承 1
「着きましたよ」
リッカさんがソプラノ歌手と張りあえるくらいの美声で伝えてくれた。色々とあって心が落ち着かない俺にとっては、その声は女神の癒しの声にならないこともない。
いろいろとすごい話を聞かされたのと時間遡行が相まって、俺の時間感覚は完全に機能しなくなっていた。それは無理もないことだと思うのだが、
「今何時?」
という疑問が湧きたつのも無理ないことで、
「2062年5月5日3時14分です」
とリッカさんが教えてくれた時に、
「あ」
と声が出たのは自然なことであった。
「偶然にも、僕の起床時刻からちょうど50年ですか」
千秋のも気づいた。
「世の中偶然も必然も紙一重なものだな」
「ええ、そうですね。では、これから向かう場所ですが、日本国防衛省特別部特別課特別係の第三次世界大戦対策本部――」
「ずいぶんと適当なネーミングだな」
「確かに未来人にネーミングセンスを要求するのは愚の骨頂のようだね」
俺たちが好き勝手に評論していると、リッカさんが1度咳払いをしてから、
「ええとですね、そこで防衛大臣と直接お話ししていただきます」
「防衛大臣と? そりゃどういった風の吹き回しだ?」
普通に考えて俺たちは過去人、特殊な立場だから特別待遇を受けるのはわかるが、よりによっても大臣直々とは……。
「戦争に参加するということで防衛相の管轄なのです、お2人は。大臣がお2人とお話ししたいとのことですので、四の五の言わずについてきてくださると助かります」
今度はゆっくりとした歩調で船外へと歩いていくリッカさんは、モデルのようである。俺は迷うことなくついていくと、初めて未来の世界を目の当たりにした。
真っ先に視界に飛び込んだのは、研究室のど真ん中といった場所だった。俺は、タイムマシンが降り立ったのはてっきり屋外かと思っていたが、宇宙船ではないこれは、考えてみるとわざわざ屋外に着陸する必要もない。
俺の今いる部屋は、このいたるところにこの時代の最先端の科学技術の結晶と思われるパソコンらしきものがあって、それをロボットが操作している。リッカさんが言っていた「職業特化ロボット」というやつなのかもしれない。
リッカさんは働いている彼らに声もかけず廊下への扉を開けた。その方法がまた違った。指紋認証とかカードキーを使うのではなく、扉の前に立った瞬間自動ドアのように扉が開くのだ。自動ドアだったら誰が前に立っても開くが、そうでない。ちゃんとシステムが認証しているらしい。証拠に「登録番号0、柳立夏」と扉横のディスプレイに表示されている。
廊下へ出ても、そこにあるのはとても新鮮な光景で、これが未来の地球の姿かと感嘆せざるをえない。ここは日本であるのに、和という和は徹底的に排除されて、タイルで天井も壁も床も構成されている。そのタイルもかつての風呂場にあるのとは全く違って、ツルツルしているのではなくザラザラとしている。
「そのタイルには葉緑体が含まれていて光合成をしているんです」
リッカさんが説明してくれた。なるほど、人類は本当に環境問題に真摯に取り組んでいるんだな。
廊下を歩いてから、階段を下って右に曲がり左に曲がりと、迷路のような道を歩くこと実に5分。リッカさんが今まで見てきた扉よりも頑丈そうな扉の前でピタッと静止する。
「では、準備はいいですか? 蛇足とは思いますが、くれぐれも失礼のないようにお願いしますね」
リッカさんに注意された。今も昔もではなく、今も未来も目上の人に対する礼儀というものは変わっていないらしい。
「ああ、もちろん」
と俺は言ったのだが、
「できる限り努力しましょう」
千秋の返答はちょっと怪しい。本当に言葉づかいには気をつけてくれよ。大臣相手にフォローなんて芸当は、俺にはできないぞ。
リッカさんがコンコンとドアをノックする。
「大臣、柳です。例の者たちを連れてまいりました」
「どれどれ」
おそらく廊下のどこかにあるカメラから俺たちを見ているのだろう。70後半のおじいちゃんボイスが品定めするように言うのが、スピーカーから聞こえた。
「よろしい。入っても良いぞ」
「失礼します」
そうリッカさんが言うと、俺たちは防衛大臣室へと足を踏み入れた。




