少しだけ、さみしい気持ち
朝の支度をしながら、さちは少しだけはるの様子を気にしていた。
いつもより、言葉が少ない。
服を着替えるのも、靴を履くのも、ちゃんとしている。
ただ、いつもの元気な声が少しだけ控えめだった。
「はる、準備できたよ」
「うん」
返事はすぐに返ってくる。
でも、その声はどこか静かだった。
保育園までの道、はるはさちの手をいつもよりぎゅっと握っていた。
その日、保育園でも、はるは少しだけ大人しかったらしい。
お絵かきの時間も、外遊びの時間も、ちゃんと参加していた。
でも、先生の目には、いつもと違う様子が映っていた。
「はるちゃん、なんだか今日は静かだね」
そう声をかけると、はるは少し考えてから、ぽつりと言った。
「このまえね、どうぶつえん行ったの」
「楽しかった?」
「うん。すっごく楽しかった」
そこで一度、言葉が止まる。
「……でもね」
はるは、先生の顔を見上げた。
「ばいばい、さみしかった」
先生は、はるの気持ちがそのまま出てきたことが嬉しくて、
やさしく頷いた。
「そっか。楽しかった分、さみしくなっちゃったんだね」
はるは、小さく頷いた。
「でもね、また来るって言ってた」
「うん。また会えるって思えると、少し元気になるね」
はるは、少しだけ口元をゆるめた。
夕方のお迎えのとき、先生はさちにそっと話してくれた。
「今日は少し元気が控えめでした。でも、おじいちゃんおばあちゃんとのお話をたくさんしてくれましたよ」
さちは、その言葉を聞いて、胸の奥がすっと静かになるのを感じた。
ああ、ちゃんと、心が動いてたんだな、と。
帰り道、さちはいつもよりゆっくり歩いた。
「はる、今日はどうだった?」
「……たのしかったよ」
「そっか」
少し間があって、はるが言う。
「でもね、ちょっとだけ、さみしかった」
さちは、はるの手を握り直した。
「そっか。さみしくなったんだね」
「うん。でもね」
はるは、前を見たまま言った。
「またね、って言えた」
その言葉が、とてもはるらしくて、さちは思わず笑った。
「うん。ちゃんと、またね、って言えたね」
夕方の空は、いつもと変わらない色をしていた。
日常は、ちゃんと続いている。
でもその中に、楽しかった時間と、少しのさみしさが一緒に混ざっている。
それでいいんだと、さちは思った。
はるは、今日もちゃんと、前に進んでいる。
さちは、そう感じながら、はると並んで歩いた。




