第十三話 運命の電話
1972年、春。
二十五歳のニールス・ヘニング・ウアステッド・ペデルセンは、ヨーロッパで最も求められるベーシストの一人になっていた。
デクスター・ゴードンとは定期的に共演し、多くのアルバムを録音していた。ケニー・ドリューとのデュオは、評論家から絶賛されていた。そして、様々なヨーロッパのジャズフェスティバルに招かれていた。
しかし、ニールスは満足していなかった。
まだ、見ぬ世界がある。まだ、出会っていない音楽家がいる。
ある三月の午後、コペンハーゲンの自宅で、電話が鳴った。
「ニールス・ペデルセンですか?」
「はい」
「私は、ノーマン・グランツ。カリフォルニアから電話しています」
ニールスは姿勢を正した。
ノーマン・グランツ。伝説的なジャズ・プロデューサー。Verveレーベルの創設者。エラ・フィッツジェラルド、ディジー・ガレスピー、チャーリー・パーカーをプロデュースした男。
「はい、グランツさん」
「単刀直入に言います。オスカー・ピーターソンのトリオで、ベースを弾いてもらいたい」
ニールスの心臓が止まりそうになった。
オスカー・ピーターソン。ピアノの皇帝。ジャズ史上最高のピアニストの一人。
「オスカー・ピーターソン?」
「そうです。彼が、あなたの演奏を聴いて、一緒に演奏したいと言っています」
「僕の演奏を?」
「デクスター・ゴードンのアルバムです。オスカーの友人が聴かせてくれて、彼は感動しました。『いつか、この巨人と演奏したい』と言っていました」
ニールスは何も言えなかった。
「実は」グランツは続けた。「オスカーが今使っているベーシストに、問題が起きました」
「問題?」
「彼は、ソ連での出来事を恐れています。ヨーロッパの故郷に帰ろうとすると、ソ連に拘束されるのではないかと心配しているんです」
ニールスは頷いた。冷戦の時代。東側と西側の緊張は、まだ続いていた。
「それで、オスカーは新しいベーシストを探しています。あなたに、オファーしたい」
「いつですか?」
「来週。ロンドンでリハーサルがあります。来られますか?」
ニールスは深呼吸した。
「行きます」
「素晴らしい。詳細は、後ほどファックスで送ります」
電話を切った後、ニールスはソファに座り込んだ。
オスカー・ピーターソン。
彼は、子供の頃からオスカーのレコードを聴いてきた。驚異的なテクニック。圧倒的なスウィング感。そして、深い音楽性。
そのオスカーと、演奏する。
ニールスは、妻のソルヴェイグに電話した。
「信じられないニュースがあるんだ」
「何?」
「オスカー・ピーターソンのトリオに、参加することになった」
電話の向こうで、妻が小さく叫んだ。
「本当に?おめでとう、ニールス!」
「来週、ロンドンに行く。しばらく家を空けるかもしれない」
「大丈夫。行ってらっしゃい。あなたの夢でしょう?」
ニールスは微笑んだ。
「ありがとう」
1972年3月下旬。ロンドン。
ニールスは、リハーサルスタジオに入った。
そこには、二人の男性がいた。
一人は、ピアノの前に座っている大柄な黒人男性。オスカー・ピーターソン。
もう一人は、ドラムセットの前にいる。ルイス・ヘイズ。アメリカの実力派ドラマー。
「ニールス・ペデルセン?」オスカーが立ち上がった。
「はい」
オスカーは近づいてきて、力強く握手した。
「やっと会えた。君の演奏、本当に素晴らしい」
「ありがとうございます。僕は、あなたのファンです。子供の頃から、ずっと」
「そうか」オスカーは笑った。「じゃあ、プレッシャーかけないようにしないとな」
ルイスも手を差し出した。
「ようこそ。俺はルイス」
「よろしくお願いします」
「さあ」オスカーはピアノに戻った。「まず、何か簡単な曲から始めよう。『C Jam Blues』でどうだ?」
「わかりました」
ニールスは、ベースを構えた。
オスカーが数を数えた。
「ワン、ツー、スリー、フォー」
演奏が始まった。
オスカーのピアノが、スタジオを満たす。
信じられないほどの速さ。完璧な音符。しかし、機械的ではない。スウィングしている。生きている。
ニールスは、必死についていった。
しかし、ただついていくだけではない。オスカーの音楽を感じ取り、サポートし、対話する。
ルイスのドラムスが、リズムを刻む。
三人が、一つになった。
曲が終わった。
オスカーは振り返った。
「―――」
そして、満面の笑みを浮かべた。
「完璧だ」
「本当ですか?」
「ああ。君のタイム感、信じられない。まるでメトロノームみたいだ。しかし、機械的じゃない。音楽的だ」
ルイスも頷いた。
「お前、すごいな。俺たち、良いトリオになれそうだ」
オスカーはピアノの椅子に座り直した。
「ニールス、君に言っておきたいことがある」
「はい」
「私のトリオは、簡単じゃない。テンポは速い。曲は複雑だ。そして、私は完璧主義者だ」
ニールスは頷いた。
「しかし」オスカーは続けた。「君となら、素晴らしい音楽ができる。君は、技術だけじゃない。心がある。音楽を理解している」
「ありがとうございます」
「これから、たくさん旅をする。たくさん演奏する。準備はいいか?」
ニールスは微笑んだ。
「準備できています」
その週、三人は毎日リハーサルをした。
オスカーのレパートリーは膨大だった。スタンダード、ブルース、オリジナル。
ニールスは、すべてを吸収した。
