あの桜の木の下でした約束を叶えに来ました
夏の短編祭りも、もう3つ目です。
今回はハートフルを目標に、テンポ重視に話を書いてみました。
ではさっそくですが、どうぞ!
「こんにちは! 私、幽霊です!」
「……は??」
俺は霊感なんてものはない。
決して両親がインチキ霊能力者とか、霊媒師とかでもない。
確かに個人的には心霊番組なんかは見るけど、それだけ。
リアリスト。
俺は常人だ。
そんな俺の目の前には今、幽霊(自称)がいる。
桜が咲く季節。
俺の名前なんて大抵の人が興味ないだろうが、物語の進行状のために一応言っておく。
加賀 神守だ。
付け足して言うと、今年二十歳、大学二年生。
自分の名前が大層な名前だとは自認している。
神を守るなんて、大層の大層で大層だ。
ちなみに実家は神社ではない。
小さな町工場だ。
俺の親父は加賀 彼方。
お袋は加賀 佳苗。
ペットは犬のカナカナ(雑種)
俺は今、実家の庭で草むしりをしていた。
親父に働け働けはったらけぇ〜とせがまれ、嫌々草むしり。
我が家の庭は狭い。
庭には桜の木が一本と、犬小屋の他には雑草さん達しかいない。
俺は雑草さん達の命を根こそぎ刈りつつ、桜の木のてっぺんに顔を向ける。
そこには、幽霊がいる。
ボロボロの服を着た、西暦1552年生まれの女の子だ。
「……あれ? ここどこ?」
俺が初めて彼女にあったのが、昨日。
奇しくも今日同様に草むしりに精を出していた俺。
そしてしばらくして、突然桜の木の上から落っこちてきたのだ。
彼女に足はない(正確には足首より下がない)
髪はボサボサ。
見た目十代。
名前は「さくら」
「あの……」
俺は今、桜の木から落っこちてきた少女に声を掛けた。
彼女はいま、木の根元で気絶中。
「……今、上から降ってきたよな?」
俺は上を見る。
桜の木の枝が生い茂っていた。
「……なんで?」
なんでこの子、今上から降ってきたの?
その時
「うぅ……」
彼女が目を覚ました。
「あれ……ここどこ?」
「…………」
俺はフリーズ。
「あれ? あれ?」
「…………」
その時、彼女は俺に気づいた。
「あ、あの……」
「……はい?」
「ここ、どこですか?」
「私はさくらと申します。多分幽霊です!」
かつては日本は戦乱の世を迎えた事がある。
いわゆる戦国時代。
どこかのお偉い殿様達がえいやこらさと戦ったのだ。
有名所で言えば織田さんや豊臣さん、徳川さんとか。
「私、確か永禄10年に死んじゃった気がするんですよ」
桜の木から落ちてきた足無し少女、さくら。
なんかとんでもなく混乱していた彼女をとりあえず家に上げ、お茶を出す。
ってか、
「……え?」
永禄10年(1567年)に死んだ?
「私も正直よく覚えてないんだけど、確か私、その日は東大寺へ大仏を拝みに行って……」
さくらは何やら考え始める。
俺はその隙に現状を整理しよう。
たまたま今日明日は大学が休みで、家でゴロゴロしながらテレビを見ていたのが、今から1時間前くらいの俺。
そして今から30分くらい前に親父から草むしりを強要され。
庭の草むしりをしてた。
そして今から10分程前に、突然桜の木の上から足の無い女の子が垂直落下してきた。
見た目は十代。
着てるのはボロ着。
髪ボサボサ。
そして彼女は言った。
「私の名前はさくら、今年で16、百姓の娘です!」
と。
そして今彼女は言った。
永禄10年に死んだ……と。
……生憎オカルトマジックには興味がない。
空から女の子?
俺はリアリストだ。
しかし、何度も言うが彼女には足が無い。
そして、着ている服が明らかに現代離れしている。
……生憎だが、本当に生憎だが、オカルトマジックには興味のないリアリストだ、俺。
「確か……東大寺行って……大仏を……」
彼女はまだ考え中のようだ。
俺はその間に携帯を取りだし、永禄10年でネット検索。
永禄10年(1567年)
東大寺大仏殿の戦い
松永久秀と三好三人衆の争いで、東大寺焼失
……何だと?
東大寺焼失!?
