少しだけ、ママをお休みする午後
今日は、休日。
さちは朝から少しだけ、そわそわしていた。
「じゃあ、行ってくるね」
玄関で靴を履きながらそう言うと、パパが顔を上げる。
「うん。ゆっくりしてきなよ」
その言い方が、いつも通りで、優しくて、少しだけ胸がゆるむ。
「はる、ママいってくるね」
「いってらっしゃーい!」
はるはソファの上から、元気に手を振ってくれる。
それだけで、もう大丈夫な気がした。
——ほんの数時間。
ママじゃない時間。
美容院のドアを開けると、ふわっとした匂いに包まれる。
それだけで、肩の力が抜けた。
「今日はどうしますか?」
「えっと……軽く整えてもらえたら」
それだけなのに、言葉を選んでいる自分がおかしくて、少しだけ笑ってしまう。
鏡に映る自分は、どこにでもいる普通のママだ。
でも、髪を洗ってもらって、整えてもらって、
少しずつ、いつもの自分に戻っていく気がした。
「お子さん、いらっしゃるんですか?」
「はい。3歳の女の子で」
そう答えると、美容師さんがにこっと笑う。
「じゃあ、今日は貴重な時間ですね」
その一言に、さちは小さくうなずいた。
貴重、なんて大げさだけど。
でも確かに、そうだった。
帰り道、駅の改札を出ると、見慣れた二人の姿があった。
「ママ!」
先に気づいたはるが、ぱっと手を振る。
「おかえり」
パパがそう言ってくれるのが、なんだか嬉しい。
「ありがとう。迎えに来てくれて」
「うん。ちょっと買い物して帰ろうか」
三人で並んで歩く。
はるが真ん中で、両手をぎゅっと握っている。
歩道に映る影は、三つ。
それが並んで揺れているのを、さちはぼんやり眺めた。
特別なことは、何もしていない。
でも、この午後は、ちゃんと自分のものだった。
少しだけママをお休みして、
また、いつもの場所に戻っていく。
それでいい。
それが、いい。