オスカーの要求は厳しかった。同じ曲を、何度も何度も繰り返す。完璧になるまで。
しかし、ニールスは文句を言わなかった。
これが、プロの世界だ。これが、最高レベルの音楽だ。
ある日のリハーサルの後、オスカーとニールスは二人でコーヒーを飲んでいた。
「ニールス、君はどうしてベースを始めたんだ?」オスカーが尋ねた。
「十三歳の時、学校のバンドでベースが必要だったんです。誰も弾く人がいなくて、僕がやることになりました」
「偶然か」
「はい。でも、ベースの音を聴いた瞬間、これだって思いました」
オスカーは頷いた。
「音楽は、時々そういうものだ。運命的な出会い」
「オスカーさんは?」
「私は五歳でピアノを始めた。父がピアニストだった。家には、いつも音楽があった」
オスカーはコーヒーを飲んだ。
「ニールス、君と私には、共通点がある」
「何ですか?」
「私たちは、音楽のために生まれてきた。音楽が、私たちの人生だ」
ニールスは頷いた。
「そうです。音楽がなければ、僕は生きていけません」
「だから」オスカーは真剣な顔で言った。「私たちは、最高の音楽を作らなければならない。手を抜くことは許されない」
「わかっています」
「良い。君となら、素晴らしいトリオになれる」
1972年4月。
オスカー・ピーターソン・トリオのヨーロッパツアーが始まった。
パリ、アムステルダム、ブリュッセル、ストックホルム。
毎晩、満員の観客。毎晩、スタンディング・オベーション。
ニールスは、夢の中にいるようだった。
オスカー・ピーターソンと演奏している。世界最高のピアニストと。
しかし、これは夢ではなかった。現実だった。
そして、この現実は、彼の人生を変えようとしていた。
ツアーの最終日、コペンハーゲンのモンマルトル。
ニールスのホームグラウンド。
ステージに立つと、観客の中に、父と母がいた。妻のソルヴェイグも。そして、古い友人たち。
ニールスは、彼らに微笑んだ。
そして、演奏が始まった。
オスカーのピアノが、クラブを満たす。
ニールスのベースが、完璧にサポートする。
ルイスのドラムスが、グルーヴを作る。
三人が、一つの生き物のように、音楽を紡ぐ。
曲が終わった後、オスカーは立ち上がり、ニールスを観客に紹介した。
「デンマークの誇り、ニールス・ヘニング・ウアステッド・ペデルセン!」
拍手が爆発した。
ニールスは、深くお辞儀をした。
この瞬間、彼は知った。
これが、僕の道だ。
オスカー・ピーターソンと、これから何年も一緒に演奏する。
世界中を旅する。
最高の音楽を作る。
それが、僕の運命だ。
ライブが終わった後、楽屋で、オスカーがニールスに言った。
「ニールス、今日で終わりじゃない」
「―――」
「君は、これから私の正式なトリオのメンバーだ。長い付き合いになる」
ニールスは、涙が出そうになった。
「ありがとうございます」
「礼を言うのは、私の方だ」オスカーは肩を叩いた。「君と出会えて、光栄だ」
その夜、家に帰ると、ソルヴェイグが待っていた。
「どうだった?」
「最高だった」ニールスは答えた。「人生で、最高の夜だった」
妻は、夫を抱きしめた。
「おめでとう。あなたの夢が叶ったのね」
「ああ」ニールスは囁いた。「夢が、現実になった」
窓の外では、コペンハーゲンの夜が広がっていた。
しかし、ニールスの心の中には、世界中の舞台が見えていた。
オスカー・ピーターソンと共に、これから何千回も演奏する舞台が。
そして、それは実現することになる。
1972年から1987年まで、十五年間。
ニールス・ヘニング・ウアステッド・ペデルセンは、オスカー・ピーターソン・トリオの正式メンバーとして、世界中で演奏することになる。
しかし、それはまた別の物語だ。
今、この瞬間、ニールスは二十六歳だった。
運命の電話から、わずか数週間。
人生は、一本の電話で変わる。
そして、その電話が、彼を世界へと導いた。
【ご紹介】
ニールス・ペデルセンが参加したソ連でのアルバムが有ります。
■ Oscar Peterson in Russia
(オスカー・ピーターソン・イン・ロシア)
録音:1974年11月17日
場所:当時ソビエト連邦だったエストニア・タリン
発売:1975年(日本で先行的にリリース)
レーベル:Pablo
形態:ライブ録音
ウィキペディア
■ メンバー
Oscar Peterson
Niels-Henning Ørsted Pedersen
Jake Hanna
※いわゆる“トリオ編成”ですが、60年代のレイ・ブラウン期とは別の編成です。
■ 内容・特徴
このアルバムは、冷戦下における非常に貴重な記録で、
西側のトップ・ジャズ・ミュージシャンがソ連圏で行った公式ライブを収めたものです。
演奏内容はスタンダード中心で、
「On Green Dolphin Street」
「I Concentrate on You」
「Wave」
などが収録されています。
ウィキペディア
ピーターソンらしい豪快なスウィングに加えて、やや緊張感のある空気(政治的背景も含め)が感じられるのが特徴です。
■ 補足(少し面白い視点)
この録音は「ロシア」と題されていますが、実際には
当時ソ連だったバルト三国での公演です。
つまりこれは
“ジャズが鉄のカーテンを越えた瞬間の記録”とも言える一枚です。




