迎えに行くまでの、やさしい時間
さちを美容院に送ったあと、家に戻ると、急に家の中が静かになった気がした。
「ママ、きれいになるんだよね」
はるが玄関でそう言って、にこっと笑う。
「そうだね。ちょっとだけ、だね」
時計を見ると、もうすぐお昼の時間だった。
冷蔵庫を開けて、昨日の残りと、買っておいた食材を並べる。
いつもはさちが手際よくやることを、今日は自分がやる番だ。
「おひる、なにー?」
「えーと……あるもので、かな」
少したどたどしくなりながらも、なんとかお昼ごはんができて、
ふたりでテーブルに並んで座る。
「ママいないね」
ぽつりと、はるが言った。
「うん。でも、すぐ帰ってくるよ」
「そっか」
それだけ言って、はるはスプーンを動かす。
その横顔を見ながら、胸の奥でさちのことを思う。
――今ごろ、どんな顔してるかな。
お昼を食べ終えると、はるは少し目をこすった。
「ねむくなってきた?」
「うん……」
布団に連れていって、背中をぽんぽんすると、
はるはあっという間に眠ってしまった。
寝息を確認してから、洗濯物を取り込む。
たたみながら、また思う。
――こういうの、さちは毎日やってるんだよな。
静かな午後。
洗濯物をたたみ終えるころ、迎えの時間が近づいていた。
「ママ、なにしてるかな」
車に乗り込んだはるが、窓の外を見ながら聞いてくる。
「髪、切ってもらってるんじゃない?」
「きれいになる?」
「なると思うよ」
「……はる、ちょっとだけさみしかった」
「そっか」
その一言が、胸に残った。
美容院の前で車を止めると、ガラス越しにさちの姿が見えた。
ドアを出た瞬間、はるが駆け出す。
「ママー!」
さちは一瞬驚いて、それから笑った。
少しだけ、いつもよりすっきりした顔。
――きれいになったな。
それに、ほんの少し、表情が柔らかい。
「おかえり」
「ただいま」
そのやりとりだけで、なんだか全部うまくいった気がした。
帰り道、3人で並んで歩く。
夕方の道に、影が3つ、並んで伸びている。
手をつなぐはるの小さな手の温かさ。
隣で歩くさちの、少し軽そうな足取り。
――少しは、ゆっくりできたかな。
答えは聞かなくてもいい。
この影を見ているだけで、十分だった。