「確かね、冬の初めだったと思う、私が死んだの」
東大寺大仏殿の戦い、永禄10年10月11日より(ネット調べ)
……マジか。
「私は確か、東大寺に参拝しに行って、東大寺の桜の木に……」
「…………」
結局あのあと分かった事。
さくらは戦国時代に生きていた(仮定)百姓―――つまりは農家の娘、歳は16。
既に自分が死んだ事を自認している。
そしてさくらが亡くなったのが、永禄10年の東大寺付近。
そしてその年、東大寺大仏殿の戦いが勃発した。
さくらは東大寺に参拝ともうひとつ、東大寺内の桜の木に何かを施したらしい。
それは一体なんなのか。
そして、コイツは一体何者なのか。
「何これ? 四角い箱か何か?」
テレビをベチベチ叩きながら(幽体が物体に触れているだとっ!?)ハテナマーク無双しているさくらを眺めつつ、俺はただひたすらに考えるのであった。
「何これ? 乳母車?」
「いや、それは車だ」
「これ何? 風車?」
「扇風機」
「うわぁ……お米に味噌……もしかしてあなた武士さま?」
「町工場の息子」
さくらは無知識。
本当に昔に死んだ幽霊みたいだ。
あれから1週間。
さくらは毎日、桜の木の上で生活している。
食事はしなくても大丈夫らしいが(幽霊だしね)、一応毎回自分の食事を少し残し、さくらに持って行っている。
彼女は普通に食事も出来るし。
姿は俺にしか見えない。
他人には声も聞こえない。
何とも現実離れしたモンだな。
「なぁ、なんでお前はこの世界に来たんだ?」
ある日の夜。
俺は何となく、さくらに聞いてみた。
「……分かんない」
さくらはつまらなそうに答えるだけ。
「そうか……」
彼女は元の世界に帰りたいとは言わない。
未練があるとも言わない。
じゃあ何しに戦国時代から、この平成の世の中に来たのか。
「……田畑が少なくて、夜でも明るくて、みんな変な服来て、戦がほとんどない。これが……未来なのね」
「……多分な」
何となくだけど、さくらは成仏出来ていない。
理由は……
「敵は東大寺にあり!」
「……ん?」
またとある日。
さくらは相変わらず桜の木の上でグダグタ。
一方の俺は……
「よしさくら、東大寺行こう!」
学校を休み、バイトの貯金おろして、いざ奈良は東大寺へ!
「東大寺?」
さくらは呆け顔。
「ああ、東大寺行こう! そして桜の木を探そう!」
俺は考えた。
さくらの生前の記憶はだいたいある。
名前、家柄、年、思い出他色々。
しかし、彼女の中で唯一思い出せない記憶こそが、死に際の記憶。
東大寺、東大寺大仏殿の戦い、桜の木。
だったら、
「実際に行ってみて、何か分かる事があるかもしんないしな」
新幹線の切符も買った、向こうで一泊は出来るくらいのお金も持った。
桜の木から突然降ってきた幽霊少女。
彼女の正体を知るべく、いざ東大寺へ!
「……なんで東大寺行くの?」
「それは、お前の正体を知るためだ!」
「私はさくらだよ?」
「……さ、さくらの正体を知るためだ!」
「だから正体も何も、私はさく……」
「さぁ行こう奈良!」
「あ、ちょっ!!」
奈良、東大寺。
「うわぁ……シカがいっぱい!」
「……疲れた」
シカ相手に目を輝かせているさくらを尻目に、俺はため息を一つ。
……全ては新幹線の中。
『何これ……速い! もしかして馬?』
『うわっ、み、水が流れた! これが今の厠なの!?』
『凄いふかふか……え、これ腰掛けなの!?』
……無知識って疲れる。
他人には姿が見えず、声が聞こえてないってのは重々承知だが、それでも何か疲れる。
「うわぁ……なにかお祭りやってんの? お店いっぱぁーい!」
「…………」
俺はさくらをスルーし、境内の中で桜の木を探す。
辺りには修学旅行らしき学生達や、観光のお年寄り達が多数。
「えーっと、桜の木桜の木……」
ちなみに今、季節は夏の終わり。
桜、咲いてない。
だから、どれが桜の木なのかわからない。
「……しまった」
今更になって気づく俺。
意味ねぇ。
「なんか桜っぽい木を探さないと……」
桜っぽい木、ぽいって所すら分からない。
「桜……桜……」
「なに?」
「いや、お前を呼んだわけじゃない」
さくらは相変わらず辺りをキョロキョロしては、物珍しげに元気に駆け回っている。
「……なんだかなぁ」
……今からうんと昔。
ここで、戦が起き、さくらは死んだ。
地縛霊的な?
