしまった。きっとリッカさんの中で、俺は変人、千秋は天才というイメージができあがっているだろう。

 俺はなんだかもやもやした気持ちを抱えたまま、そばを口に放り込んで、

「△※■○」

 むせた。

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