「どれが桜の木なのかわからねぇ……」
「私の木?」
あれから数時間。
俺は東大寺近くのベンチに腰掛け、俺は1人(プラス1人)嘆いていた。
ひたすら後悔。
せめて桜の木の見分けかたなんかを調べてくるべきだった……。
「……ねぇ」
「……なんだよ?」
その時、さくらはふと顔を上げた。
「……東大寺じゃない」
「……は?」
突然、NO東大寺宣言。
「……私、いま少し思い出した。私がいじった桜の木、東大寺の桜の木じゃない」
「……は?」
んだと?
東大寺違うの?
「大仏様をこの目で見て、ふと思ったの。桜の木は東大寺境内じゃなくて、東大寺のすぐ側にある木なの」
「東大寺のすぐ側?」
ちなみにここ、東大寺の近くであって、東大寺の境内ではあらず。
「さくら、それ本当か?」
「うん!」
俺は一気に立ち上がる。
そしてバランスを保つべく、ベンチ横の木に手をついた。
その時……
「……そんなっ!」
永禄10年、東大寺大仏殿。
私は、つい先日に子どもを出産した。
大事な大事な私の子ども。
相手は昔からの幼なじみで、私の家と同じで農家。
幸せだった。
もう少しで婚礼の儀。
そんな彼の間に身ごもり、この世に生まれてきてくれた子ども。
私はそんな子どもをおぶり、大仏様にお祈りに来ていた。
―――どうか、この子が立派に成長しますように……。
私は、この子と彼と共に、幸せになるハズだった。
けど……
ドオオオォォォッ!!
「何っ!?」
松永と三好。
戦が、始まった。
「何、何なのっ!?」
さっきまで立派に建っていた寺が、真っ赤に燃えだした。
弓矢が飛び交い、武士の雄叫びがこだまする。
戦場と化した寺。
私は、その中にいた。
「くっ……」
背中に激痛が走る。
流れてきた弓矢が、当たった。
私は子どもを必死に庇いながら、何とか寺を脱出する。
「痛っ……」
目の前がぼやける。
段々と息が苦しくなる。
子どもを持つ手に、力が入らない。
そして……
ドサッ……
私は寺近くの桜の木の下で倒れた。
息が苦しい。
痛い……。
「はぁ……はぁ……」
私は決断を下した。
子どもを……桜の木の下に置き、そっと額に唇を当てた。
「……ごめんね」
もう、私にはこの子を連れて逃げる力がない。
最悪、この子までもが死んでしまうかもしれない。
そんな事には……させたくない。
この子には未来や希望がある。
生きて、欲しい……
「……ごめんね、ごめんね。こんなお母さんでごめんね。そして……生きて」
私は、ぼやける視界を頼りに、そっとその場を離れた。
この近くには村がある。
あの子はきっと、親切な人に拾われて、幸せに生きてくれる。
私は……涙でぼやける視界を頼りに、そっとその場を離れた。
「……これは」
俺は脳内に流れた誰かの記憶を見ていた。
これは……
『あの子はあのあと親切な人に拾われて、幸せに生きる事が出来たんだ……』
俺はハッと振り返る。
そこには……
『そして……あの子は結婚して子どもを生んで……そしてその子も結婚して、子どもを生んで……』
涙を流し、今にも消えそうなさくらの姿があった。
「さくらっ……!?」
『そしてそして、ずっと子孫は生まれ……今、加賀神守がいる……』
彼女は、幸せそうな笑顔をしていた。
「なっ……!!」
俺は、驚く事しかできない。
『……私はこの桜の木に約束をしたの。この子を助けてくれって』
涙が、さくらの頬を流れる。
『そして……もし約束を叶えてくれたら、私はいつか、子ども……と一緒に、お礼に来るって』
「……さくら」
何か、熱いものが俺の中にあった。
『……ありがとね、桜……そして、私の子ども……』
涙が輝いた。
それは、天に消え行く輝きとなる。
『……神守、あなたのお掛げよ』
そして彼女、さくらは幸せそうに、ゆっくりと消えていった。
『ありがとう……』
俺はただ、空を見上げる事しか出来なかった。
あれから9ヶ月。
うちの庭の桜の木は、今日も満開。
……あの日に起きた事は、ただの俺の幻覚だったのか。
それとも……
「……ふぅ」
俺は一息ついて、庭の草むしりへと向かう。
桜との約束……
「……満開だな」
桜吹雪が空を舞った。
次回短編祭り第4弾は本格的な異世界ファンタジーをお送りします。
短編で収まるか不安です……